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5年前のある日、後に『大災害』と呼ばれる出来事が起き世界は激変した。界各地に現れたダンジョン、そこから溢れ出すモンスター達、最初は混乱していた国々もそれぞれがモンスターの対策に打ち出し混乱を収束させていった。 |
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その対策の一つが探索者制度だ。ンジョン内でモンスターをある程度倒してしまえば、ダンジョンから溢れ出ることを防げることが発覚した。して、民間人でも、ダンジョンに入れるようになり、そこで倒したモンスターの素材などを政府が買い取るという制度ができた。 |
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ピピピピ春休みの朝、目覚まし時計の音が部屋に響き俺は目を覚ます。ットから起き上がり身支度を済ませて、リビングに降りる。ビングを見渡しても誰もいない。れも当然だ、俺は一人で暮らしている。 |
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両親は5年前の大災害で他界したからだ。働きだった両親の職場がダンジョンが出現した場所に近かったのが原因で二人共モンスターに殺された。 |
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悲しくなかったと言えば嘘になるが、両親とはあまり仲が良くなかったからあまり悲しみを感じなかった。年前までは母方の祖父に面倒を見てもらっていたが、その祖父も他界し、現在では祖父や両親の遺産を使い暮らしている。 |
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これまでの出来事の思いを馳せながら、朝ごはんの支度を始める。はやる気が出ないから食パンと目玉焼きで済ませる。ごはんの支度を終え食卓に並べ、食事を始める。レビをつける。モンスターの生態はまだまだわからないことだらけで・・・・・」。 |
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朝のニュース番組では、モンスターの生態について特集をしている。年前の大災害では、このモンスターによって多くの死者が生み出された。には銃が効かない個体もいるらしい。 |
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「やっぱり、自衛の手段は欲しいな」そんな、独り言を呟きながら洗い物を済ませる。日は、探索者になるためにダンジョンに向かう。締りの確認を済ませて、玄関でくつを履き外に出る。 |
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「いってきます」習慣付いたあいさつ済ませ扉の鍵を締め、ダンジョンに向かう。からダンジョンは、少し距離があったが電車に乗ればすぐに着いた。 |
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「ここ、ギルドか」もう少しで、探索者になれると思うと気が緩み、独り言を呟いてしまう。日は平日だからか、人が少ない。ルドとは、探索者のサポートや管理をするために国が運営している施設で素材の買取りや武器の販売などもここでやっている。 |
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まずは、受付の人に話しかけないと。あの、すみません」「はい、探索者になりにこられた方ですか?」「そうです」「では、こちらに名前と年齢と住所と電話番号をご記入ください」そう言って受付の人が渡してきた用紙を受け取りに記入をした。 |
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「書けました」受付の人に記入した用紙を渡す。付の人は、受け取った用紙に目を通す。はい、確認できました。は次に、本人か確認できるものをお持ちですか?」「はい、これで大丈夫ですか?」そう言って、マイナンバーカードをカバンの中から取り出す。 |
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「はい、問題ないですよ。は、お預かりします」受付の人は手元にあった機械にカードを読み込ませている。し時間が経った頃、受付の人が顔を上げる。ありがとうございました。ちらお返し致します。 |
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では、最後にこちらをお読みいただき、ご理解いただけましたら、サインをお願いいたします」おう言って受付の人は、もう一枚紙を渡してくる。 |
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それに書いてある事を要約すれば、命に関しては自己責任、ダンジョンで問題を起こせば処罰される、政府の作戦に協力してもらうことがあるかもしれない、という事だった。 |
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用紙に書かれてあった事を理解し、サインをして受付の人に返す。はい、ありがとうございます。内する者が参りますのであちらに座ってお待ちください」受付の人は病院の待合室のような場所を指差す。 |
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「わかりました。りがとうございました」礼を言い終え、受付の人に差し示された場所に向かい近くの椅子に腰掛け、スマホを触り時間を潰す。 |
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10分ぐらい経ったころ、急に話しかけられる。を上げると綺麗な20才程の女性が立っていた。失礼します。野礼司ふゆのれいじ様でお間違いないでしょうか?」。 |
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「はい、間違いないです」「そうですか、私は今から案内をさせて頂く川崎麻美かわさきあさみと申します」「あ、はい。ろしくお願いします」急に話しかけられ、困惑しながらも返事を返す。 |
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「では、案内いたしますので着いてきてください」そう言って歩き出した川崎さんについていき、施設の案内をしてもらう。まず、こちらが販売課になります。野さんは、今日は武器をお持ちになってきておりますか?」。 |
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「いえ、ここで買えると聞いたので」「はい、可能ですよ。角なら今から購入なさいますか?」「じゃあ、お言葉に甘えて」近くにあった初心者におすすめと紹介されているナイフと槍のセットを手に取る。 |
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値段は結構するが、貯金していたお金を使えば余裕で買える金額だ。りあえず、これにするか。し合わなかったら変えればいい。 |
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あと、初心者セットと書かれたプロテクター1式が入っているセットも買っておこう。れで、お金も結構使った。あ、必要経費だろう。計を済ませ、ナイフは腰のホルスターに、槍は背中に背負い川崎さんの所へ行く。 |
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「お待たせして、すみません」「いえ、お気になさらないでください」川崎さんは、笑顔で答えてくれる。そらく、営業スマイルだろう。それでは、施設の紹介を再開いたしますね」。 |
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「はい、よろしくお願いします」「次に、あちらが買取課です。ンジョンで倒したモンスターが落とした物などの買取を行ってくれます」市役所のような窓口が沢山並んでいる。 |
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「最後にダンジョンの案内をいたします。ンジョンに入られた方は、稀にスキルを得る事はご存知ですか?」「はい、知っています」少し緊張する。 |
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目の前には大きな門のような物がある。こがダンジョンの入り口だろう。では、ダンジョンに入っていきます。ってすぐは安全地帯なのでご安心ください」川崎さんと共に門を潜って行く。 |
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さっきまで浴びていた人工の光とは逆に自然の光が俺の目を焼き、暖かい風が頬を撫でる。を潜った先には、草原が広がっていた。を見ればどこまでも続いてそうな青空。 |
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すごいな、少し感動した。冬野様、よろしいでしょうか?」目の前の景色に呆けていた俺に川崎さんが話しかけてくる。はい、なんですか」「スキルを確認する方法はご存知ですか」。 |
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「知ってます。前にネットで調べてきましたから」よし、確認するか。ステータス」すると、視界に半透明なウィンドウが表示された。 |
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【名前】冬野礼司Lv 1 【称号】【スキル】『影操作』『鑑定』マジか、スキルが二つも。あの、冬野様。キルがある方が少ないので、そんなにお気になさらないでください。 |
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それにLv5になれば誰でもスキルを得ることができますし」川崎さんは呆けている俺の様子を勘違いして、励ましの言葉をかけてくれる。あはは、ありがとうございます。 |
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そういえば、スキルを複数貰った人っているんですか?」さりげなく川崎さんに聞いてみる。記録されている限りだとそのような事例は無かったと思いますが。うかなさいましたか?」。 |
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「いえ、少し気になっただけです」このことが、バレたら面倒くさいな。しておこう。それでは、案内はここまでとさせていただきます。野様、お気をつけて」。 |
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「ありがとうございました。張ります」川崎さんが門を潜るのを見送り、歩き出す。りあえず、周りに人がいないところでスキルを試したい。 |
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人気のない場所に移動し、スキルを発動する。動するには念じるだけでいいらしい。動:『影操作』「うお!」足元の影が少し蠢き驚いてしまう。 |
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・・・・・え、これだけ?いくら動かそうとしても影は蠢くだけ。あ、スキルは使い続ければ成長するらしいし、これからだろう。れに、全く使えないわけではないし。 |
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よし次は、鑑定を使ってみよう。りあえず、近くの草を見てみよう。動:『鑑定』目の前に半透明のウィンドウが出現する。 |
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《草》は?これだけ?何度か鑑定してみよう《草》《草》《草》なんか、笑われてるみたいでむかついてきたな。 |
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よし、今後に期待‼︎スキルの検証も済んだことだし、モンスターを倒してみよう。前に調べた感じだと、ここら辺で出現するモンスターは確か、コボルトだったと思う。 |
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一匹でいる個体を探してみよう。しの時間、探索しているとコボルトを一体見つける。ンスターに鑑定した場合どうなるか確認してみよう。 |
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発動:『鑑定』《コボルト》予想通りの鑑定結果を確認し、草に身を隠しながらコボルトに近づいて行き、完全に背後を取る。 |
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そして、手に持った槍をコボルトの心臓目掛けて突き刺す。ギャう!」コボルトとは驚きながらも、何が起きたか確認しようとしている。抗しようとしているコボルトに対して俺はさらに槍に力を込める。 |
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ボキッと手に嫌な感触が伝わるが手の力を緩めない。しすればコボルトは力尽きぐったりと倒れる。はぁー」コボルトが確実に死んだことを確認し、大きく息を吐き気を緩める。 |
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少し時間が経つとコボルトの死体が光の粒子となって消えて行く。々コボルトの死体があった場所には、コボルトの歯が落ちている。れを拾い上げ、観察して見る「これが、ドロップアイテムか」これをギルドで買い取ってもらえるらしい。 |
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一応鑑定してみよう。動:『鑑定』《コボルトの歯》「まあ、だよね」ガサリという、誰かが草を踏み慣らしこちらに近づいている音が聞こえる。座に気を引き締めて音のする方がを見ていると、コボルトがここに来ている。 |
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さっき倒したコボルトの仲間だろうか。れる場所を探すが、そんな事をしていたらコボルトに見つかってしまう。ボルトとはこちらに走って向かってくる。ち着け、相手とは少し距離がある。キルを使おう。 |
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発動:『影操作』走ってくるコボルトの足元の影を揺らし前向きに転倒させる。倒したコボルトの頭の向け、槍を突き刺す。き刺されたコボルトは体をビクンと一度、痙攣させ起き上がってこない。 |
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少し時間経ち死体が光の粒子に変わり、コボルトの歯が出現する。れた、今日のところはこれで終わりにしよう。めてにしては良い成果だろう。ういえば、人型の生き物を殺したのにそこまで感情が動かなかったな。 |
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そんな事を考えながらギルドに向け、歩き出す。し、歩いた頃。こからか戦闘音が聞こえてきた。し気になるな。てみるか。たりを見渡せる少し高い場所に行き、音が聞こえる方向を持ってきていた双眼鏡で観察してみる。 |
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誰かがコボルト10匹に囲まれ戦っている。は少し考える。し、無視しよう。ンジョン内での命は自己責任だし、俺が助けに行ってもミイラ取りがミイラになるだけなように思える。もそも、なんで10匹もコボルトに囲まれているんだ?まあ、いいや。び、ギルドに足を進める。 |
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◇何事もなくギルドにつくことができた。ボルトの歯を買い取ってもらうために買取課の窓口に向かう。すみません、買取をお願いしたいんですけど」。 |
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「では、売却したい物をカウンターの上にお乗せください」その言葉に従いコボルトの歯を二個カウンターの上に乗せる。お預かりします。認してきますので、少々お待ちください」そう言って窓口の人は、奥の方に消えて行き、数分して帰ってきた。 |
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「コボルトが二匹で400円になります」お金を受け取る。ボルト一匹で200円か命をかけた値段にしては安い気がするがこんなものか。んなことを考えながら外に出る。と確かめたいことがあるのを思い出し、すれ違う男性向けて鑑定を発動する。 |
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発動:『鑑定』・・・・・・・・・・何も起きない。はり人を鑑定することはできないようだ。かし、使い続けるれば鑑定できるようになるかもしれない。検証だな。は帰りながら街中のものを鑑定し続けよう。長するかもしれない。 |
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◇無事、家に帰ることができ安心する。に今まで溜まっていた疲れが押し寄せる。室に向かう。替えることも忘れ、そのままベットに倒れ寝てしまったピピピピ目覚まし時計の音が寝室に響き、目を覚ます。 |
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寝る時に開けっぱなしにしていたカーテンから入る朝日の光が眩しく感じる。ういえば、昨日は帰ってきてからそのまま寝たんだったと思い返しながら昨日と変わっていない服を見る。ずは、風呂に入るかと思い立ち風呂場に向かう。 |
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シャワーを浴び終え、着替えたら朝食の準備をする。ーストを作っている間に昨日できなかったステータスの確認を済ませておく。 |
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「ステータス」【名前】冬野礼司Lv2【称号】【スキル】『影操作』『鑑定』レベルが上がっている。日は2匹しか倒していないのに、上がっているのは不思議に思ったがゲームみたいに初めの頃はレベルが上がりやすいんだろう。 |
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そんなことをしていたら朝食が出来上がる。いただきます」机に並べて、テレビを付け食事を始める。探索者のレベルとはモンスターを倒すことによって・・・・・・・・・・」今日は、探索者のレベルにやっているようだ。 |
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探索者のレベルは上がれば上がるほど身体能力が比例して上がるようだ。るべく早く上げたいが、焦らずやっていこう。ごちそうさまでした」手を合わせて食事を終わる。 |
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ご飯も食べたし、今日も準備をしてダンジョンに行こう。分の部屋に置いておいたプロテクターと武器を取りに行く。ロテクターは家から付けていこう。 |
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武器は非常時でもない限り外で出せば普通に犯罪らしい。イフはカバンに入れ、槍は専用のケースに入れ背負っていく。を見て自分の身だしなみを確認する。 |
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なんか、釣りに行く人みたいだな。締りの確認を終え、玄関から出る。いってきます」外に出て、鑑定を発動しながらダンジョンを目指す。 |
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何度目かわからないが鑑定を発動すると、目の前の鑑定結果を映す半透明のウィンドウに変化が起きる。サクラ。ラ科サクラ亜科サクラ属》おお、遂に変化した!これで少しは、ダンジョンで役に立つだろう。 |
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鑑定の変化に喜んでいると気づけばギルドの前に着いていた。速荷物を預け、ダンジョンに潜る申請をしようとカウンターに向かう。ウンターにつき、カウンターにいた男の人に話しかける。 |
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名札を見れば、鈴木さんというらしい。すみません、ダンジョンに入りたいのですが」「はい、探索申請ですね。分証の提出をお願いします」鈴木さんは、身分証を機械にスキャンさせながら、こちらに話しかけてくる。 |
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「新人さんですか?」「はい、そうです」「気をつけてくださいね。日も新人さんが一人、亡くなっていますから」「ありがとうございます。をつけますね!」鈴木さんの気遣いの言葉に俺は笑顔で答える。 |
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「手続きの方、完了いたしました。気をつけて、いってらしゃいませ」そう言って返された身分証を受け取り、お礼を言いダンジョンに入る。日と同じ草原が広がっている。イフを腰につけ、槍を手に持ち準備万端だ。 |
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今日も、昨日と同じようにコボルトを一匹ずつ倒していこう。ボルトを探していると案外、簡単に見つかった。定してみよう。動:『鑑定』《コボルト。 |
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見た目通り力は弱い、一匹であれば牙と爪に注意してれば勝てるだろう》無茶苦茶説明してくれるな!?まあいい、今は目の前の敵に集中だ。足で近づき後ろに回り込む。 |
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そして心臓に向けてひと突き、簡単に倒すことができた。れがレベルが上がった効果だろうか?落ちているドロップアイテムを拾い上げ、鑑定する。 |
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《コボルトの歯。ボルトのドロップアイテム、ただのゴミ》なんか急に口悪いな。だのゴミってもう少し言い方あるだろ。あいい、どんどん倒していこう。 |
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1匹、2匹とゆっくりだが慎重に確実に一匹だけの個体を殺していった。日のコボルトを殺した数がちょうど5体目になった時、気づけば太陽が真上に登っている。 |
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ダンジョン内の太陽は外の太陽と同じ動きをしているらしいので、今は昼頃だろうと自分の腕時計を見ると針が十二時を回っている。旦はここで終わって、ご飯でも食べよう。 |
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門の方に足を進める。題なく門に着き、一安心する。ずは、ドロップアイテムを買い取ってもらおうと、カウンターにいる職員に話しかける。 |
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「買取をお願いします」問題なく買い取ってもらい、5本のコボルトの歯は合計で千円になった。れで何か美味しい物でも食べよう。マホで近くの飲食店を調べる。 |
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うーん、昼はラーメンにしよう。いた後って無償にラーメン食べたくなるんだよな。いているラーメン店を見つけて入る。の良い事に空いていたので、待つ事無く席に座ることができた。 |
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メニュー表におすすめと書かれているラーメンを注文する。ういうのにハズレはないはずだ。了解しました!醤油ラーメン、一丁!!」ラーメンがくる前に、ステータスを確認しておこう。 |
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レベルは上がっているだろうか?【名前】冬野礼司Lv3【称号】【スキル】『影操作』『鑑定』おお!レベルが3になっている!。 |
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「お待たせしました」ステータスの確認に夢中になっていたら、ラーメンが運ばれてくる。ても美味しそう。いただきます」まずはスープを飲み、その次に麺をすする。 |
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とても美味しい、あっという間に食べ切ってしまった。ごしらえもしたし、ダンジョンに戻るか。は会計を済ませ、ダンジョンへ向かった。ルドに着き、ダンジョンに入る。 |
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できれば、今日中にレベルを5になりたいけど焦らず慎重に行こう。速、一匹目を発見する。つもと同じ様に後ろから槍で一刺し。んどん行きたい。 |
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少し歩いて2匹目を見つける。付かれず後ろに周り前と同じ様に槍で刺うとした時、不意にコボルトが振り向く。 |
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「わおーーーん!!」まずい!!仲間を呼ばれた!!すかさず振り返ったコボルトの心臓に向け槍を突き立てる。えている暇はない今すぐここを離れないと。、ザ、ザ遅かったようだ、見つかってしまった。 |
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3匹のコボルトがこっちに向かって走ってくる。そ!やるしかない!そうこうしているうちに3匹のうち1匹が先行して走ってくる。 |
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よし、落ち着いていれば対処可能だ。ずは、走ってくるコボルトの心臓に槍を突き刺す。を刺した直後はもがいていたが少し経てばコボルトは動かなくなる。 |
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他の2匹に目を向けると、2匹は目を合わせてアイコンタクトをしている。そらく2匹同時に襲いかかってくるだろう。「ガウ!!」」予想通り2匹同時に、こちらに向かって走ってくる。 |
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2匹同時に相手をするのは無理だ。匹ずつ相手にしよう。っている2匹のうち1匹に向けてスキルを使う。動:『影操作』コボルトの足下の影を動かす。 |
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コボルトは突然、足下が不安定になり転ける。けてない方のコボルトは突然仲間が転けた事に驚きそちらに目を向ける。し、気が逸れた。 |
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こちらに目を向けてないコボルトに近づき、槍を胸に突き刺す。次!」体勢を立て直す前に仕留めには槍を抜いている時間はない。ボルトに刺さったままの槍から手を離し、腰につけていたナイフを抜く。 |
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まだ、完全には体勢を立て直せていないコボルトに向け蹴りを入れまた転けさせる。然の衝撃に困惑しているコボルトの喉元にナイフを突き立てる。 |
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「ゴホ」血を吹きながら暴れるが、少ししたら動かなくなる。はあ、はあ」槍やドロップアイテムを回収して、乱れた呼吸を整える。こまでやったんだから流石にレベルアップしているだろう。 |
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「ステータス」【名前】冬野礼司Lv5【称号】【スキル】『影操作』『鑑定』レベルの部分が点滅している、ここを触れば良いのだろうか。りあえず触れてみよう。透明のウィンドウの表示が変わる。 |
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【スキル選択】・【回復】・【野生の感覚】・【自爆】なるほど、これでスキルを選べるのか。あ、一択だな。か、一番下のスキルを取るやついるのか。は【回復】を選んだ。 |
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ギルドでも怪我の治療はできるらしいがお金を取られるらしい。れにその場で回復した方が生きる確率も高くなるだろう。キルを選んだ瞬間、ウィンドウの表示が元に戻る。 |
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【名前】冬野礼司 Lv5【称号】【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』スキルはちゃんと取れているみたいだ。気に3匹の相手をして精神的ににも疲れた、今日はここで帰っておこう。 |
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周囲を警戒しながら、ギルドに歩き出した。ルドに着き、さっきと同じ様に買取りをしてもらう。ボルト5匹で千円になった、今日は二千円も稼ぐことができた。 |
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昨日よりは断然稼ぐことができ、成長を実感できた。日は家に帰って、スキルの研究でもしよう。操作をもっと上手く使える様になりたい。復も気になるが、想像通りのスキルなら怪我をしないと使えないから今はノータッチでいこう。 |
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昨日と同じ様に帰路にある物に向かって鑑定をしながら帰る。ただいま」暗い廊下に俺の声が響き渡る。に誰もいないのは便利な時もあるが、少し寂しく感じる時もある。あ、気軽な時の方が多いが。 |
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探索道具を片付け、お風呂に入り汗を流し部屋着に着替える。ビングのソファに座り、スキルの研究を始める。になることを一つずつ確認していこう見えてない影を動かせるのか?失敗。 |
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ソファの下の影は動かすことができなかった。えていないと動かせない。々の影の形は変えられるのか?成功。しではあるが形を変えることができたどこまでが影なのか?。 |
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部屋の電気を消して完全に暗闇にしてみたが動かせなかった。がないといけないのか?念の為、探索には懐中電灯を持っていこう。の実体化はできるのか?成功。 |
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影を少しだけ盛り上げることができた。習すればもっとできる様な気がする。々な事を試しが当面の目標は影の実体化を鍛える事だな。日から家で鍛えよう。 |
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ぐぅーお腹が鳴った。々試したらお腹が空いていることに気づかなかった。り道で寄ったスーパーの弁当を食べる。ごちそうさまでした」食べた弁当のゴミを片付け、寝室に向かいベットに横になる。 |
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電気を消し、目覚ましをセットする。ベル5になった事だし明日は、森のエリアに行ってみよう。ブリンや獣系のモンスターが出るらしい、森だから槍が使えない場面が出てきそうだな。 |
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そんなことを考えながら目を瞑る。日は疲れたから直ぐに寝つくことができた。ピピピ昨日セットしていた目覚まし時計の音が寝室に鳴り響き、意識が覚醒する。 |
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昨日の疲れは完全に体から消え去っている。場特有の布団の魅惑に打ち勝ち体を起こす。じ切っているカーテンを開け、朝日を体いっぱいに浴びる。持ちいい朝だ。 |
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いつもの様に朝食を作り、食べ始める「いただきます」朝食を食べながら、影操作を発動させる。日より実体化することができたが、まだ実践で使うことはできない。飯を食べながらスキルを鍛える。 |
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「ごちそうさまでした」朝食を食べ終え、さっそくダンジョンに行く準備をする。日は、懐中電灯を持っていこう。索道具を準備し、靴を履き玄関の扉を開ける。いってきます」恒例の挨拶を済ませて、ダンジョンに向かう。 |
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駅に着き、電車に乗りながら今日初めて行くエリアの情報をスマホで調べる。うやらそのエリアは森林のエリアと呼ばれているらしい、一応道のような物があるらしいが迷うかもしれない、ギルドでダンジョンで使えるコンパスと地図が販売されているようだ。 |
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買っておこう。現するモンスターはゴブリンと獣系のモンスターらしい、ゴブリンは複数でいることが多いらしいから注意しておこう。ンジョンの最寄り駅に着き、再びダンジョンに向かう。 |
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ギルドに着き、販売部でコンパスと地図と昼ごはんを買い、鞄に入れる。ンジョンに入るために窓口で申請をする。日の鈴木さんはいないようだ。探索申請をお願いします」「かしこまりました。 |
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身分証の提示をお願いします」身分証を渡す。口の人は手元の機械にスキャンさせている。手続きの方、完了いたしました。分証をお返しします」「ありがとうございます」すごく事務的だな。 |
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まあ、そっちと方がいいけど。分証を受け取り、ダンジョンに入る。日は、初めてのエリアだし気を引き締めていこう。図を確認しながら森林エリアを目指す。 |
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草原のエリアを横断しながら歩き、少しすれば森が見えてきた。っと不気味な雰囲気かと思っていたが、とても神秘的な雰囲気を放っている。えるなら、妖精が住んでそうな森だ。 |
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まあ、いるのがゴブリンだしな。んなことを考えていたら、あっという間に森の入り口に辿り着いた。を握っている手を無意識に強く握る。らず行こう。を決して森に入る。 |
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中に入ってみれば、外から見た様子と変わらない。を見れば木々の間から指す木漏れ日、風が吹き木々がざわざわと騒ぎ立てる。こがダンジョンでもなけばハンモックでも使って、昼寝したくなるような景色だ。 |
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それに、これならスキルも問題なく発動するだろう。サッ何かがこっちに来る。んでいた気を一気に引き締めて、音が聞こえてきた方に槍の刃先を向ける。 |
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さっきまでは小さかったはずの葉が擦れる音が大きく感じる。秒経ち、こっちに向かって来ていた奴の正体が露わになるイノシシだ。だのイノシシに見える。 |
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そのイノシシは俺の姿を確認するや否や、たいあたりを仕掛けてくる。し呆けていたが、気を持ち直しスキルを発動する。動:『影操作』イノシシの進行方向の影を動かす。 |
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イノシシを不安定な足場を走らせ転倒させることに成功する。し。ノシシは頭から土に突っ込み止まる。がチャンスだ。けているイノシシの心臓に槍を突き立てる。 |
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イノシシは体を少しの間痙攣させ動かなくなる。ゥ初めての相手にしては中々手際が良かっただろと自画自賛する。ノシシのドロップアイテムを確認すると、毛皮が落ちていた。 |
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鑑定してみよう。動:『鑑定』《ワイルドボアの毛皮。常のイノシシの毛皮とそこまで差異はない》さっきのモンスター、ワイルドボアっていうのか。ノシシの方が呼びやすいしこれからもイノシシと呼ぼう。 |
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毛皮をカバンに入れ再び歩き出す。はゴブリンを見つけたい。んな広い森でゴブリンが見つかるか不安だったが、案外早く見つけることができた。かも周囲を見渡す限り1匹だ。 |
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まずは鑑定だ発動:『鑑定』《ゴブリン。はコボルトと対して変わらないが、稀に武器を持った個体がいる》目の前のゴブリンは武器なんて持ってないが、武器を持った個体がいるのか。 |
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気をつけておこう音を立てずゴブリンの背後に近づく、そのまま喉に槍を突き刺す。ゴフッ」ゴブリンは声を出そうにも喉が潰されていて声を出せないでいる。 |
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暴れようとしているゴブリンの体を槍ごと持ち上げ動きを封じる。しの間空中でジタバタしていたが、直ぐに四肢がだらんとなり力尽きる。し、静かに殺せたな。 |
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これからは他に仲間が居なそうならこうやって殺そう。に刺さっている死体が光の粒子になって消え、ドロップアイテムが現れる。ブリンの耳が落ちている。 |
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うわぁ触りたくないなぁ。の為持ってきていたビニール袋を使いゴブリンの耳を回収する。れは一体いくらになるんだろう。腹空いたな。時計を確認するとちょうど昼時だった。 |
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いい時間だし、買っておいた昼ごはんを食べよう。回森を出て草原エリアに行こう。晴らしがいい方がモンスターの接近に気付けていい。原エリアでご飯を食べ始める。 |
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おにぎりが何個か入っている弁当だ。も中々悪くない。ういえば、ゴブリンを持ち上げた時少し軽く感じたな。ベルアップした影響だろうか。うだ、ステータスの確認しておこう。 |
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「ステータス」【名前】冬野礼司Lv6【称号】【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』おお!レベルが上がってる。しいモンスターを倒したからか?よくわからないな。 |
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「ごちそうさまでした」動いてお腹が空いていたからあっという間に完食できた。索を再開しよう。び森林エリアに入る。れから、1匹でいるゴブリンを3匹程倒すことができた。 |
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初めてのエリアでこれだけできれば上出来だろう。日はここで終わろう。ルドに向かう。ルドに向かう途中、高校生ぐらいの探索者ちらほらいる。 |
| 136 |
やっぱり高校生になったから探索者になる奴は多いのだろうか。ればパーティを組んでいる奴らが多くないがいる。 |
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「仲間か・・・・・・・・」俺には無理だな。人に命を預けるより自分が強くなって強いモンスターを倒した方が良いと思ってしまう。 |
| 138 |
色々なことを考えていれば、気づけばギルドについていた。取をしてもらおう。合わせて、3,200になります」内訳としては、ゴブリン4匹で1,200円、イノシシ1匹で2,000円らしい、イノシシが高いのは毛皮の値段と報奨金を合わせた額だかららしい。る気が出てきた。日からも頑張っていこう。林エリアに入り始めて、2日経ち森の探索にも慣れてきた。 |
| 139 |
レベルが7になり、影の実体化も上手くできるようになった。ったよりレベルの上がりが早い。のままのペースで行きたい。んなことを思いながら森の中に入る。りあえず、ゴブリンを探そう。っそく、1匹見つけた。ろから槍でグサリ、それだけでゴブリンを殺せた。はり、レベルが上がっていることで身体能力が上がっている。 |
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「ギャウ!」声がした方に目を向けるとゴブリンがいた。っきのゴブリンの仲間だろう。ずいな、武器を持っている。器持ちと戦うのは初めてだ。をかき分け走ってくる。 |
| 141 |
冷静に処理すれば問題ない。ーチはこっちの方が圧倒的に上だ。づいてくるゴブリンの心臓部分に狙いをすます。の射程圏内に入った!力一杯、槍を前に突き出す。 |
| 142 |
「ギャウ!?」「は?」槍が当たる直前、狙いが逸れ槍の刃先はゴブリンの肩の肉を抉る。うやら、ゴブリンは足元の木の根に引っ掛かり転んだようだ。然の出来事に呆けてしまう。 |
| 143 |
まずい、早く体勢を立て直さないと。び冷静になり、ゴブリンと対峙する。ブリンは俺が体勢を整えている間に立ち上がっている。かし、肩の傷は深いあの体格であれだけ血を流していればほっといても、片手を封じることができたみたいだ。 |
| 144 |
だが油断がしない、相手は武器をまだ持ったままだ。互いを睨み合う時間が続く。ギャウ」突然、ゴブリンは後ろに向い走り出す。げた!?モンスターが逃げることなんてあるのか。 |
| 145 |
急いでゴブリンの後を追いかける。のねをかき分けながら進む。ソ、邪魔すぎる。たすらにゴブリンを追いかけていると、開けた場所に出る。うやら、その広場の中でゴブリンは力尽きたらしい。 |
| 146 |
ドロップアイテムが落ちている。んだここ。の場所に入る前に不気味に思い観察してみる。の中にあるにもかかわらずあるのは真ん中に生えている大木だけ、鑑定してみる。 |
| 147 |
発動:『鑑定』《大樹。ンジョン内に生成された大きな木。ンジョン外持ち出し不可》怪しいと思ったが本当に普通の木らしい。って異常があれば逃げればいいか。 |
| 148 |
恐る恐る広場に入りドロップアイテムに手を伸ばす。ぐはっ!」突然、脇腹に鋭い痛みが走り体が横に吹き飛ぶ。然のことに混乱する俺をよそに体が空中を飛ぶ、全く衰えることのなかった体の勢いが吹き飛んだ先にあった木に当たり止まる。 |
| 149 |
「ウ”ゥ“ゥ”」痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!あまりの痛みに顔と思考が歪む、脇腹がズキズキと痛い。く回復しないと!。 |
| 150 |
発動:『回復』脇腹を抑えていた手から淡い光が溢れ出す。しして、あれだけ激しかった痛みが夢だったかのように消え去る。当にこのスキルを選んでてよかった!!。 |
| 151 |
痛みがなくなり冷静になった頭で周囲を観察する。かしい、周りにはモンスターなんていなかったはずだ。っきまで俺がいた場所を見る。こには地面から茶色い棒のようなものが生えている。 |
| 152 |
いや、よく見たらあれは木の根っこだ。樹の方から生えている。んなわけない、あの木はモンスターじゃないはずだ。定までして確認したんだぞ。ソ!もう一度鑑定だ。 |
| 153 |
発動:『鑑定』《大樹(知恵の実の影響下)。ンジョン内に生成された大きな木。ンジョン外持ち出し不可》は?知恵の実?なんだそれ。や、そんなことはいい。 |
| 154 |
相手の情報が少なすぎる。の攻撃が来る前に逃げよう。い、広場の出口は遠くない。の距離だったらすぐにでも逃げ切れるだろう。う思い、広場を出ようと身を翻し走り出す。 |
| 155 |
広場を出ようとした時。ゴンッ「は?」見えない何かに体がぶつかりこれ以上前に進めない。ずい、まずいまずい。そらく閉じ込められた!!あのモンスターはゲームで言うところのボスモンスターみたいなものだろう。 |
| 156 |
あのモンスターを倒さない限りここを出ることが出来ないってところか!?。ソが!!よし、落ち着け俺、慌てても状況は良くならない。かし、落ち着くのをモンスターは待ってくれない。 |
| 157 |
さっそく、次の攻撃がくる。樹は根をこちらに伸ばし、横に薙ぎ払う。危な!!」間一髪のところでしゃがんで回避する。っこの速さはそこまでじゃない、見てから回避すればなんとかなる。 |
| 158 |
問題はどうやって倒すかだ。っきの鑑定結果を思い出す。か、あの大樹は知恵の実の影響下にあるらしい。というんだから枝に付いているのか?もう一度、大樹を観察する。 |
| 159 |
しかし、考えている間も大樹の攻撃は止まらない。彩な攻撃を仕掛けてくる。を狙った突き攻撃は素早く横に避ける。数の根で攻撃した時には広場の周りを走りながら避ける。 |
| 160 |
このまま避けていたら、こっちの体力が尽きる。く打開策を考えないと。の時、葉と葉の隙間から赤い何かが見えた。った!!すかさず、実に向け鑑定を発動する。 |
| 161 |
発動:『鑑定』《知恵の実(偽物)。恵の実が自身を隠すために生み出したダミー》はぁ!?やばい、難易度がさらに上がった。恵の実の本体を見つけて、それに攻撃を当てないといけない。 |
| 162 |
それなんて無理ゲー?とりあえず、本物を見つけないと話にならない。う考えた俺は、大樹に向かい走る。然、その間も攻撃は止まないため、避けながら向かう。 |
| 163 |
大樹の下に着き上を見上げる。えるのが嫌になるほど、りんごの実が生えている。っ端からリンゴを鑑定する。 |
| 164 |
発動:『鑑定』偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物本物偽物偽物偽今あったな!!あれだ!!《知恵の実(大樹に寄生中)。ニークモンスターの一匹。ンゴの見た目をした知恵のある実》本体は見つかった。 |
| 165 |
しかし高すぎる。れじゃ、攻撃を当てることが出来ない。るしかないか。うと決まれば、槍を地面に突き刺す。イフを口に咥え、助走をつけ走り出す。面に刺さっている槍の柄を足場に跳躍する。し!枝に届いた。 |
| 166 |
あとは本体がいるところに登っていくだけだ。体能力が上がっているおかげで、簡単に登ることが出来た。恵の実の本体に手が届く位置に来た。に咥えていたナイフを手に持ち直し知恵の実に刺そうとする。恵の実と目が合った。 |
| 167 |
さっきまで無かったはずの目が一つ現れ、こちらを凝視してくる。痛たっ!」突如足に鋭い痛みが走る。然のことに驚き、そちらに視線を向ける。ンゴに噛みつかれている。ンゴの表面にはあるはずのない鋭い牙が生えている。 |
| 168 |
よく見れば周りのリンゴにも生えている。んだこの光景、キモいな。あ、今更手遅れだ。を取り直して知恵の実にナイフを突き立てた。んなに活発に動いていた、木の根も途端に動かなくなり足に噛みついていたリンゴの動きも止まる。 |
| 169 |
手に持っていた知恵の実も光の粒子になって消える。の代わりに手にはリンゴの形をしたイヤリングが現れる。りあえず、下に降りる。樹を背に座り込む。闘が終わりアドレナリンが切れたからか枝にやらで切った傷や噛まれた傷が痛み出す。 |
| 170 |
発動:『回復』さっきとは違い、全身から優しく淡い光が溢れ出し傷が消える。当に便利だなこのスキル。る程度体力も回復してきたし、今日はもう帰ろう。石にいろいろあって疲れた。 |
| 171 |
知恵の実のドロップアイテムは売らずに持って帰って、どうするかは家に帰って考えよう。れた体を無理やり動かし、帰り道を歩き出した。恵の実を倒し、問題なく家に帰ることができ、一安心する。れから、ゴブリンのドロップアイテムの換金を忘れるほど疲れていた為ダンジョンから出てすぐに帰った。 |
| 172 |
今は家のソファで休憩している。ろそろ、知恵の実のドロップアイテムを鑑定をするか。動:『鑑定』《知恵のイヤリング。定の称号を持っている者が装備している時『鑑定』のスキルに補正(条件:【称号】『禁断の果実』)装備の意思を示せば装備可能》称号?ステータスを確認してみる。名前】冬野礼司Lv10【称号】『禁断の果実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』レベルが10になってる!!。 |
| 173 |
それに称号が増えている。号って一体なんなんだ。知恵の実』部分とレベルの部分が点滅している。りあえずスキルの取得は後回しにしよう、『知恵の実』の部分を押してみる。『禁断の果実』。ニークモンスター、知恵の実を倒した者に贈られる称号。 |
| 174 |
なるほど、ユニークモンスターってのは分からないが見たところ特に害は無さそうだ。恵のイヤリングを装備してみるか。ヤリングだから耳に付ける物だよな。備の意思を示すってのはどうやってするんだ?。 |
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とりあえず、イヤリングを耳につける。れでいいんだろうか。闘中に取れたら一大事だが。し力を入れて引っ張ってみる。く取れそうな気配はなく痛いだけだった。 |
| 176 |
手鏡で自分の姿を確認してみる。ゃんとつけた場所に全くのズレなくイヤリングは付いている。り外してみよう。度は、外すと心の中で強く思いイヤリングを外す。 |
| 177 |
簡単にとれた。っきまでイヤリングがついていた所を確認するが穴なんて空いてない。アスみたいに穴が空いてるわけじゃなさそうだ。うやら、魔法的な何かの力で本人が外そうとしない限り絶対に外れないらしい。ごいな。 |
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もう一度イヤリングを付ける。りあえず、何か近くにある物を鑑定してみよう。動:『鑑定』《手鏡。に持って使う携帯可能な鏡。粧や身だしなみの確認などで、男女問わず一般的に使用されている。手鏡にイヤリングがうつる。 |
| 179 |
「うわ!」そこにはさっきまで無かったはずの目が一つ生えている。かも、眼球が動いたり瞬きしたりしている。恵の実にも目があったがそれが原因か。っぱりキモい。 |
| 180 |
鑑定を終わり、再びイヤリングを見てみるが眼球が無くなっている。定のスキルを発動している間しか目は現れないのだろう。、まあいい、次はイヤリングを外して比較してみよう。 |
| 181 |
発動:『鑑定』《手鏡。に持って使う携帯可能な鏡。なるほど、本当につけている間は鑑定に補正がかかるのか。んかゲームみたいだな。 |
| 182 |
ある程度イヤリングの性能の性能は確認できたし、次はレベル10になって得るスキルを選んでいこう。ステータス」【名前】冬野礼司Lv10【称号】『禁断の果実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』点滅しているレベルの部分に触る。ィンドウの表示が変わる。 |
| 183 |
【スキル選択】・『炎操作』・『投擲』・『咆哮』うーん、この中で良さそうなのは『投擲』だろうか。そらく、『炎操作』は『影操作』と同じような物だと思うが、火を動かすだけだとあまり役に立たないだろう。 |
| 184 |
くそ、スキルを鑑定できたらいいのに。後の『咆哮』についてはネットで調べたら出てきた、どうやらモンスターの注意を引くスキルみたいだ。人の俺には役に立たないな。 |
| 185 |
やはりここは『投擲』だな。前からして何か物を投げる時に補正がかかるスキルだろう。恵の実との戦いで俺には遠距離攻撃がないことに気づいた。 |
| 186 |
このスキルを取ればナイフを投げてもいいし、最悪その辺に落ちている石でも投げればいい。し、決めた。投擲』にしよう。投擲』の文字に触れる。ィンドウの表示が元に戻る。 |
| 187 |
【名前】冬野礼司Lv10【称号】『禁断の果実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』スキルを試してみたいが、ダンジョンの外で試すの危険な気がする。 |
| 188 |
明日ダンジョンに行った時、試してみよう。るべきことはこれでやった。まで影操作の鍛錬でもするか。ピピピ聞き慣れたアラームの音が寝室に鳴り響く。 |
| 189 |
眠たい体を起こし、部屋のカーテンを開ける。雨が降っている。ういえば昨日の天気予報で、雨が降るって言っていたようなきがする。日の探索はどうしようか。 |
| 190 |
確か、ダンジョン内では雨は降らないらしいしスキルの検証もしてみたいし今日もダンジョン行くか。うと決まれば、準備しよう。ごはんを作り食卓につきテレビを付ける。 |
| 191 |
「探索者のスキルは様々な種類があり・・・・・・・・・・・・」今日は探索者のスキルについてか。うやら、スキルは大きく分ければ2種類になるらしい。 |
| 192 |
その2種類というのは、常時発動型と任意発動型だ。は、ゲームでいうところのパッシブとアクティブというやつだ。のところ俺が持っているスキルは『投擲』意外は任意発動型、アクティブスキルだ。 |
| 193 |
『投擲』は試してみないことにはどんなスキルか、わからない。れからパッシブスキルを得ることもあるだろう。の時は、慎重に決めよう。なスキルを持つと目も当てられない結果になる。 |
| 194 |
極端な例を挙げると、何をとち狂ったのか『ニワトリ頭』というスキルを取ったやつがいたが、その効果が3歩歩けば目的を忘れるという効果だったらしく今後の生活を車椅子ですることになった例があるらしい。 |
| 195 |
なんでそんなスキルを取ろうと思ったんだろうか?「ごちそうさま」ご飯を食べ終わり、食器の後片付けダンジョンに行く準備をする。器や探索道具、あと今は雨が降っているから傘も持っていこう。 |
| 196 |
「いってきます」玄関のとびらを開け、ダンジョンに足を進めた。十分後問題なくギルドについた。うだ。キルで投げるためにスローイングナイフを買っておこう。 |
| 197 |
流石に、販売部に売ってないと思ったが普通にあった。円で3本のセットが売られている。あ、このくらいなら買える。イフを買い、探索申請をする。 |
| 198 |
「探索申請をお願いします」「ああ、冬野様お久しぶりです。索申請ですね、身分証をお願いします」窓口は適当に選んだが、鈴木さんが担当だったのか。 |
| 199 |
「お久しぶりです。前覚えていてくれてたんですね。「勿論です。索者様の事を忘れるなんてありえません」すごいな。ょっとの間話しただけなのに覚えてるなんて。 |
| 200 |
申請が終わるまで鈴木さんとちょっとした世間話で暇を潰す。申請完了しました。ちら身分証お返しします。近、ソロで探索してらっしゃる探索者様ばかりが行方不明になっていらっしゃいます。 |
| 201 |
どうか、お気をつけて」ソロの探索者だけが・・・・・・・・・。に留めておこう。わかりました。をつけます」鈴木さんにお辞儀をし、ダンジョンに入る。りあえず、草原エリアでスキルの検証を使用。 |
| 202 |
人がいない所に移動し、辺りを見渡し適当な的になるような木を探す。れでいいだろ。さそうな木を見つけた。の木から数歩離れ、ナイフを取り出す。りあえず、スキルを使って投げてみよう。 |
| 203 |
事前にネットで調べていた、ナイフの投げ方を見よう見まねで投げる。動:『投擲』思ったより上手くできた。麗な軌道で回転しながら、木の幹向かっていきザク、という音をたて木に刺さる。 |
| 204 |
どうやら、『投擲』スキルは任意発動型のようだ。度は、発動せずに投げてみる。に当たりはしたが刺さっていない。れに、スキルを使った時よりも威力がない気がする。 |
| 205 |
スキルが投げ方を修正してくれているのか?どういう仕組みだ?まあそんな事は考えても仕方ないか。はモンスターに試してみよう。ょうど、コボルトがこっちに歩いてきた。 |
| 206 |
こっちに気がついていないコボルトの足に向けナイフを放つ。動:『投擲』綺麗な軌道でコボルトに向かってい、足に命中する。 |
| 207 |
「バウ!?」突然の足の痛みに驚いている。に刺さってはいるが、そこまで傷は深くなさそうだ。はり、モンスター相手だと牽制にしかならなそうだな。 |
| 208 |
荷物は重くなりそうだが鉄球なんかを使っても良さそうだ。んなことを考えながら、足の痛みに困惑しているコボルトにトドメを刺す。くないスキルだ。 |
| 209 |
今後も大いに役立つだろう。て、スキルも試したし森林エリアに行くか。うして、俺は森林エリアの探索に向かった。林エリアに着いた。うだ、知恵のイヤリングを装備しておこう。 |
| 210 |
さて、ゴブリンを探すか。ブリンを探し回り少しすれば簡単に見つかった。す前に鑑定してみよう。動:『鑑定』《ゴブリン。はコボルトと対して変わらないが、稀に武器を持った個体がいる。ボルトより知能が高く、戦闘中に逃げ出す個体もいるだろう。なるほど。 |
| 211 |
そこまで有益な情報はなかったな。あ、そこまで期待してなかったが。定結果を確かめ、用済みとなったゴブリンを素早く片付ける。初の頃は少し苦戦していたのに今ではただの作業とかしていることに気づき少し感慨深い。 |
| 212 |
着々と力はついていっているんだろう。ロップアイテムを回収していると、2体のゴブリンがこっちに向かってくる。ょうど複数の敵と戦ってみたかったからちょうど良い。こうのゴブリン達もこちらに気づいた。 |
| 213 |
「ゴブ!」二匹のうち一匹が合図を出し、同時に襲い掛かってくる。動:『影操作』『投擲』走ってきている一匹の足下の影を操作し、転ばす。れで少しの間動けないだろう。 |
| 214 |
もう一匹にはナイフを投げ牽制する。イフは運良く、ゴブリンの眼球に突き刺さる。ごい痛がっている。みで動きを止めている間に距離を詰め、心臓に槍を突き刺す。 |
| 215 |
もう一匹のゴブリンに目を向けるが、まだ地面に這いつくばっている。だ、時間があるな。裕を持って、ゴブリンに刺さっている槍を引き抜き、うつ伏せに倒れているゴブリンにトドメを刺す。 |
| 216 |
暫くすれば、ゴブリンの耳が二つ地面に転がっている。構余裕で倒せたな。あ、三匹同時はまだ難しそうだし、これからもなるべく一匹でいる奴を狙っていこう。時間後十数匹のゴブリンを倒すことができた。 |
| 217 |
大収穫だ。れたしここら辺で今日は切り上げよう。ルドに足を進める。林エリアを出て草原エリアを歩いている。タドタドタ向こう側から、誰かが走ってくる。 |
| 218 |
どうしたんだろうか?「そこの人、お願いします。けてください!」は?よく見ればそいつの背後にはコボルトが三匹一緒に走ってきている。 |
| 219 |
その三匹も俺の事を見つけてるだろう。れる事ができない。ソ!!どうする!!!コボルト三匹ぐらいなら倒すことはできる。 |
| 220 |
でも、敵かもしれない奴の前で自分のスキルを晒したくない。うする・・・・・・・・・・・・。し、投擲だけを使って倒そう。 |
| 221 |
一番後ろのコボルトの足に向け、ナイフを投げる。動:『投擲』問題なく足に刺さり、そのコボルトはバランスを崩して転ぶ。匹はまだこっちに走ってきているが問題ない。 |
| 222 |
槍の射程に入った瞬間、一匹目を槍で突き刺し、二匹目をナイフで仕留めた。ベルアップして得た身体能力の恩恵が役立ち、コボルトの動きが遅く感じる。 |
| 223 |
最後の一匹は、足の怪我のせいで上手く移動できていない。ブリンから槍を引き抜き、最後の一匹にトドメを刺した。の問題は後ろで俺のことを見ている、奴だけだ。 |
| 224 |
どうするか、このまま黙って去るか。うしよう。ロップアイテムとナイフを回収し、再びギルドに向けて歩き出す。あの!ありがとうございました!!」チッ、そう上手くはいかないか。 |
| 225 |
返事をしないのも余計に面倒になりそうだし無難な返事して、適当に切り上げよう。いえ、お気になさらないでください」「あの、良ければ何かお礼をさせてください」。 |
| 226 |
「いえそんな、そこまでのことをはしてませんので。は、失礼します」これで大丈夫だろ。びギルドに向かって歩き出す。あの!!」何か覚悟を決めたような声で声をかけられる。 |
| 227 |
嫌な予感がする。私とパーティーを組んでくれませんか!?」コイツどういう頭してたら、この状況でそんな言葉が吐けるんだ。がおかしいのか?俺はさっきコイツにモンスタートレイン紛いのことをされたよな。 |
| 228 |
仲間になんてなるわけないだろう。ごめんなさい。はソロの探索に集中したいので」自分でもちょっと文法おかしいなと思うが、まあニュアンスは伝わっただろう。 |
| 229 |
「私、白鳳はくほう女学院の四条楓《しじょうかえで》と言います」聞いてねえよ。んでコイツ急に自己紹介始めてんだ。 |
| 230 |
というか、白鳳女学院って日本屈指のお嬢様学校じゃなかったか?ということは、コイツいいとこのお嬢様か、なんでダンジョンなんかにいるんだ?金持ちの道楽か?よく見れば、装備も高級そうなものばかりだな。 |
| 231 |
「は、はあ、なんで四条さんは俺とパーティーを組みたいんですか?」「その、元々ダンジョンにはストレス発散も兼ねてきてたんですが、パーティーを組んでみるにも悪くないかな、なんて」やっぱり、金持ちの道楽じゃねえか。 |
| 232 |
「えっと、俺は男ですし、女友達をダンジョンに誘ってみたらいかがですか?」「それは、そうなんですが」「それに、まだ俺は仲間と一緒に戦う自信がありませんので。 |
| 233 |
予定がありますので、あらためて失礼します」何か言われそうだったから、足早にギルドに向かう。う、会いませんように。変な女に絡まれてから1日経った。 |
| 234 |
森林エリアでゴブリンを何体も狩ったが全くレベルが上がらない。しいエリアに行くべきだろうか。もな〜、新しいエリアといえば砂浜エリアしかない。 |
| 235 |
砂浜エリアは文字通り砂浜と海で構成されている第一階層最後のエリアだ。浜エリアに出てくるモンスターは種類が少ないが、厄介なモンスターが一種類いる。 |
| 236 |
それは、半魚人だ。魚人は二足歩行の人のようなシルエットをした魚のモンスターだ。イツの厄介な所は、ゴブリンやコボルトより遥かに頭が良く複数体いる時は連携も上手い、そして何より厄介なのは、どの個体も槍を持っている所だ。 |
| 237 |
つまり、俺の槍のリーチの有利が無くなった。までのように一匹ずつ不意打ちで狩れば問題無いだろうが、何体も相手をして勝つ自信がない。うするか。う少しレベルを上げてからの方が良い気がする。 |
| 238 |
そうだな、もう少しレベルを上げてからにしよう。うと決まれば、今日もモンスターを狩っていこう。いでに、『影操作』の修行の成果を試したい。験体はすぐに見つかった。 |
| 239 |
まずは、発動:『影操作』影を槍の刃の纏わせる。の穂が黒に変色する。に纏わせた影をそのままの形を伸ばすイメージで動かす。し、成功だ。れで、槍のリーチが伸びた。 |
| 240 |
そして、槍をゴブリンに突き刺す。つもと同じように槍はゴブリンの肉にめり込んでいく。功だ!!影に切断性とそれに耐えれる硬度を付与することができた。 |
| 241 |
咄嗟に使うのは時間がかかりすぎるから無理だけど、慣れればもっと早くできるようになるかもしれない。影操作』の実験は終わったし、本格的にモンスターを狩っていこう。 |
| 242 |
数時間後気付けば昼になっていた。確には数えてないが、十匹以上は倒したはずだ。ベルが上がっていないか確認してみよう。 |
| 243 |
「ステータス」【名前】冬野礼司Lv11【称号】『禁断の果実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』レベルが上がっている。日倒したゴブリンも十匹ぐらいだったから、今日と合わせて二十匹ぐらいか。 |
| 244 |
二十匹でレベルが上がるのか。ーん、さすがに時間がかかりすぎる。日は、砂浜エリアに行ってみよう。なそうだったら逃げればいい。ういえば、今日はネット通販で頼んでいた鉄球が届く日だったな。 |
| 245 |
レベルも上がったことだし帰るか。うして、俺はギルドに帰った。日はいよいよ新しいエリアに行く日か。んな事を思いながら、寝室のカーテンを開ける。 |
| 246 |
まあ、腹が減ってはなんとやらというし、まずは朝ごはんにしよう。意していた服に着替え、リビングに降りる。つものように朝ごはんを準備して食卓に並べる。 |
| 247 |
「いただきます」ご飯を食べながらテレビの電源をつけニュースを見る。昨日午前三時過ぎ〇〇県の銀行で探索者と見られる男性が強盗事件を起こしました。 |
| 248 |
犯人の男は行員や顧客を人質に取り、現金を奪おうとしましたが、政府の特殊部隊「特殊能力鎮圧機構」A。S。S。Fが迅速に出動し、事件を鎮圧しました。物騒な事件だな。 |
| 249 |
こういう事件が起きるなら、学校では探索者である事は隠してたほうがいいだろう。殊能力鎮圧機構、確か政府の特殊部隊で全員ダンジョンで鍛えられた精鋭らしい。 |
| 250 |
レベルも相当高いんだろう。ういう部隊がいるのに犯罪を犯すなんてバカな奴だ。ごちそうさまでした」朝ごはんを食べ終わり食器を片付け、探索の準備をする。 |
| 251 |
いつものように、武器や鞄を持ち玄関を出る。よし、いってきます」戸締りの確認はしたし忘れ物もない、完璧だ。車に乗り一駅移動しギルドに向かう。ルドに着き、探索申請を手早く済ませダンジョンに入る。 |
| 252 |
ついに新しいエリアだ、気を引き締めよう。林エリアを抜け、新しいエリアに出る。渡す限り青くキラキラ輝き広がる海のそばに、一切の不純物がない白い砂浜が広がっている。 |
| 253 |
波が静かに打ち寄せ、細かな砂さらっては戻っていく。風が頬を撫でるたびに、かすかに塩気を含んだ香りが鼻をくすぐる。麗だ。瞬ダンジョンであることを忘れその光景に見惚れてしまう。 |
| 254 |
いけない、ここは未知の場所だ。が起こるかわからない気をつけないと。ッ、ザッ、ザッ早速、モンスターが歩いてきたにで近くの草木に身を隠す。ずは鑑定だ。 |
| 255 |
発動:『鑑定』《深海の影。般的な成人男性並みの力を有しておりどの個体も槍を所持している。中では素早いが陸上では速度が落ちる。常の魚と同じような目をしておりほぼ全方位見渡せる》深淵の影?。 |
| 256 |
なんか急に怖い名前してるな。あ、今まで通り半魚人でいいだろう。かし、後ろも見えるのか。意打ちができなくなったのは辛いが。うするか。の半魚人の背中は取れている。攻で決める。 |
| 257 |
隠れていた草木から飛び出し、槍を前に構えたまま走り出す。魚人は、こちらに気づき振り返り槍をこちらに向けようとしている。を片手に持ち替えバックから素早くナイフを取り出し、半魚人の手に目掛けて投げる。 |
| 258 |
発動:『投擲』問題なくスキルが発動し、半魚人の手にナイフが刺さり槍を落とす。が届く位置まで近づけた。魚人は槍を拾うのを諦め爪で攻撃しようとしてくるが、まあ、槍のリーチの方が長い。 |
| 259 |
半魚人の手届く前に槍が半魚人の胸を貫く。ギィ!!」半魚人は悲鳴を上げ抵抗すが、少しすれば動かなくなった。し、倒すことはできた。体が光の粒子になりドロップアイテムが現れる。 |
| 260 |
これは・・・・・鱗か?鑑定してみよう発動:『鑑定』《深海の影の鱗。常の魚の鱗より硬く大きい、何枚も集めれば防具にすることもできるだろう。なるほど、確かにギルドでそういう防具が売られていた気がする。 |
| 261 |
まあ、すごく高かったけど。も相当高いだろう。うちょっと、砂浜エリアを探索してみよう。局、あれから半魚人を一匹も狩れなかった。いうのも、そもそも一匹で行動している半魚人が極端に少ない気がする。 |
| 262 |
たまたま、今日は運が悪かっただけか?2匹以上と戦うのは流石にまだ、準備が足りない気がする。ーん、どうするか。うちょっと探索してみて見つからなかったら帰るか。十分後いた。 |
| 263 |
一匹で行動している奴だ。う前に『影操作』を使い、槍の長さを伸ばす。動:『影操作』槍の穂に影がまとわりつき、形が変わる。れでよし。うせ半魚人に奇襲はできない。 |
| 264 |
正面突破だ。れていた草むらから姿を出し走り出す。っきと同じようにカバンからナイフを取り出し、半魚人の手に投げつける。動:『投擲』「ギィ!?」腕には刺さったが槍を落としていない。 |
| 265 |
だが、少しのスキはできた。の隙に、一気に距離を詰める。魚人は反撃しようとしてくるが、槍を長くした分、こちらの攻撃の方が速くと届く。魚人の胸を槍が貫き、黒っぽい色の液体が槍を汚す。 |
| 266 |
それでも、半魚人は最後の抵抗として未だ手に持ったままの槍で攻撃しようとしてくる。ばい!!慌てて半魚人を突き飛ばし距離を開ける。き飛ばされた半魚人は仰向けに倒れ、そのまま動かなくなった。 |
| 267 |
しばらくすれば、光の粒子に変化してドロップアイテムを残して消えていった。し、怪我なく倒せた。匹しか狩ってないが、新しいエリアなのもあって疲れた。日はもう帰ろう。かに息を吐き足を動かす。 |
| 268 |
今朝来た道を思い出しながらギルドに帰る。原エリアを歩いていると、前から人が歩いてくる。の前の女じゃないだろうな。を確認する。うやら違うみたいだ。 |
| 269 |
向こうから歩いてきたのは、プラチナブロンドの髪色をした女性だった。人が見ればその全員が美人と答えるだろうほどその女性は顔が整っている。 |
| 270 |
下手な芸能人より顔がいいだろう。陽の光に照らされ光り輝く髪、引き込まれそうなほど澄んだ青色の目、それら全てがその女性の美しさを際立たせている。 |
| 271 |
まるで童話に出てくる聖女のような見た目をしている。んな女性を見て俺は心底、気・味・が・悪・い・と思った。もそも俺は通りすがりの人の容姿を事細かに観察するような人間だったか?。 |
| 272 |
ましてや、ここはダンジョンだ。んな危険な場所で俺は綺麗な女性がいたからといって一瞬でも周囲の警戒を怠るような人間だったか?やはり、気味が悪いなまるで、強制的にあの女性に意識を持ってかれたようだった。 |
| 273 |
そういうスキルか?あるかどうかはわからないが『魅了』なんてスキルがあっても不思議じゃない。としたら、気をつけないと。い、意識をしっかり持っていれば大丈夫そうだ。を落ち着かせ、再びギルドに向かった。 |
| 274 |
数十分後ギルドに着き、買取課の窓口に行き買い取ってもらう。買取をお願いします」そう言って、半魚人の鱗を2枚カウンターに乗せる。はい、かしこまりました」窓口の職員は奥に引っ込んでいき、しばらくして帰ってくる。 |
| 275 |
「こちら深海の影の鱗、二枚で3,000円になります」一枚1,500円か、ちょっと安い気がするがこんなものか。金を受け取り、足早に家に帰った。めて砂浜エリアを探索した次の日。 |
| 276 |
俺はまた砂浜エリアを探索していた。日帰ってネットで情報を集めたところ気になる情報が出てきた。の半魚人を倒すと、稀に持っている槍を落とすらしい。ルドの職員に話を聞いてみたがどうやら本当のことらしい。 |
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今日からそれを狙っていこうと思う。魚人を探していると、早速一匹見つかった。がいいな。日と同じように狩ることができた。のままどんどん狩っていこう。時間後本当に出た・・・・・。 |
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俺の目の前に半魚人の槍が落ちている。十匹も狩らないといけないのかと思っていたが、まさかこんな速く出るなんて思ってもなかった。りあえず鑑定してみるか。 |
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発動:『鑑定』《深海の影の槍。骨な見た目だが虚鯨こげいの骨で作られており鉄より硬く壊れた難い。り針の返しのような構造をしており引き抜く時にさらに傷を与える。 |
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深海の影達は主にこれを虚鯨の狩りに使用している》なるほど、虚鯨か、新しいモンスターの情報が出てきたな。のようなモンスターかまあ、ここで考えても仕方がないか。 |
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さて、目当ての物は手に入れたし今日は帰るか。うして、俺は来た道を戻った。林エリアを抜け、草原エリアを進む。こう側から二人組の女性が歩いてくる。ぜか、一人見覚えがあるな。 |
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誰だったか。あ!冬野さん!!」あ!あの迷惑女か!!声をかけられてやっと思い出した。日か前にモンスタートレインみたいなことをしてきた後、なぜか俺をパーティーに誘ってきたヤバい女だ。 |
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今日は何のようだ?「こんにちは!冬野さん!!」「こ、こんにちは」声がでかいな。冬野さんこの前の件なんですが。う一度、考えてもらえませんか」またか、拒否されてることにいい加減気付けよ。 |
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というか、なんで俺の名前知ってるんだ。さか、調べたのか?気持ち悪いな。いえ、やはりソロで行きたいのでお断りさせていただきます」「そこをなんとか!!」「なんで、そんなに俺とパーティーを組みたいんですか?」。 |
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「それは・・・・・。の間助けていただいた時、思ったんです。の人になら背中を預けられるなって」そうか、俺は預けられないがな。いうか、俺とばかり話しているがパーティーの奴はいいのか。 |
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もう一人いたことを思い出し、もう一人に目を向ける。そらく、同じ学校の友達か何かだろう。ぜか、こっちをすごく睨んでる。んだこいつ。あの、そちらの方は?」。 |
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「あ、この子は同じ学校の友達で今パーティーを一緒に組んでます」「じゃあ、なおさら、パーティーには入れませんよ。友達とパーティーを組んでるのにそこに割って入るようなことはできません」これだけ、言えばいいだろ。う、いい加減諦めろよ。 |
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「もういいじゃないですか!!楓お姉様、こんな人放っておいて行きましょう!!」さっきまで黙っていたもう一人が急に声を荒げ、迷惑女の手を引き進み出す。んでこいつ急に怒鳴り出したんだ?まあ、いいか。 |
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「え?由美ちゃん急にどうしたの?私まだ、冬野さんに話が」いいぞ、ヒステリック女、そのままそいつを連れてったくれ。し、やっと帰れるな。は、再びギルドに足を進めた。 |
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あれから数日は砂浜エリアを探索して半魚人を数十匹は狩った。ベルも13に上がりいい調子だ。ういえば、もうすぐ学校が始まるな。あ、入学の準備はすでに終わっているから問題なくダンジョンに行ける。 |
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さてと、今日もダンジョンに潜っていこう。ンジョンの入り口をくぐり抜け、ダンジョンに入る。の前にはもはや見慣れてきた、景色が広がっている。 |
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今日もいつものように何事もなく無事に探索が終わりますようにそんなことを思いながら砂浜エリアを目指して歩き始めた。原エリアを歩き、森林エリアを抜け、砂浜エリアに出る。 |
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ザ、ザ、ザ早速、モンスターがこっちにくる。音からして一匹のようだ。っちに歩いてくる半魚人と目が合った瞬間、半魚人が槍を構え走り出す。キルを発動する。 |
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発動:『影操作』半魚人の足元の影を動かし、半魚人は体勢を崩し前のめりに倒れ込む。影操作』の扱いもだいぶ上手くなったように感じる。長を実感でき少し嬉しい。 |
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うつ伏せに倒れている半魚人に素早く近づき、心臓に向け槍を突き立てる。がしっかりと刺さっているのを確認し力強く引き抜く。ギィィ!!」半魚人は痛みで唸り声をあげ、そのままことぎれる。 |
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あらためて思うんだが、魚は痛みの感じ方は人と違うと聞いたことがあるが、コイツは普通に人間と変わらないように見える。あ、モンスターだしな。ロップアイテムを拾い再び歩き出す。 |
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とりあえず一匹で行動している半魚人を探す。れにしても、いい景色だな。こまでも続いていそうな水平線を見ながら思う。もそも、この海はどれだけ広いんだ?。 |
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鯨のようなモンスターもいるらしいしな。りを警戒しながらも綺麗な景色を見ながら歩き続ける。ばらく歩いていると岩が露出している場所に辿り着く。んな場所もあるんだな。 |
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砂だけで構成されているエリアだとばかり思っていたが、そんなことなかったのか。シャァ遠くの方で何かが海面から出てきた。場の影に隠れて正確に見えない。づかずに確認するために移動する。 |
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だんだんと何か見えてきた。器のような白い肌、海水に濡れた金色の髪が輝き、端正な顔でニコニコと微笑んでいる。腹から下には青い鱗がキラキラと日光を反射し、まるで宝石のようだ。 |
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御伽話で出てくるような人魚がそこにいた。ちらに気づき手を振ってくる。んだあれ。・・・・・・・・・とりあえず、様子を見てみよう。くにあったの岩場の影に隠れ人魚を観察する。 |
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どうやら、海から出ることはできないらしい。つものように鑑定する。動:『鑑定』《人魚。ニークモンスターの一匹。態型のモンスター。の真似をして獲物を誘き寄せ、近付いて所を丸呑みにしようとする。 |
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性格は臆病で普段は海の中で身を隠しているが、獲物が単独の場合のみ姿を表す。体は人の部分ではなく魚の部分。ユニークモンスターか。恵の実と一緒か、ということは逃げることができないだろう。 |
| 304 |
しかしいい情報が出てきた、下の部分が本体か。かし、まだ情報が足りない。際にどうやって捕食するのか見てみたいな。んなことを考えていれば、森林エリアの方からゴブリンが一匹出てくる。 |
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迷い込んだんだろう。がいい。くにあった手頃なサイズの石を手に取りゴブリンに投げつけ、隠れる。動:『投擲』うまい具合にゴブリンに石が当たり、こちらに意識を向けさせる。し、人魚に気付いた。 |
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「ゴブ!!」人魚が石を投げたと勘違いしたのか怒った様子で人魚に襲いかかる。れに対して人魚は、気にせずに手を振り微笑んでいる。気味だ。 |
| 307 |
ゴブリンと人魚の距離が互いに手が届く位置まで近づき、先に人魚の手がゴブリンに触れる。のとき、人魚の胸の少し上の部分から腰にかけて縦に割れていき、サメのような歯が見えてくる。 |
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そのまま、近くにいたゴブリンを丸呑みにする。のゴブリンを咀嚼し、しばらくして元に戻る。こには、さっきと同じように微笑み手を振っている人魚の姿があった。んだあれ!!きもいし、怖いな!!けど、だいたいわかった。 |
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対処も簡単そうだ。の中で作戦を立て、行動を開始する。を構えたまま人魚に近づく。そらく、相当至近距離でもなければ、あれは襲いかかってこないだろう。が届く位置に来ても襲ってこない。 |
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そのまま、人魚のお腹を目掛けて槍を突き刺す。魚は口を開けようとしているが、上手く開いてない。し、上手くいった。とは、槍をしっかり握りしめて人魚を陸の方に引っ張り込む。 |
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少し重いが、レベルアップして力が上がっている俺には問題ない。に絶対に戻れない場所に引っ張り込む。魚はバタバタと魚のように地面を跳ねている。はり、そこは魚と同じらしいな。 |
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それにしても絵面がすごいな。とは、トドメを刺すだけだ。魚に刺さっている槍を引き抜き、下半身?に突き刺す。クンと一度痙攣し、グッタリと倒れる。単だったな。 |
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しばらくして、人魚の体が光の粒子に変わりドロップアイテムが現れる。い上げ確認する。殻の飾りのついた髪飾りだ。殻の口をよく見れば、歯がびっしりと生えそろっている。 |
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鑑定したいが、それは家に帰ってやろう。日はもう帰ろう。分遠くに来たようだが、地図を頼りにギルドに帰った。て、人魚のドロップアイテムの確認を始めよう。 |
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家のソファに座りながら、手に持っている髪飾りを観察する。恵の実のドロップアイテムも何か特別な効果があったし、これにも何かあるのかと期待している。速、鑑定していこう。 |
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発動:『鑑定』《擬態の髪飾り。定の称号を持っている者が装備している時、スキル『気配隠蔽』を獲得。由に着脱可能。 |
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(条件:称号『人魚の真実』)》称号か、「ステータス」【名前】冬野礼司Lv15【称号】『禁断の果実』『人魚の真実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』称号が新しく増えている。 |
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この前と同じように点滅している称号の部分に触れる。ィンドウの表示が素早く変わりこう表示される。『人魚の真実』。ニークモンスター、人魚を倒した者に贈られる称号》なるほど、ユニークモンスターを倒すと絶対に称号が贈られるのか。 |
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で、この髪飾りを着けると【名前】冬野礼司Lv15【称号】『禁断の果実』『人魚の真実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』『気配隠蔽』なるほど、『気配隠蔽』を取得できるのか。 |
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おそらく、外せばスキルは無くなるんだろう。気配隠蔽』か。ットでどんな効果か調べてみるか。・・・・・・・・・ふむ、なるほど。うやらこのスキルは使用者の足音や物音、匂いなどを数分間完全に無くしてくれるらしい。 |
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奇襲する時にとても役に立つスキルだ。あ、髪飾りをつけるのは少し恥ずかしいがここまで良いスキルが手に入るなら全然我慢できる。しに使ってみよう。動『気配隠蔽』少し歩いてみる。 |
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・・・・・・・・・・すごい!!本当に足音がしない。度は飛び跳ねてみるが全く音が出ない本当に便利なスキルだな。 |
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これからのダンジョン探索で大いに活用していこう。て、次はLv15になった時に得るスキルを選んでいこう。敵系のスキルが出てくれればいいんだが、物欲センサーとかあるんだろうか。 |
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まあ、今考えても結果は変わらないか。を決して点滅しているレベルの部分に触れる。ィンドウの表示が変わる。スキル選択】・『危機感知』・『野生の嗅覚』・『挨拶』よし!!。 |
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見るからに索敵系のスキルが二つもある。から調べて行くか、『危機感知』は読んで字の通りだと思うが、『野生の嗅覚』はネット調べれば情報が出て来た。りの敵がいるか何となく分かるようになるスキルらしい。 |
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『挨拶』って何だよ。拶が上手くなるスキルか?まあ、無視だな。危機感知』はどんなスキルだ?危機の範囲によってはとても優良なスキルだと思うんだが。ちらにするか。 |
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・・・・・・・・・・・・よし、決めた。危機感知』にしよう。野生の嗅覚』は、敵の性格の位置まではわからないしな危険を先に知れるアドバンテージはとても大きいと思う。 |
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もしかすると、敵の位置も分かるかもしれない。むぞ、良いスキルであってくれ。危機感知』を選ぶ。ィンドウの表示が元に戻る。 |
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【名前】冬野礼司Lv15【称号】『禁断のの果実』『人魚の真実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』『危機感知』どうか、これが使えるスキルでありますように。 |
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スキルを試しに使ってみるために、発動させようとする。・・・・・?何も起こらない。ういうことだ?もしかして、このスキルはパッシブスキルか。 |
| 331 |
ということは、俺に危機が迫ったとき自動で教えてくれるということか。あ、これに関してはダンジョンで試してみないとわからないな。の日新しく手に入れた『危機感知』を試すために、ダンジョンに向かっている。 |
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市街を歩いているが休日だからか車がいつもより多い気がする。かイベントでもあるんだろうか?そんなことを考えながら、歩道を歩く。 |
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発動:『危機感知』その時急に、スキルが発動した感覚と共に、背筋がぞわっとなり身体中を悪寒が走りまわる。れ以上進んではいけない気がする。の直感に従いその場に立ち止まり、少しするとドンーーー!。 |
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目の前に車が現れた。や、車というより弾丸だった。光りする大きい車がエンジンの音を響かせながら、目の前の建物の壁に突っ込んでいる。ごいスピードで衝突したのもあり車の前面部が完全にへしゃげている。 |
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俺がそのまま歩いていれば巻き込まれていただろう。感に従って正解だった。そらく『危機感知』が発動したんだろう。っといてよかった、このスキルは思った以上に優良なスキルかもしれない。 |
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この場にいると面倒だな。く立ち去ろう。後に誰かが呼んだ警察のサイレンを聴きながら、俺はダンジョンに向かった。事もなくダンジョンの中に入ることができた。原エリアを歩く。 |
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とりあえず、スキルが発動するかここら辺をしばらくの間、歩いてみよう。動:『危機感知』スキルが発動した感覚と共に、さっきほどでは無いが少しだけ背筋がぞわっとなる。 |
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何となしに何かがあっちから近づいてくるのが分かる。った、賭けに勝った。の方向もわかるのは完全に『野生の嗅覚』の上位互換だ。危機感知』を選んでよかった。 |
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新しいスキルの検証もできたし、砂浜エリアに行ってレベル上げをするか。う考え、砂浜エリアに向かって歩き始めた。日は遂に入学式の日だ。 |
| 340 |
『気配隠蔽』と『危機感知』を手に入れてから狩りの効率が格段にあげり、毎日ダンジョンに潜り続けていれば、遂に高校入学の日になった。ベルも17になった。食を食べ、制服に着替える。 |
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いつもは、ダンジョンに行く時の格好でしか外に出ないので少し新鮮だ。だ時間はあるが、余裕を持って着いていた方がいいだろう。いうわけで、必要な物を学校指定の鞄に入れ玄関に向かう。 |
| 342 |
戸締りの確認もしたし、制服もちゃんと着れてる。し、「いってきます」玄関の扉を開け、学校に向かった。中咲いていた綺麗な桜を見て、あらためて高校に入学するのだという実感が湧いてくる。 |
| 343 |
俺と同じ制服を着た人達がちらほらと見えてくる。そこが校門か。か列が出来ていると思えば、写真を撮る為の待機列か。の列を避けて校門を潜る。 |
| 344 |
「おはようございます!」「おはようございます」校門の側に立っていた先生に挨拶を返して、案内に書いてあった体育館を目指す。育館にはすぐに着いた、座る席はあらかじめ決まっているらしい。 |
| 345 |
壁に貼ってあった紙の通りに席に座り、少しすれば入学式が始まった。学式は特に変わった様子はない。たくなるほどつまらない校長の話、国歌斉唱、在校生のの言葉などを聞いていれば終わった。 |
| 346 |
これからの予定はあらかじめ決まっていたクラスの教室に案内されるらしい。己紹介でもするんだろうか。そらく担任の先生であろう若い女性が先導する。段を登り、教室に到着する。 |
| 347 |
出席番号順に座るらしい、座席表を見て後ろの方に座る。員が座ったのを確認した先生が黒板の前に達自己紹介を始める。私はこの1年1組を受け持つことになった川田理沙です。 |
| 348 |
担任を持つことになったのは初めてだけどみんなと一緒に頑張っていけたらなと思ってます。ろしくお願いね」チラホラち先生に挨拶返す。じゃあ、せっかくだし一人ずつ自己紹介しようか。 |
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名前と好きなこととか一言。番は。出席番号一番から」教室が少しざわつく。理もないいきなり自己紹介をさせられるとなれば誰もが動揺するだろう。 |
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「じゃ、じゃあ、俺から・・・・・・・・・・・・」次々と自己紹介をして行く。はーい。ゃあ次は俺だな。の名前は中村一郎。軽に一郎って呼んでください。きなことは体を動かす事。 |
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ちなみに探索者してま〜す。見るからにチャラそうな男子が自己紹介する。索者という言葉に教室中がざわつく。索者ってことをバラすのか。カだな。 |
| 352 |
「レベルはどれ位なの〜」教室のざわめきに紛れ誰かが質問する。うーん、今は6レベルかな」「え、じゃあ、スキル使えるの!」「使えるよ」「はいはい、質問はあとでね。ゃあ、次の人」。 |
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放っておけば終わらないと思ったのか先生が止めに入り、次の人に番を回す。の瞬間、教室の空気が一泊止まった。ッと立ち上がったそいつは、まるでドラマから飛び出してきたような美少女だった。 |
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長い金髪がさらりと肩に流れ、制服のリボンすらどこか映える。っとりとした目元、澄んだ青い瞳に、整いすぎた顔立ち。室にざわめきが、自然に静まり返っていく。 |
| 355 |
「は、はい、ぼ。僕の名前は藤原悠です。きな物はゲームです。ろしくお願いします」爽やかな澄み切った清流のような声だった。 |
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特別な何かをしているわけじゃないのに、その佇まいだけで誰もが息を呑んだ。こかで見覚えがある。・・・・・・・・そうだ。つしか、ダンジョンですれ違った奴だ。 |
| 357 |
同い年だったのか。いうか、僕っ子!?すごいな。の雰囲気の中、自己紹介を続けるのか。いうか次の番は俺だ。く済ませてしまおうと立ち上がる。 |
| 358 |
「冬野礼司です。きなことは体を動かす事です。れからよろしくお願いします」こんな物でいいだろう。手がまばらに聞こえる。 |
| 359 |
異様だった雰囲気が元に戻り後ろのやつも自己紹介して行く。後のやつも自己紹介を終え、先生が話し始める。じゃあ、このあとは何もないなら帰ってもいいことになっています。 |
| 360 |
明日は遅刻せずに登校しましょう。なさん、さようなら」何もすることはないし帰るか。悠ちゃ〜ん!帰ろう!」前の席のやつに早速話しかけている。うやら、前からの知り合いらしい。 |
| 361 |
まあ、俺に関係ないな。日はダンジョン探索はどうしようか、などと考えながら帰路に着いた。学初日が終わり、学校から帰り家で一息つく。日のダンジョン探索はどうしようか。 |
| 362 |
うーん、今日はこれといってやること無いしな。ごはん食べてから、少しだけ潜るか。しい階層に少しだけ挑戦してみよう。う考え、あらかじめ用意していた昼ごはんを食べる。 |
| 363 |
ニュースをつけるがどこの局も入学式のことばかりだ。に立ちそうな情報はないな。飯を食べ終わり、食器を片付ける。て、ダンジョンに行くか。つものように探索道具と武器を持ち外に出る。 |
| 364 |
「いってきます」習慣の挨拶をしてダンジョンに向かった。から数分の駅に行き、電車を待つ。車を待っている間に今日行く新しいエリアの復習をしておこう。 |
| 365 |
新しいエリアは第二階層で一番目のエリアだ。暗い洞窟で構成され、主な敵はスケルトンようは動く骨だ。ての個体が錆びついた剣を持っている。 |
| 366 |
まあ、槍よりリーチが長くないので問題ないだろう。窟内は松明が壁に立てかけられているらしいから、光源は一応確保できるらしい。内にアナウンスが響く。 |
| 367 |
どうやら電車が来たみたいだ。十分後ギルドに着いた。応、購買部で邪魔にならない腰にかけれるランタンを買っておこう。の前見かけた気がする。ンタンを探す。 |
| 368 |
・・・・・・お、やっぱりあった。段は少し高いが。あ、ここで躊躇う事なんてないな。ジでランタンを購入し、とりあえず鞄の中に入れておく。て、行くか。 |
| 369 |
探索申請をさっさと済ませて、ダンジョンに入る。原エリアを横断し、森林エリアを抜け、砂浜エリアにたどり着く発動:『危機感知』『気配隠蔽』嫌な予感がしたと同時に草むらに隠れ『気配隠蔽』を発動する。 |
| 370 |
奥の方から半魚人が三匹歩いてきた。ぶな、やっぱりこのスキルたちは優秀だな。魚人たちはこっちに気づく事なく通りすぎる。ろそろいいかな。りにモンスターがいない事を確認して草むらから出る。 |
| 371 |
2階層の入り口は・・・・・・地図によるとこっちだな。図を見ながら歩いていれば、おそらく入り口であろう所が見えてきた。そこか?砂浜に不自然に建っている石製の階段がある。 |
| 372 |
『危機感知』には反応がない。ら大丈夫か?恐る恐る階段を降りて行く。構降りれば石畳の大きな部屋に出る大きさはおそらく学校の体育館ぐらいだろう。 |
| 373 |
人も何人かいる。うだ、新しい階層に来たらやらないといけないことがあった。りを見渡し、ギルドにあったダンジョンの門にそっくりな建築物を見つける。れか。 |
| 374 |
その建築物に近づき観察する。か、情報通りならこの門の近くに淡く光る球体があるらしい、それに触れるとギルドにある門から2階層にあるこの門に移動できるらしい。 |
| 375 |
毎度ながら仕組みを考えても仕方がないだろう。し、これで登録もできたしモンスターを探してみるか。場から洞窟エリアに入る。し暗いが見えないほどではないほどではない。 |
| 376 |
槍を構えながら、前に進む。動:『危機感知』スキルが発動した感覚と少しの悪寒が走る。ラン、カラン、カラン洞窟内を音が反響して聞き取りずらいがその音が近づいてくることはわかる。 |
| 377 |
少し奥の角から骸骨が出てくる。ちらを見つけるとカランカランと音を出しながら近づいてくる。こまで速くないみたいだ。だ余裕がある。 |
| 378 |
まずは鑑定してみよう発動:『鑑定』《なりそこないの戦士。は骨で構成されており、骨はそこそこ硬い。動速度は遅く、攻撃速度もそこまで速くなく、打撃攻撃に弱い。 |
| 379 |
頭の骨を砕けば簡単に倒すことができるだろう。さしく、戦士のなりそこない。弱いな。対半魚人の方が強いだろ。層が下になるほどモンスターは強くなるわけではないのか。 |
| 380 |
しかし、槍の刃こぼれは怖いな。うだ。動:『影操作』槍の穂先に槍を纏わせ、固める。れ味は無くなるが打撃攻撃が弱点ならこれで充分だろ。 |
| 381 |
そんな事をしていたら、骸骨は槍が届く位置に来ていた。骨は持っている錆びた剣を振りかぶる。りかぶる速度はとても遅い。は骸骨が攻撃する前に野球のバットを振るの要領で槍を構え、骸骨の頭に向け思いっきりスイングする。 |
| 382 |
レベルの恩恵を受けて身体能力が高くなっているおかげで、簡単に骸骨の頭は首から取れる。ン、という音を立てて横の壁にぶつかりそのまま頭の骨は砕ける。骨の体を見てみればバラバラびなり地面に散らばっている。 |
| 383 |
これで終わりか。当に弱いな。分すれば光の粒子に変わり、ドロップアイテムが出現する。れば、ただの骨だ。あ、一応鑑定してみるか。動:『鑑定』《なりそこないの骨。 |
| 384 |
なりそこないの戦士の骨、カルシウム豊富で肥料にすれば植物がよく育つだろう》この骨で育った物を食べるのは少し気持ち悪い気がするが。や牛の骨と一緒みたいな物か?。 |
| 385 |
おそらく人の骨ではないわけだし。けない、今は探索に集中しよう。日は学校があるし、そこそこ骸骨を狩ったら帰ろうかな。めて洞窟エリアに行った日の次の日。は、学校の教室で授業を受けている。 |
| 386 |
授業といっても、初回なのもあり教科担当の先生の自己紹介やこの授業で何を学ぶかなどの説明だけだが。ーンコーンカーンコーンチャイムが授業の終わりを告げた。の後は昼休憩の時間だ。 |
| 387 |
弁当にしようかと思ったが、今日は学校の食堂を使ってみようと思う。になるしな。の学校の食堂は食券方式のようだ。堂の外にある食券販売機で食券を購入し、食堂の人に出せば料理が出てくる。 |
| 388 |
何にしようか。々あるな、うどんにラーメン、カレーなんかもある。れも優しい値段をしている。・・・・・よし!決めた。ムライスにしよう。ムライスの食券を買い、食堂に入り食堂のカウンターに食券を出す。 |
| 389 |
入学した次の日というのもあるのか人はそんなに多くない。ったより速く料理が出てきた。理を受け取り、空いている席に座り食べ始める。いただきます」食べながら昨日のことを思い出す。 |
| 390 |
新しいエリアに出現するあの骸骨、思った以上に簡単に狩れる。体が一撃で終わるので疲れない、その代わりとばかりと出現数は多いようだ。あ、連携もろくに取れないので脅威ではなかったが。 |
| 391 |
あの後、骸骨を二十匹程倒したが一向にレベルが上がる気配がない。そらく弱すぎて、経験値的な何かが全く貯まらないんだろう。の、エリアで探索してもうまみがないな。 |
| 392 |
洞窟エリアを探索し始めたばかりだが、また、新しいエリアに移動してみるか?次のエリアを調べてみるか。んなことを考えていたら、あっという間に食べ終わった。いしかったな。 |
| 393 |
「ごちそうさまでした」食堂の返却口に食べ終わった食器を返し、教室に向かう。る途中で飲み物を買ったが、結構高いな。度からは家から水筒を持ってこよう。 |
| 394 |
教室に到着し、中に入り席に着く。室を見渡してみるが、入学初日なのもあり、一人でいる奴が多いようだ。人か仲良く喋っているのは、中学からの友達だろう。 |
| 395 |
例外として、初日の自己紹介で探索者ということをバラした奴の周りには人が集まって、グループができている。れが俗にいうクラスカーストトップのグループという奴だろうか?。 |
| 396 |
まあ、関わり合いたくないな。の席に座っているダンジョンにいた女、名前はなんだったか。あ、いいか。の女に仕切りに探索者のチャラついた男が話しかけている。がデカくてうるさい。 |
| 397 |
イヤホンを耳につけて、音楽を流す。んなこんなをしていたら。うすぐ、昼休憩が終わる。二時間だ。張ろう。時間後「部活の見学は各自自由に行くように。れじゃ、さようなら」。 |
| 398 |
担任に先生の挨拶を合図に教室中にざわめき広がり、俺は帰る準備を始めるか。これから、ダンジョン行こうぜ!俺が案内してやるよ!」あのチャラついた男が大きな声で仲良くしているグループに提案している。 |
| 399 |
「藤原さんの行かない?俺が守ってあげるからさ!」そうだ、藤原だ。んな名前だった。の藤原をチャラ男がダンジョンに誘っている。悠は、もう探索者だよ」入学初日から藤原と話していた女が横から話を挟む。 |
| 400 |
そこまで声は大きくなかったが教室中にその声が響き渡ったように思えた。ちょっと!美香!」「あ!ごめん。緒にしてたんだっけ。も、まあ、いいじゃん。ずれバレるんだから」うわ、人の秘密を勝手にバラすとかやばい女だな。 |
| 401 |
絶対関わりたくない類のやつだ。じゃあ!なおさら行こうよ。ラスメイトの親睦を深める意味でもさ」「・・・・・・美香が行くなら」さて、支度も済んだし帰るか、と思い席を立ち上がり教室を出る。 |
| 402 |
教室を出る間際、藤原がこちらをチラッと見た気がするした。さか、俺とダンジョンですれ違ったことを覚えてないよな。あ、気にしても時間の無駄か。室を出て、靴を履き替え、家に向かった。 |
| 403 |
歩きながら考えに耽る。日のダンジョンはどうしようか、クラスの連中と会ったら面倒なことになりそうなんだよな。ーん、今日はやめておいて、家で休もう。日の学校が午前中で終わり、家に速く帰ることができた。 |
| 404 |
昨日はダンジョンに行かなかったし、今日は行くか。索用の服に着替え、探索道具と武器を取り出し装備して玄関から出る。いってきます」戸締りを確認してダンジョンに足を進めた。 |
| 405 |
今日は新しいエリアの様子を少しだけ覗いてみて、探索しても大丈夫そうならそのまま探索してみようと思う。か、次のエリアは中世ヨーロッパのような街並みで構成されていて、時間が夜に固定されているらしい。 |
| 406 |
出てくるモンスターは、かぼちゃの頭にボロ布を纏い手に鎌を持ったモンスター、俗に言うジャック・オ・ランタンのようなモンスターが出てくるらしい。のモンスターは地面から少し浮いているらしい。 |
| 407 |
足音がしないのは少し怖いが、俺には『危機感知』がある。程のことがない限り不意打ちされることはないだろう。・・・・・・・これフラグか?まあ、スキルに頼りすぎるのも後が怖いし周囲の警戒は常にしておこう。 |
| 408 |
考え事をしていたら、あっという間にギルドに着く。ういえば、地図を買ってなかったな、購買部で買っておくか。買部に寄り二階層の地図を買う。索申請を済ませる。階層を思い浮かべながら門を潜る。 |
| 409 |
職員の人に聞いたがこれでいいんだろうか。を潜った先は、この前行った二階層の広場だった。ろを見ればギルドの風景が広がっている。当に登録した階層に行けるんだな。ごく便利だな。 |
| 410 |
今後も活用していこう。て、気を取り直して新しいエリアに行くか。ほど買った地図を広げて、洞窟を進む。危機感知』を活用しながら骸骨を避けながら目的の場所に進んでいく。 |
| 411 |
これから、新しいエリアに行くのに無駄な体力を使ってられないからな。ンスターを避けながら進んだから少し時間がかかったが目的地が見えてきた。 |
| 412 |
出口には太陽の光のような強い光ではなく、優しく淡い光が差し込んでいる。戒しながら一歩一歩慎重に出口から顔を出す。こには、調べた通り中世ヨーロッパの街並みが広がっている。 |
| 413 |
道には街灯が設置されており明るい。本ではまず見れない街並み、そんな街並みよりも目を引くのは空に浮かんでいる月だ。段の夜に浮かぶ月とは全く違う。 |
| 414 |
ニュースなどで見たことがあるスーパームーンの大きさの比ではない。ちてくるような錯覚さえ覚える程、大きな月が夜空に浮かんでいた。んなあまりにも現実とはかけ離れた景色に少し呆然とする。 |
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発動:『危機感知』スキル発動の感覚と共に身体中に悪寒が走る。ンスターが近づいてきているようだ。動:『気配隠蔽』近くの裏路地にスキルを使いながら身を隠す。 |
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少しすればさっきまで俺がいた場所にかぼちゃのモンスターが現れる。動:『鑑定』《燃え盛る亡霊。ぼちゃの頭にボロ布と鎌で構成されたモンスター。っている鎌はとても鋭く人の肌など簡単に切れるだろう。 |
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本体はかぼちゃの中で燃えている炎そのもの、そこを攻撃すれば簡単に倒すことができるだろう》名前が長いな。し、これからこのモンスターのことはカボチャ頭と呼ぼう。報を見る限り、狙うなら頭か。 |
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地面にに落ちていた石を拾い上げ、隠れている裏路地の外に向け投げる。ンカン石が地面を跳ね、静かな街に音が響く。の音に気付いたカボチャ頭が路地裏に近づいてくる。 |
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カボチャ頭と路地裏の距離がどんどん近づいていき、何もないことを確認したのかそのまま通り過ぎていく。キルの効果がある間に路地裏から出て、カボチャ頭に向かって走り出す。 |
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カボチャ頭はまだこっちに気付いていない。のまま後ろから頭に槍を突き刺す。を頭に突き立て瞬間、カランと音を立て鎌とさっきまでカボチャ頭が纏っていたボロ布が地面に落ちる。 |
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カボチャはそのまま槍に刺さっている。うやら、一瞬で仕留めることができたようだ。面に落ちたカボチャ頭の体が光の粒子に変わる。ロップアイテムを拾い上げ鑑定する。 |
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発動:『鑑定』《燃え盛る亡霊の布切れ。え盛る亡霊が纏っていたボロ布の一部。数を繋ぎ合わせれば強力な防火装備ができるだろう》これは高そうだな。 |
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ギルドの購買部にはこんな装備なかった気がするが。員に言えば買えるのだろうか。度確認してみよう。りあえず、倒す方法はわかったしこの調子でカボチャ頭を狩っていこう。 |
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数時間後俺は、この数時間で合計七匹のカボチャ頭を狩ることができた。うにも、こいつらは一匹で行動している個体が多い気がする。しかしたら、今日狩った七匹がたまたま、一匹で行動していただけかもしれないので詳しくはわからないが。 |
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今日は充分狩れたし、帰るか。窟エリアの入り口に戻り、地図を広げて中に入る。た時と同じようにモンスターを避けながら二階層の門を目指す。た時とは違いほぼ最短距離で目的地に着くことができた。 |
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広場に着き、早速門を使いギルドに帰る。て、換金をしていこう。想が正しければこの布切れは高額なはずだ。換金をお願いします」窓口に向かい職員に換金を頼む。 |
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窓口の職員は素早く、換金を済ませてくれる。匹で21,000円になった。匹三千円の計算だ。あまあ高かったな。あ、耐火装備が作れるものだしもう少し値段は上がってもいい気がするが。 |
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まあ、こんな物か。は換金結果に少し不満を持ちながらも家に帰った。し訳ございません。違えて投稿してしまったので、内容を書き加えました。ピピピ聞き慣れた目覚まし時計のアラームの音が鳴り響き、目を覚ます。 |
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ベットから起き上がり、部屋のカーテンを開けて朝日を浴び寝ぼけた頭を起こす。日は土曜日で学校は休みだ。れた布団を畳み直しリビングに降りる。ビングに降りていつも通り朝食を準備をして食卓に並べ、食べ始める。 |
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「いただきます」テレビを付ける。今日は、ダンジョン氾濫の仕組みについて・・・・・・・・・・」今日はダンジョン氾濫についてか。ンジョン氾濫とは大量のモンスターがダンジョンの外に出現してくることだ。 |
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まだどうやって出てきているのかはわかってないが、長時間ダンジョン内でモンスターを倒していなかったりしたら、ダンジョン外に突然、モンスターが出現するらしい。 |
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といっても、今まだのダンジョン氾濫は、一種類のモンスターしか出なかったしその強さもそこまで強くないと聞く。あ、危険なことは変わらないし備えはしていた方がいいだろう。 |
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「ごちそうさまでした」食べ終わった食器を洗い、片付ける。人で暮らしは、洗う食器が少なくて済む。て、朝ご飯も食べたしダンジョンに行くか。索用の服に着替えて、探索道具が入ったカバンを背負い武器を持ち玄関から出る。 |
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「いってきます」鍵を閉めたことを確認してダンジョンに向かった。車に乗り一駅、移動して数分歩けばギルドに着く。日なこともあり、ギルド内は人が多い。混みはあまり好きじゃないから少し気が滅入る。 |
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覚悟も持ってギルド内に入る。く、ダンジョンに入ってしまおう。こよりかは人が密集していないはずだ。索申請ができる窓口に急いで向かう。あの、冬野くんですよね?」歩いていると後ろから声をかけられる。 |
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誰だ、少なくともあの迷惑女の声ではない。索者に仲の良い知り合いはいないはずだ。あ、振り返ればわかるか。り返れば、そこには学校で前の席の女がいた。前は・・・・・なんだったか。 |
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確か、ふから始まる名前だったような。あの、わかりますか?。の席の藤原です」そうだ藤原だ!「ああ、わかるよ」「よかったです。れで、あの、冬野君も探索者だったんですね」。 |
| 438 |
「あ、ああ、クラスの人たちには内緒だけどね」だからクラスの連中にはバラすなよ。そうなんですね」ふと、沈黙が訪れる。・・・・・・・・・なんなの、なんで俺に話しかけてきたんだよ。 |
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用がないなら話しかけてきてんじゃねえよ。れ俺が用を聞いて方がいいのか?話しかけられた方が用を聞くっておかしいだろ。それで、何か用があったのかな?藤原さん?」。 |
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「は、はい!クラスの人が居たので話しかけただけなんですけど、これも何かの縁なので僕とパーティーを組みませんか?」「ごめんね、藤原さん。はダンジョンは一人で探索したいんだ」。 |
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これで、話は終わっただろ。らためて、探索申請をしようと窓口に向かう。ま、待ってください!!」歩き出そうとしたところを藤原が大声をだし俺の腕を掴み、物理的に引き留める。 |
| 442 |
「もう、ちょっとだけ話を聞いてください!」まずいな、この女が大声を出したことで周りの視線がこっちに集まった。だでさえ、この女は目立つ容姿をしているのに。目立ちはしたくない場所を変えるか。 |
| 443 |
「わかったよ。りあえず、場所を変えない?」「はい!わかりました!ありがとうございます!!」ありがとうございます、じゃねえよ。笑ってんだこの女。りあえず、ギルドの外に出て近くの公園に移動する。 |
| 444 |
「それで?なんでそんなに必死なの、パーティーメンバーなんて俺じゃなくても沢山いるでしょ」「はい、そうなんですけど・・・・。し、悩み事を聞いてもらってもいいですか」よくねえ。 |
| 445 |
長くなりそうだし、早くダンジョンに行きたい。もここで、聞かないのもな。し気になるし。どうぞ」「はい。、ダンジョンに入る前はこんな日本人離れした外見じゃなかったんです。 |
| 446 |
初めてダンジョンに入った日に『聖女』というスキルを貰いました。門家の方が言うには、このスキルのせいでこんな外見になったらしいんです」別に、卑下にする外見じゃないと思うが。 |
| 447 |
「このスキル自体はとても良いスキルでした。復魔法のような物が使えるし、肌や髪は手入れしなくても綺麗なままだし。けど、最初に入ったパーティーで事件は起きました。 |
| 448 |
そのパーティーは僕を合わせて女性が二人で男性が三人、戦う時の役割はちゃんと分担できていてとてもバランスの良いチームでした。のチームが唐突に解散しました。 |
| 449 |
理由はパーティー内で起きた、いざこざでした。初の内は何が原因だったのか、知りませんでした。も、後からパーティーメンバーだった女性から訳を聞きいたら原因は、私だったんです。 |
| 450 |
パーティーの男性全員が私のことを好きになり、私を奪いあって喧嘩をしたそうなんです」「別に、藤原さんが気にすることじゃないと思うけど、喧嘩をしたのはその三人なんだし」。 |
| 451 |
告白もしてない女性のことを勝手に取り合うとかそいつらどういう頭してたんだ?「でも、それがその後2回程同じことが起きました」わーお。じか。ークルクラッシャーじゃん。 |
| 452 |
「それで、今までの話を聞いたかぎり、俺を誘う理由一向にわからないんだけど」「そういう事件があって僕は人一倍目線に敏感になりました。も、冬野さんは僕と会ってから一度もそういった目で見ることが、なかったんです。 |
| 453 |
だから、この人となら一緒にパーティーが組めると思ったんです」いや、待てよ。かしくないか。ら同性を誘えば良いじゃないか。なら同じ女性を誘えばいいじゃないか。えば、いつも学校で話してる子とか」。 |
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「美香ですか?あの子は戦えるような性格じゃないし、最近のあの子は私を見る目が怪しい気がするんですよね」うわ、聞くんじゃなかったな。ラスメイトのデリケートな問題なんて。 |
| 455 |
「それで、どうですか?パーティーの件考えてくれましたか?」「ごめんなさい、藤原さん。っぱり俺は一人で探索したいから。れに、パーティーを組める人なんて俺だけじゃないと思うし、同じ女性の方が良いよ」。 |
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トラブルの原因を仲間にしたくないしな、それに回復なら自分でできるし必要ない。そうですか・・・・。かりました。が変わったらいつでも教えてください」「じゃあ、パーティーメンバー集め頑張ってね」。 |
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そこで、藤原と別れる。あ、やっとダンジョンに行ける。の話を聞いて溜まったストレスを体を動かして発散しよう。うして、やっとの思いでダンジョンに向かうことができた。 |
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藤原の話を聞き終わった後、何事もなく探索申請を済ませてダンジョンに入ることができた。を潜り2階層に着く。こも、まあまあ人が多いがギルドほどではない。 |
| 459 |
早く夜街エリアに行こう。窟エリアに入り、地図通りに進み夜街エリアに出る。ずは、カボチャ頭を探そう。分間後いた。ボチャ頭だ。っちには全く気付いてない。 |
| 460 |
走って近づいて一気に仕留めよう。動:『気配隠蔽』走った時の足音でカボチャ頭に気付かれないように『気配隠蔽』を使って足音を消す。づかれない内に後ろから槍を構えながら走って近づいて行く。 |
| 461 |
二メートル、一メートルとカボチャ頭との距離が近づいていく、まだ気づかれてない。が届く位置まで来た。ったスピードの勢いのままカボチャ頭の頭の真ん中目掛けて槍を突き立てる。ずい!。 |
| 462 |
仕留めよう損ねた。いが真ん中より少し右に逸れた。ボチャ頭は痛がる様子を見せずこっちに振り返ろうとする。ち着け、まだ挽回できる。いで刺さったままの槍に力を入れて、左に薙ぎ払う。 |
| 463 |
カボチャの部分は思ったより簡単に切れた。ボチャが切れた瞬間、カボチャ頭の体は重力に従って地面に落ちる。手く、弱点を切れたようだ。の調子でどんどん狩っていこう。 |
| 464 |
見つけては倒しを繰り返してを三回ほど繰り返した後、ふとステータスを見るといつの間にかレベルは2も上がっていて19レベルになっていた。一回上がれば新しいスキルが手に入る。 |
| 465 |
楽しみだ。し嬉しくなりながらも、またガボチャ頭を探すために歩き始める。囲を警戒しながら街灯があり明るい道を歩く。動:『危機感知』スキル発動の感覚と共に普段とは比べ物にならない悪寒が、身体中を走り回る。 |
| 466 |
この感覚に身に覚えがある。の前の車の事故に遭いそうになった、命が危険になった時の感覚と同じだ。の感覚に従い、全力で後ろに飛ぶ。スン!!大きな音と共にさっきまで俺が居た所が爆発したように砂埃が舞う。 |
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危な!?全力で後ろに跳ばなかったら無事では済まなかっただろう。れより、あれはなんだ?砂埃が晴れ、音の正体が現れる。れは、黒い棒状の鉄だった。 |
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その鉄が植物の蔦のように動いている。の鉄は一本の街灯から伸びている。物の様な見た目に嫌な記憶が蘇る。りあえず、鑑定だ。報がないことには動けない。 |
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発動:『鑑定』《彷徨う街灯。体は普通の街灯と同じ様な物質で構成されている。体数が少なく、普段は街灯に擬態しているので見つけるのが非常に困難。 |
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滅多に移動しないが、移動する時は普段は地面に埋まっている伸縮可能な四本の鉄の足を器用に使い移動する。付いてきた獲物目掛けて鉄の足を高速で突き刺す。良い情報が出ない!弱点が分かれば良かったんだが。 |
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そんなことをしている間にも街灯は攻撃の準備を済ませている。ュン、という風切音と共に鉄の足を突き刺そうと俺目掛けて伸ばしてくる。な!なんとか避けるのに成功する。 |
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見ていれば何とか避けることはできそうだ。うする、逃げるか?駄目だ。中を向けた瞬間あの高速の攻撃にやられる。 |
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・・・・・・・・・・戦うしかない。ずはあいつの攻撃をどうにかしないと。撃を掻い潜りながら、街灯に近づいて行く。 |
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ある程度近づくと、攻撃もどんどん多彩になって行く。薙ぎ、槍で受け流したり、その場にしゃがんだりして避ける。きつけ、横にステップを踏み回避する。 |
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攻撃する足が二本になったりもしたが何とかさまざまな攻撃を避けながら街灯に近づいて行く。が届きそうな程近くなると、街灯に変化が起きる。ョキという擬音が聞こえそうな様子で街灯は四本の足を使って立ち上がり、すごい速度で俺から離れて行く。 |
| 476 |
まじかよ。鑑定』で移動できるのは知っていたがあんなに早いのかよ。あ良い。ち上がってくれたなら、やりようはある。動:『影操作』街灯の足下の影を動かす。れだけ、縦に長いとバランスを崩すのは簡単のはずだ。 |
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思惑通り、街灯はバランスを崩して倒れる。灯は足を使って何とか起きあがろうとしているが、そうはさせない。れている街灯に素早く近づき、三つある街灯の光っている部分の一つに槍で思い切り攻撃する。 |
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パリンという音を立てガラスが割れる。無しか足の動きが遅くなったような気がする。こが弱点か?攻撃し続けよう。の二つにも攻撃する。リン、という音を立て一つ目は割れた。もう一つだ。 |
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その時、ヒュンという風切音と共に横薙ぎの攻撃がやってくる。ぐふっ!!!」鈍い衝撃が腹にめり込んだ瞬間、肺から無理矢理空気が吐き出される。 |
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胃の奥がひっくり返るような感覚を覚え、膝を折りたくなるが、まだ耐えれる。ソ、攻撃に集中しすぎた。点を攻撃されて弱っているのか最初程の勢いはなく、威力もそこまで高くない。 |
| 481 |
痛みに耐えながら、最後の一つに槍を突き刺した。リンという音と共にガラスが割れ、街灯の光が消える。れと同時にあれだけ速く動いていた鉄に足も全く動かなくなった。 |
| 482 |
しばらくは槍を向けたまま警戒するが、しばらくすれば光の粒子になってきた。ぁ、疲れた。っと倒せた。腹に手を当てながらスキルを発動する。 |
| 483 |
発動:『回復』手から淡い光が溢れて出しお腹の痛みが完全に無くなっていった。て、ドロップアイテムを確認するか。灯が光の粒子に変わり、ドロップアイテムが出てくる。 |
| 484 |
そこに落ちていたのは槍だった。かし槍の形が妙だ。先は通常の槍と同じだが、柄の部分に街灯の光る部分がついていてそれが、仄かに光っている。りあえず、鑑定だな。 |
| 485 |
発動:『鑑定』《夜灯の槍。徨う街灯が稀に落とす武器。のような金属でできているが硬さは鉄をはるかに上回る。の先端の光は使用者の周りの暗闇を優しく照らし続ける》なるほど。 |
| 486 |
今使っている槍より性能が上そうだな。使っている、半魚人の槍はスペアにして今後はこれを使おう。し、ドロップアイテムの確認も済んだし、今日はこれで帰るか。 |
| 487 |
俺は、疲れた体を動かしてギルドに帰った。徨う街灯と戦った後、疲れた体を引きずりながら家に帰ってきた。る途中に夜灯の槍の性能を確かめてみたが、前まで使っていた半魚人の槍より性能が良い、今後はこれを使って半魚人の槍はスペアにしよう。 |
| 488 |
さて、あれだけ手強いモンスターを倒したんだ。ベルアップはしているだろう。ステータス」いつものように、半透明なウィンドウが目の前に現れる。 |
| 489 |
【名前】冬野礼司Lv20【称号】『禁断の果実』『人魚の真実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』『危機感知』『気配隠蔽』おお!!。 |
| 490 |
レベルは上がっていると思っていたが、まさか20になっていたなんて。れで新しいスキルを得ることができる。がくるだろうか。までもなんだかんだで欲しいスキルが出ていたからな。 |
| 491 |
もしかしたら、必要なスキルが来るかもしれない。きれば、防御系のスキルが欲しいな。悟を決めて点滅しているレベルの部分に触れる。スキル選択】・『プロテクション』・『強奪』・『アースウォール』やった!!。 |
| 492 |
『プロテクション』があるぞ!!『プロテクション』はスキルについて調べていた時に知った、欲しいと思っていたスキルの中の一つだ。の前に半透明のガラスのような大きな盾を出現させるスキルだ。 |
| 493 |
半透明だから視界も確保できて、次の攻撃に繋げやすい良いスキルだ。回取るスキルは決まった様なものだが一応他のスキルも見てみるか。 |
| 494 |
次は『強奪』か、このスキルはよく創作で出てくる様なスキルを奪えたりする所謂チートスキルの様に見えるが、効果は全く違う、『強奪』の効果は何かを力尽くで奪う際に補正してくれるというものらしい。 |
| 495 |
まあ、役にたつ場面はあるだろうが積極的に取るスキルではないな。後は『アースウォール』か、これは読んで字の如く土の壁を出現させるスキルだ。 |
| 496 |
目眩しに使えそうだが、『プロテクション』の方が普通に便利だからな。あ、取る意味はないだろう。てのスキルを確認して、あらためて『プロテクション』のスキルを選んだ。 |
| 497 |
選んだ瞬間、ウィンドウの表示が元に戻る。名前】冬野礼司Lv20【称号】『禁断の果実』『人魚の真実』【スキル】『影操作』『鑑定』『回復』『投擲』『危機感知』『気配隠蔽』『プロテクション』こう見ると、最初の頃に比べてスキルも増えてきたな。 |
| 498 |
あらためて成長を実感する。あ、そうなことは良いから『プロテクション』の実験をするか。りあえず、発動してみるか。動:『プロテクション』目の前に半透明のガラスの様な壁が現れる。 |
| 499 |
結構大きいな、これなら余裕で敵の攻撃防ぐことができるだろう。は、この壁はどれくらい出して置けるかを調べるためにタイマーで時間を測る。果、三分たった時に自動的にプロテクションは消えた。 |
| 500 |
スキルを使い続ければ、この時間は伸びそう。は、何枚プロテクションを出して置けるか。果、一枚しか出せないことがわかった。枚出せば、前に出していたプロテクションは消える。 |
| 501 |
これもスキルを使い続ければ出せる枚数も増えるかもしれない。は、形や向きを変えられるのか。果、形は変えられないが、向きはどの向きにも変えることができる。場に使えるか?。 |
| 502 |
次は、プロテクションを出す場所に既に何か物があればどうなるのか。果、貫通はせず物の内部にはプロテクションは現れない。ロテクションで何かを切断する様なことはできない。 |
| 503 |
最後に耐久性だ、一番大事なことで、これを知っておかないと敵の攻撃を防ぐ時に危ない。にあった金属バットで試そう。ロテクションの壁に思い切り金属バットを叩きつける。 |
| 504 |
ガンっという音を立てるがプロテクションはびくともしてない。属バットを持っている手が痺れる。れぐらいの耐久性があれば、大体のモンスターの攻撃は防ぐことができるだろう。 |
| 505 |
うーん、これで今のところ知りたいことは知れた。あ、これからも知りたいことができたら実験していこう。はり、このスキルは良いスキルだ。、このスキルを手に入れることができたのは運がいい。 |
| 506 |
ぐぅ〜実験をしていたら、いつのまにか夜になっていたことに気づく。腹が空いた。日は、簡単な料理でいいか。成した料理を食卓に並べ、食べ始める。 |
| 507 |
「いただきます」テレビをつけ、バライティー番組にチャンネルを合わせる。今日は特別ゲストにA。S。S。Fのリーダー水見さんがいらっしゃってます!!」。 |
| 508 |
天幕が上がり、女性が一人出てくると黄色い声が上がる。見紗季、A。S。S。Fのリーダーで整った容姿とその強さで下手な芸能人より男女共に憧れられている人物だ。 |
| 509 |
噂では、ファンクラブなんてものもあるらしい。ベルは知らないが相当強いと聞いたことがある。あ、俺とは関わることがない様な人だろう。のバライティー番組では、仕事の質問やプライベートな質問などを聞いて終わった。 |
| 510 |
「ごちそうさまでした」夜ご飯を食べ終わり、食器を片付ける。日は疲れた。呂に入って、早く寝てしまおう。ピピピ聞き慣れたアラームの音と共に目が覚める。 |
| 511 |
春になったとはいえ朝は少し肌寒い昨日は風呂に入った後、泥の様に眠りについたんだった。ぎっぱなしになっている服が転がっている。ーテンを開け、散らばっている服を片付ける。 |
| 512 |
服を片付け終わり、布団を整えリビングに降りる。食を作る。日はトーストと目玉焼きだけでいいか。ーブントースターで食パンを焼いている間に目玉焼きを作り終わる。 |
| 513 |
しばらくすれば、チンっと高い音を立て食パンが焼き終わったことを知らせる。成だ。来上がった朝食を食卓に並べ食事を始める。いただきます」いつもの様にテレビをつける。 |
| 514 |
ニュースの番組にチャンネルを合わせる。本日、政府公認による日本初のダンジョンツアーが正式にスタートしました!!初日にも関わらず参加者が殺到している様です!この日本初の試みは・・・・・・・」。 |
| 515 |
ダンジョンツアーか、確か熟練の探索者が初心者向けのエリアを案内して、安全にモンスターを倒さしてくれる感じのやつだったか。器や防具も貸し出してくれるらしい。 |
| 516 |
政府も探索者を増やしたいんだろう。の初心者向けのエリアというのは、おそらく草原エリアのことだろうな。日とは比べ物にならないくらいギルドに人が多そうだ。の準備をしておこう。 |
| 517 |
そんなニュースを見ていると、あっという間に朝食を食べ終わった。器を片付け、ダンジョンに向かう準備を始める。磨きをして、顔を洗い、服を着替える。 |
| 518 |
昨日、リビングに置いたままにしておいた探索道具や武器を背負い、玄関に向かう。締りを確認して、家から外に出る。いってきます」習慣の挨拶を済ませて、ダンジョンに向かった。 |
| 519 |
いつもの様に電車で一駅移動して、そこから数分歩きギルドに着く。・・・・・・・人が多い。日もすごかったが今日は予想以上に多い。っきニュースでやっていたダンジョンツアーの参加者たちがいるんだろう。 |
| 520 |
さて、行くか。ンジョンに行けば人混みから逃れられるはずだ。悟を決めて、なんとか人混みを分けながら進んで行き探索申請の窓口までやってくる。 |
| 521 |
「探索申請をお願いします」いつもの様に身分証を出して言う。分たてば手続きが終わり、ダンジョンに入れる様になる。ンジョンツアーがどういうふうに行なっているのか気になるな。 |
| 522 |
今日は二階層から行かずに一階層の門から出てダンジョンツアーの様子を見てから二階層に移動しよう。次馬根性丸出しだが、まあ気になる物は仕方がない。 |
| 523 |
行ってみよう。う言うわけで、一階層に移動する。原エリアに出ると、遠くの方で多数の人影が見える。れがダンジョンツアーの参加者たちか。の方向は森林エリアの方向だ。 |
| 524 |
通る間際に少しだけ様子を見てみよう。づいて行くとはっきりとそのグループが見えてきた。人ほどに人が同じ装備をしていて、違う装備をしている人物がその十人を見守るように立っている。 |
| 525 |
同じ装備をしている人たちがダンジョンツアーの参加者で、それを見守っている人が監督している探索者か。そらく、あの様なグループがいくつかあるんだろう。こから見た感じでは知り合いはいないそうだな。 |
| 526 |
その集団の横を通り過ぎて森林エリアに入る。図を見ながら、敵を避け、砂浜エリアに出る。の前、行ったばかりの階段までの道を思い出しながら進む。 |
| 527 |
半魚人が現れれば、近くの草むらに隠れながら進むば階段についた。段を降りれば広場に着き、そのまま洞窟エリアに入り夜街エリアに移動する。窟エリアの出口からから出て、カボチャ頭を探す。 |
| 528 |
十分ほど探せば見つめることができた。動:『気配隠蔽』気づかれない様にスキルを発動して、近づく。ボチャ頭がこっちに気付く様子はない。のまま走りその勢いのまま、カボチャ頭の槍を突き立てる。 |
| 529 |
上手く弱点に刺さった様だ。とボロ布が重力に従い地面に落ちる。ばらくすれば、光の粒子に変わっていく。動:『危機感知』まずい!!近くに隠れられそうな場所はない。 |
| 530 |
そんなこんなしている間に少し遠くの路地からカボチャ頭が出てくる。悟を決めて、正面から向かえ打つしかない。を前に構え、戦闘の準備をする。 |
| 531 |
カボチャ頭は俺を見つけると、こっちに結構な速度で近づいてくる。に鎌が届く位置まで近づいてくると鎌を振り下ろしてくる。動:『プロテクション』目の前に半透明の壁が出現する。 |
| 532 |
カボチャ頭は、瞬時に出現した壁に反応できず、鎌をそのまま壁に向かって振り下ろす。ロテクションの壁にカボチャ頭の攻撃が当たるがびくともしていない。 |
| 533 |
それどころか、カボチャ頭は思いっきり鎌を振り上げ下ろし、壁に当たった反動で少しのけぞる。は、仰け反った隙を見逃さずプロテクションを瞬時に解き、目の前の壁を消してカボチャ頭の頭部に向け槍を突き刺す。 |
| 534 |
ここまで近いと外すわけがない、綺麗に槍が突き刺さりカボチャ頭は動かなくなった。う、咄嗟のことだったが『プロテクション』の実験もできたし満足だ。 |
| 535 |
さっき倒したカボチャ頭のドロップアイテムと合わせて二つのドロップアイテムを拾い上げ、カバンに入れる。時計を見るが、昼まではまだまだ時間がある。 |
| 536 |
張り切って、カボチャ頭を狩っていこう。の日昨日は、あれからカボチャ頭を5体ほど倒しレベルが21になった。は今、教室で授業を受けている。 |
| 537 |
キーンコーンカーンコーンスピーカーから聞き慣れたチャイムの音が鳴り六時間目の終わりが知らされる。お、もう終わりか。ゃあ日直の人、号令して」。 |
| 538 |
教科担任の先生が日直に号令をするように言う。直はそれに従い、「起立!」椅子が一斉にきしみ、クラスメイト達が、嬉しそうな顔、眠そうな顔でそれぞれ立ち上がる。 |
| 539 |
「礼!」「「「ありがとうございました」」」日直の号令と共に皆、同時に頭を下げる。っと帰れる。バンに持って帰る物を入れ帰りの支度をして椅子から立ち上がる。 |
| 540 |
「冬野く」「悠!!一緒に帰ろう!!」藤原が何か話しかけてきそうだったが、友達に呼ばれて中断する。倒そうだし、藤原が友達と話している間に気づかなかったふりをして帰ろう。 |
| 541 |
教室を出て、靴を履き替え帰路に着く。日もダンジョンに行く予定だ。数分歩き家に着くと、制服から着替え武器と探索道具を取り、ギルドに向かう。十分後ギルドに着く。 |
| 542 |
当たり前のことだが昨日よりも圧倒的に人が少ない。適だ。速、探索申請を済めせてダンジョン門に向かって歩き出す。 |
| 543 |
「あの!冬野くん・・・・だよね」後ろから、知らない男に呼び止められる。ジャヴだ。度はなんだよと思いながら振り返って声の主を確かめる。覚えがある。ラスメイトの誰かだったような気がするが名前は覚えてない。 |
| 544 |
「えっと・・・・・・」名前を思い出そうとしていたら、あっちから話始める。え、えっと、同じクラスの末永です」「あ、ああ、末永くんも探索者だったんだ」「うん、といっても昨日なったばかりなんだけど」。 |
| 545 |
おそらく、ダンジョンツアーに参加したんだろう。で、何の用?」「今日は、折行って冬野くんにお願いがあるんだ。しよかったら、パーティーを組んで欲しいんだ」またかよ。 |
| 546 |
俺はパーティーに誘われる呪いにでもかかってるのか?というか、強さの差を考えろよ。ごめんけど、俺は一人で探索することにしてるんだ」「そこをなんとか!!」。 |
| 547 |
末永は俺に頭を下げて、頼み込んでくる。なんで、そんなに必死なんだよ」「僕を探索に連れてって戦い方を教えて欲しいんだ」は?つまり、寄生させて欲しいってお願いなのか?バカかコイツ。 |
| 548 |
なんでそんな俺にメリットがないことしないといけないんだよ。イツを探索に連れて行っても足手纏いになるだけだしな。そう言うことなら他を当たってくれ、俺は誰かに教えられる程強くない。 |
| 549 |
じゃ、そういうことで」人にものを頼むときは何か相手に対してのメリットぐらい提示しろよ。いんだよ。ま、待って!」後ろで何か言ってるが聞こえないふりをして、ダンジョンの門を使って2階層に入る。 |
| 550 |
絶対にここまでは追ってこれないだろう。っぱり便利だなこの門。うして俺は夜街エリアに向かって、洞窟エリアを歩き始めた。らためて、思うがこういう洞窟には宝箱なんかがあるのが定番なんじゃないのか。 |
| 551 |
今更だがダンジョンには宝箱なんて物もあるらしい。度も見た事はないんだが、これは俺の運悪いのか、それとも、もっと下の階層に行かないと無いのか、どっちなんだろうか。 |
| 552 |
まあ、ダンジョンを探索していればいずれ見つける機会もあるだろう。んな事を考えながら、洞窟エリアを歩く。を避けながら、進むのもあり少し歩みが遅い。 |
| 553 |
あの骸骨ぐらいなら何体相手にしても体力なんて使わなそうだが、命がかかってるんだしこれぐらい慎重になっても良いだろう。構な距離を進み出口までもうすぐなところまで来る。 |
| 554 |
何か、おかしい。っきから、骸骨が一匹も見当たらない。つもなら一匹ぐらい出口の周りにも居るはずなのに、今日はそれが一匹もいない。和感を感じた俺は出口に向かって走る。 |
| 555 |
違うエリアに入れば、とりあえずは大丈夫だろう。動:『危機感知』まずい!!スキル発動の感覚と共に身体中にものすごい悪寒が走る。く、洞窟を出るためにスピードを上げる。 |
| 556 |
目の前が真っ暗になる。が起こった?敵の攻撃か?とりあえず、すぐに取り出せるようにしていた懐中電灯をつける。けるが、スイッチを何度入れても全く反応しない。 |
| 557 |
電池は満タンで、点検もして壊れていないのは確認したはずだ。ういう事だ。りあえず、壁の方に寄って壁伝いの移動しよう。い、夜灯の槍のおかげで俺の周りは少し見える。 |
| 558 |
暗闇を優しく照らし続けるってこういうことね、普段では役に立たないけど今の状況ではこの光が頼りだ。か、こっちに壁があるはずだ。の自分の位置を思い出し、周りを警戒しながら壁に歩き出す。 |
| 559 |
ザッ、ザリッ、ザクッ横から何かが走ってくる音が聞こえる。ンスターだ。を音のした方に構えながら警戒する。動:『プロテクション』『プロテクション』を発動して目の前に壁を作る。 |
| 560 |
ガンッと音を立てて、何かがぶつかった音が洞窟内に響き渡る。報が少ない。の内に鑑定だ。そらくモンスターが居るであろう場所に向かって鑑定する。 |
| 561 |
発動:『鑑定』《光喰らい。ニークモンスターの一体で二足歩行する狼のような見た目をしている。りの光を吸収して自分の周りを暗闇にしてから鋭い爪で獲物を仕留める。 |
| 562 |
目は見えないが異常な程に高い聴覚と嗅覚を用いて獲物の位置を特定する》よし!!ちゃんと鑑定できた!!鑑定結果を読むが、またユニークモンスターか!?この短期間で何度出会えば良いんだ!?。 |
| 563 |
い、いや落ち着け今はそんな事を考えてる余裕はない。動:『気配隠蔽』これで、とりあえずは見つからないだろう。手の姿が見えない以上こっちから近づくのは危険か?まずは、壁に移動しようと再び歩き出す。 |
| 564 |
「アオーーーーーーーーーーーーン!!」!?なんで急に遠吠えを?ザッ、ザッ、ザッ、ザッ光喰らいは明らかにこっちに向かって走ってくる。んで!?『気配隠蔽』はまだ発動しているはずだ!!早く『プロテクション』を、発動:『プロテ「うぐっ!!!」クソ!間に合わなかった!!切り裂かれた脇腹から、すごい痛みが伝わってくる。い、周りが少し見えるのもあり一応は反応できたのもあり、傷はそこまで深くない。 |
| 565 |
次の攻撃が来る前に壁の方に走る。だ『気配隠蔽』の効果は続いてるから、音は出ない。動:『回復』壁に着くと急いで『回復』を使う。つものように淡い光は出てこないが脇腹から痛みが引いていく。にが起こった。 |
| 566 |
確かに『気配隠蔽』は発動していた。の位置がわかった理由は直前の遠吠えが関係しているはずだ。えろ。・・・・・・・・・・・・・・エコロケーション!!いや、だがそれしかあり得ない。じかよ!!鑑定結果の異常な聴覚ってこれのことかよ!。 |
| 567 |
説明が足りないんだよ!!それがわかったなら、少しは準備ができる。に遠吠えをしたら、カウンターを狙ってみよう。アオーーーーーーーーン!!」きた!!こっちに近づいて来る足音が聞こえる。だ!!槍を前に思いっきり突き刺す。 |
| 568 |
「ギャウン!?」突然、反撃されたことに驚いたんだろう。を上げて、後ずさった音が聞こえた。まあみろ、クソ犬が!しかし、手応えを感じたが傷は浅そうだ。闇だから、上手く狙いをつけられない。 |
| 569 |
どうするか、このまま同じ方法を続けていたらいずれこっちがやられそうだ。戦を考えないと。・・・・・・・・・・やるしかないか。りの地形を思い出し、角になっている所を探す。 |
| 570 |
早くしないと、次の遠吠えが来る。かここら辺だったはずだ。った!角になっているところだ。窟の角に立ち、クソ犬が攻撃してくる方向を限定する。の作戦の要は俺の反射神経だ。 |
| 571 |
自分を信じてやるしかない。アオーーーーーーーン!!」遠吠えだ。戦開始だ。手に警戒させないためにさっきとおなじザッ、ザッ、ザッ、ザッ来た、前からクソ犬が走ってくる。 |
| 572 |
作戦通りだ。んどん、足音が近づいてくる。だだ。だ我慢しろ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、瞬間、俺の視界に獣の爪が映り込む。だ!!。 |
| 573 |
発動:『プロテクション』目の前に半透明の壁が現れる。つもなら盾の役割を持つ壁がいまは拘束具としての役割を果たしている。ソ犬の爪が俺に当たる寸前で止まっている。 |
| 574 |
ふう、危なかったが、作戦成功だ。ガウ!!」目の前で、クソ犬がプロテクションの壁から抜け出そうと懸命に暴れている。前にモンスターを拘束できるかの実験をしていたが、怖かったな。 |
| 575 |
壁が壊れるかもしれないし、早くとどめを刺してしまおう。を強く握り、目の前に拘束されているクソ犬の頭がある位置を夜灯の槍の光を使い確かめて、思いっきり突き刺す。 |
| 576 |
「ギャウ!?」光喰らいは驚きで声を出して、さらに暴れるが少しすれば振り回していた腕の勢いは衰えていき、ついにはぐったりと力尽きる。 |
| 577 |
光喰らいが力尽きると同時に周りの暗闇が晴れ、周りが見えてくる。っと倒れてくれたらしい。んな見た目をしてたのか、思ったよりでかかったな。 |
| 578 |
しばらくすれば、光喰らいの死体は光の粒子に変わっていきドロップアイテムが現れる。ロップアイテムを拾い上げ、確認する。回のドロップアイテムは指輪のようだ。 |
| 579 |
装飾に黒い宝石のような物がついている。れはどんな効果があるんだろうか。ロップアイテムも持ったし、今日は帰ろう。石に疲れた。れた体をなんとか動かし、ギルドに帰った。 |
| 580 |
天文十九年(1550年)十月近江高島郡朽木谷朽木城朽木稙綱「御隠居様! 御隠居様!」儂を呼ぶ声とドンドンと床を踏み締める音、ガシャガシャという鎧の音が近付いて来た。 |
| 581 |
急いでいる、切迫した口調、勝ち戦ではないな。五郎め、越中めに敗れたか。の倅にしては不覚な。緒に部屋に居た綾の顔が強張って蒼白になっている。れやれ、公家の娘はこれだから困る。 |
| 582 |
舌打ちが出そうになったが何とか抑えた。はり弥五郎の嫁には武家の娘が良かったか。の竹若丸の方が胆が据わっておるわ。ち着いて座っておる。っとも未だ二歳、事態が分からぬのかもしれん。 |
| 583 |
ガラリと襖が開くと日置左門貞忠が部屋に入って来た、座った。して大勢の家臣がその後ろで恐々とこちらを見ている。左門、如何した」務めて穏やかな声を出した。御隠居様。内少輔様、河上荘俵山にて……、御討ち死に。 |
| 584 |
……無念でございます!」「!」血を吐く様な口調、そして彼方此方から悲鳴が上がった。さか討死とは……。木宮内少輔晴綱、父よりも先に逝くとは親不孝な息子よ……。の竹若丸は未だ二歳、さぞ心残りであったろう。 |
| 585 |
「御味方は総崩れ。、五郎衛門行近が殿軍を務め退却をしております」「そうか……」総崩れか、五郎衛門は沈着な男だが退却は容易では無かろう。合によっては五郎衛門の死も覚悟せねばなるまい。 |
| 586 |
高島越中、朽木谷に押し寄せて来るかもしれん。いの、五郎衛門を失うのは痛い。門では未だ五郎衛門の代わりは務まらぬ。木もこれまでかもしれん……。き声が聞こえた。で綾が泣いている。 |
| 587 |
こんな時に城主の妻が泣くな!怒鳴り付けそうになってざわめきが起きている事に気付いた。れば左門の後ろに集まっていた家臣達が顔を見合わせて何かを話している。 |
| 588 |
多分、これまでだとかもう終わりだとか言っているのだろう。れやれ、一つに纏めねば籠城も出来んな。て如何するか……。うろたえるな!」甲高い声が上がった。れば竹若丸が立ち上がっていた。 |
| 589 |
強い眼で周囲を見据えている。わめきが止んだ。臣達が驚いて竹若丸を見ていた。にんげんごじゅうねん、けてんのうちをくらぶれば、ゆめまぼろしのごとくなり」竹若丸が低い声で回らぬ口でゆっくりと謡った。 |
| 590 |
敦盛か! 知恵付きの早い子だが何時の間に覚えたのだ?「落ち着いたか!」竹若丸がまた家臣達を叱咤した。倒されている、二歳の幼児に家臣達、いや皆が圧倒されている。の孫は何者だ?。 |
| 591 |
不思議な所が有るとは思っていたが……。若丸が貞忠に眼を据えた。左門、俺と死ねるか!」「し、死ねまする!」貞忠が身を乗り出して叫んだ。若丸が頷く。して視線を後ろの家臣達に向けた。 |
| 592 |
「俺と死ねる者は残れ! 余の者は要らん、去れ!」家臣達が顔を見合わせた。し、死ねまする!」「竹若丸様と共に戦いまする!」家臣達が口々に応えた。 |
| 593 |
心が一つになったか、良し!「天晴れぞ、竹若丸。綱も喜んでいよう、見事じゃ。、守りを固めよ。見を出せ! それからきれいな水と布、薬の用意を忘れるな!」。 |
| 594 |
「はっ」家臣達が声を出して答えた。れ、もう一つ。竹若丸、なんぞ有るか?」面白半分で訊くと竹若丸が頷いた。朽木は負けぬ! 握り飯と味噌汁を忘れるな」。 |
| 595 |
一瞬間が有ってどっと笑い声が上がった。も笑った、笑いが止まらぬ。けぬと言った後に握り飯と味噌汁か。かに腹が減っては戦は出来ぬ。れにしても面白い小僧よ。 |
| 596 |
「竹若丸の言う通りぞ、朽木は負けぬ。共は握り飯と味噌汁を忘れるな!」「おう!」勝ち戦のように声が上がった。して男も女もドシドシと音を立てて出て行った。 |
| 597 |
もう大丈夫だ、これでむざむざと負けはせぬ。若丸がドスンと音を立てて座った。御爺、疲れたぞ」「そうか、疲れたか」竹若丸が頷く。敦盛など何時覚えた? 誰に教わった?」。 |
| 598 |
「誰も教えておらん。初から頭に入っておる」「また妙な事を」だから家臣達から変わり者の若と言われるのだ。お義父様、これから如何なるのです? 敵は押し寄せてくるのですか?」。 |
| 599 |
綾が不安そうな顔で訊いて来た。った嫁だ。母上、心配いりませぬ。木は負けませぬ」「その通りだ。配はいらぬ」二人で励ましたが綾の不安そうな表情は変わらない。 |
| 600 |
「いざとなれば皆で父上の元に参りましょう。しくは有りませんぞ」「竹若丸……」「竹若丸の言う通りだ。ずるな、少し休め」「……はい」「竹若丸、疲れたのであろう、そちも少し休め」。 |
| 601 |
「はい」竹若丸が立つと綾も立ち上がり部屋を出て行った。親と子供、立場が逆だな。は頼りにならん。……クックックッ。かんの、倅が死んだと言うのに」倅が死んだ。 |
| 602 |
朽木宮内少輔晴綱、歳は数えで三十三歳。いの、朽木家にとっては痛手だ。して負け戦、此処を凌いでも数年は兵は出せまい。木を守るだけで精一杯になる。 |
| 603 |
だが、笑いが止まらん。木は晴綱を失ったが竹若丸を得た。臣達も皆がそれを認めた筈。て、如何なる? 五年、十年、十五年、楽しめそうじゃ……。 |
| 604 |
結局、高島越中は朽木谷に攻めて来なかった。木は一方的に敗れたわけでは無かった、晴綱はそれなりに高島に損害を与えたらしい。軍を務めた五郎衛門も良くやった。 |
| 605 |
晴綱の首は取り戻せなかったが遺体は回収出来た。木家重代の太刀、朽木丸も遺体と共に戻って来た。儀を終わらせた十日後、一族が集まった。 |
| 606 |
二男藤綱、三男成綱、四男直綱、五男輝孝。ずれも二十代、成人し皆幕府に出仕しそれなりの待遇を得ている。子達はいずれも実直で野心は薄い。 |
| 607 |
いやそれは朽木の色かもしれん。の所為で代々の当主は上からは信頼されたが身代は大きくならなかった。するに要領が悪いのだ。 |
| 608 |
そして儂の弟の惟綱、その息子の惟安。綱と惟安は近くの西山城に詰めている。山城は朽木城の後詰めの城だ。 |
| 609 |
高島越中が朽木城に攻め寄せなかったのも西山城を慮ったという事が有るだろう。では父上、跡目は竹若丸に?」。 |
| 610 |
「そうだ。満か、藤綱」藤綱が首を横に振った。そうでは有りません。が竹若丸に跡目をと望んでいるのは知っています」。 |
| 611 |
「しかし本当なのですか。若丸が敦盛を謡ったなど、とても信じられませんが」輝孝が訝しむと皆が頷いた。事実ぞ、輝孝。がこの目で見た、この耳で聞いた。 |
| 612 |
疑うか?」「そんな事は有りません」輝孝が慌てて答えた。まり悪そうにしている。それに綾は飛鳥井家の出ぞ。視出来るか?」見渡したが答える人間は居ない。 |
| 613 |
息子達は俯いている。若丸の母、綾は飛鳥井雅綱の娘だ。綱は正二位権大納言、既に息子の雅春、綾の兄に家督を譲ってはいるが宮中に影響力は保持している。 |
| 614 |
雅春は従三位参議左衛門督の地位に有り飛鳥井家は足利将軍家との関係も悪くない。若丸を跡目から外すという事は飛鳥井家との縁を切るという事になるだろう。 |
| 615 |
足利将軍家との関係も微妙なものになる。れまで将軍家と密に接してきた朽木一族にとっては生き方を変えざるを得ないという事だ。が今更如何変える? 六角に付くのか? ……。 |
| 616 |
飛鳥井家からは綾に戻って来るかと文が来ているらしい。は迷っている。して竹若丸に京に行くかと訊いたようだが竹若丸は嫌がったようだ。が京に戻るのは朽木にとって得策ではない。 |
| 617 |
だが竹若丸が此処に残ると言った以上綾も残るだろう。はり跡目は竹若丸だ。家臣達も竹若丸を跡目にと望んでいる。木家の当主は竹若丸じゃ」「はっ」。 |
| 618 |
「暫くは儂が後見する、良いな」「はっ、異存有りませぬ」「では明日、改めて対面の儀を行う事とする」「はっ」藤綱が頭を下げると皆がそれに続く。 |
| 619 |
惟綱と惟安に残る様に言って息子達を下がらせた。綱と惟安を傍に呼んだ。如何かな、惟綱。の方は竹若丸に不満か?」「いやいや、兄上の見立てに反対は致しませぬ」。 |
| 620 |
惟綱が首を横に振った。そうか、惟安は如何じゃ?」「それがしも父と同じでございまする」倅達は京に帰る、傍に居るのはこの二人。の下手な二人だ、味方に付ければ問題はない。 |
| 621 |
「兄上は大分竹若丸が気に入ったようだがその器量、如何見るのかな」「そうよな、朽木は近江高島郡の小さな国人領主よ。角や浅井には到底及ばん。 |
| 622 |
それどころか若狭の武田にも遠く及ばぬ。ゃが竹若丸が成人し壮年になる頃には……、楽しみよ」惟綱が笑った。可笑しいか? 惟綱」「いや、随分と入れ込むものだと思いましてな。 |
| 623 |
竹若丸も期待に応えるのが大変でありましょう」惟綱がまた笑った、儂も笑った。快ではなかった。分でも可笑しいくらい入れ込んでいると思う時が有る。 |
| 624 |
「そうかもしれん。かし今は戦国乱世、何が有っても不思議では有るまい。東では河越城の夜戦によって扇谷上杉家は滅亡、山内上杉家も風前の灯火じゃ。 |
| 625 |
代わって勢いを増しているのが京からの流れ者の伊勢、どうじゃ」「ふむ、そうかもしれませぬな」惟綱が頷くと惟安も頷いた。勢は北条と名を替え今では関東の一大勢力になっている。 |
| 626 |
それ程に世の変遷は激しい。口惜しゅうござるのか、兄上」「……」「朽木は将軍家の直属。ゃが六角家に管領代殿が現れ当家はその勢いに屈せざるを得なかった。 |
| 627 |
浅井相手の手伝い戦、本意ではなかったでありましょう」「……今の朽木は小なりとはいえ自らの足で立っておる」声が小さくなった。竹若丸なら覆せると御思いかな」「そこまでは……」。 |
| 628 |
首を振っている自分が居た。惜しかった。角定頼、六角家の勢いを天にまで届かせた男。も朽木のために戦ったがあの男の勢いには屈せざるを得なかった。い男だ、だがその力を認めざるを得ん男でもある。 |
| 629 |
男ならああでなくてはなるまい。にはその力が無かったという事だ。の戦で腕を負傷した。かしその傷の痛みなどあの男に屈する屈辱に比べれば何程の事も無かったと覚えている。の男も五十を超えた。 |
| 630 |
最近健康が優れぬとも聞く、長くはあるまい。を継ぐ左京大夫義賢は悪い噂は聞かぬが特別良い噂も聞かぬ。実に六角の勢いは落ちる。五年後、二十年後、儂は生きてはおるまい。かしその時朽木はどうなっているか……。 |
| 631 |
朽木も六角も元は佐々木源氏、同じ血を引いているのだ。角に出来た事が朽木に出来ぬと誰が言えよう。角までは行かずとも浅井に追い付ければ……、その土台だけでも竹若丸が築いてくれれば……。 |
| 632 |
「ふむ。上、どうかな。丸を竹若丸の傍に置いては」「父上!」惟安が声を上げた。丸は惟安の嫡男、いきなりの事で驚いたのであろう。 |
| 633 |
「騒ぐな、惟安。主の元で共に暮らす、おかしな事ではあるまい。れに学問と武芸を兄上に教えていただけるのじゃ。というのはどうしても子供には甘くなるからの」。 |
| 634 |
「……それは」惟安が口を噤んだ。どうかな?」惟綱が儂の顔を覗き込んできた。には悪戯な光が有った。良いのか?」「頼んでいるのはこちらでござる」「ならば預かる。 |
| 635 |
竹若丸には良い遊び相手になろう」「決まった」惟綱が頷く、儂が頷く。然と二人で笑い出した。しくなってきた。若丸に賭けるのは儂だけではない様だ。 |
| 636 |
翌日、朽木城の大広間に親族、家臣達が集まった。面に竹若丸を連れて進み皆に向かい合った。本日、只今より竹若丸が朽木家の当主となる」。 |
| 637 |
「おめでとうございまする」惟綱が家臣を代表して祝うと皆がそれに続いた。手が響いた。気が明るい、皆が竹若丸の当主就任を喜んでいる。 |
| 638 |
「竹若丸、なんぞ有るか?」竹若丸が儂を見上げた。……御爺、俺が当主か」「そうじゃ」「傀儡か?」ざわめきが起きた。驚いている。 |
| 639 |
相変らず突拍子も無い事を言う小僧よ。面の場で傀儡とは……。そうではない。の御爺が手伝うが紛れも無く本当の当主ぞ」。 |
| 640 |
「そうか……。は好きにやって良いのだな」「良い」儂が答えると竹若丸が頷いた。して皆に視線を向けた。皆三年待て。も言わずに俺に仕えよ。年後、不満が有れば俺に言え。こう」。 |
| 641 |
皆が困惑している。年か、三年で結果を出すか。くもって面白い。皆、聞いたな。年、何も言わずに竹若丸に仕えよ」「はっ」改めて皆が竹若丸に頭を下げた。 |
| 642 |
「如何するつもりじゃ、竹若丸」大広間から皆が去った後、竹若丸に尋ねてみた。……朽木を豊かにする」「豊かに?」竹若丸が頷いた。情に笑みが有る、成算有りのようだな。 |
| 643 |
「何をするつもりじゃ?」「うむ。国強兵、殖産興業。して所得倍増じゃ」ふこくきょうへい? 富国強兵か? それは分かるがしょくさんこうぎょう? しょとくばいぞう? 何だそれは?。 |
| 644 |
分からん、また妙な事を言い出しおった。御爺、楽しくなるぞ」「そうか」竹若丸が笑い出した。も笑った。体どんな事を仕出かすのか、楽しみな事よ……。 |
| 645 |
天文二十二年(1553年)七月近江高島郡朽木谷朽木城朽木稙綱「御爺、朽木は貧しいな」城の出窓から外を見ていた竹若丸がポツンと呟いた。 |
| 646 |
「竹若丸よ、そちは妙な事ばかり言うの。木が貧しければ豊かな所など有るまい。うであろう、梅丸」「御隠居様の言う通りです、竹若丸様」。 |
| 647 |
儂と梅丸が竹若丸の言葉を否定すると竹若丸が不満そうな表情を見せた。月の夕日は暑い。の暑さを賑やかに鳴く蝉の声が更に暑くさせる。 |
| 648 |
竹若丸の頬から喉にかけて汗が流れるのが見えた。かし気にする事も無く竹若丸は外を見ている。を言ったつもりは無い。若丸が当主となって三年、朽木は日々豊かになりつつある。 |
| 649 |
当初竹若丸に不安を持ったかもしれない家臣、領民達も今では無条件に竹若丸を信じていると言って良い。れほどに朽木の発展は目覚ましい。何故そんな事を言うのじゃ?」。 |
| 650 |
「もう直ぐ夕餉だ。日も稗と粟の入った雑穀飯だろう。は白飯が喰いたい」思わず吹き出してしまった。丸も困った様に笑っている。仕方有るまい。前が澄み酒を作った所為じゃ。 |
| 651 |
日ノ本の彼方此方から澄み酒をと言ってくる。み酒を作るには米が要る、儂らの食べる分を減らして作るしかあるまいが」「此処まで酷い事になるとは思わなかった」小さな声だ。いているのか?。 |
| 652 |
また可笑しくて笑ってしまった。若丸が当主になって最初にやった事が澄み酒を作る事だった。り酒にいきなり竈の灰を入れるなど気が触れたかと思ったが一晩経って見てみると澄んだ酒が出来ていた。 |
| 653 |
しかも味が良い。り出すとたちまち高値で取引された。に新年の祝いを始めとして縁起物には付き物となった。陣式にも使う。では朽木の名物として商人達が遠くからも足を運ぶ。 |
| 654 |
「木地師が喜んでおったぞ、塗り師もじゃ。が澄んでいるからの、杯も綺麗な塗の物が欲しがられて飛ぶように売れるそうじゃ。木の塗り物は日野の塗り物に負けておらん。 |
| 655 |
いや、今では朽木の塗り物の方が評価は上らしいではないか。の都でも評判だと飛鳥井家からの文に書いてあったわ」儂が褒めると梅丸が勢いよく続いた。 |
| 656 |
「竹若丸様が盃に十二支の干支を描いては如何かと仰ったからです。い人気だそうですよ」「漆器では腹は膨れん」ボソッと竹若丸が言った。た笑ってしまった。丸も吹き出している。 |
| 657 |
我が孫は巧まずして人を笑わせる。困った奴じゃ。う、梅丸」「……」儂が梅丸に問うと梅丸は曖昧な表情をしていた。い傾向じゃ、梅丸は儂の言葉に相槌を打とうとはせなんだ。若丸に心服しているからじゃろう。 |
| 658 |
例え祖父の言葉であろうと主君である竹若丸を批判は出来ないという事だ。もう直ぐ秋になる。り入れの季節じゃ。うなれば白飯も喰えよう」竹若丸が首を横に振った。 |
| 659 |
「いや、米は他所から買う。作の所が有る筈、そこから安く買って澄み酒を造って高く売る。の方が良い」また妙な事を考えおったの。 |
| 660 |
「ほう、……どうして今は買わんのだ? さすれば白飯が食えよう」「今は米の値は高い」「なるほど。は刈り入れを待って米を組屋に買わせるか」。 |
| 661 |
「うむ、そのつもりじゃ。爺、頼むぞ」「分かった」組屋に依頼状を書くのを手伝えという事だな。若丸と儂の連名による依頼状、普通なら竹若丸の名は飾りと見るであろうが朽木は逆じゃ。 |
| 662 |
儂の名が飾りよ。た笑い声が漏れた。て、組屋源四郎か。狭の大商人だが一年ほど前から自ら朽木に出入りするようになった。屋程の商家なら朽木程度の領主にはそれほど力を入れるような事はない。 |
| 663 |
組屋は竹若丸を大分買っている様だが……。度腹を割って話してみるか。人が何を竹若丸に見ているのか、知っておく必要が有るかもしれん。 |
| 664 |
天文二十二年(1553年)七月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸俺と御爺と梅丸の三人で並びながらこれは夢ではないのだとまた思った。 |
| 665 |
何度目かな、不思議な事だ。和に生まれて二十五年以上過ごした。成の世でも同程度に過ごした。が付けば五十歳を超えていたな。 |
| 666 |
五十を過ぎれば自分の人生も終盤だ。んな一生だったか嫌でも分かる。別な事の無い一生だった。凡過ぎるほど平凡な一生だ。婚はしなかった。 |
| 667 |
女は好きだったが結婚は面倒と思う自分が居た。い三人兄弟の末っ子だ、親も煩くは言わなかった。のまま平凡な人生を送り特別な事も無く死んでいくのだろうと思った。 |
| 668 |
不満は無い。キの頃は有名になりたいと思った事も有ったが今ではそうは思わない。鹿なマスコミに追いかけられて窮屈な思いをするのはまっぴらだと負け惜しみでなく思っていた。 |
| 669 |
最後に何か残したいと思ったから本を書こうと思った。から本を読むのが好きだったからな。るつもりは無かった。詮は自己満足、小説サイトに投稿し適当に讃辞と批判を受けられれば十分だった。 |
| 670 |
歴史が好きだったから良くある転生物でも書こうと思った。濃の小領主の息子に生まれて織田信長に仕える。して天下布武を手伝う。んなストーリーだ。応色々と調べた。地を豊かにする方法とか簡単な金儲けの方法とか。 |
| 671 |
余り良いのは無かったな。単に出来そうなのは清酒、シイタケ栽培、綿糸、石鹸ぐらいだった。は関所を廃して楽市楽座、そんなものだ。代人の知識ってのは過去に行っても余り使えない。あそうだよな、石器時代に飛行機が飛ぶわけが無い。 |
| 672 |
戦国時代だってそれは同じだ。俺達が豊かな暮らしをしているのは過去の積み重ねによるものだ、その積み重ねを無視した設定は意味が無い。れなのにだ。何いうわけかこの時代に放り込まれた。初は夢だと思った。 |
| 673 |
何と言っても赤ん坊になっていたのだから。り得ない、もう一度眠れば現実に戻るだろうと思ったが何時まで経っても現実に戻らなかった。れが新しい現実だと思うと笑えた。十年以上平々凡々に生きてきてこれは無いだろうと。 |
| 674 |
笑うしかなかったな。に御機嫌な赤ん坊だっただろう。実に向き合って生きていくとなれば此処が何処で何時なのか、自分は何者なのかを知る必要が有る。り難い事に俺の周りでは日本語を喋っていたから日本なのだという事は理解出来た。 |
| 675 |
服装、髪型から明治より前だという事も分かった。して周囲の会話から江戸時代になっていない事も分かった。国時代、多分千五百四十年から六十年の間だろう。確には分からない、何と言っても元号が何時を表しているのかさっぱり分からないんだ。 |
| 676 |
ただ浅井、六角、三好、朝倉なんて名前がポンポン出て来る。体の所は分かる。して俺はかなりの家に生まれたと分かった。何見ても俺が住んでいる家は百姓家ではないし俺は大事に扱われている。囲に人も多い。 |
| 677 |
最低でも侍大将クラスの家だろうと思った。かし場所が良く分からなかった。江の国だという事は早い段階で分かったが朽木氏、朽木谷というのが分からない。然だよな、俺は朽木を朽木くちきだと思っていたんだから。 |
| 678 |
本当は朽木くつきだった。違った情報からは間違った解しか得られない。く同感だ、良い勉強になった。いでに言えば琵琶湖、こいつも出てこない。琶湖は淡あふ海みと呼ばれている。親の綾は淡海あふみ乃海のうみと呼ぶ。 |
| 679 |
万葉集ではそう呼ばれているそうだ。んなこんなで俺は朽木谷を領する朽木家の跡継ぎだと分かった。するに近江高島郡の国人領主の家に生まれたわけだ。高は八千石、江戸時代なら旗本だな。あこの時代の国人領主では決して大きいとは言えない。 |
| 680 |
むしろ小さい方だろう。史に出る事は殆ど無い、その他大勢の一人だ。竹若丸、如何した?」気が付けば御爺が不思議そうな顔をして俺を見ていた。り込んだ俺を心配したのかもしれない。別に、なんでもない」「そうか、時々竹若丸は黙り込むからのう」。 |
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「そうかな」梅丸に視線を向けると頷いている。む、少し気を付けるか。木氏というのは御爺によれば近江佐々木源氏の庶流の一つらしい。々木源氏は平安末期から鎌倉初期にかけて源平合戦で活躍し源頼朝に信頼され厚遇された。 |
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近江を中心に全国に勢力を広げたと御爺は言っている。々木源氏からは大きく四つの家が出来た。極、六角、大原、高島だ。極、六角は言うまでもない、本を書こうと思った時に調べたから俺でも知っている。 |
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京極家は鎌倉幕府末期に佐々木道誉が現れる事で大きくなった。誉はバサラ大名で有名な男だが武将としても一流だった。勢を読むのも上手かった。倉幕府打倒において大きな功績を立て足利尊氏に協力して幕府成立に大きく貢献した。 |
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室町時代、京極家は出雲、隠岐、飛騨等の守護に任じられ幕府内でも四職、七頭の家格を持つ家柄として重んじられている。し今現在は下剋上で没落したと言って良い。極家が復活するのは安土桃山に入ってからだ。 |
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一方の六角家だがこっちは京極家ほど立ち回りは上手くなかった。倉幕府に忠義立てしたせいで佐々木源氏の宗家であるのに京極家ほど室町幕府では重んじられていない。れでも近江の守護だ。れなりに評価はされている。 |
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六角家の存在が大きくなるのは戦国時代に入ってからだ。角定頼が現れ畿内の政局を左右するほどの影響力を振るう事になった。し定頼以降六角家は少しずつ力が失われて行く。してこちらも没落する、復活はしない。 |
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六角家が勢力を増した時朽木家は御爺の代だったが定頼に従わざるを得なかった。の定頼も去年死んだ。爺は複雑な想いを持ったようだ。惜しい様な哀しい様なホッとした様な……。かるわ、そういう想いをさせる奴っているよ。 |
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そして年を取ればそういう感傷を感じ易くなる。爺にとって定頼は良い意味でも悪い意味でも意識せざるを得ない男だったんだろう。木家は京極、六角とは直接の関係は無い。系統の高島家の庶流だ。島家は近江高島郡を拠点に勢力を伸ばした。 |
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朽木も高島郡に有るからそれは分かる。して朽木家の他に永田、平井、横山、田中の分家を生み出している。ずれも高島郡だ。島、朽木、永田、平井、横山、田中の六家、そして山崎という別系統の家を加えて高島七頭と呼ぶらしい。 |
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もっともその勢力範囲は高島郡の南西部に止まり北東部には及んでいない。家合わせて大体五万石程度の大きさらしい。ても京極、六角とは比較にならない。の後、千五百六十年代後半になると浅井氏が高島郡に勢力を伸ばす。 |
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殆どが潰されるか服属した筈だ、その後は朽木家を除けば名前を聞かない。井と共に滅んだ可能性が有ると思っている。島家だが越中守という官職を代々世襲した所為で佐々木越中家と呼ばれている。 |
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力は無いけど家格は高いってところだ。味無いよな。木では御爺も家臣達も高島越中としか呼ばない。父が死ぬ前からだ、多分嫌いなんだろう。も嫌いだ、こいつの所為で俺は苦労している。 |
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俺が朽木家で知っているのは朽木元綱の事だけだ。田信長が越前朝倉攻めでズッコケた時に信長を助けたのが元綱だった。ってみれば命の恩人だ。も信長からはあまり評価されなかったらしい。 |
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関ヶ原の戦いの頃は確か二万石程の小大名だった筈だ。長だけじゃない、秀吉もあまり評価しなかったのだろう。して関ヶ原の戦いでは西軍から東軍に寝返って西軍に止めを刺すという大功を上げた。 |
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だが家康もあまり元綱を高く評価しなかったようだ。前に裏切ると連絡していなかったのが原因だ。股かけたんだろうと疑われたのだと思う。際そうだったのかもしれない。綱という男は要領の悪い、運の悪い男だったようだ。 |
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歴史に名を残す場面で功績を上げながらそれが全然評価されていない。思議な男だな。、年齢からすると俺はその不思議な、不運な男に転生したらしい。れまた笑える話だ。も俺は歴史を知っているからもう少し上手くやれるだろうと思った。 |
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信長の時代に最低でも三万石から五万石。吉の時代には七万石から十万石程度。して関ヶ原で家康に味方して十万石以上。は自分の息子、又は孫に徳川家から嫁を迎えて朽木家の安泰を計る。う思ったんだけどな。さか親父が戦死するとは思わなかったわ。 |
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でもそれで理解したよ、今は戦国時代なんだって。が攻め寄せてくれば俺も殺されたかもしれない。の当時、俺は二歳だった。れでも生死の境に立たされたんだ。でも生き残るために動かざるを得なかった。臣達を叱咤したのは良かったが注目されて焦ったわ。 |
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咄嗟に敦盛を謡って凌いだけど。蔭でまた妙な子供だと母親には気味悪がられた。が居たら家督争いが起きたかもしれない。木は決して安全じゃない、周囲には朽木を狙う奴らが居る。分の身を守る必要が有る、そう思った。いだったのはあの直後に足利将軍家が朽木に逃げてきたことだ。 |
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朽木家ってのは代々将軍に仕えて忠誠を尽くしてきたらしい。に御爺は将軍の信頼が厚かったようだ。れで頼って来たのだろう。が生まれた頃にも頼って来たしそれ以前にも何度か朽木に逃げてきたと聞いている。軍が逃げて来ている以上、高島越中程度の小物が攻めてくる事は無い。 |
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便利なんだよ、朽木は。から近いが周囲を山に囲まれている。軍は動かし辛い。して近江は足利将軍家と親しい六角氏の勢力範囲だ。利将軍家から見れば比較的安全に見えるのだろう。だ俺が分からなかったのは将軍の名前が足利義藤だった事だ。 |
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年代的に見て義輝じゃないかと思うし剣術好きな所も合致する。が名前は義藤だ、よく分からん。名するのかな、それとも何か事情が有って義輝ではなく義藤になったのか。れとも良く似た歴史を持つ世界に生まれ変わったのか……。 |
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義藤は一年程で争っていた三好長慶と和睦、京へ戻った。謝しているよ、あの一年は大きかった。戦で被った損失、その全てを取り戻せたわけじゃないが態勢を整える事が出来た。乱したままだったら高島越中が攻めて来ただろう。 |
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それを防ぐ事が出来たんだからな。何しているかな、また三好長慶と争っているが。御爺、公方様と三好の戦いだが如何なのだ?」「公方様じゃが旗色は良くないらしい」御爺の顔が曇っている。配なのだろう、思い入れが有るからな。 |
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「また朽木に御出でになるかもしれん」「そうか、では準備をした方が良いかな」「そうじゃのう」また逃げて来るか。年持たなかったな。は三好が居るから居心地が悪いのだろう。して朽木は居心地が良いのかもしれん。のうち猫じゃないが居付きそうだな。 |
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二年前、将軍義藤は父親の義晴を失った直後だった事もあり御爺の事をかなり頼りにした。して同じように父を失った俺の事を可愛がってくれた。いとは思ったが利用させてもらったよ、その気持ち。 |
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義藤に頼んで国友村から鉄砲鍛冶を朽木に呼び寄せた。茶な願いだが国友村は要請を断れない。と言っても国友村が鉄砲を作るようになったのは義藤の父親、義晴が国友村に鉄砲を渡して同じものを作れと言ったのがきっかけだからな。 |
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今では年間二十丁程を生産している。木家でも三十丁を所持する事が出来た。十丁では野戦では効果は余り期待出来ないだろうが籠城戦なら十分期待出来る。揮官クラスを狙い撃ちさせればかなり効果的な筈だ。 |
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鉄砲鍛冶には朽木の人間を弟子入りさせているから二、三年後には年間五十丁は生産可能になるだろう。の頃には野戦でも使用可能になるだけの鉄砲を保有する筈だ。れと刀鍛冶を呼んだ。藤は剣術好きだけあって刀にも関心が強い。 |
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将軍のために刀を作らないかと言って近隣の刀鍛冶に声をかけた。人かが応えてくれた。狭から宗長、宗吉、冬廣。濃からは関兼匡、伊勢からは正興とかいう刀鍛冶が来た。長、宗吉は来派の系統、冬廣は相州、兼匡は美濃、正興は千子村正の系統らしい。 |
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しかし俺は誰も知らん。安だったが義藤は彼らの作った刀を喜んで受け取ってくれた。が気を遣ってくれていると嬉しかったらしい。冶達にとっては励みになった。術交流をしながら刀を作っている。鍛冶を呼んだのは義藤のためじゃない。 |
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朽木の軍事力増強のためだ、そして産業力、経済力向上のためでもある。の時代は戦争が常態化している。まり刀の消耗が激しい。鍛冶を保有するのはそのためだ。して将軍義藤に受け取って貰った以上、売る時は将軍も使っている刀だと言える。 |
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将軍というブランドを使って高く売れる。ろそろ甲冑師も呼んだ方が良さそうだな。公方様も驚かれるでしょう。木は随分と賑やかになりましたから」「そうじゃのう」梅丸と御爺が楽しそうに頷いている。もなあ、関所を廃すと言った時には皆で反対したけどな。 |
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説得するのが大変だった。では御爺達も関所を廃する利を理解している。所で金を取らない所為で近江から、若狭から商人、旅人が来易いのだ。らが朽木の物品を買ってくれる。して朽木には皆が欲しがる物が有る。 |
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椎茸、石鹸、清酒、綿糸、刀、漆器、木材。茸は朽木城、西山城で大規模に栽培している。して石鹸は朽木の領民に製造方法を教えた。鹸と言っても原始的なものだ。に灰を混ぜて作るだけだから余り手間はかからない。 |
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但し利益はかなり出る。庭内工業の誕生だな。酒は製造所を作って領民を雇っている。民達を豊かにして初めて朽木家は領民の支持を得られる、強くなれる。倉時代から治めている土地だが手を抜く事は出来ない。 |
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一揆なんか御免だ。率は四公六民にしたから領民は喜んでいる。鍛冶と鉄砲鍛冶は物納にした。割を治めさせ六割は自由に売らせた。っとも出来るだけ鉄砲は朽木家で買い取っている。が要る。 |
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税を軽減し関所を廃した以上生産力の向上、特産物の生産販売による税収アップしか方法は無い。農分離を進め労働力を常に維持しなければならん。して産業を育成し税収アップだ。のためには金が要る。 |
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今現在雇い兵は百人程だ。百五十は雇う必要が有る。れと朽木家に昔から仕えている武士が五十程。わせて三百。主になって三年、まだまだだ。藤が来るなら当分戦は無いと見て良い。 |
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領内発展と軍の編成、武器の整備に時間をかけられる。ずは三間半の長槍隊の編成だな、そして運用。の後に弓隊、鉄砲隊の編成と運用。の侍大将、物頭クラスに教え込まないと。れと梅丸だけでは足らん。 |
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俺の側近を養成する必要が有る。で御爺に相談するか。文二十二年(1553年)七月近江高島郡朽木谷朽木城朽木稙綱「確かに御預かりしました。百貫にて秋の新米を買えるだけ買う、そういう事ですな。 |
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それと百貫で早急に米を買い付け朽木にお届けする」組屋源四郎が依頼状を仕舞いつつ確認してきた。うむ。の方も知っていよう。方様の旗色は決して良くない。木に参られるかもしれん。や粟を出すわけにはいかんからの」。 |
| 723 |
儂が答えると組屋が“それは、まあ”と言って失笑した。十代後半、抜け目ない商人の顔が笑み崩れた。それと竹若丸がこれからも米を頼む事になるだろうと言っておった。し余力が有るのなら値が上がる前に米を買い付けておいた方が良かろうと」。 |
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「ほう、朽木様は買い入れる余力が有りませぬか?」値踏みする様な視線だ。直快くは無い。それも有るが正直に言えば米を置く場所が無い。木城は狭いのでな」「なるほど、それは失礼を申し上げました」また組屋が失笑した。 |
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「改めて買う時はその時の相場で買うと竹若丸は言っておる」「宜しいのですかな?」組屋の目が抜け目なく光った。構わぬ。いに儲ける事で良い関係を築きたいとの事じゃ」「それはそれは……、有難うございます。かなかそう言って下さる方は居られませぬ」。 |
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今度は素直に感心している。ところで公方様の事だが、何か聞いているかな? 東山霊山城に籠った後の事だが」儂が問うと組屋が首を横に振った。公方様の事は分かりませぬ。すが筑前守様の事は聞いております。を集めているようですな」。 |
| 727 |
「ほう、どのくらいかな?」「ざっと二万は超えましょう」二万か、思わず唸り声が出た。好筑前守長慶、本気になれば四万は出せる筈だが……。では本気ではないのかな?」本気ではないのなら息子達の生き残る可能性は高くなる。が組屋は首を横に振った。 |
| 728 |
「それは如何でございましょう。と言っても管領代様が居られませぬ。万で十分と思われた可能性はございます。際管領代様が居られれば三好様も……」“うふふ”と組屋が含み笑いを漏らした。かさが滲み出るような笑いだった。 |
| 729 |
「左京大夫殿では抑えにならんか」組屋がゆるゆるとまた首を横に振った。代替わりして未だ兵を出せるような状況ではないようですな。いは筑前守様と戦うのを躊躇っているとも考えられます。 |
| 730 |
負ければ亡くなられた管領代様には及ばぬと誹そしられましょう」なるほど、左京大夫義賢、やはり父親の定頼には及ばぬか。木にとっては望ましい事だが公方様にとっては痛手だ。ましい事よ。 |
| 731 |
息子達が無事ならば良いが……。米の用意は妥当かな」「そのようですな、稗や粟では……」「いかぬからの」「はい」組屋と顔を見合わせ声を上げて笑った。いがけない事だが和やかな空気が部屋に漂った。 |
| 732 |
「ところで竹若丸様は?」「勉学に励んでいる」「ほう、竹若丸様が?」「未だ五歳だ。ぶべき事は沢山ある」「そうでしたな、未だ五歳でしたな」組屋が大きく頷いた。もが忘れがちだが竹若丸は未だ五歳だ。ぶべき事は沢山ある。 |
| 733 |
ここ最近、竹若丸は家中から同年代の子供を小姓として出仕させた。置、宮川、荒川、長沼の各家から鍋丸、岩松、寅丸、千代松の四人。分の手足として使う事を考えている様だ。もそろそろ梅丸以外にも傍に人を置かねばならんと思っていたところだ。 |
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……丁度良い、例の事訊いてみるか。組屋、そなた竹若丸を如何思う? 正直なところを聞きたいものだ」「……正直なところでございますか」じっと組屋が儂を見た。い視線だ、商人が武家に向ける視線ではない。けてはならんと見返した。くしてすっと組屋が視線を逸らした。 |
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掌が汗でじっと濡れるのを感じた。組屋は商人でございます。人は利を得るのが仕事、儲けるのが仕事。れば利の無い所、儲ける事が出来ない相手とは付き合いませぬ」「……なるほど」「その点朽木谷は面白うございますな。気が有ります。に何が生まれるのかと心が躍ります」。 |
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「心が躍るか」「はい。いつい儲けを度外視して付き合いたくなります。ったものですな、竹若丸様によう似ております」この男、儂と同じ事を想っている……。十年後、十五年後が楽しみじゃ、のう?」「真に」「儂は生きておらんかもしれん。の方は見る事が出来そうじゃの、羨ましい事よ」組屋が視線を伏せた。 |
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「……竹若丸様は誰よりも御隠居様に見て頂きたいと思っておられましょう」「……見られれば良いの」「はい」長生きしたいものだ。文二十二年(1553年)八月近江高島郡朽木谷岩神館竹若丸「民部少輔、また世話になる」「はっ」将軍義藤の言葉に御爺は感無量、そんな感じだ。 |
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民部少輔って呼ばれて嬉しいのかな。こじゃ御爺は御隠居様としか呼ばれない。藤が視線を俺に向けた。かしさと驚きが有った。竹若丸か、随分と大きくなったな」「恐れ入ります。木を頼って頂けました事、嬉しく思いまする」。 |
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俺は出来るだけ殊勝に頭を下げた。木家は将軍家の信頼厚い家臣なのだ。敬は許されない。の挨拶を聞いて義藤の家臣達が満足そうな表情をした。用価値は沢山ある。前らじゃないぞ、義藤がだ。 |
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煽ててヨイショしてラブラブな関係を築く。軍義藤が家臣を五十人程引き連れ朽木にやってきた。神館の大広間には義藤が上座に座り家臣達が左右に分かれて座っている。の中には四人の叔父達も居た。と御爺は下座で御挨拶だ。 |
| 741 |
家臣の中には細川晴元、細川藤孝もいた。驚だな。っとも藤孝が居たから気付いた事も有る。藤は義輝だ。孝は義藤から藤の字を貰ったのだろう。ずれ義藤は義輝に改名する筈だ、と思う。れにしても米の買い入れが間に合って良かった。 |
| 742 |
もう少しでこいつらに稗と粟を食わせる所だったわ。んな事になったらラブラブどころかヒエヒエアワアワになってしまう。度と朽木を頼る事は無くなるだろう。はかかるが将軍が居るとなれば近隣の国人領主が攻めてくる事は無い。 |
| 743 |
現代と違って安全と水はただではないのだ。の戦国では水利権をめぐって戦争が起きる事も多々有る。いつらの食費は朽木を守るための必要経費だと割り切れ。は取れる。や、必ず取る!「懐かしいの」義藤が部屋の中を見回した。 |
| 744 |
この岩神館は前回も義藤のために使われその前は義晴、義藤親子のために使われた。ってみれば将軍家の別邸みたいなものだ。からだと思うが庭園も有る。角、浅井、朝倉が庭園造りには協力したらしい。 |
| 745 |
設計者は当時の管領細川高国だそうだ。の男、かなりの風流人だったらしい。は朽木には分不相応な庭園になっている。かしなあ、将軍が臣下に追われて頻繁に逃げて来るって問題だよな。体どうなっているんだって誰だって思うだろう。 |
| 746 |
俺も御爺に聞いた。が良く分からなかった。利、細川、三好、そして畿内の武将達。いでに各宗派の坊主達。れらが同族内で内部抗争をしたり他を捲き込んで戦ったり和睦したり裏切ったりしている。い時は暗殺だ。乱するだけで覚えられん。 |
| 747 |
この時代の畿内の歴史を学校教育で教えない筈だよ。分生徒が混乱するだけで意味が無いと思ったんだろう。しかすると教師まで混乱すると思ったのかもしれない。から応仁の乱の後は下剋上が起き戦国時代が始まって桶狭間で信長が登場するという教え方になる。 |
| 748 |
少なくとも俺が四十年程前に教わった歴史の授業はそうだった。から俺もこの時代の京の事は殆ど分からん。いうか俺が本を書くために或る程度詳しく覚えたのは桶狭間以降、千五百六十年以降だ。それにしても無念じゃ、また筑前めに追われるとは……」。 |
| 749 |
義藤が俯いてハラハラと涙を流した。だ十七歳だからな、多感な坊やなのだ。藤の涙を見て家臣達が“大樹”、“義藤様”、“公方様”などと声を上げた。いている奴もいる。爺も泣いていたし叔父達も泣いていた。 |
| 750 |
俺も俯いて口惜しがっている振りをした。っとも俺は振りだけだ。好筑前守長慶、こいつの事を俺は嫌いにはなれない。し混乱の原因の一つが三好氏に有る事は否定しない。 |
| 751 |
御爺の話によれば三好氏というのは清和源氏の流れを引いているそうだが阿波国三好郡を本拠にしたことから三好氏を名乗ったらしい。するに阿波の国人領主だ。々は南朝方の武将だったらしい。 |
| 752 |
つまり阿波守護の細川氏とは敵対関係に有った事になるのだがその後、細川氏に服属した。して阿波守護の細川氏の下で勢力を伸ばしていく。好氏が中央で活躍し始めるのは応仁の乱以降だ。 |
| 753 |
主君筋の細川氏を凌ぐほどの力を発揮し始める。わば下剋上だ。っともその活躍は順風満帆とはいかない、というより何度も地獄に叩き落されてきたと言って良い。 |
| 754 |
三好の戦いは下剋上とそれを否定しようとする体制派の戦いともいえる。制派の本拠地である畿内で戦った所為でその戦いは容赦無いものになった。 |
| 755 |
長慶の曽祖父、三好之長は戦争で敗れ斬首されているし祖父の長秀も敗戦で自害に追い込まれている。親の元長に至っては懸命に盛り立てた主君細川晴元に裏切られ勝っていた戦をひっくり返されて一向宗に攻められて自害だ。 |
| 756 |
悔しかったのだろう、元長は腹を切っただけでは死にきれず、腹から取り出した内臓を天井に投げつけて死んだと御爺が言っていた。い話だ、三好家の歴代当主が誰一人として畳の上で死んでいない。 |
| 757 |
いくら戦国の世とはいえここまで悲惨な一族は居ないだろう。河ドラマにならない筈だよ、余りにも凄惨過ぎる。を継いだ長慶は当時十歳だったという。歳で三好家を背負ったのだ、並大抵の苦労では無かっただろう。 |
| 758 |
元長を裏切った晴元は今義藤に一番近い所に座っている。は長慶よりもこいつの方が嫌いだ。用出来ない。いでに言うと将軍側近の連中も信用出来ない。いつらが三好を嫌うのは三好が陪臣である事の他に阿波出身者である事が影響している。 |
| 759 |
京の人間は他国者の権力者を嫌う傾向がある。まり田舎者は頑張れば頑張る程嫌われるという事になるのだ。の辺を理解して三好は早い時期に阿波に帰れば良かったのだ、その方が楽に生きられただろう。っともそれが出来ないのが人間だが。 |
| 760 |
「左京大夫殿を頼みましょう」「朝倉もです。者が手を組めば浅井も兵を出す筈。好など恐れるに足りません」六角義賢を頼もうと言ったのは藤孝だった。倉の名を出した男は分からない。爺に尋ねると進士しんじ晴舎はるいえだと教えてくれた。 |
| 761 |
義藤はウンウンと頷いている。の幕臣達もだ。らの会話を聞いていると朝倉義景は細川晴元の娘婿らしい。から兵を出すと考えている。元もまんざらではなさそうな表情だ。にも京を奪還出来そうな勢いだが先ず無理だろうな。 |
| 762 |
六角義賢に兵を出す意思が有るならとっくに出している。まで兵を出さなかったのは出す気が無いからだ。爺が義賢は三好長慶と戦って負ける事を懼れていると言っていたが俺も同感だ。臣達も薄々気付いているな。 |
| 763 |
進士晴舎が朝倉をと言ったのが証拠だ。独では義賢は動かないと見たのだ。かしなあ、朝倉を頼むと言うが朝倉が兵を出すかな? 三好は手強いぞ。慶は勿論だが弟が三人いる。好実休、安宅冬康、十河一存。 |
| 764 |
いずれも戦上手だ。好氏は何度も当主が死ぬ事で勢力を減退させた。の時の苦労を彼らは分かっている。に勝つために三好四兄弟は長慶の下に一つに纏まっているんだ。れに松永久秀、長頼兄弟もいる。 |
| 765 |
こいつらを戦場で打ち破るのは容易な事ではないだろう。して三好の勢力範囲は山城・丹波・和泉・阿波・淡路・讃岐・播磨に及ぶ。力面でも不安は無いのだ。角義賢が躊躇うはずだよ。藤の朽木滞在は長くなる。 |
| 766 |
それが俺と御爺の読みだ。文二十二年(1553年)八月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸夕刻になると朽木城の大広間に朽木一族、主だった家臣達が集まった。主の俺と御爺が正面に坐り他は皆左右に分かれて坐っている。 |
| 767 |
全部で十四、五人か。が皆を呼んだ、これからどうなるのか、その予測をする必要が有る。れぞれの前にはゲンノショウコの入った茶碗が置いてあった。の世界、茶は蒸して粉砕したものを飲んでいる。価だし面倒だ。ろそろ焙じ茶と玄米茶を作ろう。 |
| 768 |
俺はあれが好きだ。父上、竹若丸殿、この度は面倒をかけます。方様もお二人に宜しく伝えてくれとの事でした」一番上の叔父、藤綱が頭を下げると成綱、直綱、輝孝の三人が頭を下げた。儂も竹若丸も面倒とは思っておらぬ。 |
| 769 |
それより皆無事で何よりであったな」「はっ」御爺の言葉にまた四人が軽く頭を下げた。しの間雑談を交わしてから本題に入った。叔父上方、京を奪還する手立てだが公方様達は如何考えておいでかな。程の話を聞くとどうも六角は当てにならぬと見ている様だが……」。 |
| 770 |
俺が問うと叔父達が顔を顰めた。を見合わせ藤綱が頷いてから口を開いた。竹若丸殿の言う通りだ。角の腰は重い、どうにもならぬ。と言って六角の兵力無しに京を奪還出来るとも思えぬ。こで六角の腰を上げさせるために朝倉をと考えている」。 |
| 771 |
「六角、朝倉の連合軍ですか」「そうだ、左門。角、朝倉、それに浅井が加わる。れなれば勝算有りとみて六角も動くだろうとこちらは見ている」日置左門貞忠、ゲジゲジ眉毛の二十代後半の男だ。木家では父親の五郎衛門行近と共に武を代表している。 |
| 772 |
四番目の輝孝叔父の答えを聞いてウンウンと力強く頷いた。前なあ、簡単に説得されるなよ。純だからな、三年前も俺に簡単に丸め込まれた。ンノショウコを一口飲んだ。みが旨い。それで朝倉は動くのか?」。 |
| 773 |
俺が問うとまた四人が顔を見合わせた。んか嫌な感じだな。ってそんなに扱い辛いか? これは朽木家の当主として当然の質問だろう。管領殿は十分脈は有ると言っている」あのなあ、成綱。元の阿呆の言う事なんて俺は訊いてない。 |
| 774 |
大体管領なんて呼んでいるが奴にその実が有るのか? 京の都じゃライバルの細川氏綱が管領として三好長慶と共に京を治めているぞ。成綱叔父上、叔父上の考えは?」「……良くて半々だろうと見ている」ボソボソと答えた。 |
| 775 |
他の三人の叔父も視線を伏せている。意見か。公方様、そして側近の方々は?」「公方様は管領殿を信じたいとお考えだ。の方々は……」成綱が首を横に振った。藤と晴元は勝算有り、他は贔屓目に見て五分五分か……。 |
| 776 |
「殿、殿のお考えは?」俺に問い掛けてきたのは宮川新次郎頼忠だった。は五十にはまだ間があるだろう。木家の重臣の一人、思慮深く慎重な男だ。の視線が俺に集まる。口ゲンノショウコを飲んだ。 |
| 777 |
「朝倉は先ず動かんな。待するだけ無駄だろう」彼方此方から息を吐く音が聞こえた。分義藤達の滞在が長くなると思って溜息を吐いたのだろう。がかかるし気も遣う、有難い事ではない。もな、俺は安全保障費として割り切っている。 |
| 778 |
「朝倉の主敵は加賀の一向衆だ。れを放り出して京まで兵を出すと思うか?」「しかし大永の時は兵を出しましたぞ」「左門、その事は俺も御爺から聞いて知っている。がな、二十年以上も前の事だ。とは状況が違う」。 |
| 779 |
俺が否定すると左門は不満そうな表情をした。永七年? 八年? その頃の話だが朝倉家の名将、朝あさ倉くら宗そう滴てきが六角定頼と組んで上洛したらしい。倉宗滴と六角定頼、スーパースターの揃い踏みだな。 |
| 780 |
「朝倉が兵を出すとなれば率いるのは宗滴殿だろう。滴殿は名将だが歳は既に七十を超え八十に近い。主の左衛門督殿も簡単に決断は出来まい」俺が宗滴の年齢を指摘すると彼方此方から唸り声が聞こえた。爺が“八十か、難しいの”と言った。 |
| 781 |
現代とは違うんだ、電車も無ければ自動車も無い。寄りが馬に揺られて越前から京都? 拷問だろう。まけに泊まるところが無ければ野宿という事も有る。それに六角同様朝倉でも代替わりが有った。衛門督殿はようやく二十歳だ。 |
| 782 |
若年の当主を置いて兵を出し万一留守を一向門徒に襲われれば如何する」また唸り声が上がった。倉左衛門督義景、こいつが到底頼りにならん事は歴史が証明している。ちまち越前は一向門徒の国になるだろう。 |
| 783 |
「俺が宗滴殿なら京へ上るより加賀を攻める。の方が疲れぬし朝倉のためになるからな」俺が言うと彼方此方から溜息を吐く音がした。な事をするなよ、俺だって嫌がらせで言っているんじゃないぞ。が無いわけじゃない。 |
| 784 |
本願寺を動かせば或いは一気に情勢が動く可能性は有る。好長慶の父、三好元長は本願寺の指示を受けた一向門徒に殺された。状では長慶と本願寺は和解しているようだが本願寺に三好元長を殺せと依頼した細川晴元は長慶に追われ朽木に居る。 |
| 785 |
本願寺がそれをどう見ているか……。好の力が強まるにつけ三好との敵対を避け和解をと考えたのだろうが徐々に徐々に三好の敵対勢力は無くなっていく。まり本願寺は孤立して行くわけだ。後に本願寺だけが残った時、長慶は本願寺をどう扱うか……。 |
| 786 |
その辺りを突いて本願寺を味方に付ける。して加賀の一向門徒を抑え朝倉の軍勢を上洛させる。に指揮官は宗滴じゃなくていい。滴は加賀への抑えに置けばよい。倉が動けば浅井、六角も動く可能性は有る。 |
| 787 |
そして三好対朝倉、六角、浅井連合の戦いが始まった時、一向門徒に三好の後背を突かせる。倉、六角、浅井は囮だ、本命は一向門徒。慶は父親同様憤死するかもしれない……。 |
| 788 |
まあ無理だな。れじゃ朝倉は本願寺のために敵を潰してやる様なものだ。倉には何のメリットも無い。倉の主敵は三好じゃない、加賀の、本願寺の一向門徒だ。ず無理だ。 |
| 789 |
……上手く行くとすれば本願寺が朝倉に対して見返りを出せるかどうかだろう。えば加賀半国の割譲……、無理だよな。島から兵法者を呼ぶか。藤も暇を持て余すだろう。 |
| 790 |
しばらく朽木で兵法修行でもすれば良いさ。配は要らない。狭間の前には京都に帰れる。と言っても信長と会見してるんだからな。 |
| 791 |
天文二十二年(1553年)九月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸「竹若丸、越後の長尾ながお弾だん正じょう小弼しょうひつ殿が公方様に御挨拶に参ったぞ」御爺が興奮気味に話しかけてきた。 |
| 792 |
義藤に関わる事だと御爺は直ぐに興奮する。ったものだ。そうか、では岩神館へ行った方が良いかな」「そうじゃな。の方が良い」客が来ると御爺は俺を客に会わせたがる。藤が来た時も取り巻き共に俺を紹介した。 |
| 793 |
どうやら俺を売り込もうと考えているようだ。あ悪い事じゃない。の世界、無名というのは決して良い事ではない。に今度はかなりの大物だ、会っておいた方が良いだろう。尾弾正小弼景虎、要するに後の上杉謙信だ。 |
| 794 |
今回景虎は従五位下弾正小弼叙任の御礼言上という名分で京に上洛したらしい。の飛鳥井家から連絡が有った。いよな、お礼言上で上洛だなんて。かしまあ残念な事ではある。虎は供回り五十人程しか引き連れていない。 |
| 795 |
せめて五千ほどの兵が有ればそれを中核に……、いや無理だな。の景虎は後年の謙信ではない。だ軍神と言われるだけの名声は無いのだ。杉謙信ならともかく長尾景虎では六角や朝倉は動かせない。 |
| 796 |
岩神館では義藤が上機嫌で景虎をもてなしていた。には細川晴元、藤孝が同席している。い越後からはるばる会いに来てくれたんだ。落ちして落ち込んでいた義藤、晴元、藤孝にとっては嬉しい限りだろう。 |
| 797 |
何と言っても六角、朝倉からの返事は芳しくない。の所義藤が京へ戻る目算はまるで立っていないのだ。と御爺が岩神館に行くと直ぐに部屋に通された。分自分を慕ってくれる者が居るのだと見せたいのだろう。 |
| 798 |
俺達に景虎を、景虎に俺達を。弾正、朽木民部少輔と竹若丸だ。木の者達は予に忠義を尽くしてくれる」御爺が“勿体無き御言葉”とか言って頭を下げるから俺も頭を下げた。違いするなよ、義藤。 |
| 799 |
俺は忠義なんて尽くして無いし尽くすつもりも無い。こに利が有るから投資しているだけだ。でちゃんと返してもらう。も世の中には居るんだよな、自分は愛されてるなんて勘違いしちゃう奴……。 |
| 800 |
「民部少輔、竹若丸。後の長尾弾正小弼だ」「長尾弾正小弼景虎でござる」「某は朽木民部少輔稙綱、これは孫の竹若丸にござる」景虎が軽く頭を下げたので御爺と二人でまた頭を下げた。 |
| 801 |
ここに来ると米つきバッタにでもなった様な気がして嫌になる。服前の子供だから勉強が有ると言って断ろうとしても御爺は行きたがるし俺が行かないと義藤が煩い。ぐに呼び出す。 |
| 802 |
おかげで俺はほぼ毎日のように岩神館へ顔を出して米つきバッタをやっている。ンザリだ。虎は小柄な男だった。像画では下膨れの髭の濃い親父だが今は未だ二十歳をちょっと越えたくらいの細面の華奢なあんちゃんだ。 |
| 803 |
髭も濃くない。が流石に眼は鋭かった。ょっと危ない系の男だな。代なら警察官から職質でも受けそうな感じだ。あそうだよな、川中島では信玄とタイマン張るし生涯不犯とか言って女を無視する。 |
| 804 |
あれ現代なら立派な硬派の不良だろう。まけに自分は毘沙門天の生まれ変わりとか元祖邪気眼系の中二病かって言いたくなるわ。何見てもまともじゃない。味は有るが出来るだけ近付かないようにした方が良さそうだ。 |
| 805 |
「竹若丸は未だ幼いが中々の軍略家だ」中二病の眼光が鋭くなった! 邪気眼だ! こっちを見るな、景虎! 余計な事を言うなよ、義藤! 景虎君、冗談だって分かってるよな。は未だ五歳だぞ、そんなに睨むんじゃない。 |
| 806 |
ひきつけを起こしたらどうする。…アレ、言わなければ良かったな。んまり義藤が落ち込んでいるからつい可哀想になって……、俺って駄目な奴……。我が孫ながら先が楽しみでござる」御爺! 頼むから余計な事をするな。 |
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だが晴元や藤孝まで義藤の言葉を肯定し始めた。うして俺の周りには余計な事ばかりする奴が多いんだろう。の気持ちを誰も理解しようとしない。それは一体どのような軍略でありましょう」景虎が俺を見据えながら問い掛けてきた。 |
| 808 |
義藤が嬉しそうに“うむ”と頷いた。先程も言ったが六角と朝倉の反応が良くないのでな……」「公方様」俺が遮ると義藤が声を上げて笑った。心配性だのう、竹若丸は。が案ずるな、弾正は信用出来る男だ」。 |
| 809 |
なに断言してるんだ、この馬鹿。いつ、景虎が三好に策を漏らすと俺が心配していると思いやがった。んな事じゃねえよ。そうでは有りません。尾弾正小弼様は越後のお方、越後の隣は越中でございます」。 |
| 810 |
義藤が“あっ”と声を上げた。して幾分バツの悪そうな顔をしている。元、藤孝も同様だ。かったか? 越中は一向衆が支配する国だ。して越後とは敵対関係に有る。虎に一向衆を使うなんて嬉しそうに言って如何する。 |
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景虎は変な奴かもしれないがお前にとって最大の味方だぞ。しは考えろよ。その軍略は一向門徒を使う事を考えておられますのか?」「うむ、まあそうだ」「某は気にしておりませぬ。方様、お続け下さい」義藤が首を横に振った。 |
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「……いや、止めよう。うせ上手く行かぬ策だからな。正を不快にさせる事は無い」そうだ、それで良いんだ。上手く行かぬのですか?」景虎が不審そうに訊ね義藤は“そうだ”と頷いた。竹若丸は上手く行かぬと見ている、予もそう思う。 |
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だが大事なのは予が六角、朝倉の助力をただ待つのではなく自ら事を起こそうと努力する事だと竹若丸に言われた。の姿勢が何時か六角、朝倉の心を動かすだろうと。…予もそう思う、予が六角、朝倉の心を動かせた時、京に戻る事が出来よう」。 |
| 814 |
景虎が大きく頷いた。ん、まあこういうの好きそうだよな、景虎は。弾正」「はっ」「その方が次に京に上る時、その時は予は京でその方を迎えよう」「はっ、その時を楽しみにしております」「うむ」あーあ、見詰め合って二人だけの世界に入りやがった。 |
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まあ良いけどね。虎が次に上洛するのは桶狭間の前年だから千五百五十九年だ。長もその年に上洛している。藤にとっては思い出の年になるだろう。虎はその日岩神館に泊まり翌日越後への帰国の途に就いた。っきり言って奴は最悪だ。 |
| 816 |
夜は宴会だったが景虎は清酒をガンガン飲んだ。木に来た目的は義藤に会う事じゃなくて清酒を飲む事じゃないのかって思ったくらいだ。像画の下膨れは酒太りだな。に対する評価は元祖邪気眼系中二病大酒飲みだ。 |
| 817 |
二度と奴には近付かないようにしよう。代の英雄で軍神の筈なんだけど好意なんて欠片も持てなかった、尊敬もだ。でだろう?天文二十二年(1553年)十月近江高島郡朽木谷朽木城朽木綾「母上、竹若丸にございます。 |
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入っても宜しゅうございますか?」廊下で竹若丸の声がした。顔を浮かべ出来るだけ明るい声で“どうぞ”と答えると竹若丸が部屋の中に入ってきた。ろには梅丸が付いている。ると礼儀正しく挨拶をしてきた。 |
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「おはようございます、母上」「おはようございます、お方様」「おはよう、竹若丸殿、梅丸殿」「十月に入って大分涼しくなってきました」「そうですね、朝晩は肌寒く感じる時も有ります」私が答えると息子は“真に”と言って頷いた。 |
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今日もまた違和感を感じた。子はほぼ毎日部屋にやってくる。の度に違和感を感じる。う見ても五歳の子供には思えない。今年は米の出来は例年並みだそうです」「そうですか、去年は豊作だったのに、……残念ですね」。 |
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「仕方が有りません。年豊作というわけにもいかぬでしょう。作でないだけましです。をめぐって戦になる」「……」その通りだ、戦が起きるだろう。もそれを五歳の子供が指摘するのは如何にも信じられない。 |
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ましてそれが自分の息子ならなおさらだ。の子は何者なのだろう。左門が鹿島から戻ってきました。原卜伝殿の教えを受けた兵法者が四人、朽木に来てくれるそうです。月には到着するでしょう」。 |
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「公方様も御喜びになりましょう」「ええ、岩神館の庭は見事ですがそれだけでは飽きてしまいます。方様の無聊をお慰め出来ればと考えています」思わず溜息が出た。子は訝しげな眼で私を見ている。 |
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慌てて笑顔を作って“何でもありませぬ”と言った。は竹若丸を可愛がっている。木家の当主として申し分無い器量を備えていると見ているようだ。も如何なのだろう? 夫が生きている時から不思議なところは有ったと思う。 |
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でも夫の死後、竹若丸は別人かと思うほどに変化した。うならざるを得なかった、そう思えば良いのだろうか……。そろそろ椎茸の仕込みをしようと思います。上にも手伝って頂きます」「分かりました。うそんな時期ですか」「はい」。 |
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朽木が豊かになった理由の一つが椎茸の栽培だった。木家の秘事として外部への口外、流出は絶対禁止されている。師走になれば飛鳥井の御爺様、伯父上様に澄み酒と干し椎茸、石鹸、漆器を送ろうと思っております。 |
| 827 |
今年も帝への献上をお願いしようと考えていますので母上からも御口添えをお願いします」「分かりました。で文を送りましょう」私が請け負うと竹若丸が頷いた。若丸は去年から飛鳥井への贈り物をすると同時に帝への献上を父、兄に頼んでいる。 |
| 828 |
決して献上品の量は多くない。かしどれも貴重な品で特に澄み酒と干し椎茸は正月には欠かせない物だ。が値が高く困窮している朝廷、貴族には簡単には手に入らない物でもある。、兄は竹若丸の豪儀さに驚いた程だ。 |
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朽木は小身の筈、いくら朽木の産物とはいえただでくれるのかと。さか栽培しているとは思わないだろう。若丸の献上は当然だが朝廷をも酷く驚かせている。から帝が大変喜んでいたと文が届いた事でそれが分かる。 |
| 830 |
朝廷では朽木は将軍家への忠誠だけでなく勤王の心も篤いと評価されているらしい。然だがその事は朽木だけではなく父、兄への評価にもなっている筈だ。家でも竹若丸を高く評価している。子は何を何処まで考えているのだろう……。 |
| 831 |
「そうそう、此度は焙じ茶も入れましょう。んで戴ければ良いのですが……」「きっと喜んで戴けますよ、竹若丸様。れはとても美味しいですから」「そうだと良いな」竹若丸と梅丸がにこやかに話している。従という関係を除いても竹若丸の方が年上に感じる。 |
| 832 |
でもこの朽木では誰もがその異常を気にしない。若丸が“お邪魔しました”と言って部屋を出て行った。が付けば溜息が出ていた。は未だ慣れない。時かこの現実を受け入れられるのだろうか……。 |
| 833 |
天文二十二年(1553年)十二月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸今日も朽木城内の道場から“エイ”、“ヤー”という掛け声が聞こえた。の部屋にまで声が届く、かなり気合が入っている。門かな、頑張っているようだな。 |
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頑張るのは良い事だ、結果が出れば更に良い。ざわざ鹿島から高い金払って人を呼んだんだ。木から新当流の名人上手と言われるくらいの人間が現れて欲しいよ。当にそう思う。島からは塚原卜伝の弟子、塚原つかはら小犀こさい次じが三人の弟子と共にやってきた。 |
| 835 |
小犀次は四十代後半、卜伝の遠縁にあたるらしい。の三人はいずれも二十代後半、卜伝の弟子なのだが小犀次が面倒をみているのだとか。犀次は腕の方もかなりのものだと聞いた。の太刀は伝授されたのかな。の辺りはちょっと怖くて聞けない。 |
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四人の内小犀次ともう一人、本間源次郎は岩神館に行っている。りの二人、松本兵馬と工藤九左衛門はこの朽木城で指導だ。山城からも新当流を教わりに来る。のおかげで朽木と西山の交流が以前にも増して密になった。 |
| 837 |
予想外の事だがこれも悪くない。藤は大喜びだ。孝や他の側近、俺の叔父達と一緒に毎日木刀を振っている。れまでは情勢が好転しないから鬱屈する事が多かったがそれも少なくなった。く笑うようになったから精神的にも良いようだ。 |
| 838 |
妙な話で驚いたんだが義藤はこれまでまともな師に付いて兵法を教わった事が無かったらしい。えてみれば戦争と逃亡を繰り返しているからな、そんな暇はなかったのかもしれん。豪将軍なんて言われているが兵法を学び始めたのは結構遅かったのかも。 |
| 839 |
もしかすると歴史を速めたかな? まあ大した事は無いだろう。後に殺す人数が十人ぐらい増えても問題は無い筈だ。竹若丸様。も剣術の練習がしたいです」梅丸が訴えると鍋丸、岩松、寅丸、千代松も練習したいと声を上げた。たかよ、これで何度目だ?。 |
| 840 |
「駄目だ。の練習は素振りだけにしておけ」五人が不満そうにする。もな、新当流は木剣を使うんだ。も固まっていないのに怪我をしたらどうする。生後遺症が残る怪我になるかもしれん。度も言ったんだけどな、なかなか理解しない。 |
| 841 |
「そんな事より文字と算盤を覚えろ。ず役に立つ」五人は不満そうな表情だ。れを無視して俺は習字の練習だ。書、行書、面倒だわ。が何時までも誰かに代筆させるわけにもいかない。が相手にしないと分かって皆も手習いを始めた。 |
| 842 |
今は戦国時代だからどうしても戦場で武名を上げる事を考える。字とか算盤とか人気ないよな、一番大事な事なのに。田三成も理解されなくて辛かっただろう。…義藤の奴、俺に“その方は本当に優しいのう”なんて言って涙ぐんでた。 |
| 843 |
多感な青年時代だって事は分かるが泣くなよ。められっ子だからな、少し優しくされると直ぐ泣く。分感受性が豊か過ぎるんだろう。じ易いんだな。好と上手くいかないのも三好にはそんな意図は無くても馬鹿にされているって義藤が勘違いした可能性があるかもしれない。 |
| 844 |
面倒な奴だ。前のためじゃねえからな、勘違いするな。ては朽木の軍事力アップのためだ。場で剣術が役に立つのかどうかは分からん。がな、斬り合いは戦場だけじゃないんだ。内で騙し討ちなんて幾らでもある。 |
| 845 |
俺達は少しでも生き残る可能性を高めなければならんのだ。後の景虎から手紙が届いた。厚いもてなし有難う、お酒が美味しかった、また飲みたい、そんな感じの手紙だった。でじっくり軍略について話したいなんて書いてあったが多分社交辞令だろう。 |
| 846 |
そっちは真に受けない事にする。ういうわけか越後上布が二反も付いてきた。分酒を寄越せって事だろうな。方ないから組屋に頼んで送って貰った。み過ぎに注意しろって手紙を付けてやったが何処まで真剣に受け取るか……。 |
| 847 |
朽木と越後で物々交換か、大口のユーザーを掴まえたのかな? だとすると若狭の重要性が増す。屋以外の商人も積極的に利用すべきだな。後上布か、良いよな、景虎はあれで大儲けだ。 |
| 848 |
あれは麻布を三月の天気の良い日に雪に晒す事で作るとTVで見た覚えが有る。っちも雪は多い。ってみたら如何かな? 駄目なら駄目で仕方ない、諦める。…来年の三月頃にやってみるか。 |
| 849 |
義藤は各地の有力者に使者を送っている。父達も使者に選ばれているが結果は芳しくない様だ。うだろうな、ただ協力をと言ったって無理だ。手を知り相手の望む物を与えなければ協力は得られない。 |
| 850 |
……情報が欲しいな。者を雇いたいが近江は伊賀、甲賀の力が強い。して連中は六角の影響下にある。賀、甲賀を雇えばこちらの情報は六角に駄々漏れだろう。れは好ましくない。が弱い組織では簡単に伊賀、甲賀に潰される。 |
| 851 |
誰だって自分の縄張りで他所者が動くのは望まないからな。して流れ者の集団では信用出来ない、何時裏切るか分からない。木の様な小さい国人領主にとって目と耳はもっとも重要だ。波辺りの忍びを雇う事を考えた方が良いかもしれん。 |
| 852 |
御爺に相談するか? 駄目だな、御爺は義藤に話しかねん。れでは足利の忍びになりかねない。は俺だけの忍びが欲しい。殿」気が付けば目の前に五郎衛門が居た。いつ、息子の左門そっくりのゲジゲジ眉毛をしている。 |
| 853 |
だが五郎衛門のゲジゲジは白髪混じりだ。丸は五郎衛門の孫なのだが眉は似ていない。っきりした綺麗な眉だ。分母親から受け継いたのだろう。をおいて五郎衛門に笑いかけた。如何した、五郎衛門。習いか?」。 |
| 854 |
冗談を言ったが五郎衛門はニコリともしなかった。いささか厄介な問題が起こりました。へ送りました荷が強奪されましたぞ」「山賊か、それとも野盗の類いかな」物騒な世の中だよな。が今の世の中じゃ珍しくも無い。 |
| 855 |
そう思っていると五郎衛門が首を横に振った。いえ、三好です」「はあ? 三好? 何の冗談だ、五郎衛門」思わず噴き出した。いつ意外に冗談が上手い。冗談では有りません、荷を奪ったのは三好なのです」思わず五郎衛門の顔をじっと見た。 |
| 856 |
嘘だと嬉しいんだが……。あれは朝廷への献上品なんだけどな。の連中、下剋上だけじゃ物足りなくなって山賊まで始めたのか? だとしたら嬉しいが」「殿!」五郎衛門が声を荒げたが俺は本気でそう願った。っていれば三好の狙いは朽木という事になる。 |
| 857 |
厄介な事になるのは目に見えていた。文二十二年(1553年)十二月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸“三好が?”、“許せない”などと梅丸達が口々に三好を非難した。のなあ、お前らが何言ったって三好は気にしないよ。駄な事はするな。 |
| 858 |
「喋っていないで手習いを続けよ」俺が注意すると不満そうな表情を見せたが五郎衛門が睨むと黙って手習いを始めた。すが白ゲジゲジ、顔が怖い。良く分からんな。郎衛門、詳しく話せ」「はっ」報せ(しらせ)は護衛に付けた兵士が持ってきた。 |
| 859 |
五郎衛門の評価では信用出来る男のようだ。の男の話によれば京に入って大原の辺りでいきなり三百人程の三好兵に囲まれたらしい。っちは三十人程だ、とても勝負にならない。 |
| 860 |
朽木家から朝廷への献上品であると言ったそうだが三好家の兵達はまるで気にせず荷を奪っていった。荷を奪われたか」「はい、多少の小競り合いは有ったようですが数に差が有り過ぎます。 |
| 861 |
如何にもなりませぬ」「死者は?」五郎衛門が首を横に振った。出ていないそうです。我も掠り傷程度だとか」「それは良かった」皮肉じゃない。悪の事態は避けられた。者が出ては収まりがつかん。 |
| 862 |
不幸中の幸いだな。目撃者は居たのか?」「それは旅人やら商人が居たでしょう、白昼の事ですからな」「だろうな」京から朽木への道は若狭にも通じている。産物が送られる道だ。撃者は多いだろう。 |
| 863 |
そんな中で献上品を奪った? どうも腑に落ちんな。如何なさいます?」五郎衛門がじっと俺を見ている。してるのかな、俺がどの程度肝が据わっているか。れやれ、乱世を生きるのは難しいな……。皆を大広間に集めろ」。 |
| 864 |
「はっ」「揃ったら呼べ、それまで俺は手習いだ」「はっ」五郎衛門が嬉しそうに一礼して部屋を出て行った。格かな?五郎衛門が俺を呼びに来るまで多分小一時間程かかったと思う。の世界は時計が無いから時間の感覚が今一つはっきりしない。 |
| 865 |
だが御爺と叔父達は岩神館だし西山からも人を呼ぶ、時間がかかるのは已むを得ん事だが少し遅いな。煙か太鼓で“緊急事態発生、集まれ”を迅速に通達する必要が有るだろう。た一つ宿題が出来た。が痛いわ。 |
| 866 |
大広間に入るとガヤガヤと喋っていた家臣達が喋るのを止めた。に着いて周囲を見渡す。の隣には御爺が後見として座る。だった人間で居ないのは四番目の叔父の輝孝か。う言えば若狭の武田に使者に行くとか言っていたな。 |
| 867 |
あそこはいずれ内乱のオンパレードで役に立たなくなるんだけど……。んか義藤の周りは頼りにならん奴ばかりだな。息が出そうだ。厄介な事が起きた。知っていようが念のためだ。郎衛門、何が起きたかを話してくれ」「はっ」。 |
| 868 |
五郎衛門が話し出すと彼方此方から頷く姿や憤懣を漏らす声が聞こえた。声で隣りと話す姿も有る。少し興奮気味だ。郎衛門が話し終わると御爺が口を開いた。三百の兵か、跳ね上がり共が馬鹿をやったとも思えん。 |
| 869 |
上の命令であろう」皆が頷く。もそう思う。れだけに厄介だ、馬鹿どもの愚行なら良かったんだが……。れに上と言ってもどの辺りの上だ? 長慶とも思えんが……。竹若丸、公方様に御伝えした方が良くはないか?」。 |
| 870 |
「いや、先ずは此処で決める」「しかし」「分かっている、御爺。の問題、何らかの形で岩神館に関わりが有る。好の真の狙いは朽木ではなく向こうだろう。かし荷を奪われたのは朽木だ。ず朽木の方針を決める。 |
| 871 |
ここでおたつく事は出来ぬ」彼方此方で頷く姿が有った。爺も頷いている。かんな、御爺は足利に近過ぎる。木は朽木だ。利に臣従はしても盲従はしない。んな事をすれば朽木は侮られるだろう。好だけでなく足利にも。 |
| 872 |
「朽木が取る手段となりますと先ずは将軍家に三好の愚行を訴え、荷を返させるという手が有ります」宮川新次郎頼忠が落ち着いた口調で話し出した。爺は思慮深く冷静な判断力を持っていると評価している。調からもそれは分かる。 |
| 873 |
「三好もそれは理解していよう。ったのは禁裏への献上品だ、無視は出来ぬ。好の考えが分からぬ」俺が言うと彼方此方で頷く姿が見えた。好が奪ったのは帝への献上品だ。藤を無視したいと思っても帝は無視出来ない。 |
| 874 |
無視すれば朝廷、公家達との関係が悪化する。を支配する三好にとってそれは愚策だろう。藤から奪った荷を帝へ返せと言われれば最終的には返さざるを得ないのだ。ってみれば義藤の権威を認めるだけだ。 |
| 875 |
喜ぶのは義藤だけ、三好に何の利が有る?「殿の申される通り三好の考えが分かりませぬ」頼忠がゆっくりと首を振った。忠、渋さばっかり出してんじゃない。茶じゃないぞ。えを出せ、答えを。 |
| 876 |
「もう一つ朽木には取る手が有りまする」「飛鳥井だな」「はい、こちらは将軍家の御手を煩わさずに済みまする」“それかの”と御爺が言った。の視線が御爺に集まる。竹若丸よ、三好は朽木と将軍家の親疎を測っている。 |
| 877 |
そういう事は無いかの」親疎を測る? 義藤は朽木に滞在、叔父四人は近侍、その状況で親疎を測る意味が有るのか? 親疎ではなく誰を頼るかを測る? それも無いな。藤を無視して飛鳥井だけに依頼する、そんな事は有り得ない。 |
| 878 |
義藤の顔を潰す事が朽木の利益になる事は無いのだ。好がそれを分かっていないとも思えない。分からん。…已むを得んな、荷をもう一度送る」大広間がざわめいた。もう一度?”、そんな声が聞こえる。 |
| 879 |
「三好に掛け合っていては正月に間に合わん可能性が有る。れ多い事だが帝も心待ちにしておられるのだ。う一度荷を送る」強い口調で言ったのが良かった。頷いている。好の狙いは分からんがおたつく姿だけは見せられん。 |
| 880 |
朽木に詰まらん小細工は通用しない、そう思わせる事が大事だ。新次郎、三好筑前の所に行け」「はっ、荷の返還ですな」「それも有るがもう一度荷を送る故兵の狼藉を抑えろと言うのだ。爺」「分かっておる、書状じゃな」。 |
| 881 |
「うむ。次郎、それを持って三好に行け」「はっ」頼忠が頭を下げた。或いはそれが三好の狙いかもしれませんな」叔父の藤綱が困惑気味に口を開いた。正月に荷が届かぬようにする事でこちらの顔を、公方様の顔を潰そうとした」。 |
| 882 |
有るかな、そんな事が。いとは言えないか……。公方様はともかく、三好が朽木の顔を潰そうとしたというなら、朽木も随分と大きくなったものよ。いたわ」俺が茶化すとドッと笑い声が起きた。て、如何なる……。 |
| 883 |
天文二十三年(1554年)一月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸「竹若丸、大丈夫かの」「多分」「戦支度はせぬのか?」「戦と決まったわけでは無いぞ、御爺。支度はかえって相手に朽木を攻める口実を与えかねぬ」。 |
| 884 |
御爺、顔色が良くないぞ。っとも俺も良くないだろうな。の出窓からは何時もと変わらぬ朽木村が見える。かし朽木谷の外、京の大原には三千程の三好兵が待機しているらしい。原から朽木までは約六里、二十四キロ程離れている。 |
| 885 |
この時代の行軍速度は大体一日四里、十六キロだから三千の兵は二日で朽木に押し寄せる事になる。がせれば一日の距離だ。木の兵力は三百、三好との戦力比は十対一。城しても長くは持たない。と何日この風景を見られるか。 |
| 886 |
しかしなあ、如何してこうなった? 三好が朽木を攻めるなんて歴史が有ったのか? 朽木が関ヶ原まで続いている以上戦ったとしても生き残ったのは間違いない。分戦争は無かったと思うんだが……。れとも歴史が変わったのか……。 |
| 887 |
「御爺、叔父上達にはいざとなれば公方様を観音寺城へ御連れするようにと頼んだ。角にも受け入れてくれるよう使者を出したぞ」「そうか、……そちは如何する?」「さあ、如何するかな? 相手次第だな」「ふむ」。 |
| 888 |
御爺が俺を見ているのが分かったが敢えて気付かない振りをした。様稼業も楽じゃない、怯えているなどとは誰にも気付かれたくないからな。れにしても三好の奴、碌でもない事ばかりする。から嫌われるんだ。 |
| 889 |
俺も嫌いになったぞ。あ一応手は打ったから多分死なずに済むだろう。好が朽木に向けて進軍すれば飛鳥井に使者を密かに出す。は飛鳥井の爺様を使って帝を動かして三好を止める。 |
| 890 |
その程度の時間なら籠城で稼げる筈だ。はと言えば朝廷への献上品が事の発端だ。鳥井の爺様だけじゃなく朝廷も必死になるだろう。こで三好を止められなければ朝廷は勤王の志篤い朽木を見殺しにしたと言われかねない。 |
| 891 |
一万石に満たない国人領主さえ救えないのかと恥を満天下に晒す事になる。年の暮れ、三好が朽木の献上品を奪った。っちは直ぐ荷を送り直し無事正月までに届ける事が出来た。好家からも謝罪の言葉と共に荷が返還された。 |
| 892 |
それも飛鳥井家と朝廷に献上した。廷は大喜びだ、儲けたと思っただろう。っちも名を上げた。木は小身だが裕福だ。主は気前が良いと。身で吝嗇な男には人が寄ってこないからな、必要経費と割り切った。 |
| 893 |
それで終わりの筈だった。が妙な方向に進みだしたのはその後だ。の内も終わった頃、朝廷から三好が今回の件を俺に直接会って謝罪したがっていると言ってきた。かも朽木に出向くと言う。初は断った。 |
| 894 |
だが朝廷が再度言って来たので受ける事にした。廷にしてみれば変なしこりは残したくない、そんな気持ちでの仲介だったと思う。っちも断り続けるのは朝廷と三好の顔を潰す事になると思って受けた。 |
| 895 |
何と言っても向こうが朽木に謝罪に来ると言うのだ。りきれない。好は義藤の様子に関心が有るのだと思ったんだがな。い先日景虎が来たばかりだ。方の大名が義藤の権威を認めている。 |
| 896 |
三好が気にならない筈は無い。罪を口実に義藤の様子を探ろうとしていると思ったんだが……。うやら狙いは最初から朽木だったらしい。やこれも義藤への圧力なのか、未だ判断は出来ん。 |
| 897 |
しかしなあ、道理で荷をすぐに返して謝罪もした筈だよ。っちを油断させるつもりだったのだろう。好はかなり強かだ。好みよし長逸ながやすが使者として僅かな供回りを引き連れてこっちに向かっている。 |
| 898 |
多分今夜は滋賀郡で泊りだろう。島郡に入るのは明日の筈だ。好孫四郎長逸、三好三人衆の一人で三好一族の重鎮、長老だ。逸は長慶の父元長の従兄弟だと聞いている。 |
| 899 |
三好一族は悲惨な死を迎えた人間が多い所為で長生きした人間が少ない。に長慶が家督を継いだ時は十歳だ。長の長逸が頼りにされたであろう事は想像が付く。の長逸が来る。 |
| 900 |
おそらくは長慶もこの件に絡んでいるのは間違いないだろう。御爺、会談は明日だ。日は早く休もう」「そうだな」御爺の表情は曇っている。大丈夫だ、御爺。にはならん、三千の兵も脅しだ」「そうだな」。 |
| 901 |
しかし分からん。好は何をしたいんだ? 難癖を付けて朽木を攻める? 朽木は攻め辛い所だ、楽に勝てるという事は無い、勝ったにしても損害は馬鹿にならない。かも将軍は逃げた後だ。ょっと間抜けだな。 |
| 902 |
いや間抜けでもないか、将軍を匿うとこうなるという警告にはなる。るいは兵力を背景に交渉を考えているのかな。が何を交渉するんだ? 多分脅しだ。しだと思う。しでなければ……、溜息が出そうになって慌てて堪えた。 |
| 903 |
会談は朽木城で行う。藤、幕臣達も朽木城に来たがったが断った。中は岩神館で待機だ、叔父達も一緒にな。ったく、朽木には面倒な奴ばかり多くてウンザリするわ。日、午後になって長逸が朽木城を訪ねて来た。 |
| 904 |
会談は俺と長逸の二人だけで行う事になった。逸がそれを望んだ。爺は不安そうだったが受けた。れで分かった。の狙いは朽木だ。間で長逸と相対する。十代後半から四十代前半か、がっちりとした体格、大振りな顔立ちの男だ。 |
| 905 |
長慶が家督を継いだ頃はさぞかし頼りにされただろう。逸がこっちをじっと見ている。んだかなあ、こいつ稚児趣味でも有るのか。はその手の趣味は無いぞ。体俺はそんな美少年じゃない。親に似れば良かったんだが父親似だ。 |
| 906 |
不細工ではないがごく普通だろう。ママに似ればな、細面の美少年だったんだけど……。女が現れ俺達の前に焙じ茶をおいて出て行った。じ茶だよな、ゲンノショウコじゃないよな。のため一口飲んでみた、大丈夫だ、焙じ茶だ。 |
| 907 |
「朽木竹若丸です。日は良くおいでなされました」軽く頭を下げると長逸が慌てて挨拶を返してきた。いや、挨拶が遅れ申した。好孫四郎長逸にござる。年は当家の者が大変そなた様、朽木家に御迷惑をおかけした。 |
| 908 |
改めてお詫び致す。の通りでござる、お許し頂きたい」長逸が深々と頭を下げた。御丁寧な事、痛みいります。ちは誰にでもある事、謝罪を頂いた以上当家は済んだ事と考えております。好様にもそのように思っていただければ幸いにございます」。 |
| 909 |
「その言葉を頂き肩の荷が降り申した。かたじけない」長逸がまた俺を見た。してニコッと笑いかけてきた。ぶりな顔立ちだが笑顔は悪くない。処となく愛嬌が有る。にはもてるだろう。…謝罪は終わった。談の名目は終わった訳だ。れからが本番だな。 |
| 910 |
「それにしてもお若い、失礼ながら竹若丸殿は御幾つかな?」「今年、六歳になりまする」「……主筑前守が三好家を継いだのが十歳の時でござった。れよりも四歳もお若い、さぞかし御苦労なされた事でござろう」嘆息するような口調だ。 |
| 911 |
長慶は苦労した、それを助けた長逸も苦労した。うじゃなきゃ三好が覇者になれるわけが無い。祖父が居り申した故左程の事は有りませんでした」「左様か」ウンウンと長逸が頷いた。だな、これで終わりか? これじゃ長逸はただの気の良い親父だ。 |
| 912 |
あれは本当に下っ端どもの暴発だったのかな。達は三好の影に怯えて物事を深刻に捉え過ぎたのか? しかし三千の兵が有る、あれは如何いう意味だ? 長逸が焙じ茶を一口飲んだ。焙じ茶ですな”と言った。っているらしい。 |
| 913 |
「以前から竹若丸殿にはお会いしたいと思っておった。かなかの軍略家であられるな、怖い事を考えなさる」「……と申されますと」「一向宗の事でござる」長逸が微笑んでいる。かし眼は笑っていない。良く分かりませぬ。を仰りたいのです」。 |
| 914 |
「六角、朝倉、浅井、それに三好の眼を引き付け一向門徒に背後を突かせる。若丸殿の策と聞いた。うかな?」前言撤回、下っ端の暴発と判断したのは早計だったようだ。て、如何する? 惚けたほうが良さそうな気もするが……。 |
| 915 |
天文二十三年(1554年)一月近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸三好みよし長逸ながやすが怖い眼で微笑んでいる。とぼけるのは無駄だな、向こうはこっちの事をかなり調べている。処から情報を得たのかも大凡分かった。 |
| 916 |
厄介な事になったな。こは正直に行くか。公方様が余りに御嘆きになるので御慰めになればと思ったのです。より実現可能とは思っておりませぬ。あ気晴らしのようなものですな」敢えて軽い口調で言った。談だよ、子供の冗談。かるだろ?。 |
| 917 |
「……気晴らしと言われるか」「……いかにも。四郎様は実現可能と思われますか?」「……」長逸は無言だ。まり可能とは思っていない。好長慶だな、長慶は一向門徒に父を殺された、酷い目にあったというトラウマが有る。 |
| 918 |
おそらく一向衆を使うという事に反応したのであって実現性に反応したのではないのだろう。して目の前の男もそれを理解している。加賀半国割譲、成れば気晴らしでは済まぬと存ずるが」「越前の朝倉と加賀の一向一揆は不倶戴天の仲、本願寺が命じたとしても加賀は素直に従いますまい。まりは成らぬという事、案ずるには及ばぬと存ずる」。 |
| 919 |
「……なるほど」おいおい本気で心配しているのか。さかな、三好長慶、本気で本願寺討伐を考えているんじゃないだろうな。から自分の心の内を知られたと思った? それ拙いわ……。何を考えておられる」相変わらず怖い眼が俺を見ている。 |
| 920 |
「何も」「顔色がよろしくないが?」何だそれ? 揺さぶりのつもりか? サラリーマン舐めるんじゃねえよ。しはやらないが社内政治、営業、駆け引きはねちっこくやって来たぞ。えてクスッと笑ってやった。逸が眼を剥くのが分かった。 |
| 921 |
「大原に三千もの兵が居りますからな、顔色も悪くなります」「……三好の者は皆心配性でござってな、あれはこの孫四郎の身を案じての事。意は無い」「某も公方様をお慰めしようと思っただけの事、他意は有りませぬ」お互い様だよな。 |
| 922 |
また睨み合いになったが長逸がフーッと息を吐いた。断するな、まだ終わっていない。竹若丸殿、六歳と言われたな。、六歳かな?」「……」「同年代の者を相手にしている様な気がするのだが」「……見ての通り、六歳の幼児です」六歳の幼児。 |
| 923 |
自分で言っていて可笑しくなってしまった。な幼児だよな。うのを堪えるのが大変だ。逸が呆れたように俺を見ていた。まあ良い、今日ここに来たのは一向宗の事を話すためではない。う話をするためだ」。 |
| 924 |
「……」「そろそろ足利家への義理立てを止めては如何かな?」「……」「三好に付いては如何じゃ」俺は口元に笑みを浮かべたまま無言を保った。の方が強い立場を保てる。逸は俺から返事を得ようとすれば更に喋らざるを得ない。 |
| 925 |
何を言うか、答えるのはしっかりと聞いてからだ。お主の事は調べた。いが中々の器量人だとな。うして話してみてその通りだと思う。が朽木は小さい、お主の器量を活かせまい。 |
| 926 |
その点については足利将軍家も同様だ、お主がどれほど忠義を尽くしてもそれに酬いる事は出来ん。しくは無いかな」「……」更に笑みを浮かべた。情を読まれるのを恐れているかのように。 |
| 927 |
「三好家ならその器量に相応しい待遇を与える事が出来る」「……例えば?」水を向けると長逸は勢いよく話し出した。三好は今丹波に兵を出している。れはもうじき埒があく。 |
| 928 |
その後は若狭だ。木は若狭とも接していよう。木が三好に付けば若狭の武田は西と南から攻められる事になる。圧後は若狭は朽木に任せても良い」敢えて目を瞠って見せた。 |
| 929 |
若狭一国約八万石、一気に十倍の領土を持つ事になる。本海を使っての交易を考えれば利益は計り知れないだろう。し、美味そうに見えるがこいつは毒饅頭だ。 |
| 930 |
若狭武田家の当主武田信豊の妻は六角定頼の娘、現六角家当主義賢の姉だ。して信豊の嫡男、義統の妻は足利義藤の妹なのだ。 |
| 931 |
つまり若狭武田を攻めるという事は足利、六角を完全に敵に回すという事になる。好でも味方に付けなければ出来る事ではない。まり、この後は三好の庇護の下で生きるという事になる。 |
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立場はかなり弱い、本当に若狭一国貰えるかどうか怪しいものだ。代人には分かり辛いだろうが信長登場以前の六角家は間違いなく三好家と並んで畿内のスーパーパワーだ。 |
| 933 |
若狭が内乱に疲弊しながら他国の侵略を受けなかったのは六角と足利の名が有ったからだと俺は見ている。狭が朝倉に占領されるのは千五百六十八年頃?。 |
| 934 |
だったと思うがその頃には六角は全く力を失っていた。してもし若狭を得る事が出来たとしてもそれは三好のために朝倉の抑えになるという事だ。前は五十万石を超える。 |
| 935 |
六角、足利を敵に回し十万石に満たない朽木が朝倉を防ぐ? 冗談抜きで擂り潰されるだろう。如何かな、竹若丸殿。藤様を攻めろとは言わぬ。い出してくれればよい。 |
| 936 |
その後で三好家に付いて若狭攻めを手伝う。い話ではあるまい」「……」「それとも未だ足利家に義理立てなさるかな、それは朽木家のためにならんと思うが」上手い言い方だ、暗に反逆ではないと言っている。 |
| 937 |
大原に居る三千の兵の意味は“ここまでそちらに譲歩している、断ればどうなるか良く考えろ”、そういう事だな。れにしても俺が思っていた以上に朽木の去就には意味が有るのかもしれない。 |
| 938 |
朽木なんて所詮は近江の小領主、その他大勢の一人だと思っていたがそうでもない様だ。利の将軍は都を追われる度に朽木に逃げてきた。して朽木は将軍を匿ってきた。 |
| 939 |
朽木は将軍の忠実な家臣と見られているわけだ。の朽木が将軍を裏切る。味、影響は?先ず安全な避難場所を失うな。して朽木でさえも将軍を見限ったと言われるだろう。 |
| 940 |
他の人間はもっと簡単に将軍を裏切るようになるに違いない。軍の権威失墜は当然だが誰を信じれば良いのか、人間不信になるだろう。なれば新たな避難場所を見つけるのは容易ではない筈だ。 |
| 941 |
お先真っ暗だな。今のお話、筑前守様も御存じの事ですか?」「某の一存だ。が主、筑前守を説得する自信は有る。じて欲しい」「なるほど」中々の熱演だが信じられんな。 |
| 942 |
言質を取られまいとしての事だろうが長慶は知らんと言うのはお粗末だ。狭一国、お前に裁量する権限が有るのか? 長慶の諒承無しに口に出せる事じゃないぞ。キと思って甘く見たか。 |
| 943 |
それとも最初から騙すつもりで言ったのか。良いお話とは思いますが某の一存では答えを出せません」「勿論分かっている。の場で答えをとは言わん」客間には穏やかな空気が漂っていた。 |
| 944 |
長逸は十分な手応えを感じたのだろう。も満足だ、この会談の狙いが分かったし他にも得る物が有ったからな。でもない事実だが知らないよりはましだ。木城の出入り口では御爺を始めとして朽木家の人間が見送りに出て来た。 |
| 945 |
そして長逸の供回りが馬を用意している。川藤孝、進士晴舎、治部藤通が物陰から隠れるように見ていた。るなって言ったのに来るからな。木が心配か?「竹若丸殿、御見送りはここまでで結構でござる」。 |
| 946 |
「お気を付けてお帰り下さい」長逸が軽く頷いて外に向かう。ち止まってこちらを見た。妙な笑みを浮かべている。そうそう、忘れていた。程の件、宜しく」言うと思ったよ。のタヌキ親父め。っこりと笑みを浮かべてやった。 |
| 947 |
「孫四郎様、筑前守様に宜しく御伝え下さい」タヌキの顔が笑み崩れた。ぶのは未だ早いぞ。朽木は若狭一国で将軍家を裏切る事など出来ぬと」笑みが消えた。囲がざわめいた。……家を潰すおつもりかな?」低い威圧的な声だ。 |
| 948 |
空気が固まった。わめいていた周囲の人間が青褪めている。潰せますかな、朽木家を」「……三千の兵が有る事を忘れたか」「高が三千……、三万でも答えは変わりませぬな」俺が嘲笑すると周囲の人間の顔が更に青褪めた。 |
| 949 |
小身の国人領主は出来るだけ大身の大名と争う事を避ける。されないようにな。好に喧嘩売って如何する、そう思っているんだろう。がな、喧嘩を仕掛けてきたのは三好だ。わなきゃならない喧嘩なら派手に買うさ。 |
| 950 |
「孫四郎様、朽木が将軍家を見捨て三好家に付けば筑前守様は如何思われますかな?」「当然だが御喜びになるだろう」「しかし信用はしますまい。々忠義を尽くしてきた足利家を裏切った。 |
| 951 |
一度裏切った者が二度裏切らぬという保証あかしは無い。えにしの薄い三好家など更に容易たやすく裏切るだろう、信用出来ぬ……。を失った国人領主など結局は滅びるしかない。いますか?」。 |
| 952 |
問い掛けたが長逸は無言だった。を強い眼で睨んでいる。ここで攻められれば公方様を逃がし敵わぬまでも一戦致します。けるでしょうな、朽木村も失う。も生きているかどうか……。 |
| 953 |
その後は生き残った者達が如何するか決めれば良い。軍家に仕え続けるか、それとも義理は果たしたとして別の道を歩むか」「……」「どちらの道を選んでも朽木を責める声は有りますまい。 |
| 954 |
鎌倉以来代々受け継いできた朽木を失うまで忠義を尽くしたのですから。してそういう家ならば何処の大名家でも召し抱えるのに不安は感じませぬ。んで召し抱えてくれましょう」。 |
| 955 |
じっと俺を見ていた長逸が肩を落として大きく息を吐いた。惜しい事だ。うやら朽木家は三好とは縁が無かったらしい。気で口説いたのだが……」「……」「心配は要らぬ。 |
| 956 |
朽木を攻めるような事はせぬ」そう言うと供回りから手綱を受け取り馬にまたがった。た俺を見た。では、これにて御免”、軽く声をかけて馬を操る。逸はゆったりと去ってゆく。 |
| 957 |
何とか切り抜けたか。…悪いな、信用云々は建前だ。好はこれから徐々に下り坂になる。け馬には賭けられん。内に戻ろうとすると細川藤孝、進士晴舎、治部藤通が感動したように俺を見ていた。 |
| 958 |
細川藤孝、海千山千のしたたか者に将来なる筈なんだけど……。だ二十歳ぐらいだもんな、頼り無いわ。爺は……、駄目だ、御爺も感動に浸っている。爺を促して城内に戻った。 |
| 959 |
話さなければならん事が有る。ってくる連中を追い払って御爺と二人だけになった。所は御爺の部屋だ。の部屋だとガキどもがやってくるからな。 |
| 960 |
「御爺、公方様の傍に三好に通じている人間が居るかもしれん」「まさか」御爺が顔を強張らせた。うやく話しの出来る顔になったか、さっきまで崩れっぱなしだったからな。 |
| 961 |
「本当だ。好孫四郎は例の一向宗の件、俺が策を立てたと知っていた」御爺は訝しげな表情だ。からんらしい。三好はそれを何処から知ったのだ?。 |
| 962 |
六角、朝倉、浅井、本願寺、いずれもその事は知らん筈だ。神館は厳しく守られている。からは探れまい、となれば内から漏れた可能性が有る」御爺の顔色が変わった。 |
| 963 |
例の作戦は六角、朝倉、浅井、本願寺に義藤から使者によって伝えられている。かし俺の名は出していない。然だろう、五歳の子供の案です等と言ったら誰も相手にはしない。 |
| 964 |
「公方様が危ない」立ち上がろうとする御爺の膝を掴んだ。落ち着け、御爺」「しかし」「落ち着け!」叱り付けて座らせた。んで孫の俺が御爺を叱らなきゃならん。 |
| 965 |
「間者が居るかもしれんと言っただけだ。ない可能性も有る。げば徒いたずらに不和を煽る様なものだ。れが三好の狙いかもしれん」「しかし間者が居れば」。 |
| 966 |
「三好に公方様を害する意思は無い。るのならとっくに朽木に攻め寄せている」「……しかし」「騒げば危ない。者が居れば自暴自棄になって公方様を襲いかねん」。 |
| 967 |
「……」「俺と御爺だけの秘密だ。父御達にも言うな」御爺が不承不承頷いた。を変えた方が良いな。が多分間者は居る。は俺と長逸の会談が不首尾に終わった事で不安に思っているだろう。 |
| 968 |
警戒もしている筈だ。んなところに間者が居ますなんて言ったらどうなるか……。定するのは後だ。は知らぬ振りをして泳がせる。ずれ二重スパイとして使うか偽情報を掴ませて利用する。の方が良い。 |
| 969 |
「御爺、三好の狙いは朽木だ。手く行けば公方様を裏切らせ三好に付かせる。れが出来ずとも朽木に内通の疑いをかけ公方様との間を裂こうとしたと俺は見ている」「なるほど、三好は朽木が邪魔か」。 |
| 970 |
ようやく御爺がまともになった。そうだ。角も朝倉も浅井も本願寺も公方様のために動こうとはしない。好はそれも理解している。好が今恐れる相手は居ない。が朽木は公方様に忠節を尽くしている。 |
| 971 |
朽木は京の直ぐ傍だ、目障りだと考えてもおかしくは無い」朽木は攻め辛い場所だ。から将軍が頼って来る。め潰そうとすれば損害が大きくなる。想を変えて使えなくしようとした。んなところだろう。 |
| 972 |
「だからあんな事を言ったか」「そうだ」「心の臓が止まるかと思ったぞ」御爺が呆れた様な顔をしている。あ俺も多少は言い過ぎたかなと思う。万は無いな。木の百倍の兵だ。わず笑ってしまった。 |
| 973 |
「已むを得ん。あ言わねば朽木は疑われる」「呆れた奴だ」御爺も笑い出した。御爺」「なんだ?」「京を三好から奪回するのは難しい、いや不可能だと俺は思う。爺はそう思わんか?」。 |
| 974 |
「……かもしれんの。角も朝倉も頼りにならん」寂しそうな表情だ。爺は先代の将軍足利義晴に仕えて大分信頼されたらしい。利家の衰退を見るのは辛いんだろうな。 |
| 975 |
「和睦を考えるべきだと思う。の準備をしつつ交渉を行う。戦両様、如何かな?」「そうかもしれんが公方様がのう、受け入れられまい」そうだよな、あいつ泣き虫の癖に妙にプライドだけは高い。 |
| 976 |
まあ将軍だから仕方ないんだけれど現実に足利家に軍事力は無いのだ。れに六角も本願寺も軍事力の行使には消極的でも和睦なら協力してくれる可能性は有る、味方を作る事は難しくないだろう。 |
| 977 |
それに三好長慶が和睦を受け入れる可能性も低くない。分実際に義藤が京に戻ったのも和睦の筈だ。好には付け入る隙が有る。好は足利将軍を必要としているのだ。 |
| 978 |
将軍を追ったがその後は細川右京大夫氏綱を管領にして勢力を広げ畿内を統治している。まり三好は室町幕府の政治制度を利用している事になる。府、足利氏を否定しているわけでは無いのだ。 |
| 979 |
室町幕府の政治制度を利用するなら将軍を頂点に据えた方が安定する……。内周辺で局地的な軍事的緊張を生み出し三好を翻弄する。 |
| 980 |
そしてこのまま敵対するより和睦した方が得だと思わせる事が出来れば三好を交渉の場へ引き出す事は難しくない。単じゃないが戦争で三好を打ち破って京を奪還するよりは可能性が有る、そう思うんだが……。 |
| 981 |
何で俺がこんな事を考えているんだろう、溜息が出そうだ。文二十三年(1554年)四月上旬近江高島郡朽木谷岩神館竹若丸「駿河の善徳寺において今川、北条、武田の重臣達が会合を持ったそうだ」「同盟を結んだという事か」。 |
| 982 |
「そうだろうな、甲相駿三国同盟か」幕臣達が興奮気味に話している。あこれだけ規模の大きな同盟はなかなか無い。奮するのも分かる。れに最近暇だからな、刺激が得られて嬉しいらしい。もちょっと興奮している。 |
| 983 |
なるほどなあ、当主が善徳寺に集まって会談したというのは嘘か。あそうだろうな、今川、北条、武田、それぞれ敵を抱えている。主自らが三人集まって会談っていうのは今で言えばサミットみたいなものだ。程調整が難しいだろう。 |
| 984 |
重臣が集まって協議、当主に報告して合意成立、そんなところだな。っちは現代で言えば事務次官会議、そんな感じか。間なんて時代が経ってもやる事は変わらんな。臣って言うと今川は太原雪斎だろう、武田は穴山、小山田、そんなところか。 |
| 985 |
北条は誰かな、松田? 或いは北条幻庵? 分からん。なみにこの情報は飛鳥井家から来た。家ってのは意外に情報を得るのが早い。地の大名に娘を嫁がせているからそこから情報が入る。家同士が情報を交換し突き合わせればそれなりに情報通になれるだろう。 |
| 986 |
宮中は一種の情報収集機関の様なものだ。の事がさらに公家と武家の婚姻を薦める要因になる。竹若丸、如何思う?」御爺が俺に尋ねると幕臣達が俺に視線を向けた。近視線が熱いんだよね。んな目で俺を見るのを止めてくれるかな。 |
| 987 |
凄く居辛いんですけど。遠慮は要らんぞ」今度は義輝だ。輝は今年の二月に義藤から義輝に改名した。うやくしっくりきた。名の理由は名を輝かせたい、足利の世をもう一度輝かしいものにしたい。んな想いが入っているらしい。 |
| 988 |
気持ちは分かるが難しい。た悪条件が加わった。今川、北条、武田、それぞれが進むべき道を定めたという事だと思います。川は東海道を西進し三河から尾張を。条は関東制覇、武田は信濃。東管領山内上杉家は益々北条家に追い込まれましょう。 |
| 989 |
いずれは越後の弾正だんじょう少弼しょうひつ様を頼るのではないかと思います。正少弼様は義侠心に溢れた方、頼られれば必ずそれに応えましょう。尾家は信濃、関東で武田、北条と戦う事になるでしょう」俺が意見を述べると皆が顔を見合わせた。 |
| 990 |
多少困惑が有る。では弾正を頼るのは難しいか」義輝が寂しそうに呟くと何人かの幕臣が俯いた。こ最近、義輝は越後の長尾景虎を頼る事を考えている。尾、朝倉の北陸勢を中心とした京都奪回軍。こに浅井、六角が加わる。 |
| 991 |
しかしなあ、これから景虎は信濃を巡って武田と厳しい戦いをする事になる。洛は難しいだろう。爺が義輝に和睦を提案したんだが受け入れられなかった。かし義輝も六角、朝倉が頼りにならないのは理解している。 |
| 992 |
それで景虎を、そう考えたんだがな。国同盟成立で益々義輝に不利になった。る事なす事上手く行かない、そんな感じだ。輝としては関東管領を見殺しにしろとは言えないよな。しろ助けてやれと言う立場だ。 |
| 993 |
となるとだ、条件はさらに厳しくなる。史通りの推移だ。虎が上洛するのは義輝が京に帰ってからになるだろう。はり現実的に取り得る方針は和睦だな。らくは情報収集をしつつ木刀を振って新当流の稽古に励むしかない。 |
| 994 |
それにしても京から遠く離れた甲相駿三国同盟が京の情勢に連動するか。校の授業じゃ分からん事だな。外な所で京と地方が繋がっているのが分かる。寂しいのう。角、朝倉は頼りにならず大内には昔日の勢い無し。 |
| 995 |
弾正も頼れぬか」義輝の寂しそうな呟きが続く。際その通りだ。つて中国の大内氏は足利将軍家を担いで上洛した。が今では陶隆房の謀反によって実権は無い。して陶は足元を固めるので精一杯だ。う直ぐ毛利が立ち上がるだろう。 |
| 996 |
そうなれば中国方面は大内、毛利、尼子の三つ巴の戦いが始まり毛利による統一が待っている。事面では当分頼りにはならない。その方がせめて近江の北半分も持っておればのう。れほど心強いか……」。 |
| 997 |
いや、そんな事を言われても俺は足利氏に忠誠を尽くす気なんて無いぞ。くまで足利に利用価値が有るから支えているだけだ。当だよ。れなのにあの一件以来俺への評価は若年ながら知勇兼備にして無二の忠義者だ。 |
| 998 |
知勇兼備? 初陣すら済んでいないのに知勇兼備は無いだろう。う思うんだけどね、なんか誰も否定しないんだな。願寺の一件と三万でも怖くないって言った所為で知勇兼備になったらしい。 |
| 999 |
飛鳥井家からの書状では宮中でも大分評判だと書いてあった。好の脅しにも屈せぬ豪胆振り、勤王の志篤い忠義の臣ってな。の事だ、それ。対俺じゃないぞ。好の馬鹿野郎、お前が余計な事をするからだ。 |
| 1000 |
如何しよう……。輝はあの後朽木城に来てワンワン泣きながら俺に抱き着いて来た。んだ、こいつと思ったよ。え十八歳の子供が数え六歳の子供に泣きながら抱き着く、おかしいだろう。して“許してくれ”って泣く。 |
| 1001 |
俺が三好に通じるんじゃないかと疑ったそうだ。孝達を朽木城に行かせたのも義輝らしい。、そんなところじゃないかと思ったけどね。そちのように力量に優れた者にとっては予の様に無力な主に仕えるのは苦痛であろう、そう思ったのじゃ。 |
| 1002 |
三好ならそちを十分に厚遇するに違いない。ちが予を見捨てるのではないかと。…愚かな事をした。の方は朽木の者、朽木の者が予を裏切るなど有ろう筈が無い。れなのに……、済まぬ”そんな感じだったな。 |
| 1003 |
泣くだけならともかく鼻水まで垂らして抱き着いて来る。げたかったけど抱き着かれてどうにもならん。まけに御爺も泣き出すわ、義輝と一緒に朽木城に来た藤孝達も“公方様”なんて言ってワンワン泣き出す。 |
| 1004 |
もうとんでもない愁嘆場だった。泣く中で俺だけが醒めている。ン引きって本当に有るんだな。得した。れ以来義輝達の俺を見る目は熱い。歳の幼児をそんな目で見るな。 |
| 1005 |
誘拐でも企んでいるんじゃないか、現代ならそう疑われるぞ。びのつもりかな。の後義輝から火薬の秘伝書『鉄砲薬之方并てっぽうやくのかたならびに調合ちょうごう次第しだい』っていうのを貰った。 |
| 1006 |
九州の大友家からこの正月に鉄砲と一緒に義輝に献上されたんだけどな。ったのはその写しだ。構義輝も役に立つだろう。あ火薬の作り方なんて知っているけどな。利家ってのは献上品が多いんだ。 |
| 1007 |
御裾分けが美味しい。薬作りか。木には温泉が有るから硫黄は問題無い。も問題無い。題は硝石だ。石は日本では産出しない。がこれも作り方は分かる。料はヨモギ、稗等の草。量の人馬の糞尿だ。 |
| 1008 |
四年から五年で作れるだろう。何する? 作るか? 危険では有る、作らない方が安全だと思っていたが朽木を取り巻く環境は決して良くない。…作ろう、義輝には内緒だな。や、こいつは朽木の最高機密だ。 |
| 1009 |
誰にも教えるわけにはいかない。て、如何するか……。文二十三年(1554年)四月中旬近江高島郡朽木谷西山城朽木惟綱突然前触れも無く竹若丸が西山城を訊ねて来た。は五郎衛門のみ。 |
| 1010 |
いくら朽木谷の中、朽木城とは左程離れていないとはいえ不用心に過ぎる。郎衛門を叱責すると竹若丸が“俺が頼んだ”と言って五郎衛門を庇った。して二人だけで話したい、内密にと言ってきた。 |
| 1011 |
妙な事だ、兄上が一緒でない事も気になる。の惟安に五郎衛門の相手をさせ竹若丸を自室へと案内した。中に焙じ茶を用意させる間、梅丸の事を尋ねた。梅丸はしっかりとお仕えしておりましょうか」。 |
| 1012 |
「頻りに兵法を学びたいと言っている」「左様で」やれやれ、せっかく竹若丸の傍に居るというのに兵法か。しは見習って欲しいのだがな。のために傍に仕えさせたのか……。骨が固まるまでは素振りしか許さぬ。 |
| 1013 |
手習いと算盤に励めと言っているのだが不満なようだ」「申し訳ありませぬ」「なに、気にしてはおらん。という生き物は頭を使うより身体を使いたがるものだと理解している」悟った様な言葉に思わず苦笑が漏れた。 |
| 1014 |
目の前の童子は巧まずして他人を笑わせる所が有る。に二言三言話し女中がお茶を出した後に用件を尋ねた。して、今日は如何なされましたかな?」「公方様から鉄放薬方并調合次第を貰った。 |
| 1015 |
大叔父上も御存じだろう」「はい、知っております」「火薬は硫黄、炭、硝石から作る。合も分かった。して硫黄と炭は朽木に有る」「となると問題は硝石でございますな」竹若丸が“うん”と言って頷いた。 |
| 1016 |
火薬は値が張る。砲を揃える事も大変だが火薬、鉛玉を揃えるのも難しい。のため大名も国人領主も鉄砲を上手く利用出来ずにいる。木は鉄砲鍛冶が居る、鉄砲を揃える事では有利だ。 |
| 1017 |
しかし火薬、鉛玉の面では他の大名と条件は変わらない。れでも朽木には椎茸、澄み酒、石鹸等の売り上げによりかなりの金が有る。れによって火薬、鉛を揃えているが他の諸大名は百姓から年貢を搾り取る事でしか金を作る事が出来ない。 |
| 1018 |
そこには限度が有る。き着くところは金が無いから鉄砲を揃えても火薬が買えないという現実だ。して鉄砲を揃える事自体を諦めざるを得ない。れからの戦は変わる。のかかる戦争になる。 |
| 1019 |
つまり金を作れない大名、国人領主は戦が出来ない、滅ばざるを得ない、そういう時代になるのだろう。して竹若丸は金を作れる。争が出来るという事だ。だ六歳、その事を分かっているのだろうか。 |
| 1020 |
だとしたら兄が言った様に十年後、十五年後には……。硝石だけ買うという手も有る。が作ろうと思う」「作れますのか?」驚いて問うと竹若丸が頷いた。作れる。れじゃ」竹若丸が懐から紙を取り出した。 |
| 1021 |
決して上手な筆跡ではない、幾分右肩上がりの癖の有る筆跡で硝石の作り方が書いてあった。かし……、思わず首を捻った。真、これで作れますのか? ヨモギ、人馬の糞尿と有りますが……」。 |
| 1022 |
「作れる。茸や石鹸と同じだ。間はかかるがそれほど難しくは無い」椎茸や石鹸と同じ、そう言われれば言葉の返しようがない。しかし、何故これを……」無駄か、竹若丸がその問いに答える事は無い。 |
| 1023 |
返って来る言葉は取り敢えずやってみよだ。して結果を出してきた。ぜざるを得ない。これを西山でやって欲しい。密にな」「朽木では作りませぬのか?」驚いて訊くと竹若丸が首を横に振った。 |
| 1024 |
「朽木は人の出入りが多い」「なるほど」誰にも知られたくないという事か。さかとは思うが……。御隠居様はこの件、御存じで?」小声で問うとまた首を横に振った。知らぬ。爺に言えば岩神館に漏れかねん。 |
| 1025 |
だからここに来た」「間者の件、案じておいでですか」「知っているのか、御爺から聞いたのだな。うなと言ったのに」顔を顰めている。いえ、御隠居様が悩んでおいででしたので無理に聞き出したのです」「……」。 |
| 1026 |
「御隠居様も某に話して心が軽くなったようです。丈夫です、御隠居様も殿の判断が正しいと分かっておいでです。も殿は正しいと思います」表情は緩まない。して“御爺は足利に甘すぎる”と吐き捨てた。 |
| 1027 |
表情、口調よりもその言葉に驚いた。、足利と呼び捨てた。若丸が此方を見て息を吐いた。大叔父上、大叔父上は俺が足利と呼び捨てた事が不満か?」「……不満というより驚きましたな。 |
| 1028 |
殿は知勇兼備の忠臣、そう言われておりますから」「知勇兼備の忠臣? それは誰の事だ? 俺は未だ初陣も済ませておらんぞ」思わず苦笑が漏れた。満そうにしている竹若丸が妙におかしい。 |
| 1029 |
「笑い事ではないぞ、大叔父上。し硝石を朽木が作っていると周囲に知れたら如何なる? とんでもない事になるぞ。角、浅井、武田、朝倉、三好、皆が朽木を狙うだろう。木には鉄砲と火薬が有るのだからな。 |
| 1030 |
公方様もそれは同じだ。木を支配する事で軍事力の強化を目指す。いは硝石の売買によって諸大名を統制しようとするかもしれない。方様が躊躇ためらっても幕臣どもがそれを望むだろう。 |
| 1031 |
それが出来れば将軍の、幕府の権威を取り戻せる。して朽木は小さい、潰し易いのだ」「なるほど」睨むような目で竹若丸が此方を見ていた。若丸は一番危ないのは公方様、幕府だと考えているのかもしれない。 |
| 1032 |
竹若丸が息を吐いて肩を落とした。が渇いたのだろう、茶を一口、二口と飲んだ。正直硝石を作る事には抵抗が有った。つ間違えれば朽木は滅びかねん。が朽木は少々名を売り過ぎた。 |
| 1033 |
火薬は抜きにしても朽木の財力、京への近さは周囲の目を引き付けた筈だ。好に眼を付けられたからな、他も朽木を注視していよう。木を取り巻く環境は厳しいと俺は考えている」沈痛と言って良かった。 |
| 1034 |
朽木は繁栄している。がそれをもたらした六歳の童子が将来を悲観している。に迫るものが有った。今は公方様が居るから露骨に攻めようとする者は居らん。々三好が嫌がらせをするくらいだ。 |
| 1035 |
しかし京へ戻ればどうなるか……。ういと俺は思う。惜しいが朽木の身代は小さく兵が少ない。なれば装備を充実させる事で補うしかないのだ。砲はその一つだ。砲に頼る以上火薬に不安を覚えるようではいかん。 |
| 1036 |
どうしても硝石を作らざるを得ん」竹若丸が大きく息を吐いた。直驚いた。朽木にここまで考えている者が居るだろうか? 残念だが兄上とて竹若丸には及ぶまい。更ではあるが竹若丸こそが朽木の領主だと実感した。 |
| 1037 |
その領主が苦しんでいる。分かりました。の西山で硝石を作りましょう」「済まぬ、大叔父上。の通りだ」竹若丸が頭を下げた。何を仰せられる。を上げてくだされ。は朽木の領主、ただ作れと命ぜられれば宜しゅうござる」。 |
| 1038 |
「御爺には」竹若丸が苦しそうに言った。に内緒と言うのは心苦しいのだろう。分かっております。の件は某と倅の主との殿もの責任にて行いまする。あに大丈夫、誰も硝石を作っているとは思いますまい。には新しい肥料を作っているとでも言っておきましょう」「済まぬ。…硝石が出来るまで四年から五年はかかる筈だ。爺には出来た時点で話す。になるか分からなかったから言わなかったと話すつもりだ」。 |
| 1039 |
「分かりました。もそのように御隠居様には言いましょう」騙すわけではない、報告を遅らせるだけだ。…四年から五年か。殿、硝石が出来る頃、公方様は……」「……京に戻っている、或いはその目処が付く。うなって欲しいのだがな。の状況が続けば朽木は足利のためだけに存在する事になりかねん。 |
| 1040 |
もしそうなれば朽木は足利に命運を委ねる事になる。な事にはならんだろう」「……」「公方様が京に戻れば朽木は周囲から狙われるかもしれん。かしそれでも朽木は足利家と決別すべきだと俺は考えている。から硝石を作る」声に苦渋の響きが有る。 |
| 1041 |
六歳の童子が出す声では無かった。若丸は足利家と何処かで決別すべきだと考えている。うしなければ危険だと判断している。いは自立の意思が強いのか。公方様が京に戻るのは難しいとお考えですか?」。 |
| 1042 |
「……現状では見通しがつかん」竹若丸が首を横に振った。岩神館では戦で三好を京から追い払おうと考えている。かしな、大叔父上。田、今川、北条が手を結んだ所為で長尾は使えん。倉も宗滴殿が何時まで持つか……、良くてここ二、三年だろう。年は持つまいな」「……」「公方様は越後の代わりに美濃の斉藤を動かそうとしているようだがまず無理だ。 |
| 1043 |
あそこは美濃を乗っ取った時に無茶をした所為で足元が酷く弱い。てもではないが京に兵など出せぬ。手をすれば稲葉山がひっくり返る。分美濃を守るので精一杯だ」稲葉山がひっくり返るか、妙な表現だが分かり易かった。思議なほどに諸国の情勢に通じている。 |
| 1044 |
そしてその情勢判断が誤る事は殆ど無い。公方様が当てに出来る勢力は無い。して三好は筑前守一人ではない。人の弟、親族、家臣、領地も広ければ人も揃っている。底勝てん。くの間は三好の強盛が続くだろう」。 |
| 1045 |
「では、如何なされます?」問い掛けると竹若丸が少し躊躇いを見せた。俺は和睦を考えている。爺も同意見だ」「公方様が納得されますか?」竹若丸が首を横に振った。御爺が和睦を訴えたが受け入れられなかった。 |
| 1046 |
公方様だけではない、周囲も受け入れん。方様の顔色を窺っているのだ。から朽木が裏で動くしかない。う考えている」「しかし一つ間違えば内通を疑われかねませんぞ」竹若丸が顔を顰めた。 |
| 1047 |
「分かっている。の連中、猜疑心が強いからな。から朽木は表には出ん。くまで裏だ」喉が渇いた、茶を一口飲んだ。くなった茶が口中を潤す。味いと思った。御隠居様は?」。 |
| 1048 |
「御爺も俺と同意見だ。のままでは公方様は朽木に埋もれてしまうと心配している」兄上らしい事だ。途に将軍家の事を想っている。御爺のためにも公方様を京へ戻す。 |
| 1049 |
そうなれば御爺も公方様へ変な負い目を持たずに済む。利家への義理は十分果たしたと思えるだろう」そうか、竹若丸が公方様を京へ戻そうとするのは兄上への想いも有るのかもしれない。 |
| 1050 |
冷徹だがそれだけではない、人としての情も十分に有る。殿は御隠居様がお好きなのですな」幾分冷やかしが入っていたかもしれない。若丸がじっとこちらを見た。 |
| 1051 |
「御爺だからな」ぶっきらぼうにそう言うと茶碗を取り上げたが直ぐ顔を顰めて戻した。は空だった。文二十三年(1554年)七月中旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸。 |
| 1052 |
「……七、八、九、十!」上段から打ち下ろしの素振りが終わった。は袈裟斬りを十回だ。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!」息が上がる。れるな、六歳児の身体には結構きつい。 |
| 1053 |
「精が出るのう」「御爺」廊下に御爺が居た。で素振りをする俺をニコニコしながら見ている。後十回やったら一息入れる」「そうか」今度は逆袈裟を十回だ。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!」。 |
| 1054 |
腕が痙攣しそうな感じだ。下に腰を掛けて手拭いで汗を拭った。朝とはいえ七月も終わり、暑い。爺が傍に座った。御苦労じゃな、水を飲むか」「うむ」御爺が“誰かある”と声を上げると若い女中が直ぐにやってきた。 |
| 1055 |
水を頼むと一礼して去ってゆく。竹若丸、美濃の斉藤道三が隠居したそうじゃ」「そうか。方様も力を落としているだろう」“だろうの”と御爺が頷いた。替わりをすれば混乱する。主は足元を固めるために領国の支配、統制に力を注がざるを得ない。 |
| 1056 |
出兵など当分無理だ。して美濃ではな。三が隠居したとなるとここ一、二年で長良川の戦いが起きる事になる。うなれば美濃と尾張は敵対関係だ。々美濃兵を使うのは無理だな。 |
| 1057 |
この長良川の戦い、道三に嫌われた義龍が廃嫡を恐れて弟達を殺し道三を討ったと言われている。とは言わない、だが俺はそれが全てではないと思う。良川の戦いはもう少し複雑な背景が有る。 |
| 1058 |
それは道三の美濃乗っ取り、そして尾張の織田信長が関係していると俺は考えている。三は美濃乗っ取りにおいてかなり無茶をした。 |
| 1059 |
野心も有っただろうが美濃を外敵から守るためには自分が頂点に立たなければ如何にもならないとも思ったのだろう。 |
| 1060 |
だが国人領主達の道三に対する反発は酷かった。濃の国人領主達は斉藤氏の美濃支配は認めたが道三は認められなかった。 |
| 1061 |
それが道三の隠居になったと思う。三は隠居したのではない、隠居させられたのだと俺は見る。然だが実権は無い。権が有れば稲葉山城を追い出されるような事は無かった筈だ。 |
| 1062 |
道三は隠居させられ鷺山城に追放された、それが真実だろう。三に対する国人領主達の嫌悪がいかに強かったかは長良川の戦い以後、義龍が斉藤から一色に姓を変えている事でも分かる。 |
| 1063 |
義龍だけが道三を忘れたかったのではない。濃が道三を忘れたかったのだ。中が水を持ってきた。味い! 生き返ったような感じがした。爺が女中が立ち去るのを確認してから身を寄せ小声で話しかけてきた。 |
| 1064 |
「やはり和睦じゃの」「うむ。方様が独自の兵を持たぬ以上、戦は無理だ」「京の情勢は可も無く不可も無くじゃが……」「時間がかかるだろう。もかかる。長に行くしかない」御爺が溜息を吐いた。 |
| 1065 |
宮中を、公家を利用する。と御爺はそう考えている。いの一つは近衛家だ。衛は義輝の母親の実家だ。当主、近衛晴嗣このえはるつぐは義輝の従兄弟にあたるが晴嗣は後に前さき久ひさと名を変える。 |
| 1066 |
信長そして上杉謙信と深く関わる人物だ。年の春から朝廷では関白左大臣の地位に有る。久の父、近衛このえ稙家たねいえも義輝と極めて親しい。の近衛を飛鳥井を通して動かす。 |
| 1067 |
もう一人は目々典侍めめないしのすけだ。女は俺の祖父、飛鳥井雅綱の娘、つまり俺にとっては叔母に当たる。して皇太子、方かた仁ひと親王の寵愛を受け、娘が一人いる。 |
| 1068 |
春かす齢よ女王じょおう、俺と同い年だ。まり飛鳥井家は皇室とも深く関わっているのだ。こから何とか出来ないか。中の意思を統一し三好、義輝に和睦を斡旋する……。 |
| 1069 |
勿論三好、義輝双方に無視されるかもしれない、その時は六角、朝倉、本願寺を絡める。は出さなくても口は出してくれるだろう。らも義輝の上洛要請にはウンザリしている筈だ。 |
| 1070 |
和睦が成れば義輝に悩まされずに済む。手くいく可能性は有る。う思うのだが……。間はかかるだろうな。い戦乱で公家どもは困窮し金、物に弱い。木は椎茸、清酒、石鹸が有る。 |
| 1071 |
太刀も有る。り物には苦労しない。かしそれだけでは足りない。蛮物、中国や朝鮮から陶磁器、他にも珍しいものが要る。が必要だな。っと金が必要だ。がかりに金を稼ぐ必要が有る。 |
| 1072 |
……俺のやっている事がどれだけ意味が有るのか、はっきり言って分からない。が何もしなくても義輝は京に戻るのかもしれない。かし武力による帰還は有り得ない、和睦による帰還だと思う。 |
| 1073 |
だとすると誰かが和睦に動いた筈だ。が義輝の周りで動いている形跡は無い。なると京に繋がりを持つ朽木が動いたんじゃないかと思うんだが……。敗だったな。識が尾張、美濃方面に偏っている。 |
| 1074 |
畿内の事がさっぱり分からん。に信長上洛以前はさっぱりだ。輝が京で殺された以上、京に戻った事は間違いないんだが……、考えても仕方ないな。御爺、俺はもう一踏ん張りする」。 |
| 1075 |
「そうか、無理はするなよ」「うむ」俺が庭に出ると御爺が部屋に戻っていった。平、逆水平、突きを十回ずつだ。刀を振るいながら道三の事を考えた。な事は忘れて楽しい推理の時間だ。 |
| 1076 |
追放された道三は面白くなかった筈だ。が道三以外にもこの事態を喜ばない人間が居た、娘婿の信長だ。三と信長は仲が良かった。長の尾張統一事業の過程において道三は兵を貸すなどして援助している。 |
| 1077 |
信長にとっては最高の協力者だった。対行動をとって足ばかり引っ張る一族や家臣などより余程頼りになっただろう。三が居る限り、美濃方面を心配せずに信長は尾張に勢力を伸ばせた。一事業に集中出来たのだ。 |
| 1078 |
道三亡き後の信長は斉藤、今川に挟まれた形になる。の状況は桶狭間以後、後の徳川家康と同盟を結ぶまで続く。労しただろう。三が信長を評価したのは間違いない。が信長への協力には打算も有った筈だ。 |
| 1079 |
第一に信長が大きくなればその分だけ濃尾の国境は安定する。濃は平和になるのだ、外交面での実績をアピール出来るだろう。してもう一つは信長との協力体制を密にする事で万一の場合は信長の援助を期待出来ると踏んだのだろう。 |
| 1080 |
万一の場合というのは外敵だけじゃない、国内の反道三派の事も頭に有った筈だ。ーデターを起こそうとしても尾張に信長が居るから無駄だぞ、そういう風にしたかったのだ。が現実には信長が大きくなる前にクーデターが起きてしまった。 |
| 1081 |
この状況で道三と信長が何を考えたか? 協力して義龍を倒し道三の復権を考えたのではないかと思う。して義龍に先手を打たれた。良川の戦いの真相はそんなところだろう。から信長は道三を助けようとした。 |
| 1082 |
舅だからじゃない、尾張の安定、統一事業のスムーズな展開のためには道三は大事なカードと思ったからだ。いは義龍は国内の不安定要因である道三を除くために尾張の信長と通じているとでっち上げて処断した。 |
| 1083 |
ついでに自分のライバルとなりうる弟達も抹殺したという可能性もある。…まあどっちにしても陰惨な話だな。藤義龍、あまり関わり合いになりたい男じゃない。文二十三年(1554年)七月中旬近江高島郡朽木谷細川藤孝。 |
| 1084 |
「放て!」叫ぶように命令が下されるとそれを打ち消す様に轟音が響いた。れと共に馬が暴れ嘶いななく。練場は瞬時にしてとんでもない騒ぎが起きた。然としていると隣りから溜息が聞こえた。 |
| 1085 |
「相変わらず馬は駄目か」「それでも以前よりは良くなった。少は鉄砲に慣れたのだろう。れより御爺、弾が上に逸れたぞ。にならん」民部少輔殿と竹若丸殿が話している。人とも表情は渋い。 |
| 1086 |
溜息はどちらだったのか。木家の調練に立ち会わせてもらった。十丁の鉄砲が一斉に撃つ音は凄まじい。練場に居た馬が驚いて棹立ちになった程だ。勢の人間が懸命に馬を抑えようとしている。 |
| 1087 |
「弾が上に逸れた! もっと良く狙え! しっかりと構えろ!」大声で壮年の男が鉄砲部隊を叱責した。五郎衛門は分かっているようだな」「そうでなければ困る。砲隊を任せたのだから」。 |
| 1088 |
民部少輔殿が満足そうに言ったが竹若丸殿は当然と言った感じだった。の男は五郎衛門というのか。鉄砲隊は左門がやりたがっていたが?」「あれには槍隊を任せる」。 |
| 1089 |
「竹若丸殿、それは何故かな? 私は五郎衛門も左門も良く知らぬが選んだ理由は知りたい」竹若丸殿が私を見た。理由ですか、特に有りませぬ。 |
| 1090 |
強いて言えば鉄砲部隊など未だまともに運用された事が有りませぬ。練な五郎衛門の方が良いと思っただけです」「左様か」確かにそうだが……。 |
| 1091 |
竹若丸殿は鉄砲部隊を見ている。備が出来たらしい。構えて! よーく狙え。…放て!」また轟音が響き馬が騒いだ。今度は逸れなかったな」。 |
| 1092 |
「慣れたのだろう。も先程に比べればかなりましだ」なるほど、混乱も最初ほどではない。は直ぐに落ち着いた。砲部隊はまた準備に入っている。 |
| 1093 |
「鉄砲は威力は有りますが準備に時間がかかりますな。場いくさばで役に立ちましょうか。備の間に敵が攻め寄せてくるのでは」鉄砲には大きな弱点が有る。 |
| 1094 |
撃った後、次の弾を撃つまでの準備に時間がかかる事だ。備の間に敵に押し寄せられては如何にもならない。名達が鉄砲を揃えるのに消極的な理由は高価な事も有るが使い辛いという部分も有る。 |
| 1095 |
威力は弱いが弓の方が扱い易いのだ。がこの朽木では鉄砲を積極的に取り入れている。若丸殿が進めているとの事だが単なる物珍しさからとも思えない。児ではあるがただの幼児ではない事は皆が知っている。 |
| 1096 |
軍略家としての才能だけではない。年、周囲の注目を集める朽木の豊かさはその殆どが竹若丸殿によってもたらされたものだ。若丸殿は答えない。わって民部少輔殿が答えた。 |
| 1097 |
「兵部大輔殿、竹若丸は籠城戦ならかなり有効だと見ているようだ」「籠城戦ですか」確かに籠城戦なら鉄砲部隊は城に守られている。は鉄砲は防御用の武器か。 |
| 1098 |
朽木のように小さい国人領主なら、そして攻め辛い城ならさらに有効だろうとは思うが……。若丸殿が一歩、二歩と前に出た。五郎衛門! 三人一組で狙い撃ちをさせよ!」。 |
| 1099 |
「はっ!」五郎衛門が兵達に何かを命じた。砲を持った兵が三人前に出る。える、“放て!”という声と同時に音が響いた。十丁の鉄砲の音に比べれば何程の物でもない。 |
| 1100 |
馬も落ち着いている。ち終わった兵が下がると代わって別な兵が三人前に出た。放て!”という命令とともにまた音が響く。民部少輔殿、あれは何の調練でござろう」「狙い撃ちでござる」。 |
| 1101 |
「狙い撃ち?」「左様。城の折は三人一組にて寄せ手の侍大将、物頭を狙う。実に殺す」「それは……」絶句すると竹若丸殿が振り向いた。卑怯と御思いですか、兵部大輔様」「……」。 |
| 1102 |
口を利きけずにいると竹若丸殿が笑みを浮かべた。この朽木には五十丁程の鉄砲が有りまする。れば三人一組で約十七の狙撃班が編成出来る事となります」「……十七」。 |
| 1103 |
「一度で十七人、二度で三十四人の侍大将、物頭を失う。は混乱しましょうな。れほど兵が多かろうと纏まりが無ければ烏合の衆、朽木城を落とすのは容易ではありますまい」「……」。 |
| 1104 |
三好孫四郎に三万でも答えは変わらぬと言ったのは根拠の無い事ではなかった。し三好勢三千が朽木城を囲んでいればとんでもない被害を出しただろう。好孫四郎の顔面は蒼白になったに違いない。 |
| 1105 |
「所詮戦など人殺し。らば体裁等如何でもよろしい。怯と言われようが汚いと言われようが勝つ。れだけの事でござりましょう」そう言うと竹若丸殿はまた鉄砲部隊に視線を向けた。 |
| 1106 |
天文二十三年(1554年)七月下旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸眠れない。くて眠れない。の世界は現代の文明世界に慣れた人間には酷く暮らし辛い。ず温度調整が出来ない。 |
| 1107 |
暑い時はトコトン暑く、寒い時はトコトン寒い。月下旬ともなれば寝苦しい夜が続く。ンザリだ。まけに電灯が無いから夜はやたらと暗い。して娯楽が無いから夜は寝る位しかやる事がない。 |
| 1108 |
道理で子沢山の家が多いわけだよ。明の発展度と子供の人数は反比例するな。ろそろ組屋にまた新米の買い付けを頼まなければならん。作の所が有れば良いんだが……。 |
| 1109 |
清酒の製造所を増設したほうが良いだろう。れに椎茸の栽培場所も増やす必要が有る。布は駄目だったな、いや駄目じゃないんだが越後上布には及ばない。級品では無く中の上だ。 |
| 1110 |
それだけに価格も安いから需要は有る。まり薄利多売だ。民は新たな産業が出来たと喜んでいたが俺としては残念の一言だ。待出来るのは綿糸だな。 |
| 1111 |
琵琶湖、そして若狭の船頭達が綿布を欲しがっている。の帆にするらしい。いたんだけど今は藁わらで編んだ莚むしろとか麻布を使っているそうだ。 |
| 1112 |
莚は水に濡れると重いし腐り易い。布も黴かびに弱いし硬く伸縮性がない。こで綿布をという事らしい。がなあ、生産量が少ないし需要に答えられん。 |
| 1113 |
もっと領地が広ければ……、溜息が出た。起きておいでかな?」声がした。だな、隣の部屋には宿直とのいが居る。ずの番だから気付かない筈が無い。 |
| 1114 |
気のせいか? しかしはっきり聞こえたが……。宿直の者は寝ており申す」気のせいじゃ無い、この部屋に誰かいる。分忍びだ。差を握り締めた。 |
| 1115 |
寝てる時も武器を傍に置くのが武士の心得だ。さか使う事になるとは……。ずっと寝たままか?」「御安堵あれ。になれば眼を覚まし申す」声に嫌な感じはしない。 |
| 1116 |
害意は無いようだ。何する? 起きるか。かしなあ、起きても相手を見る事が出来るかどうか。倒だ、起きるか。体を起こしたがやはり姿は見えなかった。 |
| 1117 |
「何の用だ。中押し入るとは穏やかではないぞ」「御無礼はお許しくだされ。は黒野重蔵影久と申す」「朽木竹若丸だ。、何の用だ?」。 |
| 1118 |
「されば、我らを朽木家で雇って頂けないものかと」夜中に押し入ってきて雇えか。うやら相手は余程に酔狂な連中らしい。った事に俺はそういう連中が嫌いじゃなかった。 |
| 1119 |
話を聞いてみるか。文二十三年(1554年)七月下旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸「我らと言ったな?」「如何にも。らま流忍者百五十名、一族総勢四百名、竹若丸様に御仕え致しとうござる」。 |
| 1120 |
くらま? 聞いた事が無いな。れにしても正気か? 夜中にいきなり聞き覚えの無い忍者がやってきて四百名雇えってか。分乱暴な就職活動だな。や、押し売りか? 夢だとしても驚かんな。 |
| 1121 |
大体朽木の総兵力が三百だぞ。者四百名? 朽木は忍者の里になりかねん。あそれも悪くないな、伊賀、甲賀を越え日本を裏から操る忍者の頭領、朽木竹若丸か。 |
| 1122 |
その時は元服せずに竹若丸で通そう。の方が忍者らしく聞こえる。来は忍者体験ツアーで朽木は大儲けだな。ょっとワクワクしてきた。 |
| 1123 |
「手引きした者が居るな。こまで易々と入ったという事は仲間が此処にいるという事だろう」「御明察」嬉しそうに言うな。棒と同じだ。前に引き込み役を入れておけばあっさりと家に入れるし金も盗める。 |
| 1124 |
TVドラマで良く見たよ。ったく、防諜態勢がザルだな。た宿題だ、頭が痛いわ。くらま流というのは?」「御存じありませぬか」いかん、声に落胆が有る。つけたかな。が見えないのが幸いだ。 |
| 1125 |
「済まぬな、俺の知っている忍びは伊賀、甲賀、根来、風魔、そんなところだ」「そうでしょうなあ。らは九郎判官殿に御仕えした者の末裔にござる」九郎判官? 源義経の事か。 |
| 1126 |
随分と古い話だ。なるとくらま流というのは鞍馬流、語源は鞍馬山だな。ういえば義経は忍びの術を心得ていたという説が有った。艘跳びは有名だ。では元は山伏か。 |
| 1127 |
判官殿に武芸を教えたのは天狗だったと聞いているがあれは山伏であろう」「如何にも。ら鞍馬忍者は羽黒の山伏の流れにござる」声に嬉しそうな響きが有った。 |
| 1128 |
これが芝居でなければ顔は笑み崩れているだろうな。蔵が自分達の事を話し始めた。野重蔵影久の話によれば義経に仕えた黒野慈現坊、この男が重蔵の先祖らしい。 |
| 1129 |
当時羽黒の山伏は鞍馬山に集まっていたのだと言う。馬山は霊山として有名だし山岳修験の場として栄えた所だからおかしな話じゃない。の中に黒野慈現坊が居たわけだ。 |
| 1130 |
そして慈現坊達山伏は義経に出会い仕え平家を打倒した……。経が頼朝に捕まらなかったわけだよ。伏が味方なんだからな、山道通って逃げるのなんか簡単だったろう。 |
| 1131 |
「判官殿が奥州で亡くなられた時、僅かに生き残った者は上方に逃げ申した。来ればどなたかに御仕えしたいと思ったようにござるが……」声が沈んでいる。嫌われたか」。 |
| 1132 |
「はい、判官殿、奥州藤原氏に近いと思われ……」やれやれだ。経は後白河法皇と組んで頼朝に反旗を翻した反逆者、藤原氏は関東の背後に有って常に頼朝に不安を与えていた敵。 |
| 1133 |
まあ鎌倉幕府にとって鞍馬忍者は二重に敵だったわけだ。その後は承久の乱にて上皇方に味方し……」「負けたな」「はい」多分行き場が無くて後鳥羽上皇に味方したんだろう。 |
| 1134 |
鎌倉の世が続く限り浮かび上がれない、そう思ったに違いない。府もなあ、敵として排斥せずに雇ってやれば良かったのに。くて良かったよ。が見えたら変に同情しそうだ。 |
| 1135 |
「それで?」「山に逃げ申した。波の山に隠れたのでござる。の後、世に出たのは後醍醐帝の御代、鎌倉幕府を滅ぼそうとされた時……」「ほう、誰に付いた?」。 |
| 1136 |
「足利家」「足利家か」足利家は鎌倉時代から丹波に進出していた。う言えば尊氏は討幕行動を起こす前に丹波の篠村八幡宮に居たな。えたのはその頃か。 |
| 1137 |
反鎌倉、そして朝廷も信用出来ないと思ったのだろう。経は後白河に良いように利用されたし後鳥羽も承久の乱では酷かったと聞いている。利なら、そう思ったのかもしれない。 |
| 1138 |
それにしても丹波か。分こいつらの本拠は丹波高地から比良山地、そんなところだろう。良い選択をしたな」「とも言えませぬ」「何故だ?」「我らを重用したのは高兄弟こうのきょうだいでござる」。 |
| 1139 |
「それは、また……」声が出なかった。りによって高師直こうのもろなお、師もろ泰やすの兄弟か。一族は最後は族滅に近い扱いを受けた筈だ。護者を失ったのだ、高一族に仕えて挙げた武功は全て無視されただろう。 |
| 1140 |
鞍馬忍者の名を聞かない筈だわ。余程に運に恵まれないのでござろう。の後我らの一党は山に戻り主を持たずにおりました。折、里に出て仕事を請け負うのみにござる」寂しそうな声だった。情したくなったが問題が有る。 |
| 1141 |
こいつ、俺に仕えたいって言ったよな。で俺だ? 朽木は八千石の小領主だ。に出たいのなら大きなところを選ぶだろう。こは情にほだされず冷静にいかないといかん。で、俺に仕えたいという事だが如何いう事だ? 俺に仕えても先は明るくないぞ」。 |
| 1142 |
「我らの仲間が殿のお世話になっておりましてなあ。の事は良く聞いております。感謝しておりますぞ。れゆえ何か御役に立ちたいと思ったのでござる」俺の世話? 妙な事を言うな。は忍者に知り合いは居ない。 |
| 1143 |
それに殿って未だ雇うと決めたわけじゃないぞ。かし感謝? 誰か助けたかな。何の話だ?」「木地師でござる。の者達は我らの仲間」「木地師か」朽木塗りが有名になった事で木地師の仕事が増えたと言っていたな。 |
| 1144 |
大分朽木で取引をするようになったと。うか、元々あの連中は山の民だからな。験者とは関係が深くてもおかしくは無い。それに殿はなかなか面白い。ていて飽きませぬ。うせお仕えするならそのようなお方が良いと思いましてな」。 |
| 1145 |
「面白いか」「はい。所を廃し税を安くする。好相手に喧嘩を売れば若狭一国にも見向きもされぬ。の方々とは全くの逆ですな。体何を考えておいでなのか。 |
| 1146 |
不思議でござる」俺ってそういう評価をされてるのか。れじゃただの変人だな。我ら主運に恵まれませぬ。れば何処も雇うてはくれませぬ。え雇われても使い捨て、磨り潰されるだけでござろう。 |
| 1147 |
そう思い一度は世に出るのを諦め申した。かしなあ、この乱世このまま山に埋もれるのは口惜しゅうござる。らの技を、力を試してみたい、その気持ちは消せませぬ。んな時に殿を知り申した。 |
| 1148 |
殿なら我らを上手く使ってくれるのではないかと思ったのでござる」「……」「如何でござろう。らを雇うては頂けませぬか」のんびりした口調だがそれでも切々としたものが有った。 |
| 1149 |
参ったよな、俺こういうの弱いんだ。正直に答えろ。馬忍者は伊賀、甲賀とは繋がりが有るのか?」「有りませぬ」「良いだろう、召し抱える」「召し抱える? 雇うのではなく? 信じて頂けるので」。 |
| 1150 |
「俺を変人扱いしたからな。こぞの回し者なら俺を褒める事は有っても変人扱いはするまい」それに経歴が酷過ぎるわ。の連中なら雇うのを避けるような運の悪さだ。から信じられる。 |
| 1151 |
そう思おう。……御当家に忍んでいる我が手の者にござるが」「繋ぎ役として使う。手から俺に接触させろ」「はっ」「それと御当家ではない、当家だ。違えるな」「はっ」顔が見えないと遣り辛いな。 |
| 1152 |
「近くに寄れ」「……」「寄れ」「はっ」闇が動いた。うやく分かった。外な場所に居た。は前に居るのかと思ったが斜めにいた。は前から聞こえた様な気がしたんだけどな。 |
| 1153 |
天文二十三年(1554年)七月下旬丹波山中黒野重蔵影久集落に戻ると小酒井秀介が近付いて来た。お帰りなさいませ。て、首尾は?」「うむ、上々の首尾よ。 |
| 1154 |
皆を庭に集めよ」四十男の秀介の顔が綻んだ。して皆を集めるために呼子を鳴らし始めた。をかける事も無く人が集まった。の顔には期待と不安の色が有る。 |
| 1155 |
俺の帰りを待っていたのだろう。若男女、三百名を超える。のうち外で忍び働きが出来る者、百五十名。で集落の維持のために働く者七十名、老人、女子供、修行中の者八十名。 |
| 1156 |
そしてここには居らず村の外に有る拠点を維持するために働く者、五十名。商等を行いながら諸国の情報を得るために動いているもの五十名。 |
| 1157 |
「竹若丸様に会ってきた。らを召し抱えるとの仰せだ」ざわめきが起きた。雇うのではありませぬのか?」「いや、召し抱えると申された。らはもう朽木の者だ」ざわめきが起きた。 |
| 1158 |
皆の顔が驚きと喜びに溢れている。で雇われるのではない、主を持つ事が出来たのだ。の事を喜んでいる。但し、我らを召し抱えた事、今暫くは表には出さぬとの事だ。 |
| 1159 |
朽木家でも知る者は殿の他に数人。らも口外はならぬ」皆が顔を見合わせた。しんでいる。朽木は小さく殿は未だお若い。は戦も儘ままならぬ。 |
| 1160 |
周囲の不安を煽るような事は避けたいと御考えのようだ」納得したようだ。方此方で頷く姿が有る。それゆえ我らは朽木には出来るだけ近付かぬ。 |
| 1161 |
居場所はこのまま、禄は物で戴く。し椎茸と石鹸だ」「澄み酒は頂けませぬのか?」「売る前にお主が飲んでしまうであろう」どっと笑い声が起きた。 |
| 1162 |
「名を頂いたぞ、八門。等は今日より朽木八門衆だ」“八門”、彼方此方で声がした。味を測りかねているようだ。 |
| 1163 |
「朽木家の家紋は隅すみ立たて四つ目よつめ結ゆいだ。らを四方に置いて四隅を守る。に八門」“八門”、また声がした。 |
| 1164 |
だが今度の声には力がある。門の名を受け入れたようだ。木を守る、その名を頂いたのだ。頼されている、嬉しいのだろう。 |
| 1165 |
「後は組頭から伝える。頭は俺の家に集まれ」解散を告げると皆が去って行き十名の小頭が残り家に向かった。の組頭、小酒井秀介。の組頭、正木弥八。 |
| 1166 |
三の組頭、村田伝兵衛。の組頭、石井佐助。の組頭、瀬川内蔵助。の組頭、佐々八郎。の組頭、望月主馬。の組頭、佐田弥之助。の組頭、梁田千兵衛。 |
| 1167 |
十の組頭、当麻葉月。月は女だ、主に外に有る拠点を管理している。と言っても大した家ではない、十人も入れば狭苦しい程だ。が話をするにはちょうど良い。 |
| 1168 |
俺を正面に五名ずつ左右に並んだ。先ずはめでとうござる。て頭領の眼には竹若丸様は如何様な方に見えましたか」。 |
| 1169 |
「なかなか一筋縄ではいかぬお方よ」俺が秀介に答えると秀介が“それはそれは”と呟いた。我らの事を表に出さぬと言うのも他に理由が有る。我らの存在を表に出せば公方様に良い様に使い潰されかねぬと申された」。 |
| 1170 |
皆が顔を見合わせた。かに緊張している。竹若丸様は公方様の忠臣との評判でござるが……」「評判はな。が弥八よ、評判ほど当てにならぬものは無い。うであろう」正木弥八が頷いた。 |
| 1171 |
「竹若丸様が三好の誘いを断ったのも単なる足利への忠義ゆえというわけではないのかもしれん。の事、確と覚えておけ」「はっ」皆が頭を下げた。 |
| 1172 |
「殿から命を受けた、慎め」皆が姿勢を正した。先ず一つ、朝倉を探れとの事だ。倉の軍配を預かる宗滴殿は高齢、宗滴殿亡き後朝倉の軍配を誰が預かるのか。 |
| 1173 |
その者の器量を知りたいとの事だ。れによって朝倉家の武威の程が分かるとな。…秀介、一の組に任せる。いな」「はっ」秀介が頭を下げた。 |
| 1174 |
「二つ、浅井を探れとの御命令だ。井家中に乱れ有りや無しや、不満有りや無しや。は浅井下野守の器量の程を知りたがっておられる。 |
| 1175 |
弥八、二の組に任せる」「はっ」「三つ、六角を探れ。角の朽木への感情、如何思っているか。京大夫だけではないぞ、息子の右衛門督、そして重臣達の感情も知りたいとの事だ。 |
| 1176 |
伝兵衛、佐助、三の組、四の組に任せる」「承知」「確しかと」伝兵衛、佐助が力強く頷く。を持った事で士気が上がっているのが分かった。 |
| 1177 |
「それと殿から京、堺に拠点を作れとの命が有った」「京は問題ありますまい。でも漆器屋を出している。題は堺だが……」。 |
| 1178 |
八の組頭、佐田弥之助が十の組頭、当麻葉月に視線を向けた。問題有りませぬ、店を出しましょう。て何を扱わせるか……。 |
| 1179 |
そうそう、朽木には刀が有りましたなあ。れを扱いましょう。にも武器を仕入れ売りましょうぞ」ゆったりとした口調だが仕事は手堅い。 |
| 1180 |
葉月が“ホホホ”と笑い出した。何が可笑しい?」「朽木の殿は中々に……」「中々に?」「油断出来ませぬなあ」そう言って葉月がまた笑い出した。 |
| 1181 |
困った女だ、一度笑い出すと止まらない癖が有る。畿内で大きな戦をするとなればどうしても物資は堺に頼まねばなりませぬ。 |
| 1182 |
堺での物の動きを押さえれば誰が戦を起こそうとしているか、直ぐ分かります。内の動きを物の動きで知ろうとは……、ホホホ、喰えませぬ」。 |
| 1183 |
「分かった。かったから笑うのは止めよ」俺が葉月を窘たしなめると皆が苦笑を漏らした。殿からの命は以上だ。は俺からだ。木を除く高島七頭を探れ。 |
| 1184 |
朽木の豊かさを、殿の事をもっとも面白く思っていないのは彼らの筈だ」皆が頷いた。殿はその事を」「気付いているぞ、弥之助。が公方様が居られる以上、連中が朽木を攻める事は無いと見ておられる。 |
| 1185 |
そして公方様が京に戻られる事は当分難しい」「……」「つまり現状では危険は無い、それが殿の判断だ。が念を入れる、それが我らの仕事だ。蔵助、八郎、その方等で探れ。 |
| 1186 |
特に連中は六角家に臣従している。の辺りも絡んでくる。落とすな」内蔵助と八郎が頭を下げた。が帰ると倅の小兵衛がやってきた。兵衛は十三歳、まだ修行中の身だ。 |
| 1187 |
「親父、俺は何時になったら外で忍び働きが出来るのかな」「焦るな、半人前では殿の役には立たん。を覚えしっかりと磨け」。 |
| 1188 |
「……キリは朽木城で働いている」思わず苦笑が漏れた。い年のキリは朽木城で繋ぎ役を務めている。を持って焦ったか。 |
| 1189 |
「キリは女だ。に入れるには若い方が怪しまれぬ。前は違う」「……」「朽木が動き出すのはずっと先だ。は力を蓄える時、殿はそう見ておられる。前も力を付けろ」「分かった」。 |
| 1190 |
「分かったら訓練に戻れ」小兵衛が頷いて出て行った。方に置いて四隅を守る、故に八門。門は八卦に通じ八卦は遁甲に通ずる。の知識を軍配に用いれば軍師となり、諜報に用いれば忍びとなる。 |
| 1191 |
偶然かもしれぬが良い名を頂いた。の名に恥じぬ働きをせねばならん。は我らを信じて下されたのだから……。文二十四年(1555年)一月下旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸「明けましておめでとうございまする」。 |
| 1192 |
「おめでとうございまする」大叔父の蔵人が新年の挨拶をすると皆が唱和した。広間には朽木家の主だった者二十名程が新年の祝賀に集まっている。 |
| 1193 |
「うむ、おめでとう。年一年、皆御苦労であった。るりと楽しむが良い」和やかな歓声が上がり皆が飲食を始めた。月下旬に新年会というのもおかしい様な気がするが一月の十五日までは松の内として各家で正月の御祝いや挨拶回りで忙しい。 |
| 1194 |
そして一月二十日には具足祝い、これは現代の鏡開きなんだがこれが行われる。いう事で俺が新年会をやりたいと言うと必然的に一月下旬に行われる事になった。あ俺も義輝やその周囲への挨拶で忙しかったのも事実だから不満は無い。 |
| 1195 |
「今年は穏やかな正月になりそうじゃ、去年はなんとも慌ただしい正月だったからのう」「左様、三好が難癖付けて来ましたからの」彼方此方から同意する声が上がった。構声が大きいな、もう酔ったのか。 |
| 1196 |
女中達が注いで回っているからな。いつい酒が進むのかもしれない。いよな、皆は酒が飲めるが俺はドクダミ茶だ。いじゃないんだが酔う事は出来ない。あ料理も良いからな。 |
| 1197 |
煮物、焼き魚、山菜、香の物だが煮物は椎茸でしっかり出汁を取っているし魚は清酒に漬けたらしい。味違うそうだ。理が良ければ酒も進む。が進めば話も弾むし声も大きくなるか。 |
| 1198 |
喜んで貰えればそれが一番だ。しかしあの時は胆が冷えましたぞ。は三好孫四郎を相手に啖呵を切ったのですからな」「その通り、その通り」「三万でも怖くない、でしたな。 |
| 1199 |
あの時は某も胆が冷え申した」拙い、視線が集中している。か気の利いた事を言わないと……。実はな、俺もびくびくしていた。う少しで小便を漏らしそうだったわ。 |
| 1200 |
いっそ孫四郎殿にひっかけてやれば良かったな」一瞬間が有って皆が笑い出した。真でござりますか? 殿は平然とされていましたぞ」「嘘では無いぞ、五郎衛門。 |
| 1201 |
見栄を張るのも容易ではないな」笑い声が一層大きくなった。しは親近感が出たかな。今年は良い年になりますかな?」「おお、京に楽しみが有るではないか。 |
| 1202 |
夏にはお生まれになる筈、皇子みこか皇女ひめみこか、楽しみよ」皇子が生まれれば良い、皇女でも良いと皆が騒ぎ出しだ。くだ、どっちでも良い。 |
| 1203 |
御爺も同感なのだろう、頻りに頷いている。年の暮れ、叔母の目目めめ典ないしの侍すけが懐妊した。ったね、目々叔母ちゃん。 |
| 1204 |
懐妊って事は方仁親王が良く目々叔母ちゃんの所に通っているって事だ。力したからな、酒と石鹸だけじゃない。 |
| 1205 |
虎の毛皮とか金平糖とか絹とか送った。は冷えるからと言って座布団も送ったな。々叔母ちゃんからは親王が珍しがって良く来るって文が届いた。 |
| 1206 |
娘の春かす齢よ女王じょおうは俺と結婚したいそうだ。前の良い従兄が気に入ったらしい。念だが身分違いで結婚は無理だ、諦めろ。外に喜ばれたのはこの時代では歯磨きと呼ばれる歯ブラシだった。 |
| 1207 |
去年までは無かったんだがどうにも我慢出来なくなって秋に作った。質は竹と馬の尻尾の毛だ。かなか具合が良い。ぐに朽木では家臣、領民達も使い始めた。然だが義輝達も使っている。 |
| 1208 |
おかげで朽木の馬の尻尾は妙に毛が短い。哀想に。母ちゃんからの手紙では皆大喜びだそうだ。し、送ったのは漆塗りの最高級品だ。ぶのは当然だと思う。では歯磨きは朽木の重要な特産品になっている。 |
| 1209 |
やっぱり天皇とか貴族とか身分の高い人が愛用しているとなると人気が出るんだよな。木の産物は菊(天皇家)と桐(足利家)のブランド化戦略でイメージアップだ。、五郎衛門が謡いだした。は良いんだが何処か調子外れだな。 |
| 1210 |
義輝を取り巻く政治、軍事情勢は良くない。変らず三好の勢いに衰えは無い。輝は必死に諸大名に上洛の要請をしているが良い返事は来ない。国山陰地方では尼子新宮党が粛清された。子は戦力ダウンだ。 |
| 1211 |
そして瀬戸内側では陶と毛利がドンパチを始めた。分中国地方からの兵力を期待する事は出来ない。、史実通りだけどな。輝は本願寺にも声をかけたようだがその本願寺では八月に宗主・証如が死んで息子の顕如が後を継いだ。 |
| 1212 |
顕如は信長とガチンコ勝負を十年やった剛の者だ。も十二歳、当分実権は無いと見て良い。願寺は当主交代直後、動かないだろうな。っとも顕如が成人していても義輝に協力するかどうかは分からない。 |
| 1213 |
顕如は証如の死の直前に九条稙通くじょう たねみちの猶子ゆうしになっている。子って言うのは猶子なおこの如し。まり兄弟・親類や他人の子と親子関係を結ぶ事をいう。子程ではないがその関係は重い。 |
| 1214 |
父親の証如も九条家の猶子になったそうだから前例に従ったと言えるが九条家と結ぶ事で宮中に味方を作ろうとしたのだと俺は見ている。してこの九条稙通、こいつが問題だ。 |
| 1215 |
近衛と九条は仲が悪いんだが何より拙いのは稙通の娘が三好長慶の弟、十河そごう一存かずまさに嫁いでいる事だ。まり九条家を通して三好と本願寺は親戚関係に有る事になる。 |
| 1216 |
多分、本願寺は三好との関係修復を狙っているんだろうと思う。輝が本願寺を動かすのは無理だ。中工作も余り上手く行かない。 |
| 1217 |
宮中は九条・三好連合対近衛・足利連合の勢力争いになっているがどいつもこいつも九条と三好の顔色を窺っているばかりで旗色は悪い。衛晴嗣がこの正月に従一位に昇叙しょうじょし前嗣に名前を変えた。 |
| 1218 |
目出度い事だけど何の役にも立たん。言うより晴嗣は足利義晴、つまり義輝の父親の名前から一字貰った名前だ。れを変えるってどういう事だ?頭痛いわ、宮中を近衛・足利で纏めるのは無理かもしれん。 |
| 1219 |
しかしなあ、和睦を諦めるわけにもいかん。爺が見兼ねて山科言継やましな ときつぐ、葉室頼房に協力を依頼している。爺の妻、つまり俺にとって祖母にあたる女性は葉室頼房の姉にあたるらしい。 |
| 1220 |
山科の妻も同様だ。科は権中納言、葉室は参議の地位にあるが上手く行くかどうか……。なるとやはり宮中では無く皇室に密着するしかないな。々叔母ちゃんが頼みだ。 |
| 1221 |
今度は布団を一式送ってやろう、まだ寒いからな、喜ぶ筈だ。殿、お茶を」「うむ」キリがドクダミ茶を足してくれた。年で十四歳か。だ幼げな感じのするこの女の子がくノ一だって言うんだからな。 |
| 1222 |
世の中分からん。人しい感じで綾ママも気に入っている。年一年の目立った成果っていうと硝石の作成を始めた事と八門を得た事。れと新たに若狭の商人古関利兵衛、田中宗徳と商売を始めた事だけだ。 |
| 1223 |
利兵衛には山陰筋、宗徳には羽前、羽後方面、現代の山形、秋田方面から物産を持ってきてくれと頼んでいる。益は出るだろうな。が大勢には影響がない。年の成果は目目叔母さんが子供を産む事だけだろう。 |
| 1224 |
先が見えん。息しか出ない。文二十四年(1555年)九月下旬近江高島郡朽木谷岩神館朽木稙綱「宗滴が死んだか……。念な事だ」公方様が力なく呟いた。臣達は皆声が出ない。だ黙って俯いている。 |
| 1225 |
越前朝倉家の名将、朝倉宗滴がこの九月の上旬に亡くなった。年七十九。倉家の武威を上げ家格を上昇させた武将だった。人にとっては十分に満足な一生であろう。が公方様の御落胆は……。朝倉は……、どうなるかのう」。 |
| 1226 |
「新たに朝倉右兵衛尉あさくらうひょうえのじょう景隆かげたかなる者を総大将にし加賀の一向一揆と戦っているようにございます」「そうか……。は遠いのう、左衛門尉」「……」。 |
| 1227 |
普段楽天的な三淵みつぶち弾正だんじょう左衛門尉さえもんのじょう藤ふじ英ひで殿も声が出ない。倉は七月に宗滴を総大将にして加賀一向一揆と戦いを始めた。 |
| 1228 |
竹若丸の朝倉は京に兵を出すより加賀と戦うと予想した通りになった。っとも公方様は宗滴が一向一揆を打ち破った後、上洛するのではないかと期待した……。 |
| 1229 |
一向一揆討伐は上洛のための前準備、後顧の憂いを無くすためだと……。かし宗滴は死んだ。倉家の実力者、宗滴が死んだ以上朝倉家には大きな変化が現れる筈じゃ。 |
| 1230 |
それが如何いうものになるのか、現状では全く見えぬ。れが見えぬ以上、公方様も動きようが無い。臣達が俯いているのもその所為であろう。方様も御運が無い、裏目裏目に全てが動く。 |
| 1231 |
「公方様、気を落とされてはなりませぬ。後の長尾弾正殿を始め公方様に心を寄せる者は多うございます。の者達の力を集め京へ御帰還なされませ」細川兵部大輔殿が公方様を励ました。 |
| 1232 |
細川殿と三淵殿は異母兄弟と聞くがなるほど、顔立ちだけでなく公方様への忠義の強さも良く似ている。そうよのう、兵部大輔の言う通りだ。落ちしてもいられぬな。…民部少輔、竹若丸は如何した?」。 |
| 1233 |
「竹若丸は朽木城に居りまする。だ若年なれば学問に励まなければなりませぬ。頃は兵書でも読んでおりましょう」「そうであった、あれは未だ七歳であったな。 |
| 1234 |
未だ学問に励む年頃か」公方様が苦笑されると幕臣達から笑い声が起きた。囲気が明るくなった所で公方様の御前おんまえから下がった。木城に戻り竹若丸の部屋に行くと竹若丸は算盤をぱちぱちと弾いていた。 |
| 1235 |
「精が出るの」「御爺か……。リ、キリは居らぬか」竹若丸が声を張り上げると若い侍女が部屋にやってきた。御爺に焙じ茶を用意してくれ」「はい」茶を用意するというのは話が有るという事か。 |
| 1236 |
傍に座ると直ぐに話しかけてきた。御爺、中国方面は瀬戸内沿いの米は駄目だな。利と陶の戦の所為で値が上がっている。前、加賀、越中、越後も駄目だ。波も戦続きで土地が荒れているから駄目だ。 |
| 1237 |
比較的安いのは近場では伊勢、それと美濃、近江だな。し離れた所で山陰だ。年はそこから米を買う事になりそうだ」「そうか」竹若丸が儂を見た。朝倉の宗滴殿が死んだな」。 |
| 1238 |
「うむ、死んだ。方様は酷く気落ちしておられる」「当てには出来ぬと言った筈だ」「うむ、そうじゃの」侍女が焙じ茶を持ってきた。口飲む、口中の苦みが消えるような気がした。 |
| 1239 |
「如何なる? 朝倉は加賀の一向一揆に勝てるか?」問い掛けると竹若丸が視線を伏せた。……なあ、御爺。はもう朝倉は当てにならんと思う」「……」。 |
| 1240 |
「宗滴殿が大き過ぎた。の所為で朝倉は全てを宗滴殿に任せてしまった。滴殿が生きている内は良かったが今は後を継ぐ人間が居らん」「居らぬか?」。 |
| 1241 |
竹若丸が儂を見て息を吐いた。居るなら宗滴殿が八十近くになって自ら戦の指揮を執るか? 居らぬから宗滴殿が指揮を執ったのだ。分自分の死後、朝倉は危ういと思ったのだろうな。 |
| 1242 |
だから生きている内に一向一揆を叩いておこうと考えたのだと俺は思う。滴殿は上洛など微塵も考えていなかったと思うぞ」今度は儂が息を吐いた。 |
| 1243 |
竹若丸が朝倉の動きを勝手に上洛に結び付けた公方様、幕臣達を苦々しく思っているのが改めて分かった。実を見ろ、そう言いたいのであろう。 |
| 1244 |
「俺は大名も公家も当てにはせん。、三好の顔色を窺うだけだ。衛を見ろ、三好・九条に敵わぬと見て名を変えて足利との繋がりを少しでも切ろうとしている。 |
| 1245 |
飛鳥井も同様だ、皇子が生まれて保身に走った。家とも公方様を京へ戻すための動きなど何もしておらぬぞ。には中々上手く行かぬ等と書いて寄越すがな」吐き捨てるような口調だった。 |
| 1246 |
余程に憤懣が溜まっている。では如何する? 公方様をこのまま朽木に御留めするか?」「……御爺は公方様を京へ御戻ししたいのであろう?」「出来る事ならな。が無理はせずとも良い。 |
| 1247 |
朽木は小さいのだ。来る事には限りが有る」武家が頼りにならぬ以上朝廷を使って公方様を京へ戻そうとした。のために努力をしたが実を結ばない。 |
| 1248 |
唯一の成果は目々典侍が永なが仁ひと皇子おうじを生んだ事だけだ。皇家との縁は強まったが公家達が公方様を戻す方向で纏まらないため朝廷の意向という形で三好に圧力をかけられずにいる……。 |
| 1249 |
元々朽木だけで出来る事ではない。名達が動かぬ以上朽木には何も出来ぬ。れ以上朽木に、竹若丸に負担をかけるべきではないのかもしれない。方様を京へ戻したいと言うのは儂の我儘なのだろう。 |
| 1250 |
そして将軍家がここまで朽木を頼るのも儂に責任がある。が将軍家に近付き過ぎた……。俺はもう嫌だ。が向けば呼び出されて大名達が言う事を聞かぬと愚痴られる。に何が出来る? 本当の事を言えば嫌な顔をされる。 |
| 1251 |
黙って聞いているか出来もせぬ法螺話を吹くしかない。句の果てには俺に近江半国も有ればと言われる。木が小さい事を暗に責められるのだ。ンザリだな。爺のためではない、俺のために公方様を京へ戻す」。 |
| 1252 |
「……しかし、手が有るか?」竹若丸が唇を噛んで黙り込んだ。はり無いか……。一つ考えている事が有る。し、金がかかる」ゆっくりとした口調だった。なり思い詰めている。それは?」「帝だ。れ多い事では有るが帝を利用する」帝?。 |
| 1253 |
しかし公家達が足利に付かぬ以上難しい筈だが……。帝はもう五十歳を超えた。替わりが有るかもしれん」「代替わり? つまり方かた仁ひと親王しんのうが即位されると?」「うむ」帝の崩御は有り得ぬ事ではないが……。 |
| 1254 |
「即位には金がかかる。して朝廷には金が無い」「まさか……」声が震えた。若丸が頷いた。朽木が金を出す。千五百貫は要るだろう。がそれだけの価値は有る。 |
| 1255 |
帝は、いや朝廷は朽木を無視出来ない。分官位を寄越すだろうな。が俺はそんなものは受け取らん」受け取らん、強い口調だった。 |
| 1256 |
「……和睦だな」「うむ、それを要求する」「しかし、朝廷が動くか? 九条、三好が反対するかもしれんぞ」「可能性は有る。の時は朽木は朝廷と、帝と縁を切る。 |
| 1257 |
その事は即位式を挙げた後、飛鳥井、近衛に伝える。鳥井と近衛は必死に九条と三好を説得するだろう」「なるほど」今の帝は十年間即位式を上げられなかった。 |
| 1258 |
それ程に朝廷は困窮している。木が見捨てると言えばどうなるか? たかが近江の小領主の要望さえ叶えられずに見捨てられたのかと皆から誹られるだろう。 |
| 1259 |
帝のために献金する大名など居なくなるに違いない。々官位欲しさの献金だけになる。廷は益々困窮する……。俺は金を稼ぐ。の時のためにな。 |
| 1260 |
そして金で和睦を買う。方様は嫌がるかもしれん。れでも俺はやる」竹若丸が儂を睨んでいた。が反対してもやるだろうな。 |
| 1261 |
「分かった、その時は儂が公方様を説得する。のまま朽木に埋もれるよりはずっとましな筈だ。分にやれ」お怒りになるだろう、だが儂が説得する。 |
| 1262 |
それぐらいしか儂には出来んからな……。治三年(1557年)七月下旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸最近は算盤を弾く事が楽しみになってきた。チパチパチパチ。 |
| 1263 |
無心に仕事が出来るし金が貯まって行くのを確認出来るのは悪い気分じゃない。味も無く金を貯めているわけではないというのも良い。の即位式のための金だ。備は十二分過ぎる程に出来た。 |
| 1264 |
後は帝の代替わりを待つだけだ。家が役に立たない、公家が役に立たない、八方塞がりかと思ったんだが目目叔母ちゃんが子供を産んだ事である事に気付いた。 |
| 1265 |
生まれた子は男子、永なが仁ひとと名付けられたんだが方かた仁ひと親王しんのうの第二皇子なんだな。一皇子が誠さね仁ひと親王しんのう。の誠仁親王だが後年、信長がその時の天皇にこの親王に譲位しろと迫ったと記憶している。 |
| 1266 |
つまりその時は方仁親王が天皇だったわけだ。あそりゃそうだよな、今の帝はもう五十を過ぎている。替わりが有ってもおかしくは無い。なるとだ。時それが起きるかだ。長の上洛以降は代替わりは無かった。 |
| 1267 |
という事はそれ以前、つまり千五百六十九年より前だ。ームとかでも天皇崩御というイベントは余り記憶にない。こから考えると桶狭間の戦いよりも前という事になる。 |
| 1268 |
桶狭間が千五百六十年、今は駿河の太原雪斎が死んで斉藤道三も死んだから大体千五百五十七、八年。んなところの筈だ。 |
| 1269 |
つまりもうすぐ天皇崩御が有る、方仁親王が即位して正親町天皇になるという事だ。こまで考えて即位式に気付いた。の時代の朝廷は困窮が酷い。 |
| 1270 |
大体結婚式が出来ない。皇の后と言えば昔は皇后だの中宮が居たが今は居ない。がかかるので維持出来ないのだ。から目目叔母ちゃんも典侍という女官のポストに居る。 |
| 1271 |
その方が安く上がるからだ。まれてきた皇女も殆どが尼寺行きだ。が無いから結婚式が出来ない、だから結婚させずに尼寺行きという事になる。然だが帝の即位式も同じだ。 |
| 1272 |
今の帝は十年間即位式が出来なかった。地の大名に献金して貰ってようやく出来たそうだがそれでも十年かかった。家にとっては即位式に金を出すくらいなら軍備に金をかけた方がましだという事だ。 |
| 1273 |
つまり、金さえあれば朽木でも即位式に金を出せるという事になる。が無くて困っているんだからな。こから和睦に持って行く。条や三好が文句を言うかもしれないが京を押さえているのは三好だ。 |
| 1274 |
その三好が金を出さないのだ、だから俺が出す。れだけの事だ。句があるなら三好が、九条が金を出せば良かったのだと言うだけだ。漕あこぎに稼いだわ。酒、椎茸では足りない。 |
| 1275 |
だから米で儲けた。争が有る所に米を持って行って売る。木が表に出るのは拙いと思ったから八門にやってもらった。、毛利、尼子、それに甲斐の武田と若狭の武田。 |
| 1276 |
思いっきり売り付けた。好にも売った。波でだがな。屋、古関、田中を使って清酒用の米も買い占めていたから畿内から中国地方にかけて米の値段がとんでもなく跳ね上がった。 |
| 1277 |
今年もまたやらなければならん。利は陶を厳島で破って中国統一の真っ最中だった。争続きでガンガン米を買ってくれた。に石見銀山を手に入れてからは金払いが良かった。 |
| 1278 |
ほんとお得意様だ。の残党と尼子も買ってくれた。中も必死だ。ければ後が無い、金に糸目を付けずに買ってくれた。国方面は大儲けだ。斐の武田は酷かった。 |
| 1279 |
あそこは元々米が採れない。水で飢饉続き、貧しいから外に出て行くんだが当然だが兵糧も不足しがちだ。こで米を売り付けたんだが連中、捕虜やその家族の女子供を売り飛ばして金を作りやがった。 |
| 1280 |
なんて言うか豊かになるために戦争しているのか米の代金払うために戦争しているのか分からない感じだった。しいって事がいかに苦しいかは分かる。れに付け込んだ俺に武田を非難する資格が無い事も理解している。 |
| 1281 |
だがなあ、あれはあんまりだわ。難はしない、いや出来ない。も好き嫌いは別だ。は武田信玄を好きにはなれんし尊敬も出来ん。っとも俺に嫌われても信玄は気にしないだろうがな。 |
| 1282 |
義輝は感情の起伏が激しくなった。ょっとしたことで喜んだり泣いたり怒ったりする。年は四月に朝倉と一向一揆の戦いの仲裁をした。倉は宗滴の死後一向一揆に勝てなくなってしまった。 |
| 1283 |
もう上洛は無理だって義輝も分かったんだろう。裁する事で将軍の権威を高める、それくらいしか出来なかった。っかりしたんだろう、毎日グチグチ言っていたな。 |
| 1284 |
暮れに大友宗麟が鉄砲を献上してきた時は大喜びだった。砲そのものは朽木にもある。が九州から義輝に贈ってきたというのが嬉しかったらしい。 |
| 1285 |
暫くはご機嫌だったが直ぐに近隣の大名は怪しからんと怒り出した。実と自分の思い描く理想の間にギャップが有りすぎるんだろうな。 |
| 1286 |
おまけにこの世界、カウンセラーとか居ないからこの手の病気は酷くなるだけだ。近じゃ酒の量が増えてきた。間から飲んでいる時もある。 |
| 1287 |
やりきれないんだろうな。んで暴れるような事は無いが泣き出す。後は泣きながら寝てしまう事も有るらしい。きると照れ隠しなのか剣術に励む。 |
| 1288 |
周囲には飲ませるなと注意したんだが止められんようだ。年の四月には足利尊氏の二百回忌法要を朽木で行った。ざわざ足利氏の菩提寺である等持院から坊主を呼んで行った。 |
| 1289 |
質素になんか出来ないって義輝が言うから派手にやったよ。然費用は朽木持ちでな。主共にもお布施をたっぷりとくれてやったさ。コニコ顔で帰って行ったな。 |
| 1290 |
義輝は感情が昂ぶったのか法要の間に三好を叩き潰すと宣言したり尊氏に泣きながら懺悔したりと大変だった。ってられん。と思うと直ぐに近衛が屋敷が火事で焼けたとか言って泣きついてきた。 |
| 1291 |
碌に協力もしないで金だけは要求しやがる。が立ったがこれも投資だと割り切って援助した。が必要だっていうのに俺が稼いだ金を自分の金だと勘違いしている奴がいる。の方が泣きたい。 |
| 1292 |
御爺が可哀想だ。々酷く切なそうな顔をする。木を守るために足利を頼ったんだろうが今じゃ足利が朽木を頼っている。鹿馬鹿しい話だ、天下の将軍が僅か八千石の朽木に頼っているんだからな。 |
| 1293 |
御爺にしてみれば俺に負担をかけるだけだと思っているんだろう。が足利への想いも捨てられない、そんなところなんだと思っている。には何も出来ん。めたって御爺は傷付くだけだ。 |
| 1294 |
一緒に安曇川あどがわに行って魚釣りで気晴らしするのが精々だ。目には仲の良い祖父と孫に見えるだろう。っそ八門を使って帝を暗殺するか、そう思う時もある。がなあ、リスクが大き過ぎる。 |
| 1295 |
果報は寝て待てじゃないが我慢するのも作戦だ。う思って自分を納得させている。…本当にやってみようか。うせ一年か二年、早まるだけの事だ。 |
| 1296 |
義輝が銭で和睦を買うのかと文句を言ったら帝を殺したのは俺だと言ってやろう。前が弱いから帝を殺したんだと。何なるかな? 義輝は発狂するかもしれない。 |
| 1297 |
俺を斬るかもしれない。れも良いかもしれないな。られる寸前は胸がすっきりとしているだろうしあの若造の性根を鍛えるには良い試練になるだろう。談抜きで笑いながら死ねるかもしれない。 |
| 1298 |
……いかんな、段々考えが極端になっていく。険な傾向だ。爺を誘って釣りにでも行くか。治三年(1557年)九月中旬近江高島郡朽木谷朽木城朽木綾「母上、竹若丸です。邪魔しても宜しいですか?」。 |
| 1299 |
「どうぞ、構いませんよ」戸が開いて竹若丸が梅丸とともに部屋の中に入ってきた。日この部屋に来るのはこれが二度目、子供らしく甘える事の無い息子が一日に二度訪ねて来る、一体何が有ったのか。少不安を感じた。 |
| 1300 |
竹若丸が座りその背後に梅丸が座った。丸はもう十一歳、身体も大きくなり元服も間近だと聞いている。母上、京の飛鳥井家から文が届きました。が崩御されたそうです」「まあ、崩御!」。 |
| 1301 |
「文にはこれから葬儀、即位でかなりの物入りだと書かれてありました。位に費用がかかるのは分かるのですが葬儀にもかかるのでしょうか? 某は良く分からないのですが……」珍しい事だ、竹若丸が困惑している。 |
| 1302 |
「かかりますよ、大体一千貫ほどかかると聞いています。土御門帝の時は畏れ多い事ですが費用が足りなくて葬儀がかなり遅れました。のため御遺体がかなり傷んで酷い事になったと聞いています……。 |
| 1303 |
御いたわしい事です。回もどうなる事か……。上も心を痛めておりましょう」梅丸が“一千貫”と呟いた。いたのだろう。若丸は、……驚いてはいない。の子は何時驚くのか……。 |
| 1304 |
元々葬儀の費用は足利家が用立てていた。も応仁の乱以降の混乱で足利家の力が弱まり朝廷にまでその影響が及んでいる。将軍家は京に居らず朽木に居る。 |
| 1305 |
一体その事が葬儀、即位にどういう影響を及ぼすのか……。家が文を寄越したのは朽木に援助して欲しいという謎かけなのかもしれない。利尊氏公の二百回忌法要は京でもかなりの評判になったと聞く。 |
| 1306 |
「崩御から次の帝の即位までどのような順序で事が進むのか、母上は御存じですか?」「ええ、知っていますよ。まかに言えば践祚せんそを行い即位を宣言します。 |
| 1307 |
そして葬儀を行い喪に服して先帝の諒闇りょうあんが明けてから行われる御大典ごたいてんへと続くのです」「諒闇? 御大典?」竹若丸が眉を寄せている。 |
| 1308 |
「竹若丸でも知らない事は有るのですね。闇は服喪期間。大典は即位の礼と大嘗祭おおにえのまつりの事です」「その、大嘗祭というのは……」。 |
| 1309 |
「毎年十一月に行われる新嘗祭にいなめさいの事。位後初めての新嘗祭を大嘗祭として特別に行うのですよ」。 |
| 1310 |
「なるほど。…即位の礼は何時頃になるのでしょう? 喪明けというと来年でしょうか?」「来年です。帝の崩御から一年間は服喪期間として即位の礼・大嘗祭は行われません」。 |
| 1311 |
竹若丸が“来年か”と呟いた。お方様は良くご存知ですね」「公家の家には代々の当主の日記が有るのです。れを読めば大体の事が分かります。 |
| 1312 |
そしてそれを読まなければ貴族として必要な知識を身に付ける事が出来ません」梅丸が嘆息を漏らした。直に驚いている。が竹若丸は……。竹若丸殿、葬儀の費用ですが……」。 |
| 1313 |
「本来なら足利将軍家が出す筈ですが今は三好家が京を押さえています」「では三好家が費用を出すと?」「さあ、如何でしょう」竹若丸が口元に笑みを浮かべた。笑? 子供が?。 |
| 1314 |
「ですが某が三好筑前守なら出しません。儀が出来ず御遺体が傷んでも放置します。して如何にもならなくなって帝、公家達が泣き付いて来てから費用を出す。思うでしょうね。 |
| 1315 |
足利では駄目なのだ、三好でなければ駄目なのだと。のうち誰も公方様に関心を払わなくなるでしょう」「……」冷笑だった。御安心ください、母上。儀の費用、一千貫は朽木家が負担します。 |
| 1316 |
叔母上に決して惨めな思いはさせませぬ。のように母上から伝えてください。…行くぞ、梅丸」「はい」そう言うと竹若丸は部屋を出て行った。息が出た。 |
| 1317 |
弘治三年(1557年)十月中旬近江高島郡朽木谷朽木城朽木稙綱「民部少輔殿、竹若丸殿、この度の献金、帝におかれましては殊の外御喜びでございましたぞ。 |
| 1318 |
おかげで葬儀も滞りなく済みました」綾の兄、飛鳥井左衛門督雅教が口元を扇で隠しながら笑い声を上げた。妹の目目典侍からもお二人に宜しく伝えてくれとの事でした」。 |
| 1319 |
「御役に立てた事、嬉しく思いまする」儂が頭を下げると竹若丸も頭を下げた。た笑い声が聞こえた。い気なものだ。さきの帝の葬儀が無事終わった。若丸が用意した一千貫を使ってだ。 |
| 1320 |
それが無ければ葬儀はどうなっていたか……。程に嬉しかったのであろう。廷は綾の兄、飛鳥井左衛門督雅教を朽木に寄越した。の者では公方様に会わずに帰る事が難しいとでも思ったのであろう。 |
| 1321 |
あくまで親族が訪ねてきた、そういう形にしたいようだ。や、雅教が自ら志願したのかもしれぬな。木との関係を周囲に見せつける。んな狙いが有ったとしてもおかしくは無い。 |
| 1322 |
即位式だけを考えていた竹若丸にとって葬儀は予想外の出費だった。が利用出来る、そう考えたようだ。金に迷いは無かった。帝が竹若丸が元服した折には官位を授けたいとも仰せられました。 |
| 1323 |
目出度き限りにおじゃりまするなあ」また笑い声を上げた。伯父上、その儀は御無用に願いまする。、官位欲しさに献金したのではござりませぬ。ひとえに帝の御為を思えばこそ」。 |
| 1324 |
「なんと健気な。…この雅教、感じ入りましたぞ」声を上げ雅教が感極まった様に首を振った。お伺いしても宜しゅうございますか、伯父上」「勿論、何かな?」「御大典は如何なりましょう?」。 |
| 1325 |
雅教の表情が渋みを帯びた。嘆かわしい事でおじゃるが費用が……。のままでは式を上げる事は叶いますまい。儀の事も有りますれば頼み辛いのではおじゃるが朽木家で献金して頂くわけにはまいりませぬかのう。 |
| 1326 |
なに、ほんの少しでも宜しいのでおじゃるが……」遠慮気味に、こちらを窺いながら訊いて来た。るほど、狙いはこちらかもしれぬ。父の自分なら朽木からもっと金を引き出せるとでも売り込んだか。 |
| 1327 |
「竹若丸よ、如何するかな?」「さて。…伯父上、御大典には如何程用意すれば宜しいのです?」「されば、三千貫程有れば……。かし無理であろうのう」切なそうに呟いた。かなかの芝居だ。 |
| 1328 |
こちらの同情を買おうとしておる。若丸がこちらを見た。かに頷いた。定通りか。宜しゅうございます、伯父上」「おお」雅教が儂を見た。の男、未だ分かっておらぬのか。 |
| 1329 |
朽木家の当主は儂ではない、竹若丸だ。と文の遣り取りをしているならその辺りを理解していそうなものだが……。りない事だ。三千貫、朽木が献金致しましょう」。 |
| 1330 |
「なんと、真か?」また儂を見た。朽木家の当主は竹若丸にござる」「さ、左様か。かし……」「御心配には及びませぬ。に用意は出来ております」竹若丸の言葉に雅教がごくりと唾を飲み込んだ。 |
| 1331 |
「但し、条件がございます」「条件?」「左様、公方様の事、お忘れでは有りますまい」雅教の顔が狼狽に歪んだ。あ、いや、それは、なかなか上手くゆかぬのでおじゃる。、三好の顔色を窺うばかりで……」。 |
| 1332 |
慌てる雅教に竹若丸がゆるゆると首を横に振った。伯父上、嘘はお止め下さい。父上が、そして関白殿下が何もしておらぬ事、調べはついております」「……」「過ぎた事を責めようとは思いませぬ。 |
| 1333 |
日の出の勢いの三好に素手で立ち向かうのが難しい事も理解しております」「そ、そうなのじゃ。して和睦の事を諦めたわけではない、ただ三好の勢いが強うてのう……」。 |
| 1334 |
責められていないと分かってほっとしたように雅教が表情を緩めおった。若丸はうんうんというように頷いている。伯父上が和睦の事を諦めていないと分かって安堵いたしました」。 |
| 1335 |
「おお、そうか、分かってくれるか」「はい。らばこの機会、無駄には出来ませぬなあ」「……竹若丸殿」竹若丸が雅教に視線を向けると雅教が幾分気圧されるように姿勢を正した。 |
| 1336 |
「御大典の儀は文武百官打ち揃って言祝ことほぐのが道理。輝公は武の頂点に立たれる方、その方を欠いた御大典など有り得ませぬ。におかれましてもそのような御大典は不本意でござりましょう。 |
| 1337 |
朽木としましてもそのような御大典には献金は出来ませぬ」「……」上手い言い方じゃ、理は竹若丸に有る。るで蛇に睨まれた蛙じゃな。教は身動き一つ出来ぬようになった。 |
| 1338 |
「伯父上、関白殿下にお伝え願いまする。木が献金出来るだけの条件を整えて頂きたいと。れが出来ぬようであれば朽木はもう二度と朝廷には関わらぬと。しゅうござりますな」。 |
| 1339 |
「そ、それは」「当然、飛鳥井家との付き合いもこれまでにござりまする」「ま、待て」青褪めて何かを言いかける雅教を竹若丸が首を振って押し留めた。伯父上、飛鳥井家もここが正念場。 |
| 1340 |
肚を据えてくだされ。睦が成ればこれまで以上に飛鳥井家は重んじられましょう。かしそうでなければ、皆に謗そしられまするぞ。母上の御立場も微妙なものになる」「……」。 |
| 1341 |
凍り付く雅教に竹若丸が笑いかけた。難しく考える事は有りませぬ。廷の御扱おんあつかいなれば三好も義輝公との和睦を嫌とは言いますまい。して御大典がかかっております。 |
| 1342 |
嫌なら三好が銭を用意するだけの事、左様でござりましょう」「そ、そうじゃの」「来年の三月までに和睦を成し遂げていただきとうございます。っかく用意した三千貫、無駄にならぬように願いますぞ、伯父上」。 |
| 1343 |
竹若丸が含み笑いを漏らした。うやく鬱憤が晴れたらしい。大典がかかっている以上、九条も強くは反対出来ぬ。やむしろ九条を使って三好を説得させれば和睦は難しくはなかろう。…それにしても銭の力とは恐ろしい物よ……。 |
| 1344 |
永禄元年(1558年)十二月中旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸永禄元年九月、御大典の儀が執り行われた。帝の崩御から新帝即位、御大典がここまでスムーズに進むのは近年では珍しい事らしい。 |
| 1345 |
何と言っても葬式が出来ないとか御大典が出来ないとかざらにあるからな。くの人間が帝の治世は上々のスタートだと噂している。が飛鳥井雅教を恫喝した後、物事はスピーディに進んだ。 |
| 1346 |
何と言っても帝が動いたからな。大典が行えるかどうかは帝の面子に関わる問題だ。れに義輝抜きでの御大典はおかしいという俺の言い分には誰もが頷かざるを得ない理がある。 |
| 1347 |
直ぐに義輝と三好を和睦させるようにと公家共に命じた。わば勅令だ。うなれば誰も反対はしない。好へと使者が走った。ぐに三好から和睦の条件が提示された。領は細川氏綱とする事。 |
| 1348 |
三好の待遇を改善する事。まり晴元は認められないという事だ。と言っても三好長慶兄弟にとって晴元は裏切者であり父親の仇でもある。底認められない、そういう事だ。 |
| 1349 |
待遇の改善は今後は三好長慶を相伴しょうばん衆しゅうに任命する事だった。の相伴衆というのは幕府における身分・格式を示す一種の称号なのだが任命されるのは管領家の一族や有力守護大名に限定されている。 |
| 1350 |
当然だが朽木の様な小領主が任命される事は無い。好が相伴衆に任命されるという事は三好と細川は同格という事になる。まりこれまで三好は細川配下の陪臣だったが和睦が成立すれば今後は足利将軍家の直臣という事だ。 |
| 1351 |
三好は単独で新政権を作るより幕府内での地位向上を選んだという事になる。が思うに三好は義輝の扱いに正直困っていたのだと思う。元に付いて三好に敵対する事は許さない。が殺すのは拙い。 |
| 1352 |
だから追い払ったがその後の手が無い。何したものか。んなところだったのだと思う。廷からの和睦の打診は三好には渡りに船だった可能性が有る。睦の条件も義輝にとってそれほど厳しいものでは無かった。 |
| 1353 |
三好は和睦を纏めたがったのだと思う。輝は和睦の事を聞いても騒がなかった。いだのは周囲の幕臣達だが義輝はそれを抑え素直に和睦を受け入れた。 |
| 1354 |
朽木に来て四年、どの大名も義輝の要請には応えなかった。段は三好討伐を叫んでいても内心では武力による三好打倒を諦めていたのだろう。川晴元は納得が行かないと言って朽木を出て行ったが誰も止めなかった。 |
| 1355 |
人望が無いよな。が飛鳥井雅教を恫喝したのが十月の中旬、和睦が成立したのが十二月の初めだった。カ月かからないで和睦が成立した。き出すとあっという間だったな。 |
| 1356 |
年が明けると京への帰還だったが六角家が京までの護衛の兵を五百人程提供してきた。にも朝倉、浅井、北畠等が義輝に資金を提供してきた。臣どもは嬉しそうだったが義輝は醒めていたな。 |
| 1357 |
今頃援助をされても、そんな気持ちだったんだと思う。当流の四人は朽木に残る事になった。が京に行く事を止めた。木と京は違う。で陰謀に巻き込まれては新当流そのものに悪影響が及びかねない。 |
| 1358 |
それを言って止めた。輝は寂しそうだったが俺の言う事を道理だと思ったようだ。人に礼を言って朽木に残る様にと命じた。葉は悪いが所詮剣術は朽木だから許された遊びに過ぎなかったという事だ。 |
| 1359 |
義輝は京に帰ると三好長慶を相伴衆に任命した。して長慶は修理大夫に、息子の義興は筑前守に任官した。あ義興は親父の後を追ったというわけだな。 |
| 1360 |
そして義興は御供衆に任命されている。の御供衆というのも御相伴衆のように幕府における身分・格式を示す一種の称号だ。の格式は、御相伴衆・国持衆・準国主・外様衆に次ぐものらしい。 |
| 1361 |
そして如何いうわけか、俺も御供衆に任命された。キを任命して如何するんだと思うが義輝としては俺になんとか感謝の気持ちを表したかったらしい。が出来る事などそれほど多くない。 |
| 1362 |
それで格式だけでもという事になったようだ。回は断ったんだがな、どうしてもと言われて受けた。けば御爺も昔御供衆に任命されたらしい。供衆に任じられると毛氈鞍覆もうせんくらおおいと白しろ傘かさ袋ぶくろの使用が認められるのだがこれって本来は守護が使う物なんだよな。 |
| 1363 |
格式だけは守護並みか。持ちは有難いがあんまり意味は無いな。廷からも元服時には官位を与えるなんて言ってきたがこいつも同様だ。んな事よりも嬉しかったのは義輝が六角、浅井、三好に朽木を大切にするように。 |
| 1364 |
間違っても攻めるような事はしないようにと言ってくれた事だ。輝も朽木の立場が決して安泰ではないと理解していたのだろう。に多額の献金をしている。険だと心配してくれたようだ。 |
| 1365 |
義輝が去って朽木は静かになるかと思ったが一向に静かにならなかった。鳥井の伯父、祖父、そして近衛から文が届いた。いてある内容は同じだ。 |
| 1366 |
和睦が成り義輝が京に戻った以上これからも従来通りの付き合いを望んでいる、そんなところだった。が縁を切ると言った事が余程に堪えたらしい。蔓が無くなると思ったようだ。 |
| 1367 |
目目叔母ちゃんからも文が来た。儀、そして御大典の費用を献金した事について丁寧に礼が書いて有った。して帝が朽木を頼りにしている事、自分達親子も朽木を頼りにしていると書いてあった。 |
| 1368 |
俺だけにじゃない、綾ママにも文を書いた。ママから腹立ちは有ると思うが飛鳥井家と、朝廷と縁を切るような事はしないでくれと頼まれた。ママには心配は要らないと言ったんだけどなかなか納得しない。 |
| 1369 |
仕方ないから綾ママと一緒に飛鳥井と目目叔母ちゃんに文を書いた。んだかなあ。は息子だよ。び付けて馬鹿な事は考えるなと叱り付ければ良いじゃないか。 |
| 1370 |
なんか綾ママは俺に遠慮しているんだよな。っぱり俺って変なのかな。から見ると不気味に見えるのかもしれん。ょっと寂しいな。う少し大きくなれば頼もしく見えるようになるのかもしれん。 |
| 1371 |
……期待薄だな。あ義輝は戻り元号の改元が行われ弘治から永禄へと変わった。大典も無事終了した。下泰平とは言わないがそれなりに落ち着いたと思うんだが朽木城の俺の部屋には辛気臭い顔をした男が十人程集まっている。 |
| 1372 |
もう直ぐ正月だぞ。しは明るい顔をしろ。あ無理だよな、理由が理由だ。重蔵殿、では高島七頭が密かに清水山に集まっていると?」「はい、殿より皆様にお伝えせよと」重蔵が五郎衛門の問いに答えると皆の視線が俺に集中した。 |
| 1373 |
あのなあ、視線っていうのは痛いんだぞ。しは優しい目で俺を見ろ。は君らの主君なんだから。輝が京に戻った後、重蔵を家中の主だった者に引き合わせた。あ皆胡散臭そうな目で重蔵を見たな。 |
| 1374 |
だがな、重蔵が居たから京の動き、六角、朝倉、浅井の動きが把握出来た。渉で有利に立てた。の事を話して受け入れさせた。蔵を忍びだからと言って蔑むのも許さんと言ってある。 |
| 1375 |
そして今しばらくは八門の存在を伏せる事も話した。何故かは理解している。木が忍びを抱えた等と知られたら碌な事にはならん。それと密かに戦の準備を始めております」皆が顔を見合わせた。 |
| 1376 |
「如何見る? やはり狙いは朽木かの」御爺の問いに其々が賛意を表した。木は反高島感情が強いからな。めつける事は無いんじゃないの?。 |
| 1377 |
高島七頭、高島、朽木、永田、平井、横山、田中、山崎の七家の内朽木を除く六家が高島氏の居城、清水山城に集まったらしい。 |
| 1378 |
そして戦の準備をしている。だの合同訓練かもしれない。島連合軍とかいうのを結成した可能性も有る。…だったら密かに戦の準備なんてする筈は無いよな。 |
| 1379 |
「連中、朽木に対してかなり不満を持っております。れまでは公方様が朽木に居られましたゆえ手出しは控えてきたのでしょうが……」宮川新次郎頼忠の言葉に皆が頷いた。 |
| 1380 |
「領民達が落ち着かぬそうです。木に比べて税が高く暮らし辛いと不満が高まっているとか。げ出して朽木に来る者もいるようですな」大叔父の言葉に皆がまた頷いた。 |
| 1381 |
税が高いのは俺の所為じゃない、そう言いたかったが五郎衛門が“朽木は税が安いですからな”と言ったので言うのを止めた。かに朽木は税が安い。民達から見て不公平感は強いだろう。 |
| 1382 |
治める側から見れば遣り辛いのは間違いない。に住民達が逃げ出すというのは労働力、生産力が減少するという事でも有る。置は出来ない、そう考えた筈だ。も戦争? 何というか、ピンと来ないな。 |
| 1383 |
「高島だけの問題では無かろう。屋に聞いたが若狭からも民が朽木に流れているそうじゃ。そこは近年内乱続きで国が治まらぬからの。の所為で税を重くせざるをえん。 |
| 1384 |
いずれは武田から苦情が来よう」御爺が渋い表情をしている。田から苦情? 俺の方が苦情を言いたいわ。の馬鹿共の内輪揉めの所為で若狭を使った交易がし辛くなっている。 |
| 1385 |
営業妨害だろう。朽木から銭を脅し取ろうとでもいうのかな。かしなあ、一昨年から散々使ってきたから朽木には銭は無いぞ。折り損のくたびれ儲けになりかねん。 |
| 1386 |
連中に忠告してやるか」良い案だと思った人間は誰もいないらしい。意が一つも無かった。あ俺も期待してはいなかったけどね。れどころか溜息を吐く奴が居た。 |
| 1387 |
「殿、殿の冗談、多分冗談だとは思いますが笑えませぬな」「冗談というわけでは無いが。…そうか、面白くなかったか、平九郎。念だ」荒川平九郎長道。 |
| 1388 |
朽木家では御倉奉行を務めている。わば経理と購買の担当だ。真面目で計数に明るい、うってつけの人材だろう。木の財政状況を誰よりも理解している。 |
| 1389 |
但し欠点は冗談が通じない事だ。っきも溜息を吐いていた。確かに朽木の蔵から銭が大量に出て行き申した。かしそれでも他家に比べれば遥かに大量の銭が残っております。 |
| 1390 |
それに当家には干し椎茸、澄み酒を始めとして様々な収入がござる。が無い等と言っても誰も信じませぬな」分かったよ。んな言い方をしなくても良いだろう。 |
| 1391 |
金が有るのは悪い話じゃないぞ。は貧乏は嫌いだ。蔵がニヤリと笑った。計な事を言うなよ、重蔵。木には平九郎の知らない金が有る。蔵達八門が預かる金、いわば朽木の裏金だ。 |
| 1392 |
八門に米の売買をさせた時、当初八門からは評判が悪かった。うだよな、忍びに米の売買なんて彼らが嫌がるのも無理は無い。かしその金の一部が葬儀、御大典の費用になった。 |
| 1393 |
要するに和睦に繋がったのだ。中が驚いたのは言うまでもない。して激しく喜んだ。分達の生み出した金が天下を動かしたのだからな。して八門は金の力というものに目覚めた。 |
| 1394 |
米の売買のために預けた金はその大部分を八門がまだ持っている。して八門はその金を利用して経済活動を始めた。論諸国の大名の情報を探るのが主目的で経済活動はそれを補うためのものだ。 |
| 1395 |
俺もそれを認めている。が次第にその金は増大している……。ずれは八門は表に出して経済活動を主目的とする組織にした方が良いかもしれんな。和になればそうしよう。 |
| 1396 |
「平九郎殿の言う通りですな、誰も信じませぬ。れに銭だけでは有りませぬぞ、殿。木には様々な産物がござる。砲も有れば刀鍛冶も居る。 |
| 1397 |
高島達の狙いはそちらやもしれませぬ」宮川新次郎頼忠、お前は十歳の主君を苛めて楽しいか? 段々俺が余計な事をしたからトラブルに巻き込まれている、そんな感じがしてきたぞ。 |
| 1398 |
俺は諸悪の根源か?「御爺、高島越中という男は如何いう男だ?」「強欲、吝嗇、小心、嫌な男よ」御爺が心底嫌そうに答えた。がへの字になっている。程に嫌な男なのだろう。が強欲、小心か……。 |
| 1399 |
妙な話だ、高島七頭は朽木を除いて六角に臣従している。欲、小心……。殿の事を大分嫌っているようですぞ」「どういう事だ、重蔵」俺が問い掛けると重蔵がニヤニヤと笑い出した。 |
| 1400 |
「高島七頭の頭領は己だと自負しております。と言っても佐々木越中守ですからな。かし世間では殿の名の方が評判が高い。れに殿は元服前にも拘らず御供衆に任じられております。 |
| 1401 |
面白くありますまいなあ」だからそんな御供衆なんて面倒な物は要らなかったんだ。輝の馬鹿野郎。木の事なんて忘れて女遊びでもしてれば良いのに……。な所で律儀なんだから……。 |
| 1402 |
それにしても高島越中、強欲、吝嗇、小心の他に嫉妬深いも有ったか。間のクズだな。点が見つからん。それにしても妙な話ですな。方様からは朽木を攻めるなというお達しが有った事は高島も知っておりましょう。 |
| 1403 |
朽木を攻めれば御咎めが有る筈ですが……」「煽る人間が居るのだろう。れ以外は考えられぬ」大叔父と御爺が話している。も同意見だ、小心な高島を煽った人間が居る。 |
| 1404 |
連中が六角に臣従している以上六角以上の力を持つ者。いは六角そのものが煽ったか……。かし理由は? 金? 鉄砲?「六角やもしれませぬな」重蔵が六角の名を出した。もそれを窘めない。 |
| 1405 |
同じ事を考えていたのだろう。義輝公を京へ御送りしたのは右衛門督です。の時義輝公は大分殿の事をお褒めになったとか。に近江半国も有ればと仰られた事も有ったようです。 |
| 1406 |
六角家としては面白くありますまい」溜息が出た。だけじゃない、他にも溜息を吐いている人間が居る。輝の奴、本当に碌な事をしない。衛門督? 短慮でお馬鹿な六角義治だぞ。 |
| 1407 |
そんな事を言ったらどうなるか……。談抜きで義輝は朽木の祟り神だ。かも本人に悪意が無いから始末が悪い。戦の準備をせねばなるまい」俺が言うと皆が頷いた。 |
| 1408 |
「厳しい戦になりますな。こうは最低でも一千は出しましょう。そらくは一千二百から三百。ちらは三百、四倍ですな」五郎衛門の言葉にまた溜息が聞こえた。も溜息を吐きたい。 |
| 1409 |
「籠城だな」「御爺、籠城の準備はした方が良いが俺は外で戦うぞ」皆がぎょっとしたような表情をした。籠城などすれば六角の思う壺よ。裁と称して和睦をさせ恩に着させるであろう。 |
| 1410 |
詰まるところは六角への臣従になる。い様に利用されるだけだ」彼方此方で唸り声が聞こえた。しかし、勝てるか? 相手は四倍の兵ぞ」「さあて、如何かな。が朽木城への道は幅が無い。 |
| 1411 |
敵が押し寄せて来るなら少数でも戦い様は有ろう。は天気だな、晴れれば野戦の方が勝ち目は有る。なら已むを得ん、籠城だな。して将軍家に仲裁を頼む」皆が頷いた。 |
| 1412 |
「鉄砲を使うか」「まあそうだ。郎衛門の日頃の鍛錬の程を見分しよう」俺が言うと五郎衛門が大きく頷いた。木の鉄砲は既に二百丁を超えた。力は十分に有る。 |
| 1413 |
そして敵は四倍と言っても六家集まっての事だ。大は高島だろう。いつが三百から四百。りは平均して二百程度。撃喰らわせれば損害の多さに蒼褪めるだろう。 |
| 1414 |
戦意喪失、後ろに隠れるに違いない。するに天気と場所、後は先手を取れるかで勝負は決まる。重蔵」「はっ」「連中の領地で噂を流せ」「どのような」「朽木を攻めれば将軍家、六角家からきついお叱りを受けよう。合によっては潰されるやもしれぬと」。 |
| 1415 |
「はっ」嬉しそうにするな、自分が悪人になった様な気がする。それとあそこの家は損害を出すのを恐れている。気で戦うのか怪しい。…これは適当に名を選んで流せ。し高島の名は必ず入れよ」「はっ」。 |
| 1416 |
「高島越中は他の者に戦いを押付け自分は楽をしようとしている」「高島以外に流すのですな」「高島にも流せ」皆が驚いた様な表情をしている。 |
| 1417 |
高島越中が噂を打ち消そうとすれば、軍を一つにしようとすれば自らが先陣を切って戦わざるを得ない。こを鉄砲隊で叩く。大兵力を持つ高島が崩れれば残りは及び腰になるだろう……。 |
| 1418 |
後は例年通り、飛鳥井、朝廷、そして義輝に清酒と干し椎茸を送る。ちらが何も気付いていないと思わせるためにな。いはおそらく年が明けてからだろう。月早々こちらの油断を突く、そんなところだろうな。 |
| 1419 |
永禄二年(1559年)一月下旬近江高島郡朽木谷朽木城竹若丸永禄二年は穏やかに始まった。つも通り松の内は新年の挨拶と御祝いだ。からは飛鳥井、目目叔母ちゃん、義輝から酒と椎茸への礼状が届いた。 |
| 1420 |
義輝からは朽木が懐かしいと書いてあった。では色々としきたりがやかましい。浪の身ではあったが自由気ままだった朽木時代が懐かしく感じるようだ。れと近衛前久の妹と結婚する事になったと礼状には書いてあった。 |
| 1421 |
義輝の母親も近衛の出だ。利は二代に亘って近衛と縁を結ぶ事になる。島七頭はそれぞれが密かに戦の準備をしている。木は兵農分離で傭兵主体だが他は農民を使っての戦だ。繁期は無理だし正月も嫌がられる。 |
| 1422 |
そういうわけで松の内は平穏無事に済んだが松の内が明けると直ぐに連中が動いた。家合同で朽木に使者を寄越してきた。者達の持って来た話は朽木の所為で自分達は酷い迷惑を被っているというものだ。 |
| 1423 |
連中の言い分を現代風にアレンジすると次のようになる。お前勝手に税率下げてんじゃねえよ、このボケナス!』『お前の所為で俺達は悪政を布いてる、住民を虐待してるって言われてんだぞ、このボケ。 |
| 1424 |
風評被害だろうが!』『住民が逃げ出してんだよ、このカス! どうすんだよこれ! 人口減少で税収が減るだろうが! 軍事力も低下だ! このままじゃ他の都市に強制的に吸収合併されちまうじゃないか! 俺達殺されちゃうよ? お前責任取れるの? ケンカ売ってんのか?』『関所を勝手に廃しやがって商人は皆お前の所に行っちまって俺達の所には来なくなっちまっただろうが。かげで物価が上昇してとんでもねえ事になってんだよ。前共存共栄って言葉知らねえのか? 自分だけ良ければみたいな事やってるとマジで殺すぞ?』。 |
| 1425 |
『足利とか朝廷にチヤホヤされていい気になってんじゃねえよ。れは高島七頭の問題だからな。利とか朝廷にチクってんじゃねえぞ』なんて言うか、朽木って本当に酷い奴だな。瞬だがそう思ってしまった。 |
| 1426 |
まあ連中からするとそれが事実であり真実なんだろう。中の要求だが被った損害を賠償しろという事だった。償金額はそれぞれに対して一千貫、合計六千貫というものだ。然だが断った。重にね。 |
| 1427 |
『当社の経営方針は斬新では有りますが極めて真っ当なもので法律に触れるような事は一切しておりません。礼ですがそちら様の御要望には一切根拠が無いと判断します。 |
| 1428 |
よって当社が皆様にお金を支払わなければならないような義務、責任は全く生じません。日は御疲れ様でした。を付けてお帰り下さい』まあこんな感じだな。中はプンプン怒りながら帰って行った。 |
| 1429 |
一応手土産は渡した。じ茶と玄米茶とゲンノショウコの三点セットだ。廷、幕府では焙じ茶と玄米茶が大評判だ。ばしさが喜ばれている。れでも飲んで少し落ち着け、そんなところだ。 |
| 1430 |
現代社会ならこれからは法廷で会いましょうになる。かし今は戦国時代だ。廷論争は面倒くさいし時間がかかる。っ取り早く戦場で、殴り合いで決めましょうという事になった。 |
| 1431 |
なんて言うか、戦争ってこんな感じで始まるんだと新鮮な驚きが有った。史の授業じゃ分からん事だな。いう事で今は戦の準備なのだがちょっと揉めている。竹若丸様、某も戦にお連れ下さい」。 |
| 1432 |
“某も”、“某も”と声が上がる。丸を始め小姓達だ。の部屋にまで来て訴えてきた。駄目だ。の方等は元服前だ、城に居よ」不満そうな顔をしても駄目だ。均年齢で十歳ぐらいだぞ、連れて行けるか。 |
| 1433 |
「殿も元服前です」俺は殿だから良いんだよ、そう言いそうになって慌てて飲み込んだ。キどもには理を分からせないと。俺は朽木の当主だ。臣達を戦場いくさばに送る以上、見届ける義務が有る。 |
| 1434 |
それに鉄砲隊を作ったのも俺だ。果の程を見届けなければならん。うであろう、五郎衛門」五郎衛門が渋々頷いた。正直に申し上げれば某は殿の出陣に賛成出来ませぬ。かし殿の申される事は道理と心得ます」。 |
| 1435 |
「分かったか」俺が駄目を押すと小姓どもが渋々頷いた。しかし殿、まことその格好で戦をなさるので?」「うむ」五郎衛門が顔を顰めた。が身に着けているのは胴回りと脛当てだけだ。 |
| 1436 |
「太刀は如何なされます」「要らん、脇差だけで良い」溜息を吐くな、ゲジゲジ眉毛。キなんだからしょうがないだろう。いの付けたら動けないんだよ。 |
| 1437 |
大体俺が使う馬は未だ子馬だ。が潰れたら如何する? 万一の場合逃げられんぞ。れに太刀だって俺に武者働きなんて出来る筈がないんだ、邪魔になるだけ、要らん。 |
| 1438 |
……いっそ平服で行くか。竹若丸殿、入りますよ」綾ママが入ってきた。リも一緒だ。しい事だ、綾ママが俺の部屋に来るなんて。姓共も吃驚している。で姿勢を正して迎え入れた。 |
| 1439 |
綾ママ今日も綺麗だ。ジゲジ眉毛、綾ママに見とれてるんじゃない。如何されました、母上」「戦に出ると聞きました」あら、心配してくれるのかな。ょっと嬉しいぞ。 |
| 1440 |
「はい」「相手は四倍を超えると聞きました」綾ママが心配そうな顔で五郎衛門を見た。…馬鹿野郎、なんか言えよ、ゲジゲジ眉毛。ママが不安に思うだろう。 |
| 1441 |
「ご安心ください、母上。木は負けませぬ。うであろう、五郎衛門」「……勿論でございます」「でも」駄目だ、納得していない。ジゲジ、お前が一瞬間をあけるからだ。 |
| 1442 |
「四倍を超えるとは言いますが所詮は烏合の衆、畏れる事は有りません。きのめしてやります」綾ママが少し俯いて息を吐いた。…逆効果だった?「……武運を祈っていますよ、竹若丸殿」。 |
| 1443 |
「はい、有難うございます」綾ママとキリが出て行くと部屋には微妙な空気が残った。郎衛門が咳ばらいをした。だよ、ワザとらしいな。殿、少しは弱い所を御方様に御見せなされませ。 |
| 1444 |
殿は少し強過ぎまするぞ」「如何いう意味だ、五郎衛門」「母親という生き物は子供の弱い姿を見て安心致しまする。の子には自分が必要だと思うのでござる。すが殿は……」。 |
| 1445 |
弱さを見せないから自分が必要無いと思うか……。……五郎衛門、俺は朽木の当主だ。い姿など見せられぬ。がその方の言い分は確しかと聞いた。に留めておく」五郎衛門が深々と頭を下げた。 |
| 1446 |
俺、今年で十一歳なんだよな、でも中身は五十男。供らしくないのは仕方ないよな……。禄二年(1559年)二月上旬近江高島郡朽木谷朽木城黒野影久「敵の兵力は約千二百、清水山城に集まっておりましたが朽木に向かって進軍を始めたそうにございます。が手の者より連絡が有りました」。 |
| 1447 |
俺が報告すると大広間がざわめいた。水山城から朽木までは約二里半、早ければ二刻程でやって来るだろう。意外に少ないの。う少し多いと思ったが」御隠居が首を傾げた。敵は疑心暗鬼になっております。 |
| 1448 |
特に高島に対する不信が酷いようで」俺が答えると彼方此方から笑い声が上がった。ないと言っても敵は四倍、だが広間の空気は明るい。聞いての通りだ。は四倍とは言え所詮は烏合の衆、恐るるに値せぬ。 |
| 1449 |
兵達にもその事を良く言い聞かせよ。を一つにして戦えば必ず勝てるぞ」殿の言葉に大広間に“おーっ”と声が上がった。今日は天気は良いが風が強い、少し冷える。達に握り飯と熱い味噌汁を与えよ。 |
| 1450 |
一刻後、出撃する。おん石じゃくも忘れるな」また声が上がった。広間から何人かが出て行った。五郎衛門、左門、又兵衛」「はっ」日置五郎衛門行近、日置左門貞忠、田沢又兵衛張満が殿の前に出た。 |
| 1451 |
「五郎衛門、鉄砲隊は我が命に従え」「はっ」五郎衛門殿が頭を下げた。左門、その方が前に出る時は勝敗が決まった時じゃ。に追い打ちをかけるのが役目、それまでは前に出てはならん。 |
| 1452 |
俺の命を待て」「はっ」「又兵衛、戦が始まればその方は弓隊に弓を射続けさせよ。める時は俺が命を出す。れまでは止めてはならん」「はっ」三人が頭を下げるのを見てから殿が俺を見た。 |
| 1453 |
「重蔵、例の手配は済んでいるか?」「はっ、十分に」殿が満足そうに頷いた。が負けたら六頭の城下、城中で噂を流す。方様の命に背いた以上攻め滅ぼされると。は朽木が負けるとは微塵も思ってはいない。 |
| 1454 |
必ず勝つと考えている。の証拠に皆が鎧に身を固める中、殿は平服だ。者働きが出来ぬ以上鎧は不要、そういう事らしい。刀も持たない、脇差一本を身に付けただけだ。 |
| 1455 |
侍女達が握り飯と味噌汁を大広間に運んで来た。れぞれに受け取り食べ始める。の前にはキリが食事を運んでいた。くやっている様だ。の前にも運ばれてきた。れを食べれば出撃か。 |
| 1456 |
香の物が入った握り飯が美味い。して熱い味噌汁。後の食事になるかもしれぬ。う思いながらゆっくりと食べた。禄二年(1559年)二月上旬近江高島郡朽木谷竹若丸現代と違ってこの時代は道路が舗装されているわけでは無い。 |
| 1457 |
むしろ悪路の方が攻められなくて良いと考える風潮が有る。木谷に通じる道は決して悪路と言うわけでは無いが何と言っても谷を通る道だ。は狭く軍用道路として適しているとは言えない。 |
| 1458 |
朽木がこれまで安全だったのはこの地形によるところが大きい。の道路に高島勢千二百が集結している。体こちらとは距離五百メートル、この時代だと五町、そんなところか。 |
| 1459 |
向こうから見て朽木勢は不思議な軍勢だろうな。木勢三百の内二百は鉄砲隊だ。して弓隊が五十、槍隊が五十。馬隊は無い。を使っているのは指揮官だけだ。 |
| 1460 |
もっともその馬も一カ所に纏めて繋いであるから全員徒歩かちだ。端な火力偏重。砲隊は三隊、七十、七十、六十に分かれている。てる、と思う。こは軍勢を横に広く展開出来ない。 |
| 1461 |
つまり大軍の利を生かし切れないのだ。囲される事はまず無い。面突破、押し合いの戦になるだろう。の場合、勝負を決めるのは速さと持続力だ。いを付けて敵にぶつかりその物理的な衝撃力で敵を混乱させ突破、或いは粉砕する。 |
| 1462 |
この時代は通信手段が劣悪だ、一旦混乱したらそれを収めるのは容易ではない。撃力を持続出来れば勝利を得られる。れがセオリーだ。がこの時代その衝撃力を無にする兵器が出現する。砲だ。 |
| 1463 |
火力による防御、つまり衝撃力を受ける前に火力によってその衝撃力を削ぐ、無にするという戦い方が出現する。篠の戦がそれだ。国でも最強レベルの衝撃力を誇った武田の突進力を織田信長の鉄砲の集中運用が粉砕した。 |
| 1464 |
これから始まるのはそれだ。模は十分の一以下になるが鉄砲の集中運用による敵の撃破。進力を使わない戦だ。のため軍の前面には障害物を置いてある。太を組み合わせて作った平均台の様な障害物だ。 |
| 1465 |
多少は速度を落せるだろう。して風は朽木から高島に吹いている。ちらが風上だ。は向かい風で戦う事になる。が四倍の大軍という事を除けば初陣としては悪い条件じゃない。 |
| 1466 |
「竹若丸、なかなか攻めて来ぬの」「誰が先陣を務めるのか揉めているのだろう」「先陣は名誉な筈だが……」「噂を流したからな。自分だけが貧乏籤を引くのを恐れているのだ」御爺が“ふーん”と唸った。 |
| 1467 |
困ったものだ、城で留守番していれば良いのに鉄砲の効果を見たいと言って付いて来た。蔵がニヤニヤしていた。に立つよな、八門。陣に動きが有った。てきたのは四つ目結の旗、丸の内釘貫……。 |
| 1468 |
「動いたの、高島と田中か」皆を纏めるために高島が出た。が高島一人に功を挙げられては困る。から田中が出て来た。んなところだろうな。れまでじっと動かずに敵陣を見ていた五郎衛門がブルブルっと身体を動かした。 |
| 1469 |
武者震いか。殿」「うむ、敵が二町まで近付いたら第一列、第二列に撃たせよ」「はっ、その後は」「第三列には俺が直接指示を出す。郎衛門は第一列、第二列に二射目の準備をさせよ」「はっ」身震いが出た。も武者震いだ。 |
| 1470 |
落ち着け、俺は勝てる筈だ。が動き出した。声を上げ少しずつ速度を上げ始めた。面戦力は百五十程か、地響きがこちらにまで届く。石に迫力が有る。Vドラマでは味わえない臨場感だ。頭は槍を抱えた足軽、その後ろを騎馬武者が続く。 |
| 1471 |
敵に騎馬隊は無い、騎馬武者はこちら同様指揮官だろう。放て!」又兵衛が大きく叫んだ。れと共に矢が敵に飛んで行く。離、約四百メートル。が敵に降りかかったが敵は怯む事無く近付いて来た。あ当然だな。 |
| 1472 |
百メートルを切らなければ致命傷は与えられん。れに僅か五十本の矢だ。かし負傷はさせられるし追い風だ。少は期待出来るかもしれん。鉄砲隊、構え!」。 |
| 1473 |
五郎衛門の命令に鉄砲隊が片膝を着いて構えた。が降り続く。が近付いて来た。百、二百五十、二百……。第一列、放て!」轟音が響き敵がばたばたと倒れた。 |
| 1474 |
馬が棹立ちになって武者を振り落している。っと五十人くらいは打倒したか。々だ。爺が“ほう”と嘆声を上げた。は呆然としている。にも驚いただろうがいきなり五十人が倒れたのだ。 |
| 1475 |
衝撃を受けたのだろう。がこれで突進力が失われた。第一列後ろへ! 第二列前へ! 放て!」また轟音が響き敵がばたばたと倒れた。度は四十人くらいか。田中勢がおかしいの」。 |
| 1476 |
「うむ」おかしい。中勢の混乱が酷い。の所為で高島も動けずにいる。さかとは思うが……「御爺、田中久兵衛重政、死んだか?」「かもしれんの」「殿!」。 |
| 1477 |
「暫し待て、五郎衛門。島の出方を見る。一列、第二列の準備は?」「今少し!」「急げ!」「はっ!」五郎衛門が“玉込め急げ!”と声を張り上げた。 |
| 1478 |
壊乱状態の田中勢に矢が降り注ぐ、明らかに田中勢はおかしい。意喪失だ。何する? 高島越中。が聞こえた。号に近い声だ。馬武者が一人叫んでいる。 |
| 1479 |
それに応えるように高島勢が動き出した。…あれが高島越中か。第三列! あの騎馬武者を狙え。…放て!」轟音、悲鳴、混乱、高島勢が潰走する。 |
| 1480 |
田中勢も逃げ出した。して後方にいた永田、平井、横山、山崎も逃げ出す。は未だこれからなのに、寄せ集めの弱点が出たな、左門に追撃させるか……。 |
| 1481 |
永禄二年(1559年)二月上旬近江高島郡朽木谷黒野影久「では越中は生きていたのか?」「うむ、死んだのは馬でその下敷きになったらしい。来達はそれを見て越中本人が死んだと思ったようだ」。 |
| 1482 |
「なんとまあ」御隠居と殿が話している。れた様な口調の御隠居が何処となくおかしかった。は朽木勢の勝利で終わった。味方に損害は無し、敵は何も出来ずに敗走した。 |
| 1483 |
一方的な勝利と言って良いだろう。中勢の大将、田中久兵衛重政は死んだ。射目で息子が撃たれ混乱している時に二射目を喰らって死んだ。中勢の混乱が酷かったのはその所為だ。 |
| 1484 |
「もしかすると馬と越中を見誤ったのかもしれん」「そうかもしれんのう、儂には見分けがつかん」御隠居が首を横に振った。……御爺は酷い」「お前の方が酷いわい」二人が顔を見合わせて笑い出した。 |
| 1485 |
「これからどうする?」「清水山に向かう」「取るか?」「出来ればな。れと田中城も」「そうか」満足そうに御隠居が頷いた。御爺、公方様と六角に使者を出してくれ。田、平井、横山、山崎と和睦する。 |
| 1486 |
その仲裁を頼みたい」「和睦か?」御隠居は少し残念そうだ。うむ。水山、田中を得れば朽木の領地は格段に広がる。力を整えなければ到底戦えん。る事すら出来んだろう」。 |
| 1487 |
「そうじゃな。かった、では儂は城に戻る」御隠居が立ち去ると殿が俺を呼んだ。何か?」「これで終わりではないぞ」「……」「まだまだ働いて貰う。島は俺が獲る」殿の目が鋭く俺を見ていた。 |
| 1488 |
永禄二年(1559年)二月中旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸「驚きましたな。さか竹若丸様とこの清水山城でお会いする事になるとは」若狭の商人、古関利兵衛が軽く笑い声を上げた。 |
| 1489 |
「嬉しかろう?」「それはもう、何と言っても安曇川が自由に使えます」また笑った。んか我が世の春、そんな感じだ。未だ分からんぞ。後日幕府、六角様の扱いで永田達と和睦を結ぶ。 |
| 1490 |
その和睦の内容次第では領地もどうなるか分からん」「はあ、ですが高島様、田中様の御領地、どなた様にお返し致します? もはやお継ぎになる方はいらっしゃいますまい」「……」。 |
| 1491 |
田中家は当主と跡継ぎが討死。島家は嫡子が討死、当主は捕えられた後斬首、清水山城に居た幼い庶子は母親共々家臣達に裏切られ朽木家に引き渡された。れも殺された。 |
| 1492 |
後を継ぐ人間は居ない……。前に施した策が的中した。島も田中も抵抗らしい抵抗は全くしなかった。島配下の林与次左衛門員清も朽木に降伏した。いつは水軍を所持している。 |
| 1493 |
これからの朽木には必要な男だ。それに将軍家の御言葉を無視して攻め寄せたのは高島様達でございましょう。角様とて今更返せとは……」。 |
| 1494 |
古関がまた笑った。処まで知っているのかな? 裏で糸を引いたのは六角だと知っているのか……。出来得るならば、若狭も竹若丸様に治めて頂きたいもので」古関が俺の顔を覗き込んだ。談めかしてはいるが目が笑っていない、本気だ。 |
| 1495 |
「無理を言うな」「……やはり無理ですか。念ですなあ、……そう思っているのは私だけでは有りませんぞ」意味有り気に古関が笑った。屋、田中も俺に若狭を治めて貰いたいと思っているらしい。 |
| 1496 |
商人にとって国が戦火で荒れるのは何よりも痛いからな。れにしても俺に治めろとは……。人達は若狭武田を見限っているらしい。程の事だな。若狭は酷いのか?」。 |
| 1497 |
「酷いですな。田様は一族で家督を巡って争いそれが終れば家臣の反逆。った事に武田様はそれを抑えきれぬのです。狭に争いが絶えませぬ。が重くなり兵として駆り出される領民達は疲弊しております。 |
| 1498 |
このままではいずれ一揆が起きるやもしれませぬなあ。った事で」「そうか」火種が尽きない。ずれは若狭とも事を構える事になるかもしれない。が痛いわ。 |
| 1499 |
先日の戦に勝った事で朽木は高島、田中の領地を得た。の結果安曇川の大部分を朽木が領する事になった。曇川は丹波高地から琵琶湖まで通じる川だ。 |
| 1500 |
朽木が領していないのは安曇川が琵琶湖に注ぐ舟木の辺り、横山氏の領土だけとなった。曇川は物流の手段として昔から利用されている。に関所を設ける奴もいるが俺は関所を廃している。 |
| 1501 |
その方が領内を豊かに出来ると思っているからだが……。人達から評判は良いが他の領主達には評判が悪い。回の戦いもそれが一因では有る。関が帰った後、御爺が部屋にやってきた。 |
| 1502 |
「ようやっとこの城にも慣れて来たわ」「朽木が恋しいのではないか、御爺」「まあ多少はの。がこの城、悪い城ではない」御爺が声を上げて笑いながら座った。茶を用意しよう」「うむ」侍女を呼んで茶を頼んだ。 |
| 1503 |
少し間が有って侍女が茶を持ってきた。爺と二人で茶を飲んだ。月の近江は寒い、熱い茶が旨かった。御爺、古関が言っていたのだが若狭が大分酷いらしい」「そうか」。 |
| 1504 |
「いずれ、朽木は若狭と事を構える事になるやもしれん」「拙いの」御爺が顔を顰めた。かに拙い。狭は約八万石、朽木は高島、田中の領地を合わせたとはいえ二万五千石を僅かに超えた程度だ。 |
| 1505 |
「御爺、やはりあの連中を喰わねば朽木は厳しい。えば武田もそう簡単には朽木を敵には出来ぬ筈だ」「そうじゃの、喰わねばあの連中は若狭と結びかねぬ。が喰えるか? あの連中の後ろには六角が居るぞ。 |
| 1506 |
余程に上手くやらねば六角が朽木を潰しに来よう」「手は打ってある。が上手く行くかどうかは分からん」高島越中を捕えて分かった事が有る。はり越中の背後には六角が居た。 |
| 1507 |
越中は当初、朽木に因縁を付けろ、トラブルを起こせと六角に命じられたのだと言う。中自身、朽木に面白く無い感情を持っていたから異存は無かった。が義輝の言葉が有る。 |
| 1508 |
朽木とのトラブルは一つ間違えば高島越中にとって命取りになりかねない。角が自分を裏切る可能性も有った。こで高島越中は単独ではなく高島七頭を捲き込む事を考えた。 |
| 1509 |
高島七頭全てを切り捨てる事は六角も出来ないだろうと考えたらしい。角も越中の提案を受け入れた。いうより積極的に勧めた。島七頭の問題、そうするのが望ましいと思ったようだ。 |
| 1510 |
他の高島七頭も加わった。朽木に腹立たしい感情を持っていたから。われてるよな、俺。中が六角の依頼を引き受けた理由の一つに六角は最初朽木とのトラブルを起こせとは言ったが戦争にまで持ち込むなとも言ったらしい。 |
| 1511 |
その事から考えると六角は朽木と高島の間を仲裁する、そういう形で関わり朽木に六角の力を見せつけようとしている、高島越中はそう思ったそうだ。ころが途中で六角の意向が変わった。木を一叩きしろ……。 |
| 1512 |
その方が朽木に恩を売り易い、六角はそう考えたのかもしれない。が越中にとっては驚愕以外の何物でも無かった。切られたと思ったのだろう。中は憤りながら詳しく教えてくれた。 |
| 1513 |
後は戦争だが高島勢は誰も積極的に戦いたがらない。門を使って流した噂が家臣達にまで浸透していたらしい。陣を誰が務めるかでも揉め已むを得ず高島と田中が務めた、そういう事の様だ。 |
| 1514 |
道理で直ぐに戦が終った筈だよ。やる気が無いんだから。竹若丸、幕府からは細川兵部大輔殿、六角からは蒲生下野守殿が来るようだ」「そうか」蒲生下野守定秀、高名な蒲生氏郷の祖父だ。 |
| 1515 |
蒲生は氏郷が名将と評価された所為で良い印象が有る。が俺は定秀を信用しない。いつは毒蛇の様に危険な男だ。して朽木に対して良い印象を持っていない。秀の領地日野と朽木は塗り物で競合する関係に有る。 |
| 1516 |
そして朽木が圧倒的に優勢だ。秀が来る以上油断は出来ない。中は殺したと周囲には言ってあるが本当は生かしてある。のために、朽木のために役に立ってもらおうか。、段々悪く、黒くなっていくな。 |
| 1517 |
綾ママにまた嫌われそうだ……。禄二年(1559年)二月中旬近江高島郡安井川村清水山城細川藤孝「此度の一件、当家には全く関わりござりませぬ。 |
| 1518 |
高島郡で争いが起きたと聞いた時は主、左京大夫は意味が分からず訊き返した程でござる」「では六角家に責は無いと言われるか?」私が問うと六角家の蒲生下野守はゆるゆると首を振った。 |
| 1519 |
「そうは申しませぬ。々木越中を始め田中、永田、平井、横山、山崎、いずれも六角家に属する者、将軍家の御心に背く様な事になり責は感じておりまする」喰えぬ、と思った。 |
| 1520 |
佐々木越中程度の国人領主が自らの判断で公方様の言葉を無視する事など有り得ぬ。処かで六角家が絡んでいる筈、そう見たのだが……。生下野守、言質を取らせぬ。 |
| 1521 |
清水山城の一室には八人の男が集まっていた。角家から蒲生下野守、当事者である永田、平井、横山、山崎の当主。木家は当主である竹若丸殿と後見の民部少輔殿。 |
| 1522 |
そして幕府からは私。違いが有ってはならぬという事で誰一人武器は帯びていない、無腰だ。方の戸は開け放し、兵は伏せられていない。し事はしないという事でも有る。 |
| 1523 |
部屋から見える庭には梅の花が咲いていた。かにその香りが漂う。ではその方等に尋ねる」視線を永田達四人に向けると四人が身体を強張らせた。 |
| 1524 |
「何故将軍家の御意に背き朽木を攻めるような事をした。府を愚弄するつもりか」四人が口々に抗弁し始めた。将軍家の御意に背くつもりは有りませぬ。 |
| 1525 |
なれど越中殿は高島七頭の頭領、越中殿にどうしてもと言われては……」「左様、それに越中殿は六角様のお許しは得ていると……、まさか我らを欺くとは思いもしませなんだ」。 |
| 1526 |
「それに朽木殿の所為で我らが迷惑を被っているのは事実でございます」「戦をするつもりは有りませんでした。だ話し合いで朽木殿に譲って頂ければと。れを越中殿が強引に戦に持って行ってしまって……」。 |
| 1527 |
要するに悪いのは佐々木越中、六角家も自分達も被害者だと言いたいらしい。生下野守は四人の抗弁を聞いてうんうんという様に頷いている。の者達、あらかじめ打ち合わせてきたか……。 |
| 1528 |
このままでは越中一人の罪という事になる。人に口無しか……。では此度の一件は越中殿御一人の思い立ち、六角様は関係無くそちらの方々は強引に巻き込まれた、そういう事ですな?」。 |
| 1529 |
竹若丸殿が穏やかな口調で問い掛けた。いのか? それでは彼らの思う壺だが……。左様、六角家に全く罪無しとは申さぬ。中達を事前に止められなんだ事は幾重にもお詫び申す。 |
| 1530 |
されど越中が愚かな事を考えねば今回の事が起きなんだのも事実でござる」下野守が言い終わると高島七頭の四人も越中に騙されたと口々に言い立てた。若丸殿と民部少輔殿は大人しくそれを聞いている。 |
| 1531 |
「六角左京太夫様もさぞかしお腹立ちでござりましょう。中殿の所為で痛くも無い腹を探られるのですから。うではありませぬか」「……左様」竹若丸殿の言葉に多少の皮肉を感じたのかもしれない、下野守の表情が渋い。 |
| 1532 |
「御爺、どうやら我らも騙されたようだ」「そうよの」竹若丸殿と民部少輔殿が顔を見合わせて苦笑を浮かべた。人は越中から六角家が後ろにいると聞いたのかもしれない。かし越中が居らぬ今、確かめようがない……。 |
| 1533 |
「兵部大輔様、将軍家の御意を無視し六角様の名を勝手に使う。されぬ事でござりますな。中殿が生きていれば死罪は免れますまい。何?」「如何にも、死罪は免れぬところでござる」竹若丸殿が頷くと“失礼”と言って席を立った。 |
| 1534 |
厠かと思ったが部屋を出ると廊下から“五郎衛門”と大声を上げた。郎衛門、鉄砲隊を指揮していた男だ。に五郎衛門が現れた。人では無い。後には縄で縛られた男と数人の武士がいた。にざわめきが起きた。あれは”、“越中殿”、“生きていたのか”。 |
| 1535 |
あれが佐々木越中? 生きていたのか? 下野守の表情が強張っていた。して七頭の生き残りは青褪めている。てて民部少輔殿を見た、口元に笑みが有った。戯っぽい表情を浮かべている。れからなのか? これからが勝負なのか?。 |
| 1536 |
「五郎衛門、猿轡さるぐつわを外してやれ」「はっ」「越中殿、ようも騙してくれたな。角様は今回の一件、何の関わりも無いそうだ。主に六角の名を使われ酷く御怒りだそうな。田殿達もお主に騙されたと言っておるわ」「違う! 嘘だ!」身を捩って越中が叫んだ。 |
| 1537 |
「永田、平井、横山、山崎、お主ら俺を裏切るのか! 分かっている筈だぞ! 今回の一件、六角家からの依頼だという事を! 下野守殿! この越中を切り捨てるのか!」誰も答えない。田達は気拙そうにしている。中の言葉は事実だ。はり六角が裏に居たか……。 |
| 1538 |
「俺は朽木と戦いたくなかったのだ! それを左京大夫様が無理やり」「黙れ越中! この期に及んで見苦しいぞ!」越中の言葉を遮ったのは竹若丸殿だった。お主の言う事など誰も信じぬわ」。 |
| 1539 |
「お、俺は」「五郎衛門、この騙かたり者を向こうへ連れて行き首を刎ねよ」「はっ」「待て、俺は真実を言うている! 本当の事を言えば助けてくれると言ったではないか! 竹若丸殿!」「騙り者にかける情けは無い!」。 |
| 1540 |
五郎衛門がなおも抗弁する越中を引き摺る様にして連れ去った。れを見届けてから竹若丸殿が席に戻った。今回の一件、責めは佐々木越中に在ると考えまする。中めは父の仇でもござればこちらで処断致しまする。 |
| 1541 |
御異存有りませんな」皆が頷いた。てさらけ出した後で竹若丸殿は収めようとしている。野守には全て知っていると警告しその上で問題にする事は無いと言っている。や越中の首を刎ねろとは言ったが生かしておく事も有り得る。 |
| 1542 |
警告ではなく生き証人がいるという恫喝か。して私には公方様に知らせろという事なのだろう。こから如何収めるつもりなのか……。今回の事、あくまで高島七頭の問題と存ずる。 |
| 1543 |
されば永田殿、平井殿、横山殿、山崎殿、和睦は我らで詰め兵部大輔様、蒲生様には我らが和睦したとの証人になって頂きたいと思うが如何?」永田、平井、横山、山崎の四人が頷いた。 |
| 1544 |
下野守も反対は出来ない。回の一件、六角は当事者ではないのだ。では高島、田中の所領は朽木の所有とする。異存有りませんな?」四人が顔を見合わせ“異存ござらぬ”と頷いた。 |
| 1545 |
現状の追認でしかない、そう思ったのだろう。次に巻き込まれたとはいえ朽木を攻めたのは事実、謝罪を頂きとうござる。罪の証文を頂きたい」また四人が顔を見合わせ頷いた。 |
| 1546 |
これも実害は無い、受け入れるのは難しくない。それと最後に今後高島七頭、いや高島五頭の頭領は朽木家とする事。島五頭の間で起きた揉め事は戦ではなく話し合いで解決する。 |
| 1547 |
……如何?」最後の要求にも異議は出なかった。るほど、新たな領地を得た以上それを確実に自分の物とせねばならん。のためには周囲との協調が必要という事か。 |
| 1548 |
どうやら竹若丸殿は現状の維持を優先させるようだ。のために必要なのが頭領の地位……。くま野牛のご王おう符ふが用意され起請文が記された。 |
| 1549 |
永禄二年(1559年)二月下旬近江蒲生郡観音寺城平井定武城からの急の命により登城した。屋形様の元に急ぐと既に蒲生下野守、後藤但馬守、進藤山城守、三雲対馬守、目賀田次郎左衛門尉、そして若殿が居た。 |
| 1550 |
六角家の重臣が揃った。難しい表情をしている。程の事が起きたらしい。くなった事を詫びると御屋形様が無用という様に首を振り席を指し示した。礼して席に座った。 |
| 1551 |
御屋形様、若殿を家臣達が囲む様な形になった。揃うたようじゃ。馬、頼む」御屋形様の言葉に三雲殿が頭を下げた。して我らをぐるりと見渡した。 |
| 1552 |
「高島郡の永田、平井、横山、山崎が城を捨てて逃げ申した。中の領地は朽木の手の者が押さえており申す」皆が顔を見合わせた。いに目で問い掛けている。 |
| 1553 |
何が有った?「それは朽木が彼らを攻めたという事かな?」私が問うと三雲殿が首を横に振った。そうではない、加賀守殿。木は攻めておらん。中が自ら城を捨てて逐電した。 |
| 1554 |
その後で朽木が領地を押さえたという事だ」益々分からぬ。故逃げるのだ?「儂の元に朽木から書状が届いた。田、平井、横山、山崎が城を捨てて逃げた。 |
| 1555 |
このまま放置すれば良からぬ者に悪用されかねぬ。島五頭の頭領として放置は出来ぬ事と考え接収した。理解頂きたいと書いてある。さかと思い対馬に調べさせたのだが……」。 |
| 1556 |
御屋形様が懐から書状を取り出し我らの前に投げた。藤殿が取り上げ書状を開く。い書状ではない、読み終えると私に差し出した。け取って読む。 |
| 1557 |
右上がりの少し癖の有る文字で御屋形様の申された事が書いてあった。処となく筆跡がたどたどしい、書いたのは朽木竹若丸本人か? 書状を隣に居た進藤殿に渡した。 |
| 1558 |
「先日の和議でござるが、帰路あの四人は何者かに襲われており申す」「襲われた、……朽木か?」後藤殿が呟くと三雲殿が“いいや”と否定した。 |
| 1559 |
「朽木は助けた方にござる。の際の事でござるが、助けた者が主の命にて助けたと言ったとか。木領内で殺されては朽木の所為にされかねぬ、迷惑だと」では誰が? まさか……。 |
| 1560 |
「儂ではないぞ」若殿が不愉快そうに顔を歪めて吐き捨てた。が気拙そうな表情をしている。はり若殿を疑ったか。々揉め事を起こすだけの方針が戦に変わったのは若殿が強硬に主張したからだ。 |
| 1561 |
失敗した連中を始末しようとしたのかと思ったが違ったようだ。は誰が?「あの四人は六角が襲った、口封じに動いたと見たという事か。の先、六角家に属していても潰されるだけ、かといって他に縋る所も無し。 |
| 1562 |
だから城を捨て逃げた……」進藤殿の言葉に皆が頷いた。地に拘れば命を失う。地を捨てて命を守ったという事なのだろう。病とは謗れぬ。ずれも一万石に満たぬ国人領主なのだ。 |
| 1563 |
六角家を相手に戦は出来ぬ。かし誰が襲ったかという疑問は残る。朽木であろうな」「朽木? ……では自作自演と申されるか、下野守殿」私が問うと蒲生殿が不愉快そうに頷いた。 |
| 1564 |
「あの和睦、妙にこちらに都合良く運ぶと思ったわ。地を得て満足しているのか、或いは領内の仕置きを優先させたいと考えているのかと思ったが違ったようじゃ。 |
| 1565 |
あの小童こわっぱ、こちらを油断させると同時にあの四人に朽木に敵意は無いと思わせたのよ。睦を行ったのも最初からこれが狙いであろう。頃は高笑いをしておろうな」。 |
| 1566 |
溜息が聞こえた、一つではない、複数。某も下野守殿の見立てに同感でござる。の四人、いや高島、田中を入れれば六人でござるが彼らの領内では戦の前から将軍家、六角家に潰されるという噂が流れていたようにござる。 |
| 1567 |
襲われた時、先ず頭に浮かんだのは六角家が口封じに動いたという事でござろう。して助けたのが朽木となれば……」三雲殿が首を横に振った。朽木を疑う事はせぬの」御屋形様の言葉に皆が頷いた。 |
| 1568 |
また皆が視線を交わしている。介な相手が現れた。う思っているのであろう。父上、朽木を攻めましょう」「ならぬ、大体理由が有るまい」「朽木は六角の領地を奪っております」若殿が言募ったが御屋形様は首を横に振った。 |
| 1569 |
「理由にならぬわ。木は捨てたものを拾っただけぞ。れに今朽木を攻めれば全ては六角が絵を描いたと言われかねぬ。中が生きているとは思わぬのか」「しかし」「若殿、御控えなされ」後藤殿が若殿を窘めた。 |
| 1570 |
若殿は悔しげに唇を噛んだがそれ以上は抗わなかった。中が生きている可能性が有る。角の足止めのためにわざと越中の姿を見せたのだろう。朽木は潰さぬ。かして使ってこそ旨味が有ろう」。 |
| 1571 |
御屋形様の言う通りだ。木は豊かで産物も多い。して朽木家は将軍家、京の公家、帝とも強い繋がりを持つ。好と将軍家の和睦は朽木が帝を動かしたから成った。 |
| 1572 |
御屋形様が朽木を六角家に取り込もうとされているのはその力を得るため。木を潰してしまっては旨味は半分になる。対馬、朽木が調略を使う事は分かった。かなかの腕前よ。 |
| 1573 |
だが手足になる者がいる筈じゃ。体何者か?」三雲殿が“分かりませぬ”と首を横に振った。ですが甲賀、伊賀ではござりませぬ。が既に確認いたしました」「では流れ者か?」。 |
| 1574 |
「とも思えませぬ。々手際が良すぎまする」御屋形様が“ふむ”と頷いた。して“気に入らぬ”と呟いた。今後の事も有る、調べよ」「はっ」「少々朽木を甘く見たようじゃ。かなか手強い。 |
| 1575 |
焦らずゆっくりと行くとしよう。のように不満顔をするな、右衛門督。に、釣りと同じよ。物なればこそ手繰り寄せるのには時がかかる。が釣り上げればその分だけ嬉しい。 |
| 1576 |
そうであろう」御屋形様が笑うと若殿も笑みを浮かべた。うやく座が和んだ。禄二年(1559年)三月上旬近江高島郡安井川村清水山城朽木惟綱「兄上」声をかけると兄が此方を見た。 |
| 1577 |
笑みが有る。このような所で如何なされました、湖うみを見ておられたようだが」「うむ、湖を見ていた。木では見られぬ風景よ。がこれほどまでに美しいとは思わなんだわ」「なるほど」城の櫓やぐら台だいからは淡海乃海あふみのうみが見えた。 |
| 1578 |
大きい、そして数多あまたの船が湖面を走っているのが分かる。だけではない。北、湖東が一望に出来た。れ程の眺めは確かに無い。何時見ても見飽きぬ風景よ。さかこの風景を好きな時に好きなだけ見る事が出来るとは……」。 |
| 1579 |
兄がまた湖を見ている。笑しかった。流を解せぬ兄が湖の美しさにまるで恋しているように見える。兄上、殿がやりましたな」兄が“うむ”と頷いた。高島、田中を奪って終わりかと思ったが残り四家も残らず喰いおった。 |
| 1580 |
竹若丸は悪よ。が悪でなければこの乱世、大を成せぬ」その通りだ。木家の当主は代々律義者が多かった。頼はされても大きくなれなかったのは悪の部分が無かったからであろう。 |
| 1581 |
「いつかは六角を、……夢ではなくなりましたな、兄上」「いや、まだ夢よ」「殿は未だ元服も済ませておりませぬぞ」「まあ、そうじゃがの。…蔵人、そなた何故ここに?」やれやれ、ようやくその問いが出たか。 |
| 1582 |
「殿より話が有ると呼ばれましてな。上が此処に居るだろうから連れてきて欲しいと言われたのです。いでに淡海乃海を見て参れと」私の言葉に兄が苦笑を浮かべた。 |
| 1583 |
「それはいかぬの」「今は主殿とのもが殿のお傍に居ります。丸の事を話しておりましょう」「そうか」櫓台を降り城内を竹若丸の部屋に向かって歩く。兄上、これからどうなるとお考えか」。 |
| 1584 |
「……当分は動けまいの。島七頭を喰ったとはいえ朽木は高島郡の三の二を領したに過ぎぬ。高で言えば五万石程度じゃ。角どころか浅井にも遠く及ばぬ」「やはりそうなりますか」思わず溜息が出た。 |
| 1585 |
「妙な話じゃが五万石になって改めて六角の大きさが分かった。角に従う国人衆には朽木と同程度の領地を持つ国人衆がおる」「六角がその気になれば朽木などひとたまりも有りませぬか」。 |
| 1586 |
「そうよの。なのは六角に従う事だが竹若丸はそれをせぬようだ。には不足とでも見たかもしれん」兄がクスクスと笑いだした。なんとも不遜な事で」「全くだ」二人で声を合わせて笑った。 |
| 1587 |
五万石の朽木が六角左京太夫義賢の器量を危ぶむ。遜としか言いようがない。が以前から竹若丸は誰にも頭を下げようとしない。からこそ五万石とはいえこの近江で一つの勢力になりつつある。 |
| 1588 |
朽木が動けぬ要素は他にも有る。井の領地は伊香郡、浅井郡、坂田郡の北近江三郡だが一部は高島郡の北東にまで及んでいる。して浅井の領地と朽木の領地の間に六角の蔵入地くらいりちが有る。 |
| 1589 |
元々は高島七頭と浅井の間で問題が生じぬようにと六角定頼の代に置かれたものだ。高にして一万石程度だがこの蔵入地の御蔭で浅井と直接領地を接せずに済む。政、軍備を整えるには有難い壁だ。 |
| 1590 |
だが六角を敵に回す覚悟が無ければ高島郡を統一する事は出来ないという事でもある。して南は山門の勢力範囲、なかなか南下は難しい。木は大きくなりたくともなれない状況にあると言える。 |
| 1591 |
竹若丸は如何するのか……。当分は領内の仕置きですな?」「うむ、後は軍の編成であろう」清水山城は朽木城に比べれば大分大きい。若丸の部屋に着くまで意外に時間がかかった。 |
| 1592 |
部屋では竹若丸と主殿が茶を飲んでいた。済まぬの、手間をかけさせたようじゃ」「構わぬ、何処に居るかは分かるからな。をやれば良いだけの事よ。 |
| 1593 |
……御爺はあの場所が余程に気に入ったとみえる」竹若丸がからかうと兄が照れ隠しの様に笑い声を上げた。若丸が茶を用意させると言って侍女を呼んで新たに四人分の茶を持って来るようにと命じた。 |
| 1594 |
「父上、梅丸が頻りに元服をとせがむそうでござる。日の戦に出られなんだのが余程に悔しいらしい」倅の主殿が苦笑している。元服か、ちと早い様な気もするが……」「殿も反対のようでござる」。 |
| 1595 |
皆の視線が竹若丸に向かうと竹若丸が顔を顰めた。当分元服はさせぬ。日のあれで戦とは楽に勝てるものだと思ったらしい。元服させても碌な事にはならん。勘、兵学、農政、諸国の情勢、京の公家の事、梅丸にはもっと色々な事を学んで貰わねば……」。 |
| 1596 |
「厳しいの」兄が冷やかすと竹若丸が大きく息を吐いた。俺は梅丸に槍働きだけの男にはなって欲しくないのだ。は無理でも十年後、二十年後には俺の代理が務まるくらいになって貰わなければ……」。 |
| 1597 |
「殿の代理、それは厳しい」主殿の声に竹若丸がまた息を吐いた。冗談ではないぞ、主殿。木は親族衆が弱いのだ。と同年代と言えば梅丸しかおらぬ」流石に今度は誰も口を開かなかった。 |
| 1598 |
確かに朽木家は親族衆が弱い。の子供は皆将軍家に仕えている。木家とは直接は関係ない。族と言えば私と息子の主殿、孫の梅丸しかいない。千石の小さな国人領主ならそれでも良かった。 |
| 1599 |
だが今は五万石、率いる兵も千五百を超えるだろう。井、六角に比べれば小さいが国人領主では小さいとは言えない。主を支える力有る親族衆が必要だ。女がお茶を持ってきた。 |
| 1600 |
四人がそれぞれに茶を口に含んだ。しの間静寂が部屋に落ちた。御隠居様、四人の内どなたか御戻しなされては?」「そうじゃの、一度話してみるか」竹若丸を見た。と兄の会話にも反応しない。 |
| 1601 |
「殿は如何お考えです?」「……戻ったとして叔父上達は俺の命に素直に従うかな?」小首を傾げている。過ぎる当主に反発するのではないか、そう危惧している。更だが苦労している、そう思った。 |
| 1602 |
「心配は要らぬ。え若かろうとお前は朽木家の当主だ。してお前が為した事は誰にも出来ぬ事、当主として十分過ぎる程の実績だ。れも理解出来ぬような愚か者は例え血が繋がっていようと朽木の者ではない。 |
| 1603 |
朽木の家から放逐するまでよ」兄の言葉に竹若丸が頷いた。分かった。は俺から朽木に戻ってくれと手紙を書く、俺を助けてくれと。爺も書いてくれ」「うむ」梅丸め、これほどの主君を持ちながら何も学ぼうとしておらぬ。 |
| 1604 |
以前から思っていたが一度性根を叩き直さなければなるまい。が居ればともかく妹では……。殿の尻を叩いてもう一人生ませるか。して、今日我ら親子を呼ばれた訳は?」主殿が訊ねると竹若丸が“うむ”と唸った。 |
| 1605 |
「俺は居城を清水山に移す。たな領地を治めるには朽木では不便だ。の事は御爺にも言ってある」皆が頷いた。木は安全だが奥まっている。水山の方が便は良い。そこで朽木城だが主殿、そなたが入ってくれ」。 |
| 1606 |
「父ではありませぬのか?」主殿の問いに竹若丸が首を横に振った。いや、大叔父上には船木城に入ってもらう。なたは西山の城主で朽木城の城代、そういう事になる」倅が私を見た。惑しているのが分かった。 |
| 1607 |
その理由も。我ら親子で三つの城を預かる事になりますぞ、殿」竹若丸が息を吐いた。已むを得ぬ事だ。木は滅多な者に預けられん。そこは京にも近くいざという時の避難場所になる。 |
| 1608 |
それに鉄砲、刀鍛冶、硫黄、炭、硝石、全てが揃っている。木が大きくなるためには大事な場所だ」「硝石?」兄が不思議そうな声を出した。れを話す時が来たか。 |
| 1609 |
竹若丸が居住いを正した。御爺、西山で硝石を作っている。が大叔父上と主殿に命じた。う四年になろう、もうすぐ出来る筈だ。爺に言わなんだのは岩神館の事が有ったからだ。 |
| 1610 |
御爺は嘘を吐けぬからな。…御爺に隠し事をした。まぬ、この通りだ」竹若丸が兄に頭を下げた。と主殿もそれに倣って頭を下げた。すくすと兄が笑うのが分かった。 |
| 1611 |
「儂に隠し事をするとは、やはりお前は悪じゃのう、竹若丸。もしい限りじゃ。…儂に謝る事は無い。るのは儂の方よ。なたには随分と苦労をさせてしまった」「御爺……」。 |
| 1612 |
「京に公方様を戻す事が出来たのはそなたの力量が有ればこそじゃ。謝しておる」「……済まぬ」竹若丸がまた謝ると兄が今度は大声で笑った。 |
| 1613 |
「らしくないのう、竹若丸。れで、船木城はどうなのじゃ」「うむ。木城は安曇川の河口を押さえる城、そしていざという時は清水山への詰めの城になる。 |
| 1614 |
こちらも滅多な者に預けられん。れゆえ大叔父上に頼む事にした」「……なるほどの」竹若丸の言葉に兄が頷いた。めて親族衆が頼りにならぬと嘆いた竹若丸の言葉の重さを感じた。 |
| 1615 |
「清水山、船木では椎茸、鉄砲、刀、澄み酒を造るつもりだ。木から鍛冶と職人を何人か移す。れと大叔父上、船木でも硝石を作って欲しい」「承知しました」。 |
| 1616 |
「俺はこれからも硝石を買い続けるつもりだ。石を作っていると知られたくないからな。石の買い付けは主殿に頼む。量に買う事は無い、適当に買ってくれ、朽木が硝石を買っている事が大事なのだ。 |
| 1617 |
そして西山で作った硝石と一緒にして火薬を作ってくれればよい」「はっ」主殿が頷く。るほど主殿を朽木に置くのは硝石が理由か。済まぬな、主殿。なたには地味な仕事ばかりさせる事になる」。 |
| 1618 |
「何を仰せられます。のお力にて朽木は高島一の勢力になり申した。のお役に立てるのであればどのような役目であろうと本望でござる」「主殿の言う通りにござる。 |
| 1619 |
殿、我ら親子に遠慮は無用になされませ」竹若丸が“済まぬ”とまた頭を下げた。うか、梅丸に期待するのは我らに対する償いも有るのかもしれん。 |
| 1620 |
「基本的に新たに得た高島七頭の城は居城以外は廃城にするつもりだ。す城だが城主も城代も当分置かん。まぬが御爺と大叔父上で適当に見回って貰いたい」。 |
| 1621 |
兄が溜息を吐きながら“已むを得ぬの”と吐いた。かに已むを得ない。軍の方もこれを機に編成をし直す。で兵を雇う故二千でも三千でも雇えるが無理はしたくないし周りを刺激したくない。 |
| 1622 |
朽木の兵力は千六百、外に出せるのは千、そうするつもりだ」千六百、改めて朽木が大きくなったのだと理解した。五郎衛門は鉄砲隊から外す」「ほう、外すのか?」。 |
| 1623 |
「うむ。砲隊は別の人間に任せる。郎衛門には副将として俺の傍に居てもらう。の動かし方を教わらねばどうにもならん。内に形を整え来年には外に出せるようにするつもりだ。 |
| 1624 |
鉄砲隊も増強する、三百は欲しい」兄、主殿と顔を見合わせた。若丸はかなり急いでいる。急いでいるの、何か有るのか?」兄が訊ねると竹若丸が“有る”と答えた。 |
| 1625 |
「若狭が不安定だ。れに京の公方様、三好が如何思うか……。木が千の兵を出せるという事が何を引き起こすのか、俺にはさっぱり分からん。から準備を急がざるを得ん」やれやれだ。 |
| 1626 |
小さければせずに済む心配を大きくなればしなければならんという事か。うやら朽木を取り巻く状況は少しも明るくならんらしい……。 |
| 1627 |
永禄二年(1559年)六月中旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸田植えも終わって清水山城から見る風景は琵琶湖と疎らに青が目立つ水田が多くなった。 |
| 1628 |
畑では綿花が芽を出し伸び始めた頃だろう。木から清水山城に移動して最初にやった事が綿花の種を百姓達に与える事だった。の辺りが綿花の栽培地になれば琵琶湖の船はここから綿で作られた帆を使う事になるだろう。 |
| 1629 |
そして若狭の船が朽木製の帆を使う事になる。内の関を廃し年貢の税率を四公六民にすると触ふれを出した。民達は喜んでいるが効果を実感するのは秋以降の話だ。 |
| 1630 |
それまでは細心の注意で統治に当たらなければならん。れと楽市楽座、とにかく規制緩和と既得権益の解消だ。れをやらないと領内の経済が活性化しない。を雇う以上経済力の強化は必須事項だ。 |
| 1631 |
織田信長が二月に上洛した。長は朽木に来たがったらしい。がこっちは戦争中だ。き込まれるのは得策ではないと判断して南近江を通って尾張に戻ったようだ。念だ、出来れば会いたかった。 |
| 1632 |
京の足利義輝は嬉しそうに手紙に信長の事を書いて寄越した。軍の権威が回復しつつある、そう思っているんだろう。あ嬉しいのも無理は無い。月と言えば越後の長尾景虎の上洛が本決まりになった時だったからな。 |
| 1633 |
そして四月に景虎は上洛した。東管領就任の許可と従四位下近衛少将就任か。輝も朝廷も景虎には期待しているんだろう。もなあ、帰りは真っ直ぐ越後へ帰れよ。んで俺の所に来たがる。 |
| 1634 |
夏頃に越後に帰るからその時に会いたいとか止めて欲しいわ。いつ、酒癖悪いからな。でも義輝、近衛前嗣の三人で飲んでぐでんぐでんに酔っぱらったらしい。 |
| 1635 |
そんなんで“三好を討つぞ”とか“朽木を引き入れよう”とか大声で騒ぐなって。所迷惑だろう。がこれで今が西暦千五百五十九年だって事が分かった。 |
| 1636 |
来年は千五百六十年、忙しくなる。狭間の戦いが起こり近江でも野良田の戦いが起きる。木も如何なるか分からない。 |
| 1637 |
取り敢えず領内を一つに纏め軍備を整えなければならない、それぐらいしか現状では出来る事は無い。からは四人の叔父の内一番上の藤綱と二番目の成綱の二人が朽木に戻って来た。 |
| 1638 |
二人がこっちに戻って来たのは義輝の意向も有ったらしい。輝の側近二人を戻す事で朽木との関係をもっと密にしたい、そう思ったようだ。んか地雷を渡されたような気分だ。 |
| 1639 |
何処まで当てにして良いのかさっぱり分からん。り敢えず藤綱には鉄砲隊三百、成綱には騎馬隊百を任せている。は左門に槍隊三百、又兵衛に弓隊三百、それが外征用朽木軍の編成だ。 |
| 1640 |
京では朽木谷の戦いは随分な評判らしい。の評判によると高島越中達が四倍の兵で攻めて来ると知った俺は烏合の衆が笑わせるな、叩きのめしてやると豪語したらしい。 |
| 1641 |
そして敦盛を謳ってあの程度の敵に鎧なんか馬鹿馬鹿しくて着られるかと叫んで平服に脇差一本で出撃したんだとか。して永田達四人は俺を恐れて城を捨てて逃げたという事になっている。 |
| 1642 |
どうやら綾ママが飛鳥井に書いた手紙が元らしいんだけど何処の誰が脚色したんだ? 頭が痛いわ。陰で朽木の兵は精強無比、四倍の敵も蹴散らすと言われているらしい。詮は無責任な噂、そう思いたいんだけどな。 |
| 1643 |
義輝はどうやら本気で朽木の兵を利用出来ないかと考えている節が有る。回の一件の裏に六角がいた事でかなり六角に対して不信感を持った。の分だけ朽木への期待が大きくなった。ういう事らしいんだけどな。 |
| 1644 |
勘弁してくれよ、俺は三好相手に戦争する程馬鹿じゃないぞ。く碌な事が無い。門からは最近甲賀者と思われる人間が朽木領を徘徊していると報告が有った。うも六角は八門の存在を探ろうとしている様だ。 |
| 1645 |
そして高島越中の生存と居場所を探しているのではないかと重蔵は考えている。方とも有りそうな事だ。蔵からは心配は要らない、甲賀者に尻尾を掴まれるほど未熟ではないと言われた。 |
| 1646 |
鞍馬忍者は歴史の闇に埋もれて来た。の当たる場所に居た甲賀、伊賀にはかなり強い敵対心が有るようだ。理をしなければ良いんだが……。一番幸せなのは越中かもしれない。 |
| 1647 |
奴は今密かに八門に匿われ駿府に居る。の仇では有るが生き証人でも有る、殺す事は出来ない。門に保護を頼んだが畿内は危ないと見て駿府に落としたらしい。は今そこで八門の仕事、米の売買をしている。 |
| 1648 |
元々金が大好きな男だから商売に向いていたらしい。田、北条、今川相手に阿漕あこぎに金を搾り取っている様だ。年は桶狭間、景虎の関東出兵が有る。来年は第四次川中島だ。いが止まらんだろうな。 |
| 1649 |
俺もそっちの道に進みたくなった……。禄二年(1559年)八月下旬近江高島郡安井川村清水山城朽木稙綱「民部少輔殿、竹若丸殿、お久しゅうござる。の度はまた厄介になり申す」越後の長尾景虎殿が礼儀正しく頭を下げた。 |
| 1650 |
初めて上洛した時は未だ二十歳を過ぎたばかりであったがあれから六年が経つ。十近くなった今元々有った精悍さに落ち着きが加わったようじゃ。々の貫録よ。 |
| 1651 |
「少将様をお迎え出来る事、真に嬉しく思いまする。疲れでありましょう。さ、中へ。伴の方も御一緒に」八月下旬、残暑も厳しい。外での挨拶もそこそこに竹若丸が城内に入る事を勧めた。 |
| 1652 |
長尾勢は総勢千五百名、その殆どが城下の宿に泊まる。に入るのは景虎殿の他に五名の近習達だ。内に入り先ず広間でもてなす。中達が冷えた手拭いと冷たい井戸水の入った大ぶりの椀を客の前に置いた。 |
| 1653 |
竹若丸が汗を拭くように勧めると少将殿が手拭いで首筋から胸元を拭った。持ち良さそうにしている、家臣達がそれに倣う。して椀を取り上げ水を一口、二口飲み“甘露にござる”と嬉しそうに言った。 |
| 1654 |
近習達も美味そうに水を飲み始めた。余程に喉が渇いていたのだろう。遅くなりましたが心より御慶び申し上げまする。衛少将への御就任、そして関東管領職への就任を公方様よりお許しを得たと聞きました」竹若丸が“おめでとうございまする”と言うと朽木の者達がそれに唱和した。 |
| 1655 |
少将殿が顔に困惑を浮かべた。て……。いやいや、竹若丸殿にそのように祝われては恥ずかしゅうござる。若丸殿の朝廷への忠義、そして将軍家と三好との和睦。 |
| 1656 |
真に見事な御働き、献身にござる。など遠く及ぶところではござらぬ」「そのような事はござりませぬ。内上杉様が少将様を頼られましたのも少将様の御力と御人柄を信頼すればこその事でござりましょう」暫く他愛無い雑談が続いた。 |
| 1657 |
京の事、越後の事、公方様の近況や帝に謁見した時の事など少将殿が楽しそうに話すと竹若丸が穏やかに相槌を打った。将殿は公方様から刀を頂いたらしい。 |
| 1658 |
だがその刀が朽木の刀鍛冶宗吉が鍛えた物だと聞いた時は朽木の者は皆が驚いた。けば今京では朽木の刀鍛冶が鍛えた刀が大分評判らしい。値で取引されているとか。 |
| 1659 |
公方様は朽木に長く居たため朽木の刀鍛冶が鍛えた刀を幾振りも所持している。囲からは大分羨ましがられているようだ。れを聞いて竹若丸が嬉しそうに笑い声を上げた。 |
| 1660 |
やれやれ、我が孫は公方様の近況を聞くより刀が売れている事の方が嬉しいらしい。、そうでなければ朽木がここまで繁栄せぬのも事実ではある。若丸が此処清水山城にも刀が有る、後ほどお見せするから好きな物を好きなだけ持って行ってはどうかと言うと今度は少将殿が嬉しそうに笑い声を上げた。若丸はこれで越後から刀を求めて商人がやってくる、そう考えているのであろう。 |
| 1661 |
……段々儂も竹若丸の考えが読めるようになってきたの。ろそろ城外の景色でも見せるのかと思っていると少将殿が“その方等、暫時席を外せ”と家臣達に命じた。臣達が広間の外に下がる。若丸も朽木の家臣達に下がるように命じた。も下がるべきかと思い腰を浮かせると少将殿が“そのままに”と声を発した。若丸も頷いている。服前だ、密談と取られるのを嫌がったか……。 |
| 1662 |
皆が居なくなるとそれまで上機嫌であった少将殿が生真面目な表情に変わった。竹若丸殿、某、今悩んでいる事が有り申す。若丸殿の御助言を頂きたい」「某の助言など……」。 |
| 1663 |
竹若丸が苦笑すると少将殿が首を横に振った。謙遜は無用にござる。若丸殿の軍略家としての力量は皆が認めるもの、お願い申す」「……」竹若丸は顔に困惑を浮かべたが少将殿は構わずに話し始めた。 |
| 1664 |
「悩みというのは他でもない、北信濃の事でござる。田との戦が思う様に進まぬ。ったのか負けたのか、良く分からぬうちに徐々に武田が勢力を伸ばしつつあるのが事実。 |
| 1665 |
関東の事が有る今、武田との戦に決着を着けたいと考えているのでござるが如何すれば良いか、思案が纏まらぬ」少将殿が首を振った。るほど、北信濃と関東、つまり武田と北条か。 |
| 1666 |
当然ではあるが二つの敵を抱えるのは避けたいという事か。して両者とも決して弱敵ではない……。れにしても少将殿が竹若丸に助言を求めるとは……、胸が熱くなった。 |
| 1667 |
「良き御考えはござらぬか? 竹若丸殿が某なれば如何される?」「……某、北信濃の事は土地も人も何も知りませぬ。れに初陣をようやく済ませたばかりの身、戦の事で少将様に助言出来る事が有るとは思えませぬ」。 |
| 1668 |
「……」竹若丸が首を横に振った。将殿の表情に落胆の色が浮かぶ、肩が落ちた。……ですが少々思った事が有りまする。まらぬ事やもしれませぬ、そう御思いの時は聞き流して頂きたく存ずる」「是非にも、伺いたい」少将殿が居ずまいを正した。 |
| 1669 |
「されば、死生命無く、死中生有り」「……死生命無く、死中生有り」少将殿が呟くと竹若丸が頷いた。人の一生に定め等というものは有りませぬ。れば絶望的な状況に陥っても必死に活路を見出す努力をする事が肝要。 |
| 1670 |
そこから活路が生まれまする」少将殿が頷いた。切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ、踏み込みゆけば あとは極楽」「それは?」「太刀にて相対し命を奪い合う時は僅かな隙が死に繋がりまする。の恐怖はまさに地獄そのもの。 |
| 1671 |
なれどその恐怖を乗り越え相手に近付けば目の前には相手の身体が有る。刀振るえば相手に届きまする。怖を感じる暇いとまも無し、即ち極楽」「……なるほど」少将殿がまた頷いた。 |
| 1672 |
「御役に立てたかどうか……」「いや、忝のうござる。かに、言われてみれば武田とは踏み込んで戦った事はござらぬ。が踏み込んで来ぬ以上已む無しとも思っておりましたが……。 |
| 1673 |
いや、相談して良かった。も覚悟が付き申した」少将殿が晴れやかな表情で笑い声を上げた。死生命無く、死中生有り。に良き言葉、至言にござる」。 |
| 1674 |
永禄二年(1559年)八月下旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸景虎が越後に帰った。変らず眼付きの悪い危ないアンちゃんだった。 |
| 1675 |
それにしてもなあ、酒飲みに来たのかと思ったら相談かよ。神上杉謙信が相談って何の冗談だ? 知らんと言って断ろうと思ったけど露骨に力を落とすんだもんな。 |
| 1676 |
ついつい言葉が出てしまった。ってあの手の表情されると弱いんだ。輝の時もそれで余計な事を言って失敗した。あ今回は大丈夫だろう。うせ川中島で殴り込みやるんだから。 |
| 1677 |
本人も覚悟が付いたなんて言っていたし問題は無い筈だ。田晴信と長尾景虎か、あれは合わないだろうな。れが合わない理由は晴信と景虎の性格に有るとは俺は思わない。 |
| 1678 |
あれは両者の領国である甲斐と越後の違い、そして両者共に相手の領国に対する認識の不足があそこまで関係を拗こじらせたと思っている。ってみればお育ちの違いが原因だ。 |
| 1679 |
甲斐の国を統一したのは晴信の父、信虎だ。の信虎、極めて評判が悪い。虐で残虐、戦好きで百姓を苦しめ国を疲弊させた。から追放された、そんな風に言われている。 |
| 1680 |
だが俺はちょっと違うんじゃないかと思っている。虎は混乱した甲斐を統一した男だ。国大名、甲斐武田家の基礎を作った男でもある。んな欠点ばかりで甲斐一国を統一し甲斐武田家の基礎を作る事が出来るだろうか? 国を統一するには人を纏める力が要る。 |
| 1681 |
そんな欠点ばかりの男に人が付いていくだろうか? 有り得ないだろう、少なくとも甲斐統一までの信虎はそれなりの人物、むしろ有能な人物だったと思う。は何故信虎は領主の座を追われ甲斐から追放される事になったのか? 俺の考えでは信虎は壊れたのだと思う。 |
| 1682 |
甲斐の国というのは極めて貧しい国だ。作地が少なく禄高で二十万石程度しかない。まけに山国で天候不順による旱魃、冷害、河川の氾濫による被害が半端無く酷い。 |
| 1683 |
例年の様に被害が発生したという。虎は甲斐を統一しても少しも喜べなかっただろう。斐の国主になったという事は例えてみればとんでもないブラック企業に就職した様なものだと思う。 |
| 1684 |
旱魃、冷害、洪水、凶作、飢饉。主としてそれらに対応する責任を負う事になった。れだけ悪条件が揃えば誰だって精神を病む。の状況を改善しようとすれば外へ出て米が成る土地を奪うしかない。 |
| 1685 |
だが南は東海道の強者今川で東は関東の強者北条だ。然的に目は北の信濃へ向く。濃は群雄割拠だ。個に撃破して勢力を伸ばそうと考えたのだろうが上手く行かない。 |
| 1686 |
それで精神的におかしくなって皆に見捨てられた。んなところじゃないかと思っている。や、見捨てられたんじゃないのかもしれない。気療養という事で駿河という保養地へ送ったというのが真相という事も有り得る。 |
| 1687 |
甲斐に居たんじゃ病気が良くならない、駿河には娘もいる、孫もいる。護をさせれば好都合とでも思ったか……。くやったけどもう限界です、後は息子に任せてお父さんは少し休んでください、そんな感じだったのかもしれない。 |
| 1688 |
後を継いだ晴信は諏訪をなんとか攻略しやっとの思いで村上を追い払い信濃制圧事業を悪戦苦闘しながら進めていく。垣信方・甘利虎泰の両重臣、他にも多数の将兵を失いながらの勢力拡大だ。 |
| 1689 |
武田にとっても決して損害は小さくなかった。がそれでも武田は北進を諦めなかった。田にとって北進は勢力拡大というよりも座して飢えるか北進して米を喰うかの究極の選択だったのだと思う。 |
| 1690 |
この当時の武田の国策だがこれはもうシンプル極まりない。えたくなければ弱そうなところを攻めて手っ取り早く米を得る、それだけだ。略なんてものは全くない。 |
| 1691 |
何処となく昭和の陸軍に似ている。Vドラマでは越後の海を狙ったなどという設定をする時も有るが晴信にそんなものは無かったと俺は判断している。われたのは弱い信濃、そして西上野だ。 |
| 1692 |
もう一方の景虎の治める越後だがこれは甲斐と比べると全く違う。野に恵まれ米の収穫が十分に期待出来た。して海を持ち交易も出来る。後上布という特産物での収入も有った。 |
| 1693 |
越後は十分過ぎるほどの富国だった。虎には甲斐の国に生まれた晴信の苦労、いや悲哀は理解出来なかったと思う。信が更級郡、埴科郡、高井郡、水内郡に兵を進めた時、当地に勢力を持っていた高梨家は景虎に援軍を求める。 |
| 1694 |
これが五次、十年に亘る川中島の戦いを引き起こす事になる。虎はこの川中島の戦いを通して義将と評価され関東管領へとなるのだが俺は景虎を義将とは思っていない。虎が川中島に拘ったのは北信濃の国人領主達のためではない。 |
| 1695 |
もっと切実な問題が有ったと俺は見る。虎に救援要請を出したのは高梨家だがこの時の高梨家の当主は高梨政頼、母親が長尾家の出身だった。まり景虎とは血縁関係に有ったという事になる。 |
| 1696 |
そしてこの高梨家と景虎の長尾家の関係を見ていくと不思議な事に気付く。家は何度も婚姻関係を結んでいるのだ。尾家から高梨家へ、高梨家から長尾家へと女が嫁いでいる。 |
| 1697 |
つまり景虎には高梨家の血も入っている事になる。の当時の結婚は政略結婚だ。度ならともかく何度も婚姻関係を結んでいるという事はそこに何らかの政略が有ったという事になる。 |
| 1698 |
普通なら国内の有力者と関係を結ぶ。うする事で越後国内での長尾家の勢力拡大、影響力拡大を図る筈だ。が長尾家は北信濃の高梨家との婚姻関係を結び続けている。 |
| 1699 |
高梨家との関係を重視しているという事だがそれは何故なのか?婚姻関係を結び始めた当時、長尾家は越後守護代の家柄であって守護ではなかった。まり越後守護、上杉家の了承を得て高梨家と婚姻関係を結んだ筈だ。 |
| 1700 |
となるとこの婚姻が意味する政略は長尾家だけでなく上杉家にとっても、より広義に見れば越後にとっても有効なものだったという事になる。まりこの婚姻関係は越後の国策の一つと見なければならない。 |
| 1701 |
そういう目で信越の国境を見ていくと或る事に気付く。代人は気付かないかもしれないがこの時代、越後の中心地は県庁所在地の新潟市ではない、上越市なのだ。然だが春日山城も上越市に在る。 |
| 1702 |
そして上越市は長野県の飯山市、これはこの時代の信濃国水内郡だが此処と隣接している。れが如何いう意味を持つか? 越後国内は平野が多く一旦敵に入られたらこれを防ぐ天嶮は無きに等しい。 |
| 1703 |
上越市はたちまち敵の蹂躙するところとなりかねない。まり北信濃、特に更級郡、埴科郡、高井郡、水内郡を敵対勢力に取られるという事は当時の越後にとっては安全保障上の大問題だったという事になる。 |
| 1704 |
だから長尾家はこの地方の有力者である高梨家と婚姻関係を結び続けてきたし上杉家はそれを承認してきた、いやむしろ後押ししたかもしれない。の婚姻は越後の安全保障問題と密接に関係していたのだ。 |
| 1705 |
当時の越後の安全保障政策を信越国境に限って見ていくと次のようなものになると思う。、北信濃に越後に敵対する巨大勢力が誕生する事を許さない。、更級郡、埴科郡、高井郡、水内郡を親越後派の勢力で保持する。 |
| 1706 |
つまり越後にとって安全保障上の国境は北信濃、特に更級郡、埴科郡、高井郡、水内郡を含んだものだったと見てよい。の辺りは土地が豊かで米の生産量も高い。然だが武田はそこに踏み込んで行く。 |
| 1707 |
高梨家の発する救援要請に景虎が敏感に反応したのは当然だ。そらく武田が北上するころから景虎は武田の動きを注視していただろう。梨家からの要請が無くても景虎は出兵した筈だ。 |
| 1708 |
これは義のための戦ではない。全保障、つまり越後にとっては死活問題なのだ。から越後の将兵達は景虎に付いて行ったのだ。うでもなければ十年も不毛な戦いを続ける筈が無かった。 |
| 1709 |
要するに信濃北部を巡って食糧問題を解決しようと悪戦苦闘する武田と安全保障の確保に躍起になる長尾(上杉)の戦い、それが川中島の戦いの本質だ。者とも死活問題を抱えての戦いだ。 |
| 1710 |
おまけに両者とも相手の状況を理解していたとも思えない。引くのは仕方なかった。年豊臣秀吉が“はかのいかない戦い”と評したらしいが秀吉はその辺りを理解した上で評したのかどうか……。 |
| 1711 |
織田が武田を相手にした時、その時には武田は強大になっていた。吉は武田が飢えから逃げるために強大になったとは思わなかっただろう。を止める機会は有った。二回川中島の戦い、この戦いでは武田側の兵糧が続かず今川の調停で和睦している。 |
| 1712 |
武田は占領した土地を多少返還して北信濃の国人領主達が戻るのを認めた。してこれ以上侵略しない事を約束した。田の食糧事情はかなり酷かったのだろう。こまで譲歩せざるを得なかったのだ。信に戻った国人領主達は景虎は頼りになる、頼るべきは越後、そう思っただろう。 |
| 1713 |
親越後派が北信を確保したわけだ。の時点で景虎は越後の安全保障を完全に確保したと言って良かった。虎にしてみれば安全保障の問題は解決した、そう思った筈だ。来ならこのままで終わる筈だった。ころがこの直後にトラブルが発生する。 |
| 1714 |
景虎が領内のごたごたに嫌気がさして家出してしまう。虎にしてみれば安全保障問題は解決した。と言っても和議の仲裁役は今川なのだ。田が和議を破れば今川の顔を潰す事になる。 |
| 1715 |
それは無いだろう。が家出しても問題は無い。う思った可能性は有る。が晴信はこれを好機と見た。や米を得たいという欲求が強かったと言うべきか。ちまち北信濃への侵略を再開する。 |
| 1716 |
景虎は驚いただろう、越後の国人領主達も驚いた筈だ。虎は直ぐに越後に戻り国人領主達は一部を除いて景虎の元に集結する。して第三次川中島の戦いが起きた。信にとっては誤算だったと思う。 |
| 1717 |
晴信はもっと越後が混乱する事を望んでいた筈だ。速な越後の対応に晴信は違和感を感じたと思う。分この頃から晴信は北信濃が越後にとってどういう意味を持つのかを考え始めたのだと思う。 |
| 1718 |
越後人にとって信越の国境は二つある。実としての国境と安全保障上の、つまり防衛線としての国境。して安全保障上の国境は北信濃を含む……。れに気付いた時晴信は愕然としただろう。 |
| 1719 |
甲斐は山国だ、山が天嶮の要害となり同時に国境になっている。境=防衛線という認識を持っていた晴信にとっては国境≠防衛線、特に防衛線を国の外に敷くという考えは想定外だった可能性が有る。 |
| 1720 |
自分は気付かない内に越後領内に踏み込んでしまった、この戦は長引く。信はそう思った筈だ。して拙いとも思っただろう。田の方針は弱い所を攻めて米を得るだ。虎相手ではそれは出来そうになかった。 |
| 1721 |
そして晴信は改めて信越の間に国境線を構築しようと考えたと思う。睦は無理だった。度武田が和を破った以上景虎が信用する筈が無かった。渉が無理となれば力による解決を図るしかない。 |
| 1722 |
第四次川中島の戦いの直前に武田は海津城を築いている。信はこの城を信越国境線の拠点にするつもりだったと思う。の城より南は武田領だ。から入るな。んなところだ。五百六十年以降になると信越国境の確定は武田にとって急務になる。 |
| 1723 |
桶狭間の戦いによって今川が弱体化したからだ。たに弱い肉が見つかった。信濃はもうこれ以上北進は出来ない。日も早く国境線を確定し南下すべき、そう思った筈だ。の想いが第四次川中島の戦いを壮絶なものにした。 |
| 1724 |
第四次川中島の戦いにおいて景虎は自らの陣を海津城の南、妻女山に布いてしまう。そらく晴信との決戦を考えての事だと思うが晴信は頭を抱えただろう。図しての事かどうかは分からないが景虎は晴信が考えた国境線の内側に入ってしまったのだ。 |
| 1725 |
晴信が国境線を確定しようとするなら景虎を妻女山から叩き出すしかなかった。うする事でしか海津城より南は武田領だと景虎に、いや越後に認めさせる事は出来なかった。のために採られたのが有名な啄木鳥きつつき戦法せんぽうだ。 |
| 1726 |
この啄木鳥戦法を調べると不思議な事に気付く。信の本隊よりも別働隊の方が兵力が大きいのだ。隊八千、別働隊一万二千。の配分には当然だが晴信の意向が強く反映していると見て良い。 |
| 1727 |
晴信は何が何でも景虎を妻女山から叩き出したかったのだ。四次川中島の戦いは双方ともに甚大な損害を出して終結する。田方の死者四千、長尾(上杉)方の死者三千。者とも兵は百姓だ。 |
| 1728 |
つまりそれだけの生産力を失ったという事になる。信も景虎も顔面が蒼白になっただろう。うこれ以上北信では戦えない、そう思った筈だ。の後、第五次川中島の戦いが行われるが両者とも直接戦おうとはしない。 |
| 1729 |
俺が思うに両者とも相手に戦意が有るか否かを確認していたのだと思う。して両者共に相手に戦意が無い事を確認した。うやくここで信越の国境が確定した。ういう事だと思う。 |
| 1730 |
第四次川中島の戦いで甚大な損害を両者が出した事が結果的に国境を確定させた。二年で第四次川中島の戦いが勃発する……。 |
| 1731 |
永禄二年(1559年)十一月下旬近江高島郡安井川村清水山城朽木綾また面倒な事を……。御方様?」。 |
| 1732 |
「何です、キリ」「いえ、今溜息を吐いていらっしゃいましたので」キリが心配そうに私を見ていた。を読んだ後、気付かぬうちに溜息を吐いていたらしい。何でも有りませぬ。…キリ、竹若丸は今何処に?」。 |
| 1733 |
「先程までは御部屋で御小姓の方々と一緒に居られたと思います。呼びいたしますか?」「いえ、それには及びませぬ。から出向きます」座を立ってキリを従えて竹若丸の部屋に向かった。 |
| 1734 |
竹若丸の部屋に近付くにつれ声が聞こえてきた。殿、如何して兵を雇うのです。民を徴して兵にすれば……」梅丸の声?「兵が死ねば領民が死ぬ事になる。丸、村の働き手が死ねば誰が作物を作るのだ?」。 |
| 1735 |
「でもお金がかかります」「その代わり収穫が減る事は無い。れに田起こしや田植え、稲刈りの時も百姓を使わぬから戦をする事が出来る。して領民から恨まれずに済む。れは大きな利点だ」何人かが感心する様な声が聞こえた。 |
| 1736 |
「分かったか。を雇うには金がかかる。から領内を富ませなければならん。を振り回すだけが仕事ではないぞ」「はい」「算勘を馬鹿にしてはいかん。盤を使えるようにしておけ」「はい」また溜息が……。 |
| 1737 |
「竹若丸殿、入りますよ」声をかけ襖を開けると中には竹若丸と小姓達が私のために座を空けて姿勢を正している所だった。が中に入るとキリはその場で控えた。 |
| 1738 |
「如何されたのです、母上。呼び頂ければ某が母上の所に伺いましたのに」「偶には私から、そう思ったのです」「はあ」「京みやこから文が届きました」「京から、……飛鳥井の伯父上からですか?」。 |
| 1739 |
「いえ、妹からです」「叔母上から」竹若丸が小首を傾げた。これです”と言って文を差し出すと軽く一礼してから受け取って読みだした。み進む間に少し考えるそぶりを見せた。み終わると文を丁寧に畳んで私に返した。 |
| 1740 |
「春齢女王かすよじょうおう様に内親王宣下ですか」「未だ決まったわけでは有りませぬ。ういう御話が出ているそうです」「良きお話と思いますが?」「そうですね、ただ……」竹若丸が分かっているという様に頷いた。 |
| 1741 |
「費ついえですね」「ええ」京では先の帝の御葬儀から御大典までが恙無つつがなく済んだ事で飛鳥井家への評価が上がっているらしい。回の内親王宣下の打診は飛鳥井家への報償である事は間違いない。 |
| 1742 |
内親王宣下の儀式を執り行うとなれば費用がかかる。が文を寄越したという事は朽木に費用を出して貰いたいという事、それが有れば内親王宣下を行えるという事……。 |
| 1743 |
でも先年の公方様の一件以来竹若丸が飛鳥井家に強い不満を持っているのも事実。鳥井家は金の無心だけで何の協力もしない。廷、飛鳥井家とは縁を切ると竹若丸が言った事は父と兄、妹を酷く怯えさせた。 |
| 1744 |
一つ間違えば飛鳥井家は御大典の費用を得られず朝廷から排斥されかねなかった。の後、父、兄、妹から何度も文が来た。と兄からの文には決して竹若丸を元服前の若年と見て侮ったのではないとくどくどと言い訳が書いてあった。 |
| 1745 |
だがそう書く事自体竹若丸を侮っていたという事の証あかしだろう。も自分達を見捨てないで欲しいと懇願していた。とか竹若丸を説得して文を書かせたが……。また妹は私に竹若丸を説得して欲しいと言っている……。 |
| 1746 |
今の竹若丸は朽木谷八千石の領主ではない。かな期間で高島七頭を滅ぼし高島郡において五万石の領主になった。子は財力だけではない、武力も兼ね備えている事を証明したのだ。の事が朝廷に、飛鳥井家にどんな影響を与えるのか……。 |
| 1747 |
不安ばかりが募る。如何程掛かるのです?」「五百貫程は掛かると思います」竹若丸が頷いた。当家で御役に立てるのなら五百貫、御用立てしましょう」「良いのですか?」「はい」力強く答えた後、竹若丸が笑みを見せた。 |
| 1748 |
「叔母上も御喜びでしょう。れで女王様を尼寺に入れずに済む。処ぞへ嫁とつがせる事が出来ます」「ええ」内親王宣下が無ければ女王は尼寺に遣られるのが習い。は女王を尼寺に送りたくないと考えているのは間違いない。 |
| 1749 |
それは父、兄の考えでもあるだろう。朽木家としても嫁ぎ先が御味方になってくれれば非常に有難い。鳥井家以外にも頼れる御味方が出来た事になりますから」竹若丸が声を上げて笑った。 |
| 1750 |
「ですから母上、そのように遠慮なされる事は有りませぬぞ。母上にもそのようにお伝えください」「……」気遣ってくれているのだろうか? 溜息が出そうになるのを慌てて堪えた。 |
| 1751 |
永禄三年(1560年)一月下旬近江高島郡安井川村清水山城黒野影久朽木家恒例の新年の祝賀会が終わった後、殿から部屋に来るようにとの御言葉が有った。 |
| 1752 |
急ぎ冷たい水で顔を洗い口を漱すすぐ。たい水が酒気を飛ばしてくれた。屋では殿が熱い茶を用意して待っておられた。かな香りから玄米茶だと分かった。 |
| 1753 |
「遅くなり申した」「うむ、先ずは一口、如何じゃ」「はっ、頂きまする」殿の勧めに従って熱い茶を一口飲む。味いと素直に思えた。美味しゅうござりまする」「それは良かった」殿が穏やかに笑い声を上げられた。 |
| 1754 |
「して、御用は?」「先ずはこれを受け取るが良い」殿が書状を差し出されたので受け取り中を拝見した。殿! これは……」「感状だ。びに感状を出して良いものかどうかは知らぬ。が朽木が大きくなれたのはその方らの力有っての事。 |
| 1755 |
それを記しるしておこうと思った。年は良く働いてくれた、礼を言う。の通りだ」殿が頭を下げられた。殿、お止め下され。らこそ良き主に出会えた事、感謝しておりまする」。 |
| 1756 |
「朽木が滅びてもそれが有ればな、次の仕官に多少は役に立とう。くやってくれた」「……殿」涙で感状が霞んで見えた。たる事! 忍びに有るまじき醜態、だが涙が止まらぬ。 |
| 1757 |
「御心遣い、有難うございまする。の感状、我らの家宝に致しまする。れど朽木は決して滅びませぬぞ。のような事、決して有りませぬ。ら四方に在りて四隅を守りまする」声が震えた。 |
| 1758 |
「頼むぞ」殿が微笑む。を拭い、感状を大切にしまった。してこの感状に恥じる働きをしてはならん。して、御用の趣おもむきは?」「うむ、甲賀者は動いているか?」。 |
| 1759 |
「多少は。れど我らの集落は朽木領には有りませぬ。つける事が出来ず困惑しているようで」例え丹波まで来ても如何にもならぬ。らの里は木地師の集落の一つにしか見えぬようにしてある。 |
| 1760 |
「六角もしつこい。木は高が五万石、気にする事もあるまいに」殿の口調、表情は不満そうだった。かに五万石、しかし殿は鮮やかに五万石を奪った。角でなくとも朽木の動向は気になるところだろう。 |
| 1761 |
今では浅井の忍びも朽木を探っている。の事を伝えると更に殿が不愉快そうに顔を顰められた。浅井の忍びとは鉢屋衆だったな」「はっ」「聞かぬ名だが如何いう連中だ?」。 |
| 1762 |
「真実は分かりませぬが元は平将門の乱に加担した或る一族の末裔と言われておりまする」「ほう、将門か。分と古い話だな」殿が感心したように声を上げられた。 |
| 1763 |
目が興味津々といったように輝いている。平将門の死後、その多くが関東から山陰へ逃れ鉢屋衆となったとか。東に留まった者は風魔衆になったと言われております」。 |
| 1764 |
“真か”と可笑しそうに笑う。じられない、そんなところか。実は分からない、だがそのような言い伝えがあるのは事実だ。しかし妙な話だ。井はその連中と何処で繋がったのだ?」。 |
| 1765 |
「元々は祭礼や正月に芸を演ずる者達だったようでござるが出雲の尼子経久殿が忍びとして用いました。子が勢力を拡大した背景には鉢屋衆の働きが大きかったと聞いております」。 |
| 1766 |
「……それで」「出雲の守護は京極にござる。して京極の本拠は北近江」「……」「尼子経久殿は京極から出雲を奪いましたが京極が北近江で力を蓄え戻って来られては迷惑、そう思ったのでござりましょう」。 |
| 1767 |
「それで鉢屋衆の一部を北近江の浅井に送った。ういう事か」「はい」「怖い話よ」殿が大きく息を吐いた。屋衆の動きは八門にとって必ずしも迷惑ではない。 |
| 1768 |
鉢屋と甲賀が朽木領内で偶然に出会い争う事も珍しくないのだ。らが鉢屋、甲賀を始末しても誰が殺したか分からなくなっている。屋も甲賀も疑心暗鬼に囚われていよう。 |
| 1769 |
いずれ両者とも手を引くだろう。浅井の動きから目を離すな」「はっ」「浅井の嫡子猿夜叉丸は今年十五、元服するだろう。井に何か動きが出るかもしれん。 |
| 1770 |
浅井が動くとすれば単独では動かぬ。方を募る筈だ、おそらくは朝倉。の動きを見落とすな」「はっ」「殿は元服されませぬのか? 既に初陣も済まされた身、当主でもあられる」。 |
| 1771 |
俺が問うと殿は軽く笑い声を上げた。元服などしたら京の公方様が五月蠅うるさかろう。狭へ兵を出せとな。でも時折文でそれを匂わせてくるのだ。…俺はただ働きは好かん。 |
| 1772 |
当分はこのままで良い」なるほど、そういう事か。狭では国人領主の反乱が収まらずにいる。守護武田義統は義輝公の義弟、義輝公に泣き付いたか。して義輝公は殿を使いたがっている。 |
| 1773 |
だが元服前という事で自重している。いは殿が断っている……。六角内部に味方が欲しい。か居らぬか?」「さて、六角に不満を持たぬ者が居ないとは思いませぬ。かし当家に好意を持つかどうかは……」。 |
| 1774 |
「六角に不満は無くとも良い。木の擁護者が欲しいのだ」「……」「難しいか」殿が落胆したように息を吐いた。鯰なまず江えは如何で?」殿の伯母に当たる方が鯰江城城主、鯰なまず江え為ため定さだに嫁いでいる。 |
| 1775 |
為定の身代は決して大きくない。つての朽木程だ。が六角左京大夫義賢からはそれなりに扱われているようだ。い声が起きた。が可笑しそうに笑っていた。 |
| 1776 |
「とうに付き合いは途絶えておる。が討死した時でさえ人を寄越さぬのだ。ず無理であろうな」「まあ良い。角の動きには油断するな」「はっ」「それと京の動きを引き続き探れ」。 |
| 1777 |
「三好でございますな」「将軍家の動きも頼む。木にとっては三好も将軍家も厄介なのは同じだ」「はっ」永禄三年(1560年)五月上旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸妙な二人を雇った。 |
| 1778 |
山口新太郎教高と山内伊右衛門一豊。高は二十歳、一豊は十五歳、元服を済ませたばかりだ。人とも尾張出身者という事で無条件に雇った。 |
| 1779 |
これが近江出身者なら怖くて雇えん。角、或いは浅井の回し者の可能性が有る。かしなあ、山内伊右衛門一豊、良いのかな。の時期の一豊は主家の岩倉織田を信長に滅ぼされ浪人中だ。 |
| 1780 |
色々な所に仕官した後織田家に戻る。か美濃攻略後に戻った筈だから織田家の未来が明るいと思って織田家に仕えたのだろう。うでもなければ自分の主家を滅ぼして父と兄を殺した奴なんかに仕える筈がない。 |
| 1781 |
まあ俺の所に居るのも一時的なものだろうな。かし将来の秀吉政権ではそれなりのポジションにいる男だ。吉との繋ぎ役になってくれれば良い。う思って雇っている。 |
| 1782 |
もう一人の山口新太郎教高だがこいつは尾張鳴海城の城主山口教継の息子だった。継は中々の人物だ。張の土豪だったらしいが信長の父信秀に重用され鳴海城を任されている。 |
| 1783 |
鳴海城は尾張南東部に有って対今川の最前線を守る城だ。秀から信用されていたのだろう。が信秀が死ぬと織田家は信長と信行の間で争いが起こる。前線を守る教継は不安に思ったのだろう。 |
| 1784 |
織田家を裏切り今川家に付いた。は教継を責める気にはなれない。川との境界線を守る以上いざという時には後詰が必要だ。が内部抗争を始めた織田家にそれが出来るか、不安に思ったのだと思う。 |
| 1785 |
生き残るのに今川家を選ぶのは妥当な選択だ。いのは内部抗争を始めた織田家だ。継は今川家のために懸命に働いたようだ。用されたいと思ったのだろう。略を使って大高城、沓掛城を乗っ取った。 |
| 1786 |
大変な武功だ。長は教継を邪魔だと思ったようだ。力も有れば尾張の事を良く知っている。かしておいては後々面倒と今川方に教継が裏切ろうとしていると偽情報を流した。 |
| 1787 |
義元はそれに引っかかり山口教継、教吉親子を駿府に呼び出し殺してしまった。う思っていたんだけどな。高によるとちょっと違うようだ。口親子に信長から寝返りの誘いの手紙が来たのだという。 |
| 1788 |
ひょっとして寝返りは事実かと思ったが教継、教吉親子はその書状を今川家に送った。うする事で今川家に忠誠を誓っていると行動で示したわけだ。川からもその事に付いて称賛の手紙が来たのだとか。 |
| 1789 |
そのため今川家から呼び出しが有っても教継、教吉親子は何の不安も無く駿府に行ったそうだ。しろ恩賞でも貰えるのかと喜んでいたとか。して殺された。 |
| 1790 |
その後は義元の信頼厚い岡部元信が鳴海城に入った。高は妾腹の出でその当時は山口の姓を名乗っていなかった。の所為で今川家から呼び出しが無かったようだ。 |
| 1791 |
父と兄の死後、教高は城を脱出し山口の姓を名乗った。するに今川は山口氏が邪魔だったわけだ。接尾張東部を治めたいと思ったのだろう。から敢えて信長の謀略に引っかかった振りをして山口親子を殺した。 |
| 1792 |
真実はそんなところだ。高も俺と同意見だった。し涙を流していたな。高にとっては尊敬する父親と兄だったようだ。川も終わりが良くない筈だ。というか無情、いや酷薄な所がある。 |
| 1793 |
あの家はどうも外の人間を信用しない。あそれは仕方が無いのかもしれない、戦国だからな。がなあ、この時代の国人領主なんて力が無いんだ。る様な真似はしなくても良いだろう。 |
| 1794 |
山口氏もそうだが徳川氏もそうだ。の徳川、いや松平は当主は駿府で人質。は今川の城代が支配者面してふんぞり返っている。貢は絞るだけ絞って駿府に送る。蔭で松平の家臣は困窮して百姓仕事をする始末だ。 |
| 1795 |
これじゃ嫌われる筈だよ。川に対しては陰惨で傲慢な印象しか出てこない。に対しては厳しくて良い。が山口も松平も味方なんだ。こには配慮が必要だろう。れが無いと残酷で傲慢な姿しか見えてこない。 |
| 1796 |
今川は今が盛りだがもう直ぐ桶狭間だ。こからは谷底に転げ落ちるように没落する。後は北条にまで切り捨てられて惨めな最後だ。、因果応報、そういう事なんだろうな。 |
| 1797 |
俺も気を付けないと。禄三年(1560年)七月中旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸暑い、今年の夏も暑くなる。んぼの稲は順調に育っている。 |
| 1798 |
城の櫓やぐら台だいからは青々とした稲が見えた。景だな、御爺が此処に良く来る気持ちが分かる。のままで行けば平年並みの米の収穫になるだろう。 |
| 1799 |
悪い事じゃない、関東甲信越は天候不順で凶作になりそうだと八門から報せがあった。分、奥州も駄目だろう。門は今年も米の売買で大儲けだな。はり海が欲しいわ。 |
| 1800 |
八門ではなく朽木として海を使って交易をしたい。狭は近いし国も小さい。頃なんだけど六角、足利と縁続きだからな。慢しないと。輝からは時々若狭を助けて欲しいみたいな手紙が来る。 |
| 1801 |
俺が足利を匿ったり朝廷に献金とかしているから無欲な善人で頼めば何とかなるとでも思っているらしい。談じゃない。はあくまで朽木の安全保障のために金を使っているんだ。 |
| 1802 |
「殿」「如何した、新太郎」「御隠居様がこちらへ」なるほど、御爺がやって来るな。色でも見に来たか、未だ見飽きぬとは余程に気に入ったらしい。爺が櫓台に来ると山口新太郎と山内伊右衛門は少し下がって控えた。 |
| 1803 |
この二人、近習として使っているが中々良い。御爺も外を見に来たのか?」笑いながら尋ねると御爺が首を横に振った。お前を呼びに来たのよ。な客が来おったぞ」。 |
| 1804 |
「客?」「鯰江じゃ、備前守が参った。前に会いたいとな」「ほう」確かに妙な客だ。江城城主、鯰江備前守為定。爺の娘、俺の父の姉を娶っている。が現在では殆ど交流は無い。 |
| 1805 |
朽木は独立勢力、鯰江は六角氏の忠実な被官だ。時の頃からか朽木とは交流が途絶えている。所的にも琵琶湖を挟んで反対側にあるという事もあるだろう。にとっては会った事の無い伯父だ。 |
| 1806 |
「御爺、例の一件かな?」「であろうな。何する? 会うか?」「鯰江は六角の使者として来ているのであろう? 会わぬわけには行くまい」「いや、六角の使者では無い。くまで親戚として来たと言っておる。る事は出来よう」。 |
| 1807 |
「そうは言ってもなあ、六角の意を受けているのは間違い無い。こで会わねば後が五月蠅うるさいぞ、御爺」御爺が溜息を吐いた。小勢力の悲しさだ。が無いのは悲しいよ。 |
| 1808 |
「六角からの正式な使者として扱った方が良かろう」「そうじゃの」「新太郎、伊右衛門、その方等は先に行き主だった者達を広間に集めよ。と御爺は後から行く」「はっ」新太郎と伊右衛門が去っていく。 |
| 1809 |
「鯰江は兵を出せと言うであろうな」「出すのか?」「出さざるを得まい、出さねば浅井に通じたと言われかねん」「なるほど、後が五月蠅いか」「うむ」六角もやり方が陰湿だわ。 |
| 1810 |
碌に親戚付合いもしていない鯰江を送って来るなんて。するに六角が命じたという形ではなく朽木が自主的に判断した、そういう風に持って行きたいんだろうな……。 |
| 1811 |
頭ごなしにやると将軍家の顔を潰しかねない、それは避けたいというわけだ。して六角は朽木にも影響力を持っている、そう周囲に見せたがっている。んまりやる事がえげつないと今川みたいになるぞ。 |
| 1812 |
義元は史実通り桶狭間で信長に首を取られた。河は松平の手に戻っている。れまた史実通りだ。川は谷底に転がり落ちるだろう。井家の猿夜叉丸が元服した。 |
| 1813 |
名は新九郎賢政。角家の当主義賢から一字貰っての元服。して平井定武の娘小夜を義賢の養女として賢政に娶らせた。が……、まあ要するに野良田の戦いがこれから始まろうとしているわけだ。 |
| 1814 |
御爺を促し大広間へと向かった。広間では両脇に朽木の家臣達が並び中央に五十歳の前後と見える男が居た。いつが鯰江備前守為定か。心地悪そうだな。 |
| 1815 |
席に座ると俺の方からにこやかに声をかけた。伯父上ですな、初めてお目にかかる。木竹若丸でござる」「あ、いや、鯰江備前守為定にござる」「照てる伯母上は御健勝ですかな」。 |
| 1816 |
「もちろんにござる。若丸殿に宜しくとの事でござった」そうかい、じゃあ文一つ寄越さないのは何でだ? お前が六角を憚はばかって止めてんだろう。まで出かかったが堪えた。 |
| 1817 |
「それで、本日御来訪の趣おもむきは?」「浅井の事でござる。に御存知かと思うが浅井新九郎賢政、家臣達の一部と共に六角家に反旗を翻し申した」。 |
| 1818 |
「小夜様を離縁して送り返したという事は聞いております。親の下野守様を竹生島に追い出したとか。かなか激しい性格のようですな」所詮は他人事、のんびりと答えると為定の顔が赤くなった。 |
| 1819 |
「それだけではござらん。田城城主高野瀬備前守秀隆を調略によって寝返らせ申した」「肥田城を水攻めにしたと聞きました。手く行かなかったようですが肥田城の高野瀬様も胆が冷えた事でござりましょう。 |
| 1820 |
文を遣わせば戻って来るのではありませぬか」為定が“とんでもござらん”と首を横にブルブルと激しく振った。いつ、ブルドックみたいな感じだな。名はブルちゃんだ。 |
| 1821 |
「これまで浅井家が家を保てたのは六角家の庇護が有ればこそ。重なる無礼に左京太夫様は忘恩の徒、新九郎めに思い知らせてやらねばならぬと御怒りでござる」。 |
| 1822 |
「なるほど、では戦という事ですな」「いかにも」「伯父上も出兵ですな、御武運を祈っておりますぞ」あくまでニコニコと無邪気に言うとブルちゃんがちょっと言葉に詰まった様な表情を見せた。 |
| 1823 |
何の事は無い。野瀬が裏切った。月に水攻めにしたが上手く行かない。植えの時期になったので已むを得ず戦を止めた。がこのままには出来ない。角家の威信を守らなければならない。 |
| 1824 |
というわけで稲刈りの前に浅井を痛めつけてやろうというわけだ。てこなければ青田刈りで浅井の秋の収穫を滅茶苦茶にするつもりだろう。国規模でこんな事が起きている。 |
| 1825 |
飢饉になる筈だよ。そこでだ、竹若丸殿」「はい」「朽木家も兵を出しては如何かな? 朽木家の馳走が有れば左京太夫様も御喜びになると思うのだが」ようやく本題に入ったか。 |
| 1826 |
「伯父上、それは六角家からの正式な御依頼、そういう事ですかな?」俺が問うと慌てたようにブルちゃんは首を横に振った。そうではない、某の一存じゃ。 |
| 1827 |
六角家と朽木家の間柄が思わしくないと聞いての、老婆心ながら何とかしたいと思ったのじゃ」「ほう、当家と六角様の間柄が思わしくない? 聞き捨てなりませぬな、それは。 |
| 1828 |
当家は六角様に含むところ等有りませぬぞ。角家の御家中ではそのような無責任な噂が流れておりますのか」ブルちゃんが“あ、いや”とか言って焦っている。 |
| 1829 |
「それとも含むところが有るのは六角左京太夫様ですかな」「そうではない、そうではない。若丸殿」「伯父上、正直にお話し願いたい。、伯父上のお考えか、それとも左京太夫様の御依頼か。 |
| 1830 |
正直にお話し頂けなければ当家としても判断を誤る事になりますぞ。つ間違えれば朽木家を潰す事になる。何?」畳み掛けるとブルちゃんが押し黙った。 |
| 1831 |
なんか中間管理職の悲哀だな。けてやるか。皆、席を外してくれ。父上と二人だけで話したい」御爺が俺を見たので頷いた。が席を立って次の間に下がった。 |
| 1832 |
それを見届けてから席を立ってブルちゃんの傍に座った。いたように俺を見ている。伯父上、二人だけでござる。直にお話し願いたい。は左京太夫様の御依頼ですな」観念したようにブルちゃんが頷いた。 |
| 1833 |
「……朽木家が自らの判断で六角家に御味方した、そういう形にせよとの事であった」「先程の間柄が思わしくないというのは?」「……そう申せば出兵するであろうと」「左京太夫様が?」。 |
| 1834 |
「いや、……後藤但馬殿のお考えじゃ」やれやれだな。角の両藤が絡んだか。がかかれば木が枯れるというが朽木はとっくに枯れているぞ。に行って欲しいわ。 |
| 1835 |
「相分かり申した。父上の御好意、有難く思いまする。家は六角様に馳走致しますぞ」「おお、真に」「はい、某から左京太夫様に文を書きましょう。 |
| 1836 |
伯父上からお誘いが有ったので御味方したいと。れをお届け頂きたい」「竹若丸殿、済まぬ……」大喜びだな。が赤くなっている。兵は千ほど出します。 |
| 1837 |
但し某は元服前、戦の場数を踏んでおりませぬ。茶は出来ませぬぞ。のように御伝え願いまする」「分かった。ず伝える」「これで伯父上の面目も立ちましょう。 |
| 1838 |
これ以降は関係を密に願いますぞ。家と鯰江家、そして六角家。良く栄えたいものでござる」「うむ」ブルちゃんが頷いた。ッとした様な表情だ。かっているのかな、こいつ。 |
| 1839 |
六角に隠し事が出来たって事に。と通じたって事に。あ良いか。少は役立ってくれるだろう。りに干し椎茸でも土産に持たせよう。し多めに渡して六角にも渡して貰おう。 |
| 1840 |
ブルちゃんだけだと俺に通じたと疑われかねんからな。禄三年(1560年)八月中旬近江愛知郡野良田竹若丸「殿、本当に宜しかったのですか?」。 |
| 1841 |
「鎧か? 伊右衛門」「はい」「構わん、あれを着けると動けんのだ」俺が答えると伊右衛門が困った様な顔をした。太郎も同様だ。郎衛門は……、もう諦めているな。 |
| 1842 |
軍議の場でも同じだったな。服で行くと鎧を着けないのかとか嫌味を言う奴が居たから同じ事を言ってやった。れで良いんだよ。角義賢も平服の奴を前線に出そうとはしない筈、そう思ったんだ。 |
| 1843 |
狙い通り後陣になった。は六角のために無駄な血を流す気は無い。い朽木谷の戦いでも平服だったからな、おかしな話じゃない。の野良田、肥田城の南に有る。 |
| 1844 |
そして六角と浅井は宇曽川を挟んで睨みあっている。角家の陣容だが先陣に蒲生定秀、永原重興、進藤賢盛、池田景雄等合計四千。第二陣は楢崎壱岐守、田中冶部大夫、木戸小太郎、和田玄蕃、吉田重政等合計四千。 |
| 1845 |
後陣に六角左京大夫、後藤賢豊、そして俺、朽木竹若丸を含む合計四千、総勢一万二千。江の伯父は第二陣に居る。は朽木勢から少し離れた見晴らしの良い場所に使番達と一緒に居る。 |
| 1846 |
兵達の後ろに居てはとても戦況が見えん。方の浅井勢だが大体六千ぐらいと六角の物見が報告している。んなところだろうな。説には浅井は一万人以上の兵を出したとあるが姉川の戦いの時だって五千だ。 |
| 1847 |
有り得ない。近江三郡、大体二十万石だろう。千というのはおかしな数字じゃない。しろ限界まで出した感じだ。方の六角だがこっちはその気になれば二万五千は出せる。 |
| 1848 |
六角の本拠は南近江だが勢力範囲は伊賀の大部分、北伊勢、大和の一部にまで及んでいる。十万石は堅いだろう。万二千というのは浅井相手ならそれで十分という事だろうな。 |
| 1849 |
二倍の兵力だ、間違いでは無い。も負ける、史実では野良田の戦いで六角は負ける……。あの旗、やはり良いな」俺が作った朽木の旗。臨兵闘者皆陣列在前”、九字の旗だ。 |
| 1850 |
臨む兵、闘う者、皆陣列べて前に在り。れって使うのは忍者だけじゃないんだな。間にも広まっているし武士も護身の呪文、厄除け、精神統一法として利用している。 |
| 1851 |
朽木は敵、そして敵か味方か分からない奴が多いから魔除け、厄除けの類が必要だ。殿、浅井から兵が出て来ましたぞ」五郎衛門の言葉に川向うを見ると浅井勢が喊声を上げて宇曽川を渡って来るところだった。 |
| 1852 |
大体二千程か。いを付けて渡って来る。角側が矢を放ったが気にする事無く突っ込んでくる。井の戦意は高いようだ。角、嫌われているな。も嫌いだ。し、浅井も好きじゃない。 |
| 1853 |
「ぶつかりますぞ。角側は、……鶴の旗ですな。生殿の陣にぶつかるようです」「そうか。砲隊の準備は出来ているな」「はっ」「新太郎、今一度叔父御に伝えよ。して火縄の火を絶やすなとな」。 |
| 1854 |
「はっ」山口新太郎が走り出した。の嘶く声がする。を使ったか。井が蒲生に突っかかった。遮二無二押してきますな」「崩せそうか」俺が問うと五郎衛門が首を横に振った。なかなか、そうは行きませぬ。 |
| 1855 |
上手くいなしておりますな。ずれ浅井勢の息が切れます。の時は永原、進藤、池田が浅井の横腹を突きましょう」なるほど、野球の実況中継みたいだな。 |
| 1856 |
「暑くなってきたな」「はい、巳みの刻はとうに過ぎておりましょう」答えた伊右衛門の顎にも汗が光っている。体十時を過ぎて十一時か。夏の十一時だ、暑い。 |
| 1857 |
平服の俺でさえ暑い。冑を着けている連中はもっと暑いだろう。伊右衛門、使番を出して皆に細目こまめに水を飲むように伝えろ。れと気分の悪くなった者、眩暈のする者は速やかに申し出るようにと。 |
| 1858 |
それから無理をせずに腰を下ろせと伝えろ」「はっ」伊右衛門が駆け出す。れと入れ替わる様に新太郎が戻って来た。砲隊の方は心配いらないと答えた。が座ると皆もぞろぞろと座った。 |
| 1859 |
「殿、宜しいので?」「構わぬ、無駄に疲れさせる事は無い」五郎衛門が心配そうにしているが無視した。角が如何思うが知った事か。いんだ! 文句が有るならお天道様に言え。 |
| 1860 |
じゃなければこんな時期に戦争なんかするな。敗した、次からは床几を用意しよう。右衛門が戻って来た。が座っている様子にまごついていたが新太郎に“座れ”と言われて座った。 |
| 1861 |
少しして朽木勢もぞろぞろと座り始めた。井が押す、しかし押し切れない。の繰り返しだ。ーわー喊声は聞こえるがまるで現実感が無い。当に戦をしているのか? 朽木谷の戦いは短時間だったがもっと臨場感が有ったぞ。 |
| 1862 |
腹が減ったな、そろそろ午うまの刻か。実通りなら浅井の先鋒が崩れる筈だが……。浅井が押されますぞ、息が上がったようにござる」五郎衛門が教えてくれたがさっぱり分からん。 |
| 1863 |
分からないと言うといずれ分かるようになると言ってくれた。めじゃない事を祈るばかりだ。崩れましたな」今度は俺も分かった。井勢がズルズルと後退する。が踏み止まった。 |
| 1864 |
五郎衛門が“ほう”と声を上げた。が永原、進藤、池田の兵が横腹を突く。らずどっと音がするかのように崩れた。るほど、五郎衛門の言った通りだな。いつ、なんで朽木なんかに居るんだ。 |
| 1865 |
信長に仕えれば簡単に十万石ぐらい貰えそうだな。皆を立たせよ。の準備だ、浅井の本隊が突っ込んで来る。番を走らせよ。砲隊に後れを取るなと言え!」。 |
| 1866 |
慌てて立ち上がった伊右衛門と新太郎が使番を走らせるべく駆け出した。殿、そう思われますか?」「思うぞ、五郎衛門。井新九郎には後が無い。にはここで勝つしか道は無いのだ。 |
| 1867 |
必ず突っ込んでくる」五郎衛門が頷いた。っていた朽木勢がぞろぞろと立ち上がった。れと時を同じくして浅井の本隊が動く。れた先鋒が本隊が動いたのを知って踏み止まろうとしている。 |
| 1868 |
本隊が動く! あれ、こっちには来ない? 浅井の本隊は川を渡って先鋒と協力して六角の先陣に向かった。千は超えるだろう、総攻めだ。角の第二陣が動いた。陣だけでは防げないと見たか。 |
| 1869 |
六角の先陣と第二陣が浅井の本隊の攻撃を受け止める。が浅井の勢いが強い、また押された。、浅井の本隊の後ろから一千程の兵が川を迂回してこちらに向かってきた。 |
| 1870 |
先陣と第二陣は動けない! 長政、いや賢政が来た!「伊右衛門、使番を走らせろ。砲隊は二町の距離で攻撃、弓隊は随時攻撃! 槍隊は敵の崩れを待って突撃!」。 |
| 1871 |
「はっ」伊右衛門が動いた。しずつ近付いて来る。角の本隊と後藤の隊が慌て始めた。いつら勝ち戦だと思って油断したな、史実通りだ。っちが動いていたのを見なかったのか。 |
| 1872 |
使番が馬を駆って命令を伝え始めた。し、大丈夫だ。砲隊三百、三段撃ちの威力を信じよう。右衛門が戻って来た。殿」「うむ」朽木の弓隊が矢を射始めた。まり残り約四百メートルか。 |
| 1873 |
浅井勢は一直線に六角の本陣を目指している。のままだと斜めから撃つ事になるな。…まだだ、まだ、まだ、もう少し、早く来い……。響きが伝わって来た、もう少しだ。が何時の間にか汗ばんでいた。 |
| 1874 |
「放て!」藤綱の叔父御の声が聞こえたと思ったがそれを打ち消す様な轟音が響いた。ラバラと兵が倒れた。井勢が混乱している、そこにまた轟音が響き兵が倒れた。し、浅井は完全に浮足立った。 |
| 1875 |
そしてもう一撃! 浅井勢が崩れた! 喊声を上げて朽木の槍隊が走り始めた。門め、張り切っているな。れを追い抜く様に騎馬隊が走り始める。綱の叔父御も負けられんか。 |
| 1876 |
「殿」「何だ」「あれを」五郎衛門が手を上げた。角の先陣、第二陣と戦っていた浅井勢が崩れていた。うやく終わったか。れたな。 |
| 1877 |
永禄三年(1560年)八月中旬近江愛知郡野良田後藤賢豊戦は御味方の圧勝に終わった。井は潰走し肥田城の高野瀬備前守秀隆は降伏した。 |
| 1878 |
肥田城から少し離れた場所にある寺に陣を移し諸将の集まるのを待つ。利にも拘らず御屋形様の表情は厳しい。殿も苦い表情だ。将が集まって来たが陣幕の中の雰囲気は少しも変わらなかった。 |
| 1879 |
まるで負けたかのような状況に近い。御屋形様を憚り沈黙している。朽木竹若丸様、御出でになりました」兵が竹若丸の来訪を告げた。幕を上げ竹若丸が小柄な体を見せた。 |
| 1880 |
皆が鎧を着けているなか一人平服をまとっている。に着けた武器は脇差のみ。ろには何人かの兵が付いていた。うやら首を持っているらしい。屋形様の前まで進み片膝を着く。 |
| 1881 |
付いて来た兵も膝を着いた。左京大夫様、御味方勝利、心より御慶び申し上げまする」「うむ」「遅参、申し訳ありませぬ。ら朽木の者は浅井家と付き合い有りませぬ。 |
| 1882 |
首の確認出来ず遅くなりました」「なるほど」御屋形様の言葉は短い。浅井新九郎賢政殿、遠藤喜右衛門直経殿、赤尾美作守清綱殿、片桐孫右衛門直貞殿、新庄新三郎直頼殿、討ち取りましてござりまする。 |
| 1883 |
御検分を願いまする」なんと! 新九郎以外にもそれ程の首を得たか。ずれも浅井家では聞こえた名、驚いたのは私だけでは無い様だ。幕の中がどよめきで揺れた。 |
| 1884 |
「うむ、この暑さじゃ。例では有るがこの場にて対面致す」「有難き幸せ」本来であれば首実検には色々と作法が有る。かしこの暑さ、時をかければ首が傷む。 |
| 1885 |
作法には外れるが功を挙げたのが朽木なれば早々に確認する必要が有ろう。屋形様が一つ一つ首を検分して行く。からぬ首は周囲の者に確認しておられる。 |
| 1886 |
全ての首の確認が終った。違いは無かった。竹若丸殿。度の馳走、左京大夫心より感謝致す。井に勝てたのは朽木勢の働きによるもの。服致した」。 |
| 1887 |
「過分な御言葉、畏れ入りまする」「此度の働きにどのように報いれば良いか戸惑うばかりじゃ」御屋形様が笑い声を上げられた。らの手によってではないが浅井に十分な罰を与えた。 |
| 1888 |
少しは御気が晴れたようだ。屋形様が上機嫌な声を上げた事で座がようやく寛いだ。が口々に竹若丸の武功に称賛の声を送った。畏れ入りまする。れどその儀は御無用に願いまする」。 |
| 1889 |
「要らぬと申されるか」ざわめきが起きた。れほどの武功を上げて何も要らぬ、座にいる者の中には首を振っている者もいる。屋形様も意外そうな表情だ。島七頭を制したやり方を見ればもっと貪欲かと思ったが……。 |
| 1890 |
「はっ、伯父鯰江備前守より左京大夫様が当家に聊か御不快をお持ちだと伺いました。度の働きでその御不快が少しでも晴れれば当家と致しましては十分でございまする」御屋形様が苦笑いを浮かべられ私をちらと見た。 |
| 1891 |
「なにやら誤解が有るようじゃ。は朽木家に対して不快等持ってはおらぬ。だ当家と朽木家はともに佐々木源氏の血を引く家でありながら最近ではちと疎遠じゃ。の事が残念での、つい愚痴が出たやもしれん。 |
| 1892 |
多分備前守はそれを聞いて案じたのであろうが聊いささか気の回し過ぎと言うものよ。若丸殿、要らぬ気を使わせてしまったようじゃ、許されよ」「はっ、御丁寧なお言葉、畏れ入りまする」。 |
| 1893 |
「いずれ礼はさせていただく」「はっ」その後、高野瀬備前守を命だけは赦して追放の処分と決め軍を返す事となった。が陣幕から立ち去る中私と進藤、蒲生の三人が残る様にと御屋形様から命じられた。 |
| 1894 |
「してやられたわ。質を取られたようじゃ。さかあの場で不快とは言えぬ。々はこちらが仕掛けた事でもある」御屋形様が私を見て苦笑いをされた。を立てた私も笑わざるを得ない。 |
| 1895 |
「しかし、あの者は大分当家を恐れておりますぞ、父上」「それは違う、朽木は六角を恐れてはおらぬぞ、右衛門督」満足そうにしていた若殿を御屋形様が窘めた。 |
| 1896 |
不満そうな表情を浮かべた若殿を見て御屋形様が苦笑を浮かべた。右衛門督、朽木が使っている忍びの正体は分かったのか?」「いえ、八門としか……」。 |
| 1897 |
若殿の答えに御屋形様が更に苦笑を深めた。門、名前しか分からない朽木の忍び。かし八門などという忍びは何処にもいないと三雲対馬守は断言した。 |
| 1898 |
おそらく八門というのは朽木が付けた名前……。木には分からぬ事が多過ぎる。あの者、当家に気を遣ってはいるが恐れてはおらぬ。 |
| 1899 |
何処かで当家の腹の内を読み切っているのやもしれん。断ならぬ者よ。好孫四郎も手を焼いたであろう」「武功を上げさせたのは拙かったやもしれませぬな。 |
| 1900 |
こちらも遠慮せざるを得ませぬ」蒲生殿がぽつんと呟いた。々朽木が武功を上げる事に期待はしていなかった。木にとっては何の意味も無い戦、積極的に戦う事は無いだろうと思った事も有る。 |
| 1901 |
千もの兵を出すと聞いた時は耳を疑った程だ。事なのは朽木が六角家のために軍を動かしたという事、六角家が朽木に大きな影響力を持っていると周囲に知らしめる事だった。 |
| 1902 |
だから朽木勢を後陣に置いた。さかあそこで浅井が突っ込んでくるとは……。しかし下野守殿、浅井に不意を突かれたのは事実。そこに朽木が居なければ大事になったやもしれぬ。 |
| 1903 |
それは認めなければなるまい」「但馬守、六角が負けたと申すか」若殿が激しい目で私を睨んだ。ったものよ、感情の起伏が激しすぎる。に立つならばもう少し押さえてもらわなければ……。 |
| 1904 |
「そうは申しませぬ。すが戦場いくさばでは何が起きるか分からぬのが常の事にござる。木の武功を認め、そのうえでこの先如何するか、今はそこが肝要にござりましょう」。 |
| 1905 |
「但馬守殿の言う通りにございます。きた事を悔やんでも意味が有りませぬ」進藤殿が私を援護してくれた。殿は渋い表情をしてはいるがそれ以上は何も言わなかった。 |
| 1906 |
愚かではないのだ。それに朽木が六角のために大きな功を上げた。れはそれで意味が有る筈、では有りませぬかな?」私が言うと進藤殿が大きく頷き蒲生殿、若殿が渋々頷いた。 |
| 1907 |
御屋形様は動かない。まあ良い、最低限の目的は果たした。うであろう?」御屋形様の言葉に皆が頷いた。それにしても朽木の鉄砲隊、三百丁か。うも揃えた物よ」また皆が頷いた。 |
| 1908 |
鉄砲は決して安くない。れを三百も揃える朽木の財は驚き以外の何物でもない。分の領地で製造するとはいえ火薬と鉛玉はそうはいかぬ。が朽木では惜しげもなく使用して調練に励んでいるという。 |
| 1909 |
何処まで銭が有るのか、底が知れぬ。欲しいの、益々朽木が欲しくなったわ。木竹若丸、六角家に迎えたいものよ」「父上! 先程あの者は油断ならぬと」。 |
| 1910 |
「だから味方にするのだ、右衛門督。れは味方にすれば役に立つ。に回してはならぬ」確かに役に立つだろう。もう一手、いや二手、打ち込むか。角寄ってきたのじゃ、手を緩めずに引き寄せなければの」。 |
| 1911 |
「何か良き策がございますか」「格好の駒が有るわ。井を利用させてもらうとしよう」御屋形様が楽しそうに笑みを見せた。禄三年(1560年)八月下旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸。 |
| 1912 |
「美味しいです!」梅丸が叫ぶと鍋丸、岩松、寅丸、千代松が声を揃えて美味しいと叫んだ。だまだ子供だ。そうか。だ沢山有る。んと食え。太郎、伊右衛門、その方等も食べるがよい。 |
| 1913 |
遠慮はいらぬ」新太郎と伊右衛門が一礼して食べ始めた。いつらが無心に食べているのは井戸水で冷やした真桑瓜だ。殿は召し上がらないのですか?」「俺は要らん」梅丸が変わっているといったような目で俺を見た。 |
| 1914 |
ま、仕方ないな。戸水で冷やした真桑瓜はこの時代の御馳走だ。が俺は食べない。れを食べるとメロンを思い出す。念だが真桑瓜はメロンほど甘くないのだ、メロンを思い出しこの時代にメロンが無い事に泣きたくなるほど切なくなる。 |
| 1915 |
だから食べない。新太郎殿、伊右衛門殿、先日の戦の事を教えて下さい」鍋丸が無邪気に問い掛けたが二人は俺を見ている。の前では話し辛いらしい。れが分かったのだろう。丸がさらにせがんだ。 |
| 1916 |
「殿は暑かったと仰るだけで何も教えて下さらないのです」「事実だ。太郎と伊右衛門は鎧を着けていた。より暑かった筈だ」二人が曖昧に頷いた。の二人は俺の機嫌が悪い事を察している。 |
| 1917 |
だから何も言わない。キども、少しは察しろ。井長政が死んだ。そこで長政が突っ込んで来る事は野良田の戦いを調べていたから分かっていた。え調べていなくても分かっただろう。 |
| 1918 |
長政には後が無かったのだ。勢で兵力でも劣る以上執るべき手段は限られてくる。揮官先頭、俺に続け、それだけだ。……梅丸、汁が垂れているぞ」「はい」多少は勉学に励むようになったが当分元服は無理だな。 |
| 1919 |
ちょっと前迄ならそれで良かったんだけどな。際史実ではそれで勝っている。がな、この世界では朽木の鉄砲隊が有る。丁ずつの三段撃ち。頭で突っ込んで来れば先ず撃ち殺される。 |
| 1920 |
そして指揮官が死ねば士気はガタ落ちだ。井はあっという間に崩れた。者は千五百を超えるだろう。角の先陣、第二陣に打ち掛かっていた浅井勢が滅茶苦茶に叩かれた。応義賢の顔は立てた。 |
| 1921 |
これで六角も少しは大人しくなるだろう。れに浅井という敵が出来た以上暫くはそっちを優先するはずだ。賞をくれるとか言っていたが何でもいいわ、太刀一振りでも構わん。っちも収穫が無かったわけじゃない。 |
| 1922 |
朽木製の火薬を初めて実戦で使った。れからも期待出来るだろう。れにようやく騎馬隊が鉄砲の音に怯えなくなった。しずつ馬を増やして行こう。題は長政が死んだ影響だが……、短期的には影響は無い筈だ。 |
| 1923 |
史実ではこの後、浅井・織田連合対六角・斉藤連合という形での戦いに進展する。が浅井が野良田で負けた以上織田が浅井と組む可能性は無い。 |
| 1924 |
一方六角だが斉藤と組んだのは野良田で負けたから、そして観音寺崩れで軍事力に自信がなくなったからだ。ともと名門の六角は下剋上の斉藤に良い感情を持っていない。 |
| 1925 |
観音寺崩れまでは斉藤と組む事は無い。くは織田対斉藤、浅井対六角という個別の対立が続く筈だ。なると問題は観音寺崩れが起きるか否か、起きるとすればいつ起きるのかが問題になる。 |
| 1926 |
史実では三年後だが早まる可能性は有る、いやむしろその可能性は高いかもしれない。の時近江、美濃、尾張はどうなるか……。や、他にも動きそうな奴がいるな。好、朝倉、足利……。 |
| 1927 |
読めんな、読めんから不愉快になる。木も難しい舵取りを迫られるかもしれん……。がガラッと開いて御爺が現れた。脅かすな、御爺』と言いそうになって口を閉じた。くないな、御爺の顔が緊張している。 |
| 1928 |
「竹若丸、観音寺城から後藤但馬守殿が参られた」「後藤? 正式に六角家の使者としてかな?」「当然であろう、書院にお通ししてある」「分かった、会う」新太郎と伊右衛門にゆっくり食えと言ったんだが二人ともその場で食べるのを止めて付いてきた。 |
| 1929 |
偉いぞ、二人とも。右衛門は別なところに行っちゃうのかな。あ朽木じゃ将来性が無いか。上心の強い奴には向かない職場だな。右衛門だけじゃない、新太郎も出て行くかもしれない。しい話だわ。 |
| 1930 |
その時には三好、六角、浅井、朝倉には就職するなとアドバイスしてやろう。院に行くと後藤但馬守が上機嫌で声をかけてきた。御久しゅう、と言うほど日は経っておりませぬな。会いしたのはつい先日でござった」。 |
| 1931 |
「左様、御懐かしいとは言えませぬ」後藤但馬守と一緒に笑った。な予感がするわ、あの戦いから未だ十日も経っていない。かしくないから早く観音寺城へ帰れよ。に出せたらどんなにすっとするか。 |
| 1932 |
「今日は良きお話を持ってまいりました」「……と言いますと」顔の筋肉が痛い、笑顔が苦しい。先日の朽木勢の武勲に主、左京大夫が礼をしたいと申されましてな」「そのようなお気遣いは……」。 |
| 1933 |
断ろうとすると後藤但馬守が“いやいや”と遮ってきた。竹若丸殿が無欲なお方だという事は分かっており申す。れどこれをそのままにしては我が主左京大夫が他人ひとに誹そしられる事になりまする。 |
| 1934 |
どうか曲げて御受け頂きたい」「これは、困り申した」この野郎上手いじゃないかよ。れない様に持って行く。な予感がする。らない、欲しくない。さか嫁じゃないよな。 |
| 1935 |
「高島郡に六角家の蔵入地くらいりちが有り申す。っと一万石。れを礼として御受け取り頂きたい」口調はにこやかだが目は笑っていない。 |
| 1936 |
……そっちかよ。角め、碌でもない事をする。何する? 受けるか? 受けるしかないな。有り難く頂戴致しまする」軽く一礼すると後藤但馬守が満足そうに頷いた。 |
| 1937 |
「本来なれば吉日を選び観音寺城に御礼言上に上がらねばならぬところではありますが至急の用が出来しゅったいし申した。礼言上は来年正月、新年の御祝いと兼ねさせて頂きまする。 |
| 1938 |
その儀、左京大夫様にお伝え願いまする」「確かに承った。…御武運を祈り申す」「有難うございまする。後ともよしなに願いまする」。 |
| 1939 |
「こちらこそ、以後は昵懇に」何が昵懇にだ、心にも無い事を言いやがって。時か必ずこの日を後悔させてやる。 |
| 1940 |
俺は怒ったぞ。禄三年(1560年)八月下旬近江高島郡安井川村清水山城朽木稙綱後藤但馬守が帰ると竹若丸が主だった者を大広間に集めた。 |
| 1941 |
はて、会談で何が有ったのか。情から見ると余程の事が有ったようだが……。皆、集まったか。藤但馬守様が先程参られた。家にとって良き話と悪しき話を持って来られた。れを話す」皆が顔を見合わせた。 |
| 1942 |
良き話と悪しき話? 一体悪しき話とは……。先ず良き話だ。日の戦における朽木の働き、六角左京大夫様はかなり御喜びらしい。角家の所領から高島郡に有る蔵入地、一万石を朽木家に恩賞として与えるとの事だ。 |
| 1943 |
朽木家は都合六万石の身代となる」彼方此方から喜びの声が上がった。かがもっと多くても良いのにと言い笑い声が起きた。かし六角家の蔵入地?「次に悪い話だ。木家は浅井家と領地を接する事になった。 |
| 1944 |
知っての通り先日の戦で浅井は敗れた。の戦いで最大の功を上げたのが朽木だ。わば朽木は浅井にとって不倶戴天の敵。して浅井の領土は北近江三郡、二十万石に及ぶ。らは三倍の敵と向き合う事になる」。 |
| 1945 |
座が静まった。はりそうか。角に嵌められた、そういう事よの。朽木が生き残る道は一つしかない。井を食うのだ。井を食わねば朽木は浅井に食われよう。われる前に浅井を食う。 |
| 1946 |
先ず高島郡から浅井を叩き出す。の後は浅井郡、伊香郡、坂田郡と浅井から奪うのだ! 直ちに戦の準備をせい! 明日、出陣致す!」“おう”と一斉に声が上がった。 |
| 1947 |
大広間での話が終わった後、五郎衛門と共に竹若丸の部屋で話をする事になった。分かっていると思うが六角に嵌められた」「辞退する事は出来なかったか」。 |
| 1948 |
「そう出来ぬように持って行く。石は六角の両藤よ」竹若丸がほろ苦く笑った。六角の腹は分かっている。木が浅井と争う以上六角を敵には回せぬ。や六角と協力せざるを得ぬ。 |
| 1949 |
それが狙いであろう」「朽木を六角に取り込むというのですな」五郎衛門の問いに竹若丸が頷いた。食えぬ、というよりしぶとい。角程の大身の家にじっくりと構えられては朽木は力負けをする」溜息が出た。 |
| 1950 |
六角が本気を出してきた、そういう事なのであろう。千石の小領主なら見過ごして貰えたやもしれぬ。かし五万石では見過ごされぬか。が重い、大きいと感じた六角は未だ本気では無かったのだ。 |
| 1951 |
竹若丸はその本気の重さ、大きさに苦しんでいる。御爺、何を溜息を吐いておる」「いや、苦労をかけると思うてな。理はせずともよいぞ」竹若丸が笑い出した。何を今更、御爺、言ったであろう。 |
| 1952 |
食うか食われるかだと」「……」「六角が朽木に拘るのは朽木にそれだけの力が有るからよ。は大きくなれば良い。井を食って六角が侮れぬ程に大きくなる。すれば六角と言えども朽木を取り込む事は出来ぬ。 |
| 1953 |
むしろ向こうから朽木に礼を尽くしてくるわ。は舐められなければ良いのよ」「それはそうだが……」口籠ると竹若丸がまた笑い声を上げた。浅井の半分も食えば朽木の領土は十五万石を超えよう。 |
| 1954 |
この近江で浅井を凌ぎ六角に次ぐ地位になる。に出来ぬと思うか?」竹若丸が儂の目を覗き込んだ。……いや、そうは思わぬ」竹若丸が頷いた。六角にはむしろ礼を言わねばならん。木が大きくなる機会をくれたのだからな」。 |
| 1955 |
「……」「御爺、これからが勝負よ」竹若丸は戦う事を諦めていない。え相手が六角であろうと屈する意思は無い。角がしぶといなら竹若丸もふてぶてしいまでにしぶとい。れはどちらが先に音を上げるかの勝負かもしれん。 |
| 1956 |
不意に可笑しくなって笑い声が出た。そうじゃの。だまだこれからよ」永禄四年(1561年)一月上旬近江高島郡安井川村清水山城朽木稙綱「竹若丸は大丈夫でしょうか、お義父様」「案ずるには及ばぬ」。 |
| 1957 |
「ですが」「六角は十分に朽木の価値を分かっておる。若丸が観音寺城で粗略な扱いを受ける事は有るまい。、皮肉の一つぐらいは出るかもしれぬがの」敢えて笑って見せたが綾から不安そうな表情は消えなかった。 |
| 1958 |
妙な物よ、綾と竹若丸は必ずしも上手く行っているようには見えなんだが母親としての情が無いわけでは無いという事か。春かす齢よ女王じょうおう様の内親王宣下は何時であったかな?」。 |
| 1959 |
「三月に決まりました。若丸が費用を出してくれましたので……」「目出度いの」「はい」六角家でも当然その辺りは押さえておろう。木の価値がまた一つ上がった。若丸は上手く立ち回っておる。 |
| 1960 |
いかんの、綾は茶に手を出しておらん。そぞろか。何が心配じゃ」「高野瀬備前守殿の事が……」「心配いらぬ」「なれど」「朽木は大きくなった。れ相応に家臣を召し抱えなければならん。 |
| 1961 |
そして朽木は六角の臣下ではない。野瀬備前守はそれを示す良い証あかしよ。角と誼よしみは結ぶが臣従したわけではない。句は言わせぬ」「……」それだけの力が今の朽木にはあるのだ。 |
| 1962 |
高野瀬備前守秀隆、元は肥田城城主として六角家臣であったが浅井に通じ寝返った。良田の戦いで浅井が敗れたため六角に降伏したが許されず城を追われている。 |
| 1963 |
朽木に仕官を求めて訪ねて来たのは昨年の暮れの事で有ったな。所有りと判断して召し抱えたが……。六角が嫁を世話するかもしれんの」「竹若丸にですか」「うむ」綾の顔が強張り蒼白になっている。 |
| 1964 |
「竹若丸は未だ元服も済ませておりませぬ」「元服すれば良かろう。嫁を決めるという手も有る」「六角様に御年頃の御息女は居られぬ筈、御家中から養女を?」「そうなるの」。 |
| 1965 |
「それでは浅井と同じになります。義父様、あの子は耐えられましょうか?」いかん、何も分かっておらん。明しなければ……。 |
| 1966 |
「勘違い致すな、綾。女を嫁にするという事が六角家の家臣になるという事ではない」「ですが浅井新九郎殿は」「あれは浅井がそういう理由を付けて戦に持ち込んだのだ。にも付かぬわ。 |
| 1967 |
竹若丸と縁を結びたがっている家は幾らでもある。角に取られたと知ればさぞかし悔しがろう」「まあ」悔しがるのは武家だけではない、公家も悔しがろう。木は気前が良いからの。 |
| 1968 |
「六角家中の然るべき家の娘なら実の娘などより余程に利が有るわ」綾が驚いたような表情をしている。、公家の娘だからの。家の事は分かりかねるか。 |
| 1969 |
家臣の娘を養女として外に出す以上愚かな娘、容貌の優れぬ娘は選べぬ。のような娘を嫁がせれば嫁ぎ先が反発して反六角に転じかねぬからの。れでは家臣の娘を養女にする意味が無い。 |
| 1970 |
当然だが養女はそれなりの娘という事になる。の後は娘の実家の問題になる。ぎ先は娘の実家が有力者である事を望む。うであれば何か有った時に娘の実家を当てに出来る。 |
| 1971 |
失態の擁護、願い事の口添え等。家が有力者で有れば有る程期待出来よう。して主君は有力者の願いを無視出来ぬ。名家の当主にとって最も恐ろしいのは敵ではない、むしろ身近にいる家臣……。 |
| 1972 |
大内、土岐、京極……、家臣の反逆によって没落した家は幾らでもある。名家の当主にとって実の娘の依頼は断れても養女の依頼は無碍むげに出来ぬという不思議な状況が発生する……。 |
| 1973 |
なればこそ六角左京大夫は浅井新九郎に怒った。分だけではない、家臣平井加賀守の面子を潰されたのだからの。井を叩かねば平井に不甲斐無しと蔑まれかねぬ。名も楽ではないわ。 |
| 1974 |
ま、当家にとっては余り縁の無い話ではあったな、これまでは。が朽木は大きくなった。角も無視は出来まい。ず朽木との関係を強めようとする筈……。 |
| 1975 |
「そういう事での、あまり心配は要らぬのだ。しろ縁談が来なければ六角の頭の中を疑わねばならん」「そういうものなのですか」綾が息を吐いた。 |
| 1976 |
「そういうものだ。は六角が朽木を如何評価しているかによるの。木への評価が高ければ高い程有力者の娘が来る」「……」有力者にとっても養女を出すのは悪い話ではない。 |
| 1977 |
何と言っても当主が気を遣う家との関係を持つ事が出来るのだ。の家の力を背景に発言力を強める事も出来る。木との縁なら旨味は多かろう。 |
| 1978 |
「六角家の六人衆辺りから来れば上々吉、そんなところよ」綾が曖昧に頷いた。、誰が来るかは分かっているがの。が騒ぎそうじゃ、内緒にしておくか。 |
| 1979 |
野良田の戦いの後、竹若丸は迅速に動いた。たに得た六角家の蔵入地くらいりちを越え浅井領に侵攻する。の地を支配していたのは田屋石見守明政、討ち死にした浅井新九郎賢政の伯父だが野良田の戦い後の混乱を鎮めるため小谷城に行っていたらしい。若丸はあっという間に田屋城、長法寺館、沢村城を奪い田屋氏の所領を残らず奪った。してそのまま海津氏の居城、海津城を奪う。 |
| 1980 |
十日足らずで高島郡から浅井の勢力を一掃した。若丸は湖北有数の湊の一つ、海津湊が朽木領になった事が余程に嬉しかったらしい。のまま海津城に留まり海津湊の直接支配に乗り出した。 |
| 1981 |
いや、本当の狙いは次の戦いを睨んでの事だったのやもしれん。の刈り入れの時期を見計らって伊香郡西部に侵攻する。繁期で兵を思う様に集められなかった有力国人領主熊谷氏は他愛無い程にあっけなく降伏した。 |
| 1982 |
銭で兵を雇う、その事の意味は分かっていた。が現実にその効果を見ると唸らざるを得ん。が戦えない時に戦う、動けない時に動く。若丸は自由に動き敵はそれを黙って見ているしかない。 |
| 1983 |
戦をする以前に勝敗は決まっていると言っても過言ではなかろう。れほどまでに朽木は有利だ。谷氏は降伏し主だった者は小谷へと向かった。浦、塩津の湊が新たに朽木の物になった。 |
| 1984 |
そして竹若丸より文が届いた。これにて湖北の物の動き、朽木が押さえ申し候』最初は良く意味が分からなかった。を大袈裟なと思ったほどだ。が若狭、近江、そして越前敦賀の商人までが清水山城を訪れるようになった事でその意味が分かった。 |
| 1985 |
物が動くという事は金が動くのだ。して竹若丸は関を廃し通行の自由、商いの自由を保証している。くの商人が朽木にやってくる。井は重要な銭の収入源を朽木に奪われただけでは無く物の動きも儘ならなくなろう。 |
| 1986 |
少しずつ浅井は追い込まれて行く。してその気になれば朽木は敦賀の喉を締め上げる事も出来る。の刈り入れが終ると浅井勢が反撃に出ようとした。がそれと合わせるように六角が動く。 |
| 1987 |
竹若丸が八門を使って流した野良田の戦いは朽木の力で勝った、その噂に危機感を覚えたらしい。いは竹若丸の浅井領侵攻に煽られたか。角は浅井の重要拠点佐和山城に大挙押し寄せ攻略した。 |
| 1988 |
浅井は六角の動きを本格的な攻勢かと疑い小谷城の防御に専念せざるを得なかった。して竹若丸も六角の動きに合わせるように侵攻を再開する。呉湖周辺に進出し砦を築いた。 |
| 1989 |
大岩山、岩崎山、賤ヶ岳、茂山。津の湊を使って砦作りに必要な資材が運び込まれた。井からの攻撃を防ぐために林与次左衛門が船の護衛を務めている。して余呉湖を囲むように、塩津を守るように砦が築かれた。 |
| 1990 |
冬を前に防御を固めた、そう見えるが岩崎山の砦は北国街道の直ぐ傍なのだという。の気になれば北国街道を分断する事が可能だろう。めを睨んでの防御だ。た一つ浅井を追い詰めた。 |
| 1991 |
そこまでで竹若丸の浅井領侵攻は終わった。の到来と雪の襲来だ。分動けない。して竹若丸は塩津浜城で越年した。音寺城にも塩津浜城から直接行っている。 |
| 1992 |
清水山城に戻らないのは浅井を食うという決意の表れなのかもしれない。木は高島郡の全て、伊香郡の南西部を押さえた。高は十万石を超える。井は未だ十五万石程は有ろう。 |
| 1993 |
だが差は縮まりつつある……。禄四年(1561年)一月上旬近江蒲生郡観音寺城後藤賢豊「そろそろか、楽しみよの」御屋形様が上機嫌で呟かれると皆が頷いた。うすぐ朽木竹若丸が新年の挨拶に参上する。 |
| 1994 |
出迎えるは上座に御屋形様、若殿。して両脇に進藤、蒲生、三雲、目賀田、平井加賀守、私。し平井加賀守は竹若丸の介添えをしている。う直ぐここへ一緒にやってくるだろう。音が聞こえ平井殿が現れた。 |
| 1995 |
「朽木竹若丸殿、新年の御挨拶に参られました。木殿、こちらへ」「はっ」竹若丸が現れた。わらかな薄い青の直垂を身に着けている。し背が伸びたやもしれぬ。に進み御屋形様の前で座った。 |
| 1996 |
「謹みて新しき年の御慶びを申し上げまする。ぎし年には多大なる御高配を賜りましたる事、朽木竹若丸、感謝の念絶えませぬ。から御礼申し上げまする。 |
| 1997 |
新たなる年に於きましても宜しく御指導の程御願い致しまする」口上を述べると深々と頭を下げた。うむ、こちらこそ宜しくお頼み申す。年も良き年にしたいものじゃ」「はっ」。 |
| 1998 |
「竹若丸殿より新年の祝いの品、献上されておりまする」平井殿の言葉に御屋形様が“これへ運ぶが良い”と命を出した。が顔を見合わせた。木の財力は皆が知っている。 |
| 1999 |
先ずは干し椎茸、石鹸は間違いあるまい。ろから献上品を捧げて七、八人が入ってきた。た事が有る顔だと思った時だった。献上品を運んでいるのは六角家の者達にござる。 |
| 2000 |
竹若丸殿が朽木家の者は外様なれば御屋形様の前に出るは憚り有りと申されました。、竹若丸殿のお心遣いに感服致し申した」平井殿の言葉にざわめきが起きた。 |
| 2001 |
「うむ、心遣い嬉しく思うが以後は無用になされよ」「はっ」最初に運ばれたのは美しく塗られた菓子鉢だった、朽木塗か。つは干し椎茸、もう一つは石鹸が入っていた。 |
| 2002 |
その後に朽木で造られた太刀三振り。るほど、朽木家の者に運ばせなかったのはこれの所為か。らに越後上布三反、南蛮より購入した真っ赤な珍陀酒、最後に朝鮮より購入したという虎の皮。 |
| 2003 |
半分は朽木の物、あとの半分は購入した物。体如何程の費えを要したのか……。いや、驚いた。様に豪勢な祝いの品を頂いては只々恐縮するのみじゃ。若丸殿、左京大夫心から礼を申す」。 |
| 2004 |
「御笑納頂ければこれに過ぎたる慶びは有りませぬ」御屋形様と竹若丸が穏やかに話をしている。人とも演技だろうか、それとも本心か。れにしても若殿にも今少しにこやかにして貰いたいものだ。 |
| 2005 |
笑み一つで相手の心証も変わる。殿よりも若い竹若丸はそれをやっているのだ。井が敵になった以上朽木の価値は以前にも増して重要になった。して朽木にとっても六角との協力関係は必要不可欠。 |
| 2006 |
さればこそこうして朽木は辞を低くして挨拶をし御屋形様は笑みを浮かべて朽木をもてなしている。木を六角に取り込む。屋形様の狙いは十分過ぎるほどに当たった。万石を捨てる事で六万石を得た。 |
| 2007 |
そして今では十万石を超えるまでに育っている。が未だ朽木を取り込むには十分ではない、今日はその仕上げをする日となる筈だ。それにしてもたちまち浅井の領土を奪われたな。 |
| 2008 |
いやその速さ、我ら皆驚いておる」御屋形様の言葉に竹若丸が“畏れ入りまする”と頭を下げた。かに速かった、浅井の対応が追い付かぬ程に速い。木の強みは鉄砲だけではなかった。 |
| 2009 |
銭で雇った兵、それを何時何処へでも動かせるという強みが有る。に回せば極めて厄介な事になるだろう。ういう意味でも朽木を味方に付けなければならん。 |
| 2010 |
「某も驚いておりまする。京大夫様に於かれましては佐和山城をたちどころに攻略致されました。の城は浅井にとっては重要な城、守りも堅かった筈。井も肝を冷やした事で有りましょう」御屋形様が上機嫌で笑い声を上げた。 |
| 2011 |
「いや、多少は我らも働かねばの。角家の面目が立たぬ。うであろう?」御屋形様が我らに声をかけた。れに皆が応える。真に”、“如何にも”、広間に声と笑い声が満ちた。 |
| 2012 |
「如何であろうの、竹若丸殿。うして親しくなれたのじゃ、両家の結び付きを今少し密なる物にしたいと思うのじゃが」雑談を少し交わした後、御屋形様が切り出すと竹若丸がにこやかに笑みを浮かべた。 |
| 2013 |
「某も同じ事を考えておりました」皆が視線を交わした。木は六角との縁談に異存は無いらしい。では如何かな? 竹若丸殿、思い切って儂と親子にならんか。を貰って欲しいのじゃ。 |
| 2014 |
そなたの様な息子がいれば頼もしい限りよ」「異存ござりませぬ。家にとって名誉な事と思いまする」御屋形様が大きく頷かれた。 |
| 2015 |
「儂には娘がおらぬ。れゆえ平井の娘を養女として竹若丸殿と縁を結びたい」「平井様の御息女と申されますと小夜様であられましょうか」少し気まずい物が漂った。 |
| 2016 |
一度浅井に嫁いだ以上小夜は出戻りという事になる。竹若丸殿、誤解しないで欲しい。夜は心映え優しく美しい娘じゃ。れゆえ浅井に嫁がせたのじゃがあの愚か者めが……」。 |
| 2017 |
「左京大夫様」竹若丸が御屋形様を遮った。言葉足りず申し訳ありませぬ。、小夜様に不満は有りませぬ。すが小夜様は如何であられましょう。 |
| 2018 |
一度は浅井家に嫁がれた身、浅井に想い有るようなれば朽木に嫁がれるのは不本意やもしれませぬ」条件を釣り上げるためにごねるかと思ったのだが……。 |
| 2019 |
意外に思ったのは私だけではないだろう、皆も顔を見合わせている。屋形様はじっと竹若丸を見ていた。加賀、如何じゃ」「竹若丸殿、御配慮感謝致しますぞ。 |
| 2020 |
小夜は浅井の事は縁が無かった、一日も早く忘れたいと申しております。心配の様な事はござらぬ」「それなれば問題有りませぬ。夜様を当家にお迎えしたく思いまする」話は簡単に決まった。 |
| 2021 |
年内に元服し婚儀を上げる。角、朽木が合意した事を将軍家に報告し元服は将軍家の御意向に従う。儀には将軍家も何らかの形で関与するだろう。大な婚儀になるかもしれぬ。 |
| 2022 |
平井殿は竹若丸が小夜の事を気遣った事ですっかり竹若丸殿を気に入った様だ。かなか人の心を掴むのが上手い。てが終わった、そう思った時だった。若丸が内密に御相談したい事が有ると言い出した。 |
| 2023 |
永禄四年(1561年)一月上旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸観音寺城から清水山城に戻ると直ぐに御爺と大叔父の惟綱が部屋にやってきた。年の挨拶をしていると綾ママが参上、また挨拶だ。 |
| 2024 |
なんせこの三人とは四カ月以上会っていなかった。拶も長くなる。拶が終わると綾ママが早々に観音寺城の事を訊ねてきた。観音寺城では酷い事をされませんでしたか」「いいえ、そのような事は有りませぬ」綾ママがホウッと息を吐いた。 |
| 2025 |
「綾は心配性じゃ、新年の挨拶でそんな事をするほど六角も馬鹿ではないわ」「御隠居様の申される通りです」御爺と大叔父が声を揃えて綾ママの心配を打ち消したが綾ママは心配そうな目で俺を見た。 |
| 2026 |
あながちはずれというわけでもない、六角にもバカは居る。衛門督義治。うにもならん馬鹿だな、あれは。そなたは気性が激しいから心配で……」。 |
| 2027 |
「母上、その気性が激しいというのは誤解です、某は穏やかとは言いませぬがごく普通ですぞ」綾ママが首を横に振った。普通ではありませぬ。好孫四郎様の事、飛鳥井、近衛様の事、忘れたのですか?」。 |
| 2028 |
「いや、あれは……」あれは交渉術だよ。度も言ったけど本気で怒ったわけじゃないし喧嘩を売ったわけでもない。も綾ママは納得していないんだよな。ママにとって俺は手の付けられない癇癪持ちらしい。 |
| 2029 |
「綾よ、心配はいらぬ。れより観音寺城での事を聞こうではないか。何であった?」ナイスだぞ、御爺。ママは結構しつこいんだ。左京大夫様、右衛門督様が挨拶を受けられた。 |
| 2030 |
同席していたのは後藤、進藤、蒲生、三雲、目賀田、平井の六人。井は介添え役だ」「ほう、では六人衆が勢揃いよな。分気を遣ったと見える」「或いは警戒しているのか」。 |
| 2031 |
「侮られるよりは良いわ」その通りだ。られるよりは良い。あ大分警戒はされたかもしれん。嫁を貰うのですか?」「はい。京大夫様より両家の絆を深めたいと」綾ママが溜息を吐いた。 |
| 2032 |
やっぱり息子の結婚っていうのは複雑なのかな。相手は平井の娘です」「平井? 小夜と云いわれる方ですか? その方は浅井新九郎の……」声が一オクターブ上がった。ち着いてくれ。 |
| 2033 |
「母上、それ以上は」「ですが」「母上は出戻りという事がお気に召さぬのかもしれませぬが六角が当家を浅井と同等以上に見ているとも言えます。は押しておりますが浅井は朽木よりも身代は大きいのですぞ。 |
| 2034 |
悪い縁談では有りませぬ」不満そうだな、頼むから納得してくれよ。いびりとか冗談じゃないぞ。式は何時にするとなった?」「五月だ、御爺。初は秋と言っていたのだが急に五月にしてくれと六角家から要請が有った」田植時だ。 |
| 2035 |
戦の時期を避けてとなるとどうしても式を挙げる時期は限定される。では忙しいですな、早々に元服を済ませませぬと」「今から手配するとなると元服は三月の頭迄にはしなければならぬの」。 |
| 2036 |
「そうですな、その時期ならば戦を避けられましょう」三月頭なら越前はまだ雪だ。倉も出てこない。れからの朽木にとっては浅井以上に朝倉が厄介だ。ママが帰ったら重蔵を呼んで御爺達と話さねばならん。 |
| 2037 |
何時まで経っても敵は無くならないな。禄四年(1561年)一月上旬近江高島郡安井川村清水山城竹若丸音も無くすっと戸が開いた。中へ」「はっ」重蔵が部屋に入り座った。石忍者だ。 |
| 2038 |
殆ど音がしない。ママが自室に戻って部屋に残ったのは御爺と大叔父と俺、そして新たに入って来た重蔵の四人。うやく話が出来る。重蔵、朝倉式部大輔の一件、六角は知らなかったぞ」重蔵は表情を変えない。 |
| 2039 |
御爺と大叔父は顔を見合わせた。頼りないの、六角も」御爺が鼻を鳴らした。感だな、少々頼りない。角の眼は京に、三好に向きがちだ。浅井、武田の件も話した」「六角は信じられましたか?」。 |
| 2040 |
「半信半疑だな、大叔父上。だ何かがおかしいとは感じたようだ。と言っていた婚儀を五月にと前倒ししてきた。木との結び付きを固めたい、そう思ったようだ」六角は孤立している。囲は敵ばかりだ。 |
| 2041 |
その事にようやく気付いたらしい。っともそれは朽木も同じだ。三雲は何も言わなんだか? 甲賀の実力者としては一言有ろうに」「何も無い。雲と言うより六角は朝倉を軽視している。 |
| 2042 |
加賀の一向一揆に手古摺るようでは大した事は無い。れが全てだ。、今頃は慌てて調べているだろう」軽視している以上、まともな情報収集などしてはいない。慢は人を馬鹿にする。 |
| 2043 |
「馬鹿が騒いだ。程に朽木が嫌いらしい。を嘘吐き呼ばわりしたわ」「誰だ?」「右衛門督義治。れが次期当主ではな、六角も危うい。藤、進藤、平井は顔を顰めておった。 |
| 2044 |
左京大夫が叱責して黙らせたが嫌な眼で俺を見ていたな」御爺が、大叔父が顔を顰めた。あれと義理とはいえ兄弟になるのは気が進まん。井新九郎もそれが嫌であんなことをしたかな?」。 |
| 2045 |
御爺と大叔父が失笑した。有り得るの」「右衛門督、随分と嫌われたもので」今度は皆で声を合わせて笑った。高島越中に戦を押し付けたのは右衛門督かもしれんの」「御爺もそう思うか」。 |
| 2046 |
「儂でなくとも思うわ」大叔父と重蔵が頷いている。あそうだろうな。中は途中で六角の方針が変わったと言っていた。の馬鹿が騒いで変えさせたのだろう。 |
| 2047 |
。言うまでも無い事だが六角と誼よしみを結ぶのは朽木を守るためだ。木を取り巻く状況は良くない。角の力無しでは朽木は守れん」。 |
| 2048 |
「……口惜しいの」御爺が呟く。むを得ん事だ。国の世で力が無いという事は悪なのだ。慢にはならん。六角と心中する気は無い。に立たんとなれば切り捨てる」三人が頷いた。 |
| 2049 |
六角に恩など無い。くまで利用するだけだ。だが役に立つ間は誠意をもって接する。手が朽木を無二の者、そう思う程にな」家康だって最初は律義者で名を売った。わせ者になるのは最後で良い。 |
| 2050 |
小夜を嫁に迎えるのもそれが理由だ。角左京大夫義賢は浅井賢政を野良田の戦いで殺す事が出来た。井加賀守の面目を立てる事が出来たが半分だけだ。夜の身の上を何とかしないと後の半分は残ったままだ。 |
| 2051 |
一度は養女にしたのだから適当な事は出来ない。の嫁にというのは至極当然な話だ。るとは思っていなかっただろう。がごねるとは思っていた筈だ。に着せるだろうと。 |
| 2052 |
そこをどれだけ条件を押さえて嫁入りさせる事が出来るか、それが左京大夫義賢の力量の見せどころだった筈だ。念だな、俺はそんな事はしない。んで小夜を受け取る。 |
| 2053 |
重蔵の調べでは小夜は中々の美人で性格も良いらしい。題は無い。井は感激していたな、左京大夫義賢も驚いていた。が欲しいのはそれだ。れがこれからの朽木の財産になる筈だ。 |
| 2054 |
右衛門督がどれほど俺を罵ろうと左京大夫義賢と平井加賀守は同調しない。れが有れば他の連中も朽木に配慮せずにはいられなくなる。俺は雪が解けたら木之本に出る。 |
| 2055 |
あの辺りは井口、赤尾、雨森、阿閉と浅井の有力家臣がひしめく場所だ。井も簡単に取らせるとは思えん。倉に後ろで動かれて邪魔されたくない。蔵、朝倉の敦賀郡司家と大野郡司家の不和を煽れ。 |
| 2056 |
元々大野郡司家は朝倉宗滴在世中は割を食ったと不満が有る筈だ。用しろ」「はっ」重蔵が頷いた。爺、ニヤニヤするな。党になった様な気がするじゃないか。野郡司家の当主は朝倉式部大輔景鏡だ。 |
| 2057 |
こいつが碌な奴じゃない事は分かっている。景を裏切って首を獲った男だからな。れば簡単に揉め始めるだろう。倉が一つに纏まれば脅威だがそうじゃなければやりようは有る筈だ。 |
| 2058 |
そして朝倉を纏められる人間はもう墓の中で眠っている。き上がる事は二度と無い。それと加賀の一向一揆が越前に攻め込もうとしているという噂も流せ」「承知しました」。 |
| 2059 |
「近江にも流せよ、朝倉の援軍は無いと思わせるのだ」「はっ」井口、赤尾、雨森、阿閉、家を潰したいとは思わない筈だ。少は調略で寝返らせる事が出来るかもしれない。 |
| 2060 |
「木之本か、小谷は目の前じゃの」御爺が幾分興奮気味に言った。朽木の兵力では小谷は取れん。れよりも南に下がって水田地帯を押さえながら国友を目指す。 |
| 2061 |
出来れば今浜辺りまで押さえたい。う考えている」国友は鉄砲、今浜は物流だ。はそれほどでも無くても発展する可能性は高い。と言っても長浜になるんだからな。 |
| 2062 |
御爺、大叔父も俺が何を考えているのか分かったのだろう。りに頷いている。谷は攻めん、だが物流と経済で締め上げてやる。は無いが金と物は有るのだ。 |
| 2063 |
「六角右衛門督から目を離すな」「はっ」「奴は朽木に対して敵意を隠さん。の周囲には同じ考えを持つ人間が集まる筈だ。れが誰なのか、調べろ」「承知しました。…殿」。 |
| 2064 |
「何だ?」「消しますか」「……」一瞬声が出なかった。談だと思いたいけど重蔵の目に笑いは無い。爺、大叔父も俺を黙って見ている。期当主が敵意を持っている。険なのは確かだが……。 |
| 2065 |
「調べるだけで良い。は朽木を大きくする事に専念する。木が大きくなれば朝倉への抑えとして重要性を増す。角は京へ目を向けられるのだ。れを理解出来ずに朽木に敵意を示すなら周囲の信を失うだけだ。 |
| 2066 |
自滅したいなら勝手にすれば良い。木が手を汚す必要を認めぬ」重蔵が一礼した。ないな、気を付けないと。易に人を闇討ちにすると却って危険視される事になる。 |
| 2067 |
証拠が無くても疑われるだけで信用は失墜するからな。の後は若狭の武田、三好への監視を命じて八門への指示は出し終わった。は元服と婚儀の準備だ。れと小夜に贈り物だな。 |
| 2068 |
櫛くしと簪かんざし、それと綿の反物、そんなところか。べば良いんだが……。禄四年(1561年)三月上旬近江蒲生郡観音寺城後藤賢豊書院に六角家の六人衆が集められた。 |
| 2069 |
御屋形様、若殿を囲むように座ると三雲殿が話し始めた。色が良くない。先日、朽木弥五郎殿より知らされた一件ですが」「うむ、如何であった」御屋形様の問いに三雲殿の表情が苦しそうに歪んだ。 |
| 2070 |
「朝倉式部大輔殿、兵を動かしておりました」一瞬の後、若殿が“有り得ぬ!”、“何かの間違いだ!”と叫んだが御屋形様に一喝されて口を噤んだ。兵五百を率いて越前、近江の国境まで出張っております」。 |
| 2071 |
「では弥五郎の言う通りか」「はっ」皆が視線を交わす。介な事になったと思っているのが分かった。屋形様の表情も厳しい。木弥五郎基綱、朽木竹若丸の元服後の名だ。 |
| 2072 |
弥五郎は朽木家の当主が代々用いた通称、基綱の綱も朽木家の当主が代々受け継いできた文字だ。軍家から諱を貰うかと思ったが基綱と名乗る事の許しを将軍家に得る事で義輝公の顔を立てるという形をとっている。 |
| 2073 |
朝廷から官位をという話も有ったが弥五郎殿から辞退した。外な事に元服は清水山城では無く塩津浜城で行なわれている。浅井下野守は如何であった?」御屋形様が低い声で問い掛けた。 |
| 2074 |
「野良田の戦いの直後、竹生島より小谷城に戻っております。井家の家督は下野守の二男、玄蕃頭政元が継いでおりますが未だ数えで十三歳。権は父親の下野守が握っております」「……」。 |
| 2075 |
「不思議な事に下野守追い出しを行った者に対して何の処罰も有りませぬ。木の侵攻を前にそんな余裕は無いとも受け取れますが……」「弥五郎の言う通り追い出しそのものが狂言であった可能性も有るか。 |
| 2076 |
……浅井下野守久政、よくも謀たばかりおった!」「父上! そのような事は……」「喧しい!」御屋形様が一喝後、目を閉じて大きく息を吐いた。りを抑えようとしておられる。 |
| 2077 |
「対馬守、若狭は如何じゃ。五郎の言う通りか」「はっ、若狭は領内の反乱が相次ぎ治まりませぬ。狭西部の逸見駿河守には三好の手が伸びておりまする。 |
| 2078 |
それに対抗するには朝倉の手を借りる他無しと武田治部少輔様はお考えのようですが朝倉の兵を領内に入れるは危険過ぎると粟屋氏を始め国内の有力国人領主の反発を生んでおります」。 |
| 2079 |
武田たけだ治部じぶ少輔しょうゆ義よし統ずみ、御屋形様の姉君の御子にあたる、いわば甥。して治部少輔様の妻は将軍の妹。来なら御屋形様にとってはもっとも頼りになる筈の存在だった。 |
| 2080 |
だが交流は殆ど無い。れ程に若狭は一族内での争い、重臣達の反乱で混乱している。屋形様も傍観せざるを得ないのが実情だった。朽木と武田の関係は?」。 |
| 2081 |
「良くありませぬ。部少輔様は朽木を憎んでおります」三雲殿が首を横に振った。無理も有りませぬ。狭より領民が朽木領へ逃げ出しております。姓だけでは有りませぬ。 |
| 2082 |
商人も見切りをつけて逃げ出しております。れほどまでに若狭は暮らし辛く朽木は暮らし易い。のままでは領内で一揆が起きるのも間近。部少輔様にとって朽木は己が足元を揺るがす敵の様な物にございましょう。 |
| 2083 |
密かに浅井と連絡を取り合っているようにございます」御屋形様がまた大きく息を吐いた。況は全て弥五郎殿の言う通り、そういう事らしい。の日、弥五郎殿から内密に話したい事が有ると申し出が有った。 |
| 2084 |
席を変えて話した事は三つ。ずれも予想外の事だった。つ、野良田の戦いの日、朝倉が兵を動かしていた。し兵は五百、兵を指揮していたのは朝倉式部大輔景鏡、朝倉家の重臣中の重臣。 |
| 2085 |
当主朝倉左衛門督義景の従弟。良田の戦いが終わり六角軍が引き上げると朝倉式部大輔も兵を引き上げた。つ、浅井が高野瀬備前守に離反を持ちかけたのは一昨年以上前である事が判明した。 |
| 2086 |
そして誘いには六角が兵を出した時には浅井だけでなく朝倉も後巻をすると約束していたらしい。前守は今朽木家に仕えている。では有るまい。して一昨年以上前と言えば浅井新九郎の元服の一年前。 |
| 2087 |
浅井の離反は本当に新九郎の思い立ちなのか疑問が有る。つ、若狭が混乱疲弊し朝倉の影響力が強まっている。のままではいずれ若狭は朝倉の支配するところになりかねない。 |
| 2088 |
武田治部少輔の動きにも訝しいものが有る。かに浅井と通じている形跡が有る……。皆、如何思うぞ」御屋形様が我らに視線を向けた。 |
| 2089 |
「弥五郎殿の言う通りにございましょう。の度の一件、首謀者は新九郎に非ず父親の下野守。野守は朝倉の協力を取り付けたのでしょうが朝倉は最後の最後で怯んだ。 |
| 2090 |
六角との戦いに尻込みしたのだと思いまする。こで下野守は浅井の総意による離反では無く一部跳ね上がり共の暴挙、そういう形を取ったのだと思いまする」進藤殿の言葉に皆が頷いた。 |
| 2091 |
「朝倉の兵五百の動き、弥五郎殿は浅井が敗れ六角が小谷に攻め入った時、仲裁に入るために用意されたものではないかと考えているようですが某はもう一つ可能性が有ると思いまする」「何だ、山城守」。 |
| 2092 |
「浅井が単独で六角に勝てると思っていたとは思えませぬ。なると膠着状態に持ち込み朝倉の仲裁によって六角から離れようとしたのではないかと」御屋形様が二度、三度と頷かれた。 |
| 2093 |
“有り得る事よ”と呟く。新九郎めが逸はやったために潰ついえたか。なると朝倉の狙いは何じゃ。城守、その方は如何見る」「浅井を六角から引き離し朝倉の楯とする事。 |
| 2094 |
浅井を使って六角を牽制しつつ朝倉は若狭へ。れが狙いにござりましょう」「山城守! その方騙されておるのじゃ! それでは弥五郎の言う通りではないか!」「控えよ! 右衛門督!」。 |
| 2095 |
「なれど」「控えぬか!」若殿が口惜しげに顔を歪めると御屋形様が“場を弁わきまえい”と改めて咎めた。ったものよ、朽木憎しで物が見えなくなっておる。井殿の立場を考えぬのか。 |
| 2096 |
三雲殿が平伏した。申し訳ありませぬ。倉、浅井、武田の動きに気付かず六角家を危うい状況に……」「止めよ、対馬守。ち一人の責任に非ず。の儂が朝倉、浅井を軽視した事が全ての始まり。 |
| 2097 |
朽木を取り込む事に夢中になって周りが見えなんだわ。ちの責任ではない」「……なれど」三雲殿は顔を上げない。屋形様が苦笑を漏らした。頭を上げよ、対馬守。れでは話が出来ぬ」。 |
| 2098 |
「はっ」三雲殿、御屋形様と若殿の間を気遣っての事か……。山城守の言う通りよ。倉も浅井も油断ならん。狭を攻めれば将軍家と儂を怒らせるのは必定。なれば朝倉、浅井は三好と手を組もう。 |
| 2099 |
……危うく孤立するところであった。うなると朽木との関係、これまで以上に密なる物にせねばならんの」その通りだ。に朽木は伊香郡に進出している。倉の南下を防ぎつつ浅井を牽制出来る位置にいる。 |
| 2100 |
六角が浅井を攻めるにはもっとも頼りになる味方だ。加賀、婚儀の準備は如何じゃ」「はっ、既に納采まで済ませておりまする」「うむ、見事な品であったな」御屋形様が満足そうに頷いた。 |
| 2101 |
観音寺城へ届いた朽木家からの納采の品は浅井家よりも遥かに豪勢なものだった。角家から嫁いだ姫君達でもこれほどに豪勢な納采の品を贈られた姫君は居ないだろうと評判だ。 |
| 2102 |
六角家中では今回の婚儀で朽木家、六角家と縁を結ぶ平井家を羨む声が多い。当分は浅井、朝倉への対応に専念せねばなるまい」「三好は如何なされます。 |
| 2103 |
河内の畠山修理亮様より共に戦いたいとの文が届いていた筈」私が問うと御屋形様が首を横に振った。むを得ぬ事だ。井、朝倉が敵対してきた今、三好と事を構えるのは難しい。 |
| 2104 |
西と北の両方から攻められかねぬ。分は三好の天下が続くという事か……。禄四年(1561年)四月下旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「殿、如何されました」文を読んでいると伊右衛門が訊ねて来た。 |
| 2105 |
心配そうな顔をしている。太郎も同様だ。息でも吐いたかな。梅丸からだ。が元服したからな、自分も元服したいらしい。年で十五歳だ、おかしな話ではないが……」。 |
| 2106 |
あんまり賛成出来ない。木は急速に大きくなった。の所為で戦争を甘く見ているんじゃないか、それが心配だ。太郎、伊右衛門も頷いている。じ事を考えたのだろう。 |
| 2107 |
「もう直ぐ清水山に戻らねばならん。の時に決めなければなるまい」「元服を御許しになるので?」「許さざるを得まい。が此処へは連れて来ぬつもりだ。 |
| 2108 |
梅丸はそなたらと違う、苦労をしておらぬからな」二人が頷いた。い事ではないが家を失った事でこの二人は苦労をした。からしっかりとしている。丸にはそれが無い。服した。 |
| 2109 |
朽木弥五郎基綱。綱じゃないんだな、基綱だ。爺が朽木の礎いしずえを築く、そういう意味で選んだ。あ良いんじゃないかな、俺に異存は無い。帽子えぼし親おやは大叔父に頼んで行った。 |
| 2110 |
義輝からはかなり文句が来たな。角のために働いた事が余程に気に入らないらしい。婚する事も気に入らない様だ。服の事、婚儀の事で使者を送ってもグズグズ言うから浅井、朝倉、武田の事を全て文に書いて送ってやった。 |
| 2111 |
六角と結ばなければ朽木は滅びかねん。輝は驚いたようだ。と言っても上杉、朝倉、浅井、朽木、六角の連合軍で三好を叩く、そんな事を考えていたからな。国の厳しさをまるで分かっていない。 |
| 2112 |
大名は将軍のために働くのが当然、そう思っているんだからどうしようもない。しは現実を見て欲しいよ。夜の事も側室で十分なんて事を書いて来たが正室じゃなきゃ意味が無い。 |
| 2113 |
朽木は六角の娘婿になる。井、朝倉にとっては一番嫌な事だろう。綱と名乗る事を将軍家に諒承を求めた。角と縁を結ぶ事を将軍家の許しを得た。ういう形で義輝の顔を立てた。 |
| 2114 |
義輝からは以後も将軍家に忠節を尽くすようにと文が来たがもう勘弁して欲しいわ。分の事で手一杯だ。っちはそっちでやってくれと言いたい。廷からも官位をと言ってきたがそんなものは要らんと断った。 |
| 2115 |
でも勧めて来るんだな。んまり煩いから俺よりも飛鳥井家になんかしてやってくれと言ったら飛鳥井雅綱、俺の祖父だが従一位に昇進して准大臣に補任された。 |
| 2116 |
准大臣? 何だかよく分からないが大臣に准ずる待遇を与えるという事らしい。はそんなのが有ると初めて知って吃驚した。鳥井家では初めての事で飛鳥井家の家格では極官、つまり最高の官位なんだとか。 |
| 2117 |
飛鳥井家からまた煩く手紙が来た。ンザリだ、こんな事なら素直に官位を貰っとけば良かった。れで携帯電話なんか有ったら最悪だな。琶湖に捨てていただろう。儀の事を考えると頭が痛い。 |
| 2118 |
六角は義輝と違い事の重大さを理解したようだ。近頻りに義賢、後藤、進藤、平井、目賀田から文が来る。容は浅井、朝倉の事、婚儀の事だ。 |
| 2119 |
そして六角、朽木両家の親交を深め緊密に協力していきたいと言っている。を寄越さないのは蒲生と三雲、そして義治だ。いつらには要注意だな。角は朽木を取り込もうというより積極的に同盟者として扱おうと方向を転換したな。 |
| 2120 |
織田と徳川みたいな関係にしたいのだろう。井を潰した後は俺を北の安全弁として使うつもりと見た。まり浅井の後は朝倉と正面から向き合う事になる。前朝倉、五十万石は有るだろう。 |
| 2121 |
朽木は浅井を食っても三十万石に届かない。いわ。井攻略は急ぐ必要が有る。音寺崩れが史実で起きるのは二年後だ。れまでに浅井を食わないと……。 |
| 2122 |
頼むから早まらないでくれよ。井を食うのは二年でも難しいくらいだからな。れも有って重蔵には義治を見張らせている。前に兆候が出れば……。 |
| 2123 |
その時の状況によっては見過ごす事も有りだな。夜から時々文が来る。より綺麗な字を書いている。回の婚儀を嬉しく思っていると書いてあった。 |
| 2124 |
納采の品の豪華さに驚いたとも書いていた。った櫛や簪は大事に使っているそうだ。木とはどんなところか見てみたいと書いてあったな。じゃ朽木には住んでいないんだが……。 |
| 2125 |
気になるのは京の動きだ。好みよし長慶ながよしの弟、十河そごう一存かずまさが死んだ。死らしい。年三十歳。慶にとっては痛手だが義輝にとって朗報と言えるかどうか。 |
| 2126 |
六角からの手紙では河内の畠山から共闘の誘いが来たが断ったと書いてあった。まり六角の目は西よりも東に向いたわけだ。山が単独で動くか? 先ず無理だろう。 |
| 2127 |
となると長慶の弟、実休が戦で死ぬ事も無い。内は当分平穏な状態が続くのかもしれん。虎が上杉家の名跡を継いで上杉政虎と名乗った。たな関東管領の誕生だ。 |
| 2128 |
北条もこれから大変だろう。出度い事だから祝いの品を越後に送った。う直ぐ第四次川中島だ、大変だろうが頑張れよ。 |
| 2129 |
永禄四年(1561年)五月中旬近江高島郡安井川村清水山城朽木小夜「まあ、これは」目の前には湖うみと遠くまで広がる風景が有った。 |
| 2130 |
平井家から一緒に付いて来た奈津も声を上げている。して笑い声が聞こえた。気に入ったかな」「はい」「それは良かった。れて来た甲斐が有ったわ。 |
| 2131 |
儂もこの風景が好きでの、よくここに来る。若、いや弥五郎か、あれに笑われたものよ」そう仰られると御お義爺じい様さま、朽木民部少輔稙綱様がまた御笑いになった。 |
| 2132 |
「清水山城は大きいお城なのですね」「観音寺に比べれば小さかろう」「それはそうですけど……、でも大きいと思います。れだけの景色を見る事が出来るのですから」。 |
| 2133 |
「まあ、高島越中の城だからの。少は大きいか」「はい」御義爺様がまたお笑いになられた。少しはこの城に慣れたかな」「はい、御気遣い頂き有難うございます」。 |
| 2134 |
「済まぬのう、弥五郎めがもう少しゆるりと出来れば良かったのじゃが浅井に動きが有ったのでな。津浜に行かねばならん。してそなたを疎おろそかにしての事ではないのじゃ」。 |
| 2135 |
「はい。かっております」御義爺様が頷かれた。五郎様は式が終わると飛び立つように清水山城を離れてしまった。あのように立派な式を挙げて頂きました。事にされていると思っています」。 |
| 2136 |
「そうか」婚儀は盛大なものだった。谷で行われた最初の婚儀など比べ物にならない程に。木の財力は勿論の事、驚いたのは祝い客の絢爛さ。 |
| 2137 |
父から朽木家の事を教えられていたけど朽木家の人の繋がりは予想以上だった。角家からは後藤但馬守様、進藤山城守様。府からは公方様御名代として細川兵部大輔様、他に大舘左衛門佐様。 |
| 2138 |
飛鳥井家からは准大臣飛鳥井雅綱様、中納言飛鳥井雅教様、浄土真宗高田派の尭慧ぎょうえ様。慧様が飛鳥井家の出で弥五郎様の伯父にあたる方だとは少しも知らなかった。も驚いていた。 |
| 2139 |
朝廷から武家伝奏、勧修寺尹豊かじゅうじ ただとよ様、広橋国光様。して参議葉室頼房様、権中納言山科言継様。二人は御義爺様の義理の御兄弟。も一番驚いたのが関白近衛前嗣様。 |
| 2140 |
越後に下向されていた関白様が関東管領上杉政虎様の御名代と共に式に参列された。木家が近衛家と関わりが有るのは父から教えられていた。もまさか式のためにお戻りになるとは……。 |
| 2141 |
それに関東管領上杉家と繋がりが有るなど全然知らなかった。には商人も呼ばれていた。、近江、若狭、そして越前の敦賀。前は朝倉の領地、でも敦賀の商人達は婚儀に出席している。 |
| 2142 |
そして朽木家の人達は彼らを避ける事無く受け入れていた。江を通って越前に行く積荷はその殆どが朽木の支配地を通って敦賀に行く。人も朽木も利を大事にしている。れが理由だと弥五郎様が教えてくれた。 |
| 2143 |
「弥五郎様は何時頃お戻りになるのでしょう?」御義爺様が首を横に振られた。分からん。木之本を取れるかどうかの瀬戸際じゃからの」「木之本?」「うむ。之本を取れば北国街道を押さえる事が出来る。 |
| 2144 |
浅井と朝倉を分断出来るというもの。上すれば越前、南下すれば虎御前。ちらにせよ小谷は孤立するの」「まあ」朽木家が攻勢をかけているとは知っていたけどそこまで……。 |
| 2145 |
「どうなるかは分からん。と言っても朽木は小さい。井、朝倉、六角、朽木。家の中で一番小さいからの」「……」「それにこれから数カ月、朽木にとっては厳しい期間が続く」。 |
| 2146 |
「何故でございましょう?」御義爺様が視線を逸らした。田植えの時期も済んだからの。井も朝倉も兵を動かすだろう。れまで朽木が優位に立てたのは農繁期だったからじゃ」「……」。 |
| 2147 |
「ま、情けない話だが左京大夫様に期待するしかないの」なるほど、朽木の兵は銭で雇った兵だと聞いた。繁期は関係ない。に優位に立てるのは稲の取り入れの時期……。 |
| 2148 |
父に文を書こうか。木を助けて欲しいと。禄四年(1561年)五月中旬近江伊香郡賤ヶ岳朽木基綱「井口越前守経親にござる」「朽木弥五郎基綱にござる」。 |
| 2149 |
賤ヶ岳に有る朽木の砦に四十年配の男が訊ねて来た。口越前守経親、まさかこいつが朽木の誘いに乗るとは……。蔵から報告は受けているが念入りに確認しないといかん。 |
| 2150 |
井口氏は磯野、赤尾、雨森と並んで湖北四家の一つと言われる家だ。れだけの実力を持っている。して浅井久政の正妻、阿古の方は井口氏の出身だ。親は阿古の方の兄にあたる。 |
| 2151 |
つまり俺が殺した浅井新九郎賢政はこの経親の甥なのだ。親が久政に不満を持っているのは重蔵からの報告で知っているが俺を如何思っているかは別問題だ。 |
| 2152 |
「当家に御味方下さるとの事だが宜しいのかな? 井口家は浅井家と近しい関係に有る筈」お茶を飲みながら話し出した。らずゆっくりだ。全て考えての事でござる。 |
| 2153 |
下野守のやりよう、我慢なり申さん」経親が憤懣を漏らした。らあら、こっちは急テンポだな。大分御不満が御有りのようだが」「いかにも」経親が堰を切った様に話し始め、いや憤懣をぶちまけ始めた。 |
| 2154 |
井口氏は古くから高時川右岸を灌漑する近江伊香郡の用水管理をしていた。の高時川、伊香郡の北端から南下し小谷城の傍を通って浅井郡に入り姉川と合流する。 |
| 2155 |
米作りにとって水は命だ。口氏の伊香郡、浅井郡北部での影響力は強かった。井氏にとっても無視出来ない存在だっただろう。親の父、経元は浅井家同様京極家の家臣だったが京極家の内紛に乗じて湖北で力を得て浅井家の重臣になった。 |
| 2156 |
井口氏が湖北四家と讃えられるようになったのは経元の力によるところが大きい。れなりの力量の有った男だったのだろう。時川の用水管理をしていた事を考えれば経元は浅井亮政の家臣というより協力者に近い立場だったようだ。 |
| 2157 |
亮政の経元に対する信頼は厚かった。谷城のすぐ傍に有る虎姫城を任される程だったらしい。が経元は今から三十年程前に六角定頼との間で起きた箕浦の合戦で戦死してしまう。政の身代わりになったそうだ。 |
| 2158 |
経元が死んだ時跡取りの経親は未だ元服前、妹の阿古の方は幼女だった。政にとって経親と阿古の方は命の恩人の忘れ形見だ。政は阿古の方を引き取り自ら育てた。親も可愛がられたようだ。 |
| 2159 |
そして約十年後、亮政は阿古の方を久政の妻にする。の恩人に報いたとも言えるが井口氏を浅井氏に結び付けたのだとも言える。時川の用水管理に影響力を強めたいとも思ったのだろう。 |
| 2160 |
それが出来れば浅井氏の湖北への統制力を強める事も出来る。口氏にとっては最も幸福な時期だったかもしれない。いうのも亮政が死んで久政が浅井家の当主になると風向きがちょっと変わったからだ。 |
| 2161 |
久政は親に押し付けられた嫁が気に入らなかったらしい。九郎賢政をお腹に入れた妊娠中の阿古の方を六角への人質に出してしまう。角定頼も驚いただろう。政には当時娘が数人いた。 |
| 2162 |
そのうち一人は正室阿古の方の産んだ娘だ。質として来るのはその娘だと思っていた筈だ。ころが娘では無く妊娠中の正室が来た。の時代は事前にお腹の子の性別は分からない。 |
| 2163 |
男子が生まれますからそれを人質に出しますというわけでは無いのだ。政には弟が何人かいるがいずれも側室の所生だ。して年は比較的近い。 |
| 2164 |
明らかに久政は阿古の方を疎うとましく思い追い出したのだと思う。親にとって腹立たしい事はさらに続いた。井氏は亮政の代に大きくなったがそれは亮政の個人的力量にかかっていた。 |
| 2165 |
国人領主連合の親玉の様なものだったらしい。政は国人領主連合の親玉浅井氏から戦国大名浅井氏への脱却を目指す。部統制の強化を図り君主権の確立を図った訳だ。 |
| 2166 |
浅井氏が久政の代になって萎縮したように見えたのはその所為だ。政は勢力拡大よりも内部統制の強化と実力の蓄積を優先するべきだと考えたのだと思う。れ無しでは戦国の世を乗り切れないと思った。 |
| 2167 |
凡庸、意気地無しと蔑まれても戦国大名への道を目指したのだ。かなか出来る事じゃない、俺は久政を冷徹な男だと思う。して当然だが睨まれたのが井口氏だった。かにつけて押さえ付けられたようだ。 |
| 2168 |
阿古の方を追い出したのもただ気に入らないというわけでは無くそれが原因かもしれない。親は我慢した。の賢政が浅井家の当主になればまた井口氏は優遇されると思ったからだ。 |
| 2169 |
だが賢政が野良田の戦いで死んだ以上、その可能性は無くなったと見て良い。口氏の未来は閉ざされた。には出さないが経親は賢政が久政に殺されたようなものだと感じている……。 |
| 2170 |
話し終わって喉が渇いたのだろう、経親が一息にお茶を飲み乾した。太郎にお茶のお代わりを頼んだ。御怒り、良く分かりました。尤もな事と存ずる。かし気になる事がござる。 |
| 2171 |
朽木は野良田で戦って新九郎賢政殿を討ち取った者。しゅうござるのかな?」「戦場での事なれば已むを得ぬ事と思っており申す。惜しゅうはござるが恨んではおり申さぬ。 |
| 2172 |
それよりも下野守のやりようが気に喰わぬ。れでは安心して付いていけぬ」経親が首を横に振った。……」「弥五郎殿、朽木氏も元は井口同様国人領主。の気持ちはお分かりであろう」。 |
| 2173 |
「それは分かり申す」弱いから庇護を求める。が庇護を与える筈の存在が何時の間にか抑圧を加える存在に変わっている。切られたと思うのは当然の事だ。 |
| 2174 |
弱小の国人領主が裏切るのは大体が守って貰えない、或いは裏切られたと思うからだ。に釣られるのはそれほど多くない。味い話には裏が有るのは当たり前、危険なのだ。 |
| 2175 |
「条件は二つだけでござる。領安堵、そして高時川の井預りの権利の保持。らの服属、受けて頂けようか」現状維持か、欲深い男ではない様だ。はり久政への反感が寝返りの原因か。 |
| 2176 |
「喜んで。味方頂ければこれ以上に心強き事は無い」「おお」嘘じゃない。北四家の一つが浅井を裏切るのだ。囲に与える影響は大きい。気に朽木に傾く可能性も有る。 |
| 2177 |
新太郎がお茶を持ってきた。親が“忝し”と軽く頭を下げた。では改めて御挨拶仕る。口越前守経親、殿にお仕え致しまする」「うむ。後は当家にて励まれよ」「はっ」。 |
| 2178 |
「早速だが他の方々への働きかけも御願い出来ようか」俺が頼むと経親が嬉しそうに顔を崩した。勿論でござる。ヶ瀬城の月ヶ瀬若狭守、山本山城の阿閉淡路守は某の縁戚。 |
| 2179 |
既に話もしており申す。名とも朽木家に御味方致すとの事にござる。に宜しくお伝えして欲しいとの事でした」「それはそれは。前守殿、早速の働き、見事」敢えて笑い声を上げて喜んだ。 |
| 2180 |
経親も嬉しそうにしている。念、赤尾、雨森の名は無かった。こまで望むのは強欲か。ところで、越前朝倉の動きは?」「鈍うございますな。野守が頻りに出兵を要請しておりますが動く気配有りませぬ。 |
| 2181 |
どうやら朝倉内部で意見が纏まらぬように見受けます。りになりませぬ」「なるほど」重蔵の報告と一致するな。野郡司、朝倉景鏡は加賀一向一揆の危険性を訴えて出兵に反対し敦賀郡司、朝倉景垙あさくらかげみつは出兵を声高に唱えている。対勢力に湖北を押さえられては敦賀が干上がりかねない。 |
| 2182 |
そう考えているのだ。景はその間で判断出来ずにいる。親が浅井を裏切るのは朝倉が頼りにならない、そんな朝倉を頼る久政が頼りにならないという事もあるのだろう。 |
| 2183 |
「下野守は焦れております。々朝倉の応援を待たずに兵を出すつもりにござる」「ほう、これ以上朽木の好き勝手にさせては足元が揺らぐか」「左様、四千は出すようで」「そうか」溜息が出た。 |
| 2184 |
野良田で負けてもそれだけ出すか、総そう浚ざらえだな。っちはようやく編成が済んで三千を外に出せるようになったんだけど……。ちらが勝ってもここで勝てば大きい。坤一擲か。 |
| 2185 |
「殿」「うん?」「御相談が」「うむ、聞こうか」何の相談だ? 言うまでもないか、裏切りの手筈だな。てそうな感じがしてきた。 |
| 2186 |
永禄四年(1561年)六月中旬近江伊香郡木之本朽木基綱「殿、雨が降って来ました」「そうだな、新太郎」「如何なさいます?」。 |
| 2187 |
「鉄砲隊は下がらせろ」使番が出て行った。の時期は雨が降るから嫌いだ。公平だよな、同じ季節に戦をしても信長は長篠の戦いで天気に恵まれた。は雨だ。 |
| 2188 |
これで鉄砲隊四百は使えなくなった。の良い奴ってのはズルいわ。国街道を北に朽木、南に浅井が布陣して睨みあっている。軍の距離は一キロくらいか。う二日目に入った。 |
| 2189 |
場所は余呉湖の近くだ。政率いる浅井勢四千、朽木勢三千。し街道に布陣している朽木勢は二千だ。り千は大岩山、岩崎山、賤ヶ岳、茂山に居る。津を守りつつ浅井の横っ腹を狙う形だ。 |
| 2190 |
その所為で浅井は積極的に動けずにいる、のかな。かし雨だ、鉄砲隊が使えないのは向こうも分かっている筈だ。五郎衛門、如何思う?」「余り良くありませぬな。に助けられている様なもので」。 |
| 2191 |
「俺もそんな感じがしてきた。津浜に帰りたくなったぞ」五郎衛門がクスクスと笑い出した。右衛門と新太郎が呆れたように俺を見ている。 |
| 2192 |
「浅井下野守殿、戦は得手ではないようですな。が下野守殿なら一手を山上の敵の抑えに置いて残り全軍で殿を攻めまする。を北へ押し上げれば山上に居る一千の兵は意味が有りませぬ。 |
| 2193 |
動揺しましょうな」そうなんだよな、俺もそう思う。軍で山に登った方が良かったかな。分かった。も戦は得手じゃないようだ。は気を付けよう」「次が有ればでござるが」五郎衛門が馬が嘶く様に笑った。 |
| 2194 |
失礼な奴だ、この時代の武士は江戸時代の武士とは違う。人に対しても余り遠慮は無い。右衛門と新太郎は困った様な表情だ。参者だから遠慮が有るのだろう。 |
| 2195 |
拙い、益々雨が強くなってきた。が鎧の中にまで入って来た。五郎衛門、俺は戦下手か?」「さあ、どんなものでしょうなあ」「山へ登るか?」五郎衛門が首を横に振った。い、滴が飛ぶだろう。 |
| 2196 |
「今登るのは下策ですな。に付け込まれるだけでござる」「そうだよなあ」なんか中途半端だ。っきりしない。ですが御運はよろしい」「うん?」。 |
| 2197 |
「敵陣に乱れが見えますぞ」なるほど、確かに雨の中敵陣がざわめいている。太郎、伊右衛門も目を凝らして敵陣を見ている。何か有りましたかな?」五郎衛門が俺をニヤニヤ笑いながら見た。 |
| 2198 |
なんか親戚のオジサンにまた悪さをしたのか、そう言われている様な感じがした。井口越前守が寝返った。谷城を乗っ取ったのだろう。の報せが届いた、そんなところだな」「なんとまあ」五郎衛門が笑い出した。 |
| 2199 |
「前言撤回致しまする。はなかなかの名将で」なかなかって、微妙な褒め言葉だな。もう直ぐ月ヶ瀬若狭守、阿閉淡路守が陣から離脱する筈だ。千は減るだろう。士討ちも有るかもしれん。 |
| 2200 |
それを機に打って出る。太郎、伊右衛門、皆に準備をさせろ。砲隊は山に上がる様に言え。の雨では役に立たん。引けい!」「はっ」敵陣のざわつきが酷くなった。いでに雨も酷くなった。 |
| 2201 |
土砂降り、泥濘の中の戦か。い戦になるな。が来た、四頭。のは大人しいちょっと小さめの牝馬だ。前はハル。右衛門に手伝って貰ってそれに跨った。カい気性の荒い馬は扱いきれん。 |
| 2202 |
五郎衛門、伊右衛門、新太郎も馬に跨った。いつらは軽々と馬に跨る。ち込むわ。始まりましたぞ!」五郎衛門が興奮した声を出した。陣の中で同士討ちが始まった。 |
| 2203 |
「全軍、打って出よ!」俺が命じると五郎衛門が“掛かれ!”と大きな声を張り上げた。声が上がって朽木軍が動き出した。も馬を走らせる。の右脇を五郎衛門、左脇を伊右衛門と新太郎が固めた。 |
| 2204 |
五郎衛門、伊右衛門、新太郎は槍を小脇に抱えている。は太刀を抜いた。の中、泥濘を走る。が跳ね上がる。と人の速度が上がるにつれて喊声が大きくなり泥の跳ね上がりも酷くなった。 |
| 2205 |
敵陣が崩れた。ラバラに逃げ出す。つ盛亀甲に花菱の旗が見えた! 浅井下野守久政か! 「追え! 下野守の首を獲れ!」俺が叫ぶと五郎衛門、伊右衛門、新太郎が“首を獲れ”と叫んだ。 |
| 2206 |
兵達も声を合わせる。びつつ久政を追った。う、逃げる! 久政は北国街道をひたすら南下する。れを追う。げ遅れた浅井勢を殺しながら先へ進む。度か突出しそうになって五郎衛門に引き留められた。 |
| 2207 |
足軽の援護なしでは逆撃に遭いかねない。将は無茶をしてはならんと。かる、だがそれでも心が逸る。は久政の首が欲しいのだ! 浅井を喰らいたいのだ! 朽木が生き残るために!途中で休息を入れさせられた。 |
| 2208 |
馬を潰すな、兵を潰すなと五郎衛門に言われた。得いかなかった、久政は逃げている。れでも休まされた。息の間に月ヶ瀬若狭守、阿閉淡路守が合流し俺に臣従を誓った。 |
| 2209 |
これで兵力は二千五百を超えた。政の兵は脱落者の所為で減りつつある。を切っただろう。息の間にハルに糒ほしいいを与えた。に雨水を蓄え糒を溶かして食べさせた。 |
| 2210 |
無心に食べるハルの首筋を何度も撫でながら“頼むぞ”と話しかけた。砂降りの中でも寒いとは思わなかった、むしろ暑かった。刻、一時間程休んで久政を追った。政は北国街道を左にそれていた。 |
| 2211 |
小谷に向かっている。族を救おうとしている。れを確認しながら追った。う途中で何本も槍が捨ててあるのを見た。も捨てている。も潰れ兵も倒れていた。げるのに必死で潰したのだろう。 |
| 2212 |
倒れている兵はその場で止めを刺された。更ながら五郎衛門が正しかったのが分かった。谷城へ着く途中で日が暮れた。ヶ瀬若狭守、阿閉淡路守に先導を頼み後を追った。砂降りの中、暗闇の中、山道を這う様に進んだ。 |
| 2213 |
ようやく小谷城に着いた時は身体がバラバラになりそうな程に疲れていた。も考えられずに眠った。政を始めとする浅井一族は井口越前守の手で全て捕えられていた。ったのは翌日だった。 |
| 2214 |
永禄四年(1561年)六月中旬近江蒲生郡観音寺城平井定武御屋形様が六人衆を書院に集めた。事か起きたのかと思ったが御屋形様の御機嫌は悪くない。やかなりの上機嫌だ。 |
| 2215 |
はて、一体何が。の顔を見たが皆訝しげにしている。当たりが有る人間は居ない様だ。朽木から、いや弥五郎から使者が来たぞ」「弥五郎殿は伊香郡で浅井勢と戦っている筈。…さては勝ちましたか!」。 |
| 2216 |
後藤但馬守殿の言葉に御屋形様が笑い声を上げられた。当たったぞ、但馬。がただの勝ちではない。五郎め、小谷城を落とし浅井下野守とその家族を捕えおった。勝利よ」ざわめきが起こった。 |
| 2217 |
御屋形様、後藤殿、進藤殿、目賀田殿は顔を綻ばせたが他の三人、若殿は顔を顰め、三雲殿、蒲生殿の表情は変わらなかった。白く無く思っている。 |
| 2218 |
それにしても小夜からの文には浅井に動きありと塩津浜に早々に戻ったと書いてあったがまさか浅井を下すとは……。平井殿、おめでとうござる。い婿殿をお持ちになりましたな」。 |
| 2219 |
「いや、有難うござる」「但馬、儂には祝いを言わんのか。五郎は儂の婿ぞ」「これは失礼致しました。屋形様、おめでとうございまする。藤但馬守、心からお慶び申し上げまする」。 |
| 2220 |
御屋形様が戯れると但馬守殿が生真面目に祝辞を述べた。わず噴き出してしまった。屋形様、但馬守殿も笑う。婿殿は中々に働き者よ。婚早々まさか小谷を落とすとはの。 |
| 2221 |
いや、速い、驚いたわ。倉も胆を潰しておろう」御屋形様がまた上機嫌に笑い声を上げられた。れで浅井、朝倉の連合を潰す事が出来た。近江を朽木に任せる事で朝倉への抑えにも出来る。 |
| 2222 |
そうお考えなのだろう。婿殿が儂に頼みが有ると言っておる」「ほう、それは?」目賀田殿がお訊ねすると御屋形様がクスクスと御笑いになった。坂田郡を押さえて欲しいそうだ。殿はそこまで手が回らぬと悲鳴を上げておる」。 |
| 2223 |
「それは……」「坂田郡を儂にくれるという事よ。変らず豪儀よの、朽木は」御屋形様の言葉に三人を除いて皆が笑った。江坂田郡、十万石には届かぬが八万石は堅いだろう。かに豪儀だ。屋形様も晴れやかに笑っている。 |
| 2224 |
「弥五郎は伊香郡の北に向かっているらしい。ノ木峠、柳ヶ瀬を押さえるつもりじゃ。すれば朝倉は越前から近江に出張れぬ。倉が慌てて兵を動かす前に押さえる」今度は皆が頷いた。分かったであろう。ういうわけで南には手が回らぬのよ」。 |
| 2225 |
「なにやら申し訳ないような気分ですな」「そうでもないぞ、但馬守殿」「どういう事かな、山城守殿」「坂田郡を得れば美濃不破郡と境を接する事になる。馬守殿も不破関を知らぬわけでは有るまい。 |
| 2226 |
弥五郎殿の本心は越前は引き受ける故美濃は任せた、そういう事であろう」後藤殿が唸り声を上げた。なるほど、確かに山城の言う通りかもしれん。なると早めに動いて守りを固めねばならん。 |
| 2227 |
出兵の準備をいたせ」「はっ」「婿殿に負けるな、六角の武威、輝かせようぞ!」御屋形様が右手を突き上げると“おう”という声が上がり笑い声が上がった。院から下がると但馬守殿が話しかけてきた。 |
| 2228 |
「あまりお気に召されるな、加賀守殿」「但馬守殿」「若殿、蒲生殿、三雲殿の事で心配しておいでであろう」「お気付きでしたか」「気付かぬはずが無い。城守殿、次郎左衛門尉殿も気付いておいでだ」但馬守殿が息を吐いた。 |
| 2229 |
「面白く無い気持ちをお持ちの様だが六角家には頼りになる味方が必要であろう。狭の武田が当てにならぬ以上、朽木との協力は必要不可欠。だけではない、山城守殿、次郎左衛門尉殿も同じ思いにござる」「某も同感でござる」但馬守殿が頷いた。 |
| 2230 |
「若殿、蒲生殿、三雲殿、いずれも弥五郎殿とはいささか因縁が有る。れ故に嫌っておいでの様だがいずれ御理解頂けよう、あまり心配致されるな」「お気遣い痛み入り申す」礼を言うと但馬守殿が軽く頷いて立ち去って行った。当にそうならいいのだが……。 |
| 2231 |
永禄四年(1561年)七月中旬近江高島郡安井川村清水山城朽木稙綱「兄上」「おう、蔵人か」「相変わらず此処ですか」「うむ、まあ見飽きぬの。渡す限り青々としておる。になればこれが黄金色こがねいろに波打つ。 |
| 2232 |
真に見事なものよ」儂の言葉に惟綱が可笑しくて堪らぬという様に笑い声を上げた。兄上、殿がやりましたな」「前にも同じ会話をしたの、蔵人」「そう言えばそうですな、場所もここでした」また惟綱が可笑しくて堪らぬという様に笑い声を上げた。 |
| 2233 |
困った奴よ。覚えておいでか、兄上。が成人し壮年になる頃には、そんな話をしましたなあ」「そうよの、……あれは十年前か。う十年、それとも未だ十年かの」「某にはあっという間の十年でしたな。上は如何で?」。 |
| 2234 |
「そうよの、気が付けば十年、そんなところか」顔を見合わせて笑った。だ嬉しかった。も同じ気持ちだろう。井を滅ぼし朽木が北近江の覇者になった。もが朽木を認めている。んな日が来るとは……。 |
| 2235 |
朽木はもう周囲に怯える弱い国人領主では無くなったのだ。それにしても惜しい。田郡、奪えませなんだか」「今浜、国友だけでも奪うと言っておったが諦めたようじゃ。れからも六角とは協力しなければならん。 |
| 2236 |
ならばそっくり譲った方が喜ばれよう。れに伊香郡の北を押さえるのが急務という事も有る」「……」「蔵人、朽木は急速に大きくなった。を整え領内を纏めるには最低でも一年はかかると弥五郎は見ている。 |
| 2237 |
その間は六角の庇護が必要だ。りに隙は見せられん」惟綱が頷いた。う笑みは無い。の前の青々とした風景が急に色褪せて見えた。臭い話に風景も辟易したと見える。 |
| 2238 |
「重蔵が右衛門督の周囲に三雲と蒲生の姿が有ると報告してきた」「三雲と蒲生?」「うむ、厄介な相手よ。鹿を操る事など容易たやすかろう」「なるほど、それを黙らせるためにも……」。 |
| 2239 |
「そういうことよ」海千山千の蒲生と甲賀の三雲。でもない組み合わせよ。談抜きで馬鹿を始末した方が良いかもしれぬ。角は坂田郡を自領に編入した。 |
| 2240 |
坂田郡の旧浅井家臣にとっては一部領地の取り上げが有ったりと結構厳しい処置がとられたようだ。門の調べでは旧浅井家臣に不満が溜まっているという。 |
| 2241 |
特に浅井郡、伊香郡の旧浅井家臣の殆どが旧領を安堵された事と比べて六角を恨む声が強いらしい。たな紛争の元になりかねぬ。介な……。 |
| 2242 |
「殿は小谷へ移るのですか? 小谷城は堅固だと聞きますが?」「いや、それは無い。分は塩津浜であろう。五郎は小谷を不便だと言っておる」。 |
| 2243 |
「不便?」「うむ、あれが好む城は移動の便が良く湖うみに近い事。して敵に近い城よ。谷はその全てに当てはまらん。津浜ならその全ての条件を揃えておる。 |
| 2244 |
あの城から敦賀までは十里足らず。五郎の次の狙いは敦賀よ」弟が“敦賀”と呟いた。敦賀郡を奪えば朝倉は若狭へは侵攻出来ん。 |
| 2245 |
鉢伏山はちぶせやま、木ノ芽峠きのめとうげで朝倉を防ぎつつ若狭が腐るのを待つ」「腐るのを待つ?」「腐るのを待って朽木が食う。食うと周りが煩いからの」。 |
| 2246 |
「なるほど、確かに煩いですな」若狭ではとうとう一揆が起きた。田治部少輔は一揆を鎮圧したが領内は益々不安定になる。揆は頻発するようになるかもしれない。 |
| 2247 |
「しかし当分帰って来ないとなると小夜殿が可哀想ですな」「帰らぬ方が良い」弟が眉を顰めた。……何か有るのですな?」「うむ、公方様から頻りに文が来る。五郎だけではない、儂にもじゃ」。 |
| 2248 |
「なんと」「倅達にも届いていよう。介な事になった」惟綱が首を振りつつ溜息を吐いた。三好を討て、ですな」「うむ。井が滅んだ以上朝倉だけでは何も出来ぬ。分が仲介するから和睦してはどうかと言っている。 |
| 2249 |
そして六角、朝倉、畠山と協力して三好を討てと……」「……」「公方様は朽木を、弥五郎を使いたくて堪らぬのだ。五郎なれば三好を簡単に打ち破れるのではないかと期待している」また惟綱が溜息を吐いた。 |
| 2250 |
将軍家は十河一存そごうかずまさが死んだ事で三好長慶を支える柱が一本倒れた。ういう思いが有るのだろう。して弥五郎なれば、そう思っている。 |
| 2251 |
「朽木は確かに大きくなった。がそれでも北近江三郡に過ぎぬ。島、伊香、浅井、三郡合わせても二十万石程であろう。力は六千から七千と言ったところだ。 |
| 2252 |
坂田郡を領すれば三十万石に近くなったであろうが……、それでも三十万石、一万が限度よ。底三好には敵わぬ」「しかしそれがお分かりではない」「うむ」勝ち方が鮮やか過ぎるのだ。 |
| 2253 |
その所為で不可能が無いように見えてしまう。三好が将軍家の動きに気付いておらぬとも思えませぬが」「知っていて放置しているのよ。詮何も出来ぬと。からこそ反発するのかもしれんが……」。 |
| 2254 |
「三好が当家を如何思うか……」それが一番気になるところだ。綱も眉を寄せて考えている。分からぬ。れまでは放置してくれたが北近江で二十万石となるとどうなるか分からぬ。 |
| 2255 |
だからこそ清水山に戻らぬ方が良いと思う。方様にも当分領内を纏めねばならんと言えよう」惟綱が頷いた。厄介ですな、殿が大きくなればなるほど将軍家の殿への思いは強くなりましょう。 |
| 2256 |
それにつれて三好の警戒も強くなりかねませぬ」「小夜殿を塩津浜に送る事も考えている。津浜を正式に居城としてしまえば朽木が畿内に関心が無いと三好は理解しよう」結果的に公方様の安全にも繋がる筈だ。 |
| 2257 |
惟綱が大きく息を吐いた。いっそ越前に攻め入った方が良いやもしれませぬな。方様も少しは頭が冷えましょう」「早ければ来年にはそうなる。がそれまでは我慢しなければならん」何時までこんな日が続くのか……。 |
| 2258 |
永禄四年(1561年)九月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱ようやく領内の大まかな把握が終った。井家が保管していた領内の記録を見て何とか分かった。香郡、浅井郡、合わせて十一万石をちょっと超えるぐらいだ。 |
| 2259 |
高島郡を入れても二十万石に及ばない。変らず朽木は弱小勢力だ。香郡、浅井郡の約半分が国人領主の領土、後の半分が浅井家の直轄領だった。井家は結構小さい国人領主が多かったようだ。 |
| 2260 |
浅井の直轄領はそのまま朽木の直轄領になる。木の直轄領は十二万石ぐらいになるから直属軍は約四千、国人領主の率いる軍が約二千、合わせて六千と言ったところだ。の方は銭次第で増やせる。 |
| 2261 |
だが国人領主の兵は百姓が主力だ、無理は出来ない。れを傭兵に切り替える必要が有る……。姓達に米では無く銭の収入を得させなければならん。の銭を年貢として納めさせる事で領主達に銭を与え兵を雇わさせる。 |
| 2262 |
……石鹸の製造方法を教えよう。較的簡単に誰でも直ぐに製造出来る。鹸の単価は多少下がるが已むを得ん。体で見れば利益は増える筈だ。れと綿花だな。糸は幾らでも需要は有る。の帆、包帯、火縄、衣服、座布団、布団。 |
| 2263 |
ガンガン作って売り捌けば良い。儲けだ。は酒の製造所を増やそう。国街道が使えるのだ、それを積極的に利用する。香郡、浅井郡に作って人を雇う、銭を払う。して領内での関を廃し楽市楽座を行う。 |
| 2264 |
後は各領主が自分の領地の特産物をどれだけ商人に売り込めるかだ。間がかかるが米では無く銭による収入で兵を雇う事が出来るようになる筈だ。手く行かない所は八門に調査をさせよう。 |
| 2265 |
そして俺が指導する。砲の製造、刀の製造場所も増やそう。来れば硝石の製造場所も増やしたい。所は……、小谷が有るな。衛拠点では無く軍事関係の生産拠点として使うという手も有るか。 |
| 2266 |
だが誰を責任者にする? そこが問題だな、御爺と大叔父に相談してみるか。田郡が有ればな、ざっと九万石近く増えたんだが……。えても仕方ない、当分は六角との協力関係が必要だ。 |
| 2267 |
弱い以上強い勢力に媚びざるを得ない。角義賢は大喜びだったな。を寄越したが嬉しさが滲み出るような文面だった。えた浅井一族を送って欲しいというから阿古の方とその娘を除いて送ってやった。 |
| 2268 |
六角義賢は男子を斬首、女子を尼寺に入れた。角家をコケにした連中を成敗したわけだ。飲が下がっただろう。も大助かりだ、手を汚さずに済んだ。政一家を根絶やしなんてゾッとする。 |
| 2269 |
浅井の係累で逃げた連中もいるがその殆どは越前朝倉を頼った様だ。難な選択だが正しい選択とは言えない。倉は余りあてにならん。輝の馬鹿が相変わらず煩い。 |
| 2270 |
この時点で朝倉と和睦して三好を討て? 何にも分かっていない。だけじゃなく御爺、そして叔父御達にも文を出していた。爺もウンザリしていたな。う義理は果たした、そう思っているのに未だに義輝はしがみ付いて来る。 |
| 2271 |
こうなると怨霊とか祟り神の類に近い。ンザリする。父御達にはしっかり釘を刺した。に付くか義輝に付くかはっきり決めろと。人ともあっさりと俺に従うと言った。府が駄目な事は幕府内部に居たから二人にはよく分かっている。 |
| 2272 |
そんな幕府と朽木家のどちらを選ぶか、二人にとっては自明の事だったらしい。後は義輝から来た文は俺に全て見せる事で合意した。いうより二人から提案してきた。人にとっても義輝は重荷らしい。 |
| 2273 |
それどころか京に居るあとの二人の叔父も朽木に呼び戻して欲しいと頼まれた。うも京の二人から頼まれているらしい。さえあれば義輝から朽木を使って三好を討つという話を振られて困っているそうだ。 |
| 2274 |
下手な答えをすれば三好に睨まれる。人にとって京は居辛い場所になりつつあるらしい。いだろう、こっちに呼んでやろう。しずつ義輝との接点を無くして行く。府の忠実な家臣から戦国大名への脱皮だ。 |
| 2275 |
人畜無害な青大将から毒蛇マムシへと変身してやる。輝も近付かなくなるだろう。ずは朽木領内を治める基本法、朽木分国法を作る。木は急速に大きくなった。かも浅井の家臣を吸収する形で大きくなっている。 |
| 2276 |
浅井の家臣達に不安を与えてはいけない。木は恣意では政治まつりごとを行わない。によって行う事を明確にする。の理を示す物が朽木分国法だ。れによって不安を拭う。の分国法の中で守護不入を否認して幕府の権威を否定する。 |
| 2277 |
朽木が幕府の権威を有難がる御し易い大名だとは思わなくなるだろう……、と思うんだけどな。が痛いわ。丸、鍋丸、岩松、寅丸、千代松が元服した。れぞれ朽木主税基安、日置助五郎仲惟、宮川重三郎道継、荒川平四郎長好、長沼陣八郎行定になった。 |
| 2278 |
俺の近習として塩津浜城にいる。して俺の命令で浅井家の文書をひっくり返して調べ、算盤を弾いている。らくは戦は無い。官としてこき使ってやろう。だけが仕事ではないとこいつらに理解させるには丁度いい。 |
| 2279 |
分国法の制定にも関わらせてやろう。を治めるとは何なのかを知る良い機会だ。木家の行政、軍の仕組みも考えんといかん。うこれまでのやり方じゃ間に合わなくなってきた。 |
| 2280 |
行政面では裁判と訴訟、財政、農政、通商、商工、総務を担当する役職を作る。は実戦部隊、参謀部、後方支援。して総合的に判断する家老衆を置く。 |
| 2281 |
人数は五人から十人。いつは浅井の旧臣からも選ぶ。だまだ足りんな、御爺、五郎衛門、新次郎にも相談してみよう。て、小夜の相手をしてくるか。 |
| 2282 |
永禄四年(1561年)九月上旬信濃更級郡川中島陣幕の中、一人の大将が家臣達に話し始めた。今宵、全軍で河を渡る」「……」。 |
| 2283 |
「武田の夜討ち勢が此処を突かぬ前にこの妻女山を下りる。して川中島で我らを待ち構える信玄の機先を制しその首を獲る」静かな口調だが声には強さが有った。 |
| 2284 |
家臣達が頷く。夜討ち勢への備えは如何します?」「無用じゃ」家臣達の表情が変わった。備え等無用。だひたすらに信玄の首を目指せ。く事許さず、前へ進め」「ですが」家臣が声を上げると大将が遮った。 |
| 2285 |
「死生命無く死中生有り。よそこの世に宿命さだめなど無し。だひたすらに死物狂いで戦う先にこそ生が有る。を恐れずに踏み越えよ。み越えたその先に信玄の首が有る」「……」「この一戦に全てを賭けよ」家臣達が頭を下げた。 |
| 2286 |
第四次川中島の戦いが始まろうとしていた。禄四年(1561年)九月下旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱第一条名田の没収の禁止譜代の家臣の所領たる名田を領主が正当な理由もなく没収する事を禁止する。 |
| 2287 |
年貢未納の場合は朽木家に訴え出る事。納を理由に勝手に没収する事を許さず。ん、これはこれで良いんじゃないのかな。二条土地境界線の争論田畑ならびに山林原野の境界に関する争論について、もとからの正しい境界をよくよく究明したうえで、原告あるいは被告の道理のない不当な謀訴であると判定された場合、その者の所領の三分の一が没収される。地に対する執着は凄いからな。 |
| 2288 |
三分の一は厳しいが悪巧みの抑止にはこのくらいの罰が必要だろう。三条荒廃地の再開墾の境界争論もともと田畑であった土地が荒廃して河原や浜辺になっている土地を再度開望するについて、旧名主同志で填界の争いが生じた場合、その土地が年月を経てもとの境界が判定し難くなっているときは、双方が主張する境界の中間を新規の境界と定めるべきであるが、双方が不承知ならば、権利を没収して各々別の名主、家臣に与える。 |
| 2289 |
要するにぐだぐだ文句ばかり言ってんじゃない、そういう事だな。殿?」「うん? 呼んだか?」「はい、二度お呼びしました」「そうか、気付かなかった。まぬ」何時の間にか小夜が部屋に来ていた。 |
| 2290 |
小夜の後ろには奈津が控えている。れやれだな。何をしていらっしゃいますの」「式目だ」「式目?」「朽木が北近江三郡を治めるために式目を作っている」「まあ」奈津、全身が耳状態だぞ。 |
| 2291 |
それでは間者としては二流だな。んでそんなわざとらしい事をするのか、不思議だよな……。浅井の旧臣達は俺がどんな統治をするのか心配している筈だ。意に任せて支配されては堪らぬとも思っていよう。 |
| 2292 |
何と言ってもまだ若いからな。から式目を作る」「素晴らしい事ですけど大変では有りませんの」小首を傾げると可愛いぞ。いはもう一つある。官を考えている浪人に朽木になら仕えても大丈夫だと思わせる事だ。 |
| 2293 |
朽木には人材が足りん。一から作るわけでは無い。川家の今川仮名目録を基にする。っとも借財の利息等はかなり修正した。うやく出来上がったわ。は確認しながら手直しをしているところだ」小夜が感心したように頷いている。 |
| 2294 |
今川仮名目録を使う理由は守護不入を否定し幕府の権威を否定しているからだ。して今川氏は吉良氏に次ぐ足利一門として渋川氏、石橋氏とともに御一家と称されて別格の扱いを受けている。 |
| 2295 |
義輝が文句を言って来ても御一門、御一家の今川様の真似ですと白々しく答えてやるだけだ。後で梅丸、いや主税達に見せる。近江三郡を治めるという事がどういう事なのか、何が必要なのか。 |
| 2296 |
少しでも理解させないとな」朽木による国造りだ。強になる筈だ。解して欲しいのは乱世だからこそ力では無く理による統治を国人領主達が望んでいる事だ。い者が泣く事の無い政治体制を作る。 |
| 2297 |
それが出来れば国人領主は安心して付いて来る。殿は戦の事を考えているのだとばかり思っていました」「何故そんな事を」「だって殿は希代の戦上手で軍略家だと皆が言っております」「人違いだな、それは俺ではない」。 |
| 2298 |
「まあ」小夜が口元に手をやってクスクスと笑った。じてないな、こいつ。津も信じていない。俺は戦が下手だし嫌いだ。郎衛門にも笑われているくらいだからな。 |
| 2299 |
それよりは式目を作ったり領民の暮らしを豊かにする事を考える方が好きだ」「ですが上杉様が川中島で武田様に御勝ちなされたのは殿の御助言の御蔭とか、もっぱらの評判でございます」。 |
| 2300 |
「そんな評判は聞いた事が無いな。一俺は川中島を知らん、助言など出来るわけが無い。杉様とは二年前にお会いしたのは事実だが妙な噂が流れたものだ、迷惑している」俺は何も知らん。 |
| 2301 |
助言などしていない。の結果に俺は関与していない……。杉政虎(謙信)と武田信玄が九月の頭に川中島で戦った。謂第四次川中島の戦いという奴で五回に及んだ川中島の戦いの中で最も激しい戦いだ。 |
| 2302 |
政虎と信玄が一騎打ちをしたと言われ有名でもある。国の一大イベントと言って良い。っちの世界でも信玄が別働隊を妻女山に送って似た様な展開になったんだが結果はというとかなり違った。 |
| 2303 |
上杉の圧勝、武田のボロ負けに近い。玄は右の肘から先を切断され重傷、戦死者は主だったところで武田信繁、武田義信、望月信頼、諸角虎定、飯富虎昌、山本菅助、室賀信俊、相木昌朝、甘利昌忠、小幡憲重。 |
| 2304 |
全体で見れば武田軍は五千近い戦死者を出している。れに引き替え上杉軍の戦死者は二千に満たない。実とは全く違う。門から報告を聞いて呆然とした。初はなんかの間違いじゃないかと思ったほどだ。 |
| 2305 |
だが戦闘の詳細を聞いていくと幾つかこれが原因かと納得出来る部分が有った。ず上杉軍だが兵力が微妙に多いような気がする。虎は妻女山に一万五千の兵で籠ったらしい。 |
| 2306 |
史実だと武田の別働隊一万二千とほぼ同数だったと記憶しているから上杉軍は一万二千から三千ぐらいだった筈だ。なると史実より二千~三千は多い事になる。 |
| 2307 |
そして政虎は決戦時に武田の別働隊が戻ってきた時のための抑えの兵を残していない。軍で武田信玄に襲いかかっている。実では抑えの兵は千は有った筈だ。れを置かずに戦った。 |
| 2308 |
つまり政虎は史実よりも三千から四千程多い兵力で信玄と戦った事になる。実だって武田軍は戦線崩壊に近い状況だったと思う。陣に敵が突入してきたんだ、それぞれの部隊が目の前の敵と戦うので精一杯だったんだろう。 |
| 2309 |
連携して戦うなんて出来ない状態だったんだと思う。してこの世界では史実より多い兵に攻撃されている。りゃ損害も多くなる筈だよ。得した。かし抑えの兵を置かないとは随分と割り切ったものだ。 |
| 2310 |
最初は何考えてるんだと呆れたがよくよく考えるとおかしな話でもない。ぐらいの兵を抑えに置いたって武田の別働隊一万二千の前には何の意味も無いだろう。 |
| 2311 |
だったら攻撃勢に加えて短時間に敵を叩き潰す事に専念した方が良いという考えは妥当と言えなくもない。方を必死にさせるという意味でも有効だと思う。しろ史実の政虎は結果的には思い切りが良くなかったと言える。 |
| 2312 |
「それで何の用だ」「平井の父から文が届きました。日中にこちらを訪ねたいそうです」「構わないが何か急な用でも出来たかな?」「さあ、そこまでは……」また小首を傾げている。 |
| 2313 |
「書いてなかったか」「はい」「分かった。待ちしていると返事をしておいてくれ」「はい」返事をすると奈津を連れて部屋を出て行った。井加賀守がここへ来る。うやら尻に火が付いたか。 |
| 2314 |
娘可愛さに飛んでくるわけだ。心していいぞ、小夜は大事に扱っているから。田勢が混乱した時、政虎は自ら旗本を率いて信玄の本陣に突っ込んだらしい。して政虎だと思うんだが自ら信玄に斬りかかった。 |
| 2315 |
信玄は軍扇で防いだんだが何太刀目かで肘から先を斬り飛ばされた。の痛みで床几から転がり落ちるところを政虎の太刀がまた襲った。れは外れたんだが周囲がその光景を見て信玄が死んだと誤認したらしい。 |
| 2316 |
まあ血しぶき上げながら床几から転がり落ちたんだ。目では信玄が斬られて死んだように見えたのだろう。囲から信玄が死んだと誤報が流れた。いつは武田だけじゃなく上杉も誤認したようだ。 |
| 2317 |
妙な話だが武田も上杉も信玄が死んだと誤認した。の後の戦況は悲惨なものになった。田は収拾がつかなくなり信玄の本陣は潰走した。れに引き摺られる様に武田軍も潰走した。れを上杉が追撃する。 |
| 2318 |
別働隊が八幡原に到着した時には武田軍も上杉軍もそこには居なかった。囲に転がっている死体は武田軍の方が多い。れはいかん、後を追わねばと思っているとそこに追撃を打ち切った上杉軍が戻ってきた。 |
| 2319 |
上杉にしてみれば帰国への道を塞がれているようなものだ。まけにクライマーズ・ハイじゃないが意気は上がりっぱなしの状態。田の別働隊など戦闘に間に合わなかった間抜けにしか見えない。 |
| 2320 |
そのまま正面から突破して越後に帰ったようだ。チガイに刃物って本当だよな。信濃の状況は激変するな。れまで築き上げた武田の優位は吹っ飛んだ。 |
| 2321 |
これから上杉を背後にした高梨、村上の逆襲が始まると見て良い。田は北信濃侵攻どころか防衛戦に追われる事になる。も失い将も失った。なりのダメージだ。 |
| 2322 |
厳しい戦いになるだろう。の状況で駿河への南進が可能だろうか? 無理だな、先ずは信濃での戦いを終わらせないと無理だ。の段階で上杉との間に国境線を引けるか、それ次第だろうとは思うがその頃には武田は疲弊しきって動けない可能性も有る。 |
| 2323 |
となると今川が生き残る目も出てくる。東の北条も上杉に押されているし三国同盟の結び付きは強まるかもしれない。輝は大喜びだろうな。た三好を討てと文を書きまくるに違いない。 |
| 2324 |
まあ残念だが上杉は当分上洛は無理だ。な話だが川中島で勝った事で信濃方面の戦いにどっぷりと浸かる事になった。しろ上杉は信濃、関東の二正面作戦、武田が越中の一向一揆を動かせば三正面作戦を余儀なくされる事になる。 |
| 2325 |
こっちも地獄だろう。東甲信越は秋の収穫も必ずしも良くない、悲惨な事になりそうだ。禄四年(1561年)十月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木小夜「小夜、入るぞ」「はい」。 |
| 2326 |
返事をすると襖が開いて弥五郎様が入ってきた。の後ろから父、平井加賀守定武の姿が現れ、そして更に数人の男達が入って来た。父上?」父は厳しい表情のまま答えない。 |
| 2327 |
そして男達が近付くと傍にいた奈津を捕えようとした。何をなさいます、姫様!」奈津が救いを求めてきた。父上!」「止めよ、小夜。駄じゃぞ、奈津、観念せい。に余らば斬れ。五郎殿の許しは得て有る」。 |
| 2328 |
「はっ」「父上、これは一体……」奈津が抵抗を諦め高手小手に縛り上げられて連れて行かれた。弥五郎殿、御迷惑をおかけし申し訳ござらん。の通りでござる」父が頭を下げた。 |
| 2329 |
「いえ、お気になされますな。虫が消えて何よりにござる」迷惑? 毒虫? どういう事? 二人が何を話しているのか分からない。では、某はこれで」「もうお帰りになりますのか? 小夜と話して行かれては如何です」「いや、また改めて後日」。 |
| 2330 |
「……分かりました。の日をお待ちしておりまする」父は私と視線を合わせる事無く去ってしまった。くして父を見送った弥五郎様が戻って来た。殿、あれは一体、奈津は」「慌てるな、小夜。説明する。津は間者だ」「間者?」。 |
| 2331 |
弥五郎様が頷いた。津が間者? 父上が?「妙な動きをするのでな。木の者が奈津を調べた。津は調べた事を平井に送っていたが同時に別な所にも送っていた」「まあ、それは一体」「甲賀だ」甲賀、では三雲様? では朽木の者というのは朽木家の忍び?「それでこちらから舅殿にお知らせした。 |
| 2332 |
情報が甲賀にも流れているがご存知かと」「父は、何と?」「舅殿はそなたの近況を知らせろと命じただけで朽木を調べろとは一言も命じていないそうだ」「それで奈津を」弥五郎様が頷いた。そうだ。津の存在、行動は朽木と平井の関係、そして朽木と六角の関係にまで亀裂を入れかねんからな。 |
| 2333 |
そなたの立場にも悪い影響が出かねん。殿は慌ててここに来たのだ。津を送り込んだ者の狙いはそれだと俺は見ている。木を孤立させたかったのだな」溜息が出た。五郎様が心配そうな目で私を見ていた。 |
| 2334 |
「舅殿に伺ったのだが奈津は数年前に雇い入れたそうだ。そらくはその時に甲賀から平井家に送り込まれたのだろう。由は分からん。力者の舅殿の動向を知りたいと思ったのかもしれん。 |
| 2335 |
だがそなたが六角家の養女になった事で別な使い道が出て来た。津はそなたの傍に潜り込んだ。家のために情報を収集する。かしな話ではないからな」「……奈津はどうなるのです?」。 |
| 2336 |
「……舅殿が本当の事を言っているのなら殺されるだろうな」本当の事? では嘘が有るの? 朽木を調べろと命じたのは本当は父上?「もし嘘なら?」弥五郎様がちょっと迷うようなそぶりを見せた。 |
| 2337 |
「表向きは死んだ事にして裏でこっそりと甲賀に戻すだろう。…だが長くはもたん」「え?」「朽木の者が奈津を殺す」弥五郎様がじっと私を見ていた。朽木にも意地が有るのでな。殿、甲賀に対する警告にもなる」。 |
| 2338 |
「……」弥五郎様が声を上げずに笑った。案ずるな、小夜。殿は嘘を吐いておらん」「まあ」「今六角家には二つの勢力が有る。つは朽木を積極的に認めようという勢力。う一つは朽木を危険視する勢力だ。 |
| 2339 |
舅殿は朽木を積極的に認めようと考えている。津のような存在を許すことはない」奈津、私のために朽木についてきたのでは無かった……。れにしても朽木を認められない人達が六角家にいる。 |
| 2340 |
父上は何も教えてはくれなかった。体誰が……。禄四年(1561年)十月下旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「叔父上方、ようやく戻られましたな」「はっ」。 |
| 2341 |
京から戻って来た朽木右兵衛尉直綱、朽木左衛門尉輝孝の二人が頭を下げた。には藤綱、成綱の二人の叔父が同席している。し振りに四兄弟が揃った。かしいだろう。 |
| 2342 |
或いは義輝から離れる事が出来てホッとしているか。公方様は頻りに朽木の名を口にすると聞いた。当かな?」直綱と輝孝の二人が顔を見合わせ。して“真にござる”と直綱が答えた。 |
| 2343 |
「朽木、六角、畠山、朝倉の兵を合わせ三好を討つ。いは越後の上杉に上洛を命じ、それに朽木、六角、畠山、朝倉の兵を合わせ三好を討つ。ばしば口にされます」送られてきた文の通りか。 |
| 2344 |
藤綱、成綱の二人の叔父が遣る瀬無さそうな表情をしている。三好はそれを?」「知っているのではないかと。度か三好家の方々にそれらしき事を臭におわされております。 |
| 2345 |
おそらくは公方様の周囲に三好に通じる者が居るのではないか、某と輝孝の推測にござる」「なるほど」やはり義輝の周囲には三好に通じる者が居る。木で感じた事は間違いじゃなかった……。 |
| 2346 |
しかしなあ、この二人にしてみれば堪ったもんじゃないな。は三好の本拠地だ。を何時奪われるかと気が気じゃなかっただろう。輝はそういう事が分からないんだろうな。 |
| 2347 |
「公方様には何のお力も無い。府の実権は三好、そして政所執事の伊勢殿が全てを握っており申す。方様の決めた事など何一つ通らぬのが幕府の実情。れとは思いまするが……」。 |
| 2348 |
輝孝が言葉を濁した。けたかった言葉は付き合いきれない、だろうな。所執事の伊勢か、こいつと三好長慶の関係が良好な間は京で政争が起きる可能性は無い。まり義輝は傀儡のままだ。 |
| 2349 |
義輝が傀儡のままなら殺されることは無いだろう。実では伊勢と長慶の関係が悪化し伊勢が失脚する。して後任の政所執事は義輝派の人間だった。の事が三好に不安を感じさせ長慶死後、義輝殺害へと繋がる。 |
| 2350 |
そして長慶と伊勢の関係悪化の原因が六角、畠山による反三好活動だった。の世界では今の所それは無いがこれからどうなるか……。、考えても仕方ないな。叔父上方、お二人には兵糧方を務めて貰う」「兵糧方?」。 |
| 2351 |
二人が訝しげな表情を見せた。糧って裏方だからな。白く無いのかもしれない。これから先、朽木が戦う相手として考えられるのが第一に朝倉、次に武田、そして三好、最後に六角だと思う」あれ、変な顔をしてる。 |
| 2352 |
六角は意外か? 十分に有り得ると思うんだがな。いずれも簡単に勝てる相手ではない。は長期戦になろう。の場合一番大事なのが補給だ。れを管理してもらう」「兵糧方とは小荷駄奉行の事で?」。 |
| 2353 |
「違うぞ、輝孝叔父上。荷駄奉行は兵糧を戦場に運ぶのが仕事。わば戦時での役割。父御達の仕事は兵糧そのものの管理。れは平時から行う仕事だ。木の兵力は約七千。 |
| 2354 |
例えば朝倉と戦うのなら何処に七千人の兵糧一ヶ月分を保管すれば良いか、一ヶ月で戦が終らなければ如何するか、それを考え実行してもらう。場には出ないが戦の帰趨を左右する役割だ」あ、今度は顔が強張っている。 |
| 2355 |
「管理するのは兵糧だけではないぞ。薬、鉛玉、火縄、矢も含まれる。綱叔父上は鉄砲隊四百を率いているが火薬、鉛玉、火縄が無ければ鉄砲隊など何の役にも立たん。用の長物よ。うであろう」。 |
| 2356 |
「はっ、殿の申される通りにござる」藤綱が頷いた。いわば朽木を生かすも殺すも叔父上達の働き次第、そういう事だ」脅し過ぎたか、蒼白になってる。そのように硬くなる事は無い。も手伝うからな」。 |
| 2357 |
笑顔で告げると二人が引き攣った笑みを浮かべた。さかとは思うが俺が怖いとかそういう事は無いよな。禄五年(1562年)一月上旬近江蒲生郡観音寺城後藤賢豊新年の祝賀が終った後、弥五郎殿を書院にと誘った。 |
| 2358 |
警戒するかと思ったが素直に付いて来た。頼されている、そういう事なら良いのだが……。院には既に進藤殿、平井殿、目賀田殿が席に着いていた。めて弥五郎殿が怪訝そうな表情を見せた。 |
| 2359 |
が何も言わずに一礼して席に着いた。弥五郎殿、さぞ驚かれた事と存ずる。し訳ない」「この事、左京大夫様は御存じなのでしょうな。つ間違えば謀反を企んでいると疑われかねませぬが」。 |
| 2360 |
「勿論御存じでござる。年一年、近江を取り巻く情勢が如何動くか。五郎殿の考えを聞いておきたいと思いましてな」弥五郎殿が“なるほど”と頷いた。 |
| 2361 |
「如何お考えかな?」私が促すと弥五郎殿が“左様”と口を開いた。畿内においてですが当分三好家の優位は動きますまい。好家の足元を揺るがす事態が起きるとすれば左京大夫様と畠山様が共に動いた時のみ。 |
| 2362 |
但しそれとて分は悪いと思います。としては余りお勧めは出来ませぬ」皆が視線を交わした。弥五郎殿がそこに加われば?」目賀田殿が尋ねると弥五郎殿が首を横に振った。 |
| 2363 |
「その時は朝倉が動きかねませぬ。江はとんでもない騒ぎになりますぞ」目賀田殿が大きく息を吐いた。やはり弥五郎殿は動かせぬか。なると弥五郎殿が言われる通り畿内での戦は難しい」皆が頷いた。 |
| 2364 |
「某が気になるのは若狭にござる。前から朝倉、丹波より三好が狙っており申す。ちらが若狭を取っても面白く無い状況になる」皆が顔を顰めた。狭の状況は酷くなる一方だ。ぶのは時間の問題だろう。 |
| 2365 |
「三好が若狭を取ったなら朝倉との間に協力体制は取れるのではないかな。倉にとっても三好は脅威の筈」進藤殿が問うと弥五郎殿が首を横に振った。 |
| 2366 |
「当てになりませぬ。井ですら見殺しにしたほど朝倉の動きは消極的にござる。れを味方と計算しては痛い目を見ましょう。てにならぬ味方は敵よりも始末が悪い」当てにならぬというよりも弥五郎殿の動きが早すぎるのではないか。 |
| 2367 |
あそこで浅井を滅ぼすなど誰も予測していなかったであろう。が消極的というのは分からぬでもない。良田の戦いで朝倉が出てくれば勝敗は分からなかった。若狭を取るのが三好、朝倉の何れであろうと朽木は独力で当たる覚悟にござる」皆が視線を合わせた。 |
| 2368 |
弥五郎殿は対若狭に関しては六角家も当てにならぬと見ている。力を期待せずに事に当たりもし助力が有れば僥倖と考えようとしているようだ。いが冷徹では有る。 |
| 2369 |
「となるとやはり美濃か」平井殿が呟くと弥五郎殿が訝しげな表情をした。弥五郎殿、今六角家で美濃への出兵が検討されている」「美濃へ? ですか、舅殿」「そうだ」弥五郎殿の視線が厳しくなった。 |
| 2370 |
不同意、そういう事だろう。事の発端は坂田郡を六角家が得た事に有り申す。れによって六角家は東山道を使って美濃への侵攻が可能となり申した。 |
| 2371 |
その事に目を付けたのがかつての美濃国主土岐美濃守様、左馬助様親子にござる。濃守様は故管領代様の娘婿、左馬助様は御屋形様の甥に当たる。 |
| 2372 |
お二方が観音寺城を訪れ御屋形様に美濃への帰国を願った。年、一色左京大夫様が亡くなり後を右兵衛大夫龍興様が御継ぎになられたばかり。 |
| 2373 |
右兵衛大夫様は若年、必ずしも優れているとは聞き申さぬ。濃を取り戻すのは難しくないと……」「なるほど、そういう事ですか」進藤殿が説明すると弥五郎殿が二度、三度と頷き視線を進藤殿に向けた。 |
| 2374 |
「本気で美濃を取り戻すと?」「いや、土岐家の方々はあくまで出兵の口実にござる。破郡を取り不破の関を押さえたい、それ以上ではござらぬ。してこの出兵を推し進めているのが若殿であられる」。 |
| 2375 |
「……」進藤殿が若殿の名を出すと書院に重苦しい沈黙が落ちた。弥五郎殿、若殿は御身おんみが嫉ねったいのでござる」「……」目賀田殿の言葉に弥五郎殿が眉を寄せた。御身の武名、天下に知らぬ者は無い。 |
| 2376 |
越後の関東管領殿も御身を褒め称えている。れが嫉いのでござる。も御身の方が若い、どうしても意識せざるを得ぬ。角家の次期当主として沽券に係わるとも思っておられる」弥五郎殿が迷惑そうに顔を顰めた。 |
| 2377 |
結局はそこに行きつく。れほど朽木が六角のために役に立つ、感情を押さえて利用すべきだと言っても好悪ではなく若殿の面子の問題と言われればどうにもならぬ。れに御屋形様が良い婿を持ったといささか喜び過ぎた。 |
| 2378 |
若殿にとっては自分が頼りにならぬと誹られている様な感じがしたかもしれぬ。それで美濃に出兵を?」「その通り、東の国境を固められれば皆が若殿を認めるであろうと……」目賀田殿の答に弥五郎殿が大きく息を吐いた。 |
| 2379 |
「確かに右兵衛大夫様は弱年では有ります。い噂も聞きませぬ。かし美濃の将兵全てが愚かというわけではありませんぞ。用意な戦は慎むべきでは有りませぬか? 左京大夫様は如何御考えなのです?」皆が顔を見合わせた。 |
| 2380 |
「悩んでおられ申す。屋形様も内心では危惧しておいでだが若殿の御立場を考えれば無碍には反対しかねる。に今美濃は尾張との間で激しい争いの最中、こちらへの備えは薄い。 |
| 2381 |
上手く行く可能性は十分に有ると」進藤殿が答えると弥五郎殿が目を閉じて息を吐いた。禄五年(1562年)一月上旬近江高島郡安井川村清水山城朽木基綱清水山城に戻ると先ずは御爺に新年の挨拶をしてから綾ママの所に向かった。 |
| 2382 |
「明けましておめでとうございまする」「おめでとう」「無沙汰をして申し訳ありませぬ」「良いのです、そなたが忙しい事は分かっています。気そうで何よりです」綾ママ、ちょっと寂しそうだ。 |
| 2383 |
塩津浜に綾ママを呼ぶ手も有るがそれだと清水山城が御爺一人になってしまう。う少し清水山に帰るようにするか。琶湖を使えばそれほど時間はかからない。れと綾ママにペットでも贈った方が良いかな? 世話の簡単な動物、小鳥とか如何だろう? 気が紛れると思うんだが……。 |
| 2384 |
「小夜殿も元気ですか?」「はい、母上に宜しく伝えて欲しいと言っておりました」綾ママが小夜の事を気遣ってくれている。いねえ、家庭内不和とか御免だからな。家騒動くらい力をロスするものは無い。 |
| 2385 |
今の朽木にそんな余力は何処にもない。「無茶をしてはいけませぬよ。なたも妻を持つ身なのですから」「分かっております。茶はしておりませぬ」あれ、綾ママが首を横に振った。 |
| 2386 |
「母に隠し事をするのですか? 先の戦では先頭に立って敵を追おうとしたそうではありませぬか。れに小谷城では城に着くなり寝てしまったとか。郎衛門から文を貰ったので知っているのですよ。 |
| 2387 |
危うい事をしてはなりませぬ」綾ママがめっという様に俺を睨んだ。あ、いや違うのです、母上。頭に立とうとしたのは追撃は初めての事だったので良く分からなかった所為です。 |
| 2388 |
今は大丈夫です、そのような危ない事は決してしませぬ。谷城での事は情けない事ですが疲れて寝込んでしまったのです。後は気を付けます」白ゲジゲジ五郎衛門、あいつは綾ママの間者だった。 |
| 2389 |
他にも間者は居るのかもしれない……。ママ、美人だし可愛いからな。綾ママには弱いんだ。っさり俺を裏切りそうだ。小夜殿を悲しませる様な事をしてはなりませぬよ」「勿論です。 |
| 2390 |
小夜を悲しませる様な事はしませぬし母上も悲しませる様な事はしませぬ。安心ください」綾ママにとって俺は癇癪持ちから癇癪持ちの粗忽者にランクアップしたらしい。んまり嬉しくない話だ。 |
| 2391 |
早々に退出して御爺の所に行った。それで、如何であった、観音寺城は」「左京大夫は御機嫌だったな。田郡が大分効いたらしい。れとも浅井下野守を渡した事が効いたかな。 |
| 2392 |
隣に座っていた右衛門督の仏頂面とは豪えらい違いだった」御爺が笑い出した。笑い事ではないぞ、御爺」「如何した?」「右衛門督が美濃攻めを考えている。破郡を攻め取って東の守りを固めたいそうだ」。 |
| 2393 |
「なんと」御爺も驚いたようだ。岐が六角を頼って来た事を話すと“今更”と言って首を振った。感だ、今更土岐の美濃復帰など誰も望んではいない。右衛門督は俺が嫉いのだそうだ」「嫉い?」。 |
| 2394 |
「皆が俺を褒め誰も右衛門督を褒めぬ。券に係わるとな」「だから美濃攻めか」「うむ」馬鹿げている。角家の次期当主、それだけで十分メジャーだろう。も俺に注目しないとか、子供かって言いたいわ。 |
| 2395 |
馬鹿じゃなくてガキなんだろう。音寺崩れも後藤但馬守の家中での影響力を怖れた、権力の奪回を図ったというよりただ自分よりも人望が有って気に入らないから殺した、そんなところだろう。 |
| 2396 |
この世界では観音寺騒動は起こらないかもしれないな。と言っても後藤但馬よりも目障りな朽木弥五郎が居る。年は観音寺城に行くのは止めよう。険だ。 |
| 2397 |
「しかしな、勝てるのか? 弥五郎」御爺が首を捻ひねっている。分からんな。角家の重臣達は美濃で深みに嵌るのは避けたいと考えているようだ。が今の美濃は尾張と抗争中、不破郡を取るのは難しくないとも考えている。 |
| 2398 |
そしてそれ以上は厳しいだろうとも見ているらしい。角家の重臣達は消極的な賛成、いや反対なのかな、良く分からんが明確に反対はしていないようだ」「はっきりせんの」御爺が顔を顰めた。くだ、はっきりしない。 |
| 2399 |
「織田と連絡を取り合って攻め込めとは言ったがどうなるか……。臣達は左京大夫に伝えるとは言っていたが右衛門督が素直に受け入れるとも思えん」「織田も桶狭間以降武名が高いからの。 |
| 2400 |
右衛門督にとっては面白からぬ相手ではあろう」先ず上手くいかんだろう。破郡は美濃にとって西の守りの要だ。こを取られて黙っているとは思えん。濃は必ず奪回に動く。して不破郡には菩提山が有る。中半兵衛……。 |
| 2401 |
史実では竹中氏と六角氏はかなり親しかった。藤道三と義龍の争いで竹中氏は道三側に付いている。然だが勝利者である義龍は竹中氏を敵視し何度か攻撃した。 |
| 2402 |
美濃国内で孤立していた竹中氏に手を差し伸べたのが六角氏だ。時六角氏は野良田の戦いで浅井に敗れ東近江で態勢を整えようとしていた。立した竹中氏と新たな戦力を必要とした六角氏、結びつくのは自然だっただろう。 |
| 2403 |
その後、竹中氏は義龍と和睦し斉藤氏に帰属する。中半兵衛が対織田戦において活躍したのは信頼を得るには武功が必要だと思ったからだろう。角、斉藤の同盟締結にも一役買ったかもしれない。 |
| 2404 |
だが龍興とその側近には半兵衛は元々は敵だという認識が消えなかった。兵衛は龍興に受け入れられず美濃を去る事になる。の世界では野良田の戦いで六角が勝った。 |
| 2405 |
その所為で竹中氏と六角氏の繋がりが無い。がりが有れば美濃侵攻はそれなりに成算が有ったかもしれない。…考えても仕方ないな、お手並み拝見とするか。の手並みを見る事になるのか、楽しむか……。 |
| 2406 |
永禄五年(1562年)三月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「如何かな、領内の様子は」「今年に入ってから伊香郡、浅井郡で石鹸が出回り始めたようです」。 |
| 2407 |
「雪も溶けた事で商人もそれを求めて廻り始めたようですな。い関も廃されました、動き易くなったようで」俺が問い掛けると組屋源四郎、古関利兵衛がニコニコしながら答えた。 |
| 2408 |
塩津浜城の書院、三人で飲む焙じ茶が美味しい。関の廃止は石鹸の製造法、綿花の種と引き換えだ。あ綿花の種は全ての国人領主に渡ったわけではない。 |
| 2409 |
これから数年かけて渡す事になるが関の廃止に同意してくれた」物と人が動き始めた。が生まれ回り始めるという事だ。ず第一歩だな。格的に物が流れ金を生み出すのはまだ先の事だ。 |
| 2410 |
だが動き出した以上止まる事は無い。間は利に弱いのだ。それにしても石鹸の製造法と綿花の種を国人衆に渡されるとは、少々驚きましたな」「真に」「朽木だけが儲けても仕方が無い。 |
| 2411 |
国人達が朽木に付いていけば利が有る、そう思ってくれればと考えている。の方達商人も商いの場は大きい方が嬉しかろう」二人が嬉しそうに笑った。木谷から高島郡、高島郡から北近江三郡だ。 |
| 2412 |
順調に市場は伸びている。しいだろうな。こう申してはなんですが、弥五郎様は御武家様には惜しゅうございますな」「真、惜しゅうございます」「煽てても何も出んぞ」また二人が笑った。 |
| 2413 |
「煽てると受け取って貰えるところが嬉しゅうございます。の御武家様なら無礼を申すなと咎められましょう」組屋の言葉に古関が“そうですなあ”と相槌を打った。るほど、そういうものか。 |
| 2414 |
やっぱり俺ってこの時代では変わり者だな。澄み酒を伊香郡、浅井郡でも作るつもりだ。造所がそろそろ出来るだろう。国街道、東山道を使って澄み酒の取引が増えると見ている。 |
| 2415 |
米を安いうちに買い入れるのだな」「それでは早速に」「はい」米不足なのに米で酒を造るか。って外道だな。も朽木には銭が必要だ。屋源四郎と古関利兵衛、二人とも若狭出身の商人だが活動拠点は敦賀に移している。 |
| 2416 |
若狭は税の重さ、関所の多さで商売にならんらしい。い朽木が北国街道、塩津街道を押さえた。賀の湊を使い北国街道、塩津街道を使って朽木と取引をしている。狭は商人からも見捨てられたという事だ。 |
| 2417 |
そのうち重税、物不足、物価高で暴動が起きるだろう。米と言えば甲斐、信濃、越後では大分高値で米を買っていると聞きます」「組屋さんもですか。もです」二人が俺を見た。もその事は知っている。 |
| 2418 |
八門にとっては武田同様上杉もお得意様だ。武田、上杉、どちらも正念場だ。ちらかと言えば上杉が分が良いがどうなるかは分からん」二人が頷いた。四次川中島において武田が敗れた事で北信濃に動揺が起こっている。 |
| 2419 |
更級郡、埴科郡、高井郡、水内郡では上杉に寝返る国人領主が出ている様だ。田が兵を動かすのは北信濃の動揺を鎮めるため、上杉はその武田をもう一度叩き一気に流れを上杉側に引き寄せようとしている。 |
| 2420 |
田植え前に動くかもしれない。者にとって勝負所だ、激しい戦いになるだろう。下は動いている。年の一月に織田、松平の同盟が成立した。れで織田の美濃への攻勢は一層強まる筈だ。 |
| 2421 |
そして三河の松平、今川領に牙を剥く前に一向宗との決着を付けなければ戦国大名にはなれん。がそこに今川が如何絡むか。田と共闘して今川を食えれば良いがこの世界の武田は上杉に押される武田だ。 |
| 2422 |
独力で今川を相手にする事になるかもしれない。木も徐々にだが体制が整ってきた。内の関を廃する事で朽木領は一つの経済共同体になる筈だ。済的な結び付きを強める事で朽木の支配力を強化する。 |
| 2423 |
そして朽木仮名目録の制定により法による支配力の強化を狙う。い国人領主達は関の廃止と朽木仮名目録を受け入れた。まり俺を、朽木家を上級支配者、権威者として認めたという事だ。 |
| 2424 |
統治の体制も出来上がって来た。事奉行:守山弥兵衛重義、御倉奉行:荒川平九郎長道、農方奉行:長沼新三郎行春、殖産奉行:宮川又兵衛貞頼。商関係は俺が直接やろう。 |
| 2425 |
総務は諦めた。して総合的に物事を判断して俺を助ける評定衆を置いた。定衆は七人。族から御爺、大叔父。代から日置五郎衛門行近、宮川新次郎頼忠、外様からは井口越前守経親、雨森弥兵衛清貞、安養寺三郎左衛門尉経世。行衆は朽木家の譜代から選んだが評定衆は親族、譜代、外様から選んだ。族も外様も疎外されているとは思わないだろう。が今はっきり敵と認識しているのは越前朝倉、若狭武田、丹波の三好勢力だ。 |
| 2426 |
このうち越前朝倉は浅井が滅んだ事で大野郡司朝倉景鏡と敦賀郡司朝倉景垙の関係が修復不可能なまでに拗れている。こで密かに景垙に寝返りを打診している。能だとは思わない。がいずれ景鏡が気付く。 |
| 2427 |
それがこちらの狙いだ。ぞかし楽しい事態となるだろう。狭は放置、問題は丹波だ。こは内藤備前守宗勝が治めているがこの宗勝、実は松永久秀の弟だ。将としての実力は久秀よりも上と言われていて三好長慶の信頼も厚い。 |
| 2428 |
はっきり言って相手をしたくない奴だ。いう事でこっちも国人領主の波多野、赤井、荻野に反三好活動をさせようと考えている。元で犬がじゃれ付けば動けないだろう。は織田が美濃を取れるかどうか、そして六角家に内紛が生じるかどうかだ。 |
| 2429 |
それ次第で朽木家の進む道が決まるだろう。禄五年(1562年)六月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「それで公事奉行、次の訴えは」俺が声をかけると公事奉行、守山弥兵衛重義が軽く頭を下げた。 |
| 2430 |
「今日最後の訴えになります。人は浅井郡尾上城城主、浅見対馬守。人は同じく伊香郡小山城城主、小山将監。えの内容は借米返済と利息について不当であると浅見対馬守が訴えております」弥兵衛の言葉に評定衆が顔を顰めた。 |
| 2431 |
借米返済と利息、比較的多い案件だな。ンザリしているんだろう。に三度、塩津浜城で評定を開いている。奉行が決裁を求めて来るのでそれを評定衆に諮りながら決裁をする。し緊急を要する物は俺が決裁し後で皆に報告する。 |
| 2432 |
一番大事なのは公事、つまり裁判だ。れは必ず評定において決裁する。定衆も同意している、決して俺の恣意による判決ではないという事だ。弥兵衛、不当とは?」「はっ。り手は浅見対馬守、貸し手は小山将監。 |
| 2433 |
契約が結ばれたのは一昨年の事になります。五十石を浅見対馬守が借り一年で返済する。息は二十五石、返済は本米、利米合わせて七十五石となります」利息五十パーセントか。の時代って利息高いよ。 |
| 2434 |
暴利に近いな。応朽木仮名目録では利息の上限はかなり低めに設定したがそれでも現代人の感覚では暴利だ。一年後の返済は五十五石。十石が未返済となりますがその利息に不満有りとの訴えにございまする。 |
| 2435 |
小山将監は十石を要求、本米、利米合わせて三十石の返済を要求しておりますが浅見対馬守は朽木仮名目録での利息の上限は米十石に付き二石。米、利米合わせて二十四石の筈だと」評定衆の顔が益々渋くなった。 |
| 2436 |
「小山と浅見は未返済分について如何するかは合意していたのではないか」「はっ、昨年の十二月に本米、利米合わせて三十石の返済に合意しておりまする。文も有り小山将監より内容を確認しました。 |
| 2437 |
これにございまする」御爺の問いに弥兵衛が答えた。して証文の入った箱を御爺に差し出す。爺が読み終わると隣に居た大叔父に渡した。して評定衆七人が読み終えてから俺に証文が渡された。 |
| 2438 |
確かに弥兵衛の言う通りだ。年の十二月に合意している。…またこれかよ。が俺の顔を見ていた。では訴えは認められぬ。木仮名目録の発布前の事案については当人同士の契約を優先する、そうであろう」皆が頷いた。 |
| 2439 |
「殿、沙汰書をお願い致しまする」「弥兵衛、俺が書くのか? 代筆で最後に俺の名と印で良いであろう」「殿の直筆に意味が有りまする。の右上がりの癖の有る字が皆に喜ばれておりまする。にとぞ」弥兵衛が頭を下げると評定衆から笑い声が漏れた。 |
| 2440 |
「……分かった」世の中、変な奴が多いな。浅見対馬守より小山将監への訴えの一件、これを認めず。木仮名目録の発布前の事案なれば当人同士の取り決めを優先する事を命ず。 |
| 2441 |
永禄四年十二月に両名が取り決めた通り、本米二十石、利米十石、合わせて三十石の返済を浅見対馬守は致すべし』最後に年月日と名前を記入して印章を押した。 |
| 2442 |
『君臣豊楽』、上は君主から下は 庶民に至るまで豊かな生活を楽しむ、そういう意味だ。っとも現代では別な意味で有名だが。兵衛が近付いて来たので沙汰書を渡すと念入りに読んでから一礼して沙汰書を仕舞った。 |
| 2443 |
そして自分の席に戻る。段に俺、右側に各奉行、左側に評定衆だ。の間には奉行達の部下が控えている。他に何か有るか? ……無ければ評定はこれで終わりとする。御苦労であった」。 |
| 2444 |
皆が頭を下げた。が席を立って評定の間(評定のために新たに作った)を出る。の後に皆が部屋を出る。屋に戻ると女中がお茶を用意してくれた。前は確か美津だったかな。 |
| 2445 |
朽木家の家臣の娘で今年城に上がった筈だ。儀見習いを兼ねての事らしいが小夜の傍近くに居る事も多い。が近いから話も合うようだ。津とは違って朽木の家臣の娘だ、あんな事は無いだろう。 |
| 2446 |
「殿」部屋の外から声が有った。が開いて主税が顔を出した。太郎と伊右衛門の二人は兵糧方に任命した。 |
| 2447 |
叔父二人と兵糧を如何するかで頭を痛めている。わりに主税達を近習に任命したが今の所無難にこなしている。 |
| 2448 |
かなり新太郎と伊右衛門から厳しく引き継ぎを受けたらしい。何だ、主税」「井口越前守殿、雨森弥兵衛殿、安養寺三郎左衛門尉殿がお見えです」外様の三人が評定が終ってから訪ねて来た。 |
| 2449 |
朽木の仕置きに不満でも有るのかな? 今のところは上手く回っていると思っていたんだが……。分かった、中へ。人のお茶を頼む」「はっ」三人が中に入って来た。ょっと緊張気味だ、余り良くない状況だな。 |
| 2450 |
「今お茶が来る。はそれが来てからにしよう」「はっ」緊張はしているが興奮はしていない。りは無いのか? 「不破郡の事ですが……」「うん、上手くいったな」「はい、実はその事で少々困った事が……」「うん?」「坂田郡なのですが……」。 |
| 2451 |
お茶が来るとぽつぽつと歯切れ悪く井口が話した。しくないな、こいつは歯切れの良さが売りなのに。森、安養寺は黙っている。う言えばこいつら評定でも殆ど喋らなかった。の件で気が気じゃなかったのか?四月に行われた六角義治の美濃侵攻は成功した。 |
| 2452 |
不破郡は六角家の所有するところとなった。いたわ、なんかの間違いじゃないかと思ったが何度頬を抓つねっても夢は醒めなかった。実なんだと無理矢理納得させた。 |
| 2453 |
慌てて戦勝祝いを観音寺城に送ったが父親の六角義賢は大喜びだったらしい。居して義治に当主の座を譲ると言っているようだ。あの地の国人衆から助けて欲しいと」「助ける?」問い返すと井口が頷いた。 |
| 2454 |
「かなり苦しいようで」「よく分からんな。けるとはどういう事だ?」三人が顔を見合わせた。……朽木家に……」「……身を寄せたいと……」「はあ?」お前ら正気か? 朽木と六角で戦争になるぞ。 |
| 2455 |
話を聞いて思ったんだが事の発端は六角義治以上に一色龍興が馬鹿だった、いやガキだった事が原因、としか言いようがなかった。さかこんなところに影響が出るとは……。 |
| 2456 |
四月に行われた義治の軍事行動には父親の義賢も不安を感じたのだろう。人衆の中から蒲生と三雲の二人を付けた。いうより他の人間を付けるのは義治が嫌がったというのが真相らしい。 |
| 2457 |
六角も家中のまとまりが悪いな。想通りだが義治は織田との連携は取らなかった。が代わりに三雲が甲賀者を使って事前に偽情報を流した。 |
| 2458 |
菩提山の竹中半兵衛が龍興に不満を持っている、自分の才能を誇り龍興の援軍など必要ないと思い上がっているという内容だ。果の程を考えるとかなり前から動いていたのだと思う。 |
| 2459 |
もしかすると義治に美濃攻めを提案したのは三雲かもしれん。兵衛の妻が西美濃三人衆の一人、安藤守就の娘という事もマイナスに働いたようだ。 |
| 2460 |
龍興にとって西美濃三人衆は小煩い存在でしかなかった。治が一万の兵を率いて不破郡に攻め入った時、当然半兵衛は龍興に援軍を願ったが龍興はそれを無視した。 |
| 2461 |
“竹中なら俺の援軍など必要あるまい。頃の広言の程、見分けんぶんさせてもらおう”。れを聞いた時には俺も驚いたが半兵衛も驚いただろう。に入られてはいないとしても敵が攻め寄せたのだ。 |
| 2462 |
援軍をしてくれると思うのが当然だ。がその当然が崩れた。軍の無い籠城では勝ち目が無い。して多勢に無勢だ、半兵衛は菩提山を捨て大野郡の大御堂城に移った。破郡は六角の手に落ちた。 |
| 2463 |
愚劣にも程が有るよな。が龍興なら“半兵衛を死なせるな”とか叫んで飛んで行くところだ。うすれば半兵衛だって“龍興って普段は嫌な奴だけどいざって時は頼りになるな。 |
| 2464 |
もしかするとツンデレかもしれない。ょっとカワイイかも”そう思ったかもしれない。が現実には今になって龍興は半兵衛が六角勢を引き入れたと騒いでいるらしい。鹿に付ける薬は無い。 |
| 2465 |
六角勢は不破郡を押さえ千程の兵を要所に置いて撤収した。して一色龍興は不破郡奪回のために兵を起こそうとしている。角は東の国境を固めると考えていたがどうやら東に紛争地帯を作ってしまった。 |
| 2466 |
その事が坂田郡に重く圧し掛かっている。が起きた時、一番悲惨な思いをするのは戦場になった土地とその周辺だ。地も人も物も滅茶苦茶になる。野良田の戦いでは坂田郡の国人衆は大きな被害を受け申した。 |
| 2467 |
浅井が滅び六角家に服属した時も不当な扱いを受けており申す。の戦では出兵は免ぜられましたが兵糧の供出を命じられた……」安養寺が俯きながらボソボソと話した。前なあ、暗い雰囲気を作るなよ。 |
| 2468 |
滅入って来るだろう。良田で活躍したのは俺だし坂田郡を六角に差し出したのも俺、悪いのは俺みたいじゃないか。そして今一色勢が不破郡に押し寄せようとしております。 |
| 2469 |
当然では有りますが坂田郡の国人衆に後詰、或いは兵糧の供出が命じられましょう。濃との戦いが長引けば長引くほど坂田郡には負担が重く圧し掛かる事になりまする」。 |
| 2470 |
「それは分かるが安養寺、当家に服属したいというのは何故だ?」いっそ美濃にでも服属すれば六角家の鼻を明かせるだろう。た三人が顔を見合わせた。殿は国人衆に優しい故安心出来ると」。 |
| 2471 |
「優しい?」今度は雨森弥兵衛だ。き返すと弥兵衛が頷いた。我ら国人衆に石鹸の作り方を教えられました、綿花の種も頂いております。 |
| 2472 |
お若いにも拘わらず朽木仮名目録も作られ領内の事にも真面目に取り組んでおられる。れに浅井の旧臣を差別されませぬ。田郡の者達にとっては余りに境遇が違い申す。れ故我らを通して服属したいと願い出ているのでござる。 |
| 2473 |
我らとしても元は共に浅井に仕えた者、無碍には出来ず……」溜息が出た。木より浅井の旧臣の方が多いんだ。別なんかしたらどうにもならんだろう。請け合ったのか?」「いえ、希望を伝えると」「誰が服属を望んでいる」。 |
| 2474 |
「されば」遠藤、西山、大野木、堀と井口が名前を並べた。いわ、西山はそうでもないが遠藤、大野木、堀は坂田郡の有力者だろう。れが六角から離れたがっている。旦事が起きれば国人衆は雪崩を打って六角から朽木に乗り換えるだろう……。 |
| 2475 |
「受け入れる事は出来んぞ。に朝倉が居る以上南の六角との協力は不可欠。田郡一郡のためにそれを失えば朽木は南北から挟撃される。の時は西の三好も動こう。っという間に滅んでしまう」「我らもその事は分かっておりまする。れ故……」また口籠った。 |
| 2476 |
こいつら何か言い辛そうなんだよな。が有るんだ?「それ故何だ? 越前守。っきり申せ」「石鹸の作り方と綿花の種を……」「……その者達に流せと言うか」「はっ、その御許しを得たく……」三人が頭を下げた。 |
| 2477 |
最初からこれが狙いだな。田郡の国人衆にしても朽木に服属などしたら戦争になるのは分かっている。れでは意味が無い……。皆、殿と六角が争う時には殿に御味方すると」「止めよ、越前守。 |
| 2478 |
……銭が入れば兵糧を買う事も兵を雇う事も出来るか。…良かろう、許す。沼新三郎、宮川又兵衛には俺から話しておく。前守、その方が差配せよ。し、この一件朽木家は与あずかり知らぬ事とする。 |
| 2479 |
浅井郡の民が坂田郡の民に流した、そういう事だ。れと関は廃止させよ。うでなければ効果は出ぬぞ」「はっ、御許しを頂き有難うございまする」三人がまた頭を下げ部屋を出て行った。むを得んな。 |
| 2480 |
坂田郡で混乱が起きそれに朽木が巻き込まれるのは得策じゃない、認めざるを得ん。口達も普通ならこんな話は持って来ない。程に困ったのだ。 |
| 2481 |
多分伊香郡、浅井郡の国人領主に坂田郡の国人領主と縁戚関係が有る奴が居るのだろう。うでなくても元は同じ釜の飯を食った仲間だ。しい奴はいる筈。 |
| 2482 |
そいつらを通して遠藤達が泣き付いてきた。口達も無視は出来ない。もだ。藤、西山、大野木、堀が始めれば他の連中もそれに倣う筈だ。田郡は経済的には朽木領に強く結びつく事になるだろう。 |
| 2483 |
政治的には六角に属し経済的には朽木と結びつくか。んか厄介な事になりそうな気がする。角との決別か? 観音寺崩れ、或いはそれに近い事件が起きた時が鍵だが……、起きるのかな?。 |
| 2484 |
永禄五年(1562年)九月下旬山城京の都二条御所細川藤孝「それで、如何か?」「はっ、北信濃の情勢ですが七月に起きた戦いで武田は終始上杉に押され敗退しました。 |
| 2485 |
水内、高井、更級、埴科、安曇の五郡は既に上杉の勢力範囲に。田は小県、佐久、諏訪を守るのが精一杯にございますが果たして守れるかどうかは分かりませぬ。摩の木曽氏は武田から離れつつあります。 |
| 2486 |
武田はそこまで手が回りませぬ」信濃の状況を報告すると公方様が“うむ”と頷かれた。関東は如何じゃ?」「はっ、関東の北条相模守氏康、上杉殿に奪われた領地を取り戻そうとしておりますが……」。 |
| 2487 |
「進まぬか」「はっ。杉の武威強く関東では氏康頼もしからずと国人衆が北条を見限る動き強うございまする」「うむ」公方様が満足そうに頷かれた。やはり上杉よ。杉を上洛させる。すれば朝倉、六角、朽木、皆動こう」。 |
| 2488 |
「はっ」「六角、朽木の動きは如何じゃ?」「六角は春先に美濃に侵攻し一色の領地奪いました。の後、一色が領地を奪い返そうとし激しい戦いが生じておりまする。色は尾張の織田とも争っておりますれば中々に情勢厳しいかと」。 |
| 2489 |
公方様が苛立たしげに舌打ちをなされた。六角め、美濃攻めなど余計な事を。好を喜ばせるだけだと思わんのか」「……」「予が六角と一色の間を仲裁致そう。色も織田との戦を抱えておる。け入れる筈じゃ」「はっ」「朽木は、弥五郎は如何じゃ?」。 |
| 2490 |
公方様が身を乗り出された。五郎殿には人一倍関心が強い。はっ、弥五郎殿は急速に領内を掌握しつつありまする。木領内は産物豊か、近隣より商人が集まり国人衆も弥五郎殿の元に一つに纏まりつつある模様。 |
| 2491 |
その勢い、日増しに強くなりつつありまする」「うむ、流石は弥五郎よ」満足そうに公方様が頷いた。上杉と朽木の兵を見てみたいものじゃ。中島で武田を打ち破りし上杉、瞬く間に北近江を席巻した朽木。 |
| 2492 |
この二つが力を合わせれば、三好など何程の事も無い。ずれ三好に目に物見せてくれるわ」公方様が宙を睨んだ。の日の事を思い描いておられるのだろう。が武田も北条もしぶとい。 |
| 2493 |
上杉は当分信濃、関東から動けまい。して関東、信濃、越後の物成は決して良くない。しい戦いが続く筈。洛出来る状態では無い……。 |
| 2494 |
永禄五年(1562年)十一月下旬近江高島郡安井川村清水山城朽木稙綱「綾に会って来たのか?」「うむ、挨拶をしてきた」「如何であった?」。 |
| 2495 |
「相変わらずだ。上にとって俺は癇癪持ちの粗忽者だ」弥五郎の情けなさそうな顔が可笑しかった。已むを得ぬ事とは言え少々飛鳥井を脅し過ぎたか? あの頃のお前は憤懣が大分溜まっていたからの」。 |
| 2496 |
「……かもしれん」いかん、とうとう笑ってしまった。まあ良いわ、目々典侍がまた懐妊した。大に祝ってやれば綾も安心しよう」「うむ」櫓台から見る風景は稲を刈り終った後で寒々としていた。 |
| 2497 |
「この時期だけは詰まらぬ風景じゃ」「そうかな」「もう少し寒くなれば雪化粧をして目を楽しませてくれるのだが」弥五郎が不思議そうな表情をした。それでも御爺はここに来る」「そうじゃの」お前が居るからじゃ。 |
| 2498 |
お前がくれた風景だからじゃ。んな風景でも楽しく見えるわ。妙な男を召し抱えたそうじゃな」「竹中半兵衛の事かな。にも明智十兵衛、沼田上野之助を召し抱えた」「ほう」。 |
| 2499 |
「半兵衛は美濃不破郡の国人領主だったが一色右兵衛大夫に疎まれて家督を弟に譲って己は国を出た。うしなければ家を保てぬと思ったそうだ」「そうか」愚かな主君を持つと弱い国人領主は苦労をする。 |
| 2500 |
「織田も狙っていたようだが取られる前に俺が取った」「ほう、嬉しそうじゃの」それなりの力量の持ち主という事か。明智十兵衛は朝倉の家臣だったが家中の争いが酷いので嫌気がさして逃げ出したそうだ」弥五郎が意味有り気に儂を見た。 |
| 2501 |
「そろそろかの?」「かもしれん。時火を噴いてもおかしくは無かろう」「楽しみよな」朽木が朝倉を食うか。えば六角とも互角の立場になろう。二年、三年かかるだろうか。の日を見られるのか……。 |
| 2502 |
「御爺、一つ不安な事が有る」「何だ?」「六角が割れておる。爺も知っていよう」「うむ、不破郡の事じゃな。方様から御扱いが入ったと聞いておる」弥五郎が頷いた。 |
| 2503 |
「一色の反撃が激しい。月に不破郡を占領したが六月、七月、十月に一色の反撃を受けている。の国境を安定させるどころか紛争地帯を作ってしまったようなものだ。 |
| 2504 |
南近江の国人領主達から強い不満の声が上がっているらしい」「御扱いを受け入れるのか?」弥五郎が首を振った。御扱いの条件は不破郡の返還だ。 |
| 2505 |
それを受け入れれば美濃攻めは右衛門督の失点となる」「なるほど。けられぬの」弥五郎が頷いた。一色も譲れぬ。破郡の失陥は明らかに一色右兵衛大夫の失態。兵衛大夫はこれを取り返さなければ国人領主達にそっぽを向かれかねん。に西美濃三人衆は右兵衛大夫から距離を取りつつある。に火が付いたらしい、今では対織田戦よりも不破郡の奪回に必死だ。いに譲歩は無い」。 |
| 2506 |
「戦は続くか」儂が溜息を吐くと弥五郎が“このままならな”と言って頷いた。平井の舅殿から文が来た。生と後藤が激しい口論をしたらしい。藤は不破郡の放棄を主張し蒲生は織田と組んで攻勢を強めようと主張した。田からは同盟の打診が来ている。田上総介の妹を右衛門督の嫁にとな」「受けるのか?」弥五郎が“分からぬ”と答えた。 |
| 2507 |
「右衛門督は受けたがっている。が左京大夫がそれを止めている。盟を結べば戦は続く、美濃を攻め落とすまでに何年かかるか。の間六角は西の三好、東の一色、北の朝倉に囲まれる事になる。人領主達の不満は募る一方だろう。つ間違えば六角の足元で反乱が起きかねん」「……」。 |
| 2508 |
「左京大夫が不破郡を返すと決断すればそれで済む。が不破郡を返せば右衛門督の顔を潰す事になる。京大夫は身動きが出来ずにいる。藤が返還を主張したのも左京大夫を助けるためだろう。えて嫌われ役を買って出たのだと思う」「……」。 |
| 2509 |
弥五郎の表情が厳しい。前攻めを前に六角が揺れるのは面白く無い。心では頭を抱えているのだろう。今考えると坂田郡を取らなかったのは正解だったと思う。れば尾張から同盟の打診が来た筈だ。倒に巻き込まれずに済んだ」。 |
| 2510 |
「……その面倒に六角が巻き込まれたか。田郡、とんでもない毒が有ったの」あの時は残念でしかなかった。が気付かぬ内に朽木は正しい選択をしていたようだ。五郎には運が有る。して六角は誤りを犯した。 |
| 2511 |
「その坂田郡だがあそこの国人領主達は朽木に心を寄せている。旦事が起きれば朽木に味方すると言ってきている」「真か、それは」思わず声が高くなった。五郎が頷く。 |
| 2512 |
「もしかするとだが朝倉よりも先に六角を食う事になるかもしれん」「なんと……」まさか、本当にそんな日が……。五郎は湖を見ていた。の先には観音寺城が有る。五郎には城が見えるのかもしれぬ。 |
| 2513 |
手を突出し何かを掴むかのような仕草をした……。禄六年(1563年)一月上旬近江蒲生郡観音寺城朽木基綱「驚きました。目からも大きいとは分かっておりましたが平井丸は思っていたよりも大きい。 |
| 2514 |
これが観音寺城の曲くる輪わの一つとは」俺が感想を言うと舅殿と弥太郎高明が笑い声を上げた。他にも池田丸、後藤丸、進藤丸等沢山の曲輪が有り申す。井丸は数有る曲輪の一つに過ぎませぬ」。 |
| 2515 |
「ですがこの平井丸は本丸に近い。殿が信頼されている事が改めてわかりました」舅殿が“いやいや”と恥ずかしそうに笑った。井丸は、観音寺城に有る曲輪の一つで平井氏の居館が有る。垣、石塁の規模がかなり大きい。 |
| 2516 |
庭園も有るから戦時だけではなく平時にも十分に使えるようになっている。の曲輪が防御施設として機能するなら観音寺城は難攻不落だろう。魔が囁く、こいつが機能するならな、史実では機能せずに終わった。 |
| 2517 |
この世界ではどうなるか……。年の挨拶も無事に終わった。年は小夜も連れてきた。夜は今久し振りに会う母親の所に行っている。は舅の平井加賀守に誘われて茶室に来たが茶室では息子の弥太郎高明がお茶の用意をして待っていた。 |
| 2518 |
弥太郎高明は二十歳にはまだ間が有るだろう。より三、四歳上と見た。茶は焙じ茶だ。近では茶室でも焙じ茶を飲むようになってきた。い作法に拘らず気楽に焙じ茶を飲む。しいお茶の文化だな。 |
| 2519 |
堺辺りから流行ってきたようだ。皆様、ほっとされたようで」「美濃の問題が片付きましたからな」「左京大夫様は政まつりごとの場から身を引かれたわけではないのですな」。 |
| 2520 |
「本当はそうされたかったのでしょうが周囲がそれを許しませぬ。むを得ぬ事ではありますが……」舅殿が口を濁す。の言葉は右衛門督の事を言いたかったのだろう。 |
| 2521 |
昨年の暮れ、唐突に南近江六角氏と美濃一色氏の間で和睦が成った。件は六角氏から一色氏へ不破郡の返還。近江の国人衆、特に東部の国人衆から強い不満が上がったらしい。 |
| 2522 |
六角義賢もその声を無視出来なくなって義輝からの和睦を受け入れたようだ。睦の締結後、義賢は家督を右衛門督義治に譲り自分は出家して承禎と名乗った。禎入道の誕生だ。 |
| 2523 |
俺にはどちらかと言うとこちらの方が馴染みが有る。濃撤退は右衛門督義治の失態だ、一つ間違えば世継ぎの地位も危うくなる。れを家督を譲る事で払拭しようとしている。 |
| 2524 |
そして自らの出家は国人衆への謝罪だ。味の無い戦で苦しませた事を詫びたのだ。ってみれば自分が犠牲になる事で義治を守ろうとした。渋の決断だろう。 |
| 2525 |
だが義賢の想いは必ずしも達成されたとは言えない。近江は国人衆の独立色が強く発言力が強いのだがその国人衆は義賢が政治の場から退く事を許さなかった。 |
| 2526 |
つまり隠居は形式的な物になったのだ。然だが義治の当主就任も形式的な物にならざるを得ない。わば飾りだ。れほどまでに南近江の国人衆は義治を厳しい目で見ているという事でも有る。 |
| 2527 |
余計な戦をしやがって、そんなところだろう。年の挨拶は義治が受けたのだが露骨に不愉快そうな顔をしていた。にかけた言葉もおざなりでやる気ゼロが見え見え。 |
| 2528 |
周りの方が俺の機嫌を取る始末だ。心では義治を罵っていただろう。りどころか飾りにもならん馬鹿と。井の舅殿が俺をここに連れてきたのもその所為だろう。 |
| 2529 |
先の和睦で六角の勢威に陰りが見えた。人衆達も疲弊している。こは朽木との連携を強め国力の回復を図るべきだと考えているのだ。治だけがそれを分かっていない。 |
| 2530 |
義治の気持ちは分かるが賢いとは言えない。当ならここはじっくりと信頼回復に時間をかけるべきなんだ。だ若いから時間は有る、可能なんだが……。 |
| 2531 |
愚かでもあるが堪え性が無いのだろう、地道な努力は無理だな。なるといずれは当主の座を追われるだろう。いは内紛が起きる……。 |
| 2532 |
「織田との同盟もならず未だ独り身。独なのでしょうな」「なるほど」お市との結婚なんて不幸になるだけだと思うがな。井、柴田と嫁いだ家がどちらも潰れている。 |
| 2533 |
あれが薄幸の美女? 薄幸の美女ってのは本人だけが不幸になるもので周囲まで巻き込むものじゃないだろう。囲を巻き込んだらただの疫病神だ。 |
| 2534 |
秀吉が天下を獲れたのは勝家に疫病神を押し付けたからだ。が娘の茶々を側室にして豊臣の家をぶっ潰してしまった。んて言うか最凶の母娘だな。れほど美人だろうと近付きたくない。 |
| 2535 |
それにしても息子の弥太郎高明は口を挟む事無く黙って聞いている。えらいもんだ、厳しく躾けられたのだろうな。後藤但馬殿の勢威が強まっていると聞きますが?」舅殿が沈痛な表情で頷いた。 |
| 2536 |
「後藤殿も本意ではござるまい。くまで六角家の苦境を、大殿を救おうとして撤退を口になされた。かし国人衆達から見れば後藤殿こそ自分達の庇護者。然と後藤殿の周囲に人が集まる。 |
| 2537 |
後藤殿本人が困惑しており申す」「……」「幸い大殿はその辺りの事を良く分かっておられる。れゆえお二人の間には齟齬は無い。かし……」「右衛門督様にはお分かりいただけない」舅殿が頷いた。い表情だ。 |
| 2538 |
「六角の為、大殿の為、御屋形様の為、そう思っての事が全て裏目になり申した。手くいかぬものでござる」「……」舅殿がチラリと俺を見た。一部の国人衆の間で御舎弟次郎左衛門尉様を御屋形様にという動きが有る、……やはり御存知か。 |
| 2539 |
弥五郎殿は油断がならぬ」舅殿が苦笑を浮かべた。ったな、軽く一礼する事で赦してもらおうと思ったけど舅殿は声を上げて笑った。かん、遊ばれてる。う思ったら弥太郎高明君が“父上、弥五郎殿が困っておりますぞ”と窘めてくれた。 |
| 2540 |
助かるわ、出来る男だな、君は。感度アップだ。美濃も余り宜しく無いようで」「それが救いと言えば救い。分は国人衆の不満を宥めるしかござらぬ」美濃の龍興は何とか不破郡を取り返した。 |
| 2541 |
しかし本来なら最初に半兵衛の後詰をしておけばこんな事にはならなかったのだ。興を見る周囲の眼は厳しい。ちらも義治と同じだ、余計な戦をしやがって、そんな目で見られている。 |
| 2542 |
まあなんて言うか近江、美濃、尾張は酷い状況だな。近江と美濃は阿呆が、北近江は癇癪持ち、尾張はうつけが国を治めている。な事にはならんだろう。年も荒れる一年になるに違いない……。 |
| 2543 |
永禄六年(1563年)二月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木小夜「小夜、最近平井の舅殿と文の遣り取りをしているのか?」「はい、父だけでなく母や兄とも文の遣り取りをしております」。 |
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「そうか、……小夜は朽木に来てどのくらいになる?」「もう一年半が過ぎました」「そうか」弥五郎様がちょっと考え込むようなそぶりを見せた。あの、文を交わしてはいけませぬか?」「いや、そんな事は無い。 |
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俺はそなたに不自由をさせるつもりは無い。れに知られて困る事が無いとは言わぬがその時はその時だからな」「……」本当に? 今日の弥五郎様は少しおかしい。然部屋にやってきて困った様な表情をして彼方此方を見ている。 |
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「小夜は朽木を如何思う?」「朽木をですか?」「うん、まあ朽木、俺でも良いぞ、如何思う?」「面白うございます。井とはまるで違いますから」「そうか、面白いか」弥五郎様が少し笑みを浮かべた。 |
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「はい、殿も面白うございますよ。木の弥五郎と言えば鬼の様に強いお方と聞いておりました。も殿は戦は嫌い、下手だと仰います。れに清水山の大方様には本当に弱うございますものね」弥五郎様が“母上には敵わぬ”と苦笑いをされた。 |
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嫁ぐ前に聞いていた荒々しい印象は弥五郎様には感じられない。方様は弥五郎様を気性が激しいと仰るけどそれも感じられない。殿、如何なされたのです?」「うん。…小夜、朽木と六角が手切れとなったら如何する? 平井に帰るか?」「手切れ?」。 |
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慌てて弥五郎様の顔を見ると弥五郎様はそっぽを向いて視線を合わせようとしない。殿! こちらを向いて下さい」「……」「六角と手切れになるのですか?」弥五郎様が首を横に振った。 |
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「分からぬ。がそなたも六角家中に不穏な空気有りとは聞いていよう」「はい」父からの手紙はそれほどでもない、でも兄や母からの手紙には明らかに不安を感じさせるところがある。 |
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「好んで六角と敵対しようとは思わぬ。んな余裕は朽木には無い。が六角は明らかに危うい。そらくは崩れるだろう」「……」崩れる、そう言った弥五郎様の言葉には強い響きが有った。 |
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弥五郎様は六角家が崩壊すると見ている。その中で六角と敵対する、或いは六角を食わねば朽木が生き残れぬ、そういう事態が生じるかもしれん」「……平井の家は……」声が掠れた。 |
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弥五郎様が首を横に振った。分からぬ。井は朽木と縁を持った。の事を右衛門督が如何思うか……。っきり言って読めぬ」“右衛門督”と呼び捨てた。 |
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右衛門督様が弥五郎様に良い感情を持っていないのは知っていた。五郎様もそれは同じなのだ。小夜、ここへ嫁ぐ時、六角と朽木が争う日が来ると考えたか?」首を横に振った。 |
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そんな事は考えた事が無かった。角に挑んだ浅井は窮地に追い込まれていた。木はその浅井よりも小さかった、思う筈が無かった。そうか、俺は考えたぞ」「殿……」。 |
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思わず呟くと弥五郎様が困った様に視線を逸らした。六角は何度も朽木に触手を伸ばしてきた。木は六角家の家臣ではないが被官に近い立場にならざるを得なかった、力が無かったからな。 |
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そんな時、そなたとの婚儀の話が起きた。のままなら何時かは六角家の被官になっていただろう。が浅井を食った事、そして周囲の情勢が朽木に味方をした。等とは言わぬがそれなりの立場を得る事が出来た」。 |
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「食わなければ食われる。う事を躊躇ってはならん、食う事で生き残れるのだからな。れが戦国の掟だ。え六角でも食える時は躊躇わずに俺は食うぞ」「……」「如何する、小夜。の時は平井に戻るか?」弥五郎様が私を見ている。 |
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答えられなかった……。禄六年(1563年)三月下旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「重蔵、六角の様子は?」「良くありませぬ」重蔵が首を横に振った。智十兵衛、竹中半兵衛、沼田上野之助の三人がそんな重蔵を見ていた。 |
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明智、竹中、沼田の三人は召し抱えると同時に軍略方に任命した。略方は言ってみれば参謀本部だ。して重蔵は情報部。木軍の頭脳だ。鉢屋らしき者達が動いておりまする。 |
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右衛門督よりも次郎左衛門尉を六角家の当主にと噂を流しております」「鉢屋が?」「浅井が滅んだ後、美濃に仕えたようで」重蔵の言葉に皆の視線が半兵衛に向かった。兵衛が静かに頷く。 |
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「一色は織田と六角の同盟を怖れているのでしょう。角の混乱は美濃にとって悪い話では有りませぬ」「国人衆達の動きは?」「次郎左衛門尉を支持するわけでは有りませぬが右衛門督への嫌悪感が強うございます。 |
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右衛門督から見れば国人衆は敵に見えましょう」「次郎左衛門尉は?」「大分乗り気だとか。角の当主には自分が相応しいと言っているようで」重蔵が答えると上野之助が大きく息を吐いて首を横に振った。 |
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気持ちは分かる、馬鹿につける薬は無い、「右衛門督と次郎左衛門尉の間で口論が有ったと聞きます。なり激しくやりあったようでござる。差に手をかけたとも」今度は十兵衛が息を吐いた。 |
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「重蔵、周りは止めぬのか?」「右衛門督も次郎左衛門尉も周囲の声を聞かぬようで……」「左京大夫は?」「何度か二人と話したようですが……」重蔵が首を横に振った。果は無かったという事か。 |
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六角家の当主と当主の弟、立場はまるで違う。郎左衛門尉にとってこの機会を逃せば精々数万石の分家が良い所だ。いる兵も千人程度だろう。主になれば二万を超え御屋形様と尊称される。 |
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眼の色が変わるのも無理は無い……。蒲生と三雲は?」「右衛門督と距離を置こうとしておりますな。かし右衛門督が離さぬようです」「蒲生と三雲の気持ちが分かるぞ。木も将軍家に付きまとわれているからな」皆が失笑した。 |
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俺は本気で言っているぞ。輝は未だにしつこく文を送ってくる。の世界でストーカーに遭うとは思わなかった。後藤、進藤、平井、目賀田は如何か?」「寄せ付けぬと聞いております。に後藤但馬守への敵意は激しいものが有ると聞きまする。 |
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不破郡撤退の一件で酷く恨んでいるとか。人衆達はそれを見ておりまする。衛門督からは心が離れる一方だとか」孤立無援だな。重蔵、右衛門督は追われる事を怖れているという事か」「はい」「ではどうにもならんな。 |
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六角に内紛が起きるだろう」皆が頷いた。見の食い違いなら修復の余地は有る。が追われるとなればどうにもならん。満な家督交代ではないのだ。衛門督が追われるとなれば次郎左衛門尉に殺される可能性が高い。 |
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右衛門督も次郎左衛門尉も一線を越えてしまった。う戻れない。はどちらが先手を打つか、どこまで混乱が広がるかだろう。如何なされます?」十兵衛が問い掛けてきた。の白い優男だ。は三十半ば。 |
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こいつが本能寺で謀反? どうも信じられない。分からん、混乱が何処まで広がるか、それ次第だろうな。がここで六角家が躓くのは痛い。木が北へ進む間、三好の抑えにと思っていたのだが……」。 |
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六角がコケれば三好が近江に侵攻してくる可能性が有る。置は出来ない。殿は六角左京大夫の義理の息子。入する事も出来ましょう。斐の武田と駿河の今川の例も有ります。 |
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争いが起きないようにする事も出来まする」「……右衛門督と次郎左衛門尉、どちらかを預かれというのか、上野之助。かしなあ、どちらを預かっても厄介事を抱え込むようなものだろう。 |
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御家騒動を引き起こそうとする奴らだぞ。が進まんな」四人が顔を顰めて頷いた。の時代、御家騒動くらい力をロスするものは無い。口新太郎の父親が織田から今川へ乗り換えたのもそれが原因だ。 |
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しかし六角へのカードにはなるか。場も今より上になるのは間違いない。るとすれば右衛門督だろう。…あれを預かる? 凄い憂鬱だが小夜は安心するだろう。かった方が良いか……。 |
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そして越前に専念する……。重蔵殿、朝倉の様子は如何かな?」半兵衛っておっとりしてるよな。十歳前後の上品な御坊ちゃんだ。れじゃ荒くれ者とは合わんわ。野之助は生真面目な秀才君だ。 |
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年は二十代前半。大野郡司朝倉式部大輔が頻りに敦賀郡司が朽木に通じていると朝倉左衛門督に訴えております。賀郡司朝倉孫九郎はそれを否定しておりますが式部大輔は納得せずに尚も強硬に訴えているとか。 |
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左衛門督は式部大輔を抑えきれずにおります」煽ったのは俺だけどこうも簡単に引っかかるかな。ょっと不安だ。如何見る、十兵衛」「はっ。倉式部大輔、陰湿にして傲慢、敦賀郡司を酷く嫌っており若年の朝倉左衛門督を侮っておりまする。 |
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このままでは済みますまい」「朝倉左衛門督、先日は曲水の宴を行っていなかったか?」「危機感の無いお方なれば」「危機感が無さすぎるな」イケメン光秀が小さく笑った。 |
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こいつ、馬鹿が嫌いで我慢出来ないタイプだな。反もそれが原因かもしれん。長に愛想が尽きて謀反、有りそうだな。も馬鹿は嫌いだが我慢はするぞ。やれやれだな。 |
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一度に二つは抱えきれん。こは上野之助の策を採るべきかな」見回すと四人が頷いた。良かろう。角、いや平井の舅殿に文を書く。衛門督、次郎左衛門尉、どちらでもお望みの方をお預かりするとな。 |
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なんなら両方でも良いと書くか。木は気前が良いと喜ぶだろう」皆が笑った、俺も笑った。ろな笑いだった。禄六年(1563年)四月下旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「殿は御冗談ばかり」「冗談ではないぞ、小夜。 |
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本当の事だ。を着けると動けんのでな、それで平服で戦ったのだ」「本当ですの」「ああ、その方が負けた時は逃げ易かろう」「まあ」小夜がコロコロと笑った。左京大夫様は朽木はやる気が無いと思ったかもしれんな」。 |
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「またそのような事を」「本当だ。が白い目で俺を見ていた。置も後陣だった。方は大軍、ゆっくり見物でもするかと思ったほどだ」「まあ」また小夜がコロコロと笑った。 |
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最近俺と小夜はとっても仲良しだ。夜は六角と手切れになっても朽木に残ると言ってくれた。愛いよな、大事にしなければと思う。るとなればこれが二度目だ。 |
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出ていく事は無いと思ったけどここに居ると言ってくれた時は素直に嬉しかった。井の舅殿へ出した文、右衛門督か次郎左衛門尉のどちらかを朽木が預かるという文に対して返事が来た。 |
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舅殿は承禎入道に文を見せた様だ。せたという事は舅殿も賛成なのだろう。いうよりこれしか内紛を避ける方法は無いと考えたのだと思う。道からの返事は未だ来ないが入道も反対はしていないようだ。 |
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或いは舅殿が説得したか。事が無いのは未だ踏ん切りがつかない、そんなところだと思う。禎入道も父親だからな。子を追放するのは辛いのだろう。がなあ、あまり時間は無いぞ。 |
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右衛門督も次郎左衛門尉も頭に血が上った状況だ。してその周辺に居る人間にとっては浮沈の瀬戸際でもある。点が没落すればその下も没落するのだ。れを避けようとして暴発しかねない。 |
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そうなったらとんでもない事になる。の辺りを入道は理解しているのか……。野良田の戦いは三年前の事だから俺はようやく数えで一二歳だ。まけに夏場の戦ゆえ暑かった。の事だけは良く覚えている。 |
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皆は鎧など着けて大変だったろう。など平服でも暑かったくらいだ。てもではないが鎧など着けられんな」「そうでした、夏だったのですね、あの戦いは」小夜が大きく頷いた。夜は戦に興味が有るらしい。 |
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俺に頻りに戦の事を聞くのだが俺が話せる事と言えば暑かった事とか鎧が重かった事、雨が降ってずぶ濡れになりながら馬で走った事とかでどうみても面白い話じゃない。が小夜は目を輝かせコロコロ笑いながら聞いている。 |
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自分の想像とは違う戦の様相を聞く事が出来て嬉しいらしい。殿」戸を開けて顔を出したのは主税だった。まなさそうな表情をしている。婦団欒の所を邪魔したと思っているのだろう。如何した」「重蔵殿が」「分かった」何か起きたな。 |
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小夜が不安そうな表情をしていた。小夜、話はまた今度だ」「はい」小夜が立ち上がり部屋を出るとそれと入れ替わりに重蔵が入って来た。申し訳ありませぬ”と言うから気にするなと答えた。 |
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夫婦団欒は何時でも出来る。が重要な報告は一分一秒を争う。何が有った? 観音寺か、越前か」「観音寺にございます」重蔵の顔が険しい。それで?」「右衛門督が」「……」。 |
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「左京大夫、次郎左衛門尉、後藤但馬守を」「殺したか」「はい」思ったよりも落ち着いている自分が居た。処かでこうなる事を予測していたのかもしれない。他には?」「分かりませぬ」重蔵が首を振った。 |
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「引き続き調べてくれ。れと三好、朝倉の動きから目を離すな」「はっ」「重蔵、越前攻めは見合わせかな?」重蔵が何も言わずに頭を下げて部屋を出て行った。はり無理か……。 |
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義治が父親と弟、後藤を殺したか。実よりも酷いな。実は家臣の排除だったがこっちは親兄弟も殺している。れだけ追いつめられていたんだろうが……。 |
| 2600 |
美濃の龍興に上手くしてやられたな。実でも似たような事が起きたのかもしれない。分美濃ではないだろう。そらくは浅井の手の者が動いて観音寺崩れが起きた、或いは三好が動いた……。 |
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考えても仕方が無いな。江大乱の発生か。角が生き残れるか、朽木が生き残れるか……。が読めなくなった。り敢えず軍を動かせる状態にはしておこう。 |
| 2602 |
朝倉は動かないだろうが三好は動く可能性が有る。郎衛門を呼ぶか。主税」「はっ」戸が開いて主税が顔を出した。五郎衛門を呼べ」「はっ」。 |
| 2603 |
永禄六年(1563年)七月中旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「随分と変わったものよ」「六角という重しが取れたからな。好き放題に動いている」。 |
| 2604 |
御爺と俺の言葉に評定衆、奉行衆が頷いた。動けぬのは朽木だけか」「そうだ、御爺。動いても碌な事にはなるまい」また皆が頷いた。角義治の起こした騒動は起きてから約二カ月近くになるというのに未だ収束する目処が付かない。 |
| 2605 |
おそらく六角はこのまま消えるのではないか、そんな事を思わせる程の混乱ぶりだ。木はその混乱の中で動きが取れずにいる。更だが六角の大きさが身に染みるわ。角の存在が畿内のバランスを維持していた。 |
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舅殿からの文によると承禎入道が義治に話を切り出す前に義治から隠居して観音寺城を出たいと申し出が有ったのだという。分では国人衆が付いてこないと言ったらしい。 |
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後々の事も有る、混乱が生じぬように正式に隠居し義定に跡目を譲ってから城を出たい。いては隠居所を用意して貰いたいと言ったそうだ。禎入道はホッとしたようだ。 |
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無理に当主の座から追う事無く円満解決だ。治の手を取って“良く決断してくれた”と涙を流したらしい。して隠居の発表と義定の当主就任の日取りを決めた。分、観音寺城の誰もがホッとしたと思う。 |
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これで内紛を避ける事が出来ると。の気の緩みを義治は突いた。初からそれが狙いだったのだろう。分、俺の文の内容が義治に漏れたのだ。治は家臣を遣わして承禎入道、義定を殺した。 |
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後藤は呼び出して自ら殺したようだ。程に憎かったのだな。治は邪魔者を消したつもりだったと思う。れで俺の当主の座を脅かす者はいない、そう思ったに違いない。が城中は大混乱になった。 |
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曲輪を持っていた重臣達は舅殿を含めその殆どが自領へ退去した。された後藤の息子、壱岐守は自領に戻ると直ぐに義治討伐を宣言。藤、目賀田、舅殿の他多くの国人領主が味方に付いた。 |
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観音寺城は周囲の曲輪が機能して初めて要害として役に立つ。になった事に気付いた義治は慌てて蒲生の日野城に逃げ込む事になった。られた蒲生も困惑しただろうな。 |
| 2613 |
その所為で蒲生、三雲は周囲からは義治の一味と見られている。マーミロだ。れまでは小競り合い程度だった。件が起きたのが農繁期だった事も有って大きな戦いにはならなかった。 |
| 2614 |
だがこれからは違う。義治派は兵を集めつつある。して義治、蒲生、三雲は何とか騒動を治めようと必死だ。の所にも文を寄越した。容は朽木同様式目を作って恣意による政を執らない事を約束する。 |
| 2615 |
その条件で纏めてほしい。停してくれれば坂田郡を譲る。んなところだ。るも何も坂田郡の国人達は騒動が起きて義治が観音寺城から逃げ出した時点で朽木に集団で服属してきた。 |
| 2616 |
今更譲られても事実の追認にしか過ぎない。かも到底纏まるとは思えないからな。治が当主では纏まらないと返事をしておいた。いうよりそんな事に関わっていられない状況になっている。 |
| 2617 |
朽木を取り巻く環境は激変した。越前攻めは延期か?」「いや、敦賀を取ろうと思う」俺が御爺に答えると皆が俺を見た。殿は先程動かぬと仰られましたが?」五郎衛門が小首を傾げている。 |
| 2618 |
「今は動かぬと言ったのだ、五郎衛門。そらく越前内部で混乱が生じるか加賀の一向一揆が越前に攻め込む。れに合わせて敦賀を攻める。当主朝倉式部大輔憲景の基盤は弱い。め時だ」皆が頷いた。 |
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六角の混乱は様々な波紋を周囲に起こした。ず越前で騒乱が起きた。野郡司、朝倉式部大輔景鏡が敦賀郡司家を滅ぼした。主の朝倉孫九郎景垙を一乗谷で不意打ちで殺し間を置かずして敦賀郡司家を攻め滅ぼした。 |
| 2620 |
俺が観音寺城での惨劇を聞いてから半月程の事だ。んまり手際が良いので驚いたわ、多分景鏡は六角家に不穏な空気が有ると知ってタイミングを計っていたのだと思う。角が混乱すると同時に動いた。 |
| 2621 |
そして当主の朝倉左衛門督義景が景鏡を非難すると即座に義景を殺して当主の座を奪った。や、迷いが無い。月の中旬に事が始まって全てが一月以内で終わっていた。れぞ下剋上、そんな感じだ。 |
| 2622 |
義景を殺した後、景鏡は名を憲景と改め越前領内の国人領主に檄文を送っている。れによれば越前は北に加賀一向一揆、南に朽木、六角と強敵を抱えている。 |
| 2623 |
敦賀郡司朝倉孫九郎景垙は朽木と通じ邪なる野心を抱いたにも拘らず義景はこれを処断出来ず文弱に溺れ国を危うくした。倉家の当主たる資格無し。むを得ず自分が両者を排除し越前を治める事にした。 |
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皆心を一つにして自分を助けて欲しい。んな文章だった。んか変な気持ちだ。木は朝倉の半分程の小さな大名だ。んなに警戒が必要な存在かね。ょっと大袈裟じゃないかな。い不本意だ。 |
| 2625 |
「しかし三好が如何出ますか。ざとなれば若狭からも兵を出しますぞ」雨森弥兵衛が不安そうな声を出した。もそれを咎めない。好は間違いなくこの戦国のスーパーパワーだ。 |
| 2626 |
「丹波で反三好の動きが活発になっている。多野、赤井、荻野がな。藤宗勝も何時までも若狭に拘る事は出来まい。れに敦賀攻めに使う兵力は三千、朽木本家の兵を使う。 |
| 2627 |
時はかけぬ」また皆が頷いた。角、朝倉の混乱により三好も動いた。月になると丹波の内藤宗勝が若狭に攻め込んだ。らしい事に京から近江を狙うそぶりを見せての行動だ。 |
| 2628 |
俺は何も出来ずに京の動きに備えるしかなかった。狭の武田は抵抗らしい抵抗をせずに越前に逃げている。半月もかからずに若狭は三好の物になった。方で牽制しつつ一方で侵略、三好は余裕が有る。 |
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力の差を見せつけられた。かげでこっちは無力感に苛まれた。当に落ち込んだ。のやった事は殆どが裏目に出たんだからな。畜生、と言いたい気分だ。 |
| 2630 |
永禄六年(1563年)七月中旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木惟綱評定の後、弥五郎に誘われ兄、私の三人でお茶を飲んだ。 |
| 2631 |
「しかしあの六角がああもあっけなく崩れるとは思いませなんだ」「うむ」私の言葉に兄と弥五郎が頷いた。は複雑そうな表情をしている。 |
| 2632 |
私よりも兄の方がその想いは複雑なのかもしれない。年六角の圧力を感じてきたのだ、想うところは有るだろう。南近江は獲らんのか?」兄の問いに弥五郎が首を横に振った。 |
| 2633 |
「攻め込めばあの連中、反朽木で右衛門督の下に纏まりかねん」「まさか」また弥五郎が首を横に振った。い表情をしている。そのまさかだ、御爺。角の混乱直後、三好が近江を窺うそぶりを見せた。 |
| 2634 |
俺は兵を清水山に集結させたが誰も朽木と共に戦おうとはしなかった。殿、鯰江からも文は来なかった。朽木感情とは言わんが何処かで朽木を格下に見ていると思う」「……」。 |
| 2635 |
「まあ元は朽木谷八千石の国人領主だ、坂田郡を入れても三十万石には届かん。鹿馬鹿しくて下には付けんのだろう、無理も無いわ」最後は苦笑になった。 |
| 2636 |
「元々南の六角と北の京極は仲が悪かった。者に属した国人領主にもその影響が出ている。木は将軍家に近かったからその辺りの事情に疎かったようだ。っぱり気付かなんだわ」表情が渋い。 |
| 2637 |
思うように進まない事にうんざりしているようだ。良いのか、三好が近江を狙いかねんが」「構わんぞ、御爺。好に従うか、六角の下に纏まるか、俺に付くか、好きにさせるさ」突き放した、というより突き放さざるを得ないという事か。 |
| 2638 |
「三好に付く事を考えているのか?」兄が心配そうに尋ねたが弥五郎は首を横に振った。いや、それは無い。好には付かぬ」「しかし攻めて来るかもしれんぞ」。 |
| 2639 |
「如何かな、朽木は手強いぞ、御爺」弥五郎がニヤリと笑った。御爺、朽木よりも攻め易いところが有るだろう。好は近江よりもその周辺を狙うのではないかな。 |
| 2640 |
六角が持っていた大和、伊賀への影響力などを奪いに来るのではないかと思う」「松永ですな。和の北部に食指を動かしていると聞きます」。 |
| 2641 |
「うむ。角も南近江だけならそれほど怖くは無い。れに右衛門督がこの混乱を収拾したとしても統制力は落ちる。理はしなくても六角の力を削げる。 |
| 2642 |
松永の手も北伊勢には届かんだろうがそっちは織田が動くだろう。田上総介信長、大分働き者のようだ」「殿は随分と評価されているようですが美濃を獲れますか?」。 |
| 2643 |
私が問うと首を横に振った。分からんな、大叔父上。が織田には勢いが有るし三河と同盟を結んだ事で後顧の憂いなく攻められる体制を作った。れに美濃も一つに纏まっているわけではない。 |
| 2644 |
付け込む隙は有るだろう。うなるか……」「同盟を打診してくるかな、弥五郎」「可能性は有るぞ、御爺。ちらは朝倉を抱えている。濃攻めには殆ど協力出来ん。の辺りを織田が如何判断するか……」。 |
| 2645 |
「打診してきたら?」「結ぶ事に異存は無い」きっぱりとした口調だった。が驚いている。田上総介、美濃を獲るかもしれない。公方様から文が届いた。だけではないぞ、叔父御達の所にもだ。 |
| 2646 |
御爺の所にも来たであろう」「うむ」弥五郎も兄も渋い表情をしている。何と記してあったのです?」「一言で言えば助けろという事だ。角が崩れて三好を牽制する勢力が無くなった。 |
| 2647 |
そして若狭武田があっという間に追われた。更ながら身の危険を感じたらしい」「儂の所に来た文も同様だ」「残念だがそんな余裕は無い。方様には武家の棟梁らしく毅然としろと返事をしておいた」「それは……」。 |
| 2648 |
「少しは静かになるだろう。べば飛んで来ると思われるのは迷惑だ」不愉快そうな表情だ。を変えた方が良いだろう。坂田郡の今浜に代官所を置いたと聞きましたが」。 |
| 2649 |
「あそこは北国街道、東山道、淡海乃海を制する大事な所だ。木にとっては重要な東の拠点になる。は代官所だがいずれは城を築きたい、そう考えている」「では織田との同盟が結ばれれば?」。 |
| 2650 |
「美濃攻めが出来るかどうかは分からんが美濃攻めの拠点は今浜になると思う」なるほど、と思った。が以前言っていた。五郎が好む城は移動の便が良く湖うみに近い事。して敵に近い城……。 |
| 2651 |
今浜の城か。敦賀攻めですが上手くいきましょうか?」「上手くいかせねばならん。倉式部大輔憲景は強引に国を奪った。蔵の調べでは内部で反発が激しいらしい。 |
| 2652 |
加賀の一向一揆が攻め寄せた場合、それに通じる動きも出るかもしれん。や、或いは一向一揆を引き入れるという事も有り得る。部大輔が防ぎきれるかどうか……」弥五郎が首を横に振った。 |
| 2653 |
「朝倉は駄目かもしれん。の場合、敦賀郡を境に朽木と一向一揆が向き合う形になるだろう」兄が顔を顰めた。向一揆の厄介さは皆が理解している。 |
| 2654 |
「はっきり言って悪夢だが、そこで防がねば連中が近江に入りかねん。うなれば悪夢では済まなくなる」「と言うと?」弥五郎がじっとこちらを見た。 |
| 2655 |
「……近江には堅田が有る」「なるほど、有りましたな」兄も頷いている。あそこは堅田門徒と言われるほど一向門徒の勢いが強い。つ間違うと朽木は挟撃されかねんし湖上の活動にも影響が出る。 |
| 2656 |
林与次左衛門も堅田の水軍を相手にするのは分が悪い。を得たいという事だけでなく近江を守るためにもどうしても敦賀は必要だ。らねばならん」弥五郎が大きく息を吐いた。 |
| 2657 |
永禄六年(1563年)九月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「久しいな、与次左衛門。気そうで何よりだ」「はっ、御久しゅうございまする。 |
| 2658 |
殿には御機嫌麗しく」「止せ、与次左衛門。の朽木を見ろ、周りに良い様にやられている。機嫌麗しくなど到底なれんわ」「そのような事は有りませぬ。 |
| 2659 |
北近江四郡を押さえ日の出の勢いの朽木にござる。角があのざまでは近江の旗頭は殿にござりましょう」俺が笑い出すと林与次左衛門員清が身を乗り出して力説した。 |
| 2660 |
与次左衛門によれば俺は不世出の英雄らしい。次左衛門は高島越中配下の水軍の将だったが朽木谷の戦い以降は俺に仕えている。 |
| 2661 |
朽木家が勢力を拡大するにつれて与次左衛門の水軍も大きくなっていった。では朽木家の重要な戦力と言って良い。して与次左衛門にとって俺は高島越中とは比べ物にならない良い主君のようだ。 |
| 2662 |
何と言ってもあいつ、ケチだったからな。分かった、分かった。が南の連中はそうは思っておらんぞ」「……」「まあ良い、今浜は如何じゃ」問い掛けると与次左衛門が嬉しそうに笑った。 |
| 2663 |
「良き所にございまする。れから大いに繁栄いたしましょう」やはり重要拠点だな、城が欲しい。秀に作らせるか。材は高島郡にある廃城から持って来させれば費用は安く済む。 |
| 2664 |
要検討だな。坂田郡が朽木領になったが船は足りているか?」「少々足りませぬ」「分かった。は出す、船を揃えろ」「はっ。難うございまする」「与次左衛門、堅田と戦って勝てるか?」。 |
| 2665 |
与次左衛門が難しそうな顔をした。はり厳しいか。堅田と事を構えると御考えで?」「好んで構えるつもりはない。が越前で加賀の一向門徒と戦う事になるやもしれん。の時堅田が如何出るか……」「……」。 |
| 2666 |
堅田だけではない、朽木領内にも本願寺派の寺は存在する。番身近では塩津浜城の直ぐ傍に浄光寺が有る。光寺は今の所妙な動きはしていない。 |
| 2667 |
「本願寺が加賀に下間筑後守頼照、七里三河守頼周、杉浦壱岐守玄任を送ったとも聞く。前攻めの為だと俺は見ている。なれば加賀一向門徒の独断ではない。 |
| 2668 |
石山本願寺として戦うという事だ。木と越前でぶつかれば堅田に石山から命令が出る事は有り得よう」与次左衛門が頷いた。しかし殿、堅田の水軍衆、殿原衆は門徒というわけでは有りませぬぞ。 |
| 2669 |
あの者共は本願寺よりも臨済宗を信じておりまする」「それは俺も分かっている。が戦わずに済むか?」「さて、そこまでは分かりませぬ」与次左衛門が首を振った。来れば戦いたくないのだろう。 |
| 2670 |
どちらかと言えば分が悪い戦になる。う思っているようだ。れほどに堅田の水軍は強力だ。田は自治の町だ。田には大きく分けて二つの勢力が有る。 |
| 2671 |
地侍達を主体とする殿原衆と商工業者、周辺農民を主体とする全人衆だ。が問題視している水軍を率いるのは殿原衆なのだが堅田は今、全人衆の支配下に有ると言って良い。 |
| 2672 |
そしてこの全人衆の大部分を占めるのが一向門徒だった。まり堅田は一向門徒の勢力下に有る。お会いなされては如何? 猪飼甚介、居初又次郎、馬場孫次郎」三人とも堅田水軍の指揮官として有名な男達だ。 |
| 2673 |
「会えるのか?」「殿が御望みならば某が手筈を整えまする。こうも殿に関心が有る筈。しろ声が掛からぬのでやきもきしているやもしれませぬぞ」会ってみるか、場合によっては調略への布石にもなるだろう。 |
| 2674 |
「分かった、頼もう。かし日が無い、急ぐぞ」「はっ、近日中に」「頼む」与次左衛門が去った後、主税に茶を用意させて一緒に飲んだ。五郎、重三郎、平四郎、陣八郎も一緒だ。を飲みながら助五郎が問い掛けてきた。 |
| 2675 |
こいつ、何時見ても思うのだが白ゲジゲジ五郎衛門の孫なのに綺麗な眉をしている。思議だ。殿、六角はどうなるのでしょう」「右衛門督では家中が纏まらんので外から養子を迎えようという話になったらしいな。 |
| 2676 |
舅殿から文が来た」派手にドンパチやるかと思ったら交渉で終わりかよ。あ交渉を上手く進めるためにも力の誇示は必要だけど。では右衛門督様は?」「出家、隠居かな」隠居出来れば良い。分殺されるだろう。 |
| 2677 |
後藤が父親の仇を討つ。いは養子の関係者が始末する。子が決まった以上六角右衛門督義治は不要、いやむしろ邪魔だ。生も三雲も庇わんだろう。 |
| 2678 |
下手に庇えばあの騒動の裏に居たのか、だから庇うのかと白い目で見られる事になる。税達は“隠居か”等と言っている。っていない、少しは鍛えておかないと。 |
| 2679 |
「多分、隠居しても一年以内に殺されるぞ」“殿”と陣八郎が引き攣った声を出した。あれだけの事をして許されると思っているのか? それに外から養子が来る以上右衛門督は邪魔だ。 |
| 2680 |
何処ぞの女に子供など生ませられては後々面倒な事になりかねん。家騒動は一度で十分であろう。うではないか?」「……」この程度で固まるな! 全く。の後は重蔵が来た事でそそくさとお茶の時間は終わった。 |
| 2681 |
逃げ腰なのが見え見えだが今回は逃がしてやる。がガキ共め、元服した以上容赦はしない。れからはビシバシと鍛えてやる。国乱世で生きるのは厳しいのだ。して大人の世界は汚い。 |
| 2682 |
お前達はその厳しさと汚さに慣れなければならん。何かございましたか?」「……」重蔵が訝しげな表情をしていた。御腹立ちの様に見えましたが」「少々な、だが大した事ではない。れより報告を聞こう」重蔵、鋭いな。 |
| 2683 |
俺は主税達にもその鋭さが欲しいんだ……。疋壇ひきた城の疋壇六郎三郎、天筒山城の寺田采女正てらだうねめのしょう、殿に御味方するとの事にございまする」「うむ! ようやってくれた」。 |
| 2684 |
「それと氣比神宮大宮司憲直殿、朽木に対して敵対はしない、中立を守ると」「今はそれで十分だ。ずれな、いずれ……」「殿、これで敦賀は手に入れたも同然」その通りだ。 |
| 2685 |
疋壇が味方に付いた以上敦賀までの道は確保された。筒山がこちらの物になった以上金ヶ崎城は孤立した。して氣比神宮は敵対しない。後は越前にて何時騒動が起きるか、或いは加賀の一向門徒が何時攻め込むかだな」。 |
| 2686 |
「遅くとも来月には」「そうだな」稲の取り入れが終れば動き出すはずだ。ろそろ五郎衛門を始め主だった者にも話しておこう。誰か一向門徒に通じているか?」「されば、朝倉孫三郎景健」。 |
| 2687 |
「まさか、安居の孫三郎が?」「はっ、間違いございませぬ」思わず息を吐いた。前安居城主、朝倉孫三郎景健と言えば大野、敦賀に次ぐ家柄の男だ。れが一向門徒に通じている。 |
| 2688 |
余程に朝倉式部大輔憲景に対して不満が有るのだ。他にも堀江中務丞、朝倉玄蕃助、向駿河守」「……朝倉式部大輔、危ういな」「……」「やはり鉢伏山、木の芽峠を固めねばならん」。 |
| 2689 |
「はっ」雪が降る前に固めるのは難しいかもしれん。の時は来年だな。が溶ける四月、五月。起こしで忙しい時期を使う。他には?」「六角家の跡継ぎが」「決まったか」。 |
| 2690 |
「はっ。に亡くなられた細川晴元様の御次男を」「……なるほど、細川は六角と縁続きだったな」「先の管領代の御息女が晴元様に」六角家の名君、管領代定頼の孫か、血筋では義治に劣らない。 |
| 2691 |
益々不要になったな、右衛門督。年は?」「十二歳、元服をしたうえで六角家に入られるそうでございます」「公方様の諱でも貰うのだろう」「おそらくは」「懲りないお方よ」重蔵が噴き出しそうな表情をした。 |
| 2692 |
六角家の重臣達が養子を迎えたいと義輝に相談した。角家は足利将軍家にとって大事な家だ。極的に京に介入しなくてもそこに居るだけで十分に三好を牽制する。 |
| 2693 |
義輝としても六角の動向は気になっていたから喜んで相談に乗った。して細川晴元は反三好感情が強かった。然だがその息子も反三好で期待出来るというわけだ。 |
| 2694 |
後で祝いの品を用意しておくか。所付き合いは大切だ、疎かにしてはいけない。上手く利用しようというのだろうが十二歳ではな。方様の思う通りに動いてくれるかどうか」。 |
| 2695 |
「中々に見物でございまする」重蔵の目が笑っている。手く行かないと見ているようだ。三好は如何か?」「修理大夫、腑抜けになったとか」「そうか」三好長慶の長男、三好義興が八月に死んだ。 |
| 2696 |
長慶には他に男子は居ない、腑抜けになったとしても責めはしない。が畿内の覇者三好家の後継者が居なくなったのだ、そして義興に替わる後継者も定まらない。 |
| 2697 |
三好は内部に火種を抱え込んだという事になる。輝が六角家の跡継ぎ問題に関与するのもチャンス到来と思っているからだろう。い先日までは助けろと大騒ぎしていたのにな。 |
| 2698 |
だが分かっているのか? 三好はこれまでは余裕が有ったから理性を保ってきた。かし今後は違う、徐々にだが三好は追い込まれて行く。如何なさいます?」重蔵が引っ掻き回すかと訊いている。 |
| 2699 |
「噂は適当に流してくれ。の中に必ず三好豊前守実休、安宅摂津守冬康、この二人が三好本家を乗っ取ろうとしている、そういう噂を流してくれ」「承知しました」「重蔵、どうやら三好にも翳りが出て来たようだ」。 |
| 2700 |
「そのようで」「長かったな」「はい」重蔵が頷いた。が家督を継いで十三年、ようやく三好にも翳りが出た。好が崩れれば六角に気を遣う必要も無くなる。実ではここから一気に三好の崩壊が始まる。 |
| 2701 |
来年長慶が安宅摂津守冬康を殺す。してその事を後悔しながら死ぬ。の後残された三好一族は義輝を殺害する。好が一枚岩なのはそこまでだ。 |
| 2702 |
その後は分裂して争う、そこには強大な三好の姿は無い。の世界ではどうなるか……。らぐのは近江、越前だけじゃない、畿内も大揺れに揺れるだろう。 |
| 2703 |
永禄六年(1563年)十月中旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「小夜、留守を頼むぞ」「はい、御武運を祈っておりまする」「うむ」部屋を出ると外には主税達近習が待っていた。 |
| 2704 |
今回は気が進まないがこいつらも連れて行く。、鎧が似合ってない。こかぎこちない。分、俺もだろうな、溜息が出そうだ。 |
| 2705 |
城の大手門前では日置五郎衛門、明智十兵衛、竹中半兵衛、沼田上野之助が馬を引き連れて待っていた。と主税達の分も有る。 |
| 2706 |
皆で馬に乗って門を出ると朽木勢三千が隊列を作って待っていた。近江の秋は寒い、早朝ともなれば尚更だ。津浜城は微かに靄もやに包まれていた。 |
| 2707 |
「出陣だ! 続け!」ハルに鞭を当てて走らせた。ろから五郎衛門、十兵衛、主税達が“殿!”と呼ぶ声が聞こえたが無視した。ぐ! 加賀の一向一揆が動き出した。 |
| 2708 |
今頃は越前国境に向かっている筈。して朝倉憲景も動いている。倉孫三郎、堀江中務丞、朝倉玄蕃助、向駿河守からは人質を取ったらしい。 |
| 2709 |
だが形勢が不利になれば人質など簡単に見捨てられるだろう。して憲景もそれは理解している筈だ。死の覚悟で一向一揆戦に向かう筈。の隙を突く。 |
| 2710 |
今日中に疋壇、明日には敦賀、そして五日以内に鉢伏山、木の芽峠を押さえる! だから先頭に立って走る! それが一番早く軍を動かす方法だ。津-沓掛-深坂峠-追分、所々で休息を挟みながら塩津街道を北上する。 |
| 2711 |
疋壇に着いた時には夕暮れになっていた。まであと一キロと言ったところで疋壇城主、疋壇六郎三郎が慌てて挨拶に来た。疋壇城主、疋壇六郎三郎昌之にございまする」「うむ、朽木弥五郎基綱である」「驚きました、まさかこのように早く……」。 |
| 2712 |
「塩津浜を卯の刻になる前に出た」「なんと」先ずは度肝を抜く。地を走って来たのではない。なりの強行軍だと理解した筈だ。して俺が敵なら疋壇城は殆ど何も出来ずに包囲されたと理解しただろう。一向宗の動き、何か聞いているか?」六郎三郎が首を横に振った。 |
| 2713 |
「越前、加賀国境に迫っているとは聞きますがそれ以上は……」「朝倉式部大輔の動きは?」「やはり国境に向かっていると」となると朝倉式部大輔はこちらの動きに気付いていない、或いは気付いていても一向一揆への対応を優先したか。 |
| 2714 |
「明日も卯の刻に出る。賀までの先導を頼む」「はっ、明日は敦賀に?」「そう考えている」六郎三郎が頷いた。壇から敦賀まではそれほど険しい道は無い。日敦賀へ着く事は難しくはない。御疲れで有りましょう。へ案内いたしまする。日はゆっくりと……」。 |
| 2715 |
「無用だ、今日はここで休む。を緩めたくないのでな。れにそちらも明日の準備があろう、邪魔はしたくない」「はっ」六郎三郎が頭を下げ、そして城に帰って行った。五郎衛門、周囲の警戒は怠るな」。 |
| 2716 |
「はっ」「それと鎧は脱がせるな」「はっ」主税達が天を仰いだが無視した。ったれるな、六郎三郎の度胆は抜いたが心変わりしないという保証は無いのだ。 |
| 2717 |
「十兵衛、半兵衛、上野之助、敦賀を制したらその方達は鉢伏山、木の芽峠に行け。伏山には高野瀬備前、木の芽峠には田沢又兵衛を送る。人には既に話してある。 |
| 2718 |
二人を助けて砦を築くのだ。れと塩津浜に戻ったら冬の間に城の図面を引け。が溶けたら本格的な城造りを始める」「はっ」三人が頭を下げた。が出来れば皆もこの三人を認めるだろう。 |
| 2719 |
少しずつ実績を作らせなければ……。朝、出立前に六郎三郎が息子の右近昌定を送って来た。木の戦振りを見せてやって欲しいと言っていたが内実は人質だ。の頃は二十歳前後か。 |
| 2720 |
昨日決めたのだろう、良い傾向だ。郎三郎が先陣を切りその後を朽木勢が追った。壇、道口、敦賀。賀に入ったのは夕刻だったが日が沈むには未だ間が有った。 |
| 2721 |
天筒山城の寺田采女正成温てらだうねめのしょうなりあつが寝返ると金ヶ崎城主、朝倉修理亮景嘉あさくらしゅりのすけかげよしも降伏した。景は加賀国境に行っている。 |
| 2722 |
援軍は無い。体この時期に敦賀に置かれたというのは余り信頼されているとは言えない。頼されているなら加賀へ連れて行く。城の条件は憲景の元へ行く事を認める事、それだけだった。 |
| 2723 |
城の開城は明日巳の刻、憲景の元へは敦賀から三国へ船での移動という事で合意した。わった時には夜になっていた。渉が終了すると主税達が鎧を脱ごうとした。 |
| 2724 |
俺が怒鳴り付ける前に五郎衛門が孫の助五郎をその場で殴り倒して怒鳴りつけていた。郎衛門が俺に出来の悪い孫で申し訳ないと謝罪してきたが俺は庇わなかった。 |
| 2725 |
震え上がっている主税達に辛抱が出来ないなら塩津浜に帰れ、二度と戦場には連れて行かんと言っただけだ。木は勝ち戦続きだ、その所為で戦を甘く見ている。 |
| 2726 |
主税達だけじゃないのかもしれない。木勢全てに当てはまるのかも……。の痛い問題だ。日、朝倉修理亮が船で三国へ向かった。して高野瀬備前守、田沢又兵衛が休む事無く鉢伏山、木の芽峠に向かった。 |
| 2727 |
勿論明智十兵衛、竹中半兵衛、沼田上野之助も一緒だ。前は喜んでいたな。との最前線だ、厳しい役目だが守り切れば朽木内部でも評価が上がる、そう思ったのだろう。 |
| 2728 |
実際備前は肥田城で六角の大軍を一度は退けているのだ。は有ると俺は思っている。ヶ崎城に入ると早速商人達が挨拶に来た。拶を受けながら関の廃止と税の軽減、四公六民を約束した。 |
| 2729 |
一向一揆に対抗するためにも税の軽減は欠かせない。来るだけ百姓達が住み易い環境を作る。々経済的には敦賀は越前よりも近江に近いのだ。から疋壇六郎三郎もこちらに付いた。 |
| 2730 |
難しくは無い筈だ。して奥州、蝦夷地との交易を行う。布、鰊、鮭、鱒。来れば中国とも交易する。布と干し椎茸で釣り上げる。して敦賀を日本海最大の湊にする。 |
| 2731 |
西近江路、塩津街道、北国街道、そして琵琶湖。木が所有する流通路を使って北近江を、敦賀を繁栄させよう。揆等という馬鹿げた事を仕出かさないように。 |
| 2732 |
永禄七年(1564年)一月上旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱「明けまして、おめでとうございまする」「おめでとうございまする」御爺が新年の賀を述べると皆がそれに唱和した。 |
| 2733 |
「おめでとう」俺が応えて新年の挨拶は終りだ。れからは御爺、綾ママ。叔父と主殿と主税達。して叔父御達。服を済ませた者、妻同伴での朽木一族の新年会だ。が居ないのは御爺と主税だけだ。 |
| 2734 |
「昨年は大変な年でしたな」「だが終わってみれば悪くなかった」上の叔父二人の言葉に皆が頷いた。あ確かに悪くなかった。賀は朽木領になったし目々叔母ちゃんは皇女を生んだ。 |
| 2735 |
永尊ながたかと名付けられた皇女は健やかに育っているそうだ。然だが盛大に祝いの品を送った。今年はどうなるのでしょう? 戦になるのでしょうか?」。 |
| 2736 |
「さあて、どうなるかのう。五郎、綾が心配しておるぞ」御爺、ニヤニヤしながら俺に振るな。は今ハタハタの干物を食べているんだ。構美味い。 |
| 2737 |
……綾ママがこっちを見ている。線が痛い、答えないと。顔だ、笑顔。母上、朝倉はこちらに関わっている余裕はなさそうです。は有ったとしても小規模なものになるでしょう」越前の朝倉式部大輔憲景は何とか加賀の一向一揆勢を国境線で食い止めた。確には冬の到来による時間切れだが一揆勢は優勢では有ったが勝利を得たとは言えない状況で退却した。 |
| 2738 |
その間にこちらがやった事は鉢伏山と木の芽峠に砦を作る事だった。んとか雪が降る前に終わった。っとも十兵衛達からは木の芽峠の両隣にも砦が必要だと報告が有った。が溶けたらそれを作る事になる。分、朝倉と一揆勢は今年も戦う事になるだろう。景は負けはしなかったが勝利を得られなかった。 |
| 2739 |
越前国内での地位はまだ不安定なままなのだ。揆勢がそれを見逃すとは思えない。間が経てば経つほど憲景の地位は安定する。揆勢は雪が溶ければ遮二無二戦を仕掛けて来るだろう。 |
| 2740 |
迷惑な奴だよな、一向門徒って。の連中、越前だけじゃなくて三河でも騒ぎ始めた。平家康対三河一向宗だ。張れよ、家康君。前が負けると三河から尾張、伊勢の長島へと一向一揆が繋がりかねない。 |
| 2741 |
そんなの冗談じゃないからな。前なんか嫌いだけどここは応援してやる。…誰か話題を変えてくれないかな。、性格悪くなりそう。観音寺城に挨拶には行かないのですか?」よりによってそれか、小夜。 |
| 2742 |
なんで我が家の女達は俺を憂鬱にさせるんだろう。今年は新次郎に行ってもらう」「……」里帰りしたいんだろうな。息が出そうだ。行けば三好の事で色々と無茶を言われそうだ。倒は避けたい」。 |
| 2743 |
「でも新次郎で宜しいのですか? せめてこの中から……」大叔父の妻、大叔母の発言だったが“止めよ”と大叔父が遮って終わった。達は主税を除いて納得している。達は……、駄目だ、誰一人として理解していない。 |
| 2744 |
六角の新当主は昨年十月末に決まり十二月に観音寺城に入った。川晴元の二男が元服して従五位下、六角左京大夫輝頼と名乗り近江守護に任じられている。輝の輝と定頼の頼から輝頼と付けたらしい。 |
| 2745 |
従五位下左京大夫は義賢の持っていた官位だからそれを引き継いだという事なのだろう。まり義治は抹殺という事だ。応隠居として観音寺城の一角に居所を与えられているらしいが監視付きで幽閉に近いというのが実態の様だ。 |
| 2746 |
まあそこまでは良い、俺も不満は無い。題は輝頼には義輝が付けた幕臣達が同行している事だ。舘兵部藤安、一色蔵人秀勝、川勝主水知氏。年の輝頼の相談役、そういう理屈は付いているが何の事は無い、輝頼を幕府のコントロール下に置いて六角家を都合良く操ろうという事だろう。 |
| 2747 |
当然だが平井の舅殿を始め六角家の重臣達はその事にかなり不満を持っている。状では六角家に三好を相手にするような力は無い。よりも六角家の人間がその事を一番理解している。 |
| 2748 |
昨年の十一月には六角領内で徳政令を求める一揆が起こった。濃攻めで予想以上に領内が疲弊したらしい。輝は六角家に爆弾を仕込んだようなものだ。んなところにノコノコ挨拶なんかに行けるか。 |
| 2749 |
叔父御達だって行きたがらない。今年は代替わりが多かったような気がするな」「大きい所が変わったからな。角、武田」「なるほど、そうだな。…武田の新当主、信頼殿は十六、いや十七歳だったかな。 |
| 2750 |
上杉家の勢いを止められるかどうか」叔父御達の話に皆が頷いた。題を変えてくれて有難う。分嬉しい、後の半分は……。田信玄が昨年の暮れに死んだ。目は四男の勝頼が名前を信頼と改めて継いでいる。 |
| 2751 |
良かったな、これで君も武田の一員だ。濃は諏訪郡を除いて殆どが上杉側の勢力範囲になるか独立して武田から離反したから信玄にとっては失意の死だったと思う。熱、咳、痰、胸の痛みを訴えたというから死因は肺炎だったようだ。 |
| 2752 |
でもね、信玄君。ぬ前に“朽木が上杉に助言しなければ”とか“朽木の小倅にしてやられた”とか言うのは止めてくれないかな。分熱で頭をやられての譫言うわごとだと思うんだけど迷惑なんだ。 |
| 2753 |
信玄は朽木の所為で憤死したなんて変な風評被害が出ている。んたの息子の勝頼、いや信頼が何時か朽木にリベンジしてやるとか叫んでいるらしい。はそっちになんか行かねえよ、お前もこっちに来るな。 |
| 2754 |
ハタハタが美味い。マグリの吸い物もいける。川中島の敗戦で全てが変わったの。は怖いわ」「御隠居様の申される通りにござる。税、その方も良く覚えておけ。場で気を抜くなど言語道断の事ぞ」。 |
| 2755 |
「はい、父上。に銘じます」主税が主殿に締められている。の五郎衛門が怒鳴った一件は結構朽木では有名になったらしい。殿を始め父親達が俺の所に謝罪に来た。 |
| 2756 |
「ところで朝廷がまた殿に官位を勧めてきたと聞いておりますが?」「その話なら断ったぞ、主殿」「前から気になっていたのですが、何故御受けせぬのです?」「朝廷が提示してきたのは正五位下、右近衛権少将だ。 |
| 2757 |
それでは六角よりも上になる。めるのは御免だ」誰かが息を吐いた。局はそこに行く。木は成り上がり者なのだ。何処かで朽木に対して面白く無い感情を持っている。 |
| 2758 |
朝廷は頻りに官位をと言って来るがこれまで提示してきたのは従五位下の位だった。治みたいな奴には十分に面白く無い事だろう。けたら揉める事になるのは目に見えている。 |
| 2759 |
これまでずっとそれが理由で受けなかった。家達はその辺りを理解していない。…暗い話題が多いな。年も前途多難な気がしてきた。 |
| 2760 |
永禄七年(1564年)二月中旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城朽木基綱一月も松の内を過ぎると尾張の織田信長から同盟の打診が有った。 |
| 2761 |
使者は織田三郎五郎信広。度は信長に反旗を翻した信長の異母兄だ。っちは北に朝倉という敵が有る。盟を結んでもあまり役に立てないと言ったんだがそれでも良いと言う。 |
| 2762 |
多少なりとも一色の戦力を朽木が引き付けてくれればという事らしい。河の松平は一向一揆で全く同盟者としては役に立っていないからな。 |
| 2763 |
代わりに朽木を、そんなところだろう。いうわけで出来る範囲で協力するという緩い同盟を織田との間に結ぶ事になった。浜に城を造ると言うと喜んでいたな。 |
| 2764 |
勘違いするなよ、その城は戦のためじゃない、今浜を繁栄させる為の城だ。略方に絵図面を頼んだ。伏山、木の芽峠の城も有る、無理だと言うかなと思ったが十兵衛、半兵衛、上野之助は嬉しそうだった。 |
| 2765 |
城造りって楽しいのかな、俺も習おうかと思っている。月になれば敦賀から北へと交易船を出す。木家が所有する船だ。夷地と言いたいが先ずは津軽半島の十三湊へ向かう。 |
| 2766 |
こちらからは織物、酒類、穀物、茶を持って行く。こうからは昆布等の海産物だ。果が出るのは今年の終わりになる。しみだ。国の明との交易も何とかなりそうだ。 |
| 2767 |
組屋の話では出雲美保関に中国船が来ているようだ。子が急速に勃興したのはこの中国船との取引による利益が大きかったかららしい。んでも一年間の関税が五千貫を超えたとか、聞いた時には吃驚した。 |
| 2768 |
そんな話は学校じゃ誰も教えてくれなかった。屋が今美保関に向かっている。いつは早ければ夏頃には目処が立ちそうだ。しい想像をしていると五郎衛門が部屋に入って来た。 |
| 2769 |
「殿」「如何した、五郎衛門」「先程朽木家に仕官したいという者が某を訪ねて来ました。れも三人」「ふむ、その方の知り合いか?」。 |
| 2770 |
「いえ、一面識も有りませぬ」五郎衛門が首を横に振っている。は近江の人間じゃないな。れにしても三人? ……もしかすると若狭武田の家臣かな。 |
| 2771 |
内藤に攻め込まれて家を潰したか。いは嫌気がさして逃げ出したか。何処の人間だ?」「それが少々妙でして」「妙?」「はい」改めて五郎衛門の顔を見た。 |
| 2772 |
確かに五郎衛門は困惑している。田じゃないの?やばい筋の人間かな。さかとは思うが三好?「元は武田の家臣だとか」「そうか」なんだ、やっぱり武田か。 |
| 2773 |
「領地を失い将来さきに展望が見えないので武田家を致仕したと」「致仕?」だとすると辞めたのは内藤の若狭侵攻前、かなり前だな。 |
| 2774 |
「真田弾正忠幸隆、室賀甚七郎満正、芦田四郎左衛門信守と名乗っております」思わず五郎衛門の顔を見た。田ってそっちの武田なの? 何の冗談だよ、それは。 |
| 2775 |
「殿?」「あ、うん」「……その者達、女子供も含めれば二百人を越える家臣達を引き連れておりまする」「二百人か」どうやら本気だな。族郎党引き連れて来たか。 |
| 2776 |
「お会いになりますか?」「……そうだなあ、会わねばなるまいな」「では明日にでも」「……いや、直ぐ会う。人を連れて来てくれ」「では支度を」「必要無い、そのままの姿でこの場へ連れて参れ」。 |
| 2777 |
五郎衛門が驚いていたが俺が“早くしろ”と言うと慌てて部屋を出て行った。田、室賀、芦田。地を失ったって言ってたな。うか、上杉に寝返らなかったか。 |
| 2778 |
いや寝返れなかったのかな。地を追われた信濃の国人衆にとっては武田の手先になって自分達の領地を奪った真田、室賀、芦田は許せる存在じゃなかったんだろう。 |
| 2779 |
武田家でも居場所が無かったのかもしれない。れで信玄も死んだ事で武田に見切りをつけたか……。頼、いや信頼か、評価低いな。いは跡目相続で揉めたかな? 年も若いし十分に有り得るだろう。 |
| 2780 |
対抗馬は叔父の逍遙軒武田信綱かな。こは三人とも召し抱える一手だ。賀は良く分からんが、真田、芦田は大丈夫だ。田は大吉、芦田は中吉。人召し抱えればそれが評判になる。 |
| 2781 |
信濃、甲斐から続けて仕官を望む人間が朽木を訪ねてくる可能性は有る。木は人材不足だ。んで雇ってやる。も先ずは親切からだ。木は頼りがいが有る、そう思わせる事だな。 |
| 2782 |
いきなり飛び付いてはいかん。禄七年(1564年)二月中旬近江伊香郡塩津浜塩津浜城真田幸隆「真田弾正忠幸隆にございまする。髪し一徳斎と号しておりまする」「室賀甚七郎満正にございまする」。 |
| 2783 |
「芦田四郎左衛門信守にございまする」「うむ、朽木弥五郎基綱だ。く朽木を頼ってくれた」目の前に未だ若い武士が居た。れが朽木弥五郎か、身体は特に大きくない。 |
| 2784 |
目鼻立ちも特別に変わった所は無かった。く平凡な男だ。砲の音が聞こえた。程から頻りに鉄砲の音がする。かもかなりの数で撃っているようだ。木の鉄砲は有名だが火薬、玉も豊富に有るらしい。 |
| 2785 |
つまり銭が有るのだ。斐では鉄砲を揃えても十分な訓練は出来ずにいた。れ程に火薬と玉は高価で貴重だ。や、甲斐だけではなかろう。条、上杉も同様の筈。 |
| 2786 |
朽木は天下有数の富強を誇ると言われているが改めてそれを実感した。そこでは少し遠い、もっと前へ」声は良く通る。かし前? 前と言われても家臣でもないのにこれ以上近付いては非礼、いや無礼になろう。 |
| 2787 |
場合によっては危険だと判断されかねぬ。には日置五郎衛門殿が居て険しい眼で我ら三人を見ている。遠慮は要らぬ」困った。七郎殿、四郎左衛門殿も困っている。 |
| 2788 |
「その方達、俺を殺しに来たのか?」「そ、そのような事は」慌てて否定すると楽しそうな笑い声が聞こえた。らかわれた?「ならば問題有るまい。あ、前へ」困った、如何する?。 |
| 2789 |
「俺はその方等を召し抱えるか、否かを決めねばならん。の方等は俺に仕えて良いのかどうかを決めねばならん。れには今少し近付く必要が有ろう。を良く見ずとも良いのか?」。 |
| 2790 |
已むを得ん!「失礼仕る!」脇差を鞘ごと抜いて後ろに置いて前へ進んだ。七郎殿、四郎左衛門殿も“失礼仕る”と言って儂の傍に座った。人も脇差を差していない。 |
| 2791 |
もう仕官などどうでも良くなってきた。手の言う通りよ、先ずは朽木弥五郎基綱を見なければならん。手はこちらを興味深げに見ていた。官が偽りとは思っていない様だ。 |
| 2792 |
いきなり呼び出された。替えも許されぬ。っかちな所が有るのか?「その方達は信濃の出であろう。りたくはないか?」「戻りたくは有りますが我らの領地は既に上杉方の者に奪われてござりまする。 |
| 2793 |
戻る所有りませぬ」四郎左衛門殿が答えた。俺が関東管領殿に文を書いても良い。濃は無理かもしれぬが関東で所領を持つ事は出来るやもしれん。 |
| 2794 |
上杉に仕えるのは忸怩たるもの有るやもしれんが故郷に近い方が何かと都合が良かろう。領殿もその方達が家臣となってくれれば心強いと思うが?」「御心遣い、有難うございまする。れど我ら武田家を致仕いたしました折、上杉家には仕えぬと約しました」朽木弥五郎が“そうか”と呟いた。 |
| 2795 |
親切な所は有る。頼殿を始め武田家中には我らが裏切ると考えている人間が居た。杉に寝返って信濃で領地を得ようとしていると……。んな事を村上や高梨が許す筈が無い。れなのに……。 |
| 2796 |
武田家中に信濃衆の居場所は無い。う思って信玄様の死を契機に暇いとまを請うた。杉に仕えぬ事を約束したが朽木に仕えようとしていると知ったら如何思った事か。切り者と我らを罵ったかもしれない。 |
| 2797 |
「乱世とは生き辛き世の中よな」若年らしくない呟きだった。情を察したのだろうか?「正直に申さばその方達が当家を頼ってくれたのは有難いと思っている。 |
| 2798 |
だが武田殿が朽木を恨みながら亡くなられた事も知っておる。の気持ちはその方達も同じであろう」「そのような事は有りませぬ」否定したが朽木弥五郎が首を横に振った。 |
| 2799 |
「言い訳はせぬ。の戦いの二年前、関東管領殿が朽木を御訪ねになられた。田殿との戦についてであった。敗がはっきりせぬ、何か良い考えは無いかと相談を受けた」「……」。 |
| 2800 |
「俺は川中島の事など何も知らぬ。れ故武田が踏み込んで来ぬなら自らが踏み込むしか勝敗をはっきりさせる術は無いと申し上げた。、当たり前の事よな」それが死生命無く死中生有り。 |
| 2801 |
今では天下に知らぬ者が無い言葉。のような経緯で生まれたか……。人の口から聞くとその時の情景が不思議な程にありありと目に浮かんだ。七郎殿、四郎左衛門殿も神妙な表情をしている。 |
| 2802 |
「朽木に仕える事、迷いは無いか?」静かな声だった。何答えれば良い? 恨みが無いと言えば嘘になろう。がそれだけでここに来たのではないのだ。七郎殿、四郎左衛門殿に視線を向けると二人が頷いた。 |
| 2803 |
「我ら三名、良き主君を得たい、ただそれだけにございまする。のまま朽ち果てたくは有りませぬ」これも真実。みが無いとは言わぬ、だが迷いは無い。らは朽木弥五郎を選んだ。 |
| 2804 |
僅か十年程で近江の国人領主から北近江四郡、越前で一郡の主になった。に己よりも大きい相手、強い相手を潰して大を成した。好、六角、上杉も朽木には一目置いている。 |
| 2805 |
未だ十六歳、先は長い。して人柄も悪くないように思える。らの身を託す事が出来るだろう。真田弾正忠幸隆、室賀甚七郎満正、芦田四郎左衛門信守。木家にて召し抱える」。 |
| 2806 |
「はっ、有難き幸せ」「禄の話は後だ。いて参れ、面白い物を見せてやる」朽木弥五郎、いや殿がそう言うと席を立って部屋を出て行った。差、如何する? まごついていると“脇差を忘れるな”殿の声が聞こえた。 |
| 2807 |
慌てて脇差を拾い腰に差して後を追う。殿!”五郎衛門殿が怒鳴ると“その三人は朽木の家臣だ、差別するな”と声が返ってきた。はりせっかちだ。郎衛門殿も、そして近習達も後を追ってきた。斐とは違う、早く慣れなければならん。走りに殿の後を追った。た鉄砲の音が聞こえた。木の音だと思った。 |
| 2808 |
非常灯が点滅する薄暗い空間があった 小学校の教室くらいのドーム状だろうか接合部のラインが目立つ金属の床や壁に覆われている 不意にその中央の空間が揺らぎ、紙を裏から破くような亀裂が走った。 |
| 2809 |
ドーム部屋全体がきしみを上げ、床や壁から悲鳴のような金属音が響く このまま捨て置けば部屋ごと崩壊するだろうと思われる負荷が掛かったところで、亀裂が2人の人影を吐き出した。 |
| 2810 |
たちまち亀裂は消失し、唸りを上げていた金属音は鳴りを潜めるが、部屋の中のひび割れはそのままであった 「ふーんここが別の世界?」 吐き出された人影の片方。 |
| 2811 |
小さい方が部屋を見渡した感想を述べる 「ここの見てくれだけで判断されるものではないぞ」 「分かってるわよぅコントのような流れに発展したところで、大きい方が呆れて沈黙した。 |
| 2812 |
小さい方が手の中の物に灯火の魔法を掛けたことで部屋の中が露わになる 大きい人影はくるぶしから口元まで覆う、襟を立たせたジャケットコートに身を包み。 |
| 2813 |
左肩から半身を蒼いマントを掛け、褐色肌に魔人族特有の側頭部から伸びる捻れた角 オペケッテン・シュルトハイマー・クロステットボンバー、通称オプスである。 |
| 2814 |
小さい人影のほうはハイエルフのケーナ くすんだ金髪は首元で切り揃えられ、上半身にはドラゴンの意匠の付いた革鎧オプスと同じように背には蒼いマント。 |
| 2815 |
肩の留め部には水竜のヘッドパーツ淡い緑のズボンに膝下まであるロングブーツ全体的に対地用の竜装備と呼ばれるものでまとめてある見て判断するがよいぞ」 言うだけ言ってオプスはケーナの傍を離れて、ドーム部屋の出入り口へ移動する。 |
| 2816 |
横開き用の取っ手に手を掛け、たところで停止した 「?」 疑問に思ったケーナがクエスチョンマークを頭上に浮かべた途端、手元に細剣を出現させたオプスが【剣技スキル:微塵】でもって扉をバラバラに切り裂いた。 |
| 2817 |
「ふんっ!」 「ああ、開かなかったのね……」 残骸を蹴り飛ばして室外へ進むオプスの後ろ姿に、呆れ顔で汗を垂らしたケーナは呟く 憤慨した足音をどすどすと響かせてオプスは行ってしまい、ケーナはその後に続く。 |
| 2818 |
ドーム部屋を出ると、人1人がなんとか通れるという廊下が右へ伸びていて、その突き当たりまでは5メートルもない 正面にも扉があったようだが、ここと同じ道を辿ったらしくすでに残骸の山だ。 |
| 2819 |
両方とも非常灯すら切れているようなので、ケーナは手の中の灯火の魔法を掛けた小石をそれぞれへ2個ずつ放り込む 正面の部屋は小さく、すぐそこにオプスの背中が見えていた。 |
| 2820 |
ひょいと覗き込むと、6畳程の室内に本が詰め込まれた棚が壁を埋め尽くしていたどうやら書斎だったようだ オプスは部屋の中にあったデスクの上、埃の山から1枚の紙をつまみ上げる。 |
| 2821 |
1度見るだけで納得したのか、ケーナに紙を渡すと廊下へ出てしまった突き当たりにあった扉を確認しにいったらしい 「ん~、何々?」 紙というか、手触りはセロファンのような物体に眉をひそめる。 |
| 2822 |
次いで書かれた文字に目をやって首を捻った 「……何語?」 書いてある文字自体はアルファベットなのだが、並びが全然別物のようだケーナも英会話を熟知してるとは言い難いが、それでもこの並びは知っているものでもない。 |
| 2823 |
「んースキルで判るかなー?」 あるだけで普段は全く使用しないスキルを脳内に羅列させ、【言語理解】と【暗号解読】をアクティブ化するそうして短文では分かり難いと思い、棚から適当に本を一冊抜き出した。 |
| 2824 |
数分すればなんとか読み書きできるレベルまで行けるようになった多少の頭痛と引き換えにではあるが 「詰め込み過ぎより、頭の出来っていう弊害よねえ……」 愚痴を小声で呟きつつ改めて紙面に目を通す。 |
| 2825 |
それは短い手紙のようである 『シュルツへ25年待ったが、俺ももう歳だここは残して行くが何かあったらヤルインまで来い今回、探すモノがあって訪れたらしいのだが。 |
| 2826 |
その探すものは『物』なのか『者』なのかは話してくれないので不明である 「とりあえずこっちの世界に慣れてからって話でー 『砂漠トモンスタート機械ガココノ敵デスネ』 胸の内からキーの返答に首を傾げるケーナ。 |
| 2827 |
「なんかそんな感じのMMO、地球で見たなあ何だっけ……?」 そこへオプスが顔を出し、ケーナの様子を見て眉をひそめた 「おいケーナ まず感じたのはじゅわっと溶けそうな熱気と刺すような日差しだ。 |
| 2828 |
直ぐに水竜のマントの効果で熱気と日差しが和らぐ それでも体感的には30度近くはあるだろうか 「まあ確かに寝るときとか寛くつろぐ時とかあるもんね」 再度意を決して日差しの中へ身を晒し、周囲を見渡すケーナ。 |
| 2829 |
2人の居る所は砂漠から突き出た岩山のような場所にあたり、周辺は一面黄土色の砂丘しか広がっていない 動くものなど微風に舞う砂しかなく、かすかに聞こえる風の音以外は静かなものだ。 |
| 2830 |
「とりあえずどーすればいいのかな?」 「一応街と街を繋ぐ街道がどこかを通っているはずなのだが……」 「砂しかないよ」 砂地から2~3メートルの高さにある所とはいえ、【遠目】スキルを使用しても道らしい道は確認出来ない。 |
| 2831 |
にべもなく断言したケーナにため息で返したオプスは「話は最後まで聞け」と続ける 「……通っているはずなのだが 「まー、一応保存食は10日分くらいは持ってきたけど。 |
| 2832 |
こんなところで何して待てと……」 言ってから気付く阿吽の呼吸何時まで待つの、だとかのやり取りをしない行動を振り返り、笑みを浮かべるケーナ 「毒されてきたわー」 「ん……。 |
| 2833 |
何ぞ言ったか?」 「何でもなーい」 ケーナはあっけらかんと言い残すと外へ身を踊らせた 「よっと」 危なげなく着地すると、その場で足踏みやジャンプを繰り返して足元の具合を確認する。 |
| 2834 |
「ふむふむ地竜のブーツの効果はこっちでも問題なく作用してるようね」 リアデイルのゲーム時代では砂浜か岩山程度でしか出番のなかった効果を確認し終わる。 |
| 2835 |
次にイヤリングにマウントされた楊枝のような棒を外し、「伸びよ」のキーワードで背丈と同じぐらいまでの『棍』へと変える 「うん、如意棒も問題なく使えるようね」 振り回して使い勝手に満足するケーナ。 |
| 2836 |
本来世界を越えて別の世界のアイテムを使うことは有り得ないことであるましてや今回こちらの世界にはリアデイル側のような魔法技術はない(オプス談)。 |
| 2837 |
それを可能にするのは、常人とは比べ物にならない高位クラスの魂源であるやれと言われてもケーナはやらないと思うが……オプスは分からない そのオプスは、下で元気なケーナの様子にため息を吐き。 |
| 2838 |
機械に気を付けることと、離れ過ぎると砂嵐が起きたときに迷うことを告げ、岩山の中へ引っ込んだ 「キー、マーカーよろしく」 『畏マリマシタ』 まるっきり丸投げである。 |
| 2839 |
それについて愚痴を零すものはこの会話が聞こえない所にいる それさえもおそらく予想していて何も言わないのだとケーナは確信していた が、リアデイルで砂漠(砂浜)にいたのは車のような大きさのサソリやヒトデや蟹であった。 |
| 2840 |
似たような状況と仮定するならば、図体のデカい毒虫が一番注意すべき生物かもしれない ケーナはそれらを念頭に置き、不意打ちには【直感】スキルを当てにして、魔法の【生命感知】を発動させる。 |
| 2841 |
周辺1キロメートル範囲内の動物や魔物に作用するスキルだ あくまで生命反応が目安なので、生きていない機械には作用しない 今後の課題となるだろう。 |
| 2842 |
実のところキーがそっちに備えていたのだが、ケーナには知らせてはいなかった何事も経験と考えていたからだ 脳裏に表示されたマップに反応は5つ程度。 |
| 2843 |
驚くほど少ないのか、これでも多い方なのか判断に困るところである その中のひとつ ケーナは自身の後方5メートルに位置する光点に狙いを定めた。 |
| 2844 |
如意棒の構えを抜刀術のような腰だめに移行 「伸びろ」のキーワードを実行した如意棒はケーナの後方、狙った地点に突き刺さった 目標地点を爆発させ、砂を盛大に噴き上げた中にジタバタともがく大きな影。 |
| 2845 |
砂地に背中からぽてんと落ちたのは、2メートル程の大トカゲだった 砂に隠れるに適した黄土色の皮膚をしたそれは、一般的なトカゲとは少し違う姿形をしている。 |
| 2846 |
首と尻尾は短く、全体的に寸胴であった 驚きに瞬いた視線が振り向いたケーナと合うや否や、慌てて身をよじり歩行姿勢へケーナに背を向けて、脱兎の如く逃げ出した。 |
| 2847 |
見た目からは考えられない早いスピードであっという間に砂丘のひとつに到達すると、頭を突っ込んで潜り込もうとする しかしそんな逃亡をケーナが許す筈もない。 |
| 2848 |
「に が す かあっ!」 アンダースローを投げる動作で魔法を発動 【走る凍風】が砂地表面を凍らせながら一直線に氷の道を刻む尻尾から入って首元辺りまで体表を白く染め、大トカゲはあっさりと動きを止めた。 |
| 2849 |
ケーナは仕留めたトカゲの尻尾を掴んで、ずっしりとした重さを感じつつ砂丘から引っこ抜く砂地に刻まれた氷は熱波のせいでみるみる無くなっていった。 |
| 2850 |
「結構重いなあ食材に該当するかどうかはオプスに聞けば分かるよね」 アイテムボックスに格納すると、再び周囲に目を走らせる 雲の下は厚く立ち込める砂塵に覆われて、先を見通すことは難しい。 |
| 2851 |
「甘くみると手痛いしっぺ返しを食らうし、ここはオプスの言うことに素直に従いましょ」 如意棒を仕舞ってから、左右の手の平に【召喚魔法:LV1】でもって風精霊を2体喚び出す。 |
| 2852 |
淡い緑色で半透明な20センチメートル弱の蝶が出現した 「あなたたちにはここ周辺の警備をお願い他にもこの風精霊が滅ぼされるようなことがあれば、モンスターの最低レベルを推し量る目安が出来るだろう。 |
| 2853 |
今の大トカゲがゴブリン以下の手応えだったことから、動物なりモンスターなりの強さを判断をするには早計だ加えてこの世界には人類と敵対する『機械』というカテゴリーもあるという。 |
| 2854 |
その辺りは病人だった頃、MMOのあれこれに手を出していた時に見たゲームで、似た設定のものを思い出していた 記憶はかなり薄れてはいるが、敵はゾンビと機械(自動で動く車や戦車)。 |
| 2855 |
プレイヤーは数百人単位で師団を作り、思想の違う別の師団プレイヤー群と戦うといった具合であった プレイヤー対プレイヤー形式を見るならば、リアデイルと似たところはある。 |
| 2856 |
しかし、ある事情からケーナはPVだけを見て遊ぶのを止めた 理由はそのPVで落下する航空機を見てしまい、自身の病床になった経緯からショック症状を起こしたことによる。 |
| 2857 |
「あれはあんまり記憶ないけど大騒ぎになっちゃったよね……」 『…………』 キーがすぐさまナースコールをし、叔父まで緊急連絡が行き、すっ飛んで来た従姉妹に泣きながら怒られたこともあって、そこの部分だけは印象に残っている。 |
| 2858 |
その後、戦争関連の映像にはブロックを掛けられ、MMOには関わらないような処置をされた 人だった頃のオプスがリアデイルの話を持ってきてくれなければ、一生MMOに手を出すことはなかったかもしれない。 |
| 2859 |
「まあ今はこんなんだけどね何事も経験だとしか……」 『前ヲ見マショウ』 異世界から異世界へ人生というの分からないものだと苦笑しながらうんうん頷いているケーナへ、キーから笑ったような口調で注意をされた。 |
| 2860 |
もの思いにふけっているうちに砂嵐がすぐそこに迫っていたらしい びゅうびゅうゴウゴウという風の音に、地面や岩に叩きつけられる砂粒の荒々しい音。 |
| 2861 |
ケーナは岩山の出入り口に【魔法壁シールド】を二重に張り、内扉を閉じて中に引っ込んだ 先ほど2人掛かりで苦労して開けたシャッターは、見事にご臨終となって役目を果たせないからだ。 |
| 2862 |
非力なハイエルフはともかく、身体能力重視の魔人族のパワーで引き裂いたというのが真相であったりする ドーム部屋では傍らに10数冊の本を積んだオプスが、ペラリペラリとかなりハイペースで流し読みをしていた。 |
| 2863 |
足音でケーナの方へはチラリと視線を向けるだけで、本を読む手は止めない 「ずいぶん早かったの」 「砂嵐のせいよ砂嵐のそこでようやく本を読む手を止めたオプスが目を丸くして獲物を見る。 |
| 2864 |
「これってどうなの?」 「……いきなり高級食材を無傷で狩ってくる手腕を褒めるべきかあっさり遭遇する運に呆れるべきか ケーナはそのまま後ろに倒れて横になった。 |
| 2865 |
「あーつーいー」 「慣れるしかないじゃろう」 砂や汗は【浄化】魔法で簡単に落としてきたが、扉を開口したことで、じっとりとした空気が中に入り込み、黙っていても汗がにじんでくる。 |
| 2866 |
横にあった本の山から一冊を拝借し、枕として頭の下に敷く 暑さもあるが、転移前と転移後にはしゃぎ過ぎたこともあり、ほどなくやってきた睡魔にあらがうこともなく目を閉じた。 |
| 2867 |
静かに寝息を立てるケーナを微笑ましく見ていたオプス その胸の上に半透明の蛇が出現したことで真顔に切り替えた 『ケーナ様ニハ奴ノコトヲ御教エセヌママデ良イノカ?』 「まだあの時代の記憶が全て蘇った訳でもない。 |
| 2868 |
兆候はあるからそれ次第じゃな」 顎に手を当てて言葉を選びながらのオプスにキーはひとつ頷くと姿を消した 「さて、な そこにはすべてがあった 時折頭を撫でてくれる大きな手と。 |
| 2869 |
厳しく叱る暖かい者と 優しく抱き締めてくれる爽やかな涼風を纏う者と 萌黄色の者は彼女をこれでもかと甘やかし、着飾ることが好きだった いつも一緒の頼れる小さな友人と。 |
| 2870 |
口酸っぱく言ってくれる年寄りの友人と すべて彼女にとってかけがえのない人たちだった それを自分の小さな好奇心で失くしてしまった 最愛の人たちと永遠に別れることになってしまった。 |
| 2871 |
あの時、最後に手渡されたアレを…… ――自分はどこで失くしてしまったのだろう? 酷く渇いた喪失感を覚えてケーナは目を覚ました 未だ薄明かりに照らされるヒビの入った金属質の天井を見上げる。 |
| 2872 |
しばらくぼーっとしてから横を向けば、そこにはオプスの姿はない 「ん~~っとっ」 伸びをして起き上がれば、自分の体からずり落ちる毛布に気が付いた。 |
| 2873 |
「んん? なんか少し寒い?」 「ウキ!」 足元から忍び寄る寒さを感じ、身を震わせたところで、首を傾げた赤い小猿と目が合った直後に炎が噴き上がり、天井まで届く火柱と化す。 |
| 2874 |
当然ケーナは熱波をモロに浴びることになる 「暖かいじゃなくて熱っ!?」 緊急避難とばかりに飛び退けば、炎精霊がしおしおと元に戻る 「ウキー……」 「あー。 |
| 2875 |
別に無理して火柱にならなくてもホ、ホラ充分あったかいから……」 「なにをやっとるんじゃ?」 しょんぼりする炎精霊をなだめていると、呆れた声が聞こえてきた。 |
| 2876 |
振り向けばオプスが戻って来たところだ ケーナの顔を見るなり、ちょいちょいと頬を指差す動作をする自分のことかと気が付いて手を当ててみれば、濡れた頬に驚くほど動揺した。 |
| 2877 |
「あれ……、なん で?」 オプスに背を向けて乱暴に目元を拭う 気恥ずかしさから隠れるようにしたのではなく、そうしろと心のどこかで誰かが言ったからの行動だ。 |
| 2878 |
そこに疑問を挟む意識は無いそれが自然のことなのだとケーナは思っていた 「ふむ……」 オプスはオプスで元気付けるようにケーナの肩をポンと叩く。 |
| 2879 |
「……オプス」 「分かっているぞケーナ 怒りのエネルギーが不可視の衝撃波となって放射され、オプスの顔面を襲う さすがのオプスもこれは予想外だったようで、受け身もとれずにひっくり返った。 |
| 2880 |
ゴン、という鈍い音も聞こえてくる 『落チテイマス』 「え?」 『ノックアウトデスナイスパンチ』 「ええっ!?」 なんだかサムズアップをする蛇の幻影が見えた。 |
| 2881 |
慌てて倒れたオプスに駆け寄ってみると白目をむいた状態で気を失っていた 【診察スキル】を使い怪我の具合を調べると、後頭部のコブくらいだけだったので、ケーナは胸を撫で下ろした。 |
| 2882 |
「てっきり倒れたフリをしてるのかと思って……」 『奴ナラアリ得ルダケニ、自業自得トシカ言エマセヌナ』 サイレンがいたら「おいたわしや」と涙する場面である。 |
| 2883 |
「ええとまず安静にして、濡れたタオルで冷やして……」 【召喚魔法】で室内ギリギリの巨大水精霊(魚型)を呼び出すケーナ 冷静に見えて内心はパニックになっているようだ。 |
| 2884 |
「……ん……」 「あ、目ぇ、覚めた?」 後頭部の冷たい感触に気が付いたオプスは鈍く沈んでいた意識を起こす 目を開けてみれば真横になったドーム部屋の壁。 |
| 2885 |
それを背景にして水色半透明の巨大な魚眼と目が合う「なんじゃこれは……」と呟きつつ、頭が柔らかいものの上に乗せられているのを自覚した 「あ……?」 「ごめんなさい。 |
| 2886 |
またやっちゃった」 左耳が捉える申し訳なさそうなケーナの声首を少し後ろに回せば刺すような痛みと、視界の端っこに映るしおれたケーナの顔があった。 |
| 2887 |
膝枕をされているのだと気付くが、それより先に口が苦情を吐き出す 「まったく……、我だからこれで済んだものの普通の人間があれを食らったら首から上がパーンじゃぞ。 |
| 2888 |
パーン」 「だから悪かったってば反省してます」 少し前からケーナが感情の波に応じて何かしらの力を放つことが増えていた 今のところは一番近くに居るオプスに向けられることが多い。 |
| 2889 |
半分くらいは彼が意図的に引き出していることではある 問題はその威力が初めからとんでもない破壊力を持つところだ 一度などはマジギレで盗賊が根城にしていた穴倉の天井部分を丸ごと吹き飛ばしたこともある。 |
| 2890 |
オプスでさえ気を抜けば今のようにぶっ飛ばされることもしばしばケーナ本人に自覚があっても感情を抑制しろというのも無理な話だ ならばそれを完全に覚醒させてしまえば、抑制だの制御だのしなくて済むのではないか、と。 |
| 2891 |
その為に以前通過した異世界に飛び、もう1人の関係者を探しに来たのだ 「え、なに?」 ケーナを横目で見ながらつらつらとそんなことを考えていると、彼女がオプスの視線に気付いた。 |
| 2892 |
「いや眺めがなーと」 ケーナの顔も見えるが、その間にある慎つつましい丘へ視線が移る 目が合うとみるみるうちに顔を真っ赤に染めるケーナ口元をニヤリと歪ませながら、オプスは言わなくてもいい一言を付け加えた。 |
| 2893 |
「色気としては及第点じゃっがっ!?」 「第」のところで頭が持ち上げられ「点」のところで右側頭部より膝枕がどけられ「じゃ」のところで床に落とされた。 |
| 2894 |
魔人族の角は頭蓋骨に直結しているため、ある意味急所と言える そこを強打したため、オプスは頭を抱えて「ぐおおお……」とのたうち回っていた 「相変わらず、なんだから」 耳まで赤くしたままそっぽを向いてケーナは呟いた。 |
| 2895 |
「そういえば詳しくは聞いてなかったんだけど機械って何」 なんだかんだと何時もの空気漂う2人に戻り、遅ればせながら夕飯を食べつつケーナから質問が飛んだ。 |
| 2896 |
献立は干し肉と少し固いパンと果物 干し肉とパンはあちら側でケーナがスキルを使わずに作ったもの果物はあちら産の見た目トマト、味はリンゴである。 |
| 2897 |
干し肉やパンを炎精霊の小猿に差し出せば、抱き締めて温めるサービス付き 水精霊の生み出した水を炎精霊が温めたお湯でお茶をこしらえる それを飲んでひと息ついた後に、オプスがぽつぽつと答えを返す。 |
| 2898 |
「系統でいうと自動機械じゃな遠隔操作なら問題ないがAIを積むともはや敵じゃ」 「地球だとコース設定された無人バスとかあったけどあんなのも?」 「あれを手足とした統合管理センターが頭脳となって、交通網から敵になるじゃろうな。 |
| 2899 |
バスやタクシーが人を轢殺するために街を徘徊し始めることになる」 「うわ~」 嫌な考えに辿り着いたケーナは身を震わせる 「こちらの世界では戦車や装甲車より、虫型や動物型のロボットに特に気を付けよ。 |
| 2900 |
あ奴等は砂に潜むからリアデイルのスキルで探し出すのは難しいじゃろ」 「んー、【ソナー】は?」 「あれは発動中常にMP消費型じゃろうしかも向き固定角度30度範囲内」 あっさり否定され他に何かないか考え込むケーナ。 |
| 2901 |
「土精霊やアースドラゴンはどう?」 「我々だけならいいが、こちらの世界の人間にそれをどう説明するつもりじゃ?」 「うげ……うーん、麒麟……は戦えないしー。 |
| 2902 |
イズナエ……はデカ過ぎるしー、ええとええと」 感知系スキルを片っ端から挙げていき、デメリットに自分で気付いて思考の振り出しに戻るを繰り返すケーナ。 |
| 2903 |
先ほどはああ言ったオプスだが、街に出てハンター登録をして仕事をこなせば、イヤでも人の口にあがるだろうと思っている 銃社会で棍や剣を使っていれば目立つからだ。 |
| 2904 |
(なんなら最初から荒稼ぎをしてハンター協会の上層部に……) 物騒なことを考えていると、ケーナにぺしーんと頭を叩かれた 「ちょっとー、オプス聞いてるの?」 「ああスマン。 |
| 2905 |
聞いておらんかったなんじゃ?」 「ペットを連れているように見せ掛けてバルムルスを……」 「絶対にダメじゃっ!!」 ……正体がバレる日はもうそこに迫っているのかもしれない。 |
| 2906 |
※バルムルス:LV600 極彩色のオウムに似た姿を持つ魔界のモンスター感知力に優れ、その鳴き声は射程外からプレイヤーを酩酊状態に陥らせる。 |
| 2907 |
鳥の頭は擬態であり、腹に巨大な口を持つハーピーの異種人肉を好む 砂嵐は予想外に長引き、2人が再び日光を浴びたのは更に2日を要することとなった。 |
| 2908 |
「砂嵐舐めてたわなにあれずーっと、ごうごうびゅーびゅーと」 「移動中に出会ったら、ビバークして動かないのが一番じゃからなけしてスキルや魔法を過信するでないぞ」 「断崖絶壁の上で吹雪に遭うようなものなんでしょ。 |
| 2909 |
分かってるわよ」 これは体験したからくる例えだ 山脈向こうの地までトンネルを掘るより先に、山越えを計画した時の話である まずは実地見聞だと行ってみたところ、とんでもない吹雪に見舞われた。 |
| 2910 |
洞窟か何かないかと無理やり進んだら谷間に落ち掛けたのだその後、晴れた時に周囲を見回してみればあらビックリ木の枝みたいに張った断崖絶壁だったのだ。 |
| 2911 |
その後は道無き道を進み、やたらと出会うモンスターをバッタバッタとなぎ倒し……が幾度となく続いたので山脈越えを断念したのだ あの時の、結局空振りに終わった苦労はあまり思い出したくもない。 |
| 2912 |
「見渡す限り砂ばかり、と」 「砂漠なのじゃから当たり前じゃろう」 すでに二晩の宿であった岩山の隠れ家は遥か後方に オプスとケーナの2人は周囲を警戒しつつ、ざかざかと砂漠の道無き道を進んでいた。 |
| 2913 |
近くを通るかどうかも分からないキャラバンを待たずに移動している理由は幾つかある ひとつは手持ちの食料が有限であることその為、所持しているのはもって10日分ほどだけだ。 |
| 2914 |
もうひとつはキャラバンの使用する道が変わっている可能性があることだ 岩山の隠れ家にあった本や、オプスへと残された手記を調べた結果、彼がこの世界を離れてから最低でも25年経っているらしい。 |
| 2915 |
「計算合わなくない?」 「時間の経過がそれぞれ違うんじゃろうよ」 砂漠の微妙な気候の推移や、モンスター等の分布の移り変わりによって、街道自体が変更される場合があるそうだ。 |
| 2916 |
「昔は直ぐ傍を通っていたのじゃがなぁ」 「昔に固執してたってしょうがないでしょう」 なので、2人して徒歩で街があるという方角へ向かっている。 |
| 2917 |
最初はケーナが飛んで行くことを提案したのだが…… 「キャラバンに目撃されでもしたら、自動機械と間違えられて銃撃される可能性があるじゃろうな」 の一言で、食料が尽きかけても街が見つからなかった場合の最終手段となった。 |
| 2918 |
同じ理由で先行偵察させようと思っていた風精霊も却下されている その代わりといってはなんだが、ケーナとオプスの肩にはお揃いの小さなチェスの駒、歩兵ポーンが張り付いていた。 |
| 2919 |
慣れない砂漠を歩きやすくするための地精霊である その効果により、一歩踏み出した先の砂は軽く踏み固められた場へと変化している 足を取られてふらふらしないし軽快に進めるため、移動速度は土の上と同じくらいだ。 |
| 2920 |
「……ねえオプスー」 「分かっておる」 途中、気怠げにケーナが声を掛けるとオプスは委細承知とばかりに頷いた その途端足元の砂地が噴出し、クワガタの顎のようなものがケーナ目掛けて襲い掛かった。 |
| 2921 |
当然2人共、事前に【直感スキル】で危険を察知してそこから飛び退いていた それに加えてケーナにはキーより何かの接近警報が出されていたので、オプスへ気遣いする余裕まであった。 |
| 2922 |
地中より飛び出したのは鋭いノコギリの挽き刃を備えた大顎それを頂点としたムカデの胴体のような体躯を持つ、尻尾だか腕だかである 多少錆びたような節もあるが、その全ては金属で構成されている。 |
| 2923 |
長さはそれだけで6メートル弱 逃した獲物を求めて大顎を開閉し、駆動音を軋ませながら右に左に振れられていた オプスは前に飛び出し、空中で見事な前転ひねりを披露しつつ着地。 |
| 2924 |
背中の帯剣を掴んだ姿勢で敵を見据えて止まる ケーナは自身を捕らえる筈だった大顎を蹴って飛び、オプスと敵を挟む反対側へ着地する 如意棒を手に取ったところで疑問を感じ、敵の動きに首を傾げた。 |
| 2925 |
「あれ?」 ムカデ大顎は右へ左へと体を振り回し、時には丸まって力を貯め一気に解放するように伸びをし、その結果何も変化の無いことに気付いて愕然とし、そして再びもがき続ける。 |
| 2926 |
という行為を繰り返していた 要は未だに砂丘から飛び出ているのは6メートル台の尻尾だか腕だかだけなのである その下に潜む全貌を現したいがそれが出来ない、というコミカルな葛藤に2人は力が抜けた。 |
| 2927 |
警戒態勢は抜かないが 「何これ、どーなってんの?」 「分からん」 2人の疑問に答えたのはその肩に乗る小さな歩兵ポーンであった 肩の上でぺちぺちと跳ねて意識を向けさせ、視線を向けると真ん丸い頭部をキラリと光らせる。 |
| 2928 |
『ドヤア』とも言いたげな仕草と、繋がる意識からも伝わってくる得意気な感情 111レベルの地精霊2体による封じ込め作戦に、自動機械は動くことも襲うことも出来ないただのもがくオブジェと化した。 |
| 2929 |
かと言ってケーナたちがこの場を離れれば、また新たな獲物を求める行動に戻るのは明らか 【巻き込まれる砂竜ブレイクダウン・ストーム】 フルスイング大回転から小型の竜巻となるまで僅か数秒。 |
| 2930 |
それに合わせる形でケーナも魔法を発動させた 【サンドゴーレム返し】 手に魔術式を纏めて地面に叩きつけるだけの簡単な作業 効果はもがくムカデ状触腕を砂で出来た巨大な手ですくい上げ、お空へ吹っ飛ばすことだ。 |
| 2931 |
「……あ」 胴体前半分がシャコのような自動機械は空中で錐揉みした後、引き込みの機能も持つオプス特大竜巻へ喰われた ガリガリとか、バキバキとかの異音を発しながら細かくなったパーツや部品を渦より撒き散らす特大竜巻。 |
| 2932 |
不幸はこの一瞬前に重なった まずケーナが魔法を行使したのと同時に、キーが地上を移動して接近してくる何かしらの物体を感知この時点でオプス竜巻はトップスピードへ。 |
| 2933 |
なお、このスキルは最低行使時間というものが設定されているために、オプスにも途中で止めることが出来ない 自動機械を飲み込んだオプス竜巻は見た目からして危険物だ。 |
| 2934 |
その傍に佇むケーナを救助に来たと思われる5メートル程の背丈の人型機械が『助けに来……』と言った時である オプス竜巻の引き込み効果に引っ張られるも、運良く巻き込まれるのは免れた。 |
| 2935 |
しかし竜巻の外周に沿って数回回った後に、ハンマー投げよろしくスポーンと飛ばされたのである 『ぬうわああああああっ!?!!?』 「あー……」 悲鳴と共に砂丘に突っ込んで動かなくなる人型機械。 |
| 2936 |
その遥か後方に砂煙を上げながらこちらに近付いてくる数台の車列が見えた 「剣で自動機械をバラバラですか……結果が目の前にあっても信じられない所業ですねえ」 眼鏡を掛けて柔和な笑みを絶やさない男性。 |
| 2937 |
ベルナー・ロシードは困惑した表情で呟いた ケーナたちを拾ってくれたのはベルナー率いるロシードキャラバン所有する車両は6台プラス、専属傭兵団2台の中堅どころだそうだ。 |
| 2938 |
ロシードの名前を聞いたオプスが肩の力を抜いたのにケーナは気付く 過去に何かしら世話になったのだろうと察し、彼等に対する警戒を解いた 「ベニー翁はご存命かな?」 「え? ああ……、そうですね。 |
| 2939 |
祖父は10年も前にもう……」 唐突にオプスが何かを懐かしむように聞く それが突然の不意打ちだったのか、ベルナーは少し慌てながら尋ね人が鬼籍に入っていると答えた。 |
| 2940 |
「……そうかすまないな、いきなり」 「いえいえ祖父のお知り合いでしたらこちらとしても無碍にできませんから街に着いたらお墓をお教えしますよ」 「重ね重ね済まない。 |
| 2941 |
ありがとう」 隣でただ会話を聞いているだけだったケーナは、礼を言って頭を下げたオプスを見て総毛立ったそして夢か現うつつか確かめるため、渾身の肘をオプスの脇腹へ打ち込んだ。 |
| 2942 |
いや、打ち込もうとした しかしスキルに頼らないオプスの野生の勘は、寸でのところでケーナの攻撃を防ぐ いきなり始まった2人の本気混じりのじゃれ合いに、他の人たちは置いてけぼりだ。 |
| 2943 |
◇ 微笑ましいか呆れてるかのどちらかな表情のキャラバンの主ベルナー その弟で機械工メカニックのトカレは、ベルナーと同じ血が流れているのか疑うくらいに低い身長で童顔である。 |
| 2944 |
2人並ぶと兄弟というよりは親子に見えなくもない その隣に腕組みしながら油断なくオプスとケーナの動向を見ているのがダン・ポールロシードキャラバン専属傭兵団(6人だけだが)を率いる髭面角刈り強面オヤジである。 |
| 2945 |
「あとでじゃな」とケーナを落ち着かせ、オプスが切り出したのは仕留めた自動機械の無償提供である これにはベルナーたちも目を丸くして驚く ついさっきオプスが倒した自動機械は通称『シャコワニ』という。 |
| 2946 |
全長9メートルに及ぶ巨躯の3分の2を占める裁断アーム付きの尾は根元からポッキリ折れ、前半分のシャコ型装甲はひしゃげている腹部の中枢機構だけは比較的損傷が少ない。 |
| 2947 |
以前にこちらの世界で過ごしたオプスには、これを個人で倒すことがどれだけ異常なことか理解できる本来ならば騎兵を2機以上揃えなければ倒すことは難しい相手なのだ。 |
| 2948 |
ケーナに自重を促したにも拘わらず、オプスがやってしまった訳だ タイミングが悪かったのもあるが ダンたちはケーナたちより早く自動機械を見つけたが、距離があったのでやり過ごす筈だったそうだ。 |
| 2949 |
しかしケーナたちがいるのに気付き、救助の意味で騎兵を出してくれたらしいそれをオプスがぶっ飛ばしてしまったのだから(ケーナの)罪悪感が半端ない。 |
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「オイオイマジかよこれハンター協会に売るだけでも結構な額になるぜ?」 「救助の手を差し伸べてくれたのに気付かなかったこちらにも非があるじゃろう。 |
| 2951 |
金策のアテは他にあるのでなこれは迷惑料と街までの乗車賃、プラス口止め料ということでどうじゃ?」 オプスの知るロシードキャラバンであればこれくらいの支払い能力はあるだろう。 |
| 2952 |
どちらかというと支払って貰うならもうひとつの方だ 「口止め料にしたってちょっと破格過ぎやしねえか?」 「俺たちは助かるがな 金額が多いというのは、キャラバンの車両や騎兵は基本的に同じ規格で流用が可能だ。 |
| 2953 |
その規格というのは自動機械にも適用しているつまり車両や騎兵は自動機械を捕獲し分解することで作成されているのだ 「これほどの口止め料となると……。 |
| 2954 |
何かもうひとつあるのですね、オプスさん」 静かに会話を聞いているだけだったベルナーは、オプスが交渉事の最後に回していた件を尋ねた しかしそのあたりが無知なケーナによって、最大級の爆弾を手に入れてしまったのだ。 |
| 2955 |
放出したくはないが手元に置いておくのも胃が痛い、というのがオプスの本音である どうやって入っていたのか突っ込むよりも3人は盛大に噴き出した。 |
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笑顔を絶やさないベルナーであっても、他の2人と一緒に目を白黒させて驚いている 「……え、え、え」 「え、えええええっ」 「エルダードラゴンじゃねえかっ!!?」 言葉に詰まるベルナーとトカレを代弁してダンが叫ぶ。 |
| 2957 |
「デスヨネー」と渋い顔のオプスも彼等の反応に頷いているまったく分かってないのはケーナだけだ比べるのが間違っているついでに世界も その疑問には額に青筋立てたトカレがケーナに詰め寄った。 |
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「オイオイテメエはどこの田舎者だよこいつはエルダードラゴンだぞエルダードラゴンテメエは分かってねえだろうがな高級品なんだよ高級品隅から隅までお得に使用出来る優れもの。 |
| 2959 |
これ1匹売り払えば老後の心配もないくらい遊んで暮らせる金が手に入るんだぞどうやって仕留めたどこからくすねて来たサア吐け今すぐ吐けとっとと吐け!」 返事どころか疑問を挟む暇もないトカレの猛口撃にタジタジとなるケーナ。 |
| 2960 |
それでも言い足りないのか口を開きかけたトカレは、ダンに羽交い締めにされてケーナより引き離された 「オイ何すんだよダンまだアイツに言わなきゃならんことが……」 「あの嬢ちゃんよりあっちのニイサンがアブねえ。 |
| 2961 |
よく見ろ」 小声で耳打ちしたダンに従い、視線をオプスに向けたトカレは凍り付く ベルナーとにこやかな表情で交渉をしていたオプスから、心臓を鷲掴みにされるような重圧がトカレに向けられていた。 |
| 2962 |
ベルナーはそれを受けているような感じはないオプスの傍にいるケーナもダンたちの引きつった表情を見て首を傾げている 「……一見兄妹かと思ったが気をつけろ。 |
| 2963 |
あれは主従だ」 「あ、ああ」 自分たちにだけピンポイントで向けられている殺気 それを肌で感じているトカレとばっちりのダンは正確に2人の関係を把握した。 |
| 2964 |
それも何となく察したケーナが、オプスを小突くことで霧散する 「ごめんなさいねオプスが迷惑をかけちゃって」 「あ、いやこっちこそすまねえ強請るようなこと言っちまったな。 |
| 2965 |
それよりホントにエルダードラゴンこいつを知らねえのか?」 「うんま……棍で叩いて捕ったんだけど、マズかった?」 魔法と言うわけにもいかないので適当に誤魔化すケーナ。 |
| 2966 |
実際に魔法を使わなければ、如意棒で殴り殺していたのでそんなに違いはない しかしそれを聞いたダンとトカレの顔には「アリエネー」といった絶望感を匂わせる表情が浮かんでいた。 |
| 2967 |
「??」 さっきからのトカレの反応を見ればケーナとの認識の違いが明白である 改めてエルダードラゴンについて教えて貰うケーナ エルダードラゴンというのは砂漠でも貴重な食料用生物であるらしい。 |
| 2968 |
食料用なら他にも砂羊やら養殖されている砂貝やらいるのだが、それを上回る高級品だとか まず皮は装飾品の材料として使われるという 磨けば磨くほど7色に光り輝くらしく、宝石並みに珍重されているのだそうだ。 |
| 2969 |
骨は砕いて薬として利用され、主に滋養強壮等に使われるとか 特に肉は好事家たちの奪い合いにまで発展するらしく、ひと切れだけでも目の玉が飛び出るような値段になるという。 |
| 2970 |
「なんだってまたそんな状況に……これの養殖とかは出来ないの?」 「養殖をするには野生をとっ捕まえなきゃならねえこいつはな、砂漠の生物じゃあ最速なんだよ」 「最速?」 確かに逃げ足は速かったなあ、と思い出すケーナ。 |
| 2971 |
あくまでケーナたちのように能力値がぶっ飛んでいる者であれば『速い』で済むが、こちらの人間ではそうもいかないらしい 「目で追える速さじゃねえ。 |
| 2972 |
騎兵で当てずっぽうに撃ちゃあ仕留められるかもしんねぇが、それだって一発でもあんなもんが当たりゃあ木っ端微塵だ売れるところを探すのが難しくなるってもんよ」 騎兵は全高4~5メートル。 |
| 2973 |
それの持つ銃など2メートル前後のものばかりそんなものから吐き出される弾が生物に当たればどうなるか、といったところだろう 「ではとりあえずこれを。 |
| 2974 |
100万ずつ入っています」 ベルナーはカード2枚を、オプスにポンと手渡すオプスはその1枚をケーナに投げて寄越した 「おー、カードだ文明の利器だー」 「いやだから、嬢ちゃんどこまで田舎モンなんだよ……。 |
| 2975 |
それにしても200万? 兄貴、前金にしちゃあ安くねえか」 「いえ、これで全部ですよ」 「「……は?」」 苦笑したベルナーに目が点になるトカレとダン。 |
| 2976 |
「騒ぎに巻き込まれたくはないのでな、我らはこれだけあればよい押し付けるようでスマンが残りの金額はそちらでいかようにも何かあったらお主等を頼るということで」 「こちらにばっかり利がありすぎるのですが。 |
| 2977 |
オプスさんもこれ以上譲ってくれませんのでこのようになりました少々騒ぎになりますが、ダンもその辺よろしくお願いしますね」 がっちり握手を交わす2人と、オプスの後ろで「ゴメンナサイゴメンナサイ」と頭を下げるケーナ。 |
| 2978 |
交渉という名の押し付けである 獲物はほぼ丸々キャラバンの取り分だが、出どころは明かせないので、捕獲したのは専属傭兵団であるダンたちの手によるものとされた。 |
| 2979 |
迷惑料と口止め料を取っても最上級の破格値になるが、どうやって無傷でエルダードラゴンを捕まえたかの言い訳はダンに委ねられたのである 「よぉーし。 |
| 2980 |
ねーちゃんは俺が案内してやるぜ! 任せときな!」 「それは期待しましょう」 胸を叩いて自信満々なのはトカレの息子ラグマ まだ9歳だがメカニック見習いだそうな。 |
| 2981 |
油汚れの目立つツナギは身の丈に合ってないのか、ずいぶんブカブカだ 「ついてきなよ」 「お願いね、ラグマくん」 各車両の連結部分をひょいひょいと慣れた様子で渡るラグマ。 |
| 2982 |
その後を事も無げについて行くケーナを見てトカレは口笛を吹く 「へえあの嬢ちゃんずいぶん度胸があるな」 現在キャラバン全体は時速40キロメートルくらいの速度で砂漠を走行中である。 |
| 2983 |
連結部分は砂地より10数センチメートル離れているが、砂煙で下は見えないそれなりに揺れもあって、慣れない者であれば落ちてキャタピラに巻き込まれる危険性も少なくない。 |
| 2984 |
そんな所を特に気にした様子もなく渡っていけばトカレのように感心するものだ 「まあ、道が悪いのには慣れておるからの」 オプスはそれまでいた環境故にと苦笑する。 |
| 2985 |
リアデイル世界では舗装された道など、フェルスケイロかヘルシュペルの王都くらいしかないファンタジーではそんなものである 「で、行き先はヤルインなのかの?」 「ええ。 |
| 2986 |
最近は新しい武器や機体の公開もありまして、自動機械の部品もそれなりに需要がありますね」 ヤルインは内陸部でも最大規模の大きさを誇る交易都市の名前だ。 |
| 2987 |
城塞都市とも言われ、街の周囲を金属製の高い壁で囲まれている かつては自動機械に占領されていて、人類はその街を取り戻すのに多大な犠牲を払い、つい30年ほど前にそれを成し終えたばかりだ。 |
| 2988 |
「ふむ、T・Sテッサは健在か……」 「テスタメント機関の総帥の名前じゃねえか知り合いか?」 「昔、色々あっての」 この世界での機械産業はテスタメント機関という所が管理している。 |
| 2989 |
取り締まったり制限したりはしていないが、新しい武器や機体の設計図を時々公開する機関だ それには部品の製造法だけではなく、どの自動機械を倒せばどういった部品が手に入るかまでが記載されている。 |
| 2990 |
そのため一部の人々からはマッチポンプ等、自動機械はテスタメント機関が放出しているのではないかという噂まで飛び交っていた 噂を増長させるのは問題の機関が否定も肯定もしないからだが。 |
| 2991 |
その総帥は女性でT・Sテッサという名前であることくらいしか知られていない それ以外の本拠地や構成人員や連絡方法などの情報は全て不明だ T・S女史にしたって30年前のヤルイン開放戦線に参加したという記録しか残っていない。 |
| 2992 |
「なるほどオプスさんは30年前のヤルイン戦に参加したのですね」 「まあ、ご想像にお任せするがの」 手持ちの情報からベルナーはそう指摘した。 |
| 2993 |
オプスはただニヤリと笑って言葉を濁すだけだ ベルナーたちの祖父もその戦いにおいて物資の運搬に参加したと聞いていたので可能性は充分にあるとふんだのだろう。 |
| 2994 |
だがトカレの驚くポイントは別のところにあった 「げっアンタ、そのナリで俺らの倍の歳なのかよ!?」 オプスもケーナも長命種なので外見的には何ら変化がない。 |
| 2995 |
オプスは20代後半、ケーナは10代後半にしか見えないだろうオプスにしても、その時点でこちらの世界にいたのはまた別人の状態だったので、知り合いに合っても見破られるとは思わない。 |
| 2996 |
「まさかあっちの嬢ちゃんもじゃあないだろうな?」 「ケーナは……まあお主より年上には違いはないじゃろうなあんまり精神的に成長したとは言い難いが……」 苦虫を噛み潰したような表情で遠い目をするオプス。 |
| 2997 |
「トカレ前にも言ったと思いますが、女性に歳の話は厳禁ですよパナライラに知られでもしたら……」 「待て待て兄貴俺は何も話さなかった! そうだよなオプスさんっ。 |
| 2998 |
だからパナに言うのだけは勘弁してくれっ!」 真っ青になって両手を振り否定するトカレの滑稽さに、忍び笑いを漏らすベルナー パナライラとはトカレの妻でアマゾネスのような女傑だそうな。 |
| 2999 |
普段は積み荷のチェックや荷降ろし担当らしい 「いいのか ◇ 「わー、装甲車だー! キャタピラだー! スゴいスゴーい!」 「ねーちゃん…… ロシードキャラバンの保有する車両は6台。 |
| 3000 |
先頭に車体より大きめな駆動輪キャタピラをもつ装甲車 地均じならしと襲撃があった場合の盾役も兼ねている 2台目は各所に武装を内蔵した装甲車。 |
| 3001 |
縦に戦車を重ねたような厚みのある車高の無人車両だ先頭車両か3台目からの遠隔操作によって攻撃を行うらしい 3台目は居住用と言ってもキャンピングカーに毛が生えた程度の内装でしかない。 |
| 3002 |
あっても壁に折り畳まれた人数分の簡易ベッドと小さなキッチンと折り畳み式のテーブルセットくらいだ一応客用の小部屋もあるが人が2人入れる程度の空間である。 |
| 3003 |
あとは全車両を管制するコントロールルームも併設してあるために、居住性はすこぶる悪い 話によるとトカレ夫妻と息子は4~6台目のコンテナ車両(自走するだけの無人車)で寝泊まりしているとか。 |
| 3004 |
その後方に傭兵団の所有する居住用車両とコンテナを改良した騎兵の格納車両が続く 人員は6人だが騎兵は2台しかないらしい 基本的に車両の足はキャタピラで動力は燃料電池と太陽光発電だそうだ。 |
| 3005 |
各車両には枝葉のように伸びた数本のソーラーパネルが設置されている夜間は動力を最小に落として動かないのが正解なのだとか 「えへへ、ごめんねー。 |
| 3006 |
こんな近くで見るなんて初めてだったんでつい」 「ねーちゃんのいたところには車ってなかったのかよ?」 「えーっと……馬車くらいなら」 「なんだよその骨董品……。 |
| 3007 |
砂漠じゃ馬の方が珍しいぜ」 呆れを通り越したのか苦笑したラグマを前にして、はしゃぎようも落ち着いたケーナは赤面する 病人だったころは戦車などは映像や写真で目にするくらいだった。 |
| 3008 |
それよりも【騎士】や【戦士】の称号持ちの方が強かったのだから、地球世界では逆に不要品に成りかけていたというのが正しい 「親子揃って同じコト言われたしー」 ガクリと肩を落としたケーナは大きなため息を零す。 |
| 3009 |
こんなことならオプスから、この世界について詳しく聞いて行動すれば良かったと後悔していた 実のところ、オプスはケーナにこの世界の情報をほとんど渡していない。 |
| 3010 |
オプスの主観の説明だと、ケーナの動きをほぼ制限することになるだろうと予測しているためだ 実地経験で学んでいって貰おうと計画していたオプスでも、最初から地雷を踏むとは予想していなかった。 |
| 3011 |
この辺りはおそらくオプスより高位なケーナの魂源ルーツによる予測不可能なところが関係している 「いい人たちだね」 夜 使い勝手のすこぶる悪い来客用部屋で、ケーナはオプスに笑顔でキャラバンの感想を述べた。 |
| 3012 |
「商売の一環であろう」 オプスはあくまでも客に対するサービスと言いたいらしい 「それでも、だよ」 ケーナはマントを床に敷いて座り、毛布にくるまって壁に背を預けている。 |
| 3013 |
対するオプスは立ったまま反対側の壁に寄りかかり、腕を組んでケーナの話に耳を傾けていた 壁一枚隔てた向こう側からは数人の人の気配と、微かなモーター音がする。 |
| 3014 |
小部屋の小さな窓からは、たくさんの星が瞬く夜空が見えていた 「経験者には分かるんでしょうねこーんな砂漠慣れしてない怪しい小娘にさ、自分の息子を付けるなんて。 |
| 3015 |
相手の良心を試すってところの度胸じゃ済まないと思うよ?」 「……お主が愚痴を零すとは珍しいの何かまた余計な心配を抱え込んではおらんじゃろうな」 ついと視線を逸らしたケーナに、やっぱりあるのかよと呆れたため息を吐くオプス。 |
| 3016 |
「さっきね……エルダードラゴンって名前を聞いた時にね……」 「あのトカゲの売却に不満があったのか? 今からでも変更してくることは可能じゃぞ」 「いえ、その辺りの交渉事はオプスに任せるわ。 |
| 3017 |
私はこちらの事まだよく知らないし」 ケーナは深呼吸をひとつして爆弾を落とす 外から聞こえて来る音が、先ほどより大きくなったような錯覚を感じるほど、重苦しい静寂であった。 |
| 3018 |
ケーナの魂源ルーツに馴染んだリアデイルのシステムが別の世界にまて応用が可能だとは、とかなんとか呟きつつ戦慄するオプス 「うんも、もう寝るね!」 「あ、ああ。 |
| 3019 |
そうじゃな」 もそもそと毛布を被り直し、ケーナは眠りにつく オプスは壁に寄りかかったまま目を閉じるだけで寝ることはない 魔人族には種族デメリットの反面、【不眠不休】というスキルがある。 |
| 3020 |
初めての場所でケーナが安心して寝れる環境を作るため、オプスはそのスキルを使う とはいってもただの寝ずの番をするだけだが 程なくしてケーナの寝息が聞こえてきてからオプスは目を開け、星の瞬く小さな窓を見る。 |
| 3021 |
「あ奴は何処にいるのやら……行方を捜索するよりあちらから接触して来るのを待った方が早いかもしれんの」 その為には噂になるのが早い道だろう。 |
| 3022 |
キャラバンには口止めはしたが、放っておけばケーナがまた何かやらかすかもしれない予感の方が強いオプスであった ◇ 翌日の昼近くキャラバンの砂漠行軍はあっさり終わりになる。 |
| 3023 |
メンバーの誰かが「見えて来たぞー!」と声を上げて目的地が近いことを皆に知らせる 熱波の陽炎の向こうに横幅の巨大な建造物が見え隠れしていたと思ったら、到着まで1時間と掛からなかった。 |
| 3024 |
20メートルはあるんじゃないかと思うくらいの高い金属製の壁左右の端は霞んでいて終わりは見えない 自動機械の他、巨大な原生生物も襲って来たりするので、気が抜けないらしい。 |
| 3025 |
壁もあちこちがコンクリートで修復されていたり、今も修理の真っ最中だったり、部品が足りないのかパイプで埋めてある穴もあったりで、見た目にも満身創痍と言ったところだ。 |
| 3026 |
その周囲にはロシードキャラバンと同じような車両が大量に密集している コンテナ車両やキャンピングカーや装甲車がそれこそ数え切れないくらいに雑多に並んでいた。 |
| 3027 |
「市内の車両が通れる道は限定されているために、ああして待機しているんですよ」 目を輝かせて車両の群れを眺めるケーナに、ベルナーたちが解説を入れてくれる。 |
| 3028 |
「受付けがおざなりに終わるのはいーんだが、搬入するまでに数日掛かるのがめんどくせーんだよなあ」 周辺を警戒するのに、2門の砲を持つ戦車や完全武装した騎兵の姿もある。 |
| 3029 |
機銃を備えたジープで走り回ってる人たちもいた そちらの方の説明はダンがしてくれた 「騎兵とかは出入りに制限は無いんだが、持ち回りでヤルインの警備が義務化してんだ。 |
| 3030 |
まあ、ここが落ちると流石にマズいんで率先してやる奴も多いけどな」 「大変そうですね……」 ただでさえ広いところな上、門があるところだけを守ればいいものでもない。 |
| 3031 |
守るための労力はヤルインに住む全ての人々の義務であると、ダンは語ってくれた それを聞いて「よし」と気合いを入れ、拳こぶしを握り締めたケーナの頭をオプスはひっぱたく。 |
| 3032 |
「痛っ」 「またお主は……あんまり決意を変な方向に向けるなフォローする我の身にもなれ」 その場に小さな笑いが漏れる 「ははは キャラバンの車両が受付に指定された待機場に移動すれば、ケーナたちのお客様としての時間は終わりだ。 |
| 3033 |
キャラバンのスタッフ全員と笑顔で握手を交わし、車両から降りる市内の案内はオプスが出来るというので、ラグマは残念そうだった 「じゃーな嬢ちゃん。 |
| 3034 |
次は変な厄介事持ってくんじゃねーぞ」 ヒラヒラと手を振って背を向けたトカレは名残惜しそうな息子の襟首を掴み、他のメカニックがいる所へ引きずって行く。 |
| 3035 |
「ほれラグマもさっさと来い今のうちに足まわりを徹底的にやっとくぞ」 「ちぇーっ、わーってるよ親父じゃーなーねーちゃんっ!」 ぶんぶんと大きく手を振るラグマがトカレに殴られる姿に苦笑いをこぼすケーナ。 |
| 3036 |
「それではお二方ともご縁があればまた一緒に旅をしましょうあとこれをどうぞ」 にこやかなベルナーに別れの挨拶とともに渡されたのは1枚の名刺であった。 |
| 3037 |
「『宿屋マルマール』?」 ひっくり返した裏面には簡単な地図が描いてあり、ケーナの脳裏には何故か丸まったイズナエが浮かぶ 確認の意味を込めてベルナーに視線を向けると「おすすめです」という答えが返ってくるばかりである。 |
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「何から何までありがとうございます行ってみます」 「はい、それではまたお元気で」 一礼して自分の仕事へ戻るベルナーの背を見送ってから、他のスタッフにも手を振ってその場を後にする。 |
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門番にいた係員にはオプスの角に不思議そうな顔をされたが、呼び止められることなく通過出来た 「角つけた人なんていないからどーしようかと思ったけど」 「たまーに妙なアクセサリー付けた奴はいるからの。 |
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それと同系列に思われたんじゃろう」 門をくぐれば舗装された地面があり、なんとなくホッとする気分になった 出入り口付近の左右には駐機している無数の騎兵やバギーなどが置いてある。 |
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そこを過ぎれば商店が入り混じった住宅街が広がっていた 見える範囲で主な材質はレンガとコンクリートだと思われる 服装はもっとバラバラで、現代風な人もいればケーナたちのような少し文明の遅れた洋装な者もいる。 |
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共通点は砂塵防護用コートを着ている者が多いところだろうか 名刺の裏に描かれた地図と街並みを確認しながら、ケーナは聞き忘れたことをオプスに尋ねた。 |
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「ここの貨幣ってどんなの?」 「あちらと変わらんギルで大丈夫じゃ流石に貨幣までは使えんがの銅、銀、金、札じゃ銅10が10枚で銀銀100で金。 |
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金10で札じゃ昨日貰ったカードで100万ギル、10札じゃなあとで両替しに行くかの」 「ふーん」 ところによってはカードのままでも買い物は可能だが、そんな場所は限られているので小銭はあった方がいい。 |
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という補足説明も受けて頷いておく 地図の場所は大通りより1本奥の、こぢんまりとした商店が並ぶ一角にあった 外からでも見通せる大きなガラス越しの店内には、3~4人が座れる小さなカウンターがある。 |
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特徴的なのは店員らしき妙齢の女性の前にあるショーケース、その中身はケーキの並ぶ皿が幾つか 看板に書かれた店名には『喫茶マルマール』となっていた。 |
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「…………きっさてん??」 「のようじゃな……」 店の前でいつまでも狐につままれた顔でいても仕方がないので、尋ねてみることに 「いらっしゃいませー」 ドアベルの音よりもよく通る涼やかな声と笑顔に出迎えられる。 |
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栗色の髪をアップに結い上げた健康的な肌の美人さんだ 美味しそうな甘い香りも漂っていて、ついそっちの注文にも気が向きそうになるそれより聞くことが先だ。 |
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「すみません、ここって……?」 「はい喫茶マルマールにございます何かありましたか」 「お勧めの宿屋って紹介されたんですけど」 「あら」 ベルナーから貰った名刺を取り出すと、女性の表情が驚きに変わる。 |
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「夫の紹介なんですね、失礼しました見ての通り喫茶店ですが、宿屋もやっています こんな裏表のなさそうな美人さんを街に置いてキャラバンで飛び回るとか罪作りな人めー。 |
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とかついボヤいてしまうが、言われた当人はニコニコ顔のままケーナたちの次の言葉を待つ 「部屋は空いておるのか?」 「はい今は誰も泊まっていませんので。 |
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あ、でもお部屋は2人部屋しかないんです」 「構わぬ我とこれで一部屋……そうさな、10日ほど頼めるか?」 「ええと、はい分かりましたお2人で、ですね」 オプスがサクサクと交渉を始めてしまったので大人しく待つケーナ。 |
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『これ』呼ばわりに突っ込むとキリがないので流しておく 宿泊の際の注意事項としては、ベルナーから渡された名刺が無いと泊まれない 2人部屋が3つしかない。 |
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店舗は見ての通り喫茶店なので、扱っているのは紅茶orコーヒー&ケーキ類であるなので朝食と夕食は別の店で取るしかないつまりは素泊まりのみ宿屋。 |
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――くらいである 1人1泊銀20(2000ギル)で部屋単位だと銀35(3500ギル)だそうなので、オプスがカードで35000ギルを前払いしてしまう。 |
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「はい確かにお預かりします宿屋マルマールへようこそ」 両手を広げて歓迎する女店長に、お世話になりますと頭を下げる2人 「あっと、すみません。 |
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名乗るのが遅れました私がケーナこっちがオプスです」 「ケーナさんとオプスさんですね私はミサリですどうぞよろしく」 「お店があるから案内は出来ませんけど」と断って、ケーナに部屋の鍵を3つ渡すミサリ。 |
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「はい?」 「全部空いてるから、好きな部屋を選んでね余った鍵は後で返してくれればいいわ」 「……はあ」 ベルナーに名刺渡された時と似てるなあと思いながら、指示された店の裏口にある非常階段を昇る。 |
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1階は店舗、2~3階はロシード家のスペースで、宿泊出来る部屋は4階に2つと5階に屋根裏部屋のようなスペースがあるらしい 店舗を抜けた先の裏庭には、砂ではなく土が敷いてある。 |
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そして家庭菜園のようなハウスが建てられていた 少し錆びた非常階段をきしませながら、3つの部屋を一通り見て回る 寝てくつろぐくらいだろうと考えたケーナは、5階の部屋に即決した。 |
| 3061 |
オプスも異は唱えなかったので 部屋は屋根裏部屋らしく、大きな窓を備え、天井の低い所だった 部屋の中央でオプスがつっかえて、ケーナが余るくらいの高さだ。 |
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家具はオプスの背丈でギリギリのベッド2つと、引き出し付き机と椅子貴重品入れの小さな戸棚1つである 「あいたたた……引き篭もりのニートと思えばよい」 「ニートって……。 |
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オプスの昔の名前とかは使えないの?」 「すでに死んだ者じゃからな使ったら最大級の爆弾が四方八方から降り注ぐ可能性があると知れ」 どれだけ人に恨まれてんだ、とケーナは絶句した。 |
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本人は飄々としたものだが、間違えたことは言ってない この世界で彼の昔の名前は、知れ渡っている噂の中では上位トップ3に位置するそれは厄介事を呼び込む影響力もそれと同じくらいあるということだ。 |
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遠い目をして虚空を見上げるオプスの姿にケーナはそれ以上尋ねるのを止めた厨二病的な理由とかがあるんだろうなと、適当な解釈をしたからだ 「じゃあ私はケーキを食べてくる!」 「……そうか。 |
| 3066 |
では我は寝る」 手荷物はカモフラージュ用の肩掛け袋くらいなので椅子に掛けておくマントと鎧を外してアイテムボックスに突っ込むと、ムッとした熱気が肌を撫でた。 |
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オプスは苦笑してベッドに移動しながら、暑さに汗を拭うケーナを見送る体制だその態度にムッとしたケーナは背を向けて言いたいことだけ言って部屋を出た。 |
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再び店舗に戻ると、花の咲くような笑顔でミサリに迎えられる 「あら、お部屋は決まりましたか?」 「はい5階にしましたこれ残りの鍵です」 2つの鍵を受け取ったミサリはバックヤードへしまい込む。 |
| 3069 |
「何か足りないものがありましたら、いつでも言って下さいね」 「はいお気遣いありがとうございます」 礼を述べてからカウンターに移動しケーキを注文する。 |
| 3070 |
そこからはなし崩しに雑談タイムだ どうやら環境の問題から砂糖の類は高級品らしく、ケーキは少し高額の部類となる懐具合を心配されたが、オプスのものと同じカードを出すと「もういっばしのハンターさんなのねー」と妙な納得をされた。 |
| 3071 |
市内にはまだ枯れていないオアシスがあることと、それを利用した野菜等の生産設備があることと、僅かながら自然公園もあることを教えて貰う お返しにかなりぼかしたリアデイル故郷の事を話したりしていたら夕方になっていた。 |
| 3072 |
ケーキの美味しさの感想と精算を済まし、部屋に戻るとオプスはまだ寝ていた 「夕食どうしようかと思ったけど、たぶんオプスは『好きにしろ』とか言うよね……」 『ケーキヲ食ベスギダト思イマス』 「うん。 |
| 3073 |
おいしかったー」 呆れた感じのキーの声に満面の笑みで答えるケーナ 少しオプスが起きるかもと待っていたが、窓の外が濃い藍色に染まるのを見てそのままベッドに潜り込んだ。 |
| 3074 |
「おやすみなさい、キー」 『オヤスミナサイマセ』 暑さは気になったがそれより疲れが増していたのか、睡魔は直ぐに訪れた 翌日は充分に日が昇ったくらいから起き出して、朝食は手持ちにある食料で済ませる。 |
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開店準備をしていたミサリに挨拶をし、観光と言って出掛けた2人 「う~」 「……」 「ぬぅ~」 「…………」 無言で歩くオプス背後の呟きはガン無視である。 |
| 3076 |
「あ~つ~い~……もう広域魔法を使って砂漠の緑化事業を行ってもいいですよね……」 「のっけから暑さにやられて危険な発言をするでない!」 「だって暑いんだもん」 ケーナだけはしおれた野菜のような様相でオプスにくっついて行く。 |
| 3077 |
ほとんどの装備は外して、スモック風長袖シャツとロングスカートになっているこれはフェルスケイロで買ったもので、付加されている効果は何もない普通の服だ。 |
| 3078 |
元から黒っぽいオプスは暑さを特に気にした様子など微塵もない曰わく「精神が慣れを思い出した」だそうな 「だったら耐熱装備に戻せ 傍目で見るとだんだん親子化してきたようだと呆れたキーがいたりいなかったり。 |
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本日は市内の地理を確認しながら移動しつつ、商人組合を訪ねた カードからお金を下ろすためである 美人な事務員の応対をのんびり待っていると、その向こう側では職員が数名どたばたと走り回っていた。 |
| 3080 |
「なんかあったのかな?」 「なんかはあった・・・・・・・じゃろうな」 首を傾げるケーナへ小声で「トカゲじゃトカゲ」と耳打ちすれば、合点がいったと手を打ち合わす。 |
| 3081 |
「へえ、あれでああなるのね」 「討ち取ったのはお主じゃからな」 【聞き耳】を使ってみれば、然る筋を通して綺麗に解体された後、順次競売に掛けていくそうだ。 |
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手数料だけでも相当な金額が商人組合にも入ってくるらしい 目が輝きだしてきたケーナに、背中に嫌な汗を感じるオプスであった ケーナは全額下ろして金貨と銀貨に替える。 |
| 3083 |
オプスはカードに半分残して下ろすことにした 次に向かうのはハンター組合 依頼は市内の小さい事から行政の手伝い キャラバンの護衛から原生生物の捕獲・討伐や自動機械の討伐まで等々。 |
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色々と多岐に渡るそうだが、食用生物や自動機械のパーツの買い取りは商人組合の役割になる 商人組合にも似たような依頼受付があって、そちらはハンター証があれば受けられるということだ。 |
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「A・B・Cとかのランキング形式じゃないのか~残念」 「自分たちの力量を見誤って怪我をしたり死んだりしても自己責任じゃからな比喩表現で無く」 途中直径100メートル程の湖を通過する。 |
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商人組合とハンター組合はこの湖を時計に見立てた場合、12時と3時の位置に建っていた 喫茶マルマールはというと、11時方向の少し離れた場所にある。 |
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「あれがオアシスとかいうやつなのねあそこから南側は少し緑があるみたいねー」 緑といっても見える範囲では、椰子やしの木やケーナの背丈以下の常緑樹や定番のサボテンばかりである。 |
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うっそうと茂った森のようにはならないだろう 「あれでも砂漠地帯で育つように改良を加えてあるのだがな……昔よりは多少増えてるとは思うがなあ」 縁側でお茶を飲みながら、携わった研究者が昔を懐かしむような感じだとケーナは思った。 |
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ハンター組合は白い小綺麗な建物だ 多少砂を被っているが、それほど大きくはない酒場を兼ねたところではなく、事務仕事だけをする所らしい ここに置いて、昼飯を食べに行ったりするのが暗黙の了解なのだという。 |
| 3090 |
ぶっちゃけ街中の店や市場近辺には置き場所がないからだそうな一部は起動音が喧しく営業妨害の苦情も出た例もあるとか そんな所でも、たむろしている老若男女から聞こえて来るのは「だれそれがトカゲをとっ捕まえた」だ。 |
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「ダンさんの名前は出てないみたいね」 「噂話なんてそんなもんじゃろう」 ハンター組合の銀行のような窓口でオプスが2人分の登録を頼む 必要事項を書き込む用紙を貰ったケーナは凍り付いた。 |
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「……ねー、オプスー」 「なんじゃ?」 「私、何歳かなあ?」 「…………あー」 リアデイルにトリップした時にはもう子供たちが200歳以上。 |
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ほぼ倍の年齢だと見られていた節があるから400歳前後 さらにあちらで1世紀近く過ごした経緯もあって、ケーナの実年齢は500歳前後になる計算だ。 |
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中身はたいして変わっていないのが問題なのだが…… 「適当に書いておけ、適当に外見年齢でいいじゃろう」 「うん……」 『名前』と『年齢』はともかく、その後の『主武装』と『特技』も頭を悩ますものだ。 |
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オプスはというとスラスラと書き込んでいたので横から覗き込む 名前:オプス 年齢:28 主武装:ハルバード 特技:奸計 ――とあったので、ケーナは悩むのを止めた。 |
| 3096 |
そうして彼女が書いたのは以下の通り 名前:ケーナ 年齢:20 主武装:棍 特技:手品 用紙を渡された職員がとてつもなく変な表情で受け取っていた。 |
| 3097 |
ハンター証が出来るまで30分ぐらいその間「説明を受けますか?」と聞かれたがオプスが断ってしまう 利用規約としてはリアデイルあちらとたいして変わらない。 |
| 3098 |
依頼難度は自己分析と自己責任依頼失敗には違約金が掛かること、程度に気をつければいい 手持ちぶさたになったケーナは壁に貼られた依頼書を見て時間を潰す。 |
| 3099 |
オプスは壁に寄りかかって、時折飛んで来る質問に答えていた 依頼書は白いハガキサイズの紙に依頼内容と期日、報酬、依頼者及び団体が記され、壁一面のホワイトボードにピン留めしてある。 |
| 3100 |
今現在は壁の半分くらいが埋まっている状態だ 入り口側の壁には黄色い紙に記されているものがあり、こちらは常時依頼なので引き剥がさなくともいいそうだ。 |
| 3101 |
「ええとこっちは……『天然物の砂貝求む』『自動機械のパーツ求むダンゴ虫だと色を付けます』? ダンゴ虫ってなに?」 「アルマジロとヤマアラシを足して2で割ったような奴での。 |
| 3102 |
2メートル近いトゲ付き鉄球が転がってくると思えばよい」 「なんなのそれ……」 げんなりした顔になったケーナは白い依頼書の方へ向きを変える 「こっちは、ん? なんか『娘を探して』だの『妹を探して』だのが多いね。 |
| 3103 |
女性誘拐事件でも起きてるのかな」 チラリと依頼掲示板に目をやったオプスは「そうか」とだけ呟いた 「オプスが冷たい……私も気をつけよう」 「そうじゃな。 |
| 3104 |
加害者が皆殺しにされるじゃろうな ハンター証を受け取りに行くと職員が皆微笑ましそうな目つきだったので、つい今し方のやり取りを見られていたことに赤面する。 |
| 3105 |
ハンター証にはICチップが埋め込まれているので磁気嵐等に注意することと、再発行には金貨1枚掛かることだけを聞いてから、組合の外へ飛び出した。 |
| 3106 |
「まったくオプスってば、人に恥をかかせるのを面白がるんだから……」 組合から少し離れた湖の傍で、ケーナは朱くなった頬を冷ますように両手でぽふぽふ叩く。 |
| 3107 |
そこへ「あ! ねーちゃーん!」と聞き覚えがある声が飛んできた 声の聞こえて来た方向を見れば、相変わらずサイズの合ってないツナギ姿のラグマが手を振りながら走ってきた。 |
| 3108 |
「よーっす! ねーちゃん」 「こんにちは、ラグマ君」 「にーちゃんもよーっす」 「ラグマではないかどうしたんじゃ?」 ケーナの後を追ってハンター組合から出て来たオプスがラグマに気付き、その肩をぽんぽんと叩く。 |
| 3109 |
「にーちゃんたちは何してたんだよ?」 「ハンターの登録よほら」 アイテムボックスから手の中にハンター証を出現させると、ラグマの目が輝いた。 |
| 3110 |
「うわ何今のそれ、手品みてえ!」 「手品だからね」 手で握り潰すようにしてハンター証を消し、逆の手から取り出すと「すげーすげー!」とラグマが飛び跳ねて喜ぶ。 |
| 3111 |
一通り披露し終わるとラグマはハンター組合の中へ駆け込んで行き、すぐに飛び出してきた 「なんじゃ、何か受けたのか?」 「ああ! オヤジがさー『自身の食い扶持は自分で稼げ』って言ってさー。 |
| 3112 |
小遣いくれないんだぜ昨日も普段なら『子供は早く寝ろ』とか言うのに、夜中まで整備に付き合わされたんだからなケーナはそれを気にした様子もなく、のほほんとしたものだ。 |
| 3113 |
「怒られちゃった反抗期の子って可愛いよね」 「ルカもあんな時期があったじゃろう少しは懲りよ」 ジト目のオプスに注意され頷くケーナあくまで一応の対応である。 |
| 3114 |
「それでハンター組合か?」 「まーねーデカい獲物は狩れないけど、砂貝くらいなら1人でもなんとかなるもんだぜ」 「へー砂貝……後学のために見学してもいい?」 「いいけどさ。 |
| 3115 |
ねーちゃんホント何処の出身なんだよ? 今時の子供で砂貝の捕り方を知らないヤツなんていねーぜ」 もっともな突っ込みではあるこの世界の者ではないのだから知らないのも無理はない。 |
| 3116 |
その辺りラグマは気にした様子もなかったよっぽどの箱入りだったんだなー、と思ったくらいである 「オプスは?」 「我はもう少し市内を見て回ろうと思う。 |
| 3117 |
そちらは子連れじゃ、気をつけよ」 「分かってまーすあとこれお願い」 持っていた宿屋の鍵をオプスに渡す 内アイテムボックスには入るのだが、他の鍵とひとまとめになってしまうため、面倒臭くなって腰に下げていたものだ。 |
| 3118 |
「じゃ行こう、ラグマ君」 「しゃーねーないっちょオレが砂貝の捕り方を教えてやるぜ」 「うんご教授お願いします」 「……ふむ」 和気あいあいと出掛けて行く2人を見送り、ちょっとした予感を感じたオプスはハンター組合の中へ戻る。 |
| 3119 |
「一応コレでも受けておくか」 白い方のホワイトボードから引き剥がしたのは、ある討伐依頼だった ◇ 一方、ヤルインから出たケーナとラグマは、壁沿いに200メートル程南下したところで、あるものを捜索していた。 |
| 3120 |
「何を探せばいいのかな?」 「砂に小さく凹んだすり鉢状の穴さ幾つかかたまってるんだ」 「いくつか、ねえ?」 日影と日向の境目辺りに多く見られるというので、こっそり【生命感知】を使用し周辺マップを開く。 |
| 3121 |
さほど離れていない所で5つほどの光点を見つけたのでラグマを誘導する 「あれかなあ?」 「あれってどこだよ? あっ! あれだよあれ!」 静かにのジェスチャーをしてから、低い姿勢になったラグマはゆっくりと進む。 |
| 3122 |
ケーナが念の為【忍び足】を使えば、さくさくという足音は1人分だけしか聞こえない 「ほら、これだよ」 「ほほうこういうのかあ」 直径にして4センチくらいだろうか、小さなすり鉢状の穴が円を描くように5つ開いていた。 |
| 3123 |
「どうやるのかな?」 「まあ見てなって」 舌なめずりをしたラグマはグリップの付いた器具を取り出す 形としては銃のリボルバーから弾倉と銃口を取り除き、グリップとトリガーと撃鉄だけになった物体だ。 |
| 3124 |
ラグマは撃鉄部分を5つの穴が並んでいる中心へ近付けて、トリガーを引いた ガチンという音は、静かな砂丘にやけに大きく響いた 穴の方からは尖った貝の先端部分らしきものがぴょこんと覗いていた。 |
| 3125 |
器具を腰に戻したラグマが大急ぎでそのひとつを掴む 「ほらねーちゃんも早く引っこ抜いて!」 ラグマは大根かさつまいも掘りのように、足を踏ん張り背筋と腕力でもって力任せにそれを引っこ抜いた。 |
| 3126 |
ケーナの場合は摘めば簡単に抜けたので、拍子抜けだ 引き抜かれたのは白地にオレンジ縞の殻を持つ、長さ30センチもある細い円錐形の貝だその下からはレンズのような魚眼と5本足の軟体類が顔を覗かせている。 |
| 3127 |
オプスの話によると、煮て良し焼いて良しと幅広い料理に使われる一般的な食材だそうな 5つのうち3つを捕ったラグマはビニール袋に包んでから、背負っていたリュックにしまう。 |
| 3128 |
「ん、残すのね」 「なんかオヤジが言ってたんだけどよころ煮がどうとかこうとかで、減らすと増えるんだってさ」 「ころ煮? コロニーのことかな?」 要領を得ない答えに渋い顔になるケーナ。 |
| 3129 |
しかしゲームだった頃、2人の先生役からのネット塾の成果により、閃くものがあった その先生役の片方とはオプスなのだが、もう片方はエベローペ歩くインモラルである。 |
| 3130 |
「ええと……数匹でコロニーを形成してるから、ある一定数まで減ると生存本能を刺激されて生殖行為を行って増えるということなのかな?」 「そうそう。 |
| 3131 |
たしかベル叔父さんがそんなん言ってたぜ!」 手を叩いて同意するラグマ なんとなく脳裏に下着姿のサブリーダーが浮かび上がり、肩を落とすケーナ。 |
| 3132 |
寂しさより、なんかずいぶん遠いところに来ちゃったなあ、という心境が強い 「これで終わりなのかな」 「んーと、砂貝こいつ1匹銀3なんだ 「すげー。 |
| 3133 |
こんなにさくさく捕れるなんて、今までになかったぜ見ろよねーちゃん、この……」 ラグマのはしゃいだ声が尻すぼみになっていく 対面にいたケーナがラグマを見るその瞳はひどく真剣で冷たい。 |
| 3134 |
その表情には険しいものがあった よくよく見れば、その視線はラグマを通り越して背後にあるものに注そそがれている 慌てて振り返ろうとしたラグマの肩をケーナが強く掴んだことで、少年の動きは凍りついたように停止する。 |
| 3135 |
「いい、ラグマ君?」 「お、おう……」 予想外に冷たい声になってしまったことに内心舌打ちするケーナ ラグマを怖がらせる気はなかったのだが、敵性存在を見つけるのが遅すぎたのは彼女の落ち度である。 |
| 3136 |
どうやら砂の深い所に潜っていたらしく、【生命感知】に反応するのが遅れたのだキーが警報を出したのに気付いたケーナが、彼の背後の砂に潜む半円形の黒銅色なビー玉に似た目を発見するのが同じタイミングであった。 |
| 3137 |
「私が合図したら全力でこっちへ飛んでね」 「う、うん」 敵性存在がまばたきをした瞬間に合図を出す 「飛べっ!」 「っ!?」 一拍遅れて飛び上がったラグマを引っ張るのと、砂地に隠れていたソレが飛び掛かって来るのがほぼ同時。 |
| 3138 |
ケーナはラグマの盾にと場所を入れ替わるついでに、襲撃者へ回し蹴りを叩き込む 「へっ?」 「す……」 「す?」 「す、すげえっ 襲撃者は転がったままピクリとも動かないので近寄ってひっくり返す。 |
| 3139 |
「なにこれ?」 「うわっ、砂アゴじゃんオレ超危なかったんだなこえー」 見た目は幅3メートル、長さ4メートルもある黄土色の平べったい生物チョウチンの無いアンコウと言えば分かりやすいだろう。 |
| 3140 |
違うのは腹側についたトカゲのような四肢くらいである 砂に潜み、近付いた生物へ手当たり次第に噛み付く習性があり、貪欲に獲物を喰らう人でも腕やら足やらを喰い千切られたという報告が相次ぐ、砂漠の危険生物のひとつらしい。 |
| 3141 |
顔の左半分が内側へ陥没していたので、ケーナの蹴りスキルが致命傷となったと思われる 死体を見聞してる最中に、近くの壁の監視塔から安否を気遣う声が飛んできたので、大きく両手を振って無事をアピールする。 |
| 3142 |
さらにそこから連絡が行ったのか、キャタピラ付きのトラックが運搬役にと回されて来た 「おう、ねーちゃんそれ組合まで運んでやんよ乗んな」 「すみません。 |
| 3143 |
お世話になります」 同乗してた男たちがなんとか荷台に砂アゴを積み込み、ケーナたちをハンター組合まで送ってくれた 「ねーちゃんがすげーんだぜ。 |
| 3144 |
こうくるくるって回って砂アゴがドカーンって吹っ飛んでったんだぜ!」 「おおー、ねーちゃん見掛けによらずつえーんだな」 「あ、あははは……いぇ、その、まあ……」 運ばれてる最中にラグマがケーナの所業を余すところなく彼らに語る。 |
| 3145 |
(ぎゃあラグマく~ん!?) ケーナは頭を抱えたい一心でいっぱいであったせっかくオプスがエルダードラゴンの件を穏便に済ませてくれたのに、こう目撃者が多いと水の泡である。 |
| 3146 |
素直にオプスに頭を下げるしかないと思っていたケーナであった そのオプスはというと彼女たちを待つようにハンター組合の前に居たのだが…… 「どうしたのオプス。 |
| 3147 |
なんかさっき別れた時より薄汚れてない?」 「まあ、ちょっとあってな……そっちは何を仕留めてきおったのかの?」 「砂アゴだぜ、砂アゴ! にーちゃん見ろよこれ!」 ぺしぺしとその巨体を叩いて凄さをアピールする。 |
| 3148 |
検分に出て来た職員もそのデカさとケーナを見比べて首を傾げるばかりだなにぶんラグマ含めて目撃者がいるので、あっさりと札6の報酬が支払われた。 |
| 3149 |
「あれっ、依頼なんか受けたっけ?」 「我が受けておいた半分賭だったのじゃが正解だったようじゃの」 名を売ってしまったことには追求なしだったので、疑問が残るばかりである。 |
| 3150 |
ラグマは無事銀45を手に入れて、大喜びで帰って行った 後日、顛末を聞いたトカレがたんこぶをこさえたラグマを連れて頭を下げに来るのだった 変わっているようで変わっていない。 |
| 3151 |
オアシスを一周したオプスが出した結論がそれである 街並みは変わっていない 解放戦直後は人が住むには適さない廃墟であった それを職人である者とそうでない者が力を合わせて、人が住める環境へと整備したのだ。 |
| 3152 |
その完成を待たず、前世のオプスは戦線の怪我が元で亡くなってしまったが オアシスの南側には縦横500メートルもの大きさを誇る倉庫が9つあり、3×3に並んで建てられている。 |
| 3153 |
これがヤルイン市民を支える食物栽培センターで、遺失技術がたっぷり使われている 聞いた限りでしかないが、建物の壁面は全部『呼吸する壁』であるという。 |
| 3154 |
砂漠の極限環境内でも、植物の生育に必要な成分だけを空気中から抽出するらしい 倉庫内は常に生育に適した気温に保たれ、屋根で日光が遮られているにもかかわらず自然な暖かい光が降り注ぐ。 |
| 3155 |
ここで採れた作物は市場によって各業者に振り分けられ、適正価格の支払いをもって市民の手元に届く仕組みになっている 如何なる監視網によるものか、以前に12棟あった栽培センターが現在9棟しかないのがその証拠だ。 |
| 3156 |
そのような事態に見舞われた経緯があるために、行政と管理組合と消費者の相互監視が行われている あれはおそらくケーナの従者の中で1番人に関心がないだろう。 |
| 3157 |
前々世のケーナに必要だろうと思っただけで、人を存続させるために設置したということでは無いはずだ 考えごとをしながら歩くオプスの進行方向には、最南端の壁面がある。 |
| 3158 |
そこには壁の内側に沿って複合住宅――といっても倒壊するのも覚悟で上へ上へとムチャクチャに積み上げられた住居――だったものが広がっていた いまはボロッボロの廃墟と化している。 |
| 3159 |
一蹴り入れたら連鎖して全部崩れそうだ これは復興する際に関係者が使用していた仮家だったものである 復興したあとは一部が取り壊されたものの、大部分が残された。 |
| 3160 |
もちろん住人が残ったためではあるが、主な理由として“住み慣れた”とか“研究が捗はかどる”とか“お金がない”とか“秘密基地にぴったり”とかである。 |
| 3161 |
その後はスラム化の一途を辿ったようであるが、オプスには死後のことなので範疇外だ 「生命反応は多少なりともあるようじゃの」 オプスがわざわざこんな所まで足を運んだのにも理由がある。 |
| 3162 |
先程ハンター組合のホワイトボードに貼ってあった捜索依頼の件だ あんなものをこれ見よがしにケーナの前にぶら下げておくと、自分を囮にして解決しようとか言い出すのは明白だからだ。 |
| 3163 |
「とっとと潰してやるとしようぞ」 後顧の憂いは今のうちに断っておくに限る 第三者が見ればゾッとするような笑みを湛えたオプスは、廃墟へと足を踏み入れた。 |
| 3164 |
【直感】と【生命感知】でもって人の気配を辿っていく途中、微かな物音と不審な会話を拾った 「おい、ちゃんとそっち押さえてろ」 「すまねえな、お嬢ちゃん。 |
| 3165 |
恨むんなら無防備な自分を恨むんだな」 「―――っ! ん―――!?」 そのまま音の方へ足を向け、隠れることもせずに物陰より姿を現す 「っ!? なんだお前!」 そこには白衣を着た赤毛の女性を羽交い締めにしている2人の男性がいた。 |
| 3166 |
男たちは人相を隠すように目深に帽子を被り、灰色の作業着に身を包んでいる 猿ぐつわで女性の口を塞ぎ、手足を頑丈なロープで縛ろうとしていたところだった。 |
| 3167 |
手前にいた男が銃をぶら下げたホルスターに右手を伸ばした瞬間、音もなく接近したオプスの蹴りが鎖骨諸共右肩を砕く 「ぐぎゃああああああっ!!?」 地面に転がった拍子に砕かれた部分を打ち付け、二重の痛みに絶叫が上がる。 |
| 3168 |
「なっ、なにっ!?」 女性を押さえつけていた男は、一瞬のうちに起きた相棒の惨状に逃げ腰になる かろうじて冷静だった数パーセントの意識で、ナイフを取り出し女性を人質にしようとした。 |
| 3169 |
が、その動作すら遅すぎた 横から迫ってきた蹴りに二の腕と左肩と肋骨を砕かれ、その場から数メートルも転がっていく 「ぎゃあああああっ!!?」 オプスからしてみれば、前に足を出して、横に振り回しただけである。 |
| 3170 |
これでもまだ手加減は入れてある方だ 目の前の惨状に青い顔で固まっている女性を無視し、黒コートのポケットに手を突っ込んだまま、呻き声をあげて転がる誘拐犯もどきへ近寄った。 |
| 3171 |
「のう、お主ら少々聞きたいことがあるんじゃが」 「たったす……たすけっ」 「う……ごほっ、あ、あ……」 片方は尻餅を付いたまま後ろへ後ずさりし、片方は横になった虚ろな瞳で血の混じった咳を吐き出す。 |
| 3172 |
「ここ最近の女性誘拐犯じゃろお主らアジトはどこにある?」 返答を待たず、瀕死になっている方の左膝を無造作に踏み砕いた 「いぎぎゃあああああっ!!?!」 再び絶叫が響く。 |
| 3173 |
「そうか良かったのう」 オプスは顔面蒼白になっていた女性を助け起こすと、もう興味がないとばかりにその場をあとにする もちろん助けを呼んでやったりはしない。 |
| 3174 |
追い討ちを掛けるだけだ ◇ 悪鬼のごとく男たちを蹂躙していった者が立ち去った後 肩を砕かれた男は、まだなんとか生きている左半身を破壊された仲間を置いて、ふらつきながら立ち上がろうとしていた。 |
| 3175 |
「に、逃げ……な、ければ……」 またあの男が戻って来る前に、売った仲間が逆恨みをしてくる前に、ここから逃げなければ今度こそ殺される 体を揺らすだけで砕けた骨が神経を傷付け、大声で喚き散らしたい気分になる。 |
| 3176 |
しかし、そんなことに体力を使うくらいなら早々にこの場を離れ、安全な所で治療を施したい さっさとこの街より離れるんだ そう心から願った男に神さまは微笑まなかった。 |
| 3177 |
「オナカ、ヘッタ!」 鳥の羽音とカタコトの言葉が頭上から聞こえてきた それが酷く冷たい、残酷な運命を予知している気がして、思考も体も硬直したように固まる。 |
| 3178 |
「な……なん、だ?」 建物の影になっている薄暗い路地に、上から極彩色の何かがバサバサバサーッと降ってきた 大きさにして1メートル弱 トサカから尾羽まで虹色のグラデーション。 |
| 3179 |
半円形に丸い嘴くちばしに赤い瞳 広げた翼はゆうに3メートルにも及ぶ 「メイレイ、ショブン!」 カタコトの言葉を放つそれは巨大なオウムの姿をしていた。 |
| 3180 |
「な、なんで……こんな所にこんな、ものが……」 翼を広げ、踊るように体を左右に揺らす巨大なオウム 喜んでいるようにも見えるが、問題は先ほどからの不穏な言動である。 |
| 3181 |
「エサ、クウ!」 『お腹減った』『命令処分』『餌喰う』 それの意味するところを理解した男の表情は絶望に歪んだ 俺は直接何かした訳じゃない。 |
| 3182 |
おれは何もしていない 声を大にして罪を懺悔したかったが、口から垂れ流されるのはただの言い訳 いや、言い訳にもならない言葉の羅列 オウムの胴体に横向きに亀裂が入る。 |
| 3183 |
誰かが背後から殺ってくれたのかと淡い希望も抱いた男に、生臭い息が吹き付けられる 亀裂から上下に別れたオウムの腹に、咥内こうないまでびっしりと並ぶ鋭い牙を備えた大きな口が出現した。 |
| 3184 |
オウムの皮を被っていたサメのような、なにか分からないものがそこにいた 「イタダ、キマス!」 声はそこから出ていた オウムでもなんでもない、ただの化け物だった。 |
| 3185 |
「い……や、―――」 最後の悲鳴は言い終えることは出来なかった 「この辺りで良かろう」 壁沿いの複合廃墟より離れた場所にあった東屋――市内のあちこちにある屋根付きの休憩所――へ赤毛の女性を下ろした。 |
| 3186 |
彼女は現場から離れたことで落ち着きを取り戻し、顔色も良くなっているようだ オプスは「ではな」とだけ告げ、元来た道を引き返そうとした 「待ってくれ命の恩人殿。 |
| 3187 |
言っておきたい事があるのだが、いいだろうか?」 白衣とその下のシャツの襟を直し、赤毛の女性は去ろうとしたオプスのコートを掴んだ その声色に焦りを感じ、オプスは足を止め振り向く。 |
| 3188 |
「よいじゃろう聞こう」 「っ!!」 威圧感を伴った眼光に女性はしばし怯む様子を見せたものの、意を決して口を開く 「こ、この街は、お爺さまが愛し、守った街だ。 |
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人同士での諍いさかいまでならともかく、殺す殺されだのは止めてもらいたい」 「……おじいさま、じゃと……?」 残りの誘拐犯たちをどうやって潰そうか、と考えていたオプスの思考そのものを吹っ飛ばす答えに言葉を詰まらせた。 |
| 3190 |
「お主もしかして、ハイマーの血縁かなにかか?」 「お爺さまを知っているのか!?」 俯いていた赤毛の女性は、顔を上げて驚く表情を見せる ハイマーとはこの世界で生きていた頃のオプスの友人の名である。 |
| 3191 |
所属していた傭兵団のリーダーで、共に解放戦線で戦った男だ 「ククク、まさかこんなところであ奴の血縁と出逢おうとはな 「ハイマーの血縁なら渡すものがある。 |
| 3192 |
少し待て」と言って、オプスはやや離れた所で召喚獣を2体喚び、誘拐された人を助けるように言付けた誘拐犯の生死は召喚獣の自由にさせるあたり、女性の言い分はほぼ無視である。 |
| 3193 |
実のところ呼び出した奴が奴なので、死人は出ないとみているが結果については興味がない 「なに、詮無きことよ聞き分けの無い部下にお灸を据えたまで。 |
| 3194 |
気にすることではあるまい」 「……分かった」 後ろ髪を引かれるようなくらいの興味はあったが、オプスにばっさり話を切られ、しぶしぶ納得した 「失礼した。 |
| 3195 |
私はアテネス・オルクマンというしがない研究者だ助けてくれて礼を言うありがとう」 オプスは頷きながら半分になった黒いカードを取り出し、アテネスの前で振る。 |
| 3196 |
「我はオプスしがない放浪ハンターじゃハイマーの血縁よ、コレの片割れを持っておるか?」 「そっそれはっ!!」 アテネスは半分の黒いカードに目を丸くして驚く。 |
| 3197 |
慌てて体中をぺたぺたと探り、程なくしてオプスの掲げたカードと同じものを取り出した オプスが差し出した半分を受け取り、震える手で切り口を合わせる。 |
| 3198 |
2つの欠片はまるで最初からそうであったように完全な1枚の黒いカードとなった一瞬光ったその表面には金色の蝶の模様が浮かび上がっている 「こ、このカードが……。 |
| 3199 |
これを持っているということは、……まさか貴方が、シュルツ?」 「いや、残念だがシュルツはもう鬼籍に入っておる我はそれを渡すように頼まれただけじゃ」 シュルツと言う名は、オプスがこの世界で生きていた時に使っていたものだ。 |
| 3200 |
その残滓となるべき遺産をハイマーの血縁に返却し、ようやく肩の荷が降りた安心感を彼にもたらす 遺産とは、鍵となる蝶のカードがないと開かない地下倉庫に納められたものである。 |
| 3201 |
当時ヤルインを守る以上の力となることを恐れたハイマーにより、封印された銃器類&騎兵&戦車と金塊である しかしその遺産を受け取った側のアテネスは、カードを確認した状態のまま途方に暮れていた。 |
| 3202 |
表情にも嬉しそうな様子は見られない 内心何かの葛藤があったようで、小さく首を振るとカードをオプスへ差し出した 「もう私の一族にはこれを有効活用することは無理だろう。 |
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申し訳ないが、もう一度預かっておいて貰えないか?」 その寂しそうな表情に大体の事情を察し、オプスはカードを受け取った おそらくハイマーの血縁はアテネス以外には残っていないのだろう。 |
| 3204 |
過去、ハイマー率いる傭兵団は解放戦線でそのメンバーを著しく減らし、解散を余儀なくされた ハイマー自身はヤルインに骨を埋める道を選んだ筈だ。 |
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隠れ家として使っていた砂漠の拠点――ケーナたちが転移した所オプスが生前マーカーしていた――の状況からいってまだ生きてる可能性もあったが、砂漠の生存競争には勝てなかったようである。 |
| 3206 |
「なんとまあ、泣き虫で逃げの上手いGみたいな奴じゃったのにのう……」 「は? もしかしてお爺さまがか?」 「うむ、おそらくはメンバー内で一番死ぬのが遅いと言われてた程じゃ。 |
| 3207 |
どんな最後だったのかの?」 言われてたことに理解が追いついていないアテネス 「なるほどではなおさら持っておれそして使える奴に渡せばよかろう」 と、再びアテネスの目の前に突き出されたカード。 |
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「キミは傭兵団の生き残りみたいだが、使ってはくれないのか?」 「あいにく、戦車や騎兵なんぞに頼らずとも保有している戦力だけで足りるのでな。 |
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我らには必要ない」 召喚獣や魔法で足りない場合は外から持ってくる手段もオプスにはある ケーナの記憶が戻り、T・Sテッサが彼女の配下に収まれば戦力は桁違いに跳ね上がるはずだ。 |
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今更(オプスから見て)戦車や騎兵などはあるだけ邪魔になってしまう 突如後方にあった廃屋の屋根を轟音と共に突き破った黄色い物体のせいで アームがねじ曲がって変形し、操縦席が粉砕されたそれはショベルカーだったもと思われる。 |
| 3211 |
「どうやってこんなのを飛ばせるんだ……」 1トン程度はあるものが吹き飛ばされてゴミのように宙を舞ったのだその気持ちは分かる 「ああんの馬鹿共が……。 |
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表沙汰にするなと言うたじゃろうに」 憤慨しながら頭をひと振りし、廃墟に向かって歩き出すオプス一応アテネスに声を掛けるのも忘れずに 「お主はさっさと此処から離れるとよかろう。 |
| 3213 |
次は攫われるだけでは済まんぞ」 「えあ、あの! もう一度キミに会いたい時はどうすればいい?」 「ハンター組合に言づてをするか、ケーキ屋を探すがよい」 「は?」 返答に疑問を感じながら、アテネスはその場を離れる。 |
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あまり深く付き合うと更なる厄介事に巻き込まれそうだからだ それでももう一度会って話をしたいくらいには、彼に興味を持っていた 「ケーキ屋か……。 |
| 3215 |
最近ロクに外出してなかったから、丁度いいかなふふふ」 アテネスの眼は好奇心を越えた怪しい光を放っていた ◇ 男たちは困乱と恐怖の中にいた それがどうだ。 |
| 3216 |
今回に限り・・・・・・法陣から紫色の光がほとばしった そこから首の無い白い樹の体に、ドクロを右胸に収めた化け物が出現したのである 何人かが泡食って逃げ出そうとすれば、出口からは4本腕で黒いトカゲの化け物が現れる始末だ。 |
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「グフフ、これよこれ恐怖に引きつる顔怯えが心地イイ」 4本腕それぞれに大剣を携えた黒い竜人型の悪魔 ドレクドゥヴァイは男たちの恐怖に歪む顔に満足そうに頷く。 |
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「ヤハリ儂ノ芸術ニハ男ガ材料トシテ欠カセンナ女ナドヤワクテトテモトテモ使エンワ」 白い枯れ木の体に右胸のうろにある骸骨が、カンラカンラと笑う。 |
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シュベズという悪魔は男たちをこねくり回した作品にご満悦だ 6人いた男たちはすでにその数を2人に減らしていた 4人はシュベズによって双頭の芋虫へと変えられてしまった。 |
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肌色の肉の胴体の前後に人の頭が付いている形だそれが2匹人だった頃の手足の指は、歪な脚として胴体の左右に20本ずつ蠢うごめいている 「はハははッ。 |
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は……ハハははハはハ……」 1人は地面に座り込んだまま、口の端から涎を垂れ流しながら笑い続けている完全に自我を吹っ飛ばしてしまったようだ 「……ア」 天井を突き破って飛んで行くショベルカーにシュベズは冷や汗を垂らす。 |
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まあ、その直後に怒り心頭のオプスが「表沙汰にするなと言ったじゃろうこの馬鹿共がっ!」と乱入し、2体に折檻という名の蹂躙を行った 哀れな男たちはその場に捨て置かれた。 |
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誘拐された女性たちはその日の夕方ごろにオアシスの畔ほとりで倒れているところを発見され、無事に家族の元へ戻ったそうだ 彼女たちの証言により数日後にハンター組合と行政関係者が地下アジトに踏み込んだ。 |
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しかしそこに残っていたのは、気の触れた男が1人と砂金の山と奇っ怪な芋虫のミイラが2体だけであった 事件は闇に葬られたらしい 砂アゴを討伐した日から4日。 |
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ケーナはのんびりと過ごしていた 実のところハンター組合で噂になってしまったので「数日は組合に近付くのはやめよう」と決めたのである 組合の登録者はほぼ銃を持つ者ばかりなので、体術と棍棒で戦うケーナはとても目立つのだ。 |
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エルダードラゴン討伐のことは秘匿できたが、別の意味で有名になってしまい「仲間にならないか?」と勧誘する者まで出る始末あらぬ誤解を受けぬよう気を付けよ」 「そんな変な顔はしてないつもりだったけど。 |
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じゃあオプスは行かないのね」 「女の買い物など長いだけであろう?」 「うんアテネスさん来るからだよね」 「……」 げっそりした表情で肩を落とすオプスに、ニヤニヤした笑みを向けるケーナ。 |
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別行動をした際には、必ずその日の出来事を報告し合うことになっている 以前に誤解でオプスが大量殺戮をしかけたことがあるからだ報告連絡相談ほうれんそうは大事と身に染みた瞬間であった。 |
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ケーナはラグマと砂貝を採りに行って、砂アゴを討伐するに至った一部始終を オプスは迷惑集団を壊滅させるにあたって、シュベズやドレクドゥヴァイの手を借りアテネスと出逢ったことまでを説明した。 |
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しかもアテネスは翌日にオプスを探して喫茶マルマールを訪れたのである 「ついにオプスにも春がっ!?」と身構えたケーナの前でアテネスはオプスに「ハイマーが存命だったころの話」をせがんだ。 |
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自己紹介を済ませたケーナは宿に残ってごろごろし、オプスはアテネスを連れて階下のマルマールで当時の話を裏側まで暴露したのであるそしてまた昨日も訪れ、話を1時間ほど聞いて帰って行ったのである。 |
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珍しくケーナ以外のことで諦めたため息を吐くオプスに「ご愁傷様」と声を掛け、手を振って部屋を後にする マルマールの店舗を突っ切ろうとした時、カウンターの中で抱き合っていた男女を見付けてぎょっとした。 |
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しかしケーナが視線を反らすより先に男性の方と目が合った 「おや、ケーナさん」 「こんにちはベルナーさん」 頬を染めたミサリが奥へ引っ込む姿を見ながら「お邪魔でしたか?」と聞いてみた。 |
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「すみませんね、宿の通り道で客に見られる可能性もあったのは分かっていたのですよ久しぶりに会うと、つい……」 後ろ頭をかきながら苦笑いするベルナーに肩をすくめるケーナ。 |
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「お仕事の方は一区切りついたんですね」 「ええ例の素材もあらかた売り払いの手続きを終えましてまとまった現金が入ったので全車両のオーバーホールをすると弟が。 |
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お陰でしばらくは開店休業状態のんびりですよ」 夫婦水入らずなんて何ヶ月ぶりですかねと、嬉しそうに呟くベルナーに頭を下げて、ケーナは市場へ向かった。 |
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実のところハンター休業だ、と決めた翌日に1度市場へは行ったのだ 帰って来て気付いたのだが、アイテムボックスに放り込んだ日用品や食べ物の数点が、幾つかの作成スキル欄を使用可能にしていた。 |
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おそらくは似たような味か、似たような効能を持つ物であれば合成調理スキルの再現が出来ると確信したのである 「まずはニンニクみたいな根っこと鳥の心臓かな?」 食用根はすぐに見つけた。 |
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問題は鳥の方であったが、市場の人に聞いてみるとあっさりと見つかった ウルーと呼ばれる鳥で、緑色のウズラのような姿をしている 大きさは最大でも大人の頭くらい。 |
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腿とかムネとかのパーツ別ではなく1羽まるまるで売られていたので、とりあえず3羽購入する 市場関係者だけでなく客も使える青空キッチンがあったので、素早く3羽をバラバラにし、手の中で凍らせてからアイテムボックスへ。 |
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【HPポーションⅡ】が作成可能になっていたので、小さくガッツポーズをとった 「よしあとはキチンと効果でるかだけどどうしようかなあ」 作るにしてもエフェクトが目立つので、宿でやりたいところだ。 |
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アテネスが居そうなので人の目がなさそうなところを探してあちこち歩き回る で、その途中で物影を探しつつ、細い路地でうずくまる人を見付けてしまった。 |
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薄汚れたツナギ姿に頬も痩けて無精ひげも目立つ男性が、足を抱えて座り込んでいる 「あの~?」 「ヒイィッ!?」 声を掛けた途端にもの凄いビビられ、転がるように逃げ出して行った。 |
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さすがに2つ名も知られてない世界であの反応はちょっと傷付くものがある 「もしも~……」 「うわあああああっ!!」 「ちょっ……」 「ヒイィィィッ!!」 「まてやこら!」 「ギャアアアアアア!?」 逃げ出されること4度目。 |
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業を煮やしたケーナは、一目散に走り出そうとした男の頭上を飛び越えて、前に回り込む 男は頭を抱え込んでウサギのように丸まり、震えながら「助けてくれ死にたくない」と呟くばかり。 |
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「こりゃよほど怖い目に遭ったみたいね」 恐慌状態過ぎて話にならないので【精神治療】を使用したところで、男はようやく顔を上げた 「……あ……」 「もしも~し大丈夫ですかお兄さん。 |
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何かあったんですか?」 「た、たた助けてくれっ!」 あんまり効果も続かなかったようで顔をくしゃくしゃにして涙を流しながらケーナの足元へすがりついた。 |
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(ああ、昨日のオプスの言ってた誘拐事件の犯人のひとりなのねオプスが理由もなしに逃がすとは思えないし他に協力者がいたら、それも潰そうとしたのかな。 |
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私が接触しちゃったからこっちの好きにしていーんでしょうね、たぶん) 注意深く周囲を見渡してみるが、特に視線を感じることはないだったら好きにしてもいいかと決めた。 |
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最初はなだめすかして連れて行くつもりだった しかし時間が経つにつれ支離滅裂な言動が目立ち、恐慌状態に戻ってしまったのだやむを得ずスキル【魅魔の視線】でもって軽い催眠状態にしてからハンター組合へ連れて行った。 |
| 3251 |
組合では奇っ怪な現場の唯一の証言者として歓迎されたので、快く引き渡した 彼からも『バケモノがやった』との証言しか得られなく、関係者一同は大いに困惑する羽目になったという。 |
| 3252 |
「まあ、迷宮入りなのかね」 1人呟き、宿へ帰ろうと踵を返した時だった 「もし、そこの方?」 背後から聞こえれば自分が呼ばれたのだろうと、振り向いてしまうケーナ。 |
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「……ええと、どなたでしょうか?」 それが頭からボロ布を被った得体の知れない者であれば、ちょっと引いてしまうだけの常識は彼女にもあった ついでに最大限に警戒をすべく、如意棒をマウントしてある耳のアクセサリーにも手が伸びる。 |
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「ケーナ様にこれを渡すように、と言付かって参りました」 差し出された、とは手を使ってではなく ボロ布者と向かい合うケーナの目前の空間にふよふよと浮かぶようにして、忽然と出現した。 |
| 3255 |
「チェスの、駒?」 キングやクイーン等ではなく、緻密に彫られた人魚の像の駒であった おそるおそる差し出されたケーナの掌へ降りると、浮遊力を失ったのかコテンと倒れる。 |
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「これをどうしろ……って居ないっ!?」 ほんの少しだけ駒に目を向けた瞬間にボロ布の人は消えていた 「ええええ~……キー!」 『消エマシタ。 |
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捉エラレマセン』 「マジか……何者よあれ」 今更ながらに気付いたのは、あのボロ布がいた時間だけ周囲の喧騒が消えていたことだろう 音も暑さも乾いた空気の匂いも感じられることに、心ならずもホッとした。 |
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渡された人魚の駒をつまみ上げ眉をしかめる 「うわー、なんか爆弾貰っちゃったよ鬼と出るか蛇と出るか」 捨てるのも恐ろしいが持ってるのも恐ろしい。 |
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相手からの敬意は感じられたので、オプスに相談しようと思った 宿に帰って来たケーナから人魚の駒を見せられたオプスは、しばし無言になったのちにベッドに潜り込んで不貞寝を決め込んだ。 |
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「ちょっ、まってまって! まだ夕方よ夕方!」 ケーナが毛布を引っ張ると嫌々ながら体を起こす ケーナの手に握られている駒を見て、目を擦ってもう一度見てから無表情になった。 |
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「なんとか言ったらどうよ」 「嫌な予感しかせんな……」 オプスにとっての嫌な予感なのか、ケーナも込みでの嫌な予感なのか議論したいところである。 |
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「これを渡して来たのはどんな奴じゃった?」 「ボロ布を頭から被った人かどうかも分からないモノ目を離したら消えちゃって、キーの索敵からも逃れる逸材よ」 「T・Sテッサの線からは完全に外れとるな……。 |
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蛇の目を誤魔化すものとなると、将の可能性も視野に入れるべきやもしれん」 「意味が分からないんだけど……」 オプスだけで納得されると、ケーナでも蚊帳の外な感じを受ける。 |
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その反面、心の何処かがオプスの推論に首肯していた感覚だけでいうならば、それが前世の記憶領域と言っても過言ではない 「とりあえず当座は問題なかろう。 |
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放っとくがよい明日は依頼を受けたから動くことになるぞ」 「は、え? 依頼? いつ、どこ? 聞いてないよー」 「今初めて言うたからの落ち着け」 ケーナをなだめてから仕事の詳細を話すオプス。 |
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依頼主はアテネスの所属する研究所 仕事はフィールドワーク中の護衛で、研究者の人数は8人期間はだいたい4~6日程度 ケーナたちの他3人チームが2組参加予定。 |
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報酬は1日6000ギルで、やむを得ない場合に限り途中抜け可とのこと 「移動用にジープを1台買っておいた今後も他の依頼で遠出することもあるじゃろう」 「ゆっくり干し肉でも作ろうと思ったのに。 |
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忙しないわねえ」 宿主のミサリには数日留守にすることを伝えておく 一旦チェックアウトして、後日再び宿泊し直すことも考えたしかしサービスで留守中は無料にしてくれると、ベルナーが申し出てくれた。 |
| 3269 |
「他に誰かが使うような予定もありませんしね」 「身も蓋もないですよベルナーさん……」 その後ろで苦笑していたミサリが全てを物語っていた ◇ 翌朝は朝日が昇るころに門の外へ集合とのこと。 |
| 3270 |
オプスがアイテムボックスから取り出したのは、ジープというかトラックというか…… 「これなんか怪獣映画で見たことがある」 「兵員輸送車というやつじゃな」 濃い緑色の車体に幌で覆われた荷台。 |
| 3271 |
カモフラージュという名の荷物箱が幾つか積まれている砂漠用の特徴なのか後輪はキャタピラだ 「こんなに大きいの必要かなあ?」 「安かったからの」 オプスがハンドルを握り、ケーナは助手席に乗る。 |
| 3272 |
市内を徐行しながら移動し、門を通過した所で白いコンテナトレーラーが見えた白衣を着た人も2人ほど近くに居る 「あれ?」 「そのようじゃな」 白トレーラーの横には騎兵のキャリーを連結した装甲車が停まっていた。 |
| 3273 |
その脇に停車したオプスは挨拶をしに白トレーラーの方へ行ってしまう 仕事を請け負ったのはオプスだから後をついてかなくていいかと思ったケーナは、装甲車の上に座っていた男性に呼び止められた。 |
| 3274 |
「ようあんたらが今回参加する新人さんかい?」 「あ、はいよろしくお願いします」 猫の模様が入った青いバンダナに防弾チョッキ半袖シャツからのぞく褐色に焼けた太い腕。 |
| 3275 |
ポケットの多い作業ズボン姿は、背中のライフルを除けば体育会系日雇い労働者のようだ 彼はペコリと頭を下げたケーナの体を下から上へ舐めまわすように視姦し、ニヤリと笑みを浮かべた。 |
| 3276 |
「とてもハンターには見えねえなあ 「下品な冗談は顔だけにしとけと言ったろう!」 白目を向いて装甲車より落ちた男に、ハッチから出て来た女性が怒鳴りつける。 |
| 3277 |
ややくすんだ金髪をツインテールにし、胸元を大きく開いた丈の短いジャケット裾の擦り切れた短パンからすらりと伸びる小麦色の足足首には男と同じ青地に猫模様のバンダナを結んでいる。 |
| 3278 |
「ウチの仲間がすまないねえアタシはスバルこっちがシグ、馬鹿はガーディだ」 20代後半ぐらいに見える女性は、自分とその背後のヒョロっとした若い男性を指差し自己紹介する。 |
| 3279 |
ケーナは自分と戻って来たオプスの名を告げて、もう一度頭を下げた 「キングたちも来たかおせえよ」 ケーナたちの後ろを見ながら舌打ちをするスバル。 |
| 3280 |
振り向くと幅広な形状の茶色い戦車がキュラキュラとやって来るところだった 車体のハッチから顔をのぞかせた厳つい顔の男性が挨拶だろうか、ビシッと片手を上げる。 |
| 3281 |
それを見たスバルがトレーラーの方に合図を送ると、唸りをあげてゆっくりと走り出す 「キングたちが先頭を行く スバルはハッチ部分に腰を掛けてケーナたちに警護の指示を出すと、装甲車を動かしはじめた。 |
| 3282 |
「では行ゆくか」 「あーキーの警戒範囲が一番デカいから私は荷台にいるね」 オプスに一言断りを入れ、動き出したトラックの荷台に飛び乗ったケーナは風精霊を2体召喚して周囲に放った。 |
| 3283 |
「護衛はいいけどさ魔法が大っぴらに使えないのは困るよね演奏関係のスキルじゃあ、逆に音で寄ってくる奴とかいそうだし」 何か工夫して使える物はないかと頭を悩ますケーナだった。 |
| 3284 |
目的地までヤルインからおよそ東へ10キロメートル弱 道などないところだがそれでも多少の行き来はあるようで、砂にハマる等のアクシデントもなく1時間ほどで到着した。 |
| 3285 |
周囲は岩の丘が露出している地域だった ケーナたちが転移してきた所から北に5キロくらいだろう それでもまともな丘らしい丘は無く、風化が進み削られて奇怪なオブジェの展覧会となっている。 |
| 3286 |
人の肩から上の横顔のようだったり、獣の頭のようだったり、斜めになったドリルのようだったりと様々だ 砂丘と岩場の中間地点の平らな所に車両を停めた白トレーラー。 |
| 3287 |
研究者たちは幾つかの機器をコンテナから降ろし始める 護衛役たちは始める前のミーティングをするために一度集まるようだ 荷台から降りたケーナを見たオプスは、彼女から放射される濃密な怒気にギョッとする。 |
| 3288 |
「ど、どうしたんじゃ?」 「……れた」 「は?」 キツイ眼差しを上げたケーナから風が発生し、ぶわっと周囲の砂を巻き上げる 偵察と言えども110レベルクラス精霊を超える何かがいることが予想されるからだ。 |
| 3289 |
視覚を乗せて飛ばしていたらしいケーナの言い分からして、そのモンスターだか自動機械だかは空にいるらしい 護衛依頼で集まった8人 先ほど隊列の先頭を走っていた戦車の乗組員は3人。 |
| 3290 |
「わはははっ! お嬢ちゃんとニイちゃんが補充組か! オレはキングキング・オディだ! 後ろの2人は部下のフォルとエーデ合わせてよろしく頼む」 「はあ……、ケーナです。 |
| 3291 |
よろしくお願いします」 「オプスじゃよろしく頼もう」 3人組みのリーダーのキングと名乗る男は、角付き兜でも被れば立派な海賊に見えるマッチョマンなオヤジだった。 |
| 3292 |
それに付き従う2人の20代くらいの青年兄弟フォルが兄でエーデが弟とのこと 迷彩の服とヘルメットにライフルを背負っているそこまではいいのだが、ケーナが気になったのは2人の首に嵌はまっていた黒い首輪だった。 |
| 3293 |
オプスが眉をしかめたケーナを小突いて「この場は黙っておくがよい」と忠告を入れなければ、キングに突っかかって行ったかもしれない この世界での黒い首輪をしている者は基本的に奴隷である。 |
| 3294 |
売り買いされる奴隷とはまったく違い、罪人奴隷とか行政奴隷とか呼ばれていた そうなった理由としては、人の絶対的数が少ない今日こんにち 刑務所に突っ込んで管理する手間も人員もないからだ。 |
| 3295 |
この世界は裁判所に当たる省庁が機能してないので、その施設を兼ね備えるのは各市を束ねる行政機関となる 犯罪者は行政機関で処罰の度合いが決められ、黒い首輪を付けて労働者という名の奴隷となり、各部署へ回されるのだ。 |
| 3296 |
ヤルインでは壁の補修をしていたり、巡回警備に出たりしている半数がほぼこれだ 首輪は刑期が過ぎれば勝手に外れ、それを行政機関に持って行けば釈放されたことになる。 |
| 3297 |
個人の管理下にいる者の中には、刑期が過ぎる前に使い潰されるのも少なくないとか 尚、奴隷になっている間は給料等は支払われず、その奴隷が所属している施設なり機関なりチームなりが衣食住を保証することになっている。 |
| 3298 |
その日ケーナはキングの動向を窺うかがっていたが、フォルとエーデを不当に扱うような感じは見られなかったため、文句をつけるのは保留にしたという。 |
| 3299 |
「どうした、お嬢ちゃん?」 「いえ、何でもありません……どうぞ先を」 「そうか何かあったら遠慮なく相談には乗るぞはははは!」 「……はぁ」 始まったミーティングだが、参加するのはスバルとキングとケーナたちだけだ。 |
| 3300 |
フォルとエーデはケーナたちにペコリと頭を下げて戦車の方へ戻っていったシグとガーディは騎兵を起動させて、キャリーから降ろす作業をしている 「あいつらは基本あそこから動かないでデータ取りをしてるからね。 |
| 3301 |
アタシらはあの周辺を固めるだけさ」 地面に幾つかのアンテナを数本立てて風を測定している研究員はまだいいアテネスのようにメモを取りながらあちこち歩き回ってる者が問題である。 |
| 3302 |
「研究という餌をぶら下げられた者ほど危険な場所へ飛び込むもんさ前回はそれで仲間が自動機械ヤツラにやられて1人がおっ死ちに、1人は未だベッドの中だ」 悔しさを表情ににじませ、吐き捨てるような言動のスバル。 |
| 3303 |
他人とはいえ、同じハンター仲間を助けられなかったところに後悔があるのだろう 「すまないけど2人にはそういった研究員の護衛を任せたい、んだけど……」 そこで口を濁らせたスバルはケーナとオプスの武装を見て顔をしかめた。 |
| 3304 |
「銃は持ってないのかい?」 オプスは腰にロングソードケーナは左腕に折り畳まれた弓という武装以外に武器らしき物はない スバルら、この世界の住民から見れば「やる気あるんかい」と叱咤されること間違いない姿である。 |
| 3305 |
「まあ待て」 二の句が継げないスバルの肩をキングが叩く 「そっちのお嬢ちゃんは噂に聞く【蹴り姫】だろう 「はっはっはっまあ、こういうのは本人に情報は届きにくいと言うしな。 |
| 3306 |
砂アゴを蹴り殺したのはお嬢ちゃんだろう?」 「はあ、まあ、そーですね」 「マジか!?」 心底驚いた顔のスバル あの時は、皆に誇らしげに顛末を語るラグマを口止め出来るような状況ではなかったので、ケーナは素直に認めた。 |
| 3307 |
二つ名になっているのは本人も初耳なのだが 「ほんっとーにケーナがあの砂アゴを殺やったのかい?」 「ええ、回し蹴りですぱーんと」 スバルより再度確認されたので潔く頷くと、この世の終わりのような顔をされた。 |
| 3308 |
本来ならばマシンガン等を弾切れになるまで撃ち込んで、やっと倒せるというモンスターだ今までの常識を覆すような所行に、スバルは頭痛薬が欲しくなった。 |
| 3309 |
自身の規格外さをケーナが認めたことで、多少の遠慮は要らないとオプスもやらかした スバルが「そっちは何が……」と言いかけたところで剣を抜き、斬撃を放つ。 |
| 3310 |
一応視認してもらわないといけないので、かなりの手加減を用いてだが 人の背丈くらいの三日月型の斬撃が飛び、砂丘を切り裂くゲーム時代だったころは、初心者の使用する攻撃方法で割とポピュラーな中距離射撃スキルだ。 |
| 3311 |
こちらの世界ではまずお目にかかれない戦闘技術に、スバルとキングの目が点になる 「なに、人は鍛えればこれくらいのことは出来るようになるじゃろう。 |
| 3312 |
何事も努力じゃ」 「能力値ステータスチートの魔人族アンタが言っても説得力がないでしょーが!」 「ひはうはひはえは」 オプスの頬をびろーんと引っ張るケーナ。 |
| 3313 |
ついでに腹に膝蹴り入れるのも忘れずに 待ち構えて腹筋に力を入れていたオプスは毛ほども動じていなかった言ってることが支離滅裂じゃないのさ言ったスバルは頭の痛い問題だというようにしかめっ面をしていた。 |
| 3314 |
「特注の白い騎兵を使っているとかいうハンターのことじゃな」 事前に情報を得ていたオプスが簡単な解説を入れる 「はっはははっ! あいつはかなりの個人主義で変わり者だからな。 |
| 3315 |
お嬢ちゃんは近付かん方が身の為だぞ!」 「キングも充分変な奴だと思うが」というスバルの呟きは聞こえなかったことにするとりあえずケーナたちは、研究員の固まりから離れる問題児に集中すれば良いということが分かれば充分だ。 |
| 3316 |
トレーラーの方では外に出ている研究員は3人で、タブレットの端末機片手にマイクスタンドのような機器を設置しているその内の1人30代女性の研究員は、高い壁を見上げながら近くで周囲を警戒していた騎兵に声を掛けた。 |
| 3317 |
「ちょっとそこの!」 『は? あ、オレか』 「これをこの上に置いてくれない?」 『えーと?』 周囲で経緯を見ていた他の者も、騎兵を操縦しているシグも「いやそれは無理だろう」という思いで一致していた。 |
| 3318 |
スバルたちの使う騎兵は旧式で、コクピットブロック兼胴体に腕があり、脚がキャタピラというチンチクリンの機体だ全高も3メートル弱しかない 研究員の指す壁の上は騎兵の倍以上の高さがあるため、どうやっても届かないのは明白だ。 |
| 3319 |
「ウチの騎兵じゃ無理だろうよ」 「じゃあ何のためにあるの!? こんな時のためでしょう!!」 ヒステリックに叫ぶ研究員の態度にイラッと来るケーナ。 |
| 3320 |
スバルは無理難題は慣れているのか、やれやれと呆れ顔でガーディへロープを持ってくるように頼む 「まあ落ち着くがよいこれをこの上じゃな?」 「そうよ。 |
| 3321 |
早くしてちょうだい!」 間に割り込んだオプスが機器を受け取って、ケーナに視線を向けた 言わんとすることを察したケーナは、機器をオプスより受け取り壁を見上げる。 |
| 3322 |
「おいおい、ちょっと待てお嬢ちゃんこの高さだぞ?」 キングが静止しようとしたが、ビル三階分に相当する高さなど【跳躍】スキルで充分だ 「彼等にはこちらから頼んで来て貰ったんだ。 |
| 3323 |
あんまり心証を悪くするような言動は謹んでくれ部下の非礼は謝るからキミもその物騒な気配は収めてくれないかい?」 視線の間にアテネスが割り込み、オプスに頭を下げて、女性研究員を追い払う。 |
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ハラハラして見ている方を気にしないで事も無げに降りてきたケーナをアテネスは興味深そうに見た 「うーん、あの娘凄いね アテネスは背中に氷を差し込まれたような悪寒に襲われ、嘘偽りなく言い切った。 |
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◇ その日は特に何事もなく陽が暮れ、騒動っぽいものは夕食の時間に起きた 「夕飯? ああ、個人個人で良いんじゃないの」 「メシか固形食とかあるだろう。 |
| 3326 |
もしかしてお嬢ちゃんは持って来てないのか?」 スバルとキングに素気ない返答を貰い、あちらの世界との違いにケーナは思い悩む 「みんなで野営とはいかないものなのねえ。 |
| 3327 |
同じ釜の飯を食べてこそじゃないのかな、こういう仕事って」 「郷に入っては郷に従えとは言うじゃろう……と言っても素直に聞くとは思えんし程なくして野営地にとてつもなく美味しそうな匂いが漂い始めた。 |
| 3328 |
戦車や装甲車に引っ込んでいた人々を炙り出すには問題なかったようで、匂いに釣られてふらふらとスバルやキングがケーナたちの所へ集まってくる そのヨダレが垂れそうな匂いとは裏腹に、鍋を覗き込んだ一同はギョッと顔を引きつらせた。 |
| 3329 |
寸胴鍋にたっぷり煮込まれていたのは、ボコボコと泡を吹く紫色の液体に浮き沈みする肉や野菜である 「えーと……、食えるのかいこれ?」 「むむむむむっ」 見た目に「騙されたっ」と尻込みするキングとスバルたち。 |
| 3330 |
「まあまあ、まずは食べてみてよ~」 器によそった得体の知れないスープを渡されたキングは、目を見張りダラダラと脂汗を垂れ流したのち、「ええいままよ!」とひと息に飲み干した。 |
| 3331 |
「…………」 「き、キング……っ」 口に器を突っ込んで天を向いた姿勢のまま固まるキングに、スバルたちの顔色が青くなる もしやアレが致命傷となって最期を迎えたのではないか? などと心配になり静寂がその場を支配する。 |
| 3332 |
皆の緊張が限界に近付いたころ、ようやくキングが動き出した 「もう一杯くれ!」 憑き物が落ちたような晴れ晴れとした笑顔に、周囲で様子を窺っていたスバルたちは毒気を抜かれた。 |
| 3333 |
「ほら何をしている? フォルもエーデも遠慮せずに食ってみろ!」 「「は、はい」」 キングに促され、紫色の液体に口を付けた2人の表情が驚きに変わるのに時間は掛からなかった。 |
| 3334 |
「おいしーでしょう」 「「はい!」」 それだけの反響があれば、敬遠してた者たちも我先にと器片手に鍋へ群がる 「うまいっ!」 「マジになんだこれうめえっ!」 「ケーナ、アンタ隠れた才能があったんだねえ。 |
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これだけのことが出来るんだったら先に言ってくれりゃあ……、あっこらっ 「何故か毎晩の夕食をまとめて作ることになった件について……」 「砂漠の移動で温かいものを食べるなんぞ稀じゃしのう。 |
| 3336 |
キングの奴めが言ったような固形食が一般的だの」 基本的に水が貴重だからなのだ ケーナたちの場合、魔法で幾らでも水の調達が出来る力業である ◇ さて鍋争奪戦が2晩続くという奇妙なフィールドワークも3日目である。 |
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決して鍋がメインではない断じて 護衛とは言え、基本対象は移動しないので、やることは少ないかなと欠伸をしていたが、実はそうでもなかった まず小物の毒虫の排除がある。 |
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見つけ次第に潰すかと思いきや、砂漠で生まれ砂漠で育った面々だけに対処は心得ていた 基本的に“手は出さない”と“近付けさせない”のを前提に、排除の方向で行動する。 |
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例えばサソリ型は、ゴツいブーツの爪先を近付けるだけで威嚇のポーズをとる 毒針のある尾を振り上げた瞬間にそれを摘み、遠くにぶん投げるだけだ。 |
| 3340 |
潰してまわると毒の体液が周囲に飛び散り、地質調査をしようにも触れなくなってしまうのだそうな 周囲の警戒は騎兵や戦車のレーダーに頼るただしそんなに広範囲でもないので、最終的には視認するしかないそうだ。 |
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オプスは魔法&スキル使用で同じようなことが出来るが、「何故?」と疑問を持たれたら「勘」と答えるしかないケーナはキーに頼っている部分もあるので、尚更説明が面倒になる。 |
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物理的な壁としてはケーナよりオプスの方に軍配が挙がるため、単独行動を取る研究員は彼に任せることにした ケーナはというと、視認性を名目にした高台からの監視を請け負う。 |
| 3343 |
先日の上下移動を単独で行える優位性を買われてのことであり、何かに襲われても単騎で対応が可能と(主に二つ名が)判断された結果でもあった 「おー、絶景かな絶景かな。 |
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砂しか見えないけど」 他の者の登り降りが出来るように縄梯子をかけてあるが、現在ケーナが陣取って居る場所は高さ15メートルはある崖の上だたったそれだけで緑が失われ、砂漠が広がるほどの急速な崩壊があったとか。 |
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アテネスたちにも詳細は分からないとのこと 「双眼鏡は入り用ですか?」 「裸眼でじゅーぶん見渡せます!」 声を掛けてきたのはキングの部下の片割れのフォルである。 |
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さすがに1人で全周囲警戒は無理があるというので、キングが派遣してくれた 彼等は元々ハンターだったという それをキングが掃討し、自分の保護下に入れたとか。 |
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以上、聞いてもいないのにこの場に上がってきてから、とつとつと語ってくれたフォル兄弟の身の上話であるケーナも会話が無さ過ぎて、何話せばいいか悩んでいたのがマズかったらしい。 |
| 3348 |
「やー、私にその話されても困るんですが……どうしろっていうんですか?」 「いえ、今までこの話をした人たちは『贖罪をすればいい』としか言ってくれなくて……」 フォルはケーナに背中を向け、逆側を監視しながら淡々と返す。 |
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「贖罪の仕方も分からないとか、言いませんよね?」 「お恥ずかしながら、その通りなんですある方はその人たちの分まで生きればいいと言われましたが、我々に出来るのはハンターのような明日をも知れぬ職業のみ。 |
| 3350 |
それこそ何時死んでもおかしくはありません」 この世界のハンターの生存率などケーナは聞いたことはないが、それくらいのアドバイスならば言えるとはいってもそれは地球式な例になってしまうが。 |
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「そうですねお墓を作って花を手向けて「安らかにお眠り下さい」ってお参りするくらいでしょうか」 「お墓……」 納得したように何度も頷いてる様子から、何か思っていたことが形になったのだろう。 |
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フォルはケーナに振り向くと晴れ晴れとした表情で頭を下げてきた 「ありがとうございます! 刑期が終わったら早速実行してみようと思います!」 「え、ええ。 |
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頑張って」 「はいっ!」 にこやかーなフォルといつまでも向かい合ってる訳にもいかないので、双眼鏡を指差して自分たちの役割を思い出させたところで脳裏にキーの警告音が鳴り響いた。 |
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『自動機械デス!』 「えっ!?」 もちろんケーナにしか聞こえていないので、フォルは彼女の驚きように首を傾げる フォルは双眼鏡を覗き、手早く調節してケーナの言わんとするものを見つけた。 |
| 3355 |
「この距離でよく見えますね、あんなモノ……」 数百メートル先に砂煙を上げるモノを確認して呆れたように呟いた カード状の通信機を取り出してキングへ一報を入れる。 |
| 3356 |
「キングさん、何か近付いて来ます! 11時の方向およそ800!!」 『とっくに捕捉しとるわ! フォルは一旦戻ってこい滑るように縄梯子を降りたフォルは、トレーラーより前に出て遮蔽物となっているスバルたちの装甲車へと走る。 |
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オプスからは「手出し無用」とのメールが来たが、左腕のアーマーに格納されているロングボウを開いておく まあそれも杞憂だったようで、2台が向かった先では10分と経たずに戦闘は終了した。 |
| 3358 |
持ち場をフォル兄弟に代わって貰い、降りてきたケーナが見たのは砲塔のあった部分を大幅に欠損させた戦車である 「戦車の自動機械だったんですか?」 「いや違うね。 |
| 3359 |
砲塔の無い戦車に寄生した自動機械だったようだね」 難しい顔をしたスバルに同調するキング動かなくなった戦車をここまで引っ張ってきたのは、アテネスたちが調べるためでもある。 |
| 3360 |
2人の研究員が嬉々として戦車内に潜り込み、使えそうなパーツを選別していくあくまでパーツを欲しているのはキングたちであり、研究員たちはこうなった経緯を調べるためだそうな。 |
| 3361 |
「「はあっ?」」 程なくして彼等からもたらされた憶測込みの考察に、スバルとキングは素っ頓狂な声を上げた 戦車の後ろに不自然な削り跡が残っていたり、車体全体に高熱の炎であぶったような痕跡があったりするとの見解である。 |
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「自動機械が何かに追われてたっていうのかい? 信じられないねえ」 「おそらくは それを大幅に逸脱する行動を取らなければいけない何かが、後を追ってきている可能性があるということだ。 |
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「場合によっては退避しなければならんか……」 「まだ3日も経ってないというのに……部下たちには反対されそうね」 その言葉を肯定するように、アテネスの後ろからはひしひしと恨みの視線が飛んでくる。 |
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「さっきからそっちの2人は黙ってるけどどうした?」 キングは一言も発しないで周囲をキョロキョロ見渡しているケーナとオプスへ問い掛ける2人は一瞬視線を見合わせた後、オプスが頷いて前へ出た。 |
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「我としてはとっとと荷物をまとめてこの場からの退去を提案しようぞ その過半数からは「何言ってんだこいつ」という猜疑的さいぎてきな冷たい視線が向けられていた。 |
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「ニイサンはともかく、お嬢ちゃんの意見もか?」 「うん」 キングにキッパリと返すケーナ実のところ2人の脳裏には危険感知では最上級の警鐘が鳴り響いていた。 |
| 3367 |
これは2人に近い危険を知らせているのではなく、2人の置かれた状況に対して迫る危険性を知らせているのだ これがリアデイルの地であれば良かったが、こちらの世界で彼女らが取れる手段は物理攻撃のみ。 |
| 3368 |
護ることに関してはその実力を半分も発揮できていない といっても対象が自動機械も裸足で逃げ出すような『何か』今この瞬間も確実に後を追ってきているとなれば、移動した先のヤルインまで襲われかねない。 |
| 3369 |
撤退するという意見にはキングたちも賛同したが、ケーナたちが至った結論に彼らも同感である それからアテネスも交えて簡単な作戦会議を行った アテネスは最低条件として、自分を含む研究員とデータが無事であればいいと言ってきた。 |
| 3370 |
コンテナ自体が耐爆構造だというので、そこに閉じこもるそうだ 「コンテナに近付かれたら我々の負けだな」 風化で渓谷となった場所の北側方面に、幾つかの地雷を仕掛けるなどの予備策を労した。 |
| 3371 |
それでもスバルたちが所持していた地雷は極わずかであるため、役にたったら儲けもの程度と考えていいだろう オプスは念の為といって、コンテナ周りに結界柵を構築。 |
| 3372 |
これは杭状の魔力術式を地面へ打ち込むので、傍目にはコンテナを一周したように見えるだけだ 「これを起動することになったら最後の手段じゃな」 「使うのはいいけど、その後の説明がメンドー。 |
| 3373 |
いい人たちなんだけどねえ」 最悪は迫害を受ける可能性があるだけに落胆を隠せない 如意棒を取り出して一振りするケーナに、戦車から顔を出していたエーデが目を丸くする。 |
| 3374 |
「おいおい、それどこに隠し持ってたんだよ……」 「何時も常備してます必需品だね」 「質問の答えになってねーよ」 誤魔化すようにケラケラ笑うケーナにジト目を送るエーデ。 |
| 3375 |
待っていても望む答えは返って来ないと分かったのか、通信機を投げて寄越す 「これ持ってろ電源は入れっぱなしにしておけよ戦車の射線上に飛び込んで来るんじゃねーぞ」 「ご忠告感謝しますわ。 |
| 3376 |
最後の手段を使う時はそちらも気を付けてね」 「はははっ、なんだそりゃ」 ケーナがウインクを飛ばせば、エーデはただの冗談と思ったのか笑いながら中へ引っ込んだ。 |
| 3377 |
◇ 取れる手段は全て整えた頃にレーダーが接近してくる動体反応をキャッチした 陽は中天に輝いている 「今晩のメシは嬢ちゃんに肉料理でも作って貰いたいね」 装甲車の操縦桿を握るガーディが、ワザと明るく振る舞う。 |
| 3378 |
スバルは夕飯の心配をする余裕があるのかと思ったが、当事者からは脳天気なコメントが飛び出した 『今来てるヤツが食べられればいーですねー』 「そうだな。 |
| 3379 |
ここを切り抜けられたら食ってやんぜ」 『おーガーディさん太っ腹言質はとりましたからねこれを聞いてる皆さんが証人ですよー』 緊迫した雰囲気をもダレさせるようなのんびりとしたケーナに、通信を繋いでいる各所から笑いがこぼれる。 |
| 3380 |
『おいおい早まったんじゃねーかガーディ……』 『やつは犠牲になったのじゃゲテモノ料理のな』 「まだ死んでねーっつーの!」 通信に響くガーディの叫びにさざなみのように笑い声が広がる。 |
| 3381 |
「ムードメーカーとしての才覚はあるんかねぇ ずるずるぴょん ずるずるぴょん 這って跳ねるというような移動手段でもってそれは姿を表した 全身は濃緑色のウロコで覆われ、手足はない。 |
| 3382 |
胴体は短く寸胴で平べったい口先からはチロチロと出入りする先端が二股の赤い舌頭はまごうことなき蛇そのものだが、普通の蛇は頭頂部から胴体半ばまで炎のタテガミなどは備えていない。 |
| 3383 |
一番異様なところはその大きさであった 全長は約20メートル弱 キングの所持する戦車のほぼ3倍近い 鎌首をもたげ、金色の縦に裂けた瞳がその場の面々を睥睨する。 |
| 3384 |
まるでこちら側がカエルになったような閉塞感が、各々おのおのの心に影を落した 彼等が自分たちの置かれた現実に帰ってこれたのは、脳天気な2人の会話によるものだ。 |
| 3385 |
『おおおおっ!? つ、ツチノコだよオプスツチノコ!』 『落ち着けその言い方だと我もツチノコの仲間みたいに聞こえるから止めよ』 『赤いタテガミがあるからクリムゾンツチノコ。 |
| 3386 |
略してクッチーだね!』 『何でも略せばいいというものでもあるまい』 『さすがオペケッテンシュルトハイマー・クロステットボンバー様は言うことが違う。 |
| 3387 |
棚上げカコワルい』 『…………』 『さ、作戦開始ィ!!』 そんな漫才が功をそうしたのか、ひっくり返った声のキングから号令が掛かり、各車両が一斉に動き始めた。 |
| 3388 |
『こんなデカいなんて想定してないぞ……』 小回りが効く騎兵でジグザグにクリムゾンツチノコに接近し、顔面に向かって目眩まし(コショウ&唐辛子)弾を打ち込んだシグがボヤく。 |
| 3389 |
破裂した催涙弾もどきは、チロリと出された舌に弾かれ、あさっての方向へ飛んで行った多少は舐めとったようで、舌が不規則に震える行動をとったぽい。 |
| 3390 |
しかしそれだけでクリムゾンツチノコの興味を引いたのか、後退する騎兵の方へと動き出す 方向転換した直後に腹側で数点の爆発が発生したが、さしたる被害もなかったようでそのまま前進を続けている。 |
| 3391 |
寸胴から動きが遅いかに見えたが、ひと跳ねであっさり追い付き、騎兵が丸呑み出来そうな口がパカッと開く そこへ轟音とともに放たれた戦車の砲弾が、頬骨の辺りに命中した。 |
| 3392 |
SYAAAAAAAAA!!! 幾つかのウロコが弾け飛び、痛みを訴えるような叫びをあげるクリムゾンツチノコ 『おいおい徹甲弾だぞ、徹甲弾起伏の多い砂丘を動き回っていれば当然だろう。 |
| 3393 |
それでも当たればその着弾場所のウロコを剥がすが、表面を削るにとどまって内部まで影響を及ぼしてるとは言い難い クリムゾンツチノコが戦車に狙いを定めて動き出せば、横合いから騎兵のライフル射撃が飛ぶ。 |
| 3394 |
後方に回った装甲車からはハッチから半身を出したスバルが機銃を撃つが、効果の程は首を傾げるような状況だ 決定打を与えられずに撃ちまくっているだけの状況では遅かれ早かれ弾薬の限界が来る。 |
| 3395 |
何か打開策をと周囲を見渡すスバルは、さっきから通信上静かな2人組を見つけた ケーナはオプスに詰め寄って一方的に何かまくし立てているようだそれが聞こえないのは2人が通信機を切ってるからに他ならない。 |
| 3396 |
「姐さん! シグがっ!?」 ガーディの悲痛な叫び声に視線を向ければ、大きく首を振ったクリムゾンツチノコにシグの乗る騎兵が跳ね飛ばされ、砂丘を数十メートルも転がって行くさまだった。 |
| 3397 |
「シグッ!? 」 スバルが何かを言うよりも早く何かが飛来して、クリムゾンツチノコの左目が爆発した肉片を四方に撒き散らしながら、体全体を捻って悲鳴を上げるクリムゾンツチノコ。 |
| 3398 |
JYAAAAAAAAAA!!? 「「『『『なっ!?』』』」」 その場の全員が絶句する中、左腕に白銀の弓を展開したケーナが不敵な笑みを浮かべてクリムゾンツチノコに歩み寄る。 |
| 3399 |
後に続くオプスは身の丈の倍もあるハルバードを肩に掛け、諦めきった表情をしていた 『やれやれ……』 『いやー、クッチーさん楽しそうですね私も混ぜて頂けませんか?』 悪魔の降臨した瞬間であった。 |
| 3400 |
「オプスあれに加勢するよ」 「なんじゃ、どうし……」 通信機のスイッチを切り、歩み寄って来たケーナ 顔は笑っていても目がすわっているのを見た瞬間、オプスは何を言っても無駄になると悟った。 |
| 3401 |
「下手すれば魔女裁判になりかねんじゃろう?」 「あれくらいなら派手な魔法はいらない気がするけどね 人が飛ばされるほど強くはない 「キングさんやスバルさんと言葉を交わして、悪い人たちじゃないと確信できたし。 |
| 3402 |
銃を持っていない私たちを役立たずだと非難もしないし 「何より力を隠すことと、窮地に陥った人たちを助けるのは別のことだと思う」 言いたいことを言ってから気が付いたが、何の反論もないオプスに不審を感じ顔色をうかがう。 |
| 3403 |
当人は諦めきった表情でケーナの視線に頷いた 「……まあ、ケーナの好きにすればよかろう我はお主の意向に従う者じゃからな」 ケーナの中のキーからも同じような肯定の意思が伝わってくる。 |
| 3404 |
「うん、ありがとうでも道を間違えたらちゃんと矯正してね」 「その時はお主の聞き分けが良きことを祈るとしよう」 「駄々っ子みたいに言わないでちょうだい」 身の丈の倍ある巨大なハルバードを取り出し、ひと振りして肩に担ぐオプス。 |
| 3405 |
ケーナは左腕に折り畳まれていた弓を展開し、少し考えてから鉄の矢をつがえた何故か名前もステータスも、全て文字化けして表示されるからだ クリムゾンツチノコが頭を大きく振り回し、騎兵が弾き飛ばされる様を見たケーナは弦を引き絞る。 |
| 3406 |
「じゃあ行くよ! 【付加爆裂】」 赤い光を纏った矢が吸い込まれるようにクリムゾンツチノコの左目へ命中する 眼窩だけに留まらず周囲の肉や骨にも爆発の影響が及び、頭部の5分の1を消失させた。 |
| 3407 |
体を捻らせながら苦悶の絶叫をあげ、苦しむクリムゾンツチノコ 予想より広い範囲に効果が及んだことに首を傾げつつ、通信機のスイッチを入れた 「やれやれ……」 「いやー、クッチーさん楽しそうですね。 |
| 3408 |
私も混ぜて頂けませんか?」 【強腕】スキルを使用したオプスのハルバードが唸りを上げた ◇ 「300くらいだったね」 「もう少しあるかとは思ってたのじゃがなあ」 オプスの放った一撃が頭蓋骨陥没。 |
| 3409 |
ついでに脳管までも破壊されたようで、クリムゾンツチノコは絶命した もの云わぬ死骸に手応えのなさを談笑する2人に6対の視線が突き刺さる 目を丸くしたスバルの後ろにはガーディに肩を貸して貰って立っているシグ。 |
| 3410 |
怪我はしているようだが、軽傷のようだ 6人は頬を引きつらせてケーナらに視線を送っている 「あー……、ええと皆さん無事で何よりです」 ケーナは特大の汗を垂らしながら6人に会釈をすることから始めた。 |
| 3411 |
オプスは後ろで静観するだけに留める何の結果が出てもそれを受け入れるだけのようだ 「いったい何がどうなってんだ……」 「「「「「……」」」」」 目の前の現実を経過を脳がイコールで結び付けられ難く、沈黙が6人側に漂う。 |
| 3412 |
ケーナも何から説明すればいいのか分からなくなり、率直に頭を大きく下げる行動にでた 「ごめんなさいっ!」 「えっ、おい?」 戸惑うキングたち。 |
| 3413 |
オプスはやはり予想通りになったかと渋い顔だ 「実力隠していてごめんなさい 「ふえ?」 「言いたいことは伝わったからちょっとお待ちよ スバルは一度だけ深呼吸をすると、ケーナの頭に軽く拳骨を落とした。 |
| 3414 |
「へっ?」 「見くびるんじゃないよ確かにアンタみたいな小娘があんなデッカイモンスターを一捻りするなんてぇのはビックリしたけどねハンターは実力主義さ。 |
| 3415 |
ソイツが持ってる力をどう使うかなんて、人が指図することは出来ないのさ」 「……はい」 落ち込んだ様子から持ち直して頷くケーナに苦笑するスバル。 |
| 3416 |
「ヘンな一言を付け加えるんじゃないよ! どっちが恩知らずさね、まったく」 「おお、すまねえすまねえわははははは!」 キングのさっぱりとした感じに、他の者にも笑いが伝播する。 |
| 3417 |
ほっと胸をなで下ろしたケーナはオプスに振り返り破顔した 「怖かったー」 「やる前の度胸は何だったんじろうな?」 「それでもドキドキだったよー。 |
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スバルさんスゴイお姉さんって呼びたい」 「……oh」 キラキラした尊敬の眼差しでスバルを見つめるケーナにちょっと引くオプス 「ってちょっと待てっ! お主いつの間に憑いておった!?」 『ハッハーッ! それが私の私たる由縁。 |
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でわさらだばー!』 「待たんかこのバカタレ!」 軽快な声があっさりと別れを告げ、通信機をひっ掴んで怒鳴るも返答はない トリップ行為は終わっていたらしい。 |
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ついでにいうと他のメンバーの姿もない 「とりあえず野営地まで戻ってアテネスさんたちに報告するって」 騎兵を乗せた装甲車とか、あちこち傷だらけの戦車の尻がこの場から遠ざかっていく。 |
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戦っているうちに野営地からずいぶんと離れていたらしい クリムゾンツチノコの死骸についてはこのまま放置するそうだ 組合には戦闘中に撮っていた映像やら写真やらを編集してから提出するとのこと。 |
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「放っておけばアリが片付けてくれるとかなんとか言ってた」 「持って行けぬからのう現地の虫共に任せた方が適任じゃろう」 この砂漠でアリというのは、兵隊アリで体長が1メートルもある大型のモノだ。 |
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羽があり、普段から10数匹の群れが高々度を漂っているらしい獲物を見つけると舞い降りて来て確保するが、近くに人などが居た場合は獲物とカウントされ一緒に巣に運ばれるのも珍しくないとか。 |
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ケーナはそこを離れる前に、クリムゾンツチノコの肉を手のひらサイズで切り取っておいた 「果たして食用に足るのかな?」 「食えれば乱獲する気かの?」 「うーん。 |
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アレどー見ても砂漠の生物じゃないよね、緑色だったし」 「この辺に森林地帯があるなんぞ聞いた記憶はないのう」 「風精霊ちゃんの敵かたきでもなかったみたいだし。 |
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下手人はどこ行った……」 「時代劇かっ」 「だってアレ陸生だもん空で偵察してた風精霊ちゃんをどーやって倒したと?」 「まだ課題は残るのか 「私たちも見たかった」と残念がるアテネスらを放置し、ケーナは夕飯の支度を始める。 |
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ついでに細切れにした蛇肉を串焼きにし、味付けに塩だけ振ってガーディへ差し出した 「はい、ガーディさん約束の一品」 「う、……ぬう」 レバーのような表面から湯気を立ち昇らせる無臭肉。 |
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漂ってくるのは焼き塩の匂いばかりである 妙な呻うめき声をあげて固まるガーディをエーデが背後から羽交い締めにした 「お、おい!? お前らっ!」 「さあガーディ。 |
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約束は約束だぜ」 「そうさねガーディアタシらにひとつ漢を見せておくれ」 ケーナから串を受け取ったスバルが、蛇のような黒い笑みを浮かべガーディに肉迫する。 |
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「おおっとガーディ殿はスバル殿からのご褒美に緊張しておられる様子ここは俺が筋肉をほぐして差し上げよう」 キングもニヤニヤと獲物を見つけた猛獣のような笑みで、ガーディの口をこじ開けた。 |
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「はへっ! はへはん! ははへはははふっ!」 「さあガーディ可愛い女の子の手料理だよ嬉しさもひとしおさね主に胃袋を鷲掴みにしていた理由で。 |
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中には「資金を援助するから飯屋でもやらないか?」という意見もあったくらいである逆にどういう食生活をしていたのかと問い詰めたいところだ キングやスバルの別れは割とあっさりとしたものだった。 |
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ハンターをやっていれば、いずれ何処かで会うだろう程度の気安さである ケーナやオプスの強さについて、組合には報告せずそれとなく噂を流すと言っていた。 |
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持つべき者は気心の知れた友人であると今更ながらに涙したケーナであった マルマールに顔を出して部屋のキープ権を解除してもらい、引き続き宿泊する契約を結ぶ。 |
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ミサリからは「素泊まりの宿なのに継続する人は初めて」という感想を頂いた夫であるベルナーさんの方は、次の商談に旅立ったらしい 今2人はその足で商業組合まで向かっているところだ。 |
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で、冒頭の会話となる 「自動機械をガッポガッポと狩ってくればいいのねなるべく無傷で」 「だがやはり程度というものは必要じゃろう難しいねー」 この世界で人類の脅威である自動機械に対抗する技術のひとつである騎兵。 |
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全高4〜6メートルの搭乗できる人型ロボットであるだがそれを製作するには自動機械の部品が必要となるため、非常に流通が偏っていた 普段市内や砂漠で見掛ける騎兵というものは、だいたいが四角や長方形を組み合わせた厳つい代物である。 |
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つい先日に発表された新型騎兵が、二の腕や太ももに円筒形に変化したパーツが加わり、多少は柔らかく見えるものになっていた しかし、今ケーナたちの視線の先にある騎兵はまったく系統もコンセプトも違う物体だ。 |
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見た目から受ける印象は白いドレスで着飾った貴婦人といったところかそれも派手な方ではなく、静かに佇む年輩者のような在り方の 生物的な一次装甲に白い軽装鎧のような二次装甲を纏っている。 |
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駆動音が一番やかましいと言われる騎兵とは思えないほどの静かな歩行だ ケーナたちの横を通り過ぎて、背面が見えなくなってから「はふっ」と息を吐く。 |
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同時にアレは自分たちと同じくこの世界の異物だと感じた何がどうとは言葉に出来ないが、ケーナは直感のみでそう結論付けた 「アレがスバルさんたちが言ってた奴かな?」 「そうじゃな。 |
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あの白い騎兵が白い牙ホワイトファングとかいうハンターじゃな山師になったら儲かりそう」 目をキラキラさせて、地下にあるものを探索出来るスキルをピックアップするケーナ。 |
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今更獲物を変えるものじゃあるまいと、オプスはケーナの背を押しつつ商業組合へ向かった 組合で目的のものを閲覧し、とんぼ返りした2人の姿はヤルイン市の門の外にあった。 |
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閲覧したものは狩ったら金になる自動機械のリストである そのほとんどが動いているところを撮ったり荒かったりブレてたりする写真ばっかりだったのであまり参考にならなかったとだけは言っておこう。 |
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「……で、この広大な砂漠で自動機械をどう探すつもりだったんじゃお主は?」 門からずいぶんと歩いた所で左右を見渡してオプスは眉をしかめた ヤルイン市は遥か彼方に豆粒のように見えていた。 |
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ケーナはそれにアイテムボックスから取り出したあるものを見せることで答える 「じゃーんこれなーんだ?」 「なっ、七星の枝じゃと持って来ておったのか」 ケーナの手にあるものは長さ1メートル程の木の枝だ。 |
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葉や花は無いが、七色に輝く芽が幾つか付いたアイテムである これはリアデイルのアイテムで“七星の枝”という 幾つかのクエストに必要な素材を集めるのに使っていた。 |
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使い方は簡単 ケーナは砂地に枝を立てると「自動機械」と言って手を離す 枝はヤルイン市から見て東の方向にぱったりと倒れた 枝の先端から上の空間に3桁数字のスロットが現れ、クルクルっと回って“010”で止まる。 |
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「10歩だって」 「666歩でないだけマシなのじゃろうな……」 疲れた顔であさっての方向に視線を向けるオプス途中で失敗した場合はリアル24時間使用出来ないというものだ。 |
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「「いーち、にー、さーん」」 2人並んで数えながら歩き始める 「「しー、ごー、ろーく、しーち」」 なんとなく童心に返った気になって、2人の顔は綻んでいた。 |
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「「はーち、」きゅー、じゅ、えっ!?」 途中から黒い笑みを浮かべたオプスが足を止め、それに気付くのが遅れたケーナが10歩目を踏んだ瞬間であった。 |
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「きゃあああぁぁぁぁ!!?」 ケーナは足元から突如として間欠泉のように吹き上がった砂に飛ばされて宙を舞う しかし器用にも空中で態勢を立て直し、体操選手のようにくるくる回って綺麗なフォームで着地した。 |
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「酷いよオプス!」 「スマンなんぞ嫌な気がしたもんでの」 如意棒を取り出しながらぷりぷり怒るケーナに、片手を立てて詫びを入れるオプスは大剣を空間から引き抜く。 |
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砂の中から縦回転しつつ現れたのは、直径3メートルもある灰色のトゲ付き鉄球だ ケーナたちが油断無く構える前で、鉄球上半分の半円が3つに別れる。 |
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中央部分が鎌首となってスライドして起き上がり、左右に広がった部分が斜めに立ち上がって翼を立てた鳥のような姿へと変わった 下半身を横に回転させ、トゲ部分で砂地をかき混ぜながら見た目とは裏腹に高速移動する。 |
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突進を受けたオプスが横に転がって回避したところで鎌首がぐるっと回転してケーナの方を向いた 「げっ!?」 鎌首から数条の銀線が放たれる 瞬時に跳ね上げた如意棒との間で金属音を響かせながらそれは散らされた。 |
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針のような見た目だが、五寸釘に近い太さだ 砂丘を蛇行しながら加速し、再びオプスに突進する 切っ先を砂に埋めて斜めに構えた大剣に激突して盛大に火花が散った。 |
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それだけではなく突進まで急停止させられ、下半身のモーターが空回りの異音を上げる 咬み込んだ大剣をそのまま維持しながら、オプスはニヤリとイタズラが成功したような笑みを浮かべた。 |
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両翼のトゲを打ち下ろそうとした自動機械は、突如として砂を割って生えた鋭利な岩に突き上げられ空を舞う 「さっきのお返し!」 黄土色の光を纏って砂地へ突き刺さったケーナの如意棒の武技スキルに依るものである。 |
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軽い動作で大剣を振ったオプスの武技スキルに依り、刀身が青白い光を放つ あとはそれを落下して来る自動機械に突き刺して、唐突に始まった戦闘は終わりを告げた。 |
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「おうふ凄い金額に」 「これで多少は噂も広まって、文句をいう輩も減るじゃろう」 下半身の動力源をひと刺し 動かなくなった自動機械をワイヤーで雁字搦めにし、幌トラックで引きずって凱旋したケーナたち。 |
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市外にいた者たちも、市内ですれ違う者たちも、検分にあたった組合の職員も、皆例外なく目を見開いて顎を落としていた それくらい原型を留めたままの自動機械が捕獲されるのは衝撃的だったらしい。 |
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組合の職員などは呂律が回らなくなり、1桁多い報酬額を提示する有り様だ それでも札60(600万ギル)という大金を手に入れ、2人の懐はだいぶ温まっていた。 |
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道々屋台で買い食いしながら帰路につき、空が赤くなるころに喫茶マルマールへ戻る 「あら、お帰りなさいお2人とも」 「ただいまですミサリさん」 珍しいことにカウンターには男が1人。 |
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貪るようにケーキを食べていた 中肉中背の30代後半くらい無精ひげを生やしリスのように膨らんだ頬についた生クリームの顔がケーナたちをチラリと見る。 |
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その目が大きく見開かれ、大きな音を立てて椅子を蹴り倒し立ち上がるその視線を受けて意図を察したオプスは返事がないのをいいことに、ケーナへ詰め寄ろうとしたおっさんの頭を鷲掴みにした。 |
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「あだだだだっ!?」 「ここで暴れると迷惑じゃちと表へ出よ」 「お前どんな怪力していだでででっ!?」 アイアンクローでおっさんを掴み、外へ連れ出すオプス。 |
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それを見送ったケーナはミサリに「お騒がせしました」と頭を下げた 「あなたたち知り合いだったの?」 「いえ、初対面だと思います 店の外ではおっさんとオプスが距離をとって対峙していた。 |
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おっさんは細身だが、オプスよりは頭ひとつ分背が低い服装は西部劇のガンマンそのままといったような風体である それが牙を剥き出しにした狂犬のような形相で、オプスを睨みつけていた。 |
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「くっそ痛ってえなオレはただお前たちに聞きたいことがあっだけだ!」 「聞くだけなら言葉を交わせば済むことじゃ手を出す理由にはならん」 どうやらケーナに掴み掛かろうとしたことでオプスの機嫌は相当悪くなっているらしい。 |
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黒いコート姿から見下すように注がれる赤い瞳赤と紺が混じり合った夕方の空をバックに悪鬼羅刹が佇むようだ 「ケッリア充だからっていい気になってんじゃーねー!」 会ったばかりでこちらの理由も知らずの負け惜しみはまだいい。 |
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だがケーナは「あちゃー」とおっさんの余計な一言に頭を抱えた同時に発言内の違和感に首を傾げる 「誰が 誰の じゃと!」 それを口にするより早く暗黒がオプスを中心に顕現した。 |
| 3473 |
【威圧】 【眼光】 【恐怖】 相手の回避を下げ、相手の行動を遅くし、麻痺効果を与えるスキルが起動した 種族専用装備の効果も感情とともに発動して、人の輪郭すら見えなくなる闇が周囲を覆う。 |
| 3474 |
「すと―――っぷぅぅっ!!!」 横からケーナが大音声とともに制止代わりの飛び蹴りをオプスに叩き込んだ 纏った闇ごとくの字に吹き飛び、数メートル転がった挙げ句、海老反り顔面ブレーキで停止する。 |
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スキルの影響下から強制解除されたおっさんが、びっしょりと汗をかいたままガクリと膝を付いた 「滅ぼさんわっ!? むしろお主の我に対しての扱いが雑すぎるわっ!!」 オプスは砂を払いながら猛然と抗議する。 |
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ケーナはそれに対して不思議そうに微笑むだけなので、オプスはどっと疲れたような気分に陥った 「で、おっさんは私たちに何の用なんですか?」 「おっさんじゃねーよ! まだ25だよっ!」 「ケーナよ。 |
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年を追求すると暗黒スパイラルに入るから止めておいた方がよいぞ」 「ウン」 実年齢を正直に告白しようものならBBA扱いされること間違いなしである。 |
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ようやく落ち着いたおっさんは頭をかきつつ、言い難そうに口を開く 「あーなんだ、その、な?」 「?」 「歯切れが悪いのう 「お前らのステータスを見たらな? あ、別にプライベートを盗み見したい訳じゃねーんだよ。 |
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お前ら腕が立ちそうだったから様子見のためになそしたら文字化けしてたんでビックリしちまってヘンな態度取っちまった……すんませんしたぁ!」 呆れるほどの潔さで頭を下げる。 |
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オプスとケーナは顔を見合わせて、違和感の正体を知った 「ガーランド? 荒野・旅団・兵器VRMMOだよねってプレイヤー!?」 「ガーランド知ってんのか!?」 両者とも驚きながら互いを指差す。 |
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ガーランドとは生前の桂菜が手を出すか悩んでいたVRMMOである PVに飛行機の落下するシーンがあったために、トラウマからのショック症状を引き起こした。 |
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その結果保護者役の従姉妹と叔父から猛反対をくらったゲームである 蚊帳の外で首を振ったオプスは指差していた両者の腕を掴む 「外で話すようなことでもなかろう。 |
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部屋の中で詳しい話をするがよい」 おっさんをケーナたちの部屋へ通し、椅子を勧める 「へえ、ケーキ屋の上って宿屋になってたのか今度聞いてみるとするか」 子供のようなワクワクした感じに笑うおっさんに妙な行き違いを感じるケーナ。 |
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ベッドに座る彼女の肩を叩いて首を振ったオプスは「可哀想にのう」と呟いた 「お主、ミサリに懸想けそうしとるようじゃが……その態度を見て、ケーナにもようやくなんなのかが分かった。 |
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「オプス言うの?」 「無論ベルナーはミサリの夫じゃと言っておかねばな間違いがあってはならぬじゃろう」 「なん……、だと……」 楽しそうなオプスとは裏腹に、おっさんは真っ白になって固まっていた。 |
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◇ 「では改めて私はケーナこっちはオペケッテン・シュルトハイマー・クロステットボンバー」 「だからこっちではオプスだけにすると言っておるじゃろ」 気を取り直して向き合う3人。 |
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ずいぶんと遅すぎる自己紹介な気がしないでもないが 「オレはファングここだと騎兵名の白い牙ホワイトファングで通ってるぜよろしくな!」 先日通りで見た白い貴婦人のような騎兵は彼のだったらしい。 |
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ガーランドからのトリップであるならば、異様に感じたのも頷ける 「ここに来た経緯を3行で述べよ」 「さ、3行!?」 「ちょっとオプス……」 「あー、ええとな。 |
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ログアウト出来なくなった 外部からのハッキングで砂上戦艦から強制排出 砂漠をさまよっていたらキャラバンに拾ってもらい今に至る 砂上戦艦というのはゲーム上での移動個人拠点兼ハンガーとなっている。 |
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管理はAIが行い、修理はミニロボや個人所有のアンドロイドが担当する リアデイルでのMPが続く限り幾らでも連続使用が可能の召喚獣(倒されるとデメリットが発生するが)と違い、ガーランド産の武器や騎兵は消耗品である。 |
| 3491 |
動かせば磨耗まもうし、撃ち続ければ弾切れをおこす定期的に整備・交換・補給を行う必要がある そのため、専用のハンガーを離れた白い牙ホワイトファングは稼働に限界がきているそうだ。 |
| 3492 |
「今のこの世界の技術じゃあ白い牙ホワイトファングを動かすパーツがねえんだお陰でしばらくは生身で金を稼がにゃあならん」 「え、でも昨日動かしてたよね?」 先日見掛けたのを聞いてみると、市外の警備のためだったようだ。 |
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戦闘行動以外であればまだ問題ないそうだそれでも戦闘の出来ない騎兵なぞ、宝の持ち腐れである ついでに言うならば騎兵を降りたファング自身も、生身の戦闘能力はそんなに高くないという。 |
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「オレの戦闘スキルも騎兵中心に傾いてるからなあ銃が少々と格闘と探索、あとは日常生活的なものはほとんどない」 余談だがリアデイルと違い、ガーランドのステータス構成はスキルのレベルが中心となっている。 |
| 3495 |
基本の能力値、筋力や器用さや知力などはキャラクター作成時より成長しないプレイヤーはスキルを取得しながら、それを成長させるシステムになっていた。 |
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レベルアップとともに能力値が増えるリアデイルプレイヤーからすれば、身体能力の差は歴然だ 近代兵器を使えるメリットはあるが、補給のようなデメリットもあることから、比べるには50歩100歩というところだろう。 |
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ケーナたちはまた別な意味でチート性能なので、それには当てはまらないが 「会ったばかりでこんなこと頼むのもずうずうしいだろうけどよ同郷のよしみで、砂上戦艦探すの手伝ってくれ。 |
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この通り!」 土下座するような勢いで頭を下げるファングに顔を見合わせるケーナとオプスしょうがなぁといった表情のケーナを見れば、答えは決まったようなものだ。 |
| 3499 |
「別にいいけど」 「ほんとかっ!?」 「でも、私たちも人を探してるんで、それと並行してになるけどいいよね?」 「それで構わねえ同じガーランド出身の仲間がいれば心強いぜ。 |
| 3500 |
ありがとな!」 すっかリ誤解してるようなのでそこだけは訂正しておくことにする 「我らの出身はリアデイルじゃからな」 「そうそう私はハイエルフ。 |
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オプスは魔人族ね」 「…………はあっ!?」 「うーんどうしたものかな……」 巨大な円筒形の容器の前で頭を悩ます少女がいた なぜ少女なのかというと、誰が見ても『少女』としか答えが返ってこないからである。 |
| 3502 |
この場を見ていた第3者があとから事情を聞かれても、『そこには少女しか居なかった』と誰もが答えることだろう場の異様さには一切言及せずに それだけの認識をネジ曲げる術が当たり前に、広範囲に掛けられているだけだ。 |
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少女がいるのは広い倉庫である ただし壁の端から端まで歩いたら1時間程の距離があるだろう 緩やかなカーブを描く天井も100メートル上に存在するくらいにはとてつもない広さだ。 |
| 3504 |
「機械、に固定すると人の乗る物まで襲っちゃうしかといって自動機械だけに設定するとそれ以外の派生型に見向きもしないし……」 その容器は高さにして10メートル、直径は20メートルもある透明なケース。 |
| 3505 |
そんな巨大なケースの中はほぼ液体で占められている 液体以外に占めるものは全長20メートルもある平べったい蛇だ異界より来訪したハンター女性によって、クリムゾンツチノコと名付けられた生物である。 |
| 3506 |
それを見上げる少女は室内の奥にも視線を向ける そこには少女が見ている巨大ケースが奥へ奥へと幾つも並んでいた それだけではない見渡す限りの空間内には大小様々なサイズの透明なケースが並べられ、様々な姿の生物が収められていた。 |
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例えばカエル黄土色の皮膚をしているが、背中と手足には蛇腹状のウロコで覆われている 戦車に匹敵するほどに大きく、半開きの咥内には鋭い牙がサメのように並んでいる。 |
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例えば鷲ほどの大きさのプテラノドン全身青白く、嘴の部分だけは黒光りする槍に似た形状の金属に見える 他にも直立型で4メートルのトカゲやら、同じ様な直立型のカメ。 |
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極小サイズのヒルなど、多種多様な生物が詰め込まれている 少女は収められている品をひとつひとつ確認するように、ケースの間をゆっくりと歩いていた。 |
| 3510 |
時折立ち止まり、その場にあるケースを愛おしげに撫でながら中に入っている生物に一言、二言声を掛けるすると中の溶液が怪しい光を放ち、ケース表面を無数の文字が流れて行く。 |
| 3511 |
それを繰り返し、数時間掛けながらほぼ全てを回り終えた そして再びクリムゾンツチノコのケース前で思案する 「にしてもコイツを一撃、いや2人掛かりだから二撃かあ……。 |
| 3512 |
姫様も以前に比べてずいぶん強力になったわねえ一緒だったのは烏カラスだったようだけど、蛇はいないのかしら?」 かつてこの地にいた泣くだけしか出来なかった子供を思い浮かべ、そのギャップにクスリと笑みをこぼす。 |
| 3513 |
「でも今回は私が仕掛けた訳じゃないと分かって頂けたらいいなあ手負いの自動機械をコレがあそこまで追いかけるとは思わなかったし叱られるのを待つ子供のような反応だ。 |
| 3514 |
しかしそんな様子も数分もすれば無くなり、今度は真顔で倉庫の端を見つめる そこには全長50メートルもある巨大な戦艦が佇んでいた 形状としては、後ろ脚を伸ばした動物を前後逆にしたようなものである。 |
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「全く誰よ、こんなもの砂漠に放置するなんて……私が掌握しなきゃ人類に対してとんでもない脅威になっていたわ今後のためにも統括AIを有機生命体に変更して姫様のために働いてもらいましょう。 |
| 3516 |
そうね、それがいいわ」 もはや元の所有者が居るということは念頭になく、彼女の主人に対して利用できるものは利用する精神である 楽しく未来計画を掲げる少女の意図を組み、あちらこちらから作業用アームが伸びて来て戦艦を取り囲む。 |
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「やっちゃって」と主からの許可を得て拾得物の改造作業が始まった 「問題は自動機械なのよねえうちの子たちが出張れば簡単に終わるんだけど、対抗されて大型機械に進化なんてされたら目も当てられないわ。 |
| 3518 |
今のところは人類に任せるしかないわね……でも姫様には正直に告白するしかないのかしら……ううっ、どんなお叱りを受けるのかしらこの首ひとつで済めばいいなぁ……」 少女は表情を陰らせ、震えながら倉庫を後にした。 |
| 3519 |
残ったのは微かなモーターの音と、作業用アームの奏でる金属音だけであった 「ううっ、あっちぃ〜」 「ほらほらーまだ若いんでしょう泣き言を言わない」 ファングがケーナたちに合流して数日後。 |
| 3520 |
ヤルインを離れて砂漠を進むケーナたち3人の姿があった 「よくお前らそんな格好でケロッとしてやがんな……」 「そお?」 ケーナは軽装鎧に蒼マント。 |
| 3521 |
オプスに至っては上から下まで真っ黒コートで覆われている更に肩からケーナと同じように蒼マントをぶらさげているので、見た目だけでも暑苦しい延々と砂漠を歩かされればそうなろうというものだ。 |
| 3522 |
「そりゃ生身でも戦闘が出来るようになりたい、とは言ったがよ砂漠を強行軍して何か変わる、……げっ」 「…………」 声も態度も不満たらたらなファングは、無言で鋭い視線を向けて来たオプスにたじろいだ。 |
| 3523 |
ファングをパーティに加えるとケーナが認めた時、オプスは「ケーナの決定には従うだけだ」とは言っていたそれからは問い掛ければ答えるが、ファングへの対応がかなり大ざっぱになっていたのである。 |
| 3524 |
ケーナから見れば素っ気ないように思えたが、キー曰いわく『イライラしているだけ』なんだそうなでもその相手を用意するとなると、人目に付く街中だと駄目なんだよねえ」 「相手を用意するって……。 |
| 3525 |
何と戦わせる気だよ?」 げんなりしながら肩を落とすファングに対して、「それは着いてからのお楽しみ」とウインクで返すケーナであった 半日掛かりで砂漠を行軍し、着いた場所は先日に護衛で訪れた岩場である。 |
| 3526 |
到着した途端にファングは日陰に逃げ込み、水筒の水を被る 「暑い疲れた動きたくねえ……」 「しょうがないなあほら」 愚痴るファングにケーナは青い腕輪を差し出した。 |
| 3527 |
紫色の宝石がはまり、蒼竜の意匠がなされた耐熱防御を上昇させるアクセサリーである 鎧やマントと比べるとその効果は微々たるものだが、他のゲームからの来訪者プレイヤーにも装備が可能かどうかのお試しでもあった。 |
| 3528 |
「お? おおっ!? 暑さが消えたっ!!」 左腕にはめるなり、ファングは目を見開いて驚いていた 「暑さが消えるなんて効果はないと思うけど……。 |
| 3529 |
元々の世界の差なのかなあ?」 リアデイルは場所によって差異はあれど四季がある ガーランドは荒野等の赤道直下の乾燥地帯が主なフィールドなので、生まれの耐性差なのかと推測される。 |
| 3530 |
調べようにもここには3人しか例がいないので、やるだけ無駄であろう 暑さが弱められても疲れが消える訳ではないので、ファングが休憩を要求する 「ケーナよ。 |
| 3531 |
こちらを先に済ませようぞ」 「はいはいよろしく」 先に示し合わせた通り、オプスが召喚術を行使した 2人とも余計な予備動作や言葉による発動も必要なくなっているので、召喚陣は突っ立ったままのオプスの足元に展開される。 |
| 3532 |
―――WWWHWAOGO およそ人の声帯では発言不可能な鳴き声をあげて、黄褐色の細長いミミズ型のモンスターが姿を現した 「なんっじゃっそりゃっ!?」 ボケッと見ていたファングが泡食ってその場を逃げ出す。 |
| 3533 |
ミミズらしく目にあたるような器官はない全長は10メートル程で、胴回りは大人が抱えられるくらいだ体躯の先端には太い牙が円環状に生えた口腔があり、頭頂部には7色に光る6角形の石が嵌っていた。 |
| 3534 |
「この子はジュエルワームって言って、宝石とか鉱石とか溜め込んでくれる召喚獣よオプスは顎をしゃくって命令を出し、ジュエルワームは軽々と岩場を掘り進んで姿を消した。 |
| 3535 |
「鉱石ならまだ使い道はあるだろうけどよ宝石はどうだろうな?」 女性ならば着飾るだろうが、成金趣味よろしくこれ見よがしに宝石を盛る者などこの世界情勢では皆無に等しい。 |
| 3536 |
宝石の需要は少ないと言ってもいいだろう リアデイル側では宝石は着飾る他に、属性魔法を詰めて誰でも使える単発魔法攻撃手段とすることが出来る使い方は投げつけるだけ。 |
| 3537 |
ただし宝石はコストが掛かる上に、質や大きさによって威力が減退するため、使用者は少なかった 「よーしよーし」と眠そうなエルダードラゴンを撫でながらケーナは喚び出した目的を伝える。 |
| 3538 |
「あのおっさんと戦ってちょうだいね殺したらだめよ 「なあ、こいつ倒したらオレのモンでいいのか?」 「倒せるなら、どーぞ」 ファングは舌なめずりをしながらエルダードラゴンから目を離そうとしない。 |
| 3539 |
ケーナもかなり投げやりに許可を出した実のところ召喚獣を倒して落とすのは経験値くらいであるドロップ品はない だがそれはリアデイル産の話であって、こちらで登録されたエルダードラゴンに当てはまるのかは実証されていない。 |
| 3540 |
なので対戦相手にと出したのだが、力量差にとんでもない幅があるとは気づかなかった ファングが自動小銃の引き金を引こうとした瞬間、エルダードラゴンがいた場所には足跡とホンの少しの砂煙があるだけであった。 |
| 3541 |
「ゲッ、ヤッベ!?」 その時になって初めてエルダードラゴンの特性に気付いたファングが慌てて離脱しようとした瞬間風切り音と共に飛来したエルダードラゴンの尾がファングに痛烈な一打を与えた。 |
| 3542 |
「ぐあああっ!? いってええええっ!!!!」 ボキリとかゴキリとかいう骨の折れる音と悲鳴が乾いた空に響く 「あ、ああ 【単体回復デュール:LV2】 打撲&骨折を含めた怪我を治す最低限の魔法だ。 |
| 3543 |
リアデイルには毒や麻痺等に特化した状態異常回復魔法はあるが、骨折だけを回復させるものはない 使用したMPは【MP自動回復】のスキルにより、即時元通りとなる。 |
| 3544 |
つまりオプスやケーナにとっては片手間にもならない労力を行使するだけなのだ 「タンマッ! ちょっとタンマ! 対処スキルを取るから!」 魔法に2回お世話になったところでファングは自身の力不足を痛感したらしい。 |
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「……ええと回避……いや、違うなまずはあっちの動きを見切らなきゃいけねえ……んじゃ見切り……は前提が足りねえから、んーと?」 虚空を操作する動作とともにブツブツ呟きながら考え込んでしまう。 |
| 3546 |
ケーナは制止が間に合わなかったために、命令続行中で襲い掛かろうとしたエルダードラゴンの尻尾をとっ捕まえた 最初はじたばたもがいていたエルダードラゴンは、ケーナが一時中止命令を出してようやく大人しくなる。 |
| 3547 |
しかしその目は鋭くファングを見据え、引き絞った弓のように力を溜めていた しばらくして「おっしっ、これなら行ける! 来いやああっ!」と気合いを入れたファングに、ケーナが尻尾から手を離すとエルダードラゴンは突進していく。 |
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再開1度目と2度目は、気合いの入れ方は何だったのかと思うくらいにあっさり吹き飛ばされて、回復魔法のお世話になった 3&4度目は回避する時間が少し延びたものの、やはり回復魔法は必要であった。 |
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5度目にも時間は延びたが吹き飛ばされただが初めて骨折にはならないという結果を出した 「へえ〜」 「見たかガーランドのスキルを!」 胸を張るファングは「次はこっちの攻撃だぜ!」と息巻いてエルダードラゴンに突っ込んで行く。 |
| 3550 |
対するエルダードラゴンは首をもたげ、「シャアアアッ!!」と雄叫びを上げてそれを迎え撃つ 縦横無尽に尻尾を振り回すエルダードラゴンに対し、ファングはスレスレで避けたり、しゃがみ込んだり、飛び越えたりと対応していく。 |
| 3551 |
そしてエルダードラゴンが体全体を使った大振りを余裕で回避したファングが「貰ったあああっ!」と自動小銃を構えた時には、勝負は結したかに見えた。 |
| 3552 |
だがエルダードラゴンがくるりと回り切った瞬間、向かって来るファングに負けじと突撃するまでは…… 「うばっ!?!?」 その高速直進頭突き攻撃は、対応しきれなかったファングの股間へと吸い込まれた。 |
| 3553 |
「あ、ご……」 ファングは真っ白になり、股間を押さえて崩れ落ちた エルダードラゴンは勝利を確信するように「シャアアアッ!!」と雄叫びを上げている。 |
| 3554 |
オプスは苦笑いでファングから目を反らし、ケーナはエルダードラゴンに手伝ってもらい、彼を日陰の涼しい所へ移動させた 「おーい生きてますかー?」 「…………」 呼び掛けても弱々しく頷くくらいで返答はない。 |
| 3555 |
休憩ということでゆっくりさせればいいかと思い、エルダードラゴンにファングの護衛を頼んでおいた 「そっちの方は?」 「一朝一夕で結果が出るものではなかろう」 ジュエルワームが潜っていった付近で佇むオプスに声を掛ける。 |
| 3556 |
いくらジュエルワームが地中で鼻が利くといっても、直ぐに鉱脈を見付け出せるほど感知範囲は広くない オプスは念の為、ケーナがファングの特訓に気を取られている時に追加で2匹を放っていた。 |
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それでも発見出来るかは「やってみなければ分からない」程度だ 「ファングあれは戦えるのかの?」 「武装は貧弱だけど、スキルひとつ取るだけであれだけ動きが見違えたからね。 |
| 3558 |
やりようはあるんじゃない?」 ケーナの記憶にはMMOのガーランド情報はほとんど残っていないファンタジーモノのリアデイルと違い、近接戦闘の選択肢は騎兵を除けば数えるほどしかない程度だ。 |
| 3559 |
ファングの個人的な携帯武装はガーランドから持ち込んだものなので、騎兵と同じく補給が途絶えた今は無用の長物となっている総じてそれらの威力は低いため、実質彼の戦闘力はだだ下がりになっていた。 |
| 3560 |
「ミスリルナイフでも貸し出せば、多少はマシになるかなあ?」 「絶対的な防御手段が無い限り、ナイフ1本で自動機械と近接戦闘ガチンコは正気の沙汰ではあるまい」 オプスは自身の特殊能力と長きに渡る転生経験でソレを可能にしている。 |
| 3561 |
ケーナに至ってはスキルの他にキーの補助もあるので、オプスとてその鉄壁の防御を抜くのは容易ではない 「……で、それはいいがの」 「うんあれだよね」 同時に2人の視線が少し離れた砂丘へ向かう。 |
| 3562 |
すでに砂丘を含む一帯の砂が崩れ、何者かの潜伏を示唆するように動きを見せている広さにして学校の教室ひとつ分といったところだろう 「砂リュウかっ!」 「ハァ!?」 ケーナは砂津波の余波を浮遊魔法併用で飛び上がって避けた。 |
| 3563 |
オプスは砂津波に飲み込まれたように見えたが、近くの石柱を身代わりに崖の壁面に横向きに立っていた 襲い掛かって来た砂津波の中から現れたのは、全長15メートルほどの生物だ。 |
| 3564 |
ケーナが不満げにボヤいた砂リュウは、全身黄土色でのっぺりしていて四足歩行に尻尾付きの爬虫類形状はサンショウウオそのものだ口を開けたところで大人1人が丸々飲み込まれそうな大きさがある。 |
| 3565 |
「気をつけろっ! そいつは貪欲で自動機械さえもひと呑みにするぞ!」 (腹から破られて死ぬんじゃないかなー、それ……) 呟きを飲み込み横へ視線を動かすと、目を三白眼にして機嫌の悪そうなオプスが一歩前へでたところだった。 |
| 3566 |
その身からは有無を言わせぬような膨大な魔力が放出されている 「人のかなう相手じゃねー!! こうなったら俺がっ……」 「壊れかけの騎兵出してどーする気なのよ。 |
| 3567 |
オプスにまとめてぶっ飛ばされるわよ」 果たして砂をぶっかけられそうになったから怒っているのか、ケーナに攻撃したから怒っているのか判断に苦しむところである。 |
| 3568 |
ケーナが思うに、ちょーっと自分のことに対して過保護が過ぎるんじゃないかと文句を言いたい言ったところでのらりくらりとかわされるので、言及しないのだけど。 |
| 3569 |
ファングとケーナの会話中を油断と見たのか、砂リュウは巨体に見合わぬ素早い動きで砂の上を滑るように襲い掛かったこの辺りはエルダードラゴンと似た部分なのかもしれない。 |
| 3570 |
大口を開けて2人を飲み込もうと接近した鼻っ面へ、エルダードラゴンが噛み付いた……が、砂リュウの面の皮は相当厚いらしく、痛がる反応もされぬまま突進は継続される。 |
| 3571 |
ファングが恐怖に顔を引きつかせる横で、手を前にかざしたケーナが【障壁】を展開した 「「あ」」 どごーんと音を立てて【障壁】に激突した砂リュウは弾き返された。 |
| 3572 |
しかし鼻面に噛み付いたままであったエルダードラゴンは、巨体の勢いと【障壁】に挟まれて、道路で車に轢かれたカエルのような無惨な姿を晒してから掻き消えてしまう。 |
| 3573 |
「ああーっ! 私のエルダードラゴンがあああっ!?」 「ハァ?」 今度はケーナの悲痛な叫びにファングが顔を引きつらせたまま納得のいかない声を漏らす。 |
| 3574 |
倒したら素材が得られると言われていたモノが、跡形も無く消え去れば当然の反応だろう 2人の葛藤を余所に、もんどりうってひっくり返り泡を吹いて伸びていた砂リュウの下から紫色の光がほとばしった。 |
| 3575 |
オプスがわざわざ砂リュウの下で発動させた召喚魔法陣から多数の首がせり上がる 青紫色の滑ぬめって光る皮膚を蠢うごめかせ、砂リュウの巨体を担ぐように姿を現したのは20本近い首を持つヒュドラだ。 |
| 3576 |
意識を取り戻した砂リュウが体を起こそうともがくが、前足に、後ろ足に、背に、腹に、首に、顔面に、尾にとヒュドラの各首に鋭い牙を突き立てられ、完全に動きを封じられている。 |
| 3577 |
「な、なななんじゃありゃ……」 「ヒュドラだよこの先はちょっと嫌な光景かも」 ケーナは顔をしかめ、呆然とヒュドラを見詰めるファングを引きずってその場を離れる。 |
| 3578 |
――ジャアアアアアッ!! ヒュドラのフリーな首が耳に残る嫌な雄叫びの後、砂リュウが声にならない悲鳴を上げる空気の通り抜けるヒューヒューという音を引き伸ばしたような、歪な声を。 |
| 3579 |
ジタバタと暴れたくとも暴れられぬ力パワーで拘束しながら、ヒュドラの各首は背負った砂リュウを解体し始めた暴力的な力で引きちぎるという方法のみでだ。 |
| 3580 |
噛み付いた皮膚を肉ごと引き千切り、吐き捨てて再び欠損した部位に噛み付きを繰り返す 喰らうのではなく、狩るのではない命令を行使するだけの解体である。 |
| 3581 |
砂リュウはみるみるうちに皮を剥がれて肉をもがれ、臓物を撒き散らして血の池となった所に骨格が投げ捨てられた むせかえるような血臭漂う凄惨な猟奇的殺人現場の様相に、ケーナでさえも青い表情かおで口元を押さえている。 |
| 3582 |
ファングも似たようなものでこちらの表情は青を通り越して白い ヒュドラは青紫色の体表にどす黒い赤を滴したたらせながら、オプスの後に着いてドスドスと歩いて来る。 |
| 3583 |
「あ、あの……、オプス? 穏便に、穏便に、ね?」 ケーナはファングの盾になるようにオプスをなだめる それというのも彼が眉間にシワを寄せて、前を睨み付ける厳しい顔をしていたからだ。 |
| 3584 |
現にその視線を直視したファングは震え上がっている 「何かを誤解してるようじゃが、その餓鬼を教育しようとは思っとらん不本意だが、実に不本意だが……。 |
| 3585 |
身を守る程度の護衛を付けようとしとるだけじゃ」 「あ、それならいいや」 「あっさり同意するんじゃねえええええっ!!!」 血でぬめる鋭い牙をガチガチいわせながら目前に迫るヒュドラ。 |
| 3586 |
庇ってくれようとしたケーナさえもオプスから訳を聞き、安堵しながら道を譲る どーみても餌にするようにしか見えない2人の所行に、恐怖を隠し切れないファングが絶叫しながら突っ込んだ。 |
| 3587 |
「なに、安心するがいいこいつを貴様の守護獣として“繋ぐ”だけじゃ戦闘力は今見せた通り ヒュドラの蠢いていた首がファングに集中した時には、顔色をサーッと青くして後ずさる。 |
| 3588 |
「オプス……アレはさすがにどうかと思うんだけど……」 「止めて来る」と言ってケーナはファングの後を追った オプスは遠くに離れて行くファングに向けて風の魔法も併用し、声を届ける。 |
| 3589 |
「ヒュドラに触れて『小さくなれ』と念じれば無害になるはずじゃぞーっ!!」 「――――!?」 だが返答は言葉にならない悲鳴が聞こえて来ただけであった。 |
| 3590 |
「ああしておけば我等より離れて行動するという気概も湧かぬじゃろうて」 遠回しな嫌がらせも含めて、オプスの本心である デフォルメされた3本首のトカゲが刻まれた紫色のコイン。 |
| 3591 |
ヒュドラをファングが苦労して持ち運び型に変化させたものがこれである 実際のところはオプスがヒュドラを止め、ケーナに羽交い締めされたファングが嫌々ながら触れるという荒業によってだが。 |
| 3592 |
「で、これをどーやって使えと?」 「普通に敵に向かって投げつければ顕現するであろう」 「カ○セ○怪獣かっ!?」 理解し難い仕組みを簡略化された説明によって流され、ファングは肩を落とす。 |
| 3593 |
実際、年下にしか見えないケーナにさえ、腕力で負けるのだから落ち込みもしよう お手軽召喚ヒュドラのような隠し玉は持っていて損はない 出すまではいいが、問題はその後の制御とコインに戻すまでの過程だ。 |
| 3594 |
「本当ならMPを消費して維持するんだけど、ガーランドには無いんだよね」 ケーナのレクチャーに頷くファング これはキャラメイク時のステータス割り振りによってのみ数値が決定され、以後増減することはない。 |
| 3595 |
最低は1、最大で10前後だTPは銃器に付随する特殊技能の【曲撃ち】や、怪我を負ったときの度合いを一段階軽減させたりすること等が出来る ポイントは使用後、24時間を経て固定値まで回復する仕組みだ。 |
| 3596 |
このTPをMP代わりに使うことは出来ないので、ヒュドラの召喚に必要なMPはオプスが担うことになっている コイン自体が魔韻石まいんせきで作られているので、そこにMPの蓄積は可能だ。 |
| 3597 |
リアデイルでいうならば、ダンジョンで定期的にモンスターをポップさせるシステムを、持ち運び命令式にしただけだ コイン状態でも命令は有効になっている。 |
| 3598 |
ファングが「伏せ」と言えばコインはチャリンと倒れる「起きろ」と言えばコインはピョコンと直立する「進め」は荷台の床をコロコロと転がりだす命令は問題なく通じているようだ。 |
| 3599 |
「でもなんで俺、食われそうになるワケ?」 「うーん、多分 ファングが特訓のギブアップを申し出たため、3人はヤルインへ帰還する途中であった。 |
| 3600 |
オプスは運転席ケーナとファングは幌トラックの荷台で向かい合っていた ヒュドラコインを摘みながらファングは疲れきった顔でうなだれる 「戻ったらちょっと買い物しよう。 |
| 3601 |
食材も減ってきたし」 ケーナはアイテムボックス内の物を確認しつつ、指折り数えて足りない物を挙げている その様子を横目でぼんやりと見ながらファングも自身のインベントリを覗き込み、がっくりと肩を落とした。 |
| 3602 |
「あんまり金がない……」 「市内でバイト出来るようなこと無いの? 雑務系とか……ファンタジーのようにはいかないのかなあ」 「ヤルインもその辺り上手く出来てるからなあ。 |
| 3603 |
人足の仕事が無いわけじゃねえが……」 基本的にヤルインというところは極端に人口が増えたりしない限り、門を閉ざしても年単位で生活が可能である。 |
| 3604 |
潤沢な水が使えるオアシスがあり、浄水設備も揃っている 遺伝子組み換えにより短期間で収穫が可能な野菜や果物、畜産が充分に市民へ届くなどである。 |
| 3605 |
ただひとつ問題があるとすれば、この設備がたったひとりのために用意され、設営した個人の胸先三寸によって何時でも停止するのが可能というとんでもないことだろう。 |
| 3606 |
そのへんの命綱を握っている当人がそれを分かってないのが一番の難題である(市民にとっても) 彼女はその足で市場まで移動して食材を購入しつつ、店主たちから市内のたわいない噂話などを聞いたりする。 |
| 3607 |
興味深かったのは『水の使用量をかなり厳しく制限されている』くらいか オアシスまで足を伸ばして様子を窺ってみるが、初日に見た時と水位の変化はないように思える。 |
| 3608 |
特筆すべきはオアシスの周囲に警備員と思われる武装した者が点在してることだ 「ずいぶん物々しいけど、水泥棒とか水質汚染とかかなあ?」 ハンター組合で見掛けたことのあるスキンヘッドで強面の人に声を掛けてみた。 |
| 3609 |
彼は砂アゴをトラックから降ろすのに協力してくれたこともある人物だ 「あ、ああ蹴り姫の嬢ちゃんか」 「どこまで浸透してるんですか、それ……」 「何を言う。 |
| 3610 |
市内のハンターだったら全員知ってるんじゃねえか」 もはや誰かの口を塞げばイイというものではなくなっていることに、深〜い溜め息を吐くケーナであった。 |
| 3611 |
「まあ、察しの通り水泥棒なんだがな」 「こーんな見通しのいい所で水泥棒ですか……勇気とか無謀を通り越して豪胆ですね、その人」 事の起こりは5日程前。 |
| 3612 |
ハンター組合の職員が、夜半にタンクのような物を背負ってオアシス方面から逃げ去る一団を目撃したんだとか 「オアシスったって有限だからな個人が好き勝手に使えるものでもねえ。 |
| 3613 |
そんなもんがまかり通っちまったら、この都市全体の生命線にも影響すっからなこうして俺らが呼ばれるってことだ」 「なるほどー、分かりました ケーナたちは魔法で水が精製出来るので、それに対しての焦りはない。 |
| 3614 |
このオアシスに関しては、都市ひとつを支える水がめとして10数年維持できているだけで既に異様な分類である 振り向いた先にいたのは、ケーナより頭ひとつ分背の低い人物だ。 |
| 3615 |
全身を隠すような茶色いローブを頭からすっぽり被っていて、わずかに見える口元だけがチェシャ猫のような笑みを浮かべている 何よりも驚くべきことは今の今までそこに人がいたことに気付かなかったことだろう。 |
| 3616 |
「だ、誰っ!?」 『ケーナ様、奴デス』 キーに「奴」とか言われてもクエスチョンマークが浮かぶくらいでケーナには誰のことだか分からない 「なぁんだ蛇はそこに居たのね。 |
| 3617 |
姫様に同化してるだなんて羨まけしからんワタシと代われ不敬罪不敬罪よこんちくしょう■■■に知られたら打ち首獄門待ったなしなんだかんね」 表情が見えないにも関わらず、キーの処遇に憤慨しているようだ。 |
| 3618 |
途中何を言ったのか解らない単語もあったが、聞き取れない別の現地語なのかと思ったくらいである 少なくともキーを「蛇」などと呼ぶ者は限られているので、目の前の人物が誰なのかピンとくる。 |
| 3619 |
「あなた……、もしかしてT・Sテッサ?」 「イエス、アイ、アム」 先程の憤慨っぷりとはうって変わって楽しさで弾む口調に切り替わり、ケーナの問いに答える。 |
| 3620 |
ついでとばかりにローブを跳ね除け姿を現した 見た目は10〜12歳位の少女の姿腰まで届く茶色の髪は首筋で軽く結わえているだけどこかの学校からまるっと拝借してきたような茶色のブレザーとチェックのスカート。 |
| 3621 |
足元は頑丈な軍用ブーツで固められていた この時点で、ケーナは都市の表通りだというのに周囲からは人の気配が無くなっていたのに気が付く 「今生では初めまして姫様。 |
| 3622 |
第3使徒T・Sテッサで御座います」 跳ね除けたローブが折り畳まれるように手の中へ収納され、片膝を立てて跪いたT・Sテッサはケーナへ恭うやうやしく頭を下げた。 |
| 3623 |
「馳せ参じが遅れて申し訳なくこの星では色々とありましてそれを解決するまではお側に侍る訳には参りません事情は折を見て詳しく」 「う、うん 「私程度に丁寧語など不要ですよ姫様。 |
| 3624 |
どうぞ吐き捨てるように忌々しく罵って下さっても結構ですとも」 舞台俳優のように両手を広げ、うっとりしながら抑揚のない声で述べる態度にケーナの表情が引きつった。 |
| 3625 |
それに構わずT・Sテッサはニヤニヤ笑いを崩さぬまま話を続ける 「ああそうそう都市の水源でしたね姫様お察しのとおり海から引いた水は浄化設備を経て地下の地底湖へ。 |
| 3626 |
その際に出た不純物よりより分けた塩などを私めの裁量により各都市へ配布しております オプスやキーはまだ周囲の人々に配慮する気遣いはあるだがこのT・Sテッサにはそれが皆無のようだ。 |
| 3627 |
都市を維持する機構を作り上げるほどの科学力を有しているが、命令次第ではその全てをケーナへ集中させることも出来ると ケーナはうかつに愚痴ったら何が起こるか解らないという思いに、緊張で顔が強張った。 |
| 3628 |
T・Sテッサはそれを見るなりニヤニヤ笑いを引っ込めて真顔になると、再び頭を下げた 「心配なさらぬとも今はまだ約束がありますので短慮をするつもりはありません。 |
| 3629 |
それが済み次第片付けて参りますそれまではこちらを」 と、どこからともなく取り出したのは献上物に使われるビロード布の敷かれた台 その上に鎮座していたのはキーチェーンに繋がれた、手の平サイズの金色をしたスペースシャトルである。 |
| 3630 |
「砂漠で困ったことがおありでしたらそれを吹いて頂ければ居住や攻撃防衛などにお役に立つ姫様専用の下僕が現れます 彼女の姿が消えた途端、周囲は街中の喧騒を取り戻す。 |
| 3631 |
貰ったキーホルダーを握り込んでアイテムボックスに送ったケーナは水泥棒の方へと意識を切り替えた 衝撃の告白をしてきたT・Sテッサのことはさて置いて、水泥棒のことである。 |
| 3632 |
彼女の語ったことがオアシスの真実ならば、水泥棒が1人や2人いたところで水の供給に何ら問題はないしかし現状その真実はケーナの心の内にのみに留まるのみである。 |
| 3633 |
被害に遭っている行政側や市民の心配はいかほどのものか 念のためハンター組合にまで足を伸ばしてみれば、水泥棒に対してはオアシス警備程度の依頼しか出されていなかった。 |
| 3634 |
「これ、捕まえる必要はないのかな?」 「いや、そりゃ水泥棒は毎度の如くある話だからな警備してりゃあ誰も手を出さねぇさ」 「被害1回につき、警備程度で再犯は防げるということなのじゃろうな。 |
| 3635 |
昔も似たような例は少なくなかったことではあるのう」 呟きに答えたのが唐突な言葉のファンファーレでなくて、ケーナはホッとした気分であったファングとオプスを見て胸をなで下ろすケーナに2人は揃って首をかしげる。 |
| 3636 |
「なんじゃ? 我らになんかあったのかの」 「ううん2人であって良かったってだけ」 何でもないと首を振って、2人の疑問を誤魔化す ファングには関係ないことなので、宿に戻った時にでもオプスに言おうと心の中にメモしておく。 |
| 3637 |
聞いてみるとヤルインにおいて水泥棒というのは珍しくなく、忘れた頃に起きる風物詩のひとつらしい すべては起こってから判明するので、ほぼ後対応になってしまうのだとか。 |
| 3638 |
それを聞いて腑に落ちない表情のケーナに、オプスは苦笑した 「気になるなら調べてみればよかろう」 「えっ!? いいの!」 「いいも何も、我らには行動決定権はないといつも言っておるじゃろう。 |
| 3639 |
オヌシ次第じゃと」 ケーナの難しい顔が一瞬にして笑顔になり、音符を飛ばしながら「さーてどっから捜査をやろうかっなー」と楽しそうだ 逆に苦虫を噛み潰したような表情になったファングが、面倒臭そうな視線をオプスへ向ける。 |
| 3640 |
「なあ、これ俺も付き合わんとダメか?」 「その辺りは貴様の好きにすればよいじゃろう 無言で異を唱えぬファングは了承したものとして、オプスはケーナの浮かれ具合をどう収めようかと思った。 |
| 3641 |
理由としては無意識のスキル使用によってハンター組合の室内を飛んでいる音符のせいでもあるケーナは気が付いていないが不思議現象により、職員の目は点になっていた。 |
| 3642 |
◇ まずは情報をと、事件の発端となる目撃者にもう一度その時の状況を聞いてみた 「蹴り姫ってなんだ?」 「貴様は黙っとれ」 外野のたわいない会話はさて置き、男性職員は苦笑しながらも5日前の事を語ってくれた。 |
| 3643 |
「あれはねえ……まだ空が白み始めた早朝だったかななんか早く目が覚めてしまってねえしょうがないから早く出勤して細かい仕事でもやって事務室で居眠りでもしようと思ったんだ。 |
| 3644 |
ははっ、ハンターの君たちにこんなことを言うと呆れられちゃうかな?」 「いや、年をとると朝が早くなる気持ちは分かり過ぎるほどに分かるぞ時間の潰し方に困るのよなあ」 「シンパシー感じちゃってるぞおい。 |
| 3645 |
オプスって幾つなんだよ……」 「黙って聞きなさいよ」 ラヤマの肩を叩いて同意するオプスに、ファングがなんとも言えない顔になる 「まあ、職場に行く途中でオアシスの方から慌てて走って行く人影が見えたんだ。 |
| 3646 |
僕に気付くと転がるように行ってしまったよ」 前にも似たような場面に遭遇したことがあるので、ラヤマには直ぐにそれが水泥棒だと分かったそうだ 後は行政に連絡を取って今に至る。 |
| 3647 |
「経緯はこんなものかな調べるのは君たちの勝手だけど、依頼のない行動は自己責任になるから他方面に迷惑を掛けないように気をつけてね」 「はい。 |
| 3648 |
お話して頂いてありがとうございます」 人影が逃げて行ったのは北西方面ということなので、ハンター組合の壁に貼ってあるヤルイン市内地図をファングは凝視する。 |
| 3649 |
「北西って言っても住宅街しかねえんだが……」 市内は中央にオアシス 東側は野外市場も含めた商店街ハンター組合もここに含まれる 南東側には生命線の生産施設。 |
| 3650 |
南側の壁に沿って旧市街(複合建築のボロ屋解体予定)が広がる 南西方面には工業地域ほとんどは騎兵や車両の製造&整備&修理工場の集合体だ 西側には各キャラバンが所有する倉庫と、行政の管理する倉庫が入り混じる流通の要。 |
| 3651 |
北側はほぼ住宅街で占められているマルマールなどの宿屋を経営する所もこちら側に集中していた 北側中央には行政庁舎や病院などの医療機関研究棟などの専門施設が固まっている。 |
| 3652 |
商人組合もこちら側だ 盗人の目撃場所とオアシス岸の盗難現場を直線で結び、伸ばしていっても住宅街を斜めに横断するくらいである 市の運営に関わる組織が一般人の要請で動くとは思わなかったからだ。 |
| 3653 |
オプスたちはここの永住市民という訳でもない 存在するとしたら所属はもちろん行政機関にあるだろう ハンター組合から警備の仕事が出されている以上、そこまで本腰を入れて掛かるとは思われない。 |
| 3654 |
「……まてよ?」 否定はしたが、オプスはあるひとつの心当たりに閃いた 「お主が飯を作ると言えば真っ先に飛び付いて来そうなものじゃな」 既に護衛任務数日間だけでアテネスのみならず、その同僚の胃袋まで掴みまくっている。 |
| 3655 |
ケーナがその手腕(スキルな訳だが)を振るえば、全員が快く頷いてくれそうだ 「もはや科学捜査どこ行ったレベルの話になってきてねえか?」 蚊帳の外だったファングが「じゃあこれとあれと。 |
| 3656 |
あ、砂貝も入れてみよう」と、食材を厳選しだしたケーナに突っ込む 「じゃが一応それらしいこともしてみるとするか……」 そう呟いたオプスは、2人を促して一旦ハンター組合を出た。 |
| 3657 |
そして1人で人目に付きにくい物陰に姿を消し、リードに繋がれた小型犬を引き連れて戻って来た 「わぁ、かわ……、いいような、違うような?」 条件反射で近寄ったケーナは、間近で見た犬の姿に困惑した。 |
| 3658 |
背丈は人の膝より下の小型犬ではあるが、スピッツのような白地に黒ブチはまだいい 目はまん丸く見開かれたイラストのよう口は開きっぱなしだわ、舌は出しっぱなしだわで身じろぎひとつしない。 |
| 3659 |
はっきり言って異質極まりないナニカだ 「何だよこれ気持ち悪っ」 「仕方なかろう外見が著しく違うモノに幻影を無理やり被せておるのじゃから」 遠巻きにして見るファングにオプスが愚痴る。 |
| 3660 |
「何喚よんで来たのよ?」 「ミラージュパープルじゃな」 「……ああ、そんなのもいたわね」 オプスの答えにケーナは今気付いたというように手を打ち合わせる。 |
| 3661 |
ミラージュパープルとは精霊種に分類される召喚獣だ 見た目は直径30センチ程度の紫色の煙の塊で、ガラス玉のような目が10数個付いている戦闘には全く役に立たず、代わりに人の痕跡を辿ることに特化している。 |
| 3662 |
ゲーム時代もクエストで数回使われた後は忘れ去られるという不遇の召喚獣であった 「たしかに紫色の煙を従えているのもオカシイから、犬の幻影を纏わせるっつーのは分かるが……。 |
| 3663 |
逆にキモいぞ」 「気にするでない」 平然とそれが当たり前のように振る舞うオプスがソレを引き連れて歩き出し、怪訝な顔を見合わせたケーナとファングが後に続く。 |
| 3664 |
痕跡を辿ることにしてオアシスまで行けば、警備についていたハンターたちにギョッとされるわ道行く人で目ざとい人に二度見をされて、距離を置かれるわ。 |
| 3665 |
挙げ句の果てには「薄気味悪い」とひそひそ声がきっちり聞こえる始末だ そんなことなどお構いなしにズンズンと住宅街の中を曲がりくねって進む小型犬ミラージュパープルを連れるオプス。 |
| 3666 |
その後ろに着いていくファングとケーナは、周囲から向けられる奇異の視線によってすっかり憔悴していた 「ほう?」 ミラージュパープルを送還したオプスの口元が面白そうなものを見つけたと語るように歪む。 |
| 3667 |
「なんだここ?」 「研究者が勤める建物じゃな」 「え、犯人この中なの!?」 思いもよらぬ場所に辿り着き、ケーナは唖然としていた 『お待ちください』 あっさり許可が出たので些いささか拍子抜けだ。 |
| 3668 |
ほどなくして…… 「おやおや、面会人が来たというからどんな奇特な人が来たのかと思えば君たちか」 白衣、ではなく白いローブを翻ひるがえしてアテネスが現れた。 |
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「アテネスさんスッゴい顔色悪いよ! 大丈夫なの!?」 訂正翻すより足元が覚束ない感じで、目の下に隈が色濃かった 心配して駆け寄ったケーナに対して「何時ものことよ。 |
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キミが気することじゃない」と手を振りながら軽い調子だ 「何時ものことって……」 「ケーナよ研究者という人種をその手のことでたしなめても無駄に疲れるだけじゃぞ」 「それはそれで酷い言われようだね。 |
| 3671 |
合っているけど」 「認めちゃったっ!?」 ずいぶんと憔悴した感じのアテネスの軽い言い方に、ケーナはショックを受ける ケーナは体を支える振りをしながら、アテネスの背中へ手を当て【活力譲渡】というスキルを使用した。 |
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本来ならば瀕死の者に対してHP1点とMP1点を分け与えるものであるこの世界の人間にMPが効果を及ぼすかは不明だったが、青白かったアテネスの表情に多少の赤みが戻る。 |
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彼女自身が自分の状態に首を傾げたことで少しは改善されたようだ 「おやいまなにかしたかい?」 「いえどうなったんです?」 「いやね 「待て待て。 |
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おぬしは具合の悪い者を見ると目の色を変えすぎじゃぞ」 「えー」 「ちょっと黙っとれ」 もはやどっちが主従か分からない会話にファングも首を捻るばかりだ。 |
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「まあ、こんな所で立ち話もなんだしうちの課にでも来るといい散らかってるけどね」 アテネスの案内で白ばっかりで迷いそうななんの飾りもない廊下を進み、エレベーターで上がった所にその扉はあった。 |
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「砂漠、課?」 「うん? 何かおかしいかい? ウチはどこもこんな感じだけどねえ」 スライドドアを開けて「さあ、どうぞ」とアテネスは3人を中に招き入れる。 |
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「「……わあ」」 中を一目見たケーナとファングから呆れた声が棒読みで零れた 室内は小学校の教室程度で窓は無い4方の壁は備え付けの棚になっており、ラベルのついた小さなガラスケースがびっしりと並んでいた。 |
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室内には部屋の広さに比べて少ない事務机が置かれ、机上は書類が山になって積み重なっている 職員は10名くらいだが、部屋のあちこちで椅子に座ったり、立っていたり、床にしゃがみこんだりしたりしていた。 |
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ブツブツ呟きながらタブレットのような端末と書類を照らし合わせていたり、ケースに入ったサンプルを顕微鏡で調べたりしている もちろん床には足の踏み場もないくらいに書類が散乱していた。 |
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「どうやって中に踏み込めと……」 ボソッと呟いたファングの一言が全員の同感であった すいすいと書類を踏みながら中に入って行ったアテネスが、瓶底眼鏡で髭モジャなガタイの大きい中年男性を連れてくる。 |
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「ほら課長 その言葉を聞きつけた室内の何人かが顔を上げてケーナたちに気付く きっぱり断ったケーナにショックを受け、肩を落としてしょぼくれる研究者たち。 |
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オッサンたちが悔し涙を流す様子など、実に鬱陶しい 「な、なあケーナよぅ作ってやれよこの悔しがり方を見れば分かるだろっ!」 なにか共感を受けたらしいファングまでもが懇願する始末。 |
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オプスは我関せずの姿勢でいたが、課長とアテネスの憐れみの視線を受けてさすがのケーナも頷くしかなかった 「分かりました 本来なら食材4種類以上を投入し、闇鍋スキルを使えば出来上がるものである。 |
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しかし人目が多いため、ある程度火が通ってからケーナはスキルを行使した それまでただの沸騰したお湯の中で浮き沈みしていた食材は、あっという間に紫色の毒々しい液体に煮込まれた闇鍋へと変貌を遂げた。 |
| 3685 |
「なんじゃこりゃっ!?」 初めて見る得体の知れない料理にファングが一歩引く 反対に研究者たちは小鉢とレンゲを持って闇鍋に歩み寄り、次々に掬い陶酔した表情で匂いを嗅ぐ。 |
| 3686 |
【闇鍋】は回復用の【魔女の鍋】と違い戦闘用の食料である 効果は高揚とHPアップのはずなのだが、こちらの世界では食した者を魅了する怪しい効果となっているようだ。 |
| 3687 |
「それで結局お2人は何をしにここへ? 私に会うために来たって訳じゃあなさそうだが」 ひと匙のスープすらも取り合うムサい研究者たちの醜い争いを横目に、ケーナたちに向き合ってアテネスが首を傾げる。 |
| 3688 |
「元々は研究者としての伝手を頼ってきたのだがの 「成る程それでお2人は私の所まで会いに来たのですか……」 かくかくしかじかとケーナが説明を終える頃には(醜い争いを終わらせた)男たちも話を聞いていた。 |
| 3689 |
ついでに「水を大量に使う部署について」聞いてもいないのに答えてくれた 「卵が先か鶏が先か論争だなあ」 「仕方ないのう 「こういうのは早い方がいいから」とアテネスの案内で3人は緑地課に向かうこととなった。 |
| 3690 |
「話はえーな」 「あそこは研究の特性上、水の使用は他のところより多くなっているがねついでに室内にある植物から「ウソダヨ」「ドロボウシテキタヨ」との囁き声がケーナには聞こえている。 |
| 3691 |
緑地課の部屋は砂漠課よりも広く、天井が倍以上ある吹き抜けロビーのような形状だ床一面に細い水路が幾つも通っており、所々から天井に届く樹や人の腰くらいまでの苗木が水耕栽培で植えられていた。 |
| 3692 |
らちがあかないと判断したのか、オプスが一歩前に出る 嫌な予感がしたケーナが制止するよりも早く、オプスの【威圧】が緑地課の者たちだけに襲いかかった。 |
| 3693 |
ガタガタ震えながら顔色を真っ青にした研究員たちが一斉に床にへたり込む 「よし ちなみに【威圧】の威力は精神値と魅力値に影響する 魅力値がゲーム時の種族中ドベだった魔人族ではそれ程の威力はない。 |
| 3694 |
これ以上の地獄とは、2つの値がぶっちぎりのトップであるハイエルフ族ケーナが放つ【威圧】のことだ相手が心臓発作かなにかで死ぬ可能性があるのでやらないが。 |
| 3695 |
しかしオプスの【威圧】だけで全員が「私がやりましたごめんなさい許して下さいママ〜ッ!!」と泣き出すのに1分も掛からなかった何故か満足げなオプスの頭をケーナはド突いておく。 |
| 3696 |
「自供が取れたので、あとはこちらで上に連絡して判断を仰いでおきますご協力ありがとうごさいました」 これ以上行政内のゴタゴタにハンターが首を突っ込むとロクなことにならない。 |
| 3697 |
そう付け加えたアテネスに後は任せて、ケーナたちは研究機関を出て帰路についた 「結局金にはならなかったなー……」 「ふふふーん」 ボヤくファングとは裏腹にケーナだけは妙に機嫌がいい。 |
| 3698 |
何事かと集中した2人の視線に気付いたケーナがマントに隠していたあるものを取り出した 「じゃ〜ん!」 「……げっ!?」 「ほう?」 それはシャボン玉のような光の膜に包まれた、20センチメートルくらいの植物の苗木だった。 |
| 3699 |
光の膜はキーの付加した保護シールドである 「盗ってきたのか!?」 「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい まあ、宿に戻ってからのケーナの報告に、更に頭痛の種が増すことになるのだが……。 |
| 3700 |
「T・Sテッサに会ったじゃと……?」 「うん背丈これくらいの女の子で髪が長くてー」 唖然とする珍しいオプスを見てちょっと優越感を感じつつ、ケーナは出会ったT・Sテッサの容姿をあーだこーだと説明する。 |
| 3701 |
キーの証言もあり、本人で間違いはないそうだ 「あ奴め、前と全く成長しとらんではないか……」 どうやらヤルイン奪還作戦があった30年前より姿形に変化はないらしい。 |
| 3702 |
「で、これ貰ったんだけれど」 首に掛けれる程長いチェーンに繋がれた金色のスペースシャトル、の形をした笛を見せられてオプスは渋い顔になる 「あ奴の作ったものは何であるか想像がつかんのう……。 |
| 3703 |
お主に危険がないことだけは確かじゃが」 「T・Sテッサって何なの? ちょっと話した感じだと独特な子だとは思ったけど」 「あ奴は異種じゃな ◇ ケーナがぱちりと目を覚ますと室内は相当に明るかった。 |
| 3704 |
天窓から差し込む強烈な日差しは部屋の真ん中に陣取っている 枕元には小さな蝶々の風精霊がおり、ケーナへゆっくりとそよ風を送っていた ケーナは小さなあくびをひとつして部屋を見回すも、悪友兼守護者兼保護者の姿は見当たらない。 |
| 3705 |
「うん? なんか忘れているような……キー?」 『ハイ』 一番近くにいる者が大抵を記録しているので、分からないことがあればそちらに聞く 「昨日何かあった?」 『……イエ、何モ。 |
| 3706 |
何時モ通リオプスニ突ッ込ミヲ入レ就寝シタクライデ、変ワッタコトハアリマセンデシタヨ』 やや躊躇するような間はあったが、特に変動があったわけではないらしい。 |
| 3707 |
それなのに何か違和感を感じるのはなんだろうか 「うーん何か忘れているような…… ケーナは部屋に鍵を掛け、ミサリに挨拶をし、朝食兼昼食を取りに市場の中に点在する屋台を巡ることにした。 |
| 3708 |
「う〜、このソースちょっと辛かったかも……」 屋台の中で美味しそうな匂いをさせていたトカゲ肉(砂アゴらしい)のフライと野菜のサンドイッチを買い込んだ。 |
| 3709 |
歩きながら食べていたのだが、かかっていたソースが後からくる辛さだったためケーナは飲み物を探して右往左往していた と、そこへ声が掛けられる 「おやケーナちゃん。 |
| 3710 |
こんな所で出会うとは、なかなかどうしてアタシも運がいいねえ」 「……スバルさん?」 以前に護衛依頼を一緒した、青猫のバンダナを足首に巻いた女傑が微笑んでいた。 |
| 3711 |
「今ヒマかい? 出来れば何も依頼など受けていないのが望ましいんだけどねえ」 「また護衛ですか?」 「そうさねえ今回はちと大掛かりでねえ 「ヒマしてましたし、構いませんよ。 |
| 3712 |
ちょっと飲み物を探してて、……」 待って下さいと続けようとしたケーナは有無を言わせぬままスバルに腕をがっちり組まれ、引きずられていく 「なんだい飲み物くらいアタシが奢ってやるよ。 |
| 3713 |
丁度酒場に人を待たせていてねえ」 「え? え? あの、スバルさん?」 「いーからいーから」 引きずられながら語られた依頼内容は、キャラバンの護衛だそうだ。 |
| 3714 |
護衛対象のアクルワーズという名のキャラバンは現世界最大規模を誇る大商会らしい スバルたちの本隊である青猫団は、毎回アクルワーズの護衛を務めてきたが、今回団員がバラけすぎてカバー出来る人数に達してないそうだ。 |
| 3715 |
そこで急遽別に雇い入れることになり、人選を任されたスバルはケーナたちを探していたという訳である 「おーいアンタたちーっ! 力強い援軍を連れてきてやったよ!」 連れ込まれた先はメンデルスという名の酒場だった。 |
| 3716 |
20人弱の男女がひとつのテーブルを中心に円を描くように固まっている ついでに端の席にはオプスとファングの姿も見え、スバルに連れ込まれたケーナに目を丸くしていた。 |
| 3717 |
きょとんとしたケーナはギヌロと40以上の目玉に睨まれても動じる様子はない リアデイルでそれなりに名が売れていたせいで荒くれ男共の視線には慣れっこだ。 |
| 3718 |
試されていたらしく、その集団は一度視線を外したあと、にこやかに接して来た一部舌打ちした者もいたが、それは無視だ 「これはこれは君が噂の姫君か。 |
| 3719 |
僕は青猫団副団長のネープト今回はよろしくお願いするよ」 そう言って握手を求めて来たのは、30代くらいの糸目の青年であった 珍しくYシャツに身を包み、柔和な笑みとほっそりした体躯はとてもハンターとは思えない。 |
| 3720 |
「どもっ、ケーナって言います! 今回はよろしくお願いします!」 元気よく挨拶をすれば笑顔を返してくれる者や拍手で迎えてくれる者など、概ね好意的のようだ。 |
| 3721 |
一部は心配そうな視線を向けてくる者もいる容姿から舐められることは慣例行事なので、本人は毛ほども気にしていない 「蹴り姫じゃねえか……」「なんだそりゃ?」「バッカおめえ知らねえのか。 |
| 3722 |
あれが砂アゴをひと蹴りで仕留めたという嬢ちゃんだ」「……マジか」という会話が交わされていたり 他には「飯の女神来た! これで勝てる!」「おお、味気ない旅の飯に希望がっ!」万歳しながら涙を流す2人とか。 |
| 3723 |
近寄って来たオプスとファングを「こっちがうちの仲間です」と紹介する オプスからは水の入った杯を渡され、これ幸いとばかりに辛さで麻痺した舌をなだめる。 |
| 3724 |
鋭い眼光に恐れをなしたのか、オプスには様子を窺う視線がちらほらと それとは逆にファングには敵意ある視線が集中したことで彼の頬が引きつった。 |
| 3725 |
「これはこれはホワイトファングさんじゃあないですかしばらく見掛けないと思ったら、こんなお嬢ちゃんの手下に成り下がっていたとは……」 立ち上がってズカズカと近寄ってきた数人の若い衆にファングが取り囲まれる。 |
| 3726 |
今にも噛み付きそうな野良犬のようだとケーナは思った 「おいおいどーしたんだホワイトファングさんよォ俺の護衛していた車両を通して貰うと放っとけば今にも誰かが懐の物を抜きそうだ。 |
| 3727 |
青猫団の者たちも諫めようとはせず、ただ静観しているだけである 「いい加減にしときなよアンタたち?」 冷ややかな声でその場を一時止めたのはケーナの隣で青筋をたてていたスバルだった。 |
| 3728 |
「でもよぅ姐さん」 「お黙りいつまでも過ぎたことをグチグチとそんなもんは砂とともに吹き飛ばしておしまい! それでこの話はお終いだ 許せないがスバルに頭が上がらないのか、ああも言われては引き下がるしかないということなのか。 |
| 3729 |
「まあ待て」 今まで事態を知らんぷりして眺めていたオプスがその輪に割り込んだ 「なんだテメェは関係ねえ奴、……は、す、すすすっ」 オプスの視線とかち合った1人がガタガタ震えながら尻すぼみになる。 |
| 3730 |
「貴様等はファングに辛酸を呑まされた落とし前をつけたいと言うのだろう?」 「そ、そそそ、そうだ」 フッ、とか笑ったオプスを見てケーナは内心驚いていた。 |
| 3731 |
どうやらこの短時間で一緒に飲んでいたファングのことを存外気に入ったらしい数日前はイライラしていたというのに、珍しいこともあったものだと感心する。 |
| 3732 |
そしてオプスが若者たちを睥睨しながら「護衛の最中にずっといがみ合っていたところで気分の良いものではないじゃろうこやつも騎兵は修理に出しとることではあるし。 |
| 3733 |
その喧嘩、我が買った」と言うのも予想通りだった 他の者たちが盛大に驚く中、すすすっと隣にやってきたスバルがケーナへ小声で問う対騎兵の模擬戦ケンカになるだろうが、そこは心配するところではない。 |
| 3734 |
「ええっと、まあ、たぶん死にはしないと思いますが……」 自尊心だか自信だかプライドだかは打ち砕かれるかもしれないが、ケンカくらいでオプスも相手を殺すようなことはしないはずである。 |
| 3735 |
一抹の不安は残るが…… さすがに市内で騎兵を戦闘させる訳にもいかず、模擬戦は市外の壁から離れた所で行われることとなった 模擬戦に参加しない青猫団員から周辺を警戒させる者を出すことで話はついた。 |
| 3736 |
更には話を聞きつけた暇な市民(外の危険に躊躇しない者)やハンター、市外で出待ちをしていたキャラバンの手空きな者などが野次馬として参加野次馬というか見物客と化している。 |
| 3737 |
ついでに賭け事も行われていた 倍率としては18:1となっていて、もちろんオプスが18だスバル他2名が参加してやっと賭けが成立したくらいである。 |
| 3738 |
どれだけ騎兵が人々の間で絶対なのか分かるところであろう 50メートル程の間を開けて向かい合う1名と1機始まる前から歓声と野次が飛んでいる。 |
| 3739 |
オプスはいつもの黒コートと青マント武装は右手に持つ長めの黒棒形状はトンファーの打撃部分が1メートルくらいの長さになっている片手杖みたいな物である。 |
| 3740 |
「あー、あれかあまあ、この地形なら最適かもねー」 「武器はあれでいいのかよ本当に本当に大丈夫か? 相手騎兵だぜしかもC型じゃねえか」 オプス側応援席(と言っても立ち見)はファングとケーナのみ。 |
| 3741 |
スバルも賭けた手前こちらに居ようとしたのだが、体裁が悪かったのか仲間の青猫団側にいる 相手の騎兵は茶色い無骨な人型だ 最初はいきり立った若い衆が4機でかかろうとしたのだが、戦力差が有りすぎると副団長のネープトに却下された。 |
| 3742 |
厳正なる抽選の末に最初にファングへ突っかかった若者がその座を勝ち取った 「C型って?」 ファングの発言に首を傾げたケーナが問いかける こちらの世界で騎兵というのは大体4種類くらいに分類される。 |
| 3743 |
まずF型は戦車モドキ下半身がキャタピラだったり、戦車に腕が付いていたりするのがこれだテスタメント機関が介入しない時代に造られたものらしい。 |
| 3744 |
その上のE型はF型とそんな変わらないらしい 機関が介入したために操縦系統が変わったとか、武装が増えた程度の変化だそうだ D型はようやく二足歩行となって現れた。 |
| 3745 |
ただし人類反抗作戦真っ只中のものなので、見た目は子供の遊ぶブロックで造られたような四角と長方形の固まりである 当時は物資も不足していたので、コクピット以外に装甲を付けないスケルトンな物も数多く存在した。 |
| 3746 |
C型は今現在最も普及しているタイプである D型よりは多少スリムにはなったが、まだまだ無骨な部分は捨てきれてはいない 本人が格好いいと思っているのだろう。 |
| 3747 |
蜘蛛の巣模様が入っているので尚更機関車にしか見えない 武装は右手にライフル左手側に4発装填のバズーカ これに本来は短距離ミサイルランチャーも付くらしいが、対人相手にそれはないだろうと外されている。 |
| 3748 |
ライフルにはペイント弾が詰めてあるらしいが、バズーカは実弾である 周辺の安全が確認されてからようやく試合が開始される運びとなった オプスの敗北条件は負けを認めることで、相手の敗北条件は弾切れである。 |
| 3749 |
一応試合中に自動機械の襲撃があるかもしれないので、連絡用としてオプスにはインカムが渡された 開始の合図のホイッスルが鳴り響き、と同時にオプスの左側にライフル弾が打ち込まれた。 |
| 3750 |
『どうよ、オレの狙い撃ちは悪いこたァ言わねえがさっさと負けを認めるんだな』 と言う降伏勧告に淡々とした表情のオプスは耳をほじりながら言い返す。 |
| 3751 |
『グダグダ言わんとさっさと掛かって来んかこの小童こわっぱめ』 『っ!? ッテメエッ!!』 激高した若者は「うおおおっ!」と吠えながらバズーカをオプスへ撃ち込む。 |
| 3752 |
しかし半身を逸らしたオプスの脇を通り越して、その背後の砂地を虚しく爆発させるだけであった オプスが無造作に騎兵に向かって歩み始めると、ギャラリーから小さく悲鳴があがる。 |
| 3753 |
普通の人間ならば武装した騎兵に近付こうなどと考えないからだ 『なっ!?』 反射的に突き出したライフルから撃ち出された弾は太い帯状のモノに阻まれてオプスに当たることはなかった。 |
| 3754 |
それどころかしなる帯状のモノに打ちすえられた騎兵が、弾かれてひっくり返るというこの地の人々からすると信じられないことが起きる 帯状の正体はオプスが円を描くように振るった黒杖の先端から繋がる砂で出来た太い鞭だった。 |
| 3755 |
見物客も青猫団のメンバーも、相対する騎兵乗りもファングさえも唖然として固まる 砂が形を帯びて弾を防ぎ、騎兵を弾き飛ばすことに理解が追いつかないからだ。 |
| 3756 |
「なんなんだよあれはっ!?」 「あれは流砂の杖砂とか水とかを操作するアイテムだよ」 ヒステリックに叫ぶファングへケーナが淡々と解説する ゲーム中は単なる道具だった物だが、リアルとなって武器に転用が可能となった中のひとつだ。 |
| 3757 |
ただし、一度の発動が5秒につきMPを馬鹿食いする上に連続使用は倍化消費するという扱い難いものでもある コクピットの中でもパイロットが呆然としているのか、起き上がる動作もノロノロと緩慢だ。 |
| 3758 |
まあ乗り手からすれば歩兵に倒される騎兵という不名誉な称号を受けたことになるだろう自身の状況が分からなくなるのも無理はない オプスは律儀に騎兵が起き上がるのを待ってから右腕を振るった。 |
| 3759 |
砂で形成された新体操のようなごんぶとリボンが無抵抗の騎兵に巻き付く次に黒杖に両手を添えて体ごと大きく捻ったオプスの動きに見物客からどよめきがあがった。 |
| 3760 |
立て続けに人々の常識を打ち壊したオプスの所行はまさに魔王のごとし ろくな抵抗も無しに砂を滑った騎体はハンマー投げの要領で宙を舞う100キロにも満たない人オプスの身が1トンにもなろうという騎兵を振り回しているからだ。 |
| 3761 |
見物客からはその非常識さに失神者まで出る始末 カラクリは簡単で、オプスの肩に地精霊が鎮座しているのをケーナは見付けていたその力を借りて騎兵を浮かせているのだろう。 |
| 3762 |
程良くパイロットをシェイクして満足したのか、オプスは流砂の杖へのMP供給を切って騎兵を解放するが、解放された騎兵は遠心力の影響で勢いよく飛んで行った。 |
| 3763 |
その方向には見物客が固まっている 砂地を滑ったり転がったりしながら見物客を押し潰さんと迫る騎兵 悲鳴をあげて逃げ惑う人々 いよいよ逃げ遅れた人々が転がった勢いで四肢をだらりと広げた騎兵にのしかかられようとした時。 |
| 3764 |
左腕に白銀の小さな丸い盾を装備したケーナがその間に割り込んだ 「【盾衝反射撃ラヴィズバル】ッ!!」 ケーナの腕半分程しか覆わない小さな盾が、四肢の制御もままならない全高7メートルの騎兵を防ぎきる。 |
| 3765 |
跳ね返すよりも逸らすようにして騎兵のボディを人の居ない右後方へと振り落とした 「……あっぶなー」 つい反射的に割り込んでしまったが、二次災害が起こらなかっただけ良かったなあと安堵の息を吐く。 |
| 3766 |
それにさっきの盾スキルは直感のみのぶっつけ本番の行動である 本来はカウンターで相手の攻撃を跳ね返す技であり、決して今のような使い方をするものではない。 |
| 3767 |
(キー、ありがとう) 『ドウイタシマシテ』 騎兵が跳ね返らずに後ろに流れたのはケーナの意図を汲んだキーの仕業であった 庇った人たちの安否確認に後ろを振り向けば、目を見開いて硬直している人が多数。 |
| 3768 |
自身の無事を確認すると次々に意識を手放し倒れていった 「すまぬな無事か?」 「……やりすぎ」 悪びれた様子もなく戻って来たオプスに愚痴る 周囲を窺えば、無事だった見物客がこちらに向ける視線の大半に畏怖が含まれている。 |
| 3769 |
その向こうでは青猫団員たちが倒れた騎兵から操縦士を引っ張り出している光景も見える 「おーいアレン生きてるかー?」 「ダメだこりゃ目え回してやがる」 「おいそっち持て!」 「1・2の3で引っ張り出すぞ。 |
| 3770 |
いっちにーの!」 「なんちゅーか 「いやー、儲け儲け稼がせて貰ったよ2人とも奢りで飯でもどうだい?」 「お仲間を放っておいてもよいのか?」 「耐性がねえとアノ光景はウチの連中にもチョイとばかしキツいだろーよ。 |
| 3771 |
仕事の話と接待役がコッチに回って来たわな」 「すみませんスバルさんにもご迷惑を……」 ペコペコと頭を下げるケーナに待ったをかけて、スバルは肩をすくめる。 |
| 3772 |
「アタシんとこよりそっちはこれからキツいんじゃないのかい? あれだけのギャラリーが見てたんだから、2人が規格外だっつー噂が流れるのは早いと思うよ」 「あー」 頬をかきながらケーナの視線が泳ぐ。 |
| 3773 |
多少の力量を見せつけておこうとは思っていたが、あそこまでオプスがハッチャケるとは予想外であったその原因となった当人はというと…… 「いやこの依頼でしばらくはヤルインから離れられるじゃろう。 |
| 3774 |
丁度良いタイミングじゃて」 「まだ依頼で行く先は言ってないんだけど……」 「まあ、オプスの一言にいちいち突っ込み入れてたらキリないですよ」 所在なさげに呟くスバルの肩をケーナは慰めるようにポンポンと叩いた。 |
| 3775 |
「いやーこんだけ大量に車両が動くと凄いわー」 「あーなんか言ったかの?」 「砂塵で! 何も! 見えないって! 言ってんのっ!」 兵員輸送トラックのハンドルを握るオプスに助手席のケーナは怒鳴り返す。 |
| 3776 |
窓の外は護衛対象車両の蹴立てた砂埃がまるで砂嵐のようで見通しがすこぶる悪い 「おーい交代の時間じゃねえのかー?」 2人の背後、荷台側の小窓が開いてファングが顔半分ほど出してのんびりと問い掛けた。 |
| 3777 |
オプスと何時間かおきに運転を交代するという取り決めにしてあるからだちなみにその交代要員の中にケーナは入ってない 「あー、そのつもりじゃったのじゃがなあ。 |
| 3778 |
この状態で大丈夫か?」 ボンネットまでは見えるがその先は砂煙という光景を差してファングに問う オプスの場合は上空に風精霊を飛ばし、その視覚と繋ぐことで周りの状況を把握している。 |
| 3779 |
「ばっかお前ガーランドを馬鹿にすんなよこの程度の砂嵐の中で動けないんじゃ、騎兵乗りなんかやってられねーぜ」 なんでも周囲をレーダーサイトのように把握するスキルがあるという。 |
| 3780 |
「ふむで、その効果は何時間くらいじゃ?」 「う……」 「どのくらいじゃ?」 「い……いちじかん、くらい?」 「話にならんな」 「ぐっ……、ぬぐぐ」 持続時間を指摘されてファングの表情は悔しげになる。 |
| 3781 |
ケーナはただ苦笑するばかり 「まあ、一休みくらいは出来そうじゃの」 「へ?」 オプスの落として上げる発言にケーナは「やっぱ丸くなってるわ」と呟く。 |
| 3782 |
オプスから飛んで来た鋭い眼光を、荷台側へ【転移】することでやり過ごしたそうして次はファングを助手席へ飛ばし、オプスがファングと場所をケーナと同じ手段で入れ替えれば交代完了である。 |
| 3783 |
オプスが「仮眠をとる」とアイマスクを被れば、釈然としない顔でファングがハンドルを握った ◇ オプスVS騎兵より2日が経過していた 現在は出発してからだいたい2時間ほど。 |
| 3784 |
アクルワーズ商会の車両はコンテナが30機という大所帯で、装甲車&指揮車に3両ずつ繋がれたものが10台これが現状砂嵐のように見通しの悪さを作り上げている原因だ。 |
| 3785 |
それに青猫団所有の3両編成車両が4つアクルワーズ商会のコンテナを囲むように配置されている ケーナたちの所有するトラックは最後尾に位置し、舞い上がった砂塵の影響をもろに被ることになっていた。 |
| 3786 |
目的地はヤルインより1000キロほど離れた海辺の城壁都市バナハース 何の問題もなければ4日程で着くらしいが、スバルによると今まで順風満帆となった行程はほぼ無いとのこと。 |
| 3787 |
主に自動機械やら砂漠生物の襲撃は当たり前 車両故障とかはいうに及ばず一番面倒なのは同じように騎兵も使って襲撃してくる砂漠を根城にする盗賊の存在だとか。 |
| 3788 |
「殿しんがりを任されたんだから責任重大だよねえ」 ケーナは【飛行】を使い、荷台を抜け出してトラックの幌の上に降り立つ 「さて、えーと、まずは……」 ケーナは目を閉じて体の奥底にある感覚を引っ張り出す。 |
| 3789 |
これがまた朧気なもので自分でもあまり確証がもてない部分である 四苦八苦して以前感じたことのある感覚を引っ張り出し、目を開くと風景が一変していた。 |
| 3790 |
車両の巻き上げる砂煙だらけなのは変わらないが、それに風の流れを可視化した光景がプラスされているといってもガラスに引っ掻き傷を入れたような判りにくい形ではあるが。 |
| 3791 |
「……ふぅ」 軽く深呼吸をして再び目を閉じて集中する 今やっているのは制御と把握と精度である つまりは力の程を制御しながら、精度を磨いて全体を把握するだけの行程だ。 |
| 3792 |
なんとなく自分の中にある魔力とは違う力を見つけてから始めた訓練で、やり方はもう手探りでしかない マニュアルが魂源ルーツの中なので、ただ漠然と『こうしてあーして』という曖昧な感覚が頼りである。 |
| 3793 |
そして集中した結果、ケーナの脳裏に浮かんだ光景は数キロメートル範囲までの砂漠とその真ん中で小さく砂埃を上げているキャラバンの俯瞰図ジオラマであった。 |
| 3794 |
つまりは精度の絞り込みが失敗していることになる 「あちゃー……」 いったんその光景を切ってケーナは頭を抱えた 予定ではキャラバンを100メートル範囲で見下ろし、風の流れを制御して砂埃を極力減らす目論見があった。 |
| 3795 |
ミニカーを並べて、間の邪魔なものを取り除くような感じである だが先程のような範囲の縮尺図だと、力加減をミスった場合、ダウンバースト現象などが発生してキャラバンが壊滅してしまう危険性が高い。 |
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「要訓練しかないか千里の道も一歩からっとね」 『ソノ意気デス』 こればっかりはキーでも手伝えないので、幌上のケーナの身体のバランスと邪魔の入らぬように防御を固めるくらいだ。 |
| 3797 |
ケーナの試行錯誤は陽が傾き始め、キャラバンが野営のために停車するまで続いた 「ぬぬう〜」 コメカミを両手でぐりぐりとほぐしながらケーナは呻うめき声を漏らした。 |
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「荷台の上で何やってたんだよお前は」 「何やってたってもう〜、ふわっふわで上なのか下なのか前途多難だわ〜」 「まったく意味がわからねえよ」 ふらふらしているケーナの背を支えながらファングは首をかしげていた。 |
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ただでさえ騎兵が使えないことで運転手としてしか務まらない同行者になっているファングであった執念で特殊ポイントまでを使い、レーダーサイトスキルの時間延長を行っていたのである。 |
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そのせいもあってオプスから「無理をせんでもよいのじゃぞ」という労いの言葉まで貰い、鼻高々に荷台を覗いてみれば誰も居なくて大いに焦ったのは記憶に新しい。 |
| 3801 |
「上に居る」とオプスに教えて貰わなければ助手席から飛び出していたかもしれない 「あーだいじょぶだいじょぶこの周辺はもう掃除済みだから」 「……は?」 ケーナは手をパタパタさせながら突拍子もないことを言い出す。 |
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彼女の精度修練は地上視だけには留まらず、地下にまで届いていた砂中の原生生物だけではなく、砂丘をさ迷っていた自動機械までバッチリ見付けていたのだ。 |
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ただ排除しようとして視覚化したジオラマ上に軽くデコピンを放ったつもりが、大規模なソニックブームが発生して砂丘が長さ数100メートに渡って不自然にえぐれていたり。 |
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地中の原生生物を退治したら、直径200メートルの深さ10メートルの不可思議な盆地クレーターが砂丘に刻まれたりである キャラバンの進行方向に影響がなかったのが不幸中の幸いであろう。 |
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あまりにも簡単に地形が変わってしまうので、次回からは見るだけに留めようと固く誓ったケーナであった 青猫団で持ち回りの歩哨を立ててから、キャラバン全体が夕食の準備に入る。 |
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ケーナたちは歩哨や夜の警戒番を免除されている 青猫団副団長曰わく「あの攻撃が誰も見てないところで放たれるのが恐ろしくて仕方がない」のだそうな。 |
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ケーナはキャラバンの密集している一角でコンテナを風避けにしながら、夕飯の準備を始めた とは言ってもケーナの場合はスキル発動させてしまえばすぐ完成なので、あくまで前準備の振りだ。 |
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野菜や肉を切り分けて水で満たした寸胴鍋に放り込んで煮始める キャラバンの人員や青猫団の者たちは自前の車両の中に簡易キッチンやレーションがあるので、ケーナの行動を物珍しそうにチラチラ見ていた。 |
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そんな人々の好奇心も、ケーナがスキルを発動させたことで驚愕へ変わる 「な、なんだこのかぐわかしい芳醇な香りは……!?」 相変わらずボコボコと泡を立てて煮込まれる原色紫のスープ。 |
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とても食べ物の色ではない しかしそこから漂ってくる匂いはこの世界の誰もが嗅いだことのない未知の匂い 嗅ぎ続けることで口の端に涎が垂れ下がりそうになる美味しそうな匂いだった。 |
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誰もが視線をそこに向けて「ひとくち味見を」と催促したくなる中、青猫団の中より歩み寄って行った者が3人スバルとガーディとシグである 「よう、嬢ちゃん。 |
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お裾分けされに来てやったぶっ!?」 「何であんたが上から目線で催促してんだい! そんなんだから青猫団うちらの印象がどんどん悪くなるんだろうがっ!」 問答無用でスパナをガーディの顔面に叩き込むスバル。 |
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ケーナは小分け用の容器を準備しながら、平然としているガーディの頑丈さに唖然とするばかりだそんな2人をスルーしたシグは清々しい笑顔でケーナに話しかける。 |
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「いや、相変わらず匂いだけでも絶品ですねえ その後ろでは見るだけなら2度目になるファングが、毒々しい色のスープを入れた器を持って固まっていた。 |
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「どうした食わんのか?」 「食えるもんなのかこれ?」 「前も食べとったし、あっちでも食っているじゃろうて」 と、オプスは3人組みの方を指す。 |
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欠食児童のようにがっついているガーディ以外は、レンゲを使い味わって食べていたその表情はスバルもシグも、美味さから笑みを浮かべている 「さっさと食わんとケーナが気を悪くするぞ」 「う……。 |
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わ、分かったよ」 「まあ、その前に我が【強制操作マリオネット】を使ってスープで溺れそうになるくらい食わせてやるから安心するがよい」 「安心出来る要素が何処にもねえよ!」 ケーナのことに関しては有言実行なオプスである。 |
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操り人形のように食わされるのは御免だとばかりに、ファングは慌ててそれを口に入れた目をつむって「南無三!」とか思いつつも 食べた後の目を見開いて驚愕するファングの表情はケーナを楽しませたので、オプスが手を出すことは無かった。 |
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「明日はパンにしよっかな〜」 「いきなりグレードが下がったな」 ケーナの呟きを聞いていたガーディが残念そうにこぼす 「んん? ガーディさんパン嫌いですか?」とケーナが疑問顔で首を傾げる。 |
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「いやまあ、好きか嫌いかで言えばどちらとも言えんなァ」 「そーですか……」 しゅーんと肩を落とすケーナを見てオプスから怒気が吹き上がった。 |
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間髪入れずにスバルからスパナが飛んだのは言うまでもない スバルに「どういうものか説明してやんな」と促されたケーナはパン食の魅力を語り始めた。 |
| 3822 |
「ええっと焼きたての食パンで、両面キツネ色の焦げ目があって、乗せたバターがゆっくりと溶けながらお日さまのようないい匂いがしてーあ、イチゴジャムやベリーのジャムを塗ってもいいよね。 |
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外側はほんのりカリカリで、内側はふわふわの食感なんだよー」 多少子供っぽい言い方ではあったが、周囲で聞き耳を立てていた青猫団員たちの食い意地を惹くには充分であった。 |
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我も我もとご相伴に与ろうと口を開く中、一部の人員は疑問を感じていた パンすらも水分を奪われ固くなるこの熱砂の砂漠で、どうやってそのような食物を手に入れるのだろうと。 |
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ケーナはリアデイルから持ち込んだ大量の小麦を夜のうちに食パンへ加工し、朝には調理スキルでトーストにして皆に振る舞うやはり出所を詮索する者はいたが、「企業秘密です」で煙に巻いておいた。 |
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2日目の午前中に数機の自動機械が襲撃してきたが、これは青猫団が難なく処理して旅路に影響はなかった 「やばい 昼間は移動に費やすので、足を止めて昼食という訳にはいかないからだ。 |
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朝の時点で、青猫団員やアクルワーズ商会の人員から夕飯を催促する視線が飛んできたケーナは答えを保留にして出発してしまったので、移動中に回答を迫られているという訳だ。 |
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「人が良いにも程があんだろ……ああいうのは金銭を要求してもいいと思うぜ」 「キャラバンとする旅じゃと毎度の事じゃったからのうただの習慣病と変わらん」 ファングが妥協案を出すが、オプスが言うだけ無駄だと首を振る。 |
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リアデイルでも商隊に散々優遇してた前科があるだけに反論も出来ない仕方ないのでケーナはファングの案を採用し、即席屋台でも作ろうと準備しだす。 |
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「この中でやるんかいっ!?」 荷台の中でアイテムボックスから角材を取り出したケーナにファングは悲鳴を上げる 今荷台にはケーナとオプスとファングの3人が寛くつろいでいる。 |
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それで半分くらいのスペースを使っていて、後は荷物に偽装したダンボールが数個くらいだ残りのスペースで屋台の骨組みを作ろうというのは無茶もいいところだろう。 |
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ちなみに運転はオプスが思考の一部とハンドルを“繋げて”行っているので、今現在彼等のトラックは無人で走行中であるあまり人目を気にしなくていい殿しんがりを走っているから出来ることだ。 |
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そうでなくてもオプスはやりそうなので、油断はできない やはり狭い荷台では取り回し難いとして角材をしまい込んだケーナは「そう言えば」とファングに問い掛けた。 |
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「あのC型ってやつ、ファングは操縦出来るの?」 「あ……、ああ出来るぜ、騎兵ならひと通りな」 VRMMOガーランドを騎兵乗りで始めるとこちらと同じ形式で初期選択はF型であったそうだ。 |
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あとは金が貯まり次第F型からE型、D型と乗り換えていけばいい金銭でその辺り自由になるところは、こちらとは違うところだろう 「なんだ今の話でなんかあったか?」 「バカ者めが……。 |
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ケーナを焚き付けおったな」 「はァ?」 意味が分からないファングに困惑する原因本人が解説を加える 「つまりー、騎兵を拿捕だほすればファングも暇にならないってことでしょ」 「拿捕するって、をい。 |
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どっからどうやって……」 「うふふふふふ」 ケーナは妙な含み笑いの余韻を残しつつ、幌の端に手を掛け逆上がりの要領で荷台の上に出て行った数秒の後に幌を軋ませると気配が消える。 |
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「……行っちまったけど?」 何がなんだか分からない顔のファングは口をぽかんと開けたまま、荷台の天井を見上げていた視線をオプスに戻すオプスは隣が不在になったので、荷台の長椅子にゴロンと横になる。 |
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「あー、もう我は知らん」 「おい……」 ファングからの非難の視線にも目を細めて薄笑いで返す 「さっきケーナが言ったじゃろう『拿捕する』とな」 「どっからだよ。 |
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まさか青猫団からじゃねえよな?」 「運良く近くに砂賊でも近づいとったんじゃろういや、この場合相手にとっては運悪くじゃな 「どーやって騎兵とっ捕まえる気だよ。 |
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オプスたちにはそれも苦じゃねえのか?」 「さてな色々手はあるが、中身を無力化させてしまえば残るは金属の塊じゃろう ◇ ケーナはトラックの幌の上に出ると、装備を完全武装に変えた。 |
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実は朝から会話の合間や作業の合間に例の俯瞰視覚をちょこちょこ発動させていたので周囲の把握はバッチリである しばらく前からキャラバンから離れた場所を併走する戦車や、騎兵を格納できるコンテナを2台連結した装甲車を確認していた。 |
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それが徐々に距離を詰めて来ていたので、話に聞く砂賊かと思っていたのだ 跳躍スキルを使いキャラバン所有のコンテナへ飛び移りながら、事前準備を行う。 |
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「【噛み砕く獣魔アストラル・アンカー:LV3】」 遠距離戦闘用の闇属性魔法を起動させると、空中から滑り落ちるように全長2メートルもの体躯を持つ獣がケーナの左右に現れる。 |
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鋳造された銅像のような印象の2匹は黄金色に輝いていて、右側に狼が、左側には虎である 2匹共細いチェーン付きの首輪があり、チェーンの先はケーナの背後で虚空に消えていた。 |
| 3846 |
その2匹をお供に、並んで移動しているコンテナからコンテナへ飛び移っている最中にインカムに通信が飛び込んで来る真ん中から割れて左右に開いたり、天井部分だけ蓋のように開いて騎兵が立ち上がったりとコンテナによって違う。 |
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ケーナはそのどちらでもない、汎用キャリーに仰向けで固定されていて防塵カバーを剥がしている最中の車両へ着地した途中ケーナの連れている虎狼に目を丸くするが、足を止めずに背中を叩いて苦い表情になる。 |
| 3848 |
「あんたが出るような相手なのかい?」 「いえちょっと騎兵とっ捕まえようかと思いましてひとり騎兵乗りがウチに余ってましてね」 「あーファングの野郎のためかい。 |
| 3849 |
分かったうちの奴等には一応言っとくけど、銃弾には気をつけるんだよ」 「はい」 尚キャラバンはこのまま速度を維持して進み続ける予定だ 騎兵を降ろした青猫団所属車両は残り、戦闘が終わったあとに予め決めてある合流予定地点へ向かう。 |
| 3850 |
ケーナの【遠視】スキルには砂賊のコンテナ車両から5機の騎兵が下ろされ、3両の戦車と共に此方へ向かってくるのが見えたただし明確に向かう先はややズレた後方で、先を急ぐキャラバン群らしい。 |
| 3851 |
『オラァ! アンタたちィ、抜かれるんじゃないわよォッ!!』 『『『『オオオッ!!』』』』 スバルの怒声がノイズ混じりで響きまくり、息の揃った気合いの野太い返事がそれに続く。 |
| 3852 |
『あと嬢ちゃんも出るから弾を当てんじゃないよっ!』 『ハァ!?』 『おいおい生身で騎兵をどーしよーってんだ?』 『あのおっかねえ兄さんの仲間だろあの嬢ちゃん。 |
| 3853 |
大丈夫じゃねえの』 此方側の騎兵はシグのF型と3機のC型だ F型は下半身がキャタピラなので格闘戦には向かないシグ機は瑠弾を的確に相手の進行方向に打ち込み、妨害に徹する。 |
| 3854 |
砂賊騎兵らの先回りをした残りの青猫団騎兵たちは銃弾で牽制しつつ、1機がトゲ付きシールドでぶん殴るという豪快さを見せた 「はぁーい 騎兵が反射的に撃った銃弾は金狼の体をすり抜けたという事実を、敵も味方も目撃して動きを止める。 |
| 3855 |
しかし更なる驚愕な状況を目にすることになり、現実を疑った 金狼は胸部の装甲を難なくすり抜けて、操縦席で凍り付いたパイロットの胸に鼻先を埋める形でその内部に噛み付いたのだ。 |
| 3856 |
『グギャアアアアアアアアッッ!!!!』 人よりも獣に近いような絶叫が上がる 騎兵の胸から金狼の腹と後ろ脚が突き出ている不可思議な光景と、砂賊内の通信網へ耳をつんざく絶叫がプラスされた。 |
| 3857 |
【噛み砕く獣魔アストラル・アンカー】とは対象の魂に直接のダメージを与える魔法である ゲームの時には精神力の低い数値を持つ動物系モンスターを一撃で行動不能(気絶状態)にする程度でしかなかった。 |
| 3858 |
しかしリアルで行使するそれは、対生物であるならばほぼ必殺と言っても過言ではないデンジャラスな効果を及ぼす 具体的に言うと行使された者は魂を傷つけられるので人格障害か記憶喪失、最悪の場合には廃人か。 |
| 3859 |
魔法となるが行使する為の媒体を魔力で形成して、それを対象にぶつける必要がある媒体には物理攻撃は無効だし、壁があってもすり抜ける防ぐ手段はケーナのステータスを凌しのぐほどの魔法防御力か、儀式魔法で形成された結界のみだ。 |
| 3860 |
威力も兼ね備えた媒体は上に行くほど凶悪になるLV2だと猫型、LV4だと竜型という風に 対人だったらこれくらいかと思ってLV3の虎狼を選択したケーナだったが、そこは魔法攻撃力に特化した種族のハイエルフ。 |
| 3861 |
威力が凶悪過ぎて結果は悲惨のひとことだ 加えてこちら側の人間の魔法抵抗力がお粗末だっただけのこと しかし外から見ているケーナにはその様子は分からない。 |
| 3862 |
通信の繋がる砂賊たちにその恐ろしさが伝わるだけだおかげで金虎を向けられた砂賊の騎兵は武装を放り出して逃げ出したほどである もちろんあっさり追いつかれた上に背中側を透過して噛み付かれ、1人目と同じ末路を辿った。 |
| 3863 |
再び絶叫が砂賊の通信を震わせ、彼等の心身も震え上がらせた いくら無法者といえども賊などをやっている以上、不意の死は選べないのは理解している。 |
| 3864 |
キャラバンを襲って護衛に倒されたり、自動機械に殺されたり、砂漠のモンスターにやられたりと街中に住めない者たちには辛い環境である だから相手が前述の3つや病気なら仕方がない。 |
| 3865 |
だが銃の通用しないけったいな獣に襲われ、絶叫を挙げた末に生きてるのか死んでるのか分からない末路だけはごめんだ 2機目の騎兵が砂漠に倒れた姿を目の当たりにした砂賊たちは、青猫団へ切羽詰まった声で投降を申し出た。 |
| 3866 |
騎兵から降ろされ一塊にされた後、獣魔に襲われた者が操縦席から引きずり出された姿を見た者は悲鳴を上げる 「「「「ひいっ!?」」」」 「「「「なんっっ!?」」」」 敵も味方も犠牲者の惨状に青い顔をして絶句した。 |
| 3867 |
「あちゃーまあこんなものなのかなあ、こっちでは」 というケーナの発言に敵味方関係なく抱き合って恐怖に怖れおののいたさすがに1度の行動を共にしたスバルたちも表情を引きつらせていたくらいである。 |
| 3868 |
この辺り住む場所の価値観の違いが表れていた リアデイルでは盗賊などは百害あって一利無しゲームがそのままに見つけたら殺すサーチアンドデストロイのが当たり前。 |
| 3869 |
捕らえたら強制鉱山労働送りか死罪になる 対してこちら側はなるべく捕まえて行政奴隷に望ましいというくらいだ純粋に人間が足りない世界であり、労働者はいくらいても足りないという考えである。 |
| 3870 |
そんなこんなで、夕食の件で間が縮まりつつあった青猫団員たちとケーナたちの溝は再び開いてしまった ちなみにケーナの蹂躙した騎兵の1台は無事にファングへと譲渡された。 |
| 3871 |
残りの騎兵や戦車は青猫団で接収され、アクルワーズ商会が車両と捕虜を買い取ったのである 「まだかなぁ〜」 彼女は呼ばれるのを待っていた砂漠の真っ只中で。 |
| 3872 |
生まれてからまだ10数日しか経っていないが、母親とも呼べる存在に世界の成り立ちから辿った歴史、文化や産業に至るまでありとあらゆる事を教え込まインプットされた。 |
| 3873 |
その中には『コレは私からの許可があるか、ご主人様から聞かれるまで秘密だよ』という重要機密までも混じっている それはいいのだそれは 最重要事項は自分にはご主人様がいることだ。 |
| 3874 |
ご主人様に関してのデータだけは彼女の中に全く無い母親も教えてはくれなかった かろうじて、名前と(たぶん『ご主人様』で通すので呼ばない)女性であること。 |
| 3875 |
お供にお爺さん・・・・が付いていることだけしか聞かされてない 自身が完成して『ご主人様』のことを聞いてから喜び勇んで母親の元を飛び出してきたのである。 |
| 3876 |
「……ご主人様ぁ……」 切なげな声がついポロッと零れる 現状彼女はご主人様の元へ飛び込んで行く訳にはいかない理由があるのだ それは“呼ばれない限りご主人様に近付いてはいけない”という母親からの命令のせいである。 |
| 3877 |
なので人間の街を遠くから超常の感覚を持つと思われるご主人様に気付かれないよう、隠れて観察するしかないのである ぐれいと、素敵、素晴らしい! と褒めちぎれるほど彼女はご主人様を目にするたびに感動でうち震えるほどだ。 |
| 3878 |
加えて自動機械をあっさりと葬るあの強さ! ついあのご主人様に自分って必要なのだろうかと考えてしまうくらいの強者 いや、強さで適わないならこの可愛さで勝負だ! ご主人様! と思いつつ自分の体をじっと見つめる。 |
| 3879 |
母親には『大丈夫! あなたの可愛さならご主人様もきっと満足してくださるわもっと自信をもって飛び込んでらっしゃい突撃あるのみよその質量の破壊力をみよ!』なんか母親の言い方も途中から主旨が違うような気もしたが、改めて見下ろす。 |
| 3880 |
見た目全長50メートルの陸の城、白亜の輝きは砂漠の中でも目立つこと間違いなしである 普段は超時空迷彩(母親命名)によって周囲にカモフラージュを形成し、砂漠の光景に溶け込んでいるので目立たない。 |
| 3881 |
でもご主人様はこっちの方を見て首を傾げていた 「くっ、侮れないさすがご主人様」 横から見れば二等辺三角形 艦首側は緩いカーブを描いたなだらかな坂状。 |
| 3882 |
ストンと崖になっているのは艦尾の方艦尾に詰まっているのは砲塔とかミサイルコンテナだからまず可愛くない却下 三角形の頂点には、砂漠の中でもお肌の大敵である直射日光の紫外線を強化遮光ガラスで完全にカットされた艦橋。 |
| 3883 |
精々3人が座れてなんとかの狭さだけど 「いざとなったらご主人様以外をシャットアウトすれば広くなるよね」 甲板は坂道の途中に段々と3段に分けて存在している。 |
| 3884 |
1番下は内部ハンガーからの射出機能を備えた騎兵用 「ご主人様は騎兵持ってないようだったけど、ここって必要かな? トラック入れても問題ないし。 |
| 3885 |
ま、いっか」 2段目の甲板は見た目だけ 主砲とか副砲とかが普段は折り畳まれているところである 「主砲の試し撃ちは設置する前に済ませたって母さまが言ってたし。 |
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どうせご主人様の許可がないと撃てないしね」 3段目は艦橋の下各個室に繋がる場所である ちょっと広めのベランダと言ってしまうと建て売り住宅のように見えてくるから不思議だ。 |
| 3887 |
「部屋は寝ることだけ出来ればいいって母さま言ってたけどホントかな? ご主人様の部屋だけでも広くしてくれれば、私が褒められたかもしれないのになぁ」 ここまでで分かる通り彼女のボディは砂上戦艦である。 |
| 3888 |
ファングから離れてT・Sテッサに拾われ、主機や武装などに大改造を施されて生まれ変わったのだ 自動機械の支配から逃れるため、外部に独立型の有機電脳バイオロイドを主AIとして備えた形へと。 |
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それが彼女である 見た目は首輪を付けた茶色い柴犬 全高1メートルくらいのちんまりした感じ首輪には名札がぶら下がっているも、そこは空白 「またけったいな所に来ちゃったなあ〜」 「ああ、俺も通った道だ。 |
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へんな所だよなここ」 俯瞰視覚で都市を見渡し眉をひそめるケーナと、同感だと頷くファングオプスは何かを画策するような笑みを浮かべつつ最後尾を歩く。 |
| 3891 |
砂賊を返り討ちにしてから2日後にアクルワーズ商会率いるキャラバン群はバナハースへ到着した 途中砂漠モンスターや自動機械の襲撃や車両故障に悩まされたものの、当初の予定通り4日間で到着したことになる。 |
| 3892 |
スバルが言うには、これは有るか無いかというくらい奇跡的に幸運な行程だったらしい普段は平気で3〜4日は延びたりするものだということだ オプス以外に気付く者が居るかどうかは甚だ疑問なのだが。 |
| 3893 |
さて、辿り着いたバナハースは港も込みでの城塞都市であった 上から見た形としては海に向かってのU字型で、港部分の桟橋が幾つもあるから爪の短い櫛くしのような形状をしている。 |
| 3894 |
ヤルインよりはやや都市面積は小さいが、それでもU字型の幅だけでも9キロはあるそうだ 海はあってもオアシスは無く、だったら水はどうしているのかと思いきや、巨大なマーライオンの像の口からダバダバと流れ出ていた。 |
| 3895 |
都市の左半分が市街地となっていて、その中心部にささやかな緑地公園がある その中央に鎮座しているのが高さ4メートル程のマーライオンの像だ鋳造品のようだが、港町だというのにサビのひとつも浮いていない。 |
| 3896 |
口からは滝のような水量の水がゴウゴウと流れ落ち、下にある池は苔があるものの澄んだ色を保っていたここから一度濾過器を通して市民や施設へ水を行き渡らせているそうだ。 |
| 3897 |
現在はスバルたちのプチ観光ツアー兼ハンター組合まで案内を受けている途中であるなんでも都市内のハンター数を把握しておかないと、組合でも緊急事に取れる対策の幅が違うのだそうだ。 |
| 3898 |
「今まで謎に包まれていたマーライオンの秘密が、こんな何でもない風に解説されてしまうだなんて……」 何故だか膝を付いてうなだれているシグがいた。 |
| 3899 |
「神秘好きだったのかいアンタ」 「ううっ、姐さ〜ん」 「この程度で泣くなんてみっともない真似さらしてんじゃないよ!」 足元に縋りつこうとしたシグの尻を蹴り飛ばし、スバルはガーディの方を振り向く。 |
| 3900 |
奴まで同じような醜態を晒してないか確認のためで、しかしそこにはガーディの姿はなかった 「何やってんだいアンタはああああっっ!!!!」 「アギャア――――ッ!?!?」 銃とナイフでスバルに追い掛け回されるガーディ。 |
| 3901 |
近くにいた市民やケーナたちも呆れ顔である ハンター組合は市街地の北側、港に隣接する区域にあった そこから桟橋に出るには、刑務所でも建っているみたいな高く頑丈な壁を越える必要がある。 |
| 3902 |
なんでも一部の水棲モンスターの中には悠々と陸地に上がってくるモノもいるかららしい一応監視塔も備えてはある 港の桟橋は補修跡の目立つ打ちっぱなしのコンクリートで出来ていて、波打ち際はずいぶんと削られていてボロボロだ。 |
| 3903 |
時刻は昼近かったが、港に停泊していたのはタンカー程もある大きさの船が2隻だ ただし水上に出てる船体部分の厚さは無く、甲板が限りなく水面段差のないところまで下がっている妙な形である。 |
| 3904 |
なんでも漁法はかなり特殊なんだとか まず乗り込むのは船を動かす人員と漁師とハンター 漁師は網やら竿やら銛やらで魚を捕り、ハンターは船に登ってくる魚介やら水棲モンスターから漁師を守りながらそれらを狩る。 |
| 3905 |
という形式らしい 騎兵は海水を結構浴びるから持ち込む者も稀であるとも 「魚が登ってくんの!?」 「ああ、ヒレが脚みたいなヤツがいたりねえこれが定番だぜ!」 「ガーディ……。 |
| 3906 |
君はそろそろ出入り出来る酒場がバナハースここには無いということに危機感を覚えた方がいいと思うよ?」 呆れたように肩をすくめるシグの態度が、ガーディの酒癖の悪さを如実に示していた。 |
| 3907 |
漁は朝、陽が昇ってから外洋に出て行き、午後には戻ってくるという そのせいで魚市場が稼働するのは夕方から夜になるそこから自宅で夕食などの流れとなり、飲み屋や飲食店が夜中まで稼働するため、必然的に都市の朝は遅い。 |
| 3908 |
ついでに港の海側にもゲートがあり、開くのに1時間以上もかかる 街の安全にも関わること故に、早朝から出発する訳にもいかないからだあれよあれよという間にハンターたちが集まり始め“あの時の艱難辛苦を語り合う会”となってしまった。 |
| 3909 |
蚊帳の外となったケーナたちは、騒然とする場を後にしてハンター組合の中へ入る 「騎兵ってあんまり見ないねヤルインは組合の周りにそこそこ置いてあったじゃない?」 「金属の塊だしな。 |
| 3910 |
潮風は大敵だぜコンテナん中から出す奴もあんまりいねえだろうよ」 外の喧騒は中まで聞こえてくるため、受付にいる職員たちまで“あの時の艱難辛苦〜”状態となる。 |
| 3911 |
バナハースの依頼傾向とか聞こうと思っていたケーナは早々に諦めて、壁に貼ってある依頼書を眺めた 「潮風のせいで自動機械もあまり近付かぬからのう。 |
| 3912 |
海産物関係の依頼ばかりじゃぞ」 「……むう」 ざっと見る限りではオプスの言う通りらしく、自動機械のパーツ求む依頼は極僅かしかないそれもケーナが見たことも聞いたこともない自動機械の名称が書かれている。 |
| 3913 |
「なにこのアダンテって?」 「一番最初に遭った奴じゃなあのサソリ型の」 「ふ〜んこれだけで札2なんだそこそこあるんだね」 尻尾の機構部分が高額で売買されているらしい。 |
| 3914 |
ベルナーに渡した手数料としては高いのか低いのか どちらにしてもバナハースよりかなり離れないと見つけるのは難しそうだ とりあえず会話の途切れたところを見計らって、職員に所属をヤルインからバナハースへ移すことを伝えておく。 |
| 3915 |
騎兵乗り1名はいいとして、銃を使わない近接戦闘2名ということにかなり変な顔をされたが、想定範囲内である さすがにこっちまで『蹴り姫』の2つ名は伝わってないようだ。 |
| 3916 |
ハンター組合の外に出ると、未だに騒がしい一団はいたがスバルたちは離れた所で待っていてくれた 「悪かったねえ、置いてけぼりにしちまって」 「いえ。 |
| 3917 |
共通の苦労話が出来る戦友はいたほうが良いですよ同じ事があった時に反省点や改善策を共有できますから」 「「「「…………」」」」 「ちょっと! なんで黙るんですか!? スバルさんたちだけじゃなくファングまで!」 「あ、ああ。 |
| 3918 |
済まないねえいつも楽しそうにぽわぽわしているケーナちゃんが真面目なことを言うもんで、びっくりしちまったんだよ」 「ぽわぽわっ!?」 ぴしゃーんと雷の落ちた曇天を背負ってショックを受けるケーナだった。 |
| 3919 |
……が、周囲の喧騒が静まり返って自分に視線が集中しているのに気付き、首を傾げる 「あれ ついつい気の緩みからエフェクトを術者の自由に発生させる【薔薇は美しく散るオスカル】スキルが作動していたようだ。 |
| 3920 |
これでは頻繁に使いまくる長男に示しがつかないではないか 制止もしなかったオプスに至っては反対側を向き、体をくの字に折って肩を震わせながら静かに爆笑していた。 |
| 3921 |
「フォロー無しかーいっ!!」と内心で毒づきつつ、その場で目を丸くしている面々を見回す 「あー、ええと……」 説明して欲しそうなスバルから目を逸らし、選択したのはもちろん……。 |
| 3922 |
「36計逃げるにしかずっ!!」 アイテムボックスから密かに取り出した煙幕弾を地面に叩き付け皆の視界を奪うと、近くにあった監視塔の屋根に転移して見つからないように【姿隠し】も使う。 |
| 3923 |
そっとハンター組合の前を窺えば、煙幕の薄れてきた中でハンターたちが口々に叫んでいるところだった 「ごほっ、あの嬢ちゃん逃げやがったぞ追えーっ!」 「今の現象を解明しねえと、気になって眠れん。 |
| 3924 |
とっ捕まえろっ!」 「逃げ足のはええ嬢ちゃんだぜ忍者かありゃあ……」 「あの一瞬で消えやがったぞケーナの奴……おいオプス! いつまで笑ってんだ!」 「クククッ……。 |
| 3925 |
放っておくがよい、腹が減ったら戻ってくるじゃろう迂闊に追い詰めると手痛い反撃をくらうぞそれより宿を確保しておかんとな」 「なんだってアンちゃんはそんなにマイペースなんだよ。 |
| 3926 |
嬢ちゃんのアレは何なんだ?」 「さてな」 「まあいいケーナちゃんには次会ったときに問い詰めるとしようかね 「どっかで時間潰すしかないわね 昼を過ぎた今は人通りは皆無であった。 |
| 3927 |
偶に先を急ぐ市民に遭遇しても、ケーナのことなど意に介さず足早に去っていく 「あれ、これ?」 行政府に近い路地をジグザグに進んでいると、青い屋根と白い壁と尖塔を持つ建物を発見した。 |
| 3928 |
教会と思われたが、この世界での宗教の有無をオプスに聞いてなかったことに気が付く 教会に近寄ってみたケーナはそのあまりのみすぼらしさに眉をひそめた。 |
| 3929 |
壁はしっくいのようだが、内側の木材が見えてしまっている木材壁にはムラが有りまくりで、とりあえずペンキを塗りたくって体裁を保っているようだ。 |
| 3930 |
そこかしこに補修跡があり、隙間から室内を窺うことも出来るくらいだ こんな砂漠だらけで木材はどうやって確保しているのかというと、テスタメント機関が受注生産していると聞く。 |
| 3931 |
尖塔を見上げてみれば鐘もなく、錆びた機構が見えるだけである 室内には数人の気配があったので、様子見に覗いてみた 錆びて嫌な音を出す蝶番ちょうつがいでかろうじて支えられていた入り口の扉を開けると、12の瞳がケーナに集中する。 |
| 3932 |
上は12〜3歳から下は7〜8歳と思われる少年少女6人がホウキやチリトリを持って掃除をしていた 中でも12歳前後の少年1人がさっと他の子供たちを庇うように前へ出て、警戒を露わにする。 |
| 3933 |
「なんだアンタ? 見ての通りこのぼろっちい教会じゃあミサなんかやってないぜ」 見知らぬ人を見れば誰もがそんな対応なのかなと思ったケーナは、少年の間合いギリギリ外側になるように室内へ足を踏み入れた。 |
| 3934 |
中も外と同じくみすぼらしい 本来なら室内を埋め尽くすはずの長椅子は最前列の左右に1列ずつしかないステンドガラスが嵌っていた窓は大きく割られていて、ブルーシート代わりだろうか防塵マントかなにかが釘で打ち付けられている。 |
| 3935 |
ピアノなどの備品もなく、殺風景な屋根のある部屋というだけだ ケーナからすれば子供に警戒心をもたれると、それだけで気が滅入る ホウキを武器のように構えた少年少女たちは、全員がこちらを睨み付けている。 |
| 3936 |
その表情には陰りがあり、ほぼ感情の見えない暗い雰囲気を漂わせていただからと言ってどうやって話し掛けたものかと考えていると、子供たちのリーダー格の少年が困惑した表情で話し掛けて来た。 |
| 3937 |
「おいアンタ……そこで考え込まれるとオレたちも困るんだけど」 「あー、ごめんねーあなたたちみたいな警戒心の強い子たちに会うのは……、何回かあるけど。 |
| 3938 |
毎回どうやって話し掛けたら角が立たないとか、悩むのよねえ」 こんな返答が来るとは思わなかったようで、リーダーの少年ががっくりと肩を落とす ケーナは気落ちした少年の隙をついて間合い警戒心の内側にするりと入り込む。 |
| 3939 |
目を合わせるようにしゃがみ込み「食べる?」と干し芋を差し出してみた リーダー格の少年は「……っ」と言葉に詰まっていたが、背後に庇われていた少年少女の興味は引けたようだ。 |
| 3940 |
物欲しそうな10対の視線が干し芋に集中し、幾つかの腹の虫が鳴り響く 「……貰えるモンは貰っておく」 「ふふふはい、どうぞ」 年少の子たちの様子に観念したのか、リーダー格の少年は渋々とケーナの施しを受け取った。 |
| 3941 |
しかしながら一心不乱に干し芋を食べる子供たちの様子にはケーナも不信感を覚える 但し、補給に限りある都市に籠もっている以上、食料の行き渡る限界というのは有るだろう。 |
| 3942 |
その辺りケーナが頼めばT・Sテッサがちょいちょいと生産施設を作ってくれそうではあるこれは良い案かもしれないから、今度相談してみようとケーナは思った、が……。 |
| 3943 |
「俺たちは孤児なんだ」 少年の不意の告白がとても悔しそうで、「う、うん」としか返せなかったケーナは内心頭を抱えたマダ話ハ続イテイルヨウデス』 キーに諭され、少年の話しやすいように膝を落として視線を合わせる。 |
| 3944 |
孤児であれば行政府直下の孤児院があるはずだヤルインでも見掛けたので、バナハースも同じようなものだろうと思っていた 口ごもっていた少年はケーナの柔らかな瞳を見て、意を決したように話し始める。 |
| 3945 |
「院長の奴らが金をピンハネしてるんだ俺たちは朝晩に固いパンと豆スープくらいしか貰えないこんなの食べたのスゴい久し振りなんだもっと食べる?」と返す。 |
| 3946 |
笑顔で子供たちに追加の干し芋を渡すケーナの内心はマグマのような怒りが煮えたぎっていた ストッパーであるオプスが居ない今なら、その院長らに会えば一瞬で死体が出来上がるくらいには。 |
| 3947 |
子供たちの前で殺意を垂れ流す訳にもいかないのでグッと堪える そんな彼女の背後で扉が開く音がして、室内にキンキンした声が飛び込んできた ケーナが振り向いた先には達磨のような人物がいた。 |
| 3948 |
「うん? 何ザマスかあなたは?」 それは一見するとシスター服に身を包んでいたが、とても一般的なシスターとはかけ離れていた 洋画でたまに見るようなシスターでもあそこまでは膨らんではいまい。 |
| 3949 |
はっきり言ってふくよかを通り越し、横と奥行きに肥大化した力士のようであった同じように膨らんだ顔は例えるならハゼを正面から見たような感じだ左右にカールした短髪とかは胸ビレにしか見えない。 |
| 3950 |
その背後にはシスターハゼより劣るが、ふくよかなカッパ頭の髪の薄い神父が太鼓持ちのように付き従っている 「あまり見掛けたことのない顔ザマスね。 |
| 3951 |
余所者ならばウチの子たちへのちょっかいは止めて欲しいザマスホラ、ここの掃除が終わったら孤児院へ帰って片付けをするザマスよ」 子供たちへ向けて横柄に命令するシスターハゼの姿は、ケーナの堪忍袋の緒を切るのに充分な材料であった。 |
| 3952 |
「ウチの子? どの面下げてウチの子ですって!」 「ひいっっ!? な、何ザマスかアナタはっ!!」 向き直ったケーナの剣幕に畏れを感じたシスターハゼとカッパ神父が後ずさる。 |
| 3953 |
威圧スキルなどは発動させてはいないが、怒りが一回転して突き抜けたケーナは、いつもなら無意識に放ってオプスを吹き飛ばす能力ちからをいくらか制御下に置いていた。 |
| 3954 |
今ならこの2人を肉片ひとつ残らせることなく消し飛ばすことが可能だと ケーナの狂気を含んだ視線を向けられた2人は、蛇に睨まれたカエルのように硬直してだらだらと冷や汗を垂れ流す。 |
| 3955 |
虎の意を借る豚どもめ!」 必ず殺すと語る瞳に射抜かれた2人の似非聖職者は扉から外へ転げ落ちる 「「ひっ、ひいいいぃぃィィ――!?」」 子供を道具のように扱っただけでケーナには断罪確定である。 |
| 3956 |
もはや頭に血が登りまくった彼女に対象の言葉は届かない恥も外聞もなく喚き散らすという珍しいキーの言葉をBGMに、一歩踏み出そうとしたケーナは後ろから後頭部をスパーンと叩かれて我に返る。 |
| 3957 |
振り向けばリーダー格の少年がホウキを振り抜いていた子供たちのために断罪しようとしたら、その子供に止められたことで目を丸くして唖然とするケーナ。 |
| 3958 |
その眼前にホウキがずびしぃっと突きつけられた 「おいコラ! 誰が余所者のアンタに罪までひっ被って助けてくれなんて頼んだよ!」 「ええ〜〜」 その剣幕に押されて、ゲージが振り切っていた怒りとか勢いとかが急速に萎しぼんでいく。 |
| 3959 |
ケーナから驚異を感じなくなったのを好機ととったのか、あたふたとシスターハゼらが戸口まで戻ってくる そんな態度を取るケーナの横を子供が並んで抜けて行った。 |
| 3960 |
皆が口々に小さな声で「アリガトウ」と呟きながら 通り過ぎながら表情が死んだモノのようになっていくのがケーナの心を震わせていた 「えっ、なんでっ!?」 そこに現れたのはアイテムボックスに入っているはずの人魚の駒であった。 |
| 3961 |
驚きに固まるケーナを余所に人魚の駒は輪郭を光のラインに変え、空中で解ける 新たに描かれて中空から染み出すように現れたのは生身の体を持つ人魚だった。 |
| 3962 |
身長はケーナの半分以下の60センチメートルくらい 重力に逆らって空中をたゆたう金の髪は身長より長い1メートルもある 透けるような白い肌とは対照的に、頭頂部には血のような赤い一本角が生えていた。 |
| 3963 |
紫色のぱっちりとした瞳のある顔は楽しそうな表情を浮かべ、体をくるくると回しながらケーナの周囲を一回転 にぱーっと無邪気な笑顔でケーナの目の前で口を開いた。 |
| 3964 |
「じゃじゃーん! はーいさーんじょー!」 「…………えーと……」 ノーリアクションのケーナを気にする風でもなく「あはは、うふふ」と彼女の周りを踊るように泳ぐ人魚の少女。 |
| 3965 |
「……誰?」 「リュノフはリュノフなの――!」 聞いてみればあっさり答えが返って来て拍子抜けだ 何が楽しいのかケーナの前で自己主張をすると空中をぴょんぴょん跳ねまくる。 |
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ハイテンション過ぎて逆にケーナの方が疲れてくる始末 そんなケーナの顔を覗き込んだリュノフは「あー!」と何か楽しい事を見つけたように目を輝かせる。 |
| 3967 |
「だれかがひめさまなかした――! いーけないんだーいけないんだー! ■ーカ■にいってやろー! そしたらこんなほしなんてぷちよぷちー! あははは――!!」 無邪気な顔して言ってることは危険極まりない。 |
| 3968 |
ケーナは慌ててリュノフをひっ捕まえると視線を合わせて「泣いてない泣いてないから、ぷちするのは駄目OK?」と諭す あと今の会話には何処か既視感がありまくりだった。 |
| 3969 |
とても懐かしい感じがする リュノフという人魚の少女がなんなのか、よりは今目の前に居るのが心にすとんと安心感をもたらす 「うーんと、じゃあねぇー。 |
| 3970 |
えらいひとにはえらいひとをぶつけるんだよぉー」 「……は?」 この一言がバナハースという都市に要らぬ混乱を巻き起こすきっかけとなろうとは、彼女は思いもよらなかった。 |
| 3971 |
「ど、どうぞこちらへ」 「どうも」 その日バナハースの行政府は、不意に訪れたとんでもない来客に要らぬ緊張を強いられていた それは鷲をモチーフにした上半身に獅子のような四つ脚の、ケンタウロス型をした騎兵であった。 |
| 3972 |
コンテナを縦に2つ積んだ程の大きさで、通常のC型騎兵と比べても優に3倍近い体積があるそこから大2つ小1つ、計3人の人物が降り立った つまりはT・Sテッサとその護衛である。 |
| 3973 |
都市を維持するための生産設備や、水に関する施設はT・Sテッサ率いるテスタメント機関が設置したものだその関係で各都市の行政府の上層部はT・Sテッサとは顔見知り程度には付き合いがある。 |
| 3974 |
アポイトメントも無しに突然やって来たにも関わらず、行政府側が緊張の面持ちでT・Sテッサを迎え入れた彼女は護衛と共に会議室へ案内される 相対するのは行政府長である50代の男性ロウムと、副府長の40代女性のカーデである。 |
| 3975 |
先ずはソファーに座った3人ではあるが、ロウムとカーデはT・Sテッサの背後に控える護衛の片方をチラチラと窺っていた 片方はガタイのいいボディを黒服に包み、サングラス着用の典型的なSPの様相を呈している。 |
| 3976 |
だがもう片方は絶対この場には異色と言える姿だ思いきってカーデは訪ねてみることにする 「あの……、T・Sテッサ殿そちらの方もSPなのですか?」 T・Sテッサは背後の問題となる護衛の片方を見ることもせず、補足説明だけを口にした。 |
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それはパッツンパッツンのブーメランパンツのみを身に付けた、首から下はムキムキのポディビルダーであった本来頭がある場所には撮影用のカメラがあるという異様な風体だが。 |
| 3978 |
こんな者をT・Sテッサが連れて来た目的はもちろん嫌がらせ80%に、10%は相手の度肝を抜くためだ残りの10%は撮影用で、その他の仕様もある。 |
| 3979 |
「そ、それでは、今回の訪問の目的をお聞きしても?」 姿は少女とは言え、彼女の協力なくしては都市の運営もままならない 「なんのことはありません今回はただの技術協力です。 |
| 3980 |
それに伴いいい機会なので給水システムと港湾防御壁のメンテナンスの為双方を一時停止させました カーデが断りを入れて席を立ち、外から様子を窺っていた職員に指示を出して問題の施設まで様子を見に行かせる。 |
| 3981 |
だがその者と入れ替わりに「大変です!」と泡食って飛び込んで来た職員がいた それを聞いたロウムは困惑した表情でT・Sテッサの連れて来た記録係を凝視する。 |
| 3982 |
彼? はその視線に気付くとサイドチェストへ姿勢を変えて胸をピクピクと動かした げんなりしたロウムは目を逸らす これ以上聞いたところで明確な答えは得られないような気がしたのだ。 |
| 3983 |
カーデが戻ってきて、一方的な通告という会議は再開される 「まずはこちらの調査員からの報告ですね生産設備が足りないのではないのかという意見が上がって来ています」 「ちょっと待って下さい。 |
| 3984 |
調査員というのは初耳なのですが?」 「読んで字の如しの役名です」 当然のごとく上がるだろう疑問も、想定内の内と一言で切り捨てるT・Sテッサ。 |
| 3985 |
反対にそんな役職の者に常時都市内を見張られていると判明し、気が気でない様子の行政府側これは後ろ暗いことに手を出していなければ慌てる必要もない話だ。 |
| 3986 |
しかしロウムとカーデには心当たりがあるようで、幾分か顔色が悪い この調査員という役職は実のところ正式には存在していない 今回だけ「行政府にチクってやる」と告げられたケーナを護るための限定的な処置だ。 |
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その他にも敬愛する主に無礼を働いたという名目で、合法的に相手を始末できる理由も含まれている 「しかし生産設備ですか今現在バナハースの食料事情は安定していると思っていましたが。 |
| 3988 |
その調査員の方が逼迫ひっぱくしていると判断した理由をお聞きしても?」 バナハースの食料供給量の凡そ6割は海産物で占められている ロウムらも今まで餓死による死者が出たなんて話は聞いたこともない。 |
| 3989 |
真偽の程を問いただすのも当然の行為だろう 「行政府直下の孤児院では孤児たちががりがりにやせ細っているそうですね逆に孤児院の管理者たちがブクブクに太っていたそうですよ。 |
| 3990 |
当然把握しているはずですよね何しろ行政府直下ですしねおや早くも異常がひとつ見つかりましたね ついでに施設の異常ではなく、人為的な問題があるだけ都市機能の正常化が遠のくと揶揄されたことに愕然とする。 |
| 3991 |
それはそれとしてロウムの厳しい視線はカーデへと向けられていた 「どういうことかなカーデ君孤児院はキミが責任を持って運営して行くと申し出てきたはずなのだが?」 「……そ、それは、……」 前門の虎、後門の狼。 |
| 3992 |
対面からは無関心なT・Sテッサの瞳それでいて心の奥底まで見通されるような恐ろしさも感じられる隣からは説明を要求するロウムの鋭い視線室内にいる警備員からも憎々しい視線に晒されてカーデは言葉に詰まる。 |
| 3993 |
後は外から聞こえてくる行政府前に押し掛けた民衆の怒号だろうか行政を口汚く罵る声が途切れ途切れに室内まで届く 「最近では子供を専門に売買する『ヴァルゴ』という組織があると聞きます。 |
| 3994 |
もしや金の為にそこに売り払ったりしてないでしょうね? それはそれでここが子供に関心を持たない者たちの住まう都市というカテゴリーに納まるだけです。 |
| 3995 |
私が目を掛けるグレードも下がりますから手間も掛からずに済みますね」 「そんな事はありませんっ!!」 世界の技術力はテスタメント機関に支えられている。 |
| 3996 |
そこから受けられる援助が減ることは都市に住まう人々にも不利なことに成りかねない今回のことはカーデが悪いだけであり、都市の皆には関係ないとロウムは訴えた。 |
| 3997 |
「では子供たちをここへ連れて来て下さい子供たちが売り払われる前に此方で保護しましょう」 ロウムはカーデを拘束するように伝え、別の警備員に子供たちを此処へ連れて来るように指示を出そうとした。 |
| 3998 |
「いえあなた方は動かなくて結構です今街の方々が向かいました」 T・Sテッサが言った途端に室内に空中投影された画面が表示された 室内にいる誰もが胸の前で手を組み、祈るように子供たちの無事を願っていた。 |
| 3999 |
半分くらいはその結果によって都市機能が低下してしまう事にならないように願っているだけだろうが 室内の視線が全て画面に向いていたので、T・Sテッサの口元だけが愉悦に歪んでいたのに気付く者は居なかった。 |
| 4000 |
群衆の踏み込んだ孤児院のホールにはシスターハゼとカッパ牧師が奥より引きずり出され、子供たちの行方を聞かれていたどっちかと言うと暴力込みで詰問されていると言った方が正しいだろう。 |
| 4001 |
2人は涙と鼻水にまみれながら「知らない」と繰り返し、室内を隅々まで探し回った人々は首を振って落胆の様子を見せる 行政府側に居る者たちはそれを見て顔面蒼白になっていた。 |
| 4002 |
「子供は見当たらないということですね」 ヤレヤレと首を振りソファーからT・Sテッサが立ち上がるだが離れた場所でも都市内でT・Sテッサの感知を誤魔化せる者はいない。 |
| 4003 |
彼女にはあの場所に子供たちがいないのは・・・・・前もって判明していた これ以上行政府側と話す事も援助を申し出る事も無意味だ焦った様子で言い訳を口にするロウムを引き連れながら行政府の外に出るT・Sテッサ。 |
| 4004 |
そこに集まっていた人々は少女の護衛2人を見て、その異様さに距離を取る 空いたスペースに大型騎兵が手を差し込み、T・Sテッサたちを持ち上げて腰のコクピットに続く扉を開く。 |
| 4005 |
なおも追いすがろうとするロウムを一瞥してT・Sテッサは立ち止まった 「そうですね 顔を見合わせた人々から『じゃあ責任持ってアイツ等は砂漠に放り出してやるぜ!』と安請け合いをする声が飛ぶ。 |
| 4006 |
それにニッコリと笑顔で頷いたT・Sテッサは「行政より民衆の方々の方が良く分かっていらっしゃいますね」とだけ残し、騎兵へ乗り込んで都市を離れて行った。 |
| 4007 |
後に残ったのは呆然と取り残されたロウム 彼を建物の入り口から突き飛ばした人々は、行政府内よりカーデを引きずり出すロープに繋がれたカーデはほかの主犯の2人と共に戦車の後ろに繋がれて市中引き回しにされた。 |
| 4008 |
都市内を1周した後は、只々真っ直ぐに砂漠へひた走るオンボロジープに繋がれて、バナハースから放逐されたという ケーナがリュノフを連れてオプスらへ合流出来たのは陽も暮れて都市全体が活発になる頃であった。 |
| 4009 |
前もって連絡されていた宿兼酒場に到着したケーナとその連れを見たファングは「なんだそりゃっ!?」と目を丸くしていた 昼間の騒ぎに混じっていたハンターたちも幾人かそこに居た。 |
| 4010 |
ケーナを見付けると笑いながら「おう昼間の大道芸のねーちゃんじゃねえか」「またあれ見せてくれよあの雷がぴしゃーんて落ちるやつ」とか言っていた。 |
| 4011 |
昼間の逃走劇は気にしてないようである 「だ、大道芸扱い……」 「あははははー」 なおリュノフは、ファングとオプス以外には見えないようで、余計な騒動にならずに済んでケーナを安堵させていた。 |
| 4012 |
部屋に行ってから結界を敷き、昼間にあった事をオプスに報告する シスターハゼらの言動に、オプスはコメカミに青筋が浮かぶくらい怒っていた 「なんだよそれ……。 |
| 4013 |
いくら行政府の権力ったって行き過ぎにも程があるだろう!」 何故か子供たちの境遇についてファングが1人で大激怒していた 「まあまあ、抑えて抑えて。 |
| 4014 |
子供たちに関してはもう心配いらないわ」 「なんで言い切れるんだよ 「んーとねT・Sテッサが呼び出されて、共謀して子供たちを孤児院から連れ出して、あの子が責任持って面倒みるって」 「誘拐?」 「すまん。 |
| 4015 |
ざっくばらん過ぎて経緯がよく分からんのじゃが?」 頭を抱えるファングとオプスにケーナは昼間の事を順を追って説明し始めた ◆ 発端は「けんりょくしゃうんぬーん」と主張したリュノフから始まった。 |
| 4016 |
「うーん……リュノフ? 権力者って言っても、私に心当たりは無いんだけど?」 今まで出会った人たちを思い浮かべながら該当者が見当たらず首を捻るケーナに、リュノフは「よぶもーん」と言いながら両腕を上から下に振り降ろした。 |
| 4017 |
ドゴバギ――――!! 「おごっっ!?!!」 頭上に黒い穴が出現し、人が頭から落下教会の床を突き破って直立に突き刺さった 「…………」 にっこにこと楽しそうなリュノフを除いて、痛い沈黙が漂う。 |
| 4018 |
落ちて来たのがケーナの知っている少女だったことに困惑し、声を掛けたものかしばし迷う 「ふふ ふふ ふ ふ ふふふふ……」 「え? あ、あの〜。 |
| 4019 |
て、T・Sテッサ?」 しばらく無言空間だった教会に地の底から響くような不気味笑いが木霊こだまするおそるおそる声を掛けようとしたケーナでさえも尻込みする異様さを含んでいた。 |
| 4020 |
「まさかまさかこのような芸当を実行されようとはこの私わたくしめにも見抜けませんでしたともええ」 微妙に、笑っているのか怒りに震えているのか判別のつかない声で床に突き刺さったままのT・Sテッサはようやく動き出す。 |
| 4021 |
床に手足を付け、首を引き抜き、しかしまだ床を見つめながら言葉を紡ぐ だがケーナの肩に乗っていたリュノフに視線が移った途端、表情と動作が凍りつく。 |
| 4022 |
「T・Sテッサ?」 「なんな……、なんなんなん、ななななななななな、ぁあ――――っ!!!?」 T・Sテッサがリュノフを指差しての支離滅裂な反応に困惑するケーナ。 |
| 4023 |
にぱーと笑い顔を崩さないリュノフの頬をぷにぷにと突いてみるリュノフは「きゃっきゃっ」とはしゃぐばかりで、驚く意味が分からない腕を組んで憤懣やるかたないといった様子のケーナに、リュノフの口元は微妙に引きつっていた。 |
| 4024 |
「でしたら今から行って子供だけでもかっ攫って来ましょう何こちらも人類の守護を名目とするテスタメント機関教育する場などいくらでもあります故に」 と言う提案に乗って孤児院へ突撃したのである。 |
| 4025 |
攫うにあたっては、ケーナが範囲拡大魔法の【押し寄せる羊スリーピング・シープ】を使用コミカルな羊の群れが壁を突き抜けて孤児院を横断し、住人を深い眠りに落とした。 |
| 4026 |
その後はT・Sテッサの影から湧いた人間サイズの製図用ポージング人形が子供たちを抱えて孤児院を脱出再びリュノフの開けた黒い穴を通って、T・Sテッサ諸共去って行ったのである。 |
| 4027 |
去り際に彼女は「この落とし前は明日存分にしますのでお楽しみに」と言い残したので、なにやらヤバいフラグを立ててしまった気がするケーナであった。 |
| 4028 |
◆ 「……と言うワケなんだけど」 「「……」」 ケーナが話し終えると何とも言えない顔をして黙り込む2人 おもむろに顔を見合わせて「「聞かなかったことにしよう(ぞ)」」と頷いた。 |
| 4029 |
「ちょっ、おいぃー!? 経緯を話したのにその反応はどーなのよ!」 オプスの肩を揺さぶって不満を漏らすも「済まん我らは、キーもそうじゃがそこのリュノフ殿が手を出されると、何も言えんのじゃ」と言うことらしい。 |
| 4030 |
益々リュノフの不思議度が上がりまくりな反応である ファングは「ちょっとゲーム違い過ぎるしな」と素っ気ない ケーナも「聞いといてそれかい」と呆れるばかりである。 |
| 4031 |
確かに自分が逆の立場だったらどうしろと? と思うところがあるために2人に強く言えない 事が動いたのは翌日の早朝からである 時をおかずに同じ宿に泊まっていた青猫団員が「水が止まってるぞ!」と飛び込んで来たのである。 |
| 4032 |
平然としていたのはケーナとオプスだけで、酒場にいた客や従業員はその言葉を確かめようと慌てて外に出て行った 戻って来た青猫団員の話によれば、マーライオンの噴水だけでなく、港湾部の門まで開かなくなっているそうだ。 |
| 4033 |
不信感を抱いた大勢の住民が大挙して行政府に押し掛けて行ったらしい 「ほう」 「って反応そんだけか!?」 なんの動揺も無しに皆の騒ぎを横目で眺めるだけのオプスにファングは突っ込んだ。 |
| 4034 |
ケーナに至ってはスプーンをくわえて、ファングの慌てように首を傾げている 「何か心配なの?」 「水が枯渇しそうなんだぜ 何故かそれを見た青猫団の面々はやんややんやの拍手喝采だ。 |
| 4035 |
大道芸認定されたんなら、それらしく振る舞うついでのスキルや魔法使用にしてしまえば、周りからの突き上げも減るというものだろう 苦い顔でケーナの水芸を見るファングの後ろではガーディが酒瓶片手に奇声、いや気勢を上げていた。 |
| 4036 |
「あれは何トワネットなんだろうね」 「知るかい」 唐突に空中画面ディスプレイが酒場のど真ん中に開いたのはそんな時であった 「なんだいこれは?」 スバルの疑問をよそに画面の中では会議という名目の暴露が進行する。 |
| 4037 |
わずかにT・Sテッサの髪が映る以外は赤になったり青くなったりする行政長と副行政長の顔色が浮き彫りにされていく話が子供たちのことになると、堪忍袋の緒が切れたのかファングも孤児院に突撃する人々へ合流しようと飛び出して行った。 |
| 4038 |
「子供たちは無事だって言ったのに……」 「分かっていても憤りのぶつける先くらいは欲しいんじゃろ」 画面の中の断罪劇をのんびりと眺めながらオプスは呟く。 |
| 4039 |
扇子を両手で持って「ぱたぱた〜」とオプスに向かって風を送るリュノフに苦虫を噛み潰した表情で敢えて何も言わない かろうじて「これをなんとかしてくれ」的なアイコンタクトをケーナに送っていた。 |
| 4040 |
しかしケーナからしてみれば、今までオプスには散々苦労させられた経緯から反応が面白くて放置の方向である 夕方になって水道マーライオンが復旧し、街の騒ぎがある程度収まるまでケーナの仕返しは続いていった。 |
| 4041 |
バナハース子供誘拐汚職事件が発生して10日程経った頃 都市内はようやく落ち着きを取り戻していた 事が発覚し断罪劇が繰り広げられた後日ごまかし、ピンハネ、握り潰し等々の不正の記録がたんまりと。 |
| 4042 |
それに比べれば行政長が行った不正などは子供のイタズラ程度に見える可愛いものであった しかし不正は不正としてロウムは職を追われ、別の者が行政長へとすげ代わった。 |
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まあ、ケーナたちには大して関わりのないことである そのケーナたちであるが、本日は朝からバナハースを離れて都市が見えなくなるような所まで遠出していた。 |
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キャラバンの者たちが使う通商路よりも反れた砂漠の中 非常事態が起こったとしてもまず気付かれることはないだろうここに来るまでに遭遇したものである。 |
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火で炙あぶられたり、氷漬けにされたり、電撃で灼やかれたりしたので、焦げ臭いにおいが辺りに漂う 挙げ句の果てには不可思議な力によってペシャンコにされて、再利用が可能か分からないものもあったりする。 |
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「どうやったらこんなんなるんだよ?」 げしげしと煎餅布団のようになった自動機械を足蹴にするファング 満遍なくプレス機で均等に潰されたそれは、サソリ型のアダンテと呼称されるものだ。 |
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金になる尻尾の機構もなにもかも平べったくなっているので、かなり安く買い叩かれるだろうと思われる 「思ったんだけど……」 「なんじゃケーナの中のキーも無言を貫くばかりである。 |
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ならば答えられそうな方に聞くまでと、リュノフを抱き上げて髪や下半身に付いた砂を払ってやるうーんとーんー〜とうーんとねーええっとねー」と考え込んでしまう。 |
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やっぱり無理があったかとケーナが聞くのを諦めようとした時に「あのねー」とリュノフが口を開く 「ひめさまのーおちちうえのー」 「お父さん?」 ケーナの朧気な記憶にあるものは人間だった頃の父の姿だ。 |
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それとは別に力の発現があった時には、強大で恐ろしげな父の姿も心に浮かんだ覚えもある今回リュノフが言っているのはそっちの方だろう そんな記憶も統合されていくのかな、などと他人事のような思いも抱く。 |
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「はいかのーしょーぐんのーいちばんしたー」 「「将軍っ!?」」 彼女を見るからに一番論外な名称を耳にしたケーナとファングが驚いて聞き返した。 |
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「将軍って軍隊とか率いるあの将軍?」 「そなのー」 「症候群の聞き違いじゃ、……ねえな」 確認のためにオプスに視線で問い掛けると、ふかーいため息を漏らしながら大きく頷いていた。 |
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あとは何も解説などを入れてこないので、あまり触れたくない問題のようだ 本人の性格上よく判らない言葉を使うこともあり、リュノフへのその辺りの追求は横に置いておくことにする。 |
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ファングもケーナがそれ以上言わないことから、リュノフの不思議っぷりはそのままスルーということにしたようだ 「……でだ」 ケーナの発案でこんな人の訪れない砂漠真っ只中に来た理由はまた別のことにある。 |
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アイテムボックスからチェーンが付いた手のひらサイズで金色のスペースシャトル型の笛を取り出したふよふよと近付いてきたリュノフが物珍しそうにしげしげと眺めている。 |
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「なーにこれー?」 「T・Sテッサの言うことによると笛らしいわ」 オプスはそれを一度聞いているので渋い顔だ 「かしてー」とねだるリュノフに渡す。 |
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体のサイズ違いから、彼女的には広辞苑並みの大きさになるようだチェーンを持ってぶら下げて「ぶーん」と、飛ばしてるかのように遊び始めた 「T・Sテッサの言うことによると、何かが呼び出されるらしいけど。 |
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それがデカいのか、小さいのか生き物なのか、機械なのかが分からないからこんな所まで来たんだけどねリュノフ返して」 「はぁーい」 リュノフから受け取ったスペースシャトルの機首部分から「んじゃ行くよ」と前置きをして息を吹き込む。 |
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ピロリロピロリロピロリロリ――!! 水笛のような跳んだ音が周囲に響き渡る リュノフだけが喜んでいて、他は何とも言えない表情で油断無く辺りを見回していた。 |
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やがてゴゴゴゴと地鳴りに近い音が地面を振動させながら、何かがこちらへ近付いてくるのが感じられた視認出来ない何かが砂塵を巻き上げながら地鳴りと共にすぐ近くまで来てから、その姿を唐突に出現させて停止する。 |
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「うーわ、なにこれ?」 「しろーい! おっきーい!」 現れたそれは、白い機体が眩しい陸上を走る艦のような代物であった 全長が50メートル強、高さが20メートルもある。 |
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分かり易く例えると、山型に整えられた6階建てのマンションに匹敵する大きさである ポカーンと口を開けて見上げるケーナやぴょんぴょん跳ね回って喜ぶリュノフ。 |
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腕組みして苦い顔のオプスとは別に、ファングだけは俯いてブルブル震えていた 「どうかしたのかの、ファング?」 「こ、これは……」 「ん?」 オプスが声を掛ければ、ファングの変な様子にケーナも気付く。 |
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具合が悪いのかと思って近付いた時怒りの形相で顔を上げたファングは声高らかに叫んだ 逆にオプスはこの戦艦の境遇を大体察し、憐れみの視線をファングへ向ける。 |
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実のところファングの動きに合わせて、船体に設置してある機銃がくるんと向いたのが見えたからである 「まあ待て色々説明してくれそうな奴が出て来たようじゃぞ。 |
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まずはあれに聞くなりなんなりすれば良かろう」 オプスの指差した先最上段の艦橋からひょこっと動いた何かがぴょーんと飛び降りて来る 高所から降りる猫のようにふわりと着地したそれは、首輪のついた茶色い柴犬であった。 |
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「「「い、ぬ……(じゃと)?」」」 「ご主人様お待ちしておりました!」 「喋った!?」 現れた犬には3人が絶句したが、喋ったところで驚いたのはファングだけであった。 |
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「わー! 可愛いい!」 ふりふりと丸まった尻尾を小刻みに振るちまっとした可愛いさにやられ、ケーナが柴犬に抱きついた 「わ、わぅん?」 「ほーら、わしゃわしゃわしゃ」 「く、くぅんくぅ〜ん」 「わー! もこふわだわ。 |
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柔らかーい!」 首元に手を入れてかき回したり、全身の柔らかさを堪能するように撫で回したりしているケーナの手腕にメロメロになる柴犬 その様子を見ていたリュノフが頬を膨らませてケーナに飛びついた。 |
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「り、リュノフのほうがかわいいもん! ひめさま、リュノフもわしゃわしゃして!」 「え?」 下半身が魚とは言え見た目が完全に幼女のリュノフ。 |
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彼女をわしゃわしゃして全身を撫で回す行為は第3者的にアブノーマルに見えるんじゃないだろうか? とケーナは一瞬躊躇する ケーナが思考停止したところでリュノフのキツイ視線は柴犬を捕らえた。 |
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ビクッと震えた柴犬を威嚇するように視線の高さを合わせたリュノフは「しゃーっ!」と吠えた火花を散らして睨み合う1人と1匹に再起動したケーナも困り顔だ。 |
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「おい、どうするんじゃケーナどちらか優劣つけんと止まらんじゃろうこれは」 「優劣つけろって無理よ 「私わたくしでよろしければ幾らでも説明致しますわ」 いつの間にかそこに居たT・Sテッサが申し出た。 |
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その声色には微妙な苛立ちがにじみ出ている そして彼女はケーナではなくファングの方を向くと、腰に手を当てて不快感を露わにした 山岳地帯に面しており鉱山を幾つか有していることから、工業都市として有名だ。 |
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騎兵や車両はほぼエディスフで生産されていて、機械工学を学べる施設も充実している 過去幾度となく自動機械からの襲撃があったが、いずれも自前の戦力によって退しりぞけていた。 |
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などという説明をケーナはオプスから受けていた 最初は戸惑うし情報が欲しいよねと、実感したことのあるケーナは苦笑するばかりだ 「……でも、そんな細かいことまで判明してるんだ。 |
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対策のようなものは取れなかったの?」 T・Sテッサはケーナの問い掛けにやや視線をさまよわせていたが、姿勢を正すと意を決したように口を開いた。 |
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「今の人類にはそれの対策は無理でしょう ……なぜならば、自動機械という物共の“祖”は私わたくしが造ったものだからです」 「「「…………ハイ?」」」 元々この惑星は最初からこんな砂だらけな星ではなかった。 |
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緑で覆われ水も豊富で、人や文明とも調和した蒼く美しい星であった そんな星に主あるじを追って転生を果たした当時のT・Sテッサは、科学者として統一政府直轄の研究所に所属し、星の繁栄を目標に掲げた研究に勤しんでいた。 |
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同僚と協力し合って一歩ずつ科学力を前進させ、新薬を開発し、自然環境を整えたりしていた しかしそれらはまだ、その世界の人類の手のひらの中の技術を使っているだけに過ぎなかった。 |
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事の発端は人類が繁栄の寿命を越え、人口の減少が起こり始めたことにあった 人に尽くす奉仕種族のようなものを機械的に造り上げようというプロジェクトがスタートしたのである。 |
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当然のことのように当時のT・Sテッサはそのプロジェクトの一員に選ばれて、あーでもないこーでもないと試行錯誤を繰り返した その開発期間が10年以上にも及んだため、出資者の者たちがじれてきた。 |
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彼らは「人体実験でも何でもして早急に結果を出せ」と開発チームをせっついたのである仕方なしに関係者の1人だった当時のケーナが、T・Sテッサに命じてカードの一枚オーバーテクノロジーを切らせることになった。 |
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提供したのは『クローニングした脳に人格や記憶をコピーする技術』である その際に生じた不自然な辻褄合わせには烏カラスと蛇が奔走したと言う そうして完成したのが母体マザーと呼ばれる統合人工脳を中核とした奉仕システムである。 |
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子機と呼ばれる多数の端末が瞬く間に星中に広がり、介護に福祉にと活躍した 子機の得た経験は母体マザーに蓄積され、各々の仕事に合わせて直ぐに最適化バージョンアップし、次々と作業効率を上げていった。 |
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最初の頃の子機は楕円形の胴体に2〜4つの車輪が付き、猫や犬を模した頭部と伸縮式のアームを持つ小型犬程度の大きさであった だがそうなってくると逆に人の手を離れたシステムに恐れを抱く者が出る。 |
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危険を訴えた人々の説得に耳を傾けた統合政府は、いざという時のためシステムを停止する鍵コマンドを上層部の人間や研究所所長に持たせて状況を見守ることにした。 |
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しかし、T・Sテッサの前身はその先が訪れる前に主の後を追ってこの世界を去ったそして千年近くの時を経て再びこの世界に舞い戻り、その先を知ることになったのだ。 |
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自動機械がかつての奉仕システムであったことを知ったT・Sテッサは烏カラスらにせっつかれたこともあり、母体マザーの捜索から始めることにした。 |
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彼女はまず小型の偵察機を多数撒いた だが、自動機械たちはその偵察機を参考にしたとしか思えない形で自分たちを進化させた 勿論そうなると人類が劣勢に陥るオマケ付きである。 |
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彼女的に人類はどうでもいいが、この時代のケーナを守るためには人に協力しない訳にもいかない 仕方なしに前回の徹を踏まえ、いきなりオーバーテクノロジーなどは与えずに徐々に武装だけを強化していくだけに留めた。 |
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本人はもっともらしい組織を作ってそこを窓口とし、人類との接触を最低限だけにした生物兵器などで自動機械に対処しつつ今も母体マザーを探しているのである。 |
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一応脳内へキーが文章に起こした物を表示していたので、遅れてそれを読んでいるところである 「オプスたちは知ってたんだ?」 「一応はその時の記憶も多少は残っとるからのう。 |
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それでもお主以外の事柄に対しての関心は最小限じゃから、人間共の行動はほとんど覚えとらんが」 トラックのバンパーに腰掛けながら答えるオプスに同感だと脳内のキーも頷いたようだ。 |
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だがここで1人ブツブツと呟いていたファングが「結局お前ら主従が原因の一環なんじゃねえの」と周りの空気を凍らせるひとことをのたまう 「「……」」 オプスとT・Sテッサが絶句する中、ケーナだけは考え込みながら「うーん。 |
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そうかもしれないけど、そんな10コだか12コだか前の前世の発言を私のせいにされてもなあ」とか空気に気付かないことを呟いていた 「あっれーひめさまがわるいっていうんだー」 楽しそうな、それでいて背筋に氷を放り込まれたような。 |
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薄ら寒い声が静かな砂丘に浸透する ふよふよと漂うリュノフの表情は笑っていても、ファングを見詰める瞳には剣呑な光が宿っていたその手がすうっとファングを指差す。 |
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……より先に横槍が入る 「こらこらリュノフ、やめなさい」 「えー」 なんとなくで嫌な予感を感じたケーナがリュノフを腕の中に抱え込む 蛇に睨まれた蛙のような気持ちになっていたファングへ、すすっと近寄ってきたオプスが耳打ちした。 |
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「お前らちょっと過保護過ぎじゃねえの」 主にファングが口を滑らせると身の危険と隣り合わせ的な意味で苦情を訴えてみる 「過保護とは少し違うじゃろうな。 |
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我等2人は友人のようであれ、と生み出されたため不敬にまで至っておらんだがT・Sテッサは上位の者に、ケーナを護る武装であれという風に生み出されておる。 |
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リュノフ殿は盟主より何かしら命を帯びてここに派遣されとるんじゃろうつまりは命令を遂行しとるに過ぎんから、過保護ではなかろう?」 「その上が完全に過保護じゃねえか……」 疲れ果てたように肩を落とすファング。 |
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この話は平行線になるような気がするので、追求するのは諦めた 「ふむふむそれってただ単に脳をクローニングするだけじゃダメだったの?」 母体マザーの破壊に協力するために、ケーナは対象についての詳しい話を聞き出していた。 |
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「それですとただのタンパク質のカタマリになりますから意識なり記憶なりをインストールして脳として働かせる必要がありますしかしそこに重大な欠陥があったのです」 T・Sテッサの両手に製図用ポージング人形が2体出現した。 |
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片方は木製だが片方はガラス製で頭の部分に丸い球が見てとれる 最初はそれをテストケースとして、メインにはまた別の者が当たる予定であったしかし時間や資金の問題もあり、変更無しでプロジェクトが進んでしまったのだ。 |
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後に主任は所長にまで出世して停止コードを持つことに至る そのアクセス方法がDNA照合であった故に、母体マザーまで同じ権限を持つことになった。 |
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おそらくは狂い始めた母体マザーは情報を手に入れる過程で停止コードの存在を知ったのだろう所長が閲覧出来る機密事項は演算システムとなった彼も入手出来る。 |
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それを利用して子機を駆使し、停止コードそのものを無効化するよう自らを改造し、狂うがままに人類に反逆し始めたのだろう すかさず逃してなるものかとオプスが彼女の肩を掴もうとした。 |
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それより先に光を帯びたT・Sテッサの体を突き抜けてしまう 「チッ! 転送か!? オヌシまだケーナからの命令が下されておらぬぞ!」 それに何も返すことなく、意味深なニヤリとした笑みを残しT・Sテッサは姿を消した。 |
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「すまん逃したアヤツはあれがあるから神出鬼没なのじゃがな」 予めオプスにはT・Sテッサが現れたら確保するように言ってあったのだが、あのタイミングで消えるとは予想してなかった。 |
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行き先が分かればオプスの能力で空間ごと“繋ぐ”ことは出来るのだが、痕跡もない状況ではそれも不可能である 「もう自由人なんだなあ 地平線にはもう夕焼けが薄くなり始め、頭上には紺色の空が広がって来ている。 |
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「今日はここで野宿かなぁ?」 「そのようじゃな」 肩をすくめるオプスがトラックをアイテムボックスにしまい込み、焚き火用の炭を取り出す 「にしても名前かあ……。 |
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私、名付けって苦手なんだよねえ」 「ポチとかジョンとかあるじゃろう」 「それだと戦艦ポチになっちゃうじゃん」 ありふれた犬の名前をオプスが挙げれば、あくまで戦艦前提にこだわるケーナ。 |
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「ころっけとかーかれーぱんとかー」 「イジメか! 付けないからね」 横目でにやにやしながら言うリュノフに、悲しそうに「くぅーん」と鳴く柴犬を庇う。 |
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「あとは榛名とか金剛とか比叡とかか?」 「山の名前じゃんんー、じゃあねえ……柴犬……、しば……、芝……、TURF? だったっけ? ターフにしよう!」 早速とばかりにケーナは首輪の名札に『たーふ』と書き込む。 |
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「平仮名じゃねえか」 「可愛いは正義!」 拳を握って力説するケーナに、異を唱える気もないファングとオプスは「「はいはい」」と頷いておくのだった。 |
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「とりあえずターフはもうしばらく都市から離れた所で待機ごめんね」 「了解しましたです! ご主人様」 戦艦ターフはひじょ――に目立つので、目撃された場合は新たな自動機械の脅威と勘違いされる可能性がある。 |
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光学迷彩を備え付けてくれたT・Sテッサには感謝せねばなるまい 「それとファングアレ出してアレ」 「アレとか言われてもどれだよ?」 「ファングの騎兵。 |
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艦じゃないと修理が出来ないんでしょ?」 「あ、ああ分かった」 ファングが自分のインベントリから白い牙ホワイトファングを引き出す 白の装甲をドレスのように纏った、貴婦人を彷彿とさせる騎兵。 |
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それを修理出来ないかターフに頼んでみるケーナからのお願いであれば拒むことはないようだ 艦のハンガー部分から伸びてきた巨大なアームが白い牙ホワイトファングを掴み、内部の作業用ベッドへ固定する。 |
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そこでターフが今気付いたとでもいうように首を傾げた 「おやあ?」 「どうしたの?」 「この騎兵何故だかライブラリイにデータがあります! 不思議なものです!」 「そ、そう。 |
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良かったわね……」 ケーナがひと雫の汗を垂らしてファングの様子を窺うと、ギリギリと歯軋りを鳴らしつつ遣り場のない怒りを何処にぶつけたらいいのか、手をワキワキさせていた。 |
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「オレの艦なのにオレの艦なのにオレの艦なのに……」と、恨みの篭もった呟きも聞こえてくる 「ご主人様部品足りません!」 とてててと駆け寄ってきたターフの周りの空中に20以上の小さい画面が開く。 |
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そのひとつひとつに色々なパーツが表示されていた ハンガー設備でも装甲を加工するくらいしか出来ず、部品の製造は無理なのだそうだ これは改造したT・Sテッサがケーナには不必要だと思って、リソースを削っているところもある。 |
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「うげっ! こんなに消耗してたんかよ……」 それを見たファングは意気消沈して肩を落としていた 何やらステータス画面を確認する仕草にしかめっ面が増えるところを見るに、更に出費がかさむらしい。 |
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「ターフこの中に部品は無いのかな?」 昨日狩った自動機械をアイテムボックスから取り出してターフに見せる 山積みにされたそれに近付いたターフは、ふんふんと鼻を鳴らしながら残骸に頭を突っ込み匂いを嗅いでいるようだ。 |
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やがて頭を上げて「ありません!」と告げる 「匂いでわかるんかいっ!?」 「謎生物じゃなあ……」 「可愛いからいいや」 戦艦ターフにファングの騎兵を預けたままにして、3人はバナハースへ戻ることにした。 |
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トラックの荷台から遠くなっていく白亜の戦艦が、一瞬で風景に溶けたように見えなくなる 仕留めた自動機械は平べったくなったアダンテをソリのように使い、他をワイヤーで雁字搦めにして固定した。 |
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運転するのはオプスなので、荷台側はケーナとファングになるケーナの左腕にはしがみついた状態のまま、リュノフがすやぁと熟睡していた 「ファングは部品の調達、する前に金策だよね?」 「だなあ……。 |
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少なくともエディスフまで行かねえとパーツを作るのは無理だな」 「そうなんだじゃあとりあえずこれ」 とケーナが差し出したのは鉛色をした涙滴型の石が付いたストラップだ。 |
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「これをどうしろと?」 「腰のベルト辺りにでもぶら下げておいてよ 「どお?」 「ダメージ全般が3桁も上昇してんぞ! なんだこれ!?」 「ああ普通に使えるね。 |
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良かったそれ攻撃力を10%上げる小物なんだついでにちょっと強く叩いてみて」 ストラップを摘んでデコピンをかましたファングの目が更に見開かれる。 |
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「なんだこりゃっ!? 元の数値より3割ぐれえ上がってんぞ!」 「たぶん30秒くらいしか保たないと思うけど、もしもの時には使ってかなり少ないが、この世界にもマナと呼ばれる物質はあるからだ。 |
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おそらくは自然がいくらかあれば、もう少し回復スピードは上がると思われる その辺の検証事項は横に置いて、ケーナは居住まいを正すとファングへ頭を下げた。 |
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「ファングの艦を奪うような形になっちゃってごめんなさいT・Sテッサも悪気……はあったかもしれないけど、私の為にとやったことだから本当に申し訳ないと思っています。 |
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そのアイテムでは埋め合わせにはならないだろうけど、今後貴方のパワーアップになることだったら、なんでも手伝うから」 「……〜 最後には頭をバリバリと掻き毟りながら「あ゛――――っ!!!?」と叫んだ。 |
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「分かった詫びを受け入れるよ受け入れるから頭を上げてくれ」 「今のところ長期的な補填とか考えてるから……」 「分かった ◆ 「やー 街中を走っていく時も通りすがりのハンターや、騎兵からも視線が飛んで来たり。 |
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挙げ句の果ては商人組合に売り払うときも、査定していた者が手ぶらのケーナたちを訝しげに凝視してたりだ酒場へ行ったらうらやむ奴らに絡まれないかと、心配になる。 |
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どちらかというと絡んで来る奴らの生命の方が危険な意味で 「……でもいいのか? オレなんにもしてねえんだけど、分け前貰っちまって」 「いーのいーの。 |
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補填するって言ったじゃん報酬を3等分したって私らの懐は痛まないよ」 基本的にケーナたちは武器や防具に金を使わない宿泊費や食事代に費やすくらいである。 |
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気分で食事を採るリュノフが加わっても、すぐさま破産に至るようなことにはならない 「そーかなら有り難く貰っとくぜ……で、いい加減アレほっといていいのか?」 後ろを気にするファングに言われて、ケーナはしぶしぶ振り返った。 |
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そこには腕を組み、しかめっ面をして如何にも「怒っています」と言わんばかりのオプスがいた額にはバツ印に貼られた白いテープがあり、その横ではリュノフがそれを指差して爆笑している。 |
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「あははははははっ」 「…………っ」 文句を言いたくてもリュノフの方が格上なので、言葉を飲み込んでいるといったところだろう理不尽極まりない。 |
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「オプスが魔眼で牽制しようとするからでしょ? あれは配下の不始末を上司が詫びる流れ」 「上司が頭を下げるのを見ている配下は面白くないのじゃが」 「そういうものだって教えてくれたのはオプスじゃない。 |
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ちょっとは仲良くなったと思ったのに、こういう時だけは友誼を無いことにするんだから」 かつて彼女にゲーム内で道徳を説いていたことを引き合いに出されれば、オプスも苦い顔で唸るしか出来ない。 |
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その様子を見て、もう一押しだと感じたケーナはあまり使いたくない手段に出た 「カラス・・・」 力を言葉に乗せて真名を呼べば、オプスは右手を左肩に当てて一礼し「異論ありません」と答えた。 |
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「じゃ、これはコレで可決っとこの話はおしまいね〜」 『バカメ』 「くううぅぅっ」 ウインクしたケーナがファングを促して宿までの歩みを再開する。 |
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オプスにはキーから憐れみと小馬鹿をまぜたような一言が飛んできたこの世界に来てから記憶を思い出しつつある主ケーナは喜ばしいのだが ……だが、これまでの友人関係だった頃の優位性が失われた気がしてちょっぴり涙するオプスであった。 |
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翌日、昼前にケーナたちは桟橋までやって来たもちろん漁に参加するためである ケーナだけは意気込みが凄まじく、護衛兼手伝いとして参加するハンターが早いもの勝ちと知り、早朝から港湾区の塀の前で待っていたくらいだ。 |
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これには後からやって来たハンターたちも苦笑していた 出航する時間がすぐそこに迫っている時、船の甲板にいるのはケーナとオプスであるファングは考えたいことがあると言って、街に残ることにした。 |
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それはまだいいのだが問題はその横にリュノフがいて、ケーナに向けて大きく手を振っていることだろうまったくもって意味が分からないケーナは元々の言葉が何だったのかを気にして、色々と質問を投げかけたりした。 |
| 4151 |
結果、クエスチョンマーク飛び交うパニック状態となったので、詳しく聞くことは断念されたのである ケーナたちを見送ったファングは銃器を扱う店を巡り、新たな戦闘方法を模索していた。 |
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「とは言っても、基本飛び道具が主流な世界だからなあ剣や何やらが自動機械に有効な訳でもねえし……」 剣や盾が無いわけでもないが、騎兵用としてなら販売はしている。 |
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使ったが最後、酔狂かマニアックな連中という枠組みにされるだろうあれもダメこれもダメと店をひやかしつつ、消耗品などを補給していく ふと気が付くと隣ではしゃぎながら着いてきていたリュノフの姿が見えなくなっていた。 |
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辺りを見回してみれば、ずいぶんと前に通り過ぎた店先で西の空を見上げていた釣られてファングも同じ方向を見上げ、黒い雲が急速に近付いてくるのを確認した。 |
| 4155 |
「スコールかそういや水が嫌いだっつーんなら雨も……、っていねえええ――っ!?!?」 少し目を離した隙にリュノフの姿は忽然と消えていた 「いやいや、ケーナたちの方に行ってるかもしんねーな。 |
| 4156 |
うん」 口に出して不安を洗い流そうとするファングの身に、バナハース自体に更なる不安の陰が差し掛かる ヴォ――――――――!!!! 唐突に街のあちこちに設置されたスピーカーからサイレンが鳴り響く。 |
| 4157 |
ファングも、通行人も、客と談笑していた店の店主も、客のハンターも、道を横切ろうとした騎兵も、街のだらけた空気さえも、瞬時にビリッとした緊張感を帯びだした。 |
| 4158 |
「襲撃っ!? スコールに紛れてかっ!!」 一般人は家に向かわずに列を成して緊急避難場所へと移動し始める戦える者は銃を取り、騎兵を走らせ、戦車を駆り、防衛を固めに動き出す。 |
| 4159 |
心ここに在らずという状態で車列を眺めていたファングだったが、通り過ぎた戦車が鳴らしたホーンで我に返り、正門側へ向かって走り出した 「ちっくしょう襲撃だと。 |
| 4160 |
冗談じゃねえぞ……」 さっきのリュノフに感じた不安はこれのことかと毒づく 手持ちの騎兵カードはここには無いリュノフの力は当てには出来ない 砂漠と都市を隔てる壁に向かいながらファングはインカムを付けた。 |
| 4161 |
インカムはハンター組合で幾らか依頼を受けて、ある一定以上の実力があると判明された者に配られるものであるケーナたちは商人組合の方にばかり自動機械を材料として卸しているので、この範疇には入っていない。 |
| 4162 |
街に対して自動機械が攻め込んできた場合、たいていは籠城戦になる 壁の数か所に埋め込まれた機銃での掃討や、壁の上は幅を取ってあるので騎兵を置くことも可能だ。 |
| 4163 |
壁の内側には騎兵や戦車のための昇降用エレベーターが設置してあるのが普通である 都市毎に定められた周波数へと合わせれば、戦況と各部署への戦闘指示がインカムから流れ出す。 |
| 4164 |
混乱を避けるためにリーダーとしてハンターや傭兵を取りまとめるのは引退した老兵だったり、都市を訪れていた傭兵団の頭だったりだ 今回は後者で、指揮をとっているのは青猫団の副長ネープトらしい。 |
| 4165 |
仕方なく怒号飛び交う門前に到着すると、ネープトを探し出し指示を仰いだ 「ファングだ騎兵がポンコツなんで射撃手として出る 「またタイミングの悪い時に……。 |
| 4166 |
あんたの真っ白いのはどうしたんだい?」 「運の悪いことに修理中で手元にないな」 運無しダブルパンチに顔をしかめたスバルは、すぐに気持ちを切り替えてインカムを怒鳴りつけた。 |
| 4167 |
『8番と10番出しな! 嬢ちゃんたちは居ないんだとよ!』 『なんでえ嬢ちゃんの雄姿は拝めねえのかよ分かったぜ!』 壁の内側のエレベーターに、ガリガリと大型の戦車が乗り上げる。 |
| 4168 |
ケーナたちであれば見覚えのあるその戦車を操る者の名はキングと言う ファングはその上昇を眺める暇もなく、ネープトより「外に出ている戦車の撤退をサポートしてくれ」と言われ、梯子はしごをムカデのような挙動で駆け上がった。 |
| 4169 |
ついそれを見てしまった者が「何だアイツ気持ち悪ィ」と呟くくらいである 壁の上は先程上がってきた大型戦車キングのがギリギリバランスを保てる8メートル程度の幅しかない。 |
| 4170 |
射撃の反動を、前進するかしないかで消すには熟練の技がいるだろう 「イヤッフー!!」とテンション上がりまくりなキング戦車の砲撃は、何時落ちてしまわないかと見ている方が心臓爆発モノの妙技である。 |
| 4171 |
ファングが上がってきた外壁上には膝立ちの騎兵が2機手持ちのライフルを下に向けているも撃つまではしてないようだ 下を覗き込めば1両の戦車が右に左にと砲撃を避けつつ、近付いてくる自動機械へ牽制射撃をしていた。 |
| 4172 |
騎兵の片方が行うハンドサインを見てファングは状況を理解する自動機械が接近し過ぎて門が開けられず、クレーンで戦車を引き上げていたところで最後の一両が間に合わなかったらしい。 |
| 4173 |
自動機械の群れ本隊は壁より100メートル以上離れた所に陣を張っているようだそこからナナフシと呼ばれる長い砲身に脚がついているだけの中型機が、6機ほどの数で散発的に砲撃を繰り返している。 |
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外壁に取り付けられている銃座や、壁上で反撃をしていた騎兵に被害が出ているようだ 何発かは壁を越えて都市内へ飛び込み、壁際の幾つかの建物で火の手が上がっている。 |
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不幸中の幸いとしては市民の有志や騎兵を持たないハンターらによって消し止められ、大規模な火災にまで至ってないところだろう 群れから先行した小型機が接近し、戦車に取り付こうとしていた。 |
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さらに好機ととったのか3機が追加で近付いてきているぐずぐずしている暇はないと騎兵たちが真下の1機を排除する方向で動く ファングは接近中の方を牽制してくれという指示がきた。 |
| 4177 |
『1、2の3』のタイミングでそれぞれが発砲する戦車へちょっかいを掛けていた方は、上からの射撃に装甲を凹ませて動きが鈍くなる ファングはマシンガンをフルオートでぶっ放すついでに【徹甲】スキルまで使う。 |
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これはフルオートの場合に限り、最初の2秒間だけどんな弾種でも徹甲弾の効果を与えるものだ その結果、3機の自動機械はこれでもかというくらいに穴だらけにされて完全に機能を停止した。 |
| 4179 |
これには撃った方も唖然としてしまう 「え、……え?」 『『…………っ!?』』 戦車の救助を行った2機の騎兵もあまりの光景に絶句していた しかし、戦車から早く引き上げてくれコールに慌てて動き出す。 |
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クレーンにワイヤーを引っ掛けて下降させ、それを戦車の乗組員がハードポイントに繋いで引き上げるまでの間、狙いはまだ動いていた壁際の自動機械に合わせたままだ。 |
| 4181 |
マシンガンの銃口を半信半疑で眺めていたファングは、その自動機械を狙ってスキル無しで撃ってみた 騎兵の射撃で装甲を凹ませるくらいが関の山だったのに、ファングの射撃はあっさりトドメを刺し、自動機械は火花を散らしながら停止する。 |
| 4182 |
再び壁の上に訪れる沈黙 『い……、いやアンタすげーよ』 『何か特殊な製法の銃なんだろ、それ奴らを止めるくらいだしな』 「や、いや それどころか現地人に比べると遥かに高い水準である。 |
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彼が自分のことで強者だと自覚出来ていないのは、ゲーム内で彼が平均的なプレイヤーだったからだ 彼の乗機であるAランク騎兵ホワイトファングはレア品だが、ゲーム内では誰もが取得出来るありふれた騎兵だった。 |
| 4184 |
Aランク騎兵を得ることは、初心者を卒業して中級者に足を踏み入れることだそこから頭角を現してトッププレイヤーや廃人に躍り出るか、伸び悩んで停滞するかに別れる段階である。 |
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ファングは後者であったために浮き沈みを繰り返し、なんとか戦艦を手に入れるまでは行ったが、そこで止まってしまった こちらの世界には騎兵がCランクまでしか無かったので、多少の優越感には浸っていた。 |
| 4186 |
だがそれも騎兵があればこそだと思っていたので、生身の戦闘は一般人程度だと思い込んでいたのである 「自分すげー」と自覚し、さてじゃあ次と行きたいところだったが、彼の生身での活躍はそこまでだった。 |
| 4187 |
ポツポツと水滴を感じたと思ったら、瞬く間にバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われたのであるファングは慌てて装備欄から防水コートを選択し、脳内スイッチひとつで瞬時に羽織る。 |
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僅わずか数メートル離れた騎兵でさえも、縦線で描かれた版画のようにしか見えないので、ファングの早着替えは見咎みとがめられることはなかった今まで耳にした噂話では、スコールの最中に自動機械たちが攻め立てて来たことは無いらしい。 |
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『ヒュー、スコールに救われたな』 『ぐずぐずすんな! 被害を調べろ!』 『正門4番と7番の銃座が沈黙してたぞ担当者の生死は不明!』 『ええいっ、雨で何にも見えん!』 『壁上うえの騎兵も何機か落とされたぞ!』 『こちら街中。 |
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負傷者はいるが死亡者はいない』 それを見越してか、インカムから流れてくるのは撤収に掛かっている声も多い それでも何か例外がある場合に備え、ファングはスキルの範囲内を隈無く調べていた。 |
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「っ!? なんだこりゃっ!」 知覚範囲のギリギリにあった大型の何かが、急速に近付いてくるのに気が付いた直線上にあるのは未だ堅く閉じられた正門である。 |
| 4192 |
ファングは慌ててインカムに怒鳴り、注意を促す 上にいたファングは反射的に身を投げ出し、床に伏せて落下を防ぐ騎兵の片方は壁の縁にしがみつき難を逃れたが、もう片方は不意を突かれたようで『うわわああああがっ』と絶叫を上げて落ちた。 |
| 4193 |
間髪いれずに壁の内側でドガシャアという落下音が響く 壁上に陣取る戦車や騎兵から正門前へ散発的に射撃を行っているが、バランスを保つ方が重要で視界が悪いために効果のほどは不明である。 |
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ファングは匍匐前進で梯子まで移動し、振動で振り落とされぬよう間隔を見計らって素早く降りていった 『ちっくしょう! 何が来てやがるんだよ!』 『ここを突破されたら最後だ。 |
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扉を抜かれた瞬間に全員で撃ちまくれ!』 騎兵や戦車や装甲車が隙間無く並んで銃口や砲塔が門に向く ファングには構造体の耐久度なども確認出来るが、正門のそれは既に2割を切っていた。 |
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いよいよはこれの出番かと腹を括り、ファングは懐から取り出したヒュドラコインを握り締めた そして、唐突に降り始めた豪雨は唐突に終わりを告げる。 |
| 4197 |
黒雲が急ぎ足で頭上を通り過ぎ、強すぎる陽光が降り注いで周囲の水分を蒸し暑い湿気へと変えていく スコールの通り過ぎた後に発生する一瞬の霧を吹き飛ばすように正門が破られた。 |
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甲高い金属音と共に4つに割れた扉が都市内へ放り込まれ、もうもうと立ち昇る砂埃の中から巨体が姿を現した 『な、なんっ……だ、あれ……』 誰かが震えながら発した呟きが、それを視認した皆の心の内を代弁していた。 |
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内6人はつい最近に見たことがあったので、別の意味で驚愕していたのだが それは濃緑色の鱗を持つ全長20メートル以上のツチノコであった 頭部の左半分はごっそり抉えぐれて、頭骨さえも半分は消失していた。 |
| 4200 |
その欠けた頭部の肉に2機の自動機械が埋没していた 首の辺りから背骨にかけては、節の付いた管の金属が背びれのように波うって埋め込まれている。 |
| 4201 |
半開きになった口からは長い舌が重量に従うまま垂れていた 半サイボーグゾンビと化した巨体を引きつった顔で眺めていたハンターの面々は、正門からズリズリと進行を開始したクッチーを見て我に返った。 |
| 4202 |
『止めろ止めろ! 撃ち方止めえええぇぇっ!!!!』 撃ちまくって辺りにバラ撒かれた薬莢がカラカラと虚しい音を響かせる中、立ち込める粉塵煙の向こうに動く影があった。 |
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『うっそ……』 誰も彼もが目を見開いて絶句する はっきり言って今消費した弾薬だけでもバナハースの半分を焦土にして余りある威力があったそれをほぼ一点集中に受けて動くモノなど彼等の常識にはない。 |
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とは言え煙が収まり、現れたクッチーも更に酷い姿になっていた 顔半分に埋まる自動機械を庇ったらしく、右半分の鱗の大半が剥げて肉が露出している。 |
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それどころか抉られた隙間から内臓がこぼれ落ちている部分もある唯一残っていた瞳は眼窩ごと消失し、口の先端部分はごっそり無くなっていた 満身創痍のようだが、動くのには支障はないらしい。 |
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鎌首を持ち上げ、眼下に並ぶ一団を押し潰そうと迫るクッチーに、恐慌状態のハンターたちは震えるだけだ 弾薬の当ても無く、目の前の敵を倒す手段はもう手元に無い。 |
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あと取れる手段は住民の避難が完了するまで、ここで的となって足止めするくらいだろうか 誰もが一斉に突っ込むかと考えていたところでファングがヒュドラコインを投擲した。 |
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制御云々は横に置くとして、まずは圧倒的破壊力でクッチーを排除するのが先だと思ったからである心が折れかけているハンターたちをこれ以上苦行に追い込まないために。 |
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しかし「頼む!」と思いを込めたまではいいが、勢いまで込めてしまったファングの投球は放物線を描き、クッチーの目前に落ちるどころか鼻先が無くなって半開きになった口内へ吸い込まれていった。 |
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「……あ」と失敗を悟ったが時既に遅し 顎肉の隙間や口から光が迸ほとばしった瞬間、内部に顕現したヒドラの質量に耐えられるはずもなくクッチーは爆裂四散した。 |
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どしゃドチャッと、肉片が降り注ぐ正門前には、首の先端から尾の先までクッチーに匹敵する大きさのヒュドラが立ちすくしていたその身には腐った肉や血がこびりつき、悪臭を放つ酷い有様である。 |
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『なんなんだよこんどはっっ!?』 ガシャガシャガシャっと騎兵等が弾のない銃を向け、新たに現れた怪物に対して臨戦態勢をとる油断なく相手の出方を窺う糸の張り詰めた緊迫感の中、ファングだけは顔を青ざめさせていた。 |
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ヒュドラは魂の奥底でファングと繋がっているが、その条件付けは従僕である それ故に気に入らないからと言って反撃しても、契約条件下位がために致命傷を与えることは出来ない。 |
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それでもファングから流れて来た感情によって、ここでこの場面での活躍に役立てることを高揚感と共に心待ちにしていた ところが蓋を開けてみればどうだ。 |
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敵の体内に放り込まれるわ、これっぽっちも活躍しないまま事が終わってしまうわで、やるせない気持ちでいっぱいである必然的に怒りの鉾先はコインを投げたファングへ向かう。 |
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40近い怒りの視線にギロリと睨まれ、そろりそろりと逃げ出そうとしていたファングはピキリと凍り付いた ずらりと並んだ騎兵や戦車の前で向かい合う1体と1人。 |
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事態が把握出来ず、警戒したまま推移を見守るハンターたちに背を向けたファングは、開け放たれている正門から砂漠の方へと遁走を計った 『ジャアアアアッ!!!!』と全首が吠え、後を追うヒュドラ。 |
| 4218 |
追走劇が砂丘の影に見えなくなり、「ぎゃああああっ!!」という悲鳴が微かに聞こえたところでハンターたちは警戒を解いた ちなみにケーナたちが参加した漁の釣果はボウズに近いといっておこう。 |
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順風満帆で取り立てて話題にすることもなく、だが地元の漁師に言わせると異常なほど何もないという結果であった 「あたしらもちょっとよく判らないんだけどねえ。 |
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本人が事情を話すにはアンタたちの同意が必要だって言うんでね戻って来たところ悪いんだけど、同席しちゃあもらえないかい?」 港で待っていたスバルにそう言われたケーナとオプスは、顔を見合わせた後に「いいですよ」と素直に頷いた。 |
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スバルの先導で向かう先は、ハンター組合が所有するガレージとして使われる倉庫だ 牢屋なら自警団や行政府の方にもあるのだが、自警団側は自動機械の砲撃を食らって半壊。 |
| 4222 |
行政府側は未だに内輪がバタバタしているので、ハンター組合の方で預かりとなったとのこと 牢屋とは聞いたが実際は拘束している程度で、食事やトイレなどは自由に出来ていると聞く。 |
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道中都市を半分横切ることになったが、戦闘が収束して半日も経っていないので、爪跡が色濃く残っていた ある戦車は資材を積んだ荷車を牽引して道を横切って行き。 |
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ある騎兵は瓦礫の片付けに東奔西走していた 「正門を吹っ飛ばされちまったからねえ しかし「いや、扉を吹っ飛ばしたのはケーナちゃんが名付けたあのクッチーさね」と言われ「なんでぇ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。 |
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クッチーことクリムゾンツチノコはT・Sテッサが作り上げた対自動機械用の生物兵器の筈だ自動機械と一緒になって人類を襲うなど有り得ないことである。 |
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「まぁ待ちなよちゃんと奴らが来たトコから説明してあげるから」 そうしてスバルから攻防の経緯を聞き、クッチーについての顛末を知る 聞き終えたケーナの表情はひじょーに渋いものになっていたが、オプスはしたり顔で頷いていた。 |
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「ふむ、なるほど」 「なんのどこが「なるほど」になるのよ」 「リュノフ殿は参加しなくて良かったんじゃろうな、と」 「あ……」 言われて分かる。 |
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その程度の被害で済んで良かったというものを 残して来たリュノフがもし攻防に参加したとしたら、自動機械だけでなく都市や人までもペッシャンコになっていたかもしれないと。 |
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今更ながらにホッとする 「でもそう言えばリュノフ見てないなあ……」 港で迎えてくれなくて変だとは思っていた スバルによってファングの行方は判明したが、3人以外の誰にも知覚されないリュノフは「おっかえりなさ〜い!」……。 |
| 4230 |
考えている途中でどこからともなく現れたリュノフに飛び付かれ、ケーナは無言で硬直した スバルに頭のイタイ人扱いをされるのを防ぐためだが、それより先に彼女の頭上に穴が開いたのに驚いて声を掛けた。 |
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「スバルさん上っ!!」 「なにってっきゃっっ!?」 「ほう」 ボテッと鈍い音ともに落ちて来た者を見て、リュノフに視線を移す リュノフは満面の笑みでもってそれに返した。 |
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「しゅーりぎょーしゃつれてきたの〜」 「リュノフ、あれは連れて来たって言わないから」 「?」 「はぁ……」 分かってなさそうに首を傾げる人魚にため息を吐き、ケーナは落ちて来た者に近付いた。 |
| 4233 |
「うむうむいいものを聞かせてもらったのう」 「な、なんだい今何が落ちてきたんだい…… 真っ赤になって威嚇のために銃を振り回すスバルに、同じく「可愛い」と思ってしまうケーナであった。 |
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「ソレは兎も角私わたくしにご用があると伺ったのですが」 ブレザー姿の少女が恭しく頭を下げている時点で、珍妙な集団は衆人環視の目に晒されている。 |
| 4235 |
銃を乱射(威嚇ではないらしい)しながらオプスを脅しているスバルとか その銃弾は射線が見えているオプスにのらりくらりとかわされて掠りもしていない。 |
| 4236 |
加えてT・Sテッサはつい先日の断罪事件で顔を隠そうともしていなかったので、行政府前で見た者も多い筈だ だがスバルとオプスのやり取りを横目で見て通り過ぎる者はいても、ケーナとT・Sテッサの方に注目する者は居なかった。 |
| 4237 |
実のところT・Sテッサは周囲の人々にも、近くにいるスバルにも知覚されていないのであるリュノフの認識障害がピンポイントで恐るべしだ、 「ああ、うん。 |
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都市の門が壊れちゃったんだって直せる?」 「承うけたまりました資材を手配致します故2〜3日お待ち下さい」 と言って頭を下げた状態のまま、足元から立ち昇る光の粒子と共に姿を消していった。 |
| 4239 |
「あれもまあ誰かに負けず劣らず変な子よね……」 T・Sテッサの消えた場所を見て苦笑してから助走をつけ、スバルをおちょくっているオプスをドロップキックで蹴り飛ばした。 |
| 4240 |
「ほらオプス遊んでないで行くよ」 吹き飛ばされたオプスが、通りすがりのジープに跳ねられるのを見たスバルの顔色が変わる 跳ねられた本人は何事も無かったように立ち上がり、砂を払ってケーナに対してくどくど文句を言ってきたが。 |
| 4241 |
「……アンタたちの関係ってどーなってるんだい?」 「え、普通に旅の仲間ですけど」 オプスからの苦情を「はいはい」と聞き流し、不思議そうに首を傾げるケーナの姿になんとも言えない顔になるスバルであった。 |
| 4242 |
スバルに案内された先には大型のプレハブ程度の倉庫 中身の半分には銃やバイクや木箱などの備品が乱雑に置かれていたそれらを無理やりどかして得たスペースに組立型の簡易事務机と折り畳み椅子が並んでいた。 |
| 4243 |
そのひとつにすっかりやさぐれた感じのファングが座っている その他の人員は青猫団副団長のネープトと腕組みをしてふんぞり返っているキングだ顔見知りで固めたのは話が通りやすいところを見越してか。 |
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「来たか」 「ようやく来ましたか待っていましたよ」 「すみませんお待たせしてしまったようで特に髪の毛などはそれによって固まっているらしく、上や横に尖った斬新な髪型と化していた。 |
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「……っ」 「え、なに?」 ふてくされたファングの呟きに耳に手を添えて聞き返す 「ヒュドラに甘噛みされた上に、唾液でベッタベタにされたんだよコンチクショウ!!」 余程悔しかったのか怒鳴り返してきた。 |
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勢い余って投げるところに誤差が生じただけで、この有り様にされれば腹も立つだろうヒュドラ側の事情が完全に八つ当たりだっただけなのである 「ああ、ごめんなさいってば。 |
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機嫌直してよ」 ケーナはファングの肩をポンと叩くと同時に【清浄魔法】を行使した 瞬時に寒天状の乾いた唾液や服の汚れも浄化されて、まるで風呂上がりのようにさっぱりした状態になる。 |
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服も新品とまではいかないまでも、洗濯したてのように砂埃や泥汚れが払拭された 「「「なっ!!?」」」 この結果に目を丸くしたのはネープトたちである。 |
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肩を叩いただけで人が綺麗になる現象など聞いたこともないキングが好奇心旺盛に目を輝かせる中、ネープトは額に皺をよせていた 元々ヒュドラを表に出すに当たって、オプスと話し合って決めてたことである。 |
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さすがに異世界の者だとか、ゲームからのトリップ者だとかはややこしくなるので隠しておくがある程度の嘘と真実を織り交ぜて理解を求める予定である。 |
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「初めて会った時から普通じゃないと思っていたんだが、それがアンタたちの秘密か何かかい? おっと、これはネープトの役目だったねえ」 「いえ、構いませんよ」 真っ先にスバルがケーナたちの意図に気付いたようだ。 |
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キングもあの対クッチー戦を見ているので、2人の異常さには気付いていた弓矢が戦車の砲弾を上回る威力を持つなど普通は考えられないし、個人で騎兵を凌駕するなど有り得ないからだ。 |
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「ハンター個人の素性に言及するのは本来ならルール違反なのですが……あのような異種トカゲや彼女らと共闘した話などを伺いますと、貴方たちはとても普通とは思えません。 |
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差し支えなければ目的などを窺っても?」 一応ネープトも言葉を慎重に選んだつもりだ 護衛としてケーナたちとも顔見知りであるスバルとキングを揃えたが、不安もある。 |
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仮に2人が極悪非道で、内部事情に踏み込まれるのを嫌った場合、容赦なく殲滅されるかもしれないからだ その心配は取り越し苦労だったが 「我等は魔法圏の者じゃ」 ネープトたちには緊張の一瞬。 |
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オプスは素直に返答したが、それは彼等にとってまったく予想外の回答だった 「ま、ほう…… 「我らは我らの目的に沿って行動しておるが、そこに人類と敵対する意思はない。 |
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お主等が我らに脅威を抱くのは仕方ないが、目的の邪魔さえしなければ友好的に事が運べるじゃろうよ」 オプスは淡々と詳細な目的をぼかしながら話しつつ、無造作に振った手に人の頭大の炎を出現させた。 |
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目を見張ったネープトはオプスの許可を得て手を近付けて、かなりの熱量を発しているのを確認する 続いてケーナが取り出した扇子の先より、公園の噴水のような量の水を放水し始めたのを見て、キングたち諸共絶句する。 |
| 4259 |
震える手で水を掬すくい口に含むと、今まで味わったことのない清涼感溢れる澄んだ味に言葉をなくすスバルたち大量に作り出せますし」と返す気が付くとキングとネープトが見たことのない真剣な顔で詰め寄って来ていた。 |
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「「ケーナくん!」」 「ひぃっ!?」 「「売ってくれ!!」」 「は、はい?」 「その水を売ってくれ! 垂れ流すには惜しい1リットル1500ギルでどうだ?」 「ぶっ!?」 キングが銀15の値を付けたことに吹き出すケーナ。 |
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街中で買い食いなどをして1日の食費が銀10(1000ギル)も使えば豪華とされるので、節約すれば2日分の食料が賄える金額である 「甘いなキング殿。 |
| 4262 |
これ程の水、2000ギルの値を付けて妥当でしょうどうですかケーナくん?」 「高っ!?」 マルマールの宿に1泊出来る額をネープトから提示され、ケーナはうろたえる。 |
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ケーナたちにとって、水は自力でいくらでも補給が可能な物だ生命線となっているこちらの世界とでは価値観が大きく異なっている その辺は判らなくもないが、そこまで高値を付けなくても……。 |
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と言うのがケーナの正直な気持ちである 「じゃ、じゃあ間をとって……」 男2人がゴクリと唾を飲み込み、裁定を待つ その緊迫感に一歩後ずさったケーナはおずおずと切り出した。 |
| 4265 |
「1000で、どう「「買ったーっ!!!!」」でしょぅ……」 ネープトとキングがガッツポーズをしているのをジト目で見るオプスとスバル 呆れ顔で腕組みしたオプスが「これ以上我らが釈明することはあるかの?」と問う。 |
| 4266 |
「あ、ああすまない横道にそれたね」 ネープトはぎこちない笑顔で、キングは気まずい顔で目を逸らした 水の売買で魔法を納得してくれたというところに釈然としない感が満載である。 |
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「次に……」とネープトが切り出してきたのはヒュドラのことだった人は襲わないようにと厳命してあるので、街の者に危険はなかろう」 召喚時の条件付けペナルティにより、防御が数%上昇する付加が施されている。 |
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ヒュドラの行動制限には敵対されない限り人を襲わないとなっているが、使役者は別であるまだそれとして認められていないためにファングの受難は続くだろう。 |
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見てて楽しいのでその辺オプスは教えてやらないつもりである信頼は楽して得られぬのだ ネープトにはヒュドラが問題を起こした場合の責任担当を決めさせられた。 |
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これはオプスが2つ返事で引き受けるただし、バナハース内だけで他の都市はまた別ということらしい もしもの時は行政府と掛け合ってくれる等や、魔法についての周知を引き受けてくれた。 |
| 4271 |
まずは青猫団員内で広めてみるとその為に水を求めて団員が殺到するだろうという、有り難く無い断りまで入れられてしまった 話が終わったところで「では水を!」と切り出されて呆れるケーナたちであった。 |
| 4272 |
後日、団員たちのみならず酒場にいて話を聞きつけたハンターたちにより、1日で金85も稼ぐことになったのは全くの余談である そこは巨大な見たことも聞いたこともない巨大な空間であった。 |
| 4273 |
強いて言うのならばオリンピックの室内競技場だが、大きさが通常の4倍以上ある 天井は大きく開いていて、雲ひとつない青空には太陽が昇っていた。 |
| 4274 |
砂漠のように容赦なく照りつけるものとは違い、柔らかな陽差しが降り注いでいる 気温は20℃程度に保たれていて、少し動けば汗ばむくらいだろう 競技場であればトラックが引かれていたりする所は一面の草原であった。 |
| 4275 |
一部には樹木が茂っていて赤い実やら青い実がたわわに実っている 観客席の場所だった所には段々畑が作られていて、多種多様な野菜類が瑞々しい葉を大きく広げていた。 |
| 4276 |
「…………」 そんな自然溢れる中にポツンと異物が紛れ込んでいた 草原で所在なげに佇む6人の少年少女たちである 彼等はバナハースの孤児院よりさらわれて来た子供たちだ。 |
| 4277 |
施設で労働力としてこき使われている最中にいきなり眠気に襲われて、気が付いてみれば見たこともない場所に寝かされていた自分たちを取り巻く状況の劇的な変化に、何が何だか解らず混乱している。 |
| 4278 |
「何なんだよ、ここは……」 子供たちのリーダー格であるイングという名の少年は茫然と呟いた あの面倒くさがり屋の豚シスター共が少年たちを手放すとは考えづらい。 |
| 4279 |
引っ越しをするとは思えないし、何より狭い地域しか知らない彼等でも、バナハースにこんな場所は無いと断言できる 混乱の極みにある少年少女たちは少し落ち着いてから辺りを見回す余裕が出来て初めて、自分の身に起きた異常を知った。 |
| 4280 |
弟たちが顔を見合わせた時に、額に文字が書かれていることに気が付いたのだ それぞれの額に2文字ずつ共通するのは「γ」で、後は年長順に「1、2、3、4、5、6」だ。 |
| 4281 |
学のない彼等でも数字は解るしかし「γガンマ」までは解らない 下の子たちは気味悪がり必死に額を擦こするが、皮膚が赤くなるだけで消えはしない 慌てて振り向くと彼等のすぐ傍に自分たちより少し年上らしい少女が立っていた。 |
| 4282 |
行政府の職員たちが着るスーツのような衣服を身に纏った娘がいつの間にかそこに佇んでいた 「さすが姫様の魔法目覚めるタイミングもバッチリですね」 ただその顔には表情が無かった。 |
| 4283 |
喜怒哀楽が声からも窺い知れない彼等に向く視線には、無機物を見るような冷たさが宿っていた 「何だよ、その……し、しきべつばんごうって?」 「あなた方の呼び名ですよ。 |
| 4284 |
あなたがγ1ガンマワンそちらがγ2ガンマツーそっちが……」 淡々とひとりずつ指差しながら数えていく まるで置いてある銅像か何かのように年少たちが見ている前で無様を晒さないよう、心を奮い立たせて抗議する。 |
| 4285 |
「アナタ方の名前呼びは考慮するに値しませんね」 T・Sテッサはイングの主張をばっさり切り捨てて、右手を一振りする 彼女の足元から草原を割って、ホワイトボードがせり上がってきた。 |
| 4286 |
「さて耳の穴かっぽじってよく聞きなさいこれが今日からアナタたちの生活となります」 そこにはかなりざっくばらんな箇条書きで時間割りが記してあった。 |
| 4287 |
「ちょっ、ちょっと待ってくれよっ! なんで俺たちがこんなところにいるのかがわからねえよ!? あんたは誰で、教会とかシスターはどうしたんだよ!」 ますます困惑して声を荒げるイングにT・Sテッサは舌打ちをした。 |
| 4288 |
「まったく環境が激変しているのだから即理解して欲しいものですねこれだから知能の低い幼生体は……」 意味は判らないがそこはかとなく馬鹿にされているのは理解したらしい。 |
| 4289 |
子供たちの表情がふくれっ面になる 「まず此処はバナハースではありませんアナタたちはその境遇を哀れだと感じた姫様に感謝しなければいけませんよ。 |
| 4290 |
その恩恵を受けてこの私わたくしが運営するテスタメント機関へ身柄預かりとなったのですからあと教会に巣くっていたゴミ共は街の者によって都市を追放になりました。 |
| 4291 |
姫様に無礼を働いた大罪もありましたので追撃を出しましたしもう何処かでばったりと出くわす心配もありません」 淡々と本を読むように恐ろしいことを織り交ぜて語るT・Sテッサに、子供たちの顔色は段々と青くなっていった。 |
| 4292 |
イングの後ろに隠れて半泣きになっている子もいる そんな人の感性に構わずT・Sテッサの説明は続く 彼女が指を鳴らすと草原の一部がスライドして、3枚の扉が現れた。 |
| 4293 |
それぞれには分かり易く絵が描いてある T・Sテッサがベッドの描いてある扉を指差すと、扉は自動的に開く その場には扉1枚しかないのに、開いた先にはだだっ広い空間が広がっていた。 |
| 4294 |
一見しただけでは判別出来ない数のベッドが並び、天井も床も壁も白い清潔感はあるが、白さ故の圧迫感も感じる異様な部屋だった 「あれがアナタ方がこれから寝泊まりする部屋です。 |
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ベッドはどれを使っても構いません」 返事はないどの子もポカーンと口を開けているだけだ 続いてT・Sテッサが指差したのは開いた本の絵がある扉である。 |
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これも自動的に開き、中に見えるのは一般的な学校の教室だ 「あれは学習室読み書き計算などの勉強をするところです」 我に返ったイングが畏れの混じった視線で「あんたが、教えて、くれんのか?」と聞けば、T・Sテッサは首を横に振る。 |
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「アナタ方の教師は此方です」 と視線を向けた先に空気中からにじみ出るように黒いマネキンが出現した 紺のジャケットを羽織り、紺の野球帽を被った黒いマネキンの口元には白髪のチョビヒゲがある。 |
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黒マネキンはT・Sテッサに向けて敬うように頭を下げた 『マスターヨ今度ハコノγガンマタチデアルナ何時モノヨウニ鍛エレバヨイノデアルナ?』 「任せるわ」 『了解シタノデアルナ。 |
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デハ子供タチヨ心構エガ決マリ次第席ニ着クノデアルナ』 言うだけ言って返答を待たずに教室の中へ入って行き、教卓の所に立つ 子供たちは顔を見合わせ、T・Sテッサと教室の中と残った扉で視線をさ迷わせる。 |
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そして最後の扉がゆっくり開くと、辺りに食欲をそそるいい匂いが立ち込めた 釣られるように腹の音が鳴り響き、子供たちの視線は扉の中へ釘付けだ 「そこは娯楽室です。 |
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幾らでも食べれるしこの世の果ての遊びが満載しています言い忘れていましたがアナタ方にこちらから強要することは定期テストの実施くらいです 「おいシェル! ガーナ! こんな旨い話なんかあるもんか。 |
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近付くな!」 年少の子がふらふらと匂いを辿って扉に近付いていくのに気付いたイングが叫ぶ 「うふふあはは」 三日月のような笑みを浮かべたT・Sテッサを睨み付けて、イングが2人を止めようとした時だ。 |
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――ガアァァンッ!! 唐突に銃声が響き渡り、子供たちがビクッと身を竦すくませる 瞬時につまらなそうな顔になったT・Sテッサは侵入者の方に向き直った。 |
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「おいっ! ガキ共、その扉から離れろ!」 ハンドガンを構えながら近付いてくるのは青い猫がプリントされたバンダナを頭に巻いた男性だ 銃を向けられたT・Sテッサは呆れたように肩をすくめた。 |
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「なんだΘ12シータトゥエルヴじゃないですか何しに来たんです?」 「ガーディだ! 記号で呼ぶんじゃねえ!」 青猫団のガーディは油断無く銃を構えたまま怒鳴り返す。 |
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「ガキ共が誘拐組織にさらわれたなんて話が飛び交ってりゃあ、俺らからすればただの笑い話だたかが行政のスキャンダルにテメエが出張ってくる必要なんかねえ! だからピンと来たぜ。 |
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これはテメエが人員を確保するためのブラフだってなあ!」 「やれやれ都市内に卒業生がいると面倒ですねそんな理由で1度しか使えないチケットを使って此処に来たのですか。 |
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勿体無い」 心底残念だと言うようにT・Sテッサが肩を竦めると、ガーディの額に青筋が浮かぶ 怒りに任せてハンドガンのトリガーに指を置くが、自制をかけるように深呼吸をした後に銃を下ろした。 |
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「しばらくテメエが妙な企みをしねえように、ここに居させてもらうぜ構わねえな?」 「はいはい好きにしたらいいわ子供だけなら誘導が簡単だったというのに。 |
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残念ね」 再びビキリと額に青筋を浮かべたガーディが固く握った拳を震わせるしばらく何かと葛藤していたが、拳を開くとイングの頭をひっぱたいた 「なあ……。 |
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教育を受けさせてくれたのは感謝してるぜでもよ、あの日ここに来た16人の内5人は最後には居なかったアイツ等はどうなったんだ?」 たっぷり数分の間を置いたT・Sテッサは、ニヤリと口元を歪める。 |
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「学がないと苦労するものよ現世でも天国でもね」 「ああそうかよっ! やっぱ聞くんじゃなかったぜ!」 結局青筋を浮かべたガーディは、壊すような勢いで教室の扉を閉めた。 |
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T・Sテッサは不思議そうに首を傾げて呟いた そして足元から昇った光に溶けるようにその場から姿を消した 「怒られちゃった……」 「そりゃそーだろうよ」 ケーナが水売り屋になって数日後。 |
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100人弱に売ってから、噂を聞いた商人ギルドに呼び出された なんでも偶にオアシスを見つける者も水売りをしているので、ギルドで各都市ごとの適性価格を設定しているらしい。 |
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売ってしまったものはしょうがないが、今後は適性価格にしてくれと釘を差されてしまった あと商人ギルドにも登録して税金を払わされた 税は14%だというので、1人分につき140ギル(銅14枚)。 |
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総合計14000ギル(銀140枚)程である ちなみにバナハースの適性価格は10リットルで2100なんだそうなあまりの差額に以前買った人々が暴動を起こしそうだ。 |
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基本的に都市内に供給されている水(テスタメント機関により海水から抽出)は無料だが、不純物の混じった生ヌルい代物である美味いか不味いかでいうと不味い分類だ。 |
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そのため飲食店などでは、独自の再濾過ろかをかけてから利用する所がほとんどである それに比べれば濾過もせず、甘露かんろのごとく美味い水が手に入るとあれば、ケーナの販売水は適性価格でも買うとの声が多い。 |
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あまりにも多くの人々が殺到して街もろくに歩けないため、ブチ切れたオプスが威圧全開で怒鳴りつけたのがつい昨日のこと今後は場所と時間を設定し、量を限定して売ることにした。 |
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同業者からの苦情があったという理由もある 「砂漠で売ったら商人ギルドも文句は言わないって言うし流しの砂漠水売りに徹しようかな」 「砂賊やならず者が優先的に襲いに来るような気がするが……。 |
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返り討ちにされるのは確定だし、正にアリジゴクそのものだな」 鼻歌を歌いながら上機嫌で歩くケーナに目をやったファング砂賊の末路が容易に想像できることに憐れみを感じざるをえない。 |
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ケーナたちはまとまった金銭が手に入ったので長期移動のための食料を買い出しにきたのである ファングは荷物持ちという名目で着いて来た 上の方がふらついていて非常に危なっかしい。 |
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「誰かに当たって崩れたら恥かくだけだから減らしたら?」 「……ソウサセテモライマス」 ◇ 適当な建物の影でファングが箱を2つに減らし、宿泊している宿に近付いた時だった。 |
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1階の酒場昼間は開けっ放しになっている扉から男がひとり飛び出てきた3メートルほど地面と水平に飛んだ男は着地と同時にゴロゴロと転がっていく。 |
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その進行方向に歩いていた人々は慌てて避けていた 「なんだぁ、揉め事かあ?」 訝しげに入り口から中を覗こうとしたファングの鼻先を掠めて、男がもうひとり吹っ飛んでいく。 |
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こちらは「ひげえぇぇぇぇ〜」という情けない悲鳴を上げて 「あっぶねっ」と頭を引っ込めたファングの脇をスルリと抜けて、ケーナは酒場の中へ侵入する。 |
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そこにはテーブルや椅子を巻き込みながら倒れている5〜6人の男たちと、ガッツポーズをしながら雄叫びをあげている青猫団のメンバーがいた 壁際で呆れた様子で団員たちを見ているスバルにケーナが声を掛けようとした時だ。 |
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横から伸びてきた誰かの腕がケーナの首元を抱え込み、頬にナイフが突き付けられた 「よ、よおーしお前ら大人しくしろっ!! この嬢ちゃんの顔に傷がつくぜえ!」 ケーナの頭上で聞き覚えの無い焦ったようなダミ声がする。 |
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酒場の中にいた誰もが動きを止め、青猫メンバーが一斉に「「「「「「あ」」」」」」と声を上げた なんとなく確執が深いような雰囲気もある 「ちょっ、ちょっとバル太。 |
| 4330 |
やめときなよその子は冗談じゃすまないよ!?」 「うるせえっ! オレはバルダーだ!」 親切にも忠告しようと声を掛けたスバルに怒鳴り返す背後の男。 |
| 4331 |
おっかなびっくり青猫団メンバーがケーナより距離を取り始める中、呆れた顔のオプスが奥より姿を見せた 「なに捕まっとるんじゃお主は……」 「あははー」と苦笑するケーナに、背後の男はその呑気な人質にあっさり逆上した。 |
| 4332 |
「ばっ馬鹿にしてんのかてべへえっ!?」 怒鳴ろうとした途中で男は崩れ落ちる 背後からファングが木箱で殴打したからであるバラバラに砕けた木箱の様子から、ファングの加減無さが窺えよう。 |
| 4333 |
三白眼の背の高い男は、ケーナが倒れきる前に足を払ったことで背中を戸口の段差に打ち付けて更にくぐもった悲鳴を漏らす「ふふん」と得意気な顔のファングは、笑顔で危機一髪だったことを告げたケーナの一言で引きつった。 |
| 4334 |
「もうちょっと遅かったら、背後に向けた衝撃波を一緒に食らってたかもね」 「あっぶねええええっ!!」 その場を飛び退くファングに酒場の中より乾いた笑いがポツポツと届いた。 |
| 4335 |
酒場の修繕費という迷惑料を倒れた男たちの懐より支払う 気が付いた者たちが頭目を担いで「おぼえてろー」と捨てゼリフを置いて去っていった ファングがスバルに相手の素性を訪ねた。 |
| 4336 |
「アイツ等はダマスカスって言う傭兵団さ」 「ダマスカスぅ? ずいぶん脆いウーツ鋼ダマスカスもあったものよねぇ」 ボソッと呟いたケーナにファングとオプスは同感だと頷いた。 |
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「アイツ等とは別の護衛仕事で一緒になってねえ砂賊と通じてた奴がいたんで、クライアントが旅路途中で解雇しちまったのさそれ以来突っかかってくるようになってねえ。 |
| 4338 |
ホントに迷惑な奴らだよまったく……」 「行く先々でケンカふっかけてくるからね……ケーナちゃんにも迷惑をかけたね」 うんざりした表情のスバルに申し訳なさそうなシグが続く。 |
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ケーナは気にしてないということと「次は私が追い払いますから!」と意気込みをみせた ケーナの所行に慣れてない者からすると、「アイツ等どうなっちゃうの!?」とそこはかとない不安に駆られる面々であった。 |
| 4340 |
「そういえば最近ガーディさん見ませんね?」 「あー、ああアイツは今のところ野暮用でねあまりにも迅速な息のあった行動にケーナたちは呆気にとられるばかりである。 |
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「はぁ……まったく口が軽いのにも困ったもんだよ」 見えない汗を拭う動作でスバルが溜め息を吐く 口を開こうとしたケーナはオプスに口を塞がれた。 |
| 4342 |
「もが?」 「ハンターのプライベートを詮索するのは御法度じゃぞ」 「はふひほふほ」 「前に言ったはずじゃろう結果、腹パンというレベルじゃ済まない衝撃波を喰らって青白い顔でうずくまることとなる。 |
| 4343 |
「馬鹿力で押さえつけられる身にもなってよ顎が外れるかと思ったわ!」 「相変わらずオプスには容赦ねえのなお前……」 いとも容易く行われたえげつない行為にファングも腰が引けている。 |
| 4344 |
危うくソレの余波を食らう寸前だったのだから無理もない 「これ以上の詮索はしませんけど私でスバルさんたちの役にたてるようでしたら、いつでも言って下さいね?」 「ああ。 |
| 4345 |
その時次第だけど、手が足りなかったらお願いするよ」 それ以上踏み込まれたらどうしようと思っていたスバルは、ケーナの引き際に安堵した この辺り彼女の交友関係を知っていればまた違う対応もあっただろう。 |
| 4346 |
酒場の片付けが終わり、団員たちが今度は夕方からの酒盛りを開始する頃になって、ケーナたちのパッシブスキルが危険信号を発した 「なんか来るな〜」 ファングも何かを察したらしく、ハンドガンを抜いて外を警戒する。 |
| 4347 |
それを皮切りに青猫の団員たちも何人か武装を手に取った しばしの間を置いて、酒場前の道路に戦車1両とジープ3台を引き連れた騎兵ががっしゃんがっしゃんと走り込んで来た。 |
| 4348 |
頭頂部に鳥の羽根飾りのような装飾をつけた茶色と黄土色で塗り分けられた騎兵である 「なんじゃあのインディアンは……」 「ぶはっ」 唖然としながら呟いたオプスの一言にファングが噴き出した。 |
| 4349 |
ケーナたち以外の者はインディアンが何か分からないらしく反応はない「あれはバル太の……」とスバルの呟きから察するにさっきのダマスカスとやらの一団らしい。 |
| 4350 |
『てめーら! オトシマエをつけてやるぅぜぇ!!』 右腕を肩の高さで構えて左腕を突き出す歌舞伎のようなスタイルをとるインディアン騎兵 「ブチ切れたみたいだけど?」 「ファングの一撃が原因じゃろう。 |
| 4351 |
おそらくは」 「俺のせいかよっ!?」 青猫団の方は緊迫感に包まれているというのに、入り口にいる3人に緊張感は欠如していた 虚空から取り出したハルバードを一振りしたが、別の異音に行動を阻害されたのである。 |
| 4352 |
ガギボギゴリゴギと一斉に数ヶ所から響き渡った音の発生源を確認した一同(ケーナとオプスを除いて)は、敵も味方もあんぐりと口を開いて硬直した。 |
| 4353 |
音の発生源は手下共が構えた銃と戦車の砲身と突き出された騎兵の左腕である 紙で紙縒こよりでも作るように元の形も分からぬほど捻れてしまっている。 |
| 4354 |
続いてゴガン! と直上から巨大なハンマーか何かを振り下ろしたように、騎兵の頭と戦車の砲塔が押し潰された 更に続いてボギボギと股関節と膝間接と足首の関節が埋没し、背丈が通常の半分になる騎兵。 |
| 4355 |
残った右腕も肩に同化するように縮まり、短くなった脚部が腰の後ろ側へと折り畳まれた そうして長方形の胴体のみとなったところで、ギシギシと軋み音をあげながらゆっくりとコクピット部分が潰されていく。 |
| 4356 |
「止めなさいリュノフ!」 「はぁーい」 まだ中に居る乗員が無事なうちにケーナがこれを成したであろうリュノフに命じて、ようやく騎兵圧壊は停止した。 |
| 4357 |
リュノフはふわりと空中から現れて、ケーナの右腕にしがみつくその顔は何の悪びれもない無邪気な笑顔である ダマスカスの手下共の恐怖に震える視線と、こちら側の青猫団の怯えた視線はオプスに向いている。 |
| 4358 |
オプスが前に出たところで起きた現象なのだから当然だろうケーナが叫んだ前後のところはファング以外に知覚されていないのだし 「いや、おい? 我がやったんじゃないのだぞ。 |
| 4359 |
我は何もしとらんのだからな?」 オプスが誤解を解こうと一歩踏み出すと、手下共はジープも武器も戦車もスクラップとなった頭目の乗る騎兵すらも置いて、諸手を上げて逃げて行った。 |
| 4360 |
「あー……」 灰色になって立ち尽くすオプスは放って、スバルが「じゃあ何の仕業なんだい?」とケーナに聞く 「ん〜…… オプスがダマスカスというハンターチームを壊滅に追い込むアクシデント(濡れ衣)があったり。 |
| 4361 |
アクルワーズ商会から同行出来ないことを惜しまれたり青猫団から何処かでまた会ったら一緒に仕事しようと言われたり 色々ごたごたはあったものの、スバルらと別れを交わしてからケーナたちはバナハースを出発した。 |
| 4362 |
街を出てトラックで進み、しばらくしてから笛を吹いて戦艦ターフを呼び出したトラックごと中に収容されて「ご主人さま〜」と喜び勇んで駆けてきた柴犬型有機生命体のターフをケーナは抱き上げる。 |
| 4363 |
「このままエディスフまで向かって頂戴な」 「わかりました〜」 尻尾をちぎれそうなほどに振りまくるターフが頷くと、戦艦がゆっくりと動き始めた。 |
| 4364 |
重キャタピラ20基に支えられた戦艦ターフは、その巨体に関わらず最大時速70キロまで出せる この世界にはない静音走行を実行して光学迷彩によって姿を消せるとしても、移動によって巻き上がる砂煙まで誤魔化すという訳にはいかない。 |
| 4365 |
商会の使用する行路を外れるとなると地盤の問題もあるため、進行方向の探査をしながら進むことになるよって速度を半分以下の30キロに抑えて慎重に走行すると、ターフから説明された。 |
| 4366 |
そこでオプスがレベル3で地精霊(人間大)を呼び出して、砂漠を均ならしながら進ませたことで、速度問題は解決したのである 現在ターフは西へ向かって進んでいるが、砂丘しか見えない状況では方角などはさっぱり掴めない。 |
| 4367 |
各自スキルや魔法を使えば「あ、こっちが北かな?」というのが朧気に判る程度だ 地図によると、ヤルインからみてバナハースは東北東に位置している。 |
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逆にヤルイン、エディスフ間はほぼ東西一直線らしいなので「斜めに突っ切れば早いのでは?」と思われるが、その航路を使う剛毅な商隊がたまに存在するらしい。 |
| 4369 |
仕方なしにターフはバナハースからエディスフまで、放物線を描くようなコースを取って進んでいた 人があまり行き来しない地帯なので、ケーナは自動機械との遭遇率は低いと思っていた。 |
| 4370 |
実際には結構な頻度で出逢っていたのである メインブリッジとなる戦艦の最頂部にいるのはケーナだけであった ファングは騎兵ハンガーで細々とした調整を、オプスはカプセルホテルのような寝室でアイテム作りをしている。 |
| 4371 |
艦長席らしき場所をターフに勧められ、そこに座っていると1時間毎に手元にディスプレイが開き、副砲や機関砲の射撃許可を求める選択が出るのだ 「許可」を押す度に進行方向や周辺で爆発が起きる。 |
| 4372 |
それが延々続けばケーナも段々うんざりしてくる 「ターフちょっと聞きたいんだけど?」 「はい!」 ブリッジの床にお座り状態だったターフが、首を上げて元気に返事をする。 |
| 4373 |
ケーナが立ち上がるのに合わせて膝の上でくつろいでいたリュノフも空中を泳ぎだす 「ひめさまつかれた〜?」 「座り続けるのもね 「音声入力もできます!」 「そんなのもあるのね……。 |
| 4374 |
じゃなくて、私が居ない時とかはどうやって攻撃するのよ?」 「副砲以外のものを使います!」 「まだ他にも攻撃手段あったの!?」 「はい!」 ターフの返事に合わせ、空中にディスプレイが浮かんで艦の側面図が表示される。 |
| 4375 |
側面図の何ヶ所かに丸が打たれ、幾つかのアルファベットが書き込まれたそのアルファベット順に武装一覧表が別画面で記される 試しにその他をタップしてみたところ、追加要望と切り替わった。 |
| 4376 |
後でケーナの要望如何でどうにでもなる部分らしい 「何で主砲がクエスチョンになってんの?」 「はい一応俯瞰視覚も使用して進行方向近辺を見回っているのだが、所々に自動機械が潜んでいるのだ。 |
| 4377 |
それも今まで見たことのない特徴を備えた大型の物が それがあまり脅威と感じないのは、自動機械たちの認識力がお粗末だからだろう残骸は俯瞰視覚経由でケーナのアイテムボックスへ回収されていた。 |
| 4378 |
それは横に置くとして、今問題なのは敵を攻撃する都度、承認が必要な部分だ 「このB以下の裁量はターフの方でどーにかなんない?」 「攻撃権の移譲ですね。 |
| 4379 |
承うけたまわりました!」 「……へ?」 要望があっさり通ったことに拍子抜けする 画面表示上にもB以下がブルーに切り替わり、『攻撃をオートへ変更。 |
| 4380 |
以降敵を発見次第随時殲滅』という文字が流れていくマニュアルが無い分、質疑応答すればどうにでもなったらしい脱力したケーナは床にしゃがみ込んで頭を抱えた。 |
| 4381 |
「最初の雰囲気に流されないで、質問しとけばよかった……」 ケーナは落ち込む程度で文句までは言わなかったが、それを気にするものは別にいた 「ほらー。 |
| 4382 |
2人の頭を掴み上げ、威圧を込めた笑みで見下ろすと静かになる 「何でアナタたちはそう仲が悪いのかしらァ?」 黒い人影に赤い三日月のような口が貼り付けられた、何だかよくわからない怖いものがそこに降臨した。 |
| 4383 |
ターフは耳をペタンと垂れさせて尻尾を股の間に挟み、リュノフは頬を引きつらせて視線を逸らした腰から伸びる一対のヒレだけがじたばたとせわしなく動いている。 |
| 4384 |
「た、ターフは、わ、悪くない、もん……」 「り、リュノフもわ、わるくないっ……そっちのちびが、ちびだから……」 言い訳の途中で、左右の側頭部に拳骨が添えられたリュノフの表情が青ざめる。 |
| 4385 |
「口が悪いのはアナタのような気がするわァ」 地の底から響くようなおどろおどろしい声に、リュノフの瞳が絶望に染まる 「ご、ごめ……」 謝罪の言葉を口にするより早く無情にも刑が執行された。 |
| 4386 |
同時刻、オプスは頭上のブリッジより轟いた悲鳴に首筋をさすり、ファングは全身にサブイボが立ったような悪寒を感じたそうな 現在「ぐしぐし」と半泣きのリュノフは、ケーナが取り出したノートに『ごめんなさい』の書き取り中である。 |
| 4387 |
そこにはミミズがのたくったような字が並んでいた ターフに至ってはブリッジの隅で壁に向かい丸くなって震えている 己の作り出した惨状にため息しか出ないケーナである。 |
| 4388 |
「お主も手心を加えるタイミングというものを考えた方が良さそうじゃな」 「楽しそうに言わないでよオプスもただひたすらタイミングの悪い時に居合わせただけなのだ。 |
| 4389 |
ブリッジから見える空の青いグラデーションに遠い目をするオプスである 「……? あれ?」 「どうしたんじゃ何かあったか?」 何気なく流れていく俯瞰視覚の風景に違和感を感じたケーナは後方に首を巡らせた。 |
| 4390 |
距離にして北に1キロメートルは離れていたが、丘のように岩山が続く一部に見慣れたものを発見したのである 「ターフ!」 「ひっ、ひゃいっ!?」 「一旦止まって。 |
| 4391 |
それから少し戻って、北へ移動してちょうだい」 呼び掛けられて飛び上がったターフは艦の制御に集中する 艦が巨大過ぎるために停止にはさらに500メートル程要したが、ケーナの指示に従って進路を北へ向けた。 |
| 4392 |
向かった先は予定航路にそって東西に広がる元は緑溢れる山だったであろう現岩山だ 「何だ何だ、何があった?」 急激な進路変更に異常を感じたファングもブリッジに上がって来る。 |
| 4393 |
速度を落として山裾に近付きつつある艦のブリッジで、目を凝らして周囲を観察していたファングもそれを見つけ出した 「ありゃあ騎兵……か?」 「そうみたいね」 そこにあったのは、砂中に半身埋もれる状態の騎兵であった。 |
| 4394 |
乗員を昇降させるための膝を付いた姿勢で腰から下が埋まっていたり、横倒しになって腕と上半身の一部が見えているだけだったりの2機だ 「ぼろぼろだねー」 「遭難してたとしても、もう生き残りは居ないとみていいな。 |
| 4395 |
こんだけ錆びてるとなると」 「欠損しとるようじゃの」 半身砂に埋まった騎兵を腕力だけで引っ張り出したオプスが呟いた その騎兵は右腕が肘から無く、腰から下も千切れたように消失している。 |
| 4396 |
「生身で持ち上げるんかいっ」 「おかしくはなかろう?」 「そーいやー、5体満足な騎兵もブン投げてたっけな……」 ヤルインを発つ前の人の心をポキポキ折っていた無情な試合を思い出し、ファングは肩を落とした。 |
| 4397 |
胸部パーツも外側から引きちぎったような痕跡が見受けられるおそらくは自動機械にやられでもしたのだろう、操縦席にパイロットの遺体などは無かった。 |
| 4398 |
「あ! あっちにコンテナもある!」 他に何かないかと俯瞰視覚でこの周辺を重点的に見回っていたケーナは、岩肌にめり込むように存在するコンテナを発見した。 |
| 4399 |
こちらもコンテナとそれを牽引するキャリアー共々砂に半分ほど埋まっている 外装のあちこちには抉れ傷や弾痕などがあり、キャリアーの方は運転席部分が完全に潰れていた。 |
| 4400 |
コンテナ側面の扉は歪んだ上に錆び付いて開かなかったので、オプスの能力で側面の外装ごと外した 突然砂の上に倒れる側面の壁を見てファングは目を丸くする。 |
| 4401 |
金魚のようにぱくぱくと口を開け、壁を指差す彼にケーナは「気にしたら負けだよ」と返した 中はベルナーキャラバンでも見たことのある3〜4人が泊まれる居住用だ。 |
| 4402 |
突然差し込んだ光に驚いたのか、小さな蜘蛛やムカデや羽虫などがさーっと散っていく 壁に備え付けの簡易ベッドに掛かっている毛布などは埃や砂がうずたかく積もっている。 |
| 4403 |
ケーナはコンテナが岩肌にめり込んである部分、後方扉も半開きになっているのに気付いた 好奇心で近付いてみようとしたが、オプスが「今日はここで泊まるようじゃな」と言ったので明日に回すことにした。 |
| 4404 |
その場で野営 といっても戦艦の中で料理スキルを使い、寝室で眠るだけの安全な寝泊まりだ外敵は皆、戦艦ターフの迎撃システムにより自動的に排除される。 |
| 4405 |
世の商会経営者が見たら、どれほどの金を積んでも手に入れておきたい逸品である 朝食前にケーナが足を伸ばしてコンテナ後部扉の先を偵察してみたところ、そこには洞窟が続いていた。 |
| 4406 |
中へ少し進めば、やや緩く下り坂になっているのが確認出来た 暗視と遠目スキルを使ってみたところ、まだまだ奥が続いているようである リュノフは昨日の醜態の名残も見当たらない笑顔でトーストをパクついている。 |
| 4407 |
乗っているジャムがトーストより厚いのは見て見ぬ振りをした方が健康には良さそうだ ターフは活力源を艦から供給されているので、食事は必要としない。 |
| 4408 |
食べること自体は可能らしいので、ケーナは千切ったパンを牛乳に浸して皿に出してやった 「ちょっ、ちょっと待ってくれ今、洞窟に潜るっつったか?」 「そう言ったよ。 |
| 4409 |
なんか奥まで続いてそうだからね行けるだけ行ってみる」 「ひへはははひふはは、あはひほひふ〜」 同じくいつも楽しそうなリュノフがトーストを口いっぱいに頬張りながら、それに同意する。 |
| 4410 |
ターフは皿に残った牛乳を舐めながら、外の外敵を取り除くために残ると宣言した 実のところターフは艦から遠く離れることは可能だだがあまり離れすぎると、艦は自動機械からの支配波を受け付けないように休眠状態に入る。 |
| 4411 |
離れたターフが外傷により破損した場合も艦の起動に影響が出るため、2つはセットにしておく方が安全なのだ 「我が同行するのは確定じゃファングが残ったとしても誰も文句は言わんぞ?」 「いや、連れてってくれよ。 |
| 4412 |
スキルも何か得られるかもしんねーし」 トーストを急いで飲み込んだファングは、手持ちの銃器を取り出して点検を始めたオプスは念の為と、作り貯めしておいた回復ポーションと毒消し薬をファングへ渡す。 |
| 4413 |
内部はカビ臭さと水気を含んだ空気が充満している もしもの時のため、空気の心配がないようにとケーナがLV2で風精霊を召喚した人の上半身程の大きさで薄緑色の蝶が一行の頭上に浮いている。 |
| 4414 |
先頭を進むのはオプス作のロックゴーレムだ これは大人3分の1くらいの背丈で、灯りの魔法を付与したために光る小人という都市伝説みたいなものになっている。 |
| 4415 |
それに距離を置いてケーナ、ファング、オプスの順で続く 「変な洞窟じゃな……」 「そだねー」 「は? どこがだよ」 10数メートルほど進んだ所でオプスが眉をひそめた。 |
| 4416 |
ケーナも同意するが、ファングは分かってないようだ 天井は所々から鍾乳石が氷柱つらら状に突き出ているも、綺麗なアーチを描いている壁も鍾乳石で出来ているようだが、元にある何かを覆ったように垂直だ。 |
| 4417 |
床も多少の凸凹はあるものの、全体的に平べったい 通路として作ってあった所に鍾乳石が染み出して形成されたんじゃないかという結論に至った 床も砂が吹き込んで来て、風雨で固まったようなものらしい。 |
| 4418 |
100メートルも進むと完全にアスファルトが露出していた 「あ、焚き火の跡……」 「げっっ!?」 そこで見付けたのは野営していた痕跡と、散乱する携帯食料レーションの空箱等。 |
| 4419 |
錆びた小型コンロを囲むボロボロになった衣服を纏ったミイラが3人分だった 1人は壁に背を預け、2人はうつ伏せに倒れた状態である 口を手で覆ったファングが後ずさりする中、近付いたオプスが検分する。 |
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ケーナは辺りを見回した後スキルウィンドウを開き、ある魔法が使用可能か確認した 「どうやら餓死のようじゃな」 「不浄度ゼロ、魂魄残留率ゼロ ファングだけは別の危惧を抱いて遠巻きにケーナたちを見ていた。 |
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有力的なのはT・Sテッサの所ぐらいだろう仮にも人類の救済を掲げている手前、疑わしくてもそんなことに手を染めないと思いたいところだ 多少不安に思わなくもないが、彼女の信用度はオプスの中ではかなり低い。 |
| 4422 |
埋葬は帰るときにでもとなり、3人はそのまま坂を下りって行く 舗装された道路は片側1車線のようなラインが引かれていた大型トラックが2台すれ違うには充分な幅はある。 |
| 4423 |
てくてくと終わりの見えない坂を1キロメートルも下ったころにはファングがダレてきていた 「なあ通路いっぱいの岩とか転がって来たら危ないじゃん」 「あははは〜。 |
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ごろごろ〜ごろごろ〜」 体を丸めて空中を器用に転がっているリュノフに微笑ましく思いつつ、ケーナは呆れた視線をファングに向けるオプスの馬鹿者めがという侮蔑の視線も同時に受けたファングは縮こまる。 |
| 4425 |
あっという間に暗闇の中に消えていく騎兵に、呆気にとられて見送るしかないケーナである 「逆ギレじゃな」 「大丈夫かなあ、アレ……」 駆動音が通路に反響し、それなりの音量で響き渡る。 |
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自動機械が聞きつけたなら、もう対応を取られて襲撃されてるだろう 「ある意味、自動機械の探査が警戒せずに済んでラッキー 「ひめさまー 暗視スキルでも見通せない先を見ていたであろうリュノフに感心し、ケーナは頭を撫でてやった。 |
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光る小人ゴーレムをオプスが小脇に抱え、リュノフがケーナの肩にしがみついた状態で疾走スキルでファングの騎兵に併走する そうして入り口から2キロメートルの距離くらいまで進んだところで、巨大な地下空間が広がっていたのである。 |
| 4428 |
「うっわー地下都市だSFだ」 「な! な! すげーだろ! 大発見だろう!」 「アナグラかまた厄介なものが出て来たもんじゃな……」 「「え?」」 推定でドーム球場4個分程度の広さの中にビル群が立ち並んでいた。 |
| 4429 |
多少の動力はまだ生きているようで、道路の街灯が僅かに点灯している見える範囲で建物に明かりは灯ってはいないようだ ドーム状の天井は最大高で80メートルぐらい。 |
| 4430 |
必然的にビルも18〜20階の高さに限られている地下都市を囲むドームの縁ふちはぐるりと公園があったらしいが、街灯に照らされた木々だけが辛うじて生きている程度だ。 |
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それ以外の植物はほぼ枯れている 3人は都市内に足を踏み入れてみた 道路には乗り捨てられたのか放置されている車が目立つドアが開けっ放しなものもあり、まるでつい最近慌てて逃げ出したような光景だった。 |
| 4432 |
道路にも朽ちた街路樹が倒れていて、まともに通行できない所だらけだ 街灯も全てが機能している訳ではなく、全体の4割程度がかろうじて灯っている。 |
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その内過半数が点滅している有り様だ道路にはうっすらと埃などが積もっているが、ゴミに相当するものは皆無である 「掃除用の機械とかがおるんじゃろう」 「なんか見て来たように言うな。 |
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同じような所でもあんのか?」 「さっきアナグラがどうとか?」 2人が疑問符を浮かべたのを見て、オプスは「これはヤルイン奪還作戦のほんの2年前の事なのじゃが……」と話し始めた。 |
| 4435 |
当時、ここと同じような地下都市がエディスフの南で発見されたことがあった 調査の結果、動力部である地熱発電は辛うじて生きていることが判明した。 |
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その時もヤルイン奪還の為に人員や資材が集められていたのだが、危険な作戦を実行するより安全な地下都市を確保すべしという意見が大多数を占めるようになってしまう。 |
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とりあえず地下都市再生に向けて、半分程の人員をそちらに割くこととなった 意図せずヤルイン奪還の方が予備となってしまったのだ 地下都市再生計画は人々の意識に忌避感を植え付け、資源だけを採取するだけに留まった。 |
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この襲撃により少なくない打撃を受けた人類は、再びヤルイン奪還へ至るまでに更に2年の月日を費やすことになったのだ 「――と言う訳でな……いやーあの時は大変じゃったのう……。 |
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誰の責任かでだいぶ揉めたもんじゃ……」 「「……」」 縁側でしみじみと昔を懐かしむ老人のようなオプスの様子に、なんとも言えない表情になるケーナとファング。 |
| 4440 |
「んーじゃあここってどうすればいいのかなあ?」 「証拠だけ取って報告でいいんじゃねえのそれからファングと手分けして、周辺にある車を片っ端から戴いてゆく。 |
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この地下都市で使用されている車は、1~2人乗り用の小さなやつである 街角のあちらこちらに置いてあり、移動した先で乗り降りできるシステムのようだ。 |
| 4442 |
小型の電気自動車ともいうべきものだが、エンジンや発電、充電に相当するものは全て4つのタイヤの中に組み込まれているそのためタイヤは大きめだが車体はゴルフ場のカート車のようにコンパクトな造りになっていた。 |
| 4443 |
ファングは5〜6台でインベントリの限界を感じたが、ケーナの方は目に付いたものをどんどん収納していく 「火事場泥棒とはこのことか ケーナが「こんなもんかな」と満足する頃には、道路に乗り捨ててあった車は綺麗に無くなっていた。 |
| 4444 |
「いっくらで売れるかなあ~♪」 「金目的かよっ!?」 本来であればエディスフに向かう予定だったが、地下都市の発見によりヤルインへ寄ることになった。 |
| 4445 |
出立する前にはミイラ化した遺体を火葬してから埋葬し、仕上げに日本式墓石を建てておく墓石は以前にリアデイルで採掘した大理石を加工して置いた。 |
| 4446 |
スキルひとつであっさり加工される墓石にはファングも「そんなんありかい」と苦笑する1コマも ヤルインへの移動中にはオプスが地図へ方角を測定し、ターフに距離を申告してもらい丁寧に記入していく。 |
| 4447 |
どちらかというとヤルインよりバナハースの方が近いが、戦力という意味ではヤルインの方が多い それでも通常の商隊速度であれば、バナハースより約2日、ヤルインより約3日ぐらいは掛かるだろう。 |
| 4448 |
場所が商隊行路からずいぶんと離れているので、興味を持った者ハンターたちに任せる方針だ 甲板にパラソルと椅子をならべてダベる トロピカルフルーツでもあれば南国気分が味わえたが、オレンジジュースを用意するのが関の山だった。 |
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給仕もいないのでセルフサービスなのは仕方がない 「それにしてもあんなのがまだどこかに眠ってんのかよ そこにはケーナに向かって一礼するT・Sテッサがいつの間にか居た。 |
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オプスに視線だけで尋ねると、肩を竦めて、甲板に続く扉を示す いつものごとく、何食わぬ顔で入って来たらしい 「今まで変に思っとったんじゃが……。 |
| 4451 |
オヌシがそこまで人類に情けを掛けるのは違和感ありまくりじゃな」 「まあ! 何を言っているのかしら烏カラスってば」 眉をピクリと跳ね上げたT・Sテッサは、大袈裟に驚くフリをしてオプスを睨み付けた。 |
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「これも全て我が主姫様が与える無償の愛に他なりませんわ」 「え? 私?」 いきなり話の方向を向けられてキョトンとするケーナに3人の視線が集中した。 |
| 4453 |
リュノフだけはターフと睨み合ってる最中なので、除外される その長過ぎる忠誠心を労えばいいのか、過酷な世界に縛り付けてしまったのを謝罪すればいいのか。 |
| 4454 |
苦悩に歪むケーナの表情を見たT・Sテッサは慌てた様子で「それに」と言葉を付け加えた 「私わたくしにも利益があるお仕事として頑張らせて頂いております」 「利益?」 ピクリと眉を跳ね上げたオプスが呟く。 |
| 4455 |
どちらかというと意外性ではなく「何をとち狂っとるんじゃこやつは?」という意味だしかし見た目はともかく、ここに居る者たちは彼女の中身が怪物に等しいと分かっているのでドン引きだ。 |
| 4456 |
ケーナは苦悩も吹き飛び、「うわあ……」と呆れた顔でリュノフを抱いて距離を取った魔法スキルの【縛鎖】であり、使ったのはオプスだ すぐさま非難の視線が彼に飛ぶ。 |
| 4457 |
いや、物理的に赤いビームが飛んでったそれは「うおおおっ!?」と瞬時に伏せて避けたオプスの頭上スレスレを飛んで行き、背後を流れる風景の砂丘へと着弾した後に、盛大に爆発した。 |
| 4458 |
流れ去るたなびく爆煙を一同は青い顔で見送るファングなどは全く見切れなかったため慌ててオプスの近くから離れる怯えようだ 「待って待って、それは私が頼んだの。 |
| 4459 |
ごめんねT・Sテッサだって貴女すぐにどこかへ消えちゃうんだもの」 「それでしたら言ってくだされば……姫様の命我等に従わない道理などありません」 違い過ぎる対応にどっと疲れが押し寄せ、座り込むオプスであった。 |
| 4460 |
視線で何かを測っているようなケーナに対し、T・Sテッサは真剣な表情である視線は交差するが愛は芽生えない 真剣みを帯びてる表情に汗をだらだらと垂らしているT・Sテッサ。 |
| 4461 |
その主な原因は、ケーナの腕の中でおメメを三角にして睨み付けているリュノフだその瞳は『おう! 姫様に虚偽を申すなんていい度胸をしてんじゃねえか。 |
| 4462 |
ブッ殺されてぇのか、ああン?』と雄弁に語っている ついでに空気が軋むような威圧感もセットになって、T・Sテッサの背後では景色が歪んでいた そのリュノフの頭をなだめるように撫でたケーナが威圧感を解除させる。 |
| 4463 |
「まあ、一緒に旅が出来れば楽しいかなって希望的観測を言いたかっただけなんだけどね貴女的には私に言い辛いこともあるでしょうし、今は伝えたくないという事柄もあるんだろうけど。 |
| 4464 |
報連相だけはきっちりして欲しいかな?」 ケーナのアイコンタクトにオプスが【縛鎖】を解除すると、T・Sテッサは観念したように膝を付いて頭を下げた。 |
| 4465 |
「申し訳ありません姫様今現在立て込んでいる案件がありまして片付き次第必ずやご報告に上がります」 「うん、無理をしないようによろしく」 ケーナが頷くとT・Sテッサはすぐさま転移していった。 |
| 4466 |
呆れ顔のオプスが首をひねる 「主あるじ権限で全て洗いざらい吐かせるという選択肢もあったのじゃぞ?」 「元々は何代か前の私が『人を頼む』って言っちゃったのが原因なんだから、そこまで無理強い出来ないよー」 「ふう……。 |
| 4467 |
恐ろしい奴だったぜ」 嵐が過ぎ去ったことを確認したファングが退避していた騎兵のハンガーブロックから顔を出す 「まさか現実に目からビームを出す奴が居たなんて、衝撃だ……」 「あはは……」 苦笑いをするしかないケーナである。 |
| 4468 |
リアデイルのスキルにもあのような物は無く、言われてみればあれがそうかと納得していた 「それにしてもケーナよお」 「ん?」 「アイツの言葉のどこに嘘があったんだ? 棒読みで喋ってるから抑揚が掴めなくてなあ。 |
| 4469 |
オレにはさっぱりだ」 ファングのスキルにも【看破】というのがあるとのことだが、応用の幅が広すぎたために嘘を見破るまではいってないそうだ「レベルが低いのもあるけどよ」と付け加えるのも忘れない。 |
| 4470 |
「どこ? って言われると漠然ととしか言えないけどしいて言うなら“然るべきところ”?」 同じスキルを持っているオプスに確認を取るが、彼も漠然としたところでしかないので答えはあやふやである。 |
| 4471 |
「予想としてはじゃが……」 「うん」 「マザーの潜伏場所は既に特定しとるのではなかろうか?」 「マジか……」 ファングが愕然とするが、それはケーナも可能性のひとつにいれてある。 |
| 4472 |
「あとは何かの条件に重なっていて手が出せない、とかだね」 憶測としては都市を人質に取られているとかマザー消滅が何かのトリガーとなっているとかであろう。 |
| 4473 |
幾つかは思い浮かぶが状況が分からない内は決めつける訳にもいかない 「目からビーム出せる奴が手が出せないとかどんだけだよ……」 「関係ないと思うんじゃが」 「拘るなあ」 別にそれが出来るからと言って、万能な訳でもない。 |
| 4474 |
妙に気にするファングに苦笑するしかないケーナであった 「ひめさまぁ〜」 未だケーナの腕に抱きかかえられていたリュノフが、間延びした声を上げつつ進行方向のさらに先を指差した。 |
| 4475 |
「じどうきかいいっぱいなにかおいかけてるぅ」 「ええっ!?」 T・Sテッサに集中するため俯瞰視覚を切ってたのが徒アダになっていたらしい慌てて視覚を広げるケーナである。 |
| 4476 |
オプスはスキルを多重起動させてみるが、豆粒としてもリュノフのいうものは捉えられない 「どーいう視力してんだよ、あれ……」 目を細めて座ったり傾いたりしながら遠くを見るファングがボヤく。 |
| 4477 |
オプスが集中しているケーナの邪魔をしないように艦を停止させ、下に降りてトラックの準備を終える 遠方の確認を終えたケーナがヤルイン近辺で姿を消して待つようにターフに伝えてから艦から降りてきた。 |
| 4478 |
「どうじゃった?」 「うーんどうも商隊を追ってる訳じゃないみたいねコンテナ1台を追いかけ回してるみたいだし」 この辺りはヤルインに近いがバナハースからの行路よりは離れ過ぎている。 |
| 4479 |
かと言ってバナハースからエディスフの行路を使うには商隊規模が足りない それとは別に嫌な予感がしたオプスは、念のためケーナにコンテナの形状を聞く。 |
| 4480 |
「うん、見覚えのある白さだったよ」 「先にそれを言わんかバカもーん!」 「手は打ったから平気……」 ケーナの言い訳を最後まで聞かず、文句を言うなり飛行魔法で飛び出して行くオプス。 |
| 4481 |
唖然として見送ったファングの肩をポンと叩き「トラックよろしく」とだけ告げ、ケーナもまたその後を追う 「ええいっ置いてけぼりかよ、しょーがねえなおいっ!」 愚痴りながらハンドルを握り、ケーナたちの後を追うファングであった。 |
| 4482 |
結論からいうとケーナの出番は1ミリほども無かった 白いコンテナトレーラーを追い回していた4機の自動機械は、その背後から砲弾のように突撃したオプスのハルバード捌きによりあっさりと全滅した。 |
| 4483 |
遅れて辿り着いたケーナが見たのは、オプスが最後の1機を唐竹割りにするところだった 「あーあ、バラバラ……」 売れる部分など関係なく、斜めから半分にされた物。 |
| 4484 |
十字に斬られた物胴体に大穴が開いている物そして左右に半分こである 余程親友の忘れ形見が心配だったのかは分からないが、オプスが自分以外の者にこれだけ執着することに、少し嬉しく思うケーナであった。 |
| 4485 |
倒した者の権利として残骸をかき集めてワイヤーで縛り付けていると、白いコンテナトレーラーが引き返してきた 白衣を着た数人の研究者が降りてきて、知り合いが驚いた様子で声を掛けてくる。 |
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「オプス殿! ケーナさん!?」 「やはりオヌシらじゃったか」 「あ、どーもアテネスさんお久しぶりです」 命の危機を感じるほどの脅威を事も無げに退けた2人の技量に、アテネス以外の研究者は息を呑む。 |
| 4487 |
その上で当人は偉ぶったりしてないのだ しかし叩き斬って当然という強者の態度は、別の意味で恐ろしい人物として見られていたというのに、2人とも気付いていない。 |
| 4488 |
アテネスら、見知った者たちと再会の挨拶を交わしているところへ、ようやくファングの運転するトラックが到着するファング自体も予備戦力(?)としてのヒュドラを有しているので、ソロ狩りにでも行くかと考えていた。 |
| 4489 |
「助かったよ当然護衛のハンターを雇ってはいたが、襲ってきた自動機械の数が多かったために分断されてしまったようなのだ 「分断されちまった奴等ってアレじゃねえの?」 砂丘に隠れるように近付いてきた3機の騎兵にファングが気付く。 |
| 4490 |
騎兵がケーナたちを警戒する素振りに、オプスが白旗を取り出して振った ハンター同士で通じる簡単なハンドサインを教えて貰い、騎兵に示すようやく警戒を解いて近付いて来た。 |
| 4491 |
「すまねえ手を借りちまったようだな」 3機の騎兵と後から追い付いた戦車1両を有するハンターチームのリーダーは、ワイヤーで雁字搦めにされたバラバラの自動機械を見るなり頭を下げた。 |
| 4492 |
彼の他メンバーは騎兵もないのに、自動機械をバラバラにできるケーナたちに訝しげな視線を向けている 「帰り道にいきなり11機も湧きやがってなあ。 |
| 4493 |
あんたたちがいなかったら、依頼失敗どころじゃなかったぜ」 「群れるにしてもずいぶん多いのうこっちにも襲撃があるかもしれんな……」 「あんたら何処から来たんだ?」 「バナハースからじゃな。 |
| 4494 |
つい先日あちらも襲撃があったばかりでのう怪我人が出る程度で済んだんじゃが」 「マジか……」 情報収集という名の交流をオプスに任せ、ケーナはリュノフを抱きしめて地面をじっと見つめていた。 |
| 4495 |
「どした?」 「自動機械って、湧くの?」 「あー、砂に潜って獲物を待ち構えてるんじゃねえの」 俯瞰視覚で見ていた時も何度か自動機械が砂中から姿を現すのを見ていたからか、特に疑問には思わなかった。 |
| 4496 |
その時は多くても5機ぐらいが現れる程度だったので、ファングのように考えていたのである しかしいくら集まるといっても11機が示し合わせたように同じ場所に潜むことは無いはずだ。 |
| 4497 |
ゲームの時のように時間が経てば、一定区域内に湧くなどとは思えない 「その自動機械が湧いたってのは何処!」 「うわっ!?」 オプスがアテネスらに報酬無しでいいから同行するか否か、という会話の最中にケーナは割り込んだ。 |
| 4498 |
その真剣な眼差しに強制力的なものを感じたハンターは、だいたいの方角と距離を素直に話してしまう 「あ、ええとだな……」 「ふむふむ」 「唐突に目の前に出たからな。 |
| 4499 |
ぶっ放しちまって、まだ残骸が転がってるはずだぜ」 「そうなんだありがとう」 「どうしたんじゃ、いきなり?」 ケーナの勢いに置いてけぼりなオプスとファング。 |
| 4500 |
ついでにアテネスに「じゃ、ちょっと行って来るから」と告げると、返事も聞かずに駆け出した車両に匹敵するような速度で砂丘の向こうへと走り去るケーナをポカーンと見送る一同。 |
| 4501 |
精々心配をするくらいだ ファングはいざとなったら戦艦が救援に駆け付けるアレに、手を出す奴等の冥福を祈っていた オプスに至っては、リュノフ+キーのくっ付いているケーナの心配をするだけ無駄だと気にしていない。 |
| 4502 |
慌てているのはハンターチームのメンバーだけだ 「オプスさんよぉ、どーすんだ?」 「先にヤルインに向かうとしようあ奴は放っておいても問題なかろう。 |
| 4503 |
何かあったら連絡くらいはするじゃろうて、子供ではないのだし」 「まあ、そうだな」 「おおおおいっ!?」 マイペースな2人の会話に焦った様子のハンターチーム。 |
| 4504 |
ファングは安心させるような、慰めるような感じでリーダーの肩を叩く 「だいじょーぶだって ◆ オプスたちと別れたケーナは、途中から飛行魔法に切り替えて砂漠を突き進み、20分ほどで自動機械の湧いたという場所に到着する。 |
| 4505 |
確かに穴だらけでボロボロになっている自動機械が放置してあった 辺り周辺には自動機械の移動痕跡と騎兵の足跡が辛うじて残っていた一応、俯瞰視覚も使って2キロ四方の探査をするが、敵性体らしきものは存在しない。 |
| 4506 |
「ここから湧く、ねえ?」 爆裂系魔法を打ち込んでみるが、地面を起点として威力のほとんどは上に向いてるため、小さなすり鉢状の穴が出来るだけである。 |
| 4507 |
「むう〜? ひめさまなにしてるのぉ〜?」 土木工事のようなものに適した術すべはなかったっけ、と考え込むケーナにリュノフが首を傾げる 「んー。 |
| 4508 |
この辺りの砂をどかしたいんだけどねー」 「なら、リュノフがすなあそびとくい〜! まーかせて」 無邪気な笑みを浮かべたリュノフが手を無造作に振る。 |
| 4509 |
途端にケーナたちの頭上、5メートル程の高さに黒い穴が開いた手が突っ込める程度だった穴は瞬時に頭上を覆い、更に拡大する おおよそ直径500メートルになろうかという大きさまで広がったところで拡大が止まる。 |
| 4510 |
ところがそれは上空からの俯瞰視覚ではその場所に黒い穴など欠片も見当たらないという代物であった 「なにこれっ!?」 「おかたづけのあな〜」 リュノフがのん気に言うが早いか、地表の砂が徐々に上昇して穴の中へ消えていく。 |
| 4511 |
範囲内にはケーナたちも含まれるが、逆昇る砂は彼女らの周囲を避けていったケーナの肩に半透明の蛇キーが出現しているので、彼の防御により影響から外れているもののようだ。 |
| 4512 |
どうやら単純に吸い込まれている訳ではなく、下から上に落ちているらしい これはリュノフの「うえがはちじで、したがいちじなの〜」という発言からの推測である。 |
| 4513 |
8Gと1Gと言いたいのだろうと思うが、本人にその辺を質問しても同じ事しか繰り返さないので詳細を聞くことは出来なかった 「やっぱり……」 それは地中より伸びる直径5メートル程の筒状の人工物である。 |
| 4514 |
先端の方は傘の持ち手側のように曲がっていた工場などの屋根に取り付けてある通風口と同じく、口が下を向いている 降りて確認してみるが、口の内部は砂が入り込まない仕組みと固く閉じられたシャッターで塞がれていた。 |
| 4515 |
ケーナは砂中に自動機械用の通路があるのではないかと考えていたのだが、ここまで大きな物が出てくるとは思わなかったおそらくはまだ人類が健在だった頃の地下鉄でも利用して、自動機械を各地に届けているのだろう。 |
| 4516 |
焼け石に水かもしれないが、この一路線でも破壊してしまえば多少なりともあちらの動きを遅らせることは出来るはずだそう考えて、ケーナは上を見上げる。 |
| 4517 |
上空の穴はケーナが現状を確認している間も継続中で、この瞬間にも吸い込みを続けている 砂の次はその下にあった硬い岩盤部分に亀裂が入り、小さな物は人間大。 |
| 4518 |
大きな物は大型車両並みの塊が次々に吸い込まれていく 岩盤が剥ぎ取られると、その下から東西に伸びる直径10メートル程の地下鉄の外郭が現れた 耳障りな金属音が大きくなり、構造が歪み始めると、ボルトが弾け飛んだ。 |
| 4519 |
そこからは重力に負けて壁が剥がれるわ、引き裂かれるわであっという間に丸裸にされてしまう 壁が無くなれば内部の線路も例外ではなく、先の先まで芋ずる的に引きずり出される。 |
| 4520 |
引き出すものが無くなり、後は更にその下の岩盤まで亀裂が入った時点で、リュノフの開いた穴は唐突に消えた 「ひめさまぁ、まだおかたづけする〜?」 「ううん。 |
| 4521 |
もういいわありがとう」 頭を撫でると「えへへ〜」と照れて喜ぶリュノフを連れて、大地に開いた穴の底へ降り立った 深さは80メートル程度だが、底には水が染み出している所もあった。 |
| 4522 |
かなり浅い所に水脈があるようだ さっきまで東西に伸びていた地下鉄部分はひしゃげて歪んだ無残な開口部を晒している 片方を覗いてみるが、非常灯などは無く真っ暗な通路が遥か先まで続いていた。 |
| 4523 |
「たんけんするのぉ〜?」 「さすがに1人だと厳しいかなあ」 いくらキーの鉄壁の防御やら威力の高い魔法攻撃などがあってもソロでダンジョン攻略は無謀と言わざるを得ない。 |
| 4524 |
ましてやファンタジー的なダンジョンとは全然違うのだからまあ、地下鉄ではあるのだが 少し思案したケーナは、アイテムボックスよりスクロールを取り出して起動させた。 |
| 4525 |
スクロールは灰になるが、ケーナの前には10の人影が現れて膝を付く 現れたのはどれも身長が2メートルもあるゴーレムの集団であった ボディビルダーのような体に鎧を纏い、自分の身長と同じくらいの大剣を背負ったゴーレムが2体。 |
| 4526 |
同じく巨大な両刃の斧を持ったゴーレムが2体 身長よりも長いハルバードを持ったゴーレムが2体 ドラム缶のようなハンマーを持ったゴーレムが2体。 |
| 4527 |
ケーナの身長程もあるクロスボウを持ったゴーレムが2体である イベントで配布されたスクロールでのみ呼び出すことが可能な【ゴーレム鉄塊傭兵団】である。 |
| 4528 |
物理攻撃にはムチャクチャ強い岩の壁だが、ご覧の通りゴーレムしか居ないので魔法には滅法弱いあとはレベルが200しかないので、初心者を卒業した者までにしか使いどころがないのが、死蔵されていた理由だ。 |
| 4529 |
「じゃあ、あなたたち!」 『モ゛ッ!!』 「この道を突き進みなさい出会った物は全てぶっ潰すのよ!」 と、ケーナが指し示したのは西側の地下鉄の穴だ。 |
| 4530 |
ヤルインの北側を通過すると思われる方向である 『『『『『モ゛ーッ!!』』』』』 ずしんずしんと足音高く穴を進み始めるゴーレムたち リュノフは口を丸くして「わあ……」とそれを見送った。 |
| 4531 |
「あれが倒されたらドラゴンの出番かなぁ」 ケーナはゴーレムたちが見えなくなるのを確認し、リュノフを連れてその場を後にした てくてくと砂漠を歩く。 |
| 4532 |
時折、肩を並べて空中を泳ぐリュノフと目が合う彼女はにぱーと満面の笑みでそれに返す 何度か繰り返すと飽きたのか、ケーナからあまり離れないようにふらふらと蛇行し始めた。 |
| 4533 |
「ねーねーひめさまぁびゅーっていかないのー? びゅーって」 「急ぐ訳でもないしそれに偶にはオプスに息抜きの時間とかあげないとね」 「ふーん」 砂漠を1人で徒歩移動というのは、一般的に自殺行為だと言われている。 |
| 4534 |
あくまでこちらの世界の一般論では、だ 「じゃあ、おふねさんはー?」 「ターフなら、後ろのずーっと離れたところにいるでしょ」 「えー……あ、ほんとだ」 リュノフはケーナの指差した方向を見て頷いた。 |
| 4535 |
彼女は空間迷彩で見えなくなっている戦艦ターフを、何らかの術すべによって視認出来ているようだ疑問はそれだけで解消されたらしい ケーナのマントを摘み、空中を引きずられるようにして付いて来る。 |
| 4536 |
その途中何かを見つけては手を出して歓声をあげていた 「きゃー! くもだー!」 「きゃー! むかでだー!」 「さそりだー! ちくちくだー!」 実に騒がしいことこの上ない。 |
| 4537 |
ちなみに「ちくちく」とはさそりのハサミを両手で持って、毒の尾で自分を突っつかせる遊びである何も知らない人が見たら、蒼白になって悲鳴をあげそうな光景だ。 |
| 4538 |
当人はケロッとしているが、最初に見た時はケーナも仰天したものである 慣れって恐ろしい しばらくそんな遊びをしながら着いてくるリュノフの様子をケーナは観察し、苦笑していた。 |
| 4539 |
雲行きが怪しくなってきたのは、ヤルインが砂平線の向こうに1センチくらいの大きさで見えて来た頃だ 真っ先にキーが雨雲の到来を知らせてくれたので、対処を考える時間も出来た。 |
| 4540 |
「地精霊、お願いできる?」 砂漠の必需品いつものように肩に乗っていた地精霊(チェス駒歩兵)に頼み、砂で避難所を作って貰う ザザザザーッと砂が軟体質のような動きで形造ったものは、ピラミッドだった。 |
| 4541 |
高さ4メートルもあるピラミッド型のテント内部は、元が砂だとは思えない柔らかい床が張ってある特に細部まで指示した覚えもないのにこれだけの物を作り上げた地精霊に驚く。 |
| 4542 |
「ひめさまーおさかなとったー」 「魚? ってきゃ―――っ!?」 後ろからのくぐもっていながらの楽しそうな呼び掛けに「砂漠に魚なんていたかなぁ」と振り返ったケーナは、その光景につい悲鳴をあげてしまう。 |
| 4543 |
そこにあったのは空中に下を向いて浮かぶ砂アゴその口からはみ出しているリュノフの下半身だ 捕ったというか穫られた? 「ちょっ!? リュノフっ!!」 慌てたケーナより咄嗟に放たれた力が、数十のカマイタチとなって砂アゴを襲う。 |
| 4544 |
一瞬でバラバラに刻まれ、肉片となる砂アゴ残骸がぼとぼとと砂地に落ちる中、リュノフはケラケラ笑いながら腹に引っかかっていた顎の部分を外した。 |
| 4545 |
幾つかのカマイタチが直撃したようだが、問題なく無傷である 「おもしろかったー」 「ああ、びっくりしたわ、もう……」 胸を撫で下ろしたケーナはため息をこぼす。 |
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「おさかなばらばら〜」 「魚じゃないわよトカゲよ」 「そーなんだぁ」 砂アゴはチョウチンの無いアンコウのような姿をしているが、腹側に4本の足を持つれっきとしたトカゲである。 |
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最大で4〜5メートルにも育ち、砂に潜んで通り掛かる物を貪欲に食らう人の行き交う都市近辺にもいたりするので、小遣い稼ぎの砂貝狩りをしに外へ出た子供が食われたりする事件が後を絶たない。 |
| 4548 |
大人でも手足を食いちぎられたりすることがあるので、砂漠の危険生物のひとつに数えられている 「皮は……、使えるって聞いたけど、肉は美味しく無いって言ってたなぁ」 とはいってもバラバラにしてしまったので、有効利用も何もない。 |
| 4549 |
急速に迫る黒雲を見たケーナは、リュノフを胸に抱いてピラミッドの中へ避難した 入り口はケーナが入ると同時に閉じるが、息苦しくなるようなことはない。 |
| 4550 |
中はほんのりと床が光るだけの空間である 目をこすりつつうとうとしかけたリュノフを胸に抱いて横になる マントをリュノフの上に掛けてやりながら、外から微かに聞こえる雨の音に耳を傾けていたケーナはいつの間にか眠ってしまった。 |
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◆ 目覚めは爽快とはほど遠い、振動と爆音によるものだった 目を開けると、焦ったように床でぴょんぴょん跳ねる地精霊が見えるケーナの腕の中にリュノフの姿は無く、空中で座った状態で上を見上げていた。 |
| 4552 |
「んーっ何の音?」 「あ、ひめさまぁ」 頭を軽く振って立ち上がる 服装を整えてから外の音に耳をすますと、何かの駆動音と罵声のようなものも聞こえるようだ。 |
| 4553 |
(襲撃ヲ受ケテイルヨウデス) キーの報告に「そうかも」と頷く 砂漠にいきなりピラミッド(小)なんか見つければ、気になる人もいるだろうと 途端に音が聞こえなくなる。 |
| 4554 |
どうにかしたのだろうと察したケーナは、地精霊に頼んで入り口を開けて貰った 外にはピラミッドテントを囲むように2機の騎兵と1両の戦車がいた 効果を試しながらこちらに攻撃をしているようだ。 |
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リュノフが張った透明な壁らしきものによって阻まれ、弾丸などはピラミッドテントまで届いていない ケーナが姿を現したことで、攻撃は一旦止まる 離れた所で様子を窺っていた戦車が近付いて来た。 |
| 4556 |
透明壁にぶつかって強制的に停止したところでハッチが跳ね上がり、中からチンピラっぽい男が顔を出すどう見ても通りすがりのハンターなどではなく、砂賊で間違いないだろう。 |
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「よおっ、嬢ちゃん!」 「どなたですか? ずいぶんと荒っぽいノックでしたけれども」 「そいつァすまねえなあ砂漠ん中に妙な家を見つけちまったんでなぁ。 |
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慎重にもなるってもんだぜ」 「そうですかこちらには用はありませんのでとっととお引き取りなさってください」 にべもなく言い放てば、チンピラの表情がニヤニヤ笑いから、粘着質そうなニタアといったものに変わる。 |
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戦車の隣で銃を構えていた騎兵のハッチが開き、年若い男が顔を出した 「兄貴! 久しぶりの上玉なんですから、ぐだぐだ言ってないでとっととヤっちまいましょうよ!」 「ああ、そうだな。 |
| 4560 |
運良くそこに家もあることだし嬢ちゃんにも良い思いをさせてやるぜ俺たちに可愛がられるって形になるけどなあっ!!」 抵抗は無意味とばかりに撃鉄を起こした銃を三方から向けてくる。 |
| 4561 |
無言でその場に立っているケーナを、恐怖で何も出来ない哀れな獲物だと本気で思っているようだ スコンと軽めな音を立てて、戦車の砲身が半分あたりから切り落とされた。 |
| 4562 |
やったのはケーナで、その右手には円月刀が握られているその刀身には鋭い眼が浮き出ていて、鍔つばの飾りにある鮫のような顎模様がパクパク動き、そこからチンピラに勝るとも劣らない汚い言葉が飛び出している。 |
| 4563 |
「なっ砲がっ!! なんだこりゃっ!?」 斬られた箇所から瞬時に錆が浮き、ボロボロと崩れ落ちて砲身が本来の4分の1程度の長さになってしまう。 |
| 4564 |
『マッズイマッズイ! なんだこりゃーはオレサマのセリフだボケェ! テメェらちゃんと焼きを入れてねぇだろうアホンダラァ! そんな生っちょろい武器をオレサマに喰わせるなんてイイ度胸してるじゃねえか。 |
| 4565 |
ええっ!』 「な、ななな、なんだそりゃ!? け、剣が喋って、戦車だぞっ! なんで切れるんだよおっ!!」 ケーナの持っている円月刀は餓狼の剣。 |
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通称噛み付き注意と呼ばれるイベントクエスト配布武器である攻撃力はそこそこで、戦った相手の武器等を腐らせる特殊能力付きしかし幾つかの会話パターンに従い、抜いた時からずーっと喋りまくるのでプレイヤーには敬遠されていた。 |
| 4567 |
しかも、譲渡不可、売買不可、廃棄不可というシロモノなので嫌われるのも当然だろう 利点としては必要筋力が1なのでゲームを始めたばかりのぺーぺーにも持てる事。 |
| 4568 |
そして防具を一つ喰うごとに攻撃力が1上がる、という事くらいだ いい具合にパニックになって目を白黒させるチンピラたち 騎兵が後退しながら銃を乱射するが、全てケーナに到達する前に空中で停止してしまう。 |
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キーの障壁があるからいいが、それでも数センチ前まで弾が迫ってくるのは心臓によろしくない 踏み込んで、こちらに乱射を繰り返す騎兵のスネを断ち切る。 |
| 4570 |
ペーパーナイフで紙を斬るような手軽さで寸断された騎兵の足は、錆び落ちて膝まで無くなってしまうもちろんバランスを取れなくなり、無様にひっくり返る。 |
| 4571 |
「なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけれど私の前の上玉とやらはどーしたのかしら?」 逃亡しないようにもう一つの騎兵の腰を叩き斬り、戦車の前面装甲とキャタピラもちぎっておく。 |
| 4572 |
泡を噴いて絶望を噛み締めているチンピラの兄貴分と、操縦していた残りの2人を戦車から引きずり出す騎兵に乗っていた者は剣をチラつかせると自主的に手を上げて出てきた。 |
| 4573 |
そのままロープで縛り上げて、数珠繋ぎにしておく ついでに“目を瞑ってはならない”という制約も掛けておいた 『さあ、テメエら! 楽しい尋問のお時間だぜえ。 |
| 4574 |
素直に話さない場合、この凶暴女がどんな処断を下すか分からねえぜ』 「誰が凶暴女か」 真っ先に口を開き、チンピラたちを脅しにかかる餓狼の剣 それに突っ込みを入れてからケーナは砂賊たちに向き直った。 |
| 4575 |
「アナタたちのアジトはどこ?」 全員が視線をあちこちに泳がせる それは想定済みなので、ケーナは横でニコニコと待っていたリュノフへ合図を送った。 |
| 4576 |
にぱーと笑みを浮かべたリュノフが空を指差した瞬間、砂賊たちの姿が地上より消えた 「「「「「うえええっ!?」」」」」 彼らは瞬時に砂漠を遥か遠くまで見通せるような高度へ運ばれていた。 |
| 4577 |
雲とほぼ同等の高さくらいそうして後に来るものは、パラシュート無しの自由落下である 「ぎゃあああっ」とか「ひいいいっ」とか「おかあちゃーんっ」とか言う悲鳴とともに耳元でゴウゴウ鳴る風切り音が恐怖を誘う。 |
| 4578 |
目を閉じることも出来ず、視界の中ではみるみるうちに地表が近付いて来る涙と鼻水といろんな体液と垂れ流しながら、自分が何を叫んでいたのかも分からぬまま。 |
| 4579 |
だが鼻先1センチというところで、彼らの体はピタリと停止した 強張った視界いっぱいに砂粒の詳細まで見てとれる光景が広がっているそうして元いた砂地へ投げ出されたが、5人ともショック症状で我を失っていた。 |
| 4580 |
白目をむいて泡を吹いてる者乾いた笑いをこぼしながら股間を濡らしている者顔をくしゃくしゃにして泣きながら生きてる喜びを味わっている者 「ありゃ、ちょっとショックが強すぎたかな?」 『おお、怖い怖い。 |
| 4581 |
やはり凶暴女健在だったじゃねえか』 「だから凶暴言うな」 魔法で作り出した氷水をぶっかけて砂賊たちに正気を取り戻させる もう一度同じ質問を投げかけると、全員が泣き笑いの表情で素直に全てを吐いてくれた。 |
| 4582 |
アジトの場所と、砂賊の人数と、保有騎兵や戦車の数や、捕虜になっている人数まで全てである 「コンテナキャリーも持たずに移動してたから、近場にあると思ってたけど。 |
| 4583 |
ホントに近いとこにあったし……」 聞き出したアジトの場所は、アテネスたちを護衛した岩場の反対側だったという あまりのご近所にびっくりである。 |
| 4584 |
「どーするの、ひめさまぁ?」 『このまま乗り込んで行ってオレサマの錆にしてやろうぜ!』 ケーナの周囲をくるくる回りながら楽しそうなリュノフ(普通の人間には見えない)と、鍔の歯をガチガチ鳴らしながら好戦的な餓狼の剣。 |
| 4585 |
ヤルインに行ってから、また向かうのも面倒くさいと考えたケーナはこのまま強襲することにした さしあたって小便を垂れ流して腰の抜けている砂賊共はここに放置しておく。 |
| 4586 |
「じょっ、冗談だろっ!?」 「た、助けてくれっおいっ!!」 「せめて縄を解いてってくれよおっ!!」 泣き叫びながら許しを乞う砂賊たちに冷たい一瞥をくれてやる。 |
| 4587 |
威圧のプレッシャーをまともに受けて震え上がる砂賊たち 人類の人口が減少傾向にあるこの世界では、砂賊といえども都市奴隷になれば立派な労働力である。 |
| 4588 |
真面目に従事すれば数年で解放されることもあって、犯罪者はそこに望みをかけているようなものだ リアデイルでは捕獲しても死ぬまで鉱山労働とかだっただけに、ケーナの認識では悪人に人権無しやサーチ&デストロイが妥当である。 |
| 4589 |
『なーに言ってやがる その日、盗賊団の頭目は絶望を知った ヤルイン方面で最大規模にまで拡大したと自負出来る自らの団だが崩壊の足音はすぐそこに迫っていたのだ。 |
| 4590 |
彼は元々ヤルインに所属していたハンターであった 小人数のチームを率いて、護衛に討伐にと日々を精一杯生きていた それが狂ったのは、偶然アナグラを見つけてしまった時からである。 |
| 4591 |
最初はチームだけの秘密に留めておき、少しずつ機材を持ち出してはヤルインやバナハースで売りさばいていた金が満たされれば欲も増大する 彼らはもっと楽して儲ける道はないものかと考え始めた。 |
| 4592 |
そうした考えの先に辿り着いてしまったのが、騙し討ちとか誘い込みとかである 彼らはまずバナハースからヤルインへ向かう小さな商隊の護衛依頼を受けた。 |
| 4593 |
アナグラの近くまで誘導し、夕食に一服盛って眠らせてから殺害したそれから物資をアナグラへ運び込む隊を2つに分けて、片方をいかにも砂賊に襲われました風を装い、ヤルインへ戻らせた。 |
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組合は討伐に積極的に動くことはなく注意喚起だけなので、彼らが突き止められるようなことは無かったその後はヤルインの仲間と連絡を取りつつ、小さい商隊を狙いながら物資を蓄積していく。 |
| 4595 |
護衛依頼を組合に出す際に掛かる手数料は、小さい商隊であれば結構痛い出費である そこに付け込んだ彼らは組合を通さないよう、壁の外側で順番待ちをしている商隊へ声を掛けたのである。 |
| 4596 |
慎重に獲物を見定めて、なるべく個人商人を狙う 「格安で引き受ける」と持ちかければ、旨い話に警戒はするが飛びつかない者は少なくないそうして罠にハメ、格安どころか根こそぎ奪う。 |
| 4597 |
人員を増やす中で腹黒い商人とも手を組んで、獲物の選定を任せる裏切られても困るので、分配についてはきっちり協議を重ねた 慎重さについては不満を持つ部下が暴走しがちだ。 |
| 4598 |
そういった輩やからは賛同者と出掛けて行って、戻ってこないのが定石である メンバーを篩ふるいにかけるという意味では丁度良く、口封じはハンターに在籍したままの仲間が請け負っていた。 |
| 4599 |
その日も新参者数人が勝手に出掛け、「ああ、またか」と溜め息を吐いた後だった 始まりは妙な報告から 『リーダー、侵入者だぜ若い女上物の部類だな』 「あアン? 見張りは何をしてやがった。 |
| 4600 |
まあいい、とっ捕まえて閉じ込めておけ」 『あいよー』 ハンター時代から続く仲間の飄々とした声で通信が切れる 見張り役の怠慢にイラっとして舌打ちをした次の瞬間。 |
| 4601 |
何かの爆発音と共に地面がグラリと揺れた 「なんだァ?」 馬鹿がはしゃいでミスったのかと思ったが、断続的に起きる地響きの振動が窓ガラスをビリビリと震わせる。 |
| 4602 |
一緒に聞こえる何かの遠吠えにタダゴトじゃないと悟った彼は、通信機をひったくったそれと同時に黒い光としか言えないようなものが窓を横切った 通信機のマイクを投げ捨て、窓に駆け寄った彼は見た。 |
| 4603 |
隣のビルは、今の黒い光の通った部分より上が消失していたのを 「っっ!!」 尋常ではない何かがアナグラに起きていると悟った彼は手早く荷物を纏めた。 |
| 4604 |
自分の今居る部屋を引っ掻き回し、金や金目の物をザックに詰めて自室としていたビルから飛び出した 「ゴガアアアアアアッッ!!」 飛び出したところで吠え声の正体と存在の非常識さに硬直する。 |
| 4605 |
それは首と尾が長く、大きな羽根を持った巨大トカゲであった全高だけでも足元でウロウロしている騎兵の5倍近いしかも見える範囲に黒・赤・緑・青の4頭が並んでいた。 |
| 4606 |
赤い大トカゲがその口からオレンジ色の炎を吐けば、騎兵数機が一瞬で溶けた金属のカタマリへと変わる 黒い大トカゲが扇状に黒い光を放てば、浴びた建物が消え失せた。 |
| 4607 |
緑のトカゲは何もしてはいないようだが、出入り口を背にして逃げ道を完全に塞いでいる 青く山脈のような背びれが特徴的なトカゲも何もせず、ただそこにいるだけであるが、他のトカゲ同様とんでもない存在だというのは見ればわかる。 |
| 4608 |
手を出そうとは思わない 「は、ははっ、なんだよアレ……」 的確な答えを返してくる者はいない 誰もが見たことも聞いたこともない巨大生物を前に足が竦み、膝が震えている。 |
| 4609 |
「どーやって逃げたらいーんだよ、どっからでてきたんだよ……」 ザックを取り落とした彼は力無く座り込み、今までの苦労が全て水の泡と消えたのを知った。 |
| 4610 |
今まで奪い尽くした奴らと同様に、自分にも破滅の手が伸びていると悟った ◆ 見張りを難なく眠らせたケーナは洞窟のような通路を進んでアナグラに辿り着いた。 |
| 4611 |
「なんかアナグラに縁があるというか、砂賊が根城にするにはもってこいだよねえ外からソーラパネルのコード引けば電気は確保出来るわけだし」 中身が丸ごと砂賊のアジトになっていて、あちこちにトレーラーやカーゴが停めてある。 |
| 4612 |
砂賊として恐ろしいのは保有している騎兵の数だろう 「ひめさまぁ、どーするのー?」 「騎兵がいっぱいあるけど、まずは人質かなあ」 目に付く騎兵だけでも30機以上ある。 |
| 4613 |
その中の歩哨と思われる騎兵が近付いて来たのを見て、慌てずに召喚魔法を発動させた 彼女の頭上、天井スレスレに赤い魔法陣が広がる 一拍の間を置いてズドーンとそこから落下して来たのは、全高20メートル以上のレッドドラゴンだ。 |
| 4614 |
999レベルの過剰戦力とも言える暴虐の化身である 更に黒・緑・青の魔法陣が展開し、そこから同サイズのブラックドラゴンと、グリーンドラゴンと、ブルードラゴンが姿を現す。 |
| 4615 |
そのとんでもない顔ぶれに、近寄ってきていた騎兵が怯えたように後退る レッドドラゴンがペッと吐いた小さな炎を浴びた騎兵は、あっけなくじゅわっと溶けていった。 |
| 4616 |
「えっと、じゃあレッドはあの人型のとか乗り物とかどんどん燃やしちゃってあ、長いの1台は残しておいてね」 「グルゥ」 ケーナの命令に一鳴きし、レッドドラゴンは主を跨いで獲物に向かって進み始めた。 |
| 4617 |
「ブルーは万が一火事になっちゃったら消し止めてね」 「グルルル」 この中で唯一四足歩行のブルードラゴンが喉を鳴らして頷く 活動範囲が水中寄りのため、山なりに発達した背ビレとか水かきとかが目立つ。 |
| 4618 |
今回は消火要員として呼び出しただけである高圧力のウォーターカッターなどが放てるので、相手にしてみればたまったものではない風を纏って飛ぶことに特化しているため、戦闘は苦手という変なドラゴン種だ。 |
| 4619 |
「ブラックは……建物の消去を頼みたいけど、人質が詰まってると面倒なことになるなあ」 「グルルっ?」 どーしようかと腕を組んだケーナにふよふよと進み出たリュノフがある方向を指差した。 |
| 4620 |
「ひめさま〜たぶんあっちー」 「あっちって……分かるものなの?」 リュノフが指差したのは多目的ホールのような2階建ての建物だった 「あ、ブラックは建物の消去を。 |
| 4621 |
砂賊が残ったらひとまとめにしておいて」 「グォッ!」 ブラックドラゴンは範囲攻撃に優れているので、吐き出された黒い光は放射状に広がり10階建てのビルを一撃で消し飛ばす。 |
| 4622 |
更に彼は手持ち無沙汰に眺めているだけのブルードラゴンに指示を出した ブラックドラゴンの要請に従ったブルードラゴンは、足元で右往左往しているだけの砂賊を生み出した高波によって押し流した。 |
| 4623 |
ついでとばかりに、水に浸かった砂賊を諸共凍らせて動きを封じるひっくり返ったまま氷に覆われている者もいたが、ドラゴンたちにとっては些末な出来事である。 |
| 4624 |
多目的ホールへ向かう際に遮る者は居なかったので、ケーナたちは悠々と中に入ることは出来た 建物の正面はガラス窓で整えられていたが、入り口側の自動ドアに当たる部分は車が突っ込んだようにグシャグシャだ。 |
| 4625 |
ほとんどのフレームはひしゃげ、ガラスの破片が散乱している ケーナは薄暗い中に【灯火】を幾つか撒いて視界を確保して行く 建物中央で体育館のような板張りのホールには数人の女性がひとかたまりになって身を寄せ合っていた。 |
| 4626 |
ケーナが足を踏み入れると全員が怯えた表情で身を竦ませる 「あー、助けに来ましたーって、大丈夫ではなさそうね……」 ホール内にはすえたような腐ったような臭いが充満していた。 |
| 4627 |
ファンタジー世界ではオークやゴブリンに捕らわれた女性の行く末を嫌と云うほど見てきたので、怯ひるむことはない 女性たちはほぼ全裸で片足には鎖が繋がれ、髪や体にこびりついたものが彼女たちの此処での扱いを示している。 |
| 4628 |
鎖の先はあちこちの床に突き刺さった太い杭に固定されていた 「た、助けて、くれるの? あいつら、は……?」 かすれた声で女性たちの中から1人が歩み寄ってくる。 |
| 4629 |
歳は30くらい体のそこかしこに青痣があり、見ていて痛々しいものがある 「安心して下さいあのゴミ共は私の仲間たちが排除しています 「とりあえずいつものかな。 |
| 4630 |
桶とかタオルとかシーツとか出して」 「おやおや、またオークに襲われた娘さんたちを助けたのかいお嬢ちゃんはいつも波乱万丈じゃのう」 「別にオークでもゴブリンでも……、まあ似たようなもんか。 |
| 4631 |
早く早く」 「まったく、年寄りを急かすでない」 【森の魔女】はあるクエスト受注時に強制取得される召喚獣扱いのユニットである 魔女と名が付いているが、戦闘には全く役に立たない。 |
| 4632 |
特殊能力は1日に10種類の日用品を提供してくれるというものだもちろんゲームだった頃は、クエスト限りの烙印を押されていたユニットである どこからともなく取り出される人数分の桶やタオルやシーツや石鹸。 |
| 4633 |
ケーナは桶に水を注ぎ込みお湯に変えた魔女はタオルと石鹸をそれぞれに渡していく幸いにも女性たちはぎこちなさはあるものの動けることは出来たので、行動に移すのも早かった。 |
| 4634 |
1人虚空を見上げたままの者がいたが、他の者や魔女やケーナの手伝いで綺麗にされていった一応、【清浄】の魔法を室内や女性にも掛けておく 「オババ、ここをお願い。 |
| 4635 |
私は外を片付けてくるから」 「ヒェッヒェッヒェッ、行っておいでここは任せておき」 外ではドラゴンたちが氷漬けになっても辛うじて生きている砂賊をコンテナに放り込んでいるところだった。 |
| 4636 |
あれほどあった騎兵は溶解され、無惨な姿であちこちに転がっている 扉を溶接したケーナはグリーンドラゴンにコンテナをヤルインまで持って行って、壁の外へ捨てて来るように指示した。 |
| 4637 |
グリーンドラゴンはコンテナをガランゴロンと蹴って転がしながら外へ出て行く 「うーん、マズったなあ」 「どしたのひめさまぁ?」 辺りを見回したケーナが頭を悩ませていると、溶けた騎兵を突ついていたリュノフが首を傾げる。 |
| 4638 |
「さっきの人たちをどーやって運ぼうかなあ、と」 リュノフも辺りを見回して見るが、グリーンドラゴンが持って行ったコンテナ以外の車両はひしゃげていたり、潰されていたりだ。 |
| 4639 |
マトモに人を運べそうな物が無い 「とんでくとかー?」 「……うん、まあそれしかないかな」 「へ……?」 提案はしたものの即採用されてしまいリュノフの目が点になる。 |
| 4640 |
ケーナはドラゴンたちを送還すると多目的ホールまで戻った 途中リュノフと寄り道をして、諸々を済ませたホールの中では魔女がポーションを女性たちに飲ませ、怪我を直しているところだった。 |
| 4641 |
ちなみにゲーム時代の魔女のポーションは、NPCには効くが、プレイヤーには効かない代物であった ケーナは「はい皆さんちゅーもーく」と手を叩いて視線を集めると、誤魔化すのもなんなので切り出した。 |
| 4642 |
「賊たちは排除しましたこれから皆さんをヤルインまで運びますなおこの施設内には賊を除けば皆さん以外の人員は存在しません」 『!?』 何人かが目を見開いて崩れ落ちた。 |
| 4643 |
魔女は杖でケーナをポカリと叩き「もう少し言い方を考えるものじゃぞ」とたしなめる閉鎖空間の中ではケーナの俯瞰視覚が使えないので、リュノフに調べて貰った。 |
| 4644 |
彼女の走査により、腐乱死体の押し込まれた地下部屋を発見したのであるおそらくはあれが賊がだまし討ちした商隊の者たちだろう女性と離して、言うことを利かせるための脅しとして使っていたようだ。 |
| 4645 |
部屋の中は怨念が発生しそうな程穢けがれていたので、上級の光魔法【聖炎】で綺麗さっぱり焼いてきたのである 結果に関しては伝えないことも考えた。 |
| 4646 |
しかしリアデイルの時に「なんで助けた時に教えてくれなかったの!?」と恨まれたこともあったので、正直に伝えることにした 女性たちが悔しさや悲しみに落ち込んでいる中、闇鍋を作って配っておく。 |
| 4647 |
一度オプスに連絡を取って、ヤルイン側の受け入れを整えて貰うその日は魔女を送還してからホールで一泊した 翌日には幾らか落ち着いた女性たちを連れて、オプスにホールとヤルインの受け入れ側を繋いで貰った。 |
| 4648 |
予め投下したコンテナの中に詰めてあった砂賊はオプスの方で行政側に引き渡していたという 「見慣れないトカゲを見ただのなんだのと、一時は大騒ぎになっとったんじゃが……。 |
| 4649 |
出来れば送りつける前に連絡をくれ」 「はいはい、悪かったってば」 ぶちぶちと愚痴を垂れ流すオプスにケーナは手を振って謝る 行政府に対しての口利きは、いつの間にか現れたT・Sテッサがやってしまったのだそうな。 |
| 4650 |
職員がオプスのスキルについての言及をしないのはT・Sテッサが事前に手を回していたのだろうケーナが事情聴取を受けたが、拘束されるようなことはなかった。 |
| 4651 |
女性たちもそれに含まれる手続きにより、行政府の方で保護をしてもらうことになっていた この後は賊の生き残りを尋問して市内に潜む関わった者たちを捕縛していくそうだ。 |
| 4652 |
「ずいぶん暴れまわったようじゃな」 「ほぼドラゴンたちだよ賊のアジトはもう2度と使えないようビル群消し飛ばしたし、騎兵やら車両やらは全部壊しちゃったもの」 「もったいねえ。 |
| 4653 |
売れば金になったのに……」 ファングだけは30機の騎兵が溶かされたと聞いて1人ショックを受けていた 「ふおおおっ!」 銅色の冒険者証を天に掲げて興奮する女性に、奇異な視線が幾つも向けられていた。 |
| 4654 |
当人はそんな視線など眼中にないといった有り様で小躍りして喜びを表現している 「これが! 夢にまで! 見た! ランク制! 冒険者証!」 実際に花が飛んでいるところを見た者たちは、目を擦って2度見して頬を抓って自分の視界を疑う。 |
| 4655 |
「あのう……、お連れさまは大丈夫ですか?」 新規冒険者の登録を担当する受付嬢は引きつった笑顔で目の前の小柄な少女に尋ねた それでいて次の瞬間には職務に忠実な笑顔に切り替えて登録の続きを続行する。 |
| 4656 |
「パーティー名は“ケーナ様と愉快な下僕共”でお願いする」 「おぉいっ!」 背後から振り下ろされたハリセンが、スパーンと小気味イイ音を立ててテッサの頭を揺らした。 |
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◆ ツフト地方のシュヴァイン冒険者ギルド支部に奇妙な女性2人組が登録に訪れたのは、朝の混雑が一段落しての事だった 片方はケーナと名乗る女性。 |
| 4658 |
薄緑色の上着に深緑のズボン装備は革の胸当てと白いマント腰に下げていたのは短杖であるところから、術系統を得意とするのだろう肩で切り揃えられた金髪から覗く耳はやや尖っていたが、エルフの者はこの街でも珍しくない。 |
| 4659 |
辺境から冒険者になるため出て来たと言っていたが、動作の端々に精練さが窺える冒険譚に憧れた貴族の子女といった方がしっくりくる 更に奇妙なのはもう片方の小柄な少女である。 |
| 4660 |
テッサと名乗った少女は背中まで届くくらいの黒髪に、やたらとひらひらする黒い服装いわゆるセーラー服なのだが、此方の世界にそのような物はない。 |
| 4661 |
見た目が12〜4歳くらいの低い身長でなければ、スカートから伸びる白い素足に欲情する者もいただろう腰に提げていたのは使い込まれた鉈が1本 双方共自己申告では17歳を越えているとのことだ。 |
| 4662 |
冒険者の登録には15歳以上という条件があるため、受付嬢がテッサの年齢を疑ったのは当然の対応だろうそれに対して彼女が「じゅう・なな・さい・です」と力強く言った後、受付嬢は何事も無かったかのように手続きを進めていた。 |
| 4663 |
一連の流れに誰も疑念を挟まない・・・・・・・・・・ そうこうしているうちに冒険者証を受け取った片割れがあの行動である 併設している酒場から好奇心でチラ見していた連中も、ヘンなものを見る目になるのは当然だ。 |
| 4664 |
◆ 「さて、無事にFランク冒険者として登録された訳なので、早速依頼を探そう」 ギルド酒場より飛んでくる視線をまるっと無視して、ケーナは依頼表の貼られている壁の前へ立つ。 |
| 4665 |
依頼は一辺10センチ四方の紙で、依頼する仕事と依頼主と報酬が書かれている紙の一番下にはギルドが難易度を振り分けたA〜Fの判子が押してある。 |
| 4666 |
自分のランクに合った依頼表を受付に持って行けば受注されたことになる ケーナたちはFなので、受けられる依頼はFとEまでだもちろん却下である。 |
| 4667 |
オプスが不幸な事故により傍仕えを一時離れることになったその穴を埋めるべくテッサが控えることになったのはいいとして、これがまたオプス以上に扱いづらいのである。 |
| 4668 |
まず欠点として、殆どのことに無関心なところが挙げられる 自分に直接の被害が無い限り対抗処置を取らないのだ例えば街が魔物に襲われても、自分が攻撃されなければ人々が殺されていくのを黙って見ているだけだろう。 |
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更にもう1つの欠点として、ケーナが絡むと先程のように対応が過激になるところだ街に来る前に出会った盗賊にごんぶとビームをぶっ放したり あとやたらに科学兵器をバラ撒くのも問題だろう。 |
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ここに至るまでにミサイルやらビームやら火炎放射器が敵に対して行使され、ほとんどが骨も残らず蒸発した 見かねたケーナが緊急時以外の使用禁止を命令しなければ、熱核弾頭を持ち出して地形が変わるところだったという。 |
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利点は物質変換により色々と作り出せる事くらいだろう 腰に提げている鉈もその成果で、鉄の鎧を切り裂くわ、投げたら戻ってくるわ、当たったら爆発するわで一種の万能兵器である。 |
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オプスもキーも世間慣れしてない時は似たような感じだったらしいので、これから色々と世情の波に慣らしていくしかないと思われるやや頭の痛いところだが。 |
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それはさておきケーナは依頼表の前であれも楽しそう、これも面白そうと目移りしているそこへ「これはどうでしょう?」とテッサが1つの紙を指し示した。 |
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「ええと? 古い砦に住み着いたモンスターの討伐? Bランクの依頼じゃないのよ」 「実にケーナ様の実力に合ったクエストかと」 呆れて呟くケーナに腕組みをして当然だとばかりに頷くテッサ。 |
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聞き耳を立てていた酒場の方で冒険者たちが大爆笑した 「しょっ、初心者の嬢ちゃんたちがBランクだとよ!」 「開いた口が塞がらねえぜ! ハハハハッ!」 「止めとけ止めとけ。 |
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正直砦に辿り着く前に魔物の餌になっちまうのが関の山だぜ!」 「身の丈に合った依頼をお進めするぜ! 子守とかな!」 親切な忠告なのか馬鹿にされているのか判断が別れる野次である。 |
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笑い声が半数を占めるので後者のはずだテッサは感情を伴わない目で彼等を眺めているケーナは「これもテンプレかな?」と楽しそうだ 「面白そうな話してんじゃねえか。 |
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オレも混ぜろ!」 そこへ冒険者たちの野次に野太い声が被さった 途端に酒場からの野次が止み、冒険者たちの視線がギルドの入り口に集中する太い革のベルトを胸の前で交差させただけの鎧とショルダーガード。 |
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厚手のズボンは所々破けたり、擦り切れたりしている背丈と同じくらいの長さの大剣を背負い、腰にはメイスをぶら下げていた 目は飢えた狼みたいにギラついていて、顔中名誉の負傷みたいに傷跡だらけ。 |
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とどのつまりはハゲである 「なんだ山賊かぁ」 「おいぃっ!?」 第一印象でそう決めつけたケーナに、山賊の頭みたいな男は大股でズカズカと近寄り、剣ダコの目立つ太い指を突き付けた。 |
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「今なんつったええ?」 「山賊」 ビキリと額に青筋が浮かび、歯をギリギリと噛み締めた顔には凄みが窺える しかしケーナには殺気も伴わない脅しに怯える理由はない。 |
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同時に奇妙な雰囲気を感じていた 例えば酒場でこちらの様子を固唾を呑んで見守っている冒険者たちの様子だとか 静かにテッサを宥めていたケーナに業を煮やしたのか、山賊の男は最後通告をケーナに突き付けた。 |
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「もう我慢ならねえ! テメェラ裏の訓練所までツラ貸せや!」 予期せぬ単語にケーナはずっこけた 冒険者たちも「大丈夫かよ」とか「いきなり潰れたりしないだろうな」とか不穏なことを呟きながら、ぞろぞろと訓練所の方へ移動していく。 |
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「どうかしましたかケーナ様?」 (何トイイマスカテンプレノヨウナ通過イベントデハナク、意図シテヤッテイル感ジデハアリマスネ) 「……みたいね。 |
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ぶっ飛ばしてから、詳しい話を聞かせてもらおうじゃないの」 憶測としてはキーの言い分が正解に近いように思える 見た感じでは山賊男はそれなりの実力を持ってそうだが、それでも今のケーナが苦戦するとは思わない。 |
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「私が殺ヤりましょうか?」 「肉片も残らなそうだから止めて」 鉈の柄に触れながら矢面に立とうとするテッサには、なるべく決闘などはやらせないようにしようとケーナは思った。 |
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◆ 「どわああああっ!! な、なんだそりゃあああっ!!?!」 訓練所は屋内だったそれほど広くもないし狭くもない バスケットのコートが2つ入るくらいだろうか。 |
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その一角で向かい合ったケーナと山賊男は、冒険者の1人を審判役にして決闘を開始した 山賊男が背中から大剣を引き抜くと同時にケーナは腕を横に振るう。 |
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その動作で行使された術に見物人からどよめきが上がったケーナの頭上に50本程のマジックアローが出現したからだ 腰に提げた短杖も使わず、詠唱も唱えずに乳白色の矢を大量に出現させたケーナに対して、見物人の一部から呻き声が漏れる。 |
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魔術を専門とする者たちは、彼女の魔力の強大さと制御能力の正確さに目を剥いていた たまったものじゃないのは、それを向けられている方だ 一発一発がどれほどの威力か分からないが、全弾まともに喰らって命があるとは到底思えない。 |
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唾を飛ばして己の武器で矢の大軍を指した山賊男の焦る叫びに、ケーナはニンマリと笑みを返す 「大丈夫! 当たっても死ぬことはないから 危険を感じたのか周囲にいる見物人も、彼からゆっくりと距離を取る始末である。 |
| 4692 |
「唯一の欠点は一発に付き、タンスの角に小指をぶつけるような痛みを感じることだけどまあ、一瞬だから平気よね!」 全然平気じゃねえ! 冒険者たちの心はその瞬間だけ1つになった。 |
| 4693 |
50回もタンスの角に小指をぶつける痛みを味わう攻撃なんてまっぴらごめんである ズドドドドドドドッ!!!! とバルカンファランクスをぶっ放したような轟音と共にスタンアローが連続で山賊男に殺到した。 |
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ほぼ10秒足らずで撃ち尽くされた後には標的となった男が地面に倒れ伏し、びくぴくと震えるだけである 「なんであんな音が出るのかしら?」 撃った本人が術式をチェックしながら首を傾げるのを見て、見物人たちは山賊男に手を合わせた。 |
| 4695 |
◆ 「成る程やはり」 ボロボロになった山賊男は10分ぐらいで動けるようになった フラフラになりながらケーナに向かってのたまったのは、「合格だぜ嬢ちゃん!」という発言である。 |
| 4696 |
主従揃って首を傾げたところに受付嬢から説明がなされた 今の因縁の付け方から始まり、決闘に持って行ってから終了するまでの過程がギルド入会テストを兼ねていたと。 |
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違和感しかなかったと感じていたテッサは合点がいったように頷き、ケーナはスタンアローを選択して良かったと胸を撫で下ろしたその様子を見ていた冒険者たちは、スタンアロー以外だったら何が飛んできたのだろうと頬を引きつらせていた。 |
| 4698 |
「ギルドマスター!?」 「おうよ」 ケーナに決闘をふっかけてきた山賊男は、自身をギルドマスターだと名乗った 「ブローラーだよろしくな!」 握手に返すと凶悪面のギルドマスターはニカッと笑う。 |
| 4699 |
「フローラさんですか」 「ブ・ロ・ー・ラ・ーだっつってんだろう!」 握った手に力を入れてくるが、ステータスの地力が違う ケーナがマジで力を込めると、あっさりとギブアップを訴えてきた。 |
| 4700 |
「おーいてぇ嬢ちゃんどんな鍛え方してんだよ……」 「さあ」 ちょっと離れた所では冒険者たちにおっかなびっくりで話し掛けられているテッサがいる。 |
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事情を打ち明けられた後で宴席を設けられたのだが、その場で「ケーナ様に不埒な真似をした奴は叩き切る」と啖呵を切ったことで恐れられているようだ。 |
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鉈でテーブルを真っ二つにしたのも効いているみたいだ 修復魔法で直したら目を丸くしていたのがケーナ的にはツボだった 「折角ランク制を楽しもうっていうのに興醒めするようなことは止めてよね。 |
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真面目に依頼をこなせばランクなんてすぐ上がるんでしょう?」 「まあ、そりゃそうなんだがなあ……不都合があればオレに言ってくれよ 場所は喫茶マルマールの5階の屋根裏部屋。 |
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前回と同じくオプスと同室である 今回は1つ下の階にファングも部屋を取っている 「おいまだ朝だぞ」 「五月蠅いな朝から酒飲んでたあんたたちに言われたくないわ。 |
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もう私は寝るの邪魔しないでよぐう」 部屋の中で酒をかっくらっていたファングとオプスは苦笑する 瞬時に夢の中へ旅立っていったケーナに配慮して声の音量は落とす。 |
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「しかしここのビールはなんというか、こう……ガツンと来るものがないよなあ」 直ぐに温くなってしまうのは環境上仕方ないとしても、味にひと工夫欲しいとファングはボヤく。 |
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そもそも酒場では電力供給の都合で、グラスまでキンキンに冷やすほどの余裕がないケーナとオプスが居れば温度の調整は思いのままなので、そこまで我が儘は言わないが。 |
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「ビールやウイスキーなら前の世界でケーナが作っとったのじゃがな」 「マジか…… それはそれでわんこを可愛がっているケーナがみっともないと嘆きそうだ。 |
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だが砂漠のド真ん中に建物をぶっ建てて、峠の茶屋ならぬ砂漠の酒場には惹かれるものがある「ふむ」と頭の中で企画を纏め始めたオプスに、ファングは身を乗り出した。 |
| 4710 |
「お、なんだ? やる気かあ」 「戦艦の存在を公おおやけにする訳にはいかんが、面白い提案ではある」 思ってたより乗り気な言い方に、ファングも喜んで口を挟む。 |
| 4711 |
「電力はどうにかなるとしても建物はどーすんだ?」 「そんなものは砂からでも建てることは可能じゃいや、オアシスを造っておけば水についての詮索はされぬな」 「オアシスまで造れるんかい。 |
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ファンタジーすげー」 「この際T・Sテッサにも手伝って貰おうかの 更に周囲にはヘリがバンバン飛び回り、サーチライトが蟻の入り込む隙間も無い程に周囲を照らす。 |
| 4713 |
あちこちに設置された銃座は動く物を見つけた瞬間、標的を蜂の巣どころか切れっ端にするような威力で…… というアルカトラズも真っ青な妄想が浮かんでいた。 |
| 4714 |
もはや酒場要素ドコ行ったという有り様である しかも自重しないT・Sテッサが手を掛けたら間違いなくそうなるとは、ファングは思いもしないのだった。 |
| 4715 |
妙な妄想をぶんぶんと振り払い、脱線した話の続きをしようとした2人 だが唐突に響き渡った ヴァ――――――――!!!! というサイレンの音にビシリと固まる。 |
| 4716 |
「襲撃か」 「そのようじゃの」 上を見上げて仕方ないなと2人は渋々立ち上がった 延々と響くサイレンの音にもケーナはピクリともしない 「あれ、どーするよ」 「寝かせておくべきじゃろう。 |
| 4717 |
起きたら起きたで自分で事態を把握するじゃろうて」 ここの会話自体をキーが記録しているので、伝言などは必要ない だが、この時起こさなかった事をオプスは後悔することになる。 |
| 4718 |
サイレンはしばらく鳴り続けた このサイレンには敵襲を知らせる意味よりも、市民の避難を促す意味合いの方が強い 商人には命とも言える物資だが、都市が無くなってしまえば紙切れ1枚の価値もなくなってしまうため、苦渋の決断であった。 |
| 4719 |
そんなコンテナ密集地を潜り抜け、自動機械が大挙してやって来ている方角を都市の指揮権を持っている者から聞くファングとオプスはようやく街壁の上でそれを目にした。 |
| 4720 |
「なんじゃありゃ?」 丸型やら菱形やら多脚型やらが群れを成し、うぞうぞと軍隊蟻のような自動機械はまだいい いや、ハンターたちから見れば絶望感ありまくりの大軍である。 |
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ファングとオプスが注目したのは群れの中央に位置する土管型であった 土管の直径は5〜6メートルはあり、正面側の半径の一部にスリットらしきものが見える。 |
| 4722 |
本体の長さは10メートル弱で、台座は6つのキャタピラで支えられている 元の世界でも専門に扱う現場や、それに準じた趣味の者でもない限り滅多にお目にかかれないような代物だ。 |
| 4723 |
同じようにそれを目にした他のハンターからは「なんだあの……、あのー、戦車?」「ミサイルランチャーのコンテナかもしんねーぞ」「何かの司令塔の可能性もある」との声が飛ぶ。 |
| 4724 |
誰も正解にたどり着く者がいないところが非常にマズい 「……シールドマシン、じゃな」 額にシワを寄せたオプスの声が緊迫感を発しているのにファングは気付いた。 |
| 4725 |
オプスはファングや周囲にいたハンターたちに解るように説明を行う 「あれはシールドマシンといって、トンネル工事などに使う機械じゃ シールドマシンが壁に対しての優位性を発揮するならば、外壁にとって最大の天敵ということになる。 |
| 4726 |
「つまりは、アレが壁に接触したが最後?」 「削られてまるーく穴が開くじゃろうな門など必要なく出入りし放題じゃろうて」 何が、とは言わなくても判る。 |
| 4727 |
都市やそこに住む者の末路を想像した彼らの表情から一斉に血の気が引いたそれぞれが慌ててインカムを使い、指揮者や仲間へとシールドマシンの危険性を広めていった。 |
| 4728 |
そこで新たに判明したのは、都市の3方向からシールドマシンが接近しているというとんでもない報告であった 自動機械の群れを排除しながら壁に近付かれる前にシールドマシンを破壊しなければならない。 |
| 4729 |
というミッションを課されたハンターたちの表情はみんなまとめて暗い 「とりあえずケーナが来たら相談じゃな」 問題なく突撃する選択肢を選ぶんじゃないかと予測するオプスだった。 |
| 4730 |
だが、事態は別の意味で深刻になっていたとは流石のオプスも想定していなかった ◆ その頃宿ではようやく起きたケーナが柔軟体操のような動きで身体の把握に勉めていた。 |
| 4731 |
肩を動かし、肘を動かし、手首を動かし、指を1本ずつ折り曲げたりと確認作業のようなことをしていた本来であれば起きたと同時に伝言を伝えるキーも緊迫した雰囲気で沈黙を保つ。 |
| 4732 |
「ふむふむふむふむなるほどなるほど」 ベッドから下りて自身の体を目で確認する頭から首、肩、胸、腕と順繰りに触っていき頷いた 「蛇!」 (ハ! ココニ) 呼び方からして違う。 |
| 4733 |
友人を呼ぶような気さくさは消え、部下に命令するような勢いだ 「何処よ、ここ?」 (ココ……?) 「星、惑星、選別番号あるでしょ」 (ソレデシタラ、NO520CYニナリマス) 「はあ、へえ。 |
| 4734 |
ハアァァッ!? 何で1000年足らずで世紀末みたいになってんのよ! 信じらんないっ!!」 現在より前に存在していた頃の記憶とケーナの記憶をすり合わせて、隔たりの幅に愕然とする。 |
| 4735 |
「やはりあの時の許可を与えるべきではなかった」だとかをブツブツ呟き、視線を横にずらす そこには空中に直立して浮いているリュノフの姿があった。 |
| 4736 |
「あはーひめさまおひさしぶりー」 「なんで第9将軍マルクトがここにいるの?」 「それはこっちのセリフだとおもいますぅ」 ぶーと口を尖らせたリュノフに対して、バツの悪そうな顔になる。 |
| 4737 |
「仕方ないじゃない! 夢の境界線を見誤ったのよ! ああもう! ゆっくり統合していたところだったのに、みっともないったらありゃしないわ!」 頭を抱えて失態を恥じる。 |
| 4738 |
その眼が細められたかと思うと、あさっての方向を睨み付けた 1人ボケ突っ込みにしか見えないが、断じて違うここは重要なところである 「カラス居ないし。 |
| 4739 |
側仕えの意味を分かってないでしょアイツ」 オプスについての文句を呟きながら、姫様とリュノフは街中を移動する 周辺は音量の控えたサイレン以外は静かなものであった。 |
| 4740 |
装甲車やジープなどが時折行き来するくらいである 「略図だして」 「はぁ〜い」 姫様が頼むとリュノフが空中に青いフレームの3DCGヤルインを映し出した。 |
| 4741 |
大きさにして1メートル×1メートルくらいであるその3方、北・東・南には自動機械がアリをディフォルメした略敵として表示される略図の上側には『蟻=100』の注釈が付く。 |
| 4742 |
そこから換算すると北側には蟻が2体、南側にも2体そして東側には12体が表示されていた 「カラス呼んで」 「はぁ〜い」 略図を見てからすぐ次の指示を飛ばす姫様に、流れ作業みたいだなぁとリュノフは思った。 |
| 4743 |
腕を一振りし、自身の把握領域内にいる知人を手元に呼び戻す 「うごっっ!?」 「ぶげっ!?」 頭上に開いた穴からオプスとファングがセットで落下し、揃ってカエルが潰れたような呻き声を漏らした。 |
| 4744 |
頭を振って立ち上がり、リュノフに抗議しようとしたところでオプスは襟首をガシリと掴まれるだがあっさりと姫様の眼力と脅迫に屈して、この場とターフの艦橋を繋ぐゲートを開いた。 |
| 4745 |
離して貰ったオプスは何か言おうとしたファングの頭と口を押さえ、説明を求める視線に強張った表情で首を振って返すファングもそこまで必死なオプスの姿に畏れをなしたのか、口を噤つぐんだ。 |
| 4746 |
「わふっ! ご主人様っ!」 ゲートが開いたことに目を丸くしていたターフだったが、ケーナを目にするや千切れんばかりに尻尾を振って飛び跳ね、嬉しさを猛アピールする。 |
| 4747 |
その姿の愛らしさに「うっ」と姫様すらもたじろいだ直ぐに気を取り直すと、ターフに色々指示を出していく 「た、ターフは今、ヤルインのどの方角にいるのかしら?」 「北ですわんっ」 「ぐふぅ」 「わぅん?」 「な、なんでもないわ。 |
| 4748 |
そこから自動機械の群れが見えるかしら?」 「大型機械を1機と中型を4機あと小型を194機確認してますわん!」 大型はシールドマシンで中型は中距離主体の固定砲台だろう。 |
| 4749 |
少なくとも相対するには騎兵が30機以上必要になる群れだ 「じゃあターフは姿を隠したまま出来うる限りの砲撃を開始小型は放置していいから、大型と中型を早めに潰しなさい。 |
| 4750 |
それが終わったら、南側へ回って頂戴南側の大中を潰したら、正体が露見する前に急いで離れること ファングとオプスの2人は「ああ、可愛いもの好きなのか」と生暖かい目でそれを眺めていた。 |
| 4751 |
オプスがゲートを閉じるとファングが「なんなんだありゃ?」と小声で尋ねてきたここまでの一連の行動を見れば、見た目ケーナでも中身が違うことくらいは付き合いの短いファングでも分かる。 |
| 4752 |
「説明は後回しじゃ今は黙って手と足を動かせあれの機嫌を損ねると後々厄介じゃぞ」 「厄介と言われてもなー?」 オプスがそこで言葉を詰まらせるので、ファングには何が厄介なのか皆目見当がつかない。 |
| 4753 |
「リュノフは手を貸してくれるのよね?」 「そこはだぁいじょぅ〜ぶ〜ねーさまはにじゅっぱーせんとかいほうでおっけーっていってたよ!」 「20%って……。 |
| 4754 |
星ごと闇に葬る気か、あの人は……」 恐ろし過ぎる単語が飛び出しているのを聞いて、無言で深く頷いておくファングだった 「さて、カラス、じゃないオプスはファングと組んで南北の小型の駆逐を。 |
| 4755 |
東側は私がやるわ」 事も無げに1200機プラスアルファを相手にすると豪語する姫様に、オプスが渋い顔になる 「それはケーナに戻った後の事を考えておっての行動かの?」 「勿論よ。 |
| 4756 |
要は実力を隠して後で恨まれるか、実力を存分に発揮して恐れられるかの2択でしょう? 恐れられたとしても、別に私は感謝されるためにやったのではない、ということを自覚してればいいのよ。 |
| 4757 |
それに人類は現状が甘え過ぎだと分かってないのよね誰のお陰で安全な都市の中に住めて、食物が供給されて、水に困らないと思っているのかしら?」 「ねえ?」と問い掛けるように視線を合わせられたファングは返事に窮きゅうした。 |
| 4758 |
T・Sテッサは姫様の為に砂漠の中に止まり木となれるような都市を造り、安全に過ごせるよう壁で囲み、食料や水を自給自足出来るよう備えた 姫様が頼んだからこそ人類に安息と対抗するための牙を分け与えた。 |
| 4759 |
その享受を当然と受け止め、力を示した姫様を恐れて追い出すような真似をすれば、都市機能を停止させるだろう ケーナである方が頼めば最低限を残すかもしれないが、それでも生き残れるような者は多くはないと思われる。 |
| 4760 |
根本的に人類はT・Sテッサが都市を維持する理由を知らないのだから、「何故・どうして」を考えずに文句や苦情を垂れ流すだけになることは明白だろう。 |
| 4761 |
人類擁護を切り捨てた姫様は目的地に向かおうとして、ふと歩みを止める 面白いものを見つけたように口元が弧を描いていた 「ふふふ心の奥で猛反発されてるわ。 |
| 4762 |
良いのよケーナ、貴女はそれで私の考えを理解する必要はないからね私たちはただこの世界の理ことわりの外から持ってきた技術で生み出してしまった害虫を駆逐するだけよ。 |
| 4763 |
その為には世界の理ことわりに関係ない私たちの能力を存分に使うよく見て学びなさいな力というものの扱い方を!」 ピアスから外した如意棒を手元で2メートル程に変え、リュノフをお供に姫様は東側の外壁へ辿り着いた。 |
| 4764 |
都市内を飛び交う通信波に波長を合わせれば、インカムが無くとも情報を仕入れることは可能だ現在は北側で防衛に当たっている者たちが見えない援護射撃に困惑しているところだった。 |
| 4765 |
その後こっちに銃口向いたらどーすんだよ!』 『しかし、なんだったんだいったい……』 耳に手を当てながら姫様は「よーしよし」と頷いた 「ターフは北側を終えたようね。 |
| 4766 |
次はオプスあたりが無双してくれたら混乱するかしらね」 東側の外壁上に設置してある砲台や銃座からは激しい火線が飛び出している更には上がってきた騎兵も射撃を行っており、さながら火線の土砂降り(横向き)のようだ。 |
| 4767 |
だが大盤振る舞いをしたとして、弾薬にも限界というものはある 全体の5割程度を減らしたところで、弾薬不足に陥る未来は姫様に見えていた 「あ、蹴り姫の嬢ちゃんじゃねえか。 |
| 4768 |
棒っきれ持ってこんな所でどうしたんだ?」 ケーナと面識のあるハンターとその仲間が、ランチャーを担いでいた 「ええ、ここに居るならば分かるでしょう。 |
| 4769 |
戦いをしに来たのよ」 「イヤイヤ、相手は砂アゴほど柔らかくはねえんだぜ足が折れちまうだろう」 「それはそれで遣りようというものがあるわ 「それではまた会いましょうオジサマ」 下からウインクを飛ばす姫様に頬が赤くなる。 |
| 4770 |
少しの間ポカンと呆けていたが、首を振って正気に戻るとインカムに向けて怒鳴りだした 「蛇防御は任せる」 (御意ニ) 自身の力を触媒にリュノフの力場を経由して、事象そのものを呼び寄せる。 |
| 4771 |
ヤルインという都市の空は急速に雲が湧き出していた目聡い者がそれに気付き、空を見上げて唖然と口を開ける長年砂漠の過酷な環境に身を置いていたハンターたちでも見たことのない現象だからだ。 |
| 4772 |
厚みを帯びて渦を巻き、ゴウゴウと音を立てて蠢く様はこの世の終わりのよう 戦場の遥か頭上、成層圏にほど近いところから圧力そのものを降下させ、自動機械の群れの鼻先に叩き落とした。 |
| 4773 |
直後、人であれば全身を貫く轟音に眩暈を起こして、倒れ込んでしまうだろう 同時に巻き起こった衝撃波が数100kg単位の自動機械をゴミのように吹き飛ばす。 |
| 4774 |
砂粒も散弾に勝るとも劣らない凶器と化すが、ヤルインの壁から内側への影響は皆無だった 数分程経って、砂嵐か竜巻かという暴風が収まった後に立っている者は姫様だけになっていた。 |
| 4775 |
自動機械は真っ白な霜に覆われて、進軍していた地点より1〜2kmは後方に転がっている 「さて諸君 ◆ 東側の戦場から外に出た者がどーとかいう知らせが聞こえ始めた時である。 |
| 4776 |
全ハンターが一斉に耳からインカムを毟り取るという光景が目撃されたいうまでもなく姫様の行使したダウンバースト現象で発生した、騒音公害レベルのノイズによるものである。 |
| 4777 |
「おっぱじめやがったみたいだな」 キーンと耳鳴りのする自分の左耳に蓋をして、インカムを睨み付けたファングが呟く こちらの戦場はつい今し方、動く物が何もいなくなったところだ。 |
| 4778 |
周囲のハンターたちは驚愕の眼差しでオプスを注視している 「どうじゃっ!」 「いや……『どうじゃ』と言われても、なあ」 先ほどまでの醜態を払拭したと確信したオプスだったが、ファングの反応は微妙なものであった。 |
| 4779 |
「いや、使った奴は派手だったのは認めるよ認めるけども、効果の程が判りにくい」 「なん、じゃと……」 両手膝を付いて愕然とするオプス 彼の行使した力は実にシンプルである。 |
| 4780 |
長さ10メートルもある丸太のような雷撃の槍を生み出して、群れの先頭に投擲しただけだそれだけで北側に攻め込んで来た自動機械のほぼ全てが停止したのである。 |
| 4781 |
だがいくら雷撃槍ラガ・ルオトが命中位置から半径5メートルに拡散するとしても、通常ではここまでの効果は及ばない オプスは残った小型機全部の表層を先頭の自動機械周辺の空間に繋げて撃ち込み、一網打尽にしたのである。 |
| 4782 |
確かに1発撃つ分には派手だが、事前に説明して貰わないと何が起きたのか、まず分からない 「な、なあ、おい 無理もないかとため息を吐き、ファングは苦笑する。 |
| 4783 |
ゲームの世界からという前提があるからこそ、魔法やスキルのようなものをファングは受け入れている それがないこの世界の住民たちには童話とか本の中のような現象が目の前で繰り広げられたのだ。 |
| 4784 |
常識の範疇外として目を白黒させるのも当たり前だろう 「俺が知るか!」 「ええ……」 どちらにしろ何が起きて何が落ちたかなんてファングの知るところではない。 |
| 4785 |
東側に向かった今のケーナはファングの知るケーナではない訳だし 「おい、オプスさっさと南側に行こうぜ ヤルインは南北が10km以上もあるせいで、車両でも使わないと反対側に辿り着くまで時間が掛かってしまう。 |
| 4786 |
北側の戦場を離れた戦艦ターフはおそらく、人に探知されないよう大回りして南側へ向かうだろう辿り着くまでに2〜30分としても、その間にシールドマシンが壁に接触しない保証もない。 |
| 4787 |
一方、東側では防御に当たっていた者たちが悉ことごとく動きを止め、目の前で行われている蹂躙劇を茫然と見ていた彼女が棒のようなものを振るうたびに10〜20機の自動機械が粉々になったり、強風で倒れる自転車の如く横倒しになる。 |
| 4788 |
更に信じられないことに、彼女は戦闘を始めてから数百発以上の銃撃を食らっている筈なのに、掠り傷1つ負っていない今まで自分たちが信じていた戦いに置ける定義は何だったのかと動揺するのは仕方のないことだろう。 |
| 4789 |
ヤルインで砂アゴを蹴り殺したことで有名な嬢ちゃんが、まさかそれ以上の事を成していることに、彼女を知る者も知らぬ者も眼前の常識外れの惨状に微動だにしない。 |
| 4790 |
「なんっ……、だよ、あれ、は……?」 誰かの呟きがその場で防衛に当たっていた者たちの心情を代弁している 『あれは、【化け物】だ』 そして辿り着いた言葉がすとんと彼らの心に落ちる。 |
| 4791 |
湧き上がる、化け物に相応しい感情とは恐怖だ 「あれは化け物だ」「化け物だから自動機械と対等に戦える」「化け物だから自動機械を凌駕する」「化け物だから……」「人間の、何だ・・?」 ある者はその場で腰を抜かしてへたり込む。 |
| 4792 |
ある者は震えが止まらなくなり、青い顔で茫然自失となる ある者はその矛先が人間に向くかもしれないと恐怖し、悲鳴を上げて逃げ出す 彼らには何の危害も加えられてはいないのに、防衛陣にいた者たちは勝手にパニックになっていた。 |
| 4793 |
「む?」 「どーしたのー? ひめさまぁ」 「神威パワーがいきなり急上昇したような気がする」 「し ん いかっこわらい」 ヤルインの壁の縁ふちから大層恐れられているとは知らない姫様たちは、実に暢気な様子で事を成していた。 |
| 4794 |
如意棒を下からすくい上げると、そこに固まっていた自動機械が10数機も木っ端微塵となって撒き散らされる横に打ち払えば、ダルマ落としのように機体の一部が輪切りにされ、10数機がいっぺんに崩れ落ちる。 |
| 4795 |
この間にも自動機械からは9ミリ、12ミリといった銃弾が雨あられと飛んできているのだが、全て姫様に到達する前に空中で停止バラバラと砂漠に撒かれるだけのゴミとなっている。 |
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「うーん“打ち”と“抜き”はともかく“払い”が使えないのは面倒ねえ」 「つかいますかー? わくわくつかいますかー? わくわく」 「やめなさいよ、その棒読み。 |
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使ったらこの辺一帯何にも無くなっちゃうじゃない」 「あはー」 にぱーと満面の笑みとなるリュノフ 知らない者には天真爛漫な笑みに見えるかもしれないが、知る者にはどす黒い悪意満載な企んでいる表情だ。 |
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「っと! ちょっとっ!」 「ぐるぐるたまごやきぃ」 ガクンと如意棒の片方が重くなり、横に取り回しそこねた姫様は非難の声を上げる直後に耳障りな金属音と共にペシャンコなオブジェと化す。 |
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コーヒーにクリームを溶かしたような、4体が渦巻き状に絡み合った状態で 「これで最後かしらねえ」 「いっぱいばらばら〜」 今の砲撃型が東側の最後の戦力だったようで、見渡す限りスクラップの山である。 |
| 4800 |
シールドマシンなどは開始早々に下から跳ね上げられ、直立させられた後に6等分輪切りにされて停止していた 動く物が何もないのを確認した姫様は如意棒を縮めてイヤリングへ戻し、その場を後にした。 |
| 4801 |
ヤルインの正門前まで戻って来ると、壁の上から幾つもの視線がこちらの動向を窺っていた それと何時まで待っても閉ざされた門の開く気配がない 「こわくてあかないとか〜?」 「有り得る過ぎる程有り得そうだけど……。 |
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コンテナ退かしてるのかな」 首を傾げたすぐ後にゴリゴリガリガリと轟音をあげて門が左右に開いていく 門の向こう側には戦車や騎兵やトラックが多めに並んでいた。 |
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姫様と視線の合った騎兵がザザザザーッと怯えたように後ずさった 分からないでもないが、ずいぶんと失礼な反応である更には真ん中に立っている姫様に恐れをなしたのか、どの車両も動き出そうとはしない。 |
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やれやれとため息を吐いた姫様は横に移動して道を開けてやった姫様を避けるように間を空けて車両や騎兵が外へ出て行く残骸を回収しに行ったのだろう。 |
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そのうちの1台ジープがすぐ近くに停まり、1人のハンターが手を上げて「よう、嬢ちゃんお疲れー」と挨拶をして来たそれは出て行く際に壁の上で出会ったハンターたちである。 |
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「あらオジサマたちは平気そうね?」 「いやいやこれでもずいぶんと怖がってるんだぜ」 笑いながら軽口を叩くが、ジープに同乗している他の仲間には、露骨に視線を逸らす者もいる。 |
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「んで?」 「いや、アレ等を回収して代金は嬢ちゃんに渡すってー事になったんだが」 「なんで?」 「ほとんど倒したの嬢ちゃんだろーが」 「要らないわよそんなの。 |
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そっちで適当に割り振ってちょうだいな」 「え、マジかよ!」 目を見開いて驚愕するハンターたちだが、追い打ちを掛けるように姫様が頷くと手を取り合って喜びに湧く。 |
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「老後を考えて少しは溜め込んどいた方がいいわよオジサマ」 「うっせーよ! 俺はまだ30代だ!」 挨拶代わりに手を上げてその場を離れる姫様の背に、捨てゼリフのような文句が飛んで来た。 |
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宿にしているマルマールまでの道のりで、道行く人々を観察してみる 南北の掃討も済んだらしく、広域放送では自動機械の脅威が去ったことを流していた。 |
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その際には“誰が”といったことを出さない辺り、行政府にどこまで情報が回っているかは分からない子供たちが荷物を抱えて、手伝いに奔走する光景も見られた。 |
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ただ、時々出会うハンターたちにはギョッとした顔で距離を取られたり、恐怖に引きつった顔で逃げ出されたりするのは変わらない 「あれがしんいぱわーのみなもとかー」 「やめなさい!」 尻尾を巻いて逃げ出すハンターを指差すリュノフ。 |
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その頭をひっぱたく姫様心なしかその頬は紅くなっている 「うふふふふ〜えへへへへへ〜リュノフが見えていないため、周辺にいた人々は関わり合いにならないよう、足早に通り過ぎて行った。 |
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「あーもー! 時間無いってのに! リュノフ! 言いふらすんじゃ無いわよ!」 上空であかんべーをするリュノフに怒鳴った姫様は足早にその場を去る。 |
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実のところ現界というか変わっていられる時間には制限があって、その身をその辺に放置する訳にはいかないからだ蛇やリュノフに任せる手もあるが、立場プライド上その方法は頭から却下されている。 |
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マルマールの前にはオプスと全身ずぶ濡れのファングの姿があったまあ、気温のせいで乾きかけてはいるが、前髪からは今も雫がポタポタと垂れている。 |
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「何よその海から上がって来たばかりの半魚人みたいなのは?」 「あーなんというか先日の如く制御に失敗して、回収の時に……まあ、あれじゃ」 努力は認めるが救いようがなかったとばかりに額にシワを寄せて肩をすくめるオプス。 |
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今回ファングはやむにやまれずではなく、自主的にヒュドラを使ったやはり回収の時まで集中が保たなかったらしく、甘噛み捕獲からベロンベロンに舐めまわされて妖怪唾液べっしょりと化した。 |
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それをオプスが簡略化した竜巻水流で洗い流した結果がその姿らしい 「ふうん」と軽く頷くだけの姫様はオプスに近付き「じゃ、後は頼むわね」と言って目を閉じた。 |
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ふらりと倒れそうになった体をオプスが受け止める 隣ではファングが慌てて顔をのぞき込んでいた 「何だ? どうした?」 「落ち着け 「はふぅ」と疲れを嘆息とともに体外へ逃がすように吐き出す。 |
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背を伸ばして柔軟をする時に、体内からコキコキ音が鳴るのでケーナは運動不足かなあと思った 自動機械によるヤルイン襲撃事件より5日程経っており、街中だけは落ち着きを取り戻していた。 |
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ただし、総勢1万機にも及んだ自動機械の残骸は膨大で、外壁の周囲に蟻塚のような山が幾つも出来ている砂漠に散らばった残骸を集め終わるにはまだしばらく掛かる見通しで、そこから中枢部品を抜き取る作業も進行中だ。 |
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こちらも街中のエンジニアを見習いまでかき集めて対応しているが、終わりは見えないらしい 無双を行った姫様ことケーナを含む3名は、功労賞ということで他のハンターより倍の報酬を貰うことになった。 |
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それに比例して胡乱な噂も浸透し、すっかり街の皆さんから恐れられる始末である ハンターたちも普通に接してくれるのは年配寄りの者か、青猫団のメンバーくらいだ。 |
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大多数の若い連中はケーナの顔を見るなり、表情を青ざめさせて逃げ出したり、視線を合わせようともしない者が殆どである中には以前の青猫団とのVS騎兵バトルの話を持ち出す者もいて、ケーナだけでなくオプスも化け物認定をされていた。 |
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「分かってはいたけど、それはそれで傷付く反応よね……」 言ってて凹むが恐れられるのは慣れている 姫様の経験を受け継いだ今となっては大して気にも留めることではない。 |
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それより今までは感情の高まりによって放出するだけでしかなかった力の使い方を学べたことが重要だった姫様と入れ替わっていた時には、自分の後方からぼんやりと光景を眺めていることしか出来ず歯痒い思いをしていた分は取り返せたようだ。 |
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そんな置き土産があっただけでも、今更ながらに感謝である 「熟練度アップは叶ったようで何よりじゃな」 同じ部屋の中でケーナの呟きを聞いていたオプスが肩を落として安堵していた。 |
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この従者は、自分がまだ創られたばかりの烏カラスだった頃の記憶まで継承してないか、気が気でなかったらしい 目の前にはジト目のケーナが「へ~。 |
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ほ~ふ~ん」と恨みがましい様子でオプスを睨んでいた 「ハッハッハッハッ、いや、何のことだかのう製造物責任者というのならば姉も込みでのことだろう。 |
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「がふっっっ!?」 盛大に血を吐いてオプスが崩れ落ちる ケーナの勝訴が確定した瞬間であった 「そういえばT・Sテッサって姉様の劣化コピーだっけ……。 |
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性格はずいぶん機械的というか合理的というか」 これでも思い出したのは前世というよりは始まりの記憶ばかりであるそれもかなり断片的で、この辺の原因は姫様からして欠片のようなものだったからだろか。 |
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「思い出の父親が2人いるってのは変な感じ」 クスリと笑ったケーナは、先ほどから空中で頭を下げたまま微動だにしないもう1人へ視線を向けた なんでもあの時はハイテンションに昇り過ぎて、敬意などをすっ飛ばしてしまったらしい。 |
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姫様もそれを無礼とは感じていなかったので、ケーナがそこに突っ込むのも筋違いだろう 半泣きになっているリュノフを胸元に引き寄せ、頭や背中を撫でたりしていると安心したのか眠ってしまう。 |
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「そうしていると母親みたいじゃな」とからかうオプスの向こうずねを蹴っ飛ばしておいた ファングもケーナたちのチームとみなされ、充分な報酬が渡された筈である。 |
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本人は「俺なんにもしてねーんだけど」と愚痴っていた 最もその額が他のハンターの倍どころではなかったのは、ケーナの破壊力をヤルインに向けられないようにと願う、賄賂なども含まれていたようだが。 |
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その頃ファングはというと、朝から騎兵に乗り込んで残骸集めにせいを出していた 姫様の残した戦闘の爪痕は、ファングと同じように残骸拾いで砂漠に散らばる騎兵乗りたちに衝撃を与えているらしい。 |
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V字型に抉られた地面や、強い力で引き裂かれた自動機械の姿が人外魔境っぷりを表している緊急時のためにオープン回線となった無線からも息を呑む声や、『人間の仕業じゃねえよ……』などの呟きがちらほらと聞こえている。 |
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「そろそろ俺も、道を決めなきゃならねえよなあ……」 ボソッと呟いたファングは慌てて口を塞ぐ その声は幸か不幸か他の騎兵乗りには聞こえなかったようだ。 |
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(マジでなんとかするようだぜ、ホント……) 苦虫を噛み潰した顔で騎兵を操作する 今回もケーナチームで一括りにされてしまったが、ファングのやったことなんて微々たるものだ。 |
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ヒュドラのコインをカ○セル○獣よろしく自動機械に向けてブン投げただけである 最近では白い牙ホワイトファングなんてあだ名は何処かに消えて、怪獣使いモンスターマスターなどと呼ばれる始末だ。 |
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怪獣を普通に受け入れるこの世界の住人に呆れを通り越して笑うしかない (先ず騎兵を修理したらケーナたちと別れることにしよう!) 今現在ファングの懐はだいぶ暖かい。 |
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それこそ半年くらいなら遊んで暮らせる程にこれもケーナが報酬をなんでもかんでも3等分にするせいであるそれにオプスは文句を言わないので、異を唱えているのはファングだけとなる。 |
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第3者から見れば贅沢な悩みに聞こえるかもしれないが、ファングからしてみればまるっきり寄生でしかないのだ 出来れば全額をインベントリの中の自機の修理に回す予定だ。 |
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叶うならば砂上戦艦も返却してもらいたいところではあるが、あそこまで改造されてしまっては望みは薄そうだ 色々とこだわりを込めて作ったAIが、ケーナに従順な犬になってるのを見るのは思いっきり辛い。 |
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実のところターフはT・Sテッサが造り上げた物で、元々のAIとは別物なのをファングは知るよしもなかった この後、色々と考え過ぎていたせいで、残骸を引きずりながら壁にぶつかってしまい、他の騎兵乗りに爆笑されてしまうことになる。 |
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「そろそろこの街を発つべきじゃろう」 料理スキルでの夕食が終わったあとオプスが切り出した ヤルインには食堂がないわけでもないただ、今の彼らにとっては非常に居心地の悪い空間となっている。 |
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店に入るなり周囲の客が一斉に目を伏せ、こちらの様子をうかがいつつヒソヒソ話をするからだ そんな状況で食事をする気にはならないので、この状態となった訳だ。 |
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「ああ、例の鉱山だか騎兵だかの街……エレファントとかいう」 「エディスフなエディスフ」 見当違いな名前をのたまうケーナに突っ込みを入れるファング。 |
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「移動する前に新たな車両を購入したんじゃが、先ずは明日にそれのお披露目といこう」 なにやらふんぞり返って妙なことを言い出したオプスに、ファングは嫌な予感をひしひしと感じた。 |
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「やったー!」と喜ぶケーナがいるので、その辺りはファングの知らないところで行われていたようだ出発当日が明日の新車両お披露目になりそうだが、常に荷物の類いをインベントリなどに入れている彼らに旅の用意など不要である。 |
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翌朝、宿屋兼喫茶マルマールを引き払い、新車両は壁の外に停めてあると聞いただけでファングは逃げ出したくなった 外壁沿いの隊商ごとのコンテナが停められている場所で、その車両は異彩を放っていた。 |
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一見するとキャンピングカー要素も含まれたトレーラーヘッド問題はそれに繋がれたコンテナの方だった そこには四角い金属の箱ではなく、家屋が建っている。 |
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見た目は海の家と言われるような小屋だ内部は前方4分の1が囲ってある店舗部分そこから真ん中にカウンターが伸びていて、左右から6人ずつ、12人が座れるようになっている。 |
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あとは家屋の周囲に吊り下げられた派手なノボリとかだろう 『水補給承ります』だの、『キンキンに冷えた生ビール』だの、『ウイスキー水割り』だの、青と赤で目立つ『かき氷』だのである。 |
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はっきり言って周囲の注目の的だ 「わー! なにこれー?」 その物体に唖然とするケーナとファング興味津々なのはリュノフくらいだ 「おいケーナは知ってたんじゃねえのかよ……?」 「や、私は水売りやるとしか聞いてなかったんだけど。 |
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これはこれでもいいかなぁ」 「マジかい……」 あっさり受け入れるケーナに、味方はいないのかと嘆くファングである 水と氷はスキルと魔法で作れる上に、ビールくらいならストックもある。 |
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ウイスキーに関しても材料さえあればケーナたちにとっては簡単だうやむやにお祭り好きな人間だと誤解されるのは、我慢ならない 「ちゃんと夜には赤提灯を掲げて飲み屋をやるから心配するな。 |
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日本酒らしきものも作れるからの」 「こいつ俺の話を聞いてないっ!?」 ギャーギャーとファングが一方的に不満を並び立てる中、飄々とそれを煽るオプス。 |
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「2人とも楽しそうね?」 「俺が疲れていくだけのような気がするのは気のせいか……?」 ニコニコ顔のケーナに突っ込む気も起きず、がっくりと項垂れるファング。 |
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精神衛生上、やっぱりこの3人から離れようとも誓った瞬間である 「単刀直入に本題といきましょう」 ヤルイン行政府の職員たちはゴクリと唾を飲み込んだ。 |
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突然やって来た人類の命綱ともいえる存在を前にして緊張しない者はいないだろう 普段であれば行政府長と1対1で対談をするべき者が、重要な話があるからと各部署の部長クラスを集めるよう指示したのだから。 |
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見た目が少女でも、その身から発するプレッシャーに職員たちは萎縮していた T・Sテッサは先ず先頭にいた行政府長へ1枚のメモリーカードを投げ渡す。 |
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かなり危なっかしく受け止めた行政府長に、はらはらしながら見ていた他の職員は一斉に安堵した そりゃいきなり設計図など渡されて意図を掴めという方が無理な話だろう。 |
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それも折り込み済みなのか、淡々とした表情でT・Sテッサは話を続ける 「こちらは今後段階的に都市機能の維持を手放しますあとはあなた方がそれらを管理しなさい」 「なんですとっっ!?!?」 府長と職員たちが驚愕で凍り付く。 |
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今まで人類の生活圏に欠かせない施設を一括で管理していた存在が、その役目を放棄すると宣言したのだ目の前が真っ暗になるほどの衝撃が彼らに襲い掛かった。 |
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実際に何人かが崩れ落ち、座り込んでしまう 「り、理由をっ! 理由をお聞かせ願えませんかっ! もしや、私共に何か落ち度がっ!?」 気丈にも府長が職員たちを睥睨する冷たい瞳の圧力に耐えて、疑問を投げ掛ける。 |
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チラリと府長を一瞥したT・Sテッサは面倒臭いとばかりに眉をひそめて話を続けた 率直に毒を吐くという普段の彼女しか知らない府長たちにとっては、初めて見る表情であった。 |
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「任期が終わったからですよ」 「……は?」 淡々と簡素な返答に職員たちが目を点にする それで話は終わりだとばかりにT・Sテッサが身を翻した。 |
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「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ‼」 だがそれでは納得いかないと、何人かの職員が彼女を呼び止めようと追い縋る 追い縋ろうとしたのだが、途中で何か壁のような物に阻まれる。 |
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驚愕もつかの間、振り向き様にT・Sテッサが手を振る動作に合わせて、追い縋ろうとした職員たちが吹き飛ばされる壁に叩き付けられ気を失った職員に他の者が駆け寄った瞬間、その場から動けなくなるような威圧感が室内を満たした。 |
| 4872 |
誰もが凍り付いたように顔を青ざめさせて動きを止める中、怒気を纏ったT・Sテッサが口を開いた 「いい加減に私の手を煩わせるなこの糞餓鬼共が! 数百年も面倒を見てやったこちらの決定に異を唱えるならば仕方がない。 |
| 4873 |
今すぐ全ての施設を停止させてやってもよいのだぞ」 風もない室内だというのにふわりと髪が浮き上がり、燐光のような光を纏うT・Sテッサに誰もが言葉を無くす。 |
| 4874 |
幻想的な雰囲気と苛烈な怒気が混ざりあうその光景に、誰もが恐怖の他に儚げな美しさを感じた T・Sテッサは恐れおののいている幹部職員一同を見渡した後、1人の男性にツカツカと近付いていった。 |
| 4875 |
T・Sテッサの視線を受けて後退りする40代くらいの男は、ハンター組合の実質的なトップである 「先日の襲撃の際に獅子奮迅の活躍を見せた方がいたそうですね充分な報酬を支払いましたか?」 「え、ええ。 |
| 4876 |
他のハンターたちの3倍は渡しましたが……」 彼を見上げるT・Sテッサの視線に圧力が増し、額に脂汗をにじませた男が一歩下がる 蛇に睨まれた蛙のような状況に彼だけが残される。 |
| 4877 |
T・Sテッサはカタカタ震える彼をねっとりとした視線で睨み付けると、府長らの方へ振り返るたちまち萎縮して固まる職員たち 人類のためで無く、たった1個人のためであったことに皆は驚くばかりだ。 |
| 4878 |
だが人々がどこか他人事のように聞いていられたのはそこまでだった 「悪評を立ててまで邪魔者のように主を追い出すとはこの都市の存在意義は失われたも同然ですね」 「「「なァッッ!?!?」」」 寝耳に水どころか驚愕の一言であった。 |
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それがどれだけヤルインという都市にとって不利益をもたらしたのか 実際には家系が存続しているのではなく転生と転移な訳だが、T・Sテッサはここの人間たちにそれを教えるつもりはなかった。 |
| 4880 |
「それはもう関係の無いことですがねヤルインに対するケアなど此方には含まれていない仕事ですよ」 その場にいた人々の表情から一斉に血の気が引いた瞬間だった。 |
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府長が先陣きったのを始めとして、全員が土下座を敢行して許しを乞う何かを崇めるような光景にも見えるが、人々は見捨てられぬよう必死であった ヤルインにはケーナが友達と認める者や、お気に入りの場所があるからだ。 |
| 4882 |
今回、脅しまで用いて行政府の尻を蹴っ飛ばしたのは、ただの意趣返しである 自分の主が悪評によって都市を追い出されたような形になったことが我慢ならなかったからだ。 |
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だがこの手のネタで脅迫していけば、ヤルインでの人間による設備設置はサクサク進むだろう思いがけないところで最良のネタを手に入れたT・Sテッサは、次は何を無茶振りしようかと企みながらヤルインを後にしたのであった。 |
| 4884 |
出発する直前に商人たちに囲まれるというアクシデントはあったが、ケーナたちはエディスフへ向けて旅立ったそれでも作れるものは各種1種類だけだ。 |
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狙って○○という銘柄を造ることはできない 修めているのはケーナだけなので、オプスのスキルは当てになら無い食料関係のスキル派生に関してはケーナの方が優れているため、屋台は必然的に彼女の独壇場となる。 |
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こちらの世界にある酒類は水っぽいビールのようなものと、果実酒(果実が高価なため高級品)あとはラム酒に似た度数の高いものばかりだ極端に度数が高い物か低い物しかないのが困りモノである。 |
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過去の自動機械の反乱で、その辺りの文化が途絶えかけた経緯もあり、酒名に興味深そうな商人が寄って来るのも仕方がないことだろう 「私は進んで酒を飲みたいと思わないしねー」 「かーっ! 酒飲みに厳しい環境だよなあ。 |
| 4888 |
オプスはうわばみみたいな奴だし」 嫌だ嫌だと首を振って愚痴るファングを、ケーナは更に真実で追い込む 「そりゃそーでしょーよ私らは毒耐性をひと通り持ってるもの。 |
| 4889 |
ほろ酔い程度にはなったとしても、酔っぱらうだなんてありはしないわ」 「なにぃぃぃっ!?」 自分から耐性外して酔っ払おうと思わない限り、飲み比べでファングがオプスに勝つことなどないだろう。 |
| 4890 |
「ぐあああっ! あの野郎! それ黙って俺に飲み勝負持ち掛けやがったんか許せねえっ!」 なにやら既に負けまくっているようだ 現在、戦艦ターフはケーナたちの車輌より距離をとって、目立たないように移動中だ。 |
| 4891 |
全周囲警戒はターフが受け持ち、何か異常が有り次第、連絡を入れて来ることになっている 『西南西3Km、戦闘中、車輌8、騎兵2、自動機械10、だわん!』 西南西は進行方向である。 |
| 4892 |
俯瞰視覚を使っていなかったケーナには詳しい状況は分からない騎兵が混じっているということは人が襲撃されている筈だそれが砂賊なのか商隊なのかは不明だが。 |
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「分かったわターフは砲撃準備のみ、まだ手は出さないで!」 『了解、だわん!』 ケーナの脳裏には、お座りをして尻尾を振りまくる子犬が浮かぶ。 |
| 4894 |
クスリと微笑んで、運転席側で口論が続いているのに呆れつつ声を掛けた ちなみにリュノフは室内にいるが、朝から天井付近を漂っている精神体を飛ばして報告に行ってくるらしい。 |
| 4895 |
何処まで行って何日掛かるかは全くの不明なので、とりあえずは放置の方向である彼ら以外にリュノフは視認出来ないので、もし第3者が踏み込んできても見つかることはない。 |
| 4896 |
「オプス! 前方で自動機械が何かを襲撃してるって!」 「なんじゃと!?」 口論が途絶えたと同時にファングが駆け戻って来た 「おおっとぉ、出るんならいい加減俺にやらせろ!」 「え? ヒュドラ使うってこと?」 「ちげえよ。 |
| 4897 |
騎兵使うってことだよ俺に経験値をよこせ! ギブミーEXPけいけんち!」 ファングは両手を振って身体中でアピールする口に出しては言わないけれど。 |
| 4898 |
「はい、じゃあ行ってらっしゃい」 ゆっくりと停止した車輌よりケーナは扉を開け、どうぞどうぞとファングを促す 放逐されそうな言い方に、出番を喜んでいたファングの表情が曇る。 |
| 4899 |
「げ……俺だけ行ってこいってことか?」 「一応私も行くわオプスはリュノフとこっちよろしく」 「好きにせい 彼の騎兵が携行している銃が1丁だけだったからだ。 |
| 4900 |
今まで彼女が見てきた騎兵は、腰や背中のラックに何かしらの副武装を備え付けているのが一般的である 「大丈夫かなあ、あれで……」 「そう思うのじゃったらとっとと追い付いて補助魔法バフでも掛けたらよかろう?」 「うん。 |
| 4901 |
じゃあ行ってくる」 これまた砂上を滑るように移動するケーナを見送り、欠伸を噛み殺すオプスだった 「ひと眠りは出来そうにはないのう」 オプスは砂煙が立ち昇る遠方を眺めながら欠伸をもう1つし、車輌を発進させた。 |
| 4902 |
オプスの予想通り、戦闘自体は20分と経たずに終了した 撃墜の内訳は助けられた側が1機ケーナが3機にファングが6機である ケーナの心配は杞憂に終わり、ファングはスキルを使用した射撃のみで敵を圧倒していた。 |
| 4903 |
「おっしゃああっ! 射撃〔騎兵〕スキルが1アップしたぜ!」 「あー、良かったねー」 小躍りするように跳ねるという器用な喜び方をするファング。 |
| 4904 |
棒読みの祝福を投げるケーナは、頭の痛くなる状況にふかーいため息を吐いた 「よう、嬢ちゃん仲間が増えたみたいで何よりだが、そいつは白い牙ホワイトファングじゃねえのか?」 「救援感謝しますケーナさん。 |
| 4905 |
早速ですが、そこの後ろの車輌について説明して貰っても宜しいですか?」 助けたのは馴染み深い商隊であった ベルナー・ロシード率いるロシードキャラバンと、専属護衛を勤めているダンの傭兵隊である。 |
| 4906 |
「ご無沙汰していますベルナーさん、ダンさんファングに関しては数奇で奇妙な縁だとしか言えませんね……」 ダンは「そうなのか?」ぐらいで引き下がってくれたが、完全に納得には至っていない顔だ。 |
| 4907 |
ファングがそっぽを向いて視線を合わせないところをみるに『しつこく勧誘したが断った』ような関係だろう オプスは背中に隠れるケーナに深いため息をこぼし、ベルナーへ「ならこれから実地で試してはどうじゃ?」と提案する。 |
| 4908 |
「なるほどそれでしたらぜひ」 ポンと手を叩きにっこりとした笑顔のベルナーが頷いた ━━1時間後、呑み屋台は酔っぱらいの巣窟と化した 「よー、嬢ちゃん。 |
| 4909 |
白いのと穴の開いたやつー」 「酒の追加たのまぁ~」 「次はさっきのあ、あつかん? ってやつくれ~」 「みずわりぃー、もひとつー」 「まるいのおくれー。 |
| 4910 |
ひゃっひゃっひゃっひゃっ」 「うわあ……」 調理を1人で切り盛りしていたケーナも引くくらいに、でれんでれんとなった酔っぱらいがカウンターにあごを並べている。 |
| 4911 |
客の内訳はベルナーの弟トカレと、ダンを筆頭にした傭兵たちだ こんな所で野営となった訳だが、酒飲みを始めてしまった一同に配慮して、夜の見張りはケーナたちで請け負うと話は済んでいる。 |
| 4912 |
戦艦ターフの広域探査に任せっきりとなるが、一応それらしくファングが立つ予定だあたりまえだがターフの存在は明らかにしていない 屋台の方はやかましく騒がしい。 |
| 4913 |
酒のツマミはおでん一択でだ リアデイルの料理スキルには、ファンタジーMMOの物とは思えないメニューが幾つか登録されているその1つがこのおでんだ。 |
| 4914 |
材料を揃えてスキルを行使すれば、ちくわ・はんぺん・大根などの品目が数種類と汁がセットで完成するのである今回は原材料の関係上、昆布だけが含まれていない。 |
| 4915 |
海産物をこの世界で手に入れるのは至難の業である昆布以外の材料に関してはリアデイルからの持ち込みとT・Sテッサからの供給によるところが大きい。 |
| 4916 |
それを何セットか作り、屋台にぶち込めば準備完了である念のため品目ごとに札を作ったのだが、見たこともない珍しい料理に目を輝かせた欠食児童飢えた現地人には無用であった。 |
| 4917 |
ガツガツと食い荒らし、ビールや熱燗をがばがばと飲めば、酔っぱらいズの完成である ぎゃあぎゃあと騒がしい屋台とは裏腹に、キャラバン側の車輌は穏やかな空気に包まれていた。 |
| 4918 |
トカレの妻子やベルナーはこちらへテーブルを設置し、ケーナが酔っぱらいたちとは別に取り分けたおでんをつついていた オプスはこちらでベルナーと酒を汲み交わしながら、情報交換をしている。 |
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ファングは夜番を勤めるために仮眠中だ 「襲撃については分かりましたエディスフにはその、しーるどましん? とやらが現れたというのは聞いていませんけれども」 「大規模襲撃自体はあったという訳じゃな。 |
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しかしあそこは鉄壁の防御力を誇ろう事前察知さえ出来ておれば苦労はない筈じゃ」 「そちらはつつがなくしかし今は街中お祭り騒ぎ状態ですね騒乱ではなく混乱といった状態でしたが」 熱燗をちびちびやる2人。 |
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オプスはひょうひょうとした感じだが、ベルナーの眉間にはシワが寄っている 「お陰でこちらの取り引きも満足に行えない有り様でして最低限だけ終えて、早々に引き返して来たといったところですよ」 苦笑混じりの愚痴であった。 |
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後々まで続かないのは商売人の矜持なのか 「部品という意味では先程の戦利品を譲って頂いたのは幸いですしかしヤルインも飽和状態という話を聞いてしまうと頭の痛いところですね……」 思案ぎみになりながらお猪口をぐいとあおる。 |
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半分自棄酒じみているあたり、これも愚痴に聞こえるのは気のせいか 邂逅時の戦闘で得た自動機械の残骸は、ほぼ全てをロシードキャラバンへ売却してある。 |
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バナハースやヤルインと同じく、エディスフにも自動機械のパーツは有り余っているそうだ得た代金は以前の半分以下であったが、討伐数の多いファングへ代金を丸渡ししてある。 |
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オプスは生活に必要な金額は充分にあり、ケーナは水売りだけで既に小金持ちとなっているからだ 「にしてもエディスフもお祭り騒ぎじゃと?」 「ご存知の通りあそこは工業都市ですからね。 |
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浄化水槽を作るとなれば、飲料水や生活廃水以外に必要な水量は膨大になりますよ今現在は工業施設のほとんどがストップし、修理工場からも人員総出でそちらの製作に掛かりきりとなっています。 |
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作り終えるのは何時になることやら……」 疲れ果てたため息とともに重ねられる盃 商人の苦労が分かるとは思わないが、こんな時くらいしか愚痴の吐き所はないであろう。 |
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時々相づちを返しながらベルナーの話に付き合うオプス どうやらエディスフも、ヤルインやバナハースと同時期にテスタメント機関より技術提供がなされているようだ。 |
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街が一丸となって浄化水槽の開発に力を入れるのは構わないが、そのしわ寄せは流通の方にも多大な影響を与えているらしい その根本的な原因がまさか『姫様と一緒に旅をするため、機関の縮小化を図っている』とは思うまい。 |
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先方の都合を考えないT・Sテッサの態度をケーナに報告するかどうかオプスは迷った だが、今さら走り出してしまった都市プロジェクトに横槍を入れる訳にもいかないので、オプスはこの事案を綺麗さっぱり忘れることにした。 |
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(しかしT・Sテッサも技術伝授を一緒くたにしすぎじゃろうこれではファングの部品発注もままならぬようじゃしの 「お爺様が、ですか?」 びっくりした顔でオプスを窺うベルナーの表情は意外といった感じである。 |
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「なんじゃあ奴め、孫の前では猫を被っておったのじゃなおーい、酒の追加を……」 やれやれと呆れた顔のオプスは熱燗の追加をケーナに頼もうと声を上げる。 |
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間髪入れずに徳利が空中を滑るように移動してきたリュノフの仕業なので、ベルナーには視認出来なかったようだ酒は酔っぱらい共とは別に確保しておいた分である。 |
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(ひめさまがほどほどにしとけーって) (う、うむ……) 逆らえない相手筆頭からの伝言に、オプスは冷や汗を浮かべながら頷く 興が乗れば飲み潰しても問題ないだろうと考えていただけに、気まずいものがあった。 |
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ベルナーはそんなオプスの様子には気付かず、ぽつぽつと祖父との思い出を語っている 「お爺様は1人で飲むのが好きなようで、出掛けては酔って帰って来ましたね」 「寂しがり屋だったからのう。 |
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よく酒の席に引っ張り込まれたもんじゃ『絡む相手になれー!』と言っておってなあ打たれ弱くて口論に負けると泣きながら席を飛び出して行き、翌日になってからそうっと帰ってきたもんじゃ」 「……は、はあ。 |
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そんなことが……」 昔を懐かしみ饒舌に語るオプスとは対照的に、祖父の知りたくもない生態を知ってしまったベルナーの顔色は悪い 「なんというか物事を頼まれ易い奴でのう。 |
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本人もそれを安請け合いするものだから、無理難題を結構抱えておったな ベルナーが意気消沈する前に、空気を読んだリュノフが容赦なくオプスを強制的に黙らせた。 |
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(なんかスゴい音がしたような?) (あてみー) 首が90度くらいに曲がったオプスはぐったりと机につっぷしている 「ズコォ!」とか「メギィッ!」とかいう音が野営地に響き渡った。 |
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その場の人々が首を傾げたが、酔い潰れただけだろうと判断されたようだ リュノフが認識されないだけで出来事が適当に処理されていくのは仕様らしい。 |
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「おい! 誰か俺の分食ったろう!」 「なにをいう! お前が食ったんだろっ!」 「おいおい正直に言えば許してやるぞ白状しろって」 頼んだおでんが一品消えたのなんだのと酔っぱらいたちがケンカを始める。 |
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「むぐむぐ、うまうま」 「人のとこから取らない!」 「みう~~!?」 人知れず皿からおでんを盗み食いしていたリュノフは、ケーナに頬をつねられて悲鳴を上げていた。 |
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翌日はヤルインへ向かうロシードキャラバンと別れ、ケーナたちはエディスフへオプスは運転手なのでここにはいない 話の分かるオプスは運転中だし。 |
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居住性を優先したキャリアカーの運転席部分はかなり手狭で、話をするために割り込むのは無理だこの距離でメールを飛ばすのもアレなので、後回しにしようと決めた。 |
| 4945 |
「デカイ車輌は運転席と離れているのがめんどくさいなあ」 昨晩にまとめて話しておけば良かったと嘆息する スクロールでとは言え、召喚したものと術者はリンクが繋がっているものの、せいぜい存在の有無程度がわかるくらいである。 |
| 4946 |
鉄塊傭兵団ゴーレムの存在が感じられなくなったのは、姫様が顕現した直後であった 自動機械の勢力の全貌が判明している訳ではないので、あちらがどれだけの戦力を有しているのかは不明だ。 |
| 4947 |
リアデイルでいうところの300LVを倒すのに、どれくらいの重火器が揃うのだろうかと思い悩む 「ねえファング」 「あぁン?」 「ゴーレム倒すのにガーランドだとどれくらいの戦力が必要かな?」 「あー? ゴーレムってえとアレか。 |
| 4948 |
岩だか石だかで出来てて、Eの文字を削れば動きが止まるという?」 「認識でいうならばそんなもんかな 「じゃあ実際にやってみるしかないんじゃね?」 「ここでっ!?」 「おう!」 ファングからの提案でそういうことになった。 |
| 4949 |
いきなりPVPじみたことを了承してくれるファングに、せめて騎兵は壊さないようにしようとケーナは誓うのだった 車輌を砂漠の真っ只中で停止させる。 |
| 4950 |
インベントリからファングが騎兵を出して準備する中、オプスだけは顔に困惑を張り付けた状態で呆れていた 「ふむ分かっているのは?」 「方角だけかな。 |
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エディスフの西北西」 「ぬ……」 何か心当たりがあったようで難しい表情のオプスが押し黙ってしまう 「まあ、あとで聞かせてよ」 オプスに手をひらひらと降って、準備完了したファングと相対する。 |
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まだ騎兵には乗っておらず、ファングはバズーカと手榴弾を構えていた 背丈は3メートルもあり、ほっそりした痩せ型で表皮は砂が常に流動している。 |
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頭は首が無く瘤のような出っ張りがある程度で、目となるものはないかろうじて半円状の口らしきものがあるだけだ 310レベルに相当する強さを持つサンドゴーレムの出来上がりである。 |
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「ファングを博愛固めするのよ砂ゴレちゃん!」 「指示が酷すぎるっ!?」 呼称も酷いが誰も突っ込まない 「Za!」とか声をあげたサンドゴーレムが、両手を前に出してファングへと迫る。 |
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跳び跳ねてないだけで、滑るように移動するキョンシーのように ファングはそれの挙動に顔をしかめたくらいで、慌てず騒がず冷静に手榴弾の安全ピンを口で引き抜き投擲した。 |
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放物線を描いて飛んでった手榴弾はサンドゴーレムが胸部まで広げた口にあっさり飲み込まれた直後、胸部が内部から爆破されるが、足元から上がってきた砂に覆われて穴の開いた胸は即座に復元する。 |
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「1割も減らないなあ」 今のでケーナの視界の端に表示されているサンドゴーレムのHPヒットポイントバーは1ドット削れたくらいだ 「にゃろう!」 片膝立ちになったファングがバズーカを撃つ。 |
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サンドゴーレムの頭と胸部の上側を丸く吹き飛ばすが、これも足元からの砂が供給されて即復元された 肩をすくめて首を振るケーナの様子が効果の程を物語っている。 |
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ならばとファングは騎兵に飛び乗り、「これならどうだ!」と腰の後ろから騎兵用の短刀を引き抜いた 長さ1メートル程の多少なりとも錆の浮いた刃のひと振りは、サンドゴーレムの上半身を消し飛ばした。 |
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残っていた下半身は崩れるように形を失い、砂地に同化する 「よっしゃやったー‼」 操縦席で歓声を上げたファングだったが、召喚者のケーナが残念がる様子も見せずにニヤニヤと笑みを浮かべているのに気付く。 |
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嫌な予感を感じてその場から動こうとした時、足元からの衝撃とともにガクンと騎兵が傾いたのが分かった 「なっ……あアッ!?」 砂だ足元から昇って来た砂が、大蛇の形状をとって右足から胴体に絡み付いている。 |
| 4962 |
しかも真下にはすり鉢状のアリジゴクの巣が機体を呑み込み始めていた腰まで沈み込み身動きが取れなくなり、最後に前方から盛り上がった砂が人型をとって機体に抱きつきファングのターンは終了である。 |
| 4963 |
「負けたっ……!?」 両手と膝を付いて項垂れるファングに可哀想な目を向けるオプス 「砂漠でサンドゴーレムと戦うとか、自業自得を通り越して馬鹿じゃろ。 |
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馬鹿うましか2頭分じゃな」 「ぐふっ……」 ダメ出しを告げてやるとべちゃりと砂地に突っ伏した ケーナはサンドゴーレムのHPヒットポイントをチェックしながらブツブツと呟いている。 |
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「ここはまだ砂の供給があるからダメージはこんなもんで済んでるけど、周りがコンクリートだったりアスファルトだったりすると手榴弾200個も使われたらもうアウトかな。 |
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ミサイルなんかってレギアランスと威力の差はあるのかな? 1回どっかで直にぶつけてみるしか……」 陰のある表情で虚空を見詰めて考え込むケーナに男2人は背中にうすら寒いものを感じた。 |
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1発で燃焼→溶解→貫通のコンボを繋ぎ、城門やアイアンゴーレム等の胸板をブチ抜くのに重宝された 雪玉に石を詰め込む発想で作製されたが、手掛けたのがオプスだというところが納得の一品である。 |
| 4968 |
実験がどーのこーのと呟くケーナと、リュノフが楽しそうな笑顔で周囲を踊り回っている異様な空間はさて置いて、オプスは言いにくいことを今のうちに伝えておくことにした。 |
| 4969 |
街で使用する大量の水を確保するために、技術者総出で浄水施設の製作に関わっている事そんな状況のため街の機能がほぼ止まっていて、オーダーメイド部品を発注しても受けて貰えるか怪しい事である。 |
| 4970 |
「ぐふうっ……」 ファングはいっそ殺せと訴えるように脱力する 今まさに命を失った死体の如くパッタリと倒れた淡い希望すらもここでは打ち砕かれる仕様なの、なんなの? と滂沱の涙を流しながら撃沈した。 |
| 4971 |
話しておいて「やりすぎたっ!?」とオプスが後悔するくらいには燃え尽きた死体となっている 「まっしろになってる」 リュノフが唖然と呟くことすら稀だというのに、ファングから漂う悲壮感が半端ない。 |
| 4972 |
危険な考え事をしていたケーナも口をつぐんでしまうレベルである 「ううっ……こ、ここまで、コツコツと、……金貯めて、来たのにぃ……ぐすっ」 突っ伏したままプルプル震えているファング。 |
| 4973 |
さすがに不運まみれ過ぎるんじゃないだろうかと、お節介に終わるかもしれないがケーナは助け船を出すことにした 「やれやれ…… 淡い金の光を放つ法陣の真ん中に手を突っ込んだ。 |
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そこから引き抜かれたのは猫のように襟首掴まれて、四肢をぶらんと垂れ下げたT・Sテッサであった普段は無表情か取って付けたような笑顔なのに、珍しく唖然としているように見える。 |
| 4975 |
キョロキョロと辺りを見回し、自分を掴んでいるのがケーナと知って目を丸くした 「姫、さま……? 一体何時からこのような高等空間術をお使いに?」 「この前過去の残滓ざんしが表に出た時かな。 |
| 4976 |
幾つかはまだ手探り中だけど、このくらいはなんとかね」 借りてきた猫みたいな体勢から砂地に降ろされ、T・Sテッサは改めてケーナに向かって頭こうべを垂れた。 |
| 4977 |
「ひと言言って下されば御前に馳せ参じましたのにこのような手段で呼び出したのは緊急の要件でしょうか姫様の望むものかあればご用意致します何なりとお申し付け下さい」 「うん。 |
| 4978 |
じゃあね、ファングの騎兵の修理を頼めるかなあと戦艦ターフにそれ専用のメンテナンスベッドを備え付けてくれるかな 揃ってポカーンと口を開けて固まるファングとT・Sテッサに、餌を待つヒナのようだなとケーナは思った。 |
| 4979 |
「……う、うぞーむぞー扱いかあ……」 「あー、まあ気にせん方が得策じゃぞアレじゃしの」 「……やっばい」 面と向かって雑魚扱いされて凹むファングをオプスが慰める。 |
| 4980 |
その横でリュノフが青い顔で及び腰になっていた 「そりゃあ私が原因で住民の皆さんにT・Sテッサが無茶振りしたんでしょーよ 目にも止まらぬ勢いで如意棒を振り抜いたケーナは、頭に怒りマークを表示させながら薄ら笑いを浮かべている。 |
| 4981 |
「……やっば~い」 その表情を見て畏れおののくリュノフ オプスはファングの腕を掴み、既に安全圏まで退避していたその辺りは慣れたもので、ケーナがイヤリング状態の如意棒に手を伸ばす直前のことである。 |
| 4982 |
「T・Sテッサ」 「ヒィッ!?」 ボソッとした名前呼びにケーナの目を直視したT・Sテッサが硬直し、短い悲鳴が漏れる 「ごめんなさいちょっと何を言ってるのか解らなかったんだけど。 |
| 4983 |
アナタは私の忠実な下僕しもべってことで良いのよね?」 「アッハイ」 ケーナはごくごく普通に人に挨拶するときの笑顔だが、目が笑ってないからこそ恐ろしさが増している。 |
| 4984 |
上司に睨まれた部下の如く、T・Sテッサの返事は機械的になっていく 今、ひとことでも横槍を入れたら「死ぬ」という認識である機器ギアで人格までは見抜けぬものじゃしな」 しみじみと頷き合う男2人。 |
| 4985 |
場所を弁わきまえろ というジト目がリュノフから飛んで、慌てて居住いを正す 胸に手を当てて深呼吸をし、気持ちを切り替えたケーナはファングを呼んだ。 |
| 4986 |
「ちょっとファング」 「え、あ、俺か?」 「貴方以外に何処に居るってのよ話聞いてたんでしょ騎兵出して騎兵、白い方よ白いの」 「あ、ああ……」 ファングはインベントリから慌てて白い牙ホワイトファングを引っ張り出す。 |
| 4987 |
白い貴婦人のようなドレス型装甲は黄土色に染まる世界の中で目に眩しいT・Sテッサは胡乱な眼で白い牙ホワイトファングをグルグルと回りながら見て「ふうん」と呟いた。 |
| 4988 |
「これまた随分と中古品ですね」 「中古品っ!?」 歯に衣着せぬ辛辣な評価に、ファングはショックを受けて崩れ落ちた滂沱再びなファングである。 |
| 4989 |
ちなみに中古品と判断されたのは、かつてこの世界で繁栄していた文明から見てのレベルだ どれだけの域に達しているかまではケーナも把握はしていないが、そっち方面から見ればファングの騎兵もその程度の評価なのも納得する。 |
| 4990 |
「……納得しないでくれ……」 「あ、ごめん」 しくしくと落ち込み泣く物体ファングに謝りながら、ケーナはT・Sテッサに続きを促したただでさえ彼の戦艦ものを奪っている状態なのだ。 |
| 4991 |
改めて思えば酷いことをしていると自覚したケーナは心苦しさに頭を下げた 「ごめんなさい」 「え……、い、いやっ、お前は前に謝ってくれたろう! 今はこいつに怒ってだなっ」 「でも部下のやらかしたことは上司である私の責任よ。 |
| 4992 |
いい機会だからターフも丸々返還しておくわ」 いつの間にか近くに来ていた戦艦からターフを呼び、T・Sテッサにマスターの登録変更の仕方を聞く そこを操作した後、何処からともなく取り出したガラス棒をファングの口内に突っ込んだ。 |
| 4993 |
「ごぼっ!?」 「DNAを頂きます」 それをターフにくわえさせ、再びタッチパネルを弄れば完了したようである 何時もならケーナに向いていた、ターフのキラキラした熱視線はファングに向くようになった。 |
| 4994 |
「お、おい、良いのか?」 「良いのよそのうちこの世界からは離れる身なんだものこんなデッカイ物連れては行けないわ」 あっけらかんと言い張るケーナは隣のオプスに視線を向けた。 |
| 4995 |
いまのところ世界間移動に関してはオプスの能力頼みなためだが、本人の反応は肩をすくめたくらいである 「そ、それって元居た地球に帰るとかか?」 「無理無理」 あわよくば便乗しようと考えたのだろう。 |
| 4996 |
ファングの期待を込めた問い掛けは苦笑したケーナに却下された 「地球の標しるべなんぞ残ってはおらんわぐっちゃんぐっちゃんのどろだんごになっちゃうよぅ~」 オプスとリュノフからダメ出しを貰い、ファングはガックリと肩を落とした。 |
| 4997 |
「喜怒哀楽で忙しそうね」 「誰のせいだと……だがすまねえ、ありがとうよ」 落ち着いたのか礼を言うファングにケーナは微笑んだ 「いっぱい迷惑掛けてるから、それと相殺ってことで。 |
| 4998 |
自らの秘密基地へ帰還したT・Sテッサは、真っ先に白い牙ホワイトファングをハンガーへ放り込んだ ケーナの所で受け取った時点で機体の構造は精査済みだ。 |
| 4999 |
周囲から30本にも及ぶ作業用アームが伸びて来て、白い牙ホワイトファングの装甲を剥がし、内部骨格の修理から取り掛かるそのあまりに質素な構造故に何か少しでも改造を加えるべきかとT・Sテッサは考えてしまう。 |
| 5000 |
「姫様はああ言われたがあのまま同行したとなるとマザーの本隊と一戦交えることに…… 彼女の前に新たな空間ディスプレイが開き、修理をしようとしていた作業用アームが動作を停止する。 |
| 5001 |
「骨格は複合素材から再構築一部有機物質も使用細胞エンジンも内包し出力を5倍に上昇」 骨格剥き出しとなった白い牙ホワイトファングの横へ、作業用アームが新たな機体を組み上げる。 |
| 5002 |
みるみるうちに構築されていく姿は旧機体となんら変わることはない 但し見た目とは裏腹に使われている科学力のレベルは段違いである 「コクピットはそのまま。 |
| 5003 |
二次装甲には再生機構を付加腰部に予備電源と加速器を」 早送りでプラモデルを組み上げる動画のようなスピードでもって、もう1体の白い牙ホワイトファングがそこに顕現した。 |
| 5004 |
旧品は一応ながらも消耗パーツを交換し、修理を完了させてある そちらの爪先にT・Sテッサはスティック状のUSBメモリみたいなものを差し込んだ。 |
| 5005 |
旧機体は青緑色の粒子と化してメモリの中に吸い込まれていく 「こちらはコクピットに刺しておきましょう戦闘経験もフィードバック済みですし」 作業用アームにメモリを託すと次に戦艦ターフの設計図を呼び出す。 |
| 5006 |
車輛のメンテナンスルームとなっている箇所は換装ユニットなので、事前に設計図を引いておいた騎兵用のメンテナンスベッドを作製するように工場へ指示を出しておく。 |
| 5007 |
「ああ事業縮小するならあちらも閉鎖しなくてはいけませんね」 自身の所有する施設をチェックしながら、未だに稼働中の場所を確認したT・Sテッサは「色々とめんどくさい」と呟きつつ転移した。 |
| 5008 |
「なっ!? 今度は何しに来やがったテメエッ‼」 「おやまだ居たのですかΘ12シータトゥエルブ?」 「ガーディだっつってんだろ!」 転移した先の施設で子供6人と輪になっていたガーディが怒鳴り返す。 |
| 5009 |
学校と呼称されるこの施設は、あちこちから引き取った孤児たちに生きていく上で支障のない教育を施す場所だ 以前ガリガリに痩せていた6人の孤児たちは、スラムの底辺を彷徨っていた様な薄汚れた姿の影はない。 |
| 5010 |
「報告は受けていますгガンマたちを上手く纏めていると」 「だから記号みたいに呼ぶんじゃねーよ!」 T・Sテッサの姿を見ただけで怯え震える子供たちを背に庇い、ガーディは無表情のそれを睨み付ける。 |
| 5011 |
彼とてT・Sテッサに対して感謝する気持ちは無い訳ではないのだ それを上回る無念とかやるせなさが彼から素直さを奪っている 今は青猫団と名乗っている彼等は元々孤児であった。 |
| 5012 |
当時3都市から20人弱の孤児がここに集められて集団生活がスタートしたのである 読み書き計算等の教育だけでなく、適正がある者は機械工学や経済学。 |
| 5013 |
無い者は機械の修理技術や騎兵の操縦などを教わった 母性愛のようなものはなかったが毎日3食の食事と柔らかいベッドでの睡眠は、それだけでも今の世の中破格の待遇だと分かる。 |
| 5014 |
意外に手厚く保護された安全な場所などないと、ここを出てから数え切れないほど実感したものだ そこまではガーディも感謝をしているだが納得できないこともある。 |
| 5015 |
確かにここに集められた孤児は当初20人居た しかし卒業した時は14人に減っていた 途中で病に倒れ、死別した訳ではないある日忽然と姿を消していたのだ。 |
| 5016 |
当然仲間たちは探そうとしたがT・Sテッサによって提案ごと却下された 曰く「あれらは脱落者となりここには不用となりました」と言われたのだ この競技場のような施設から出られない以上ガーディたちに選択肢はなかった。 |
| 5017 |
ここを出て、外の世界で青猫団を結成し、暮らし始めた彼等の心残りは消えた仲間たちであった もしかしたら着のみ着のまま外へ放り出された可能性も考えられ、あちこちを探しまわったこともある。 |
| 5018 |
結果は芳かんばしくなく、目撃情報すら手に入れられなかった 先日に食堂だと説明された扉だが、当時は何の説明もなかったと記憶している 扉だけはあったので、好奇心にかられて手をだした者からは「開かなかった」と聞いた記憶があった。 |
| 5019 |
そこが開放されていればいぶかしむのも当然だ この機会に問いただそうとしたガーディだったが、それより先にT・Sテッサから衝撃的なひと言を告げられた。 |
| 5020 |
「まあ丁度良いでしょう近々ここを閉鎖するのでΓガンマたちもΘ12アナタも身の振り方を決めておくように」 「……なに?」 「「「「「えっ!?」」」」」 鳩が豆鉄砲を食らったように目が点になるガーディと子供たち。 |
| 5021 |
それだけ伝えればあとは用はないとばかりに身をひるがえすT・Sテッサに、ガーディは慌てて声をかけた「いいでしょう」と呟いたT・Sテッサは足を止めてガーディへと向き直った。 |
| 5022 |
「ひとつだけ質問を受け付けましょうさっさと述べなさい」 「なっ! テ、テメェ!?」 どこまでも上から目線に反抗心たっぷりのガーディは激高しそうになる。 |
| 5023 |
しかし本来の目的のためにと心を押し止め、深呼吸をしてからT・Sテッサに問い掛けた 「何が不満だというのでしょうか農業エリアで人類の食生活を補填するという立派な肉体労働だというのに。 |
| 5024 |
ああ施設の閉鎖については通達しますので私物を纏めておくように」 言うだけ言って目的を達したT・Sテッサは白い光に包まれてその場から消え去った。 |
| 5025 |
後には鼻血を流しながら涙目のガーディと、顔を見合わせて困惑する子供たちが残されていた 都市エディスフはやや小高い丘のようになったカルデラの内側にあった。 |
| 5026 |
都市を境に東側は砂漠が広がり、西側からは黒々とした険しい山脈が遥か彼方まで続いていた都市の周囲は渓谷になっており、豊富な鉱物資源が採掘される。 |
| 5027 |
そこは天然の防御壁となって自動機械の進軍を阻む 都市部には幾つもの工場が建ち並び、戦力となる騎兵や戦車が次々と生産されている工業都市だ次が来る前にと住民総出で取り掛かっているらしい。 |
| 5028 |
「人通りが少ねえなあ」 3重になっている都市門を抜けたところでのファングの感想である 第2門と3門の間にある商隊等の待機場所は閑散としていた。 |
| 5029 |
フォークリフトもちょっとは行き来していたので、流通が完全に止まっている訳ではないようだ 「都市内は普通に人の往来はあるみたいだけど?」 「そりゃ何処も変わんねえだろ。 |
| 5030 |
エディスフは一般と職人の割合が1:2だから、他の都市より人が少なく見えるんだろうよ」 この世界での始まりの街がエディスフだというファングが案内役となり、ケーナたちに都市構造を説明してくれる。 |
| 5031 |
途中ファングのお薦めの工房を覗いてみたが、シャッターが閉まっていた賑わいとしてはヤルインの半分以下くらいか 慣れれば平気になるのだろうが、病院独特の匂いに慣らされた身としては、慣れたくないなと思ってしまう。 |
| 5032 |
人の往来の他は資材を運搬する車輛が多く、街中は砂ぼこりが目立つ 砂だらけになるのを嫌ったケーナは、魔法で風防結界を張っている後で浄化を掛ければ綺麗になれるが、常に砂ぼこりまみれなのが気になる理由からだ。 |
| 5033 |
「ばっさばさ~」 リュノフだけは結界の外で砂ぼこりを纏めあげ、小さなつむじ風を作って遊んでいた 第3者には彼女の姿は見えないので、3人の後をつむじ風が付いて行くという奇妙な光景に見えているだろう。 |
| 5034 |
リュノフの存在に慣れた今となってはファングもそこに気付くことはなかった 「ところで目的地があるみたいだけど、何処へ向かっているの?」 「ああ悪い、言ってなかったか。 |
| 5035 |
こっちで世話になってた孤児院だよ上手くいけば今日の宿になるかなって思ってな」 「随分と楽観的じゃのう」 「ホラ俺、白い牙ホワイトファング直すのに金貯めてただろ。 |
| 5036 |
睨まれる羽目になったファングは必死で両手と首を振って世話になった孤児院の弁護に回る 「おや、これはファング君お久しぶりですね」 保育園のような敷地と建物を有する孤児院で彼等を出迎えたのは、髪に白髪の混じった壮年の男性である。 |
| 5037 |
彼は門の所で園内を駆け回る子供たちを優しい目で見つめていてファングたちの接近に気付いたらしいケーナの第一印象としては年期のいった教師といった感じだ。 |
| 5038 |
「よお、おっさん」 と手を上げて挨拶したファングがゴスッと殴られた男性が手に持っていたブ厚い本で 「こちらはお友達ですか?」 「オプスじゃ、よろしく頼む」 「あ、ケーナです。 |
| 5039 |
こんにちは、初めまして」 気さくに手を上げて挨拶するオプスと、ペコリと頭を下げるケーナににこやかに「はい、こんにちは」と返す男性 「ああ申し遅れました。 |
| 5040 |
ここの責任者でディアンと申しますファング君がお世話になったようで」 「ああいえいえそんなことは」「いやいや」と、謙遜し合いで頭の下げあい合戦に移行しそうになったところでファングから待ったが掛かる。 |
| 5041 |
「切りがねえよ、ディアンのおっさん」 ごす、がす 「ぐおおお」 ケーナとディアンから拳骨を振る舞われ、再びうずくまるファングであった 更に横から子供たちの飛び付きをくらってファングは地面をゴロゴロ転がっていった。 |
| 5042 |
「「「ファングにーちゃんおかえりー!」」」 「ぬわーっ!?」 ファングは子供たちにたかられ地面に押し潰されている 「まあ、こんな所でもなんですからどうぞ中へ。 |
| 5043 |
お茶でも淹れましょう」 「お構いなく」 「すまぬな」 ディアンに案内され中に通されるケーナとオプス 子供団子の中から「ちょっと待てえええええっ!?」とくぐもった叫び声が聞こえたが、誰も気にしなかった。 |
| 5044 |
「とーとーおいしいひとになってるぅ」 「リュノフ、本人の前で言ったらダメだよ」 孤児院内のディアンの私室でお茶を頂きながら、ファングとの出会いや旅の話を披露していく。 |
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途中、ケーナは窓に鈴なりにへばり付いてこちらを凝視する子供たちを目にして席を立つ何故かファングも混じっているのに苦笑した 「子供たちと遊ばせてもらっても良いですか?」 「それは構いませんが。 |
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元気があり余っている子たちですからねえ振り回されないように注意してくださいね」 「その辺は心得ていますんで平気です 都市に入ったところで俯瞰視角等で尾行などがないのは確認しているが、なにかしらの監視を感じていた。 |
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孤児院に被害が及ぶようなら完膚無きまで叩き潰す予定だオプスはそこまで警戒するのは取り越し苦労ではないかと思っている方である 実のところこの孤児院は青猫団組合で経営している所であった。 |
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荒くれ者などの妙な者からのちょっかいがないように、青猫団関係者が警戒しているだけなのである さすがにケーナもそれを知るよしがない 双方勘違いをしながら警戒され、警戒し合いをしているだけなのであった。 |
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「おねえちゃんだれ?」 「ねーちゃん、にーちゃんの彼女なのか?」 「あそぼー!」 ケーナが外に出るとワッと子供たちに囲まれてしまう 下は5歳くらいから上は10歳くらいまでの9人だ。 |
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12歳くらいの子もいるらしいが、室内で4歳以下の子の面倒を見ているそうだ 純真な子供であればリュノフが見えるような可能性もあるかと思ったがそんなことはないようだ。 |
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子供たちの注目はケーナに向いていて、彼女の脇で暇そうに欠伸をしているリュノフへの視線はない ケーナと入れ替わるように室内へ入ったファングは、ディアンと「寄付を受けとってくれ」「受け取れません」の問答を繰り返していた。 |
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「普段は何して遊んでるの?」 「すなあそび!」 「おにごっこ!」 グルリと孤児院の庭を見渡して見ても、50メートル×50メートル程度の庭には小さな砂場と鉄棒くらいしかない。 |
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全体的に固い土が広がる荒れ地だ 孤児院の建物の側には家庭菜園らしきものはあるが、気候的なものもあり3分の1は枯れかけている 「うん周囲には小規模な工房(ほぼ留守)が広がっていることもあり、辛うじて騒ぎにはならなかった。 |
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「何だ何だ? 何をしたんだよケーナ!」 「これはこれは……」 異変を感じたファングとディアンも外に出てきて、子供の膝丈くらいの草地が広がっていることに目を丸くする。 |
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子供たちは珍しさから草をちぎったり大の字に寝転んだりしていて、意外にも楽しそうだ 「元が荒れ地だったからこの程度だったんじゃろう砂漠で行使すればこの半分以下の100メートル前後が草で覆われただろう。 |
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緑が多いところで使えば1キロ四方が牧草地になりうる魔法である 「感心してねえで元に戻すには?」 「枯れるまで待って」 「おい! 後で騒ぎになるだろーが!」 案の定騒ぎになった。 |
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通行人からの通報で自警団がすっ飛んで来たようだ 「やべーやべーよ」 「名乗り出たらやばそうね……」 局地的異常繁殖だか珍事件だかの事案で、エディスフ内の研究所から専門家が呼ばれたらしい。 |
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孤児院の庭の中や周辺からサンプル採取をしーの、放射線検査をしーの 人体に有害な菌が繁殖してないかとの名目であちこちを掘り返したりと、白衣を着た者たちが忙しそうに動き回っていた。 |
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「放射線防護服とやらを着込んでおらぬ分、そこまで脅威はないと考えておるのじゃろうなあ」 窓の外を眺めながらしみじみとオプスが呟く 幸いなのは何らかの異常事態と判断され、個人の仕業と特定されていないところだろう。 |
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特定されたらそれはそれで驚くが 「迂闊に「私がやりました」と名乗り出てみい、事情聴取という名目で連れて行かれて何をされるか分からんぞ しかし彼女を取り巻く防御壁オートガードはそれだけではない。 |
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「うん反撃はするかもしんないけど、その前にT・Sテッサが怒り狂うかも」 「ひめさまにいじわるするならリュノフもぽいってするよ~」 1番の過剰戦力が目尻を吊り上げて頬を膨らませる。 |
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笑いながら手を振るうだけで超重力場を作り出せるミニ人魚だ「ぽいっ」という表現が最悪のロクでもない結果を作り出すのは確かだろう 表情筋を引きつらせたファングがケーナに名乗り出ないように頼み込んでいた。 |
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「絶対に名乗り出んなよ振りでも漫才でもないからな!」 「しないしない と、4人で物騒な話し合いを続けていたらようやく現状を把握したのかディアンが口を開いた。 |
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もちろんリュノフは認識されていない 「あの草地はケーナさんの仕業なのですね」 「ええ、まあそうですあちらさんには秘密でお願いします」 あちらさんこと窓の外で動き回っている白衣の集団を指したケーナが、うんざりとした顔で言う。 |
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やってしまったのは自業自得だが、責められたくないなあと考えていた少なくともディアンにそんな気はない 室内は外を気にするが思い思いに遊ぶ子供たちの歓声で賑やかだ。 |
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オプスは走り回っているうちに転びそうになった子を抱き止め、片手で難無く持ち上げたために尊敬キラキラな視線を浴びまくっている 言葉を無くし顎に手をやって考え込んでいるディアンの様子をファングははらはらと窺っていた。 |
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彼はケーナたちが来る前に、青猫団の方から情報を得ていたのである それはかなり簡潔な一文で『そっちに常識を逸脱した2人組が行く』というものだ。 |
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それだけでは要領を得ないものだったため、ディアンは本人を見てから判断しようと思っていた それが先程の不自然現象とそれを成した者の発言な訳だ。 |
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(たしかにこれは常識を逸脱していると言えますね) だからといってそれが子供たちに直接害があるわけではないので、ディアンは気にしないことにした。 |
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「あー、ディアン……さんあいつも悪気はないんだよただちょっとやっちまうだけなんだだから、な……」 「ええファング君、心配せずとも平気ですよ。 |
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私は彼女たちのことを誰かに言いふらすようなことはしませんからあのような様を見れば彼女たちに悪気があるなどとは思いませんし」 2人の視線の先ではケーナが積み木のブロックを6個使い、ジャグリングなどを披露していた。 |
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子供たちには驚きと喜びと尊敬キラキラの表情が広がっている 中にはジャグリングの教えを乞う子もいて、ケーナはゴムボールを2つ使うやり方から指導していく。 |
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飲み込みが早く、3つ使用で回し始める子供もでてきて、たちまち子供たちの間にジャグリングブームが到来する ケーナは教えるために室内を忙しく動き回る羽目になった。 |
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「ちょっとオプスも手伝って!」 「ふむ、仕方がないのう」 ケーナはニヤニヤしながら眺めていたオプスを引っ張り込む そんな様子を見ていればディアンがケーナたちを不審に思う気も失せるというものだ。 |
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1時間もすれば器用な子は3つをスムーズに回すことが出来るようになっていた幼い子を除けば半分くらいが2つを危なげなく回せている 「ふいー一段落ねー。 |
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ありがとオプス」 「フッ、まだ教えていたとしても構わんのじゃろう?」 「をい孤児院の方針に抵触すんだから止めなさいって」 「なんじゃつまらんのう」 残念そうな顔のオプスは渋々子供たちから離れる。 |
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ケーナが思ってたより素直な子供の相手をするのは好きなのかもしれない逆に精神的に成熟した相手ならば天邪鬼な対応なのはどうかと思うが リュノフはケーナの手が空いたとみるや身体を丸めて腕の中を占拠した。 |
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「えへへ~」と悪びれもなくしがみつき、「仕方ないなあ」とケーナが頭を撫でてやるまでがセットである 猫みたいに「ふにゃぁ」となってご満悦だ この行動すらも認識阻害の範疇内で、ケーナの行動を不審がる者はいない。 |
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程無くして研究員の責任者が顔を出し、撤収する旨を告げた 「毒性や放射能は確認されませんでしたが確実ではありません念のため気を付けて頂き、何かあったら連絡を」 「わかりました。 |
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ご苦労様です」 対応したディアンと短い会話を交わし、研究員たちは採取したモノを納めたケースを幾つも抱えて去って行ったディアンはそれを見送り、研究員たちが見えなくなったところで「もういいでしょう」と子供たちに許可を出す。 |
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途端に堰を切った怒涛のように外へ飛び出していく子供たち 思い思いに草地の恵みを堪能している転がったり、おずおずと草に触れたり、図鑑を持ち出して草の種類を調べたりする子供もいる。 |
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「それなりに掘り返して行ったのじゃな」 「端っこと真ん中かな直すけど」 ケーナが地面に手を当てて魔力を流し、研究員たちがごっそりと掘り返していった地点を修復した。 |
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「器用なもんだな」 「フィーリングみたいなものかな 「なんだこれは?」 「火炎槍が10発撃てる魔法道具マジックアイテム使い捨て」 「…………」 どう反応すればという顔でファングは隣へ視線を向ける。 |
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それにオプスは「諦めよ」という風に首を振って返した 胡乱な目で手に持った短杖を見つめるファングと、周囲の子供たちの差異にケーナが吹き出した時だった。 |
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「なんじゃこりゃああああああっっ!?!?」 とか言う声が響いたのは 大声を出して驚愕していたのは6人の子供を連れたガーディであった子供たちは荒れ地な街中に草地が広がっていることに目を丸くしていた。 |
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ケーナはというと見覚えのある子供たちが揃っていることに驚く (あれ? T・Sテッサに預けたはずよねなんでここに居るの?) (オソラクハケーナ様ノ為二事業ヲ縮小シタ過程デ追イ出サレタノデハナイカト思ワレマス) (あ……。 |
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そっかあぁぁ~) キーの指摘にガックリと肩を落とす T・Sテッサの行動理念は第一に『ケーナの為』となることから、こればかりは彼女を怒ればいいというものではない。 |
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責任の一端はケーナにもある 「あ? なんで嬢ちゃんがここに居るんだ?」 「ガーディさんこそここの関係者か何かだったんですね?」 ディアンが何も聞かずに「よく来ましたね。 |
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そちらは新しい子たちですか?」と快く迎えているところからケーナはそう察する ガーディはまずいところを突かれたようにそっぽを向いた 彼に連れて来られた子供たちは、孤児院を見てホッとしたような表情を見せている。 |
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ディアンは一度子供たちを集めて、ガーディに連れられた子供たちを新しい仲間として紹介し始めていた 「対応早っ! 受け入れるの早っ!?」 「そういう取り決めがあんだよ。 |
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青猫団俺らにはな」 ガーディはため息を吐きつつ青猫団との関係性を隠さずに暴露したどっちにしろ青猫団とケーナたちは無関係ではないので、隠す必要はないと思ったらしい。 |
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「で、何なんだこれは? 嬢ちゃんの仕業か?」 ガーディが孤児院を含めた周辺に広がる草地を見渡している 「そうですねそれだけで納得はしてもらえたようだ。 |
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「それで、あの子供たちは?」 「ああ、バナハースから拐われたってことになってるガキ共な内心では「こっちにも迷惑を掛けて……」と憤りを感じていた。 |
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それも元の発端が自分だと思うとやり場のない感情で眉間にシワが寄る 「ひめさまおこってる~? ぷんぷん?」 なにやら楽しそうなリュノフの様子に文句も言えず、口がへの字に変わっていく。 |
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空気を読んだオプスがガーディとの対話に割り込んだ 「お疲れのようじゃなガーディ殿それでその性悪クソチビ女はどうしたのじゃ?」 「あ、ああ。 |
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いやいきなりエディスフここの門前に飛ばされてそれっきりさ大して会った訳じゃあねえが、以前にも増して愛想がねえ奴だったぜ」 オプスはなるほどと頷き、労うように肩をポンポンと軽く叩いた。 |
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「……ふむ気力回復に一杯どうじゃ我のおごりで」 「良いのか?」 「ケーナツレが酒に嗜たしなむ程度でのうたまにはイケる口の者と呑み明かしたかったのじゃよ」 「悪かったわね。 |
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酒呑みの気持ちが分からんお子様で!」 不貞腐れた風にそっぽを向くケーナにガーディもようやく肩の力を抜く だいたいケーナには酒との間にすこぶる相性の悪い感じがある。 |
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その際の被害はほとんどオプスに行っているのも問題だが 子供たちを性悪クソチビ女の魔の手から護ろうとして、四六時中気を張っていたのだろう オプスの気遣いはあからさまだったが、この場にケーナが残るというのであれば安心だ。 |
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彼女の力量は知っているので、護りに関しては問題ないと任せることしたようだ まさかケーナが一連の首魁だとは思いもしないだろう あっという間に襟首えりくびを掴まれ、ずるずると引きずられて行った。 |
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「この最中で酒場なんかやってんのかな?」 街中の閑散とした様子を思い出し、ケーナはぽつりと呟く 浄水設備建設の為、エディスフの人員はそちらに掛かりきりの筈だ。 |
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話に聞いた限りでは 「食事処は平常通りだと思いますよ皆はこの事業にかなりのストレスを感じているようですからね」 ケーナの呟きにはディアンが快く答えてくれた。 |
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「すみません」と頭を下げるケーナへにこやかに頷く 「ついでにちょっとお伺いしてよろしいですか?」 「ええ、私で分かるようなことでしたら」 ケーナはこの都市に来る前から気になっていたことをド直球で聞いてみることにした。 |
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遠回しな言い方が思い付かなかったともいう そもそもその塔自体はエディスフに接近するにつれ観測ができていた もちろん俯瞰視覚でだ 地表からその塔を見付けようと思ったら、道中に広がる山脈などの障害物で視線が通らない。 |
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他にも砂嵐や黒雲などの天候に左右されるため、遠方から塔の存在に気付くものは稀である ケーナが俯瞰視覚でざっと確認したところでは直径は約2~3キロメートル。 |
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壁面は白亜の輝きを放つ金属製高さに至っては空の彼方まで伸びているようだ 見付けたのは偶然だが、T・Sテッサのことやファングの不満もあり、オプスに聞き込むのをすっかり失念していたのである。 |
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「あ、悪魔の、塔……」 呆然とした呟きに思考を中断して顔をあげれば、ディアンの表情が悔しさを滲ませていた 「悪魔?」 はて、この世界にも悪魔が実体化しているのだろうかとケーナは首を傾げた。 |
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ところが眼を血走らせ、思いの外強い力で彼女の肩を掴んだディアンの様子に息を呑む 「ディ、ディアンさん?」 「良いですかケーナ君あの塔に関わってはいけません! 今まであの場所に一獲千金があると言って向かった傭兵団は数知れず。 |
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そのどれもが誰1人帰って来ないのです! 貴女も妙な好奇心などは捨て、堅実に人生を歩むのですよ!」 怒られること以外でディアンが声を荒らげる場面を初めてみたのか、ほぼ全ての子供たちの動きが止まっていた。 |
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痛いほどの沈黙が支配する場にディアンの声は隅々まで届く ぽかーんと口を開けてこちらを重視していた子供たちの様子にディアンは我に返った 「あ、ああ! 失礼致しました。 |
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どうも取り乱してしまったようで……」 ディアンは視線をあちこちに動かしながら首元の襟をしきりに弄った後、「細かい仕事が残っていますので」と院内へ足早に去っていった。 |
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「子供たち放ったらかしかい」と思ったケーナではあるが、子供たちの年長者が小さな子を取り纏め室内へと誘導していく 予め取り決めがあったようで、素直に年長者に従った子供たちはそそくさと室内へ戻っていった。 |
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「子供が増えたんじゃ泊まらせて貰うのは無理かしらね」 『デ、アルカト』 「むうひめさまどことまるの~?」 ぽつんと残されたケーナは苦笑して孤児院から離れる。 |
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ガーディに後を任されたという責任もあるが、この街中であればケーナの射程距離内でもあった念のため孤児院の周囲へ結界を張っておくのも忘れない。 |
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リュノフの疑問には「折角キャンピングカーぽいものがあるんだし車中泊でも大丈夫よ」と答えた しかし屋台車の所に辿り着いたら、物珍しいのぼりに釣られて大量の客が集まっていた。 |
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そのせいで日付が変わるまで店を開ける羽目になったことを付け加えておく 翌日、駐車場のキャンピングカー内でケーナは朝を迎えた 身支度を終えたあと、屋台車輌の食材を確認してため息を漏らす。 |
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「食材の減りが思ってたより早かったわねぇ」 「はむっはむっひめさまあ~、それっておでん? おさけ?」 かろうじて開いていた屋台で買った砂アゴの串焼きを食べていたリュノフが、口回りをタレでベタベタにしながら首を傾げる。 |
| 5118 |
呆れながらもケーナは汚れを綺麗に拭き取ってやるのを忘れない 元々はお試し程度でしか用意してなかった食材だが、それでも30人分くらいはあったのだ。 |
| 5119 |
ロシードキャラバンまでは良かったが、昨晩あれほどの客が集まるとは思っていなかったため残量が少なくなっている リュノフの食事姿にすっかり気を抜いていたため、ケーナは激しく暴れる鼓動に大きく深呼吸をして心を落ち着ける。 |
| 5120 |
気配が分かるようになったといっても、やはり不意打ちのような感じなものはびっくりするのだ気を抜き過ぎるのも不味いなとケーナは自分を戒める 見た目はコミカルで可愛い仕草だが、T・Sテッサだけは顔面蒼白となって小さく震えていた。 |
| 5121 |
「た、大変申し訳ありませんでした」 彼女の恐ろしさを知る者としては、土下座せんばかりに頭を下げて許しを乞う 「むぅ~」 「はいはい、怒らないの」 リュノフを胸に抱き抱えたケーナは「どーどー」と彼女の背を撫でて怒りを静める。 |
| 5122 |
ヒエラルキーとしてはT・Sテッサの地位がこの中で1番下になるその為に将軍職のリュノフには逆らえないのだ ケーナの位は上になるが、力量的なところは真ん中である。 |
| 5123 |
使用する力の階位と規模と質が全員てんでバラバラなため、上下は付け辛いのだが 「それで今日はどうしたの?」 「はい姫様用の食材の補給に参りました。 |
| 5124 |
現物はこちらでございます」 ケーナの腰の高さあたりの空中に正座したT・Sテッサが頭を下げるついでにどこからともなく出現した40フィートコンテナが屋台車輌の隣にズドーんと着地した。 |
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「でかっ!?」 「米、肉、魚、加工食品色々取り揃えております」 再び恭しく頭を下げたT・Sテッサに礼を言い、片手で触れたコンテナを丸ごとアイテムボックスの中へと放り込む。 |
| 5126 |
頭の中に表示された内容物で屋台が続けられそうな量を確認し、小さく微笑んだ 「うんうんこれだけあればしばらくもちそうね」 元々野外で営むのを想定していたのだが、昨晩は宣伝の意味も込めて公開した。 |
| 5127 |
そこからクチコミで広がればいいなという思惑である深い意味はない 昨晩の客たちには好評ではあったが、都市内では基本営業しないということだけは伝えてある。 |
| 5128 |
ただでさえ水の件で商人組合と問題になった前例があるのだ 都市内での商売権で揉め事は御免である 「ああ、そう言えばT・Sテッサ」 「はい」 「アッチにあるでっかい柱知ってる?」 ケーナが指差したのはエディスフの西の方向。 |
| 5129 |
それだけで方角の確認もせずT・Sテッサは頷いた 「アマツバシに繋がる経路のことですね」 「……あまつばし?」 「はい同じものが惑星上に全部で10本あります」 「ええぇ……」 デカ過ぎる規模に言葉に詰まる。 |
| 5130 |
頼んでもいないのにペラペラと解説を入れているT・Sテッサの話を半分くらい聞き流す途中から専門用語の混じる構造理論を追及し始めたからである。 |
| 5131 |
惑星の赤道位置の衛星軌道上ををぐるりと取り囲むアマツバシは直径20キロメートルの管状コロニーである かつて地上に繁栄した文明は、住居区間と学術部門、衛生施設以外の設備を全てアマツバシへと上げてしまった。 |
| 5132 |
惑星上の自然を保存するためとも言われるが、本当のところは不明である それだけ大きければ多少は地上から視認できそうなものだが、地表側に空の映像を展開しているためにその心配は無用だ。 |
| 5133 |
「なんか昨日、地元の人から悪魔の塔だかなんだかって聞いたんだけどもしかして自動機械の巣になってたりは……?」 「お察しの通りでございます。 |
| 5134 |
全館AI制御でしたので、あっさり陥落致しました」 「うわぁ……」 「内部はそのまま残っていますので個性溢れるダンジョンと化し、出てくる敵も多種多様でございます」 想定内だが想定外な返答も混じったため、ケーナは天を仰ぐ。 |
| 5135 |
SF世界でダンジョンアタックをせねばならないとは何の冗談だろうかゾンビ世界でないだけましなのか 「だからT・Sテッサも手を出しあぐねているの?」 「いえ。 |
| 5136 |
半分程度は取り返して畑やら牧場やらに改造してしまったのですが」 彼女に抜かりはないようだが、半分程度という部分が引っ掛かる 「ああ、第3勢力という可能性も!」 「いえ姫様。 |
| 5137 |
深読みするくらいでしたら自分に直接お尋ねください第3勢力なんかありませんから」 「そうかも」などと確信を感じた意見は当人にあっさり却下されて肩透かしをくらうケーナであった。 |
| 5138 |
「マザーが居るんですよ」 「えっ!?」 髪をかき上げつつ心底疲れた表情でT・Sテッサはため息を吐く実に希少な態度である T・Sテッサの情報に嘘は無いと信用しているが、何故彼女がそこを攻めあぐねているのかが気になった。 |
| 5139 |
「攻撃するだけの戦力が足りない、ってことは無いのよね?」 「問題は場所にあるのです」 T・Sテッサも戦力に拘ってマザーに戦いを挑まない訳ではない。 |
| 5140 |
問題はアマツバシにマザーが居を構えている方にあるのだ 端的に言えばマザーを落とした瞬間に制御圏内が消失する可能性がある それが爆発するか、エリアが丸ごと地表に落下するかは不明なのだ。 |
| 5141 |
半円が消失すれば残った部分も衛星軌道から外れてしまうのは明白である各柱さえも崩壊に巻き込まれて倒壊する危険性があり、それはT・Sテッサも望むことではない。 |
| 5142 |
その際、人が犠牲になるのはどうでもいいが、地表が大災害で荒れるのは本意ではないらしい 「人はどーでもいいんだ……」 「この辺りは砂漠が広がっていますが他はきちんと自然が回復しています。 |
| 5143 |
そこが失われては惑星全体の環境が維持できません」 らしいっちゃらしいT・Sテッサの主張にケーナはとりあえず納得はした 第一に問題はマザーの攻略方法だろう。 |
| 5144 |
「空間から切り離してそこで殲滅?」 「理に叶ってはいますがサブのシステムが構築されていた場合マザーと連絡が繋がらなくなったところで自爆しそうではありますね。 |
| 5145 |
と言いますが空間をどの様に切り離すのですか姫様?」 ケーナの本来使えるスキルの詳細を知るT・Sテッサの疑問点に「え、そりゃあ」と呟いたケーナの視線は自分の胸元へ。 |
| 5146 |
すやすやと寝るリュノフに注がれていた 納得した顔でポンと手を叩いたT・Sテッサは「なるほどでは将軍の手を借りる方向で作戦を幾つか構築して参ります」と言うが早いか光に包まれて消えていくT・Sテッサであった。 |
| 5147 |
きちんと頭を下げていくのも忘れない 「……忙しい子だなあ」 自分の僕しもべながら個々に我が違いすぎるところに呆れ返るしかないケーナであった。 |
| 5148 |
「あー……あったまいってえ……」 マザー攻略について考えてみたが、ケーナには現場を見ないことには対策も何もないと思い当たったT・Sテッサが対策を考えてくれると言うのだから、現状は横に置いといても良いだろう。 |
| 5149 |
気持ちを切り替えたそこに、オプスたちが帰って来る オプスの清々しく飄々とした態度はいつもの通り ファングだけは顔面に縦線を張り付けた青い顔をしていた。 |
| 5150 |
「なに? 二日酔いかなんか?」 「さっきまで飲んでたんじゃがのう」 「朝まで飲んでたの!?」 「飲んでたら、朝に、なってた、っつーか結構重症のようだ。 |
| 5151 |
どうやら夜半過ぎくらいには飲み潰したガーディを孤児院へ送り届けて、そこから更に飲み続けたらしいおそらく、ガーディの方も似たような状態だろう。 |
| 5152 |
オプスが備え付けの飲料水用のタンクから紙コップに水を汲み、ファングの前へ置く アイテムボックスから薬瓶を取り出してそれも彼の前へ 水を飲み干したファングは胡乱な瞳をしながら、流れ作業のような手付きで薬瓶を取った。 |
| 5153 |
飲む直前にチラリとそれを鑑定して見たケーナが目を丸くして声をかけるより早く薬はなくなってしまう 「あっ!?」 「ぅえ? ……ぼぶぁふっっ!?」 薬を飲み干した後、一拍の間を置いたファングが黒い煙を吹き出し崩れ落ちた。 |
| 5154 |
「ふむ、こうなったか」 「何を飲ませたの、何を!」 チラ見した程度だったが鑑定した結果には『そこはかとなく成功した万能薬みたいなもの』とあった。 |
| 5155 |
効果自体は問題なかったらしく、ファングのステータスからは二日酔いのバッドステータスが消えていた代わりに気絶となってはいるが 程なくしてゆっくりと目覚めたファングは不思議そうな顔で辺りを見回す。 |
| 5156 |
「えーと? あれ?」 「ちょっと大丈夫?」 「は? 何かあったか?」 「……おいおい」 かくかくしかじかと説明を入れると漸く自覚したようだが、壁にひっくり返った状態で埋まるオプスを見ると上げかけた腰を下ろした。 |
| 5157 |
「頭にきたが溜飲は下がったからいいや」 「そう」 「我の状態を見て言うことはそれだけか……」 恨みがましい視線は飛んできたもちろん誰も気にしない。 |
| 5158 |
難なく惨状から脱出したオプスの背後では、リュノフが人型に凹んだ壁をなぞって線を書いていた 「べこべこ~あはははは~」 「殺人事件かい」 一通り書き込んで満足したのか、凹んだ壁はリュノフの手のひと振りで元に戻っていた。 |
| 5159 |
1番の理不尽はやはりアレだとファングが認識したとかしないとか 全員で簡単な朝食パンとスープを済ませてからT・Sテッサから聞いた話を大まかに伝えておく。 |
| 5160 |
ファングにはマザーの事は伏せて、アマツバシとそこへ続く柱の概要を 「ああ、悪魔の塔なそれなら知ってるぜ」 「ええー、何で知ってるの? もしかして行った、とか?」 「行った行った。 |
| 5161 |
無限沸きハメみたいな感じでいい金策になったぜ」 どうやら噂だけ聞いて事実確認もせず好奇心のままに特攻したらしい出入口のゲートからワラワラと沸き出す自動機械を延々と狩って稼ぎにしていたとのこと。 |
| 5162 |
「流石に通いすぎて白い牙ホワイトファングにガタきた時はまずったと思ったけどな」 「修理の当ても無いというのになにをやっておるんじゃ? 補給をせねば立ち行かなくなる装備じゃというのを理解しておらんじゃろう。 |
| 5163 |
馬鹿なのか? アホ以下馬鹿以下じゃろうゲームとは違うのだと何故理解せぬ? もちろん墓に刻むのは馬鹿で構わぬようじゃろうまったくこれだから馬鹿というの度し難い。 |
| 5164 |
なぜなら後先考えぬ馬鹿というのは何を言おうが人の忠告を聞き入れぬからじゃ くどくどと説教3分の1、本気で馬鹿にした態度3分の2でオプスがファングを煽り始める。 |
| 5165 |
最初は反論しようと睨んでいたファングだが、今はザックザックと目に見えない矢が針鼠のように突き刺さり、メチャクチャ気落ちしている (珍しい。 |
| 5166 |
オプスってばファングが危なっかしいから本気で心配してるみたいね) 『珍シイコトデスネ』 普通なら相手の頭をペシペシ叩きつつ馬鹿にした態度を崩さないオプスである。 |
| 5167 |
態度に変化はないものの、言い聞かせるような説教の形をとっているところから、余程ファングを飲み友として気に入ったのだろう 「ひめさまぁ~」 目の前の説教光景を眺めているのが暇になったのか、リュノフがケーナにまとわりつき始めた。 |
| 5168 |
邪魔とはならないが、髪を弄ったり、腕にしがみついたりと少なくない接触が少々くすぐったい オプスたちに一声掛けて外へ出る じゅわっとした熱気を感じ、慌てて耐熱装備を整えた。 |
| 5169 |
キーも太陽光の威力を弱める防御壁をケーナの周りに展開する 「ありがとう、キー」 『ドウイタシマシテ』 周辺を自在に飛び回るリュノフを連れながら、ケーナはなんとなく孤児院に足を向けた。 |
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昨日施した緑地化はさすがに持たなかったようで、生えていた雑草の類いはくったりと萎れてしまっている 近辺に地脈や水脈も無く、魔力で持たせていただけなので仕方ない。 |
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このようにスキルや魔法で生み出した植物は、自然界のモノとは違い意思などは感じられないのだ大地に根付いて半年程度経たないといけないらしい お陰で今目の前で萎れている草地には何の感慨も湧いてこないケーナであった。 |
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ところが孤児院の子供たちにとってはそうでもないようで、雑草と同じように項垂れていた映像以外では初めて目にしたと思われる草地であればなおさらだろう。 |
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中には再度草地の復活を懇願してくる子供もいたが、世話が困難なため諦めざるを得なかった 維持に水が必要なためであるこれから此処の者たちは自力で水の供給や浄化を行わねばならないのだ。 |
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雑草畑に回す分まで孤児が確保するのは難しいだろう 子供たちが鬼ごっこなどで遊んでいる様子を眺めていると、気まずそうな顔をしたディランと目があった。 |
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挨拶を交わすと直ぐにディランから頭を下げてくる 「昨日は申し訳ない柄にもなく熱くなってしまったようだ」 「いえいえ、気にしてませんからが、次のケーナの言葉に表情が固まる。 |
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「見た目で誤解されがちでしょうが私にとっては自動機械だろーが騎兵だろーがスクラップにするのに然程さほど手間がかかりませんよ 小娘の異常な戦力については情報は伝えられて無いようだ。 |
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「貴女は……」 「?」 会う前より強張った顔のディランにケーナは不思議そうな目を向ける 「それだけの力を何に使う気ですか?」 にこやかな表情のケーナだがその周りだけ妙に静寂になっている錯覚に襲われるディランである。 |
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笑っているのに恐ろしいと、自分より年下に見える女性に感じていた 「私はただ自分の部下を迎えに来たんですよちょっとその子が世話を焼きすぎたせいで人々が独り立ちできないようになってるみたいでしてね。 |
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今になって順次その手を離すようにしてるみたいですけど」 引っ掛かる部分はあるものの比喩的でディランには何の事かは分からなかった 理解できたのは彼女がとてつもない恐ろしい事を喋っているというだけだ。 |
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「ではこれで」と会釈をして去る彼女を追うことも出来ずにディランは見送るだけであった その日の夜のうちにケーナたちは悪魔の塔へ向けて出発した。 |
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エディスフより充分距離をとった所で戦艦ターフへ乗り換える 「ご主人さまぁ~わふわふ」 とファングへ嬉しそうにまとわりつくターフに違和感しか感じない。 |
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慕う矛先がファングに向いているからかリュノフがターフに喧嘩を売ることも無く、実にのんびりとした道中である ファングの胸の内に吹き荒れるブリザードさえなければの話だが。 |
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その主原因は戦艦ターフの中央部分にいつの間にか換装されていた格納庫内の新生(とは知らない)白い牙ホワイトファングであった 以前はただの装甲と緊急用のブースターが組み込まれているだけであった。 |
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改良後(新生型)は前後左右に4分割され、左右は内側にアームが設置されたフレキシブルシールドに前後は緊急用ブースターへ変更されていたもちろん防御たる装甲の役目も充分にある。 |
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武装を懸架するハードポイントも腰だけの1ヵ所から肩やシールドの内側に増設されたミサイルランチャーや長距離砲などに換装可能だその武装も格納庫内にずらりとぶら下がっている。 |
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材料さえあれば製造可能で、いざとなったらファングのインベントリ内に保管しておき、戦闘中に取っ替え引っ替えすることも出来るだろうケーナもSF系はさっぱり解らないので自爆装置でないのを祈るばかりだ。 |
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何度か会ったがT・Sテッサのケーナ以外を見る目はまるで感情を感じさせないものであるファングに向ける視線などは、無機物や路傍の石ころと言ったほうが正しい。 |
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そんな無関心を貫く相手の細々としたものをここまで揃えてくれるというのは、単ひとえにケーナの存在ありきである後々無理難題をふっかけられやしないかと戦々恐々とするファングであった。 |
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T・Sテッサ側の事情から言えば只単にケーナからの命に従っただけなので、ファングの胃痛を圧迫している心配事は空回りに終ることとなる不意につんのめる程度の衝撃が彼を襲う。 |
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金属の擦れる音も辺りに響き渡った 「? なんだ?」 疑問に思ったファングが外へ出ると、戦艦ターフの周囲が視界不良になるほどの砂煙が立ち込めていた。 |
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「なんじゃこりゃ!? 襲撃か!」 「ご主人さま、ごめんなさいだわん」 思わず臨戦態勢になるファングの元へ項垂れたターフが謝りながらやってくる。 |
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「慌てるでない只のブレーキじゃ」 艦橋の方に居たらしいオプスが上から降ってきた 巨大なキャタピラで走行する陸上戦艦ターフは、巡行速度からの急停車に数百メートルも必要とする。 |
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その結果がこの砂煙という訳だ ここからだとアマツバシの柱は天まで伸びる黒い大木のようだまだまだ距離はあるものの、前方視界のほぼ5割を占めていた。 |
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地平線まで続く空と岩塊の山々を断ち切るように柱が視界を遮っている 「待て待て自動機械とは言っとらんじゃろうに」 「けどよう……」 警戒して悪いことはないだろうと続けようとしたが、艦首の方で何かをしていたケーナが戻ってきた。 |
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「風精霊飛ばして見たけど、トレーラーと騎兵がいっぱいいて陣地作ってるみたいよ砂賊かと思ったけど規模が違うわね」 「うげ……」 何かに思い当たったのか瞬時に嫌そうな顔をしたファングに視線が集まる。 |
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「たぶんバルドル商傭兵団じゃねーかと思うが バルドル商傭兵団は3都市周辺を回遊する商隊で、悪徳商人と言っていい程悪い噂の絶えない集団である。 |
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影でどれだけの人が泣いたか分からないが、傭兵団としては人類圏内で最大規模なため自動機械の脅威がある程度減るという意味では助かっているのも確かだ。 |
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お陰で各都市も強く出れないでいるらしい 唯一の救いはバルドル商傭兵団が自動機械を狩りながら得たパーツで戦力の増強を繰り返し、食料の補給くらいでしか都市に寄らないところであろう。 |
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風精霊による偵察で行動を観察してみたところ、柱より定期的に出撃してくる自動機械を駆逐&拿捕して自分たちの利益としているようだ要は柱より距離をとった場所に陣地を構築している。 |
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「ぬうそれだと突っ込んでって蹴散らすとか……」 「やめてやれあんなんでも街に攻め込む自動機械の数を減らす要因なんだからな!」 本気を出せば一個大隊程度なら敵にもならないオプスの呟きに焦ってブレーキを掛けるファングであった。 |
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確かに鼻持ちならない連中だが、あんなんでも今の世界には必要不可欠な存在である 訳も解らないうちに駆逐していい理由にはならない 実際、中に進入するだけならば姿を隠してしまえば良いだけだ。 |
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様子を見ながら出入りを繰り返すなら、原住民の眼は無い方がいい 生身で自動機械を駆逐するケーナらの姿は戦力を欲する者たちにとっては垂涎モノの存在であるだろう。 |
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更にもしケーナが余計な騒動に巻き込まれた場合、彼女より先に怒ったリュノフに磨り潰される恐れがある個人ならまだしも都市が絡んだ場合には、人類の絶対数を減らしてしまう可能性があるために、なるべくその方向性は潰しておきたい。 |
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「穏便にどいてもらうしかないのう……」 「うわ、オプスにしては平凡極まりない提案?」 「勿論仕込みはさせてもらうに決まっておるじゃろう」 「あ、通常営業だった。 |
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ならいいや」 「……お前ら、普段はどういう基準で動いてんだよ……」 ファングの呆れた視線にニヤリと黒い笑みを浮かべたオプスであった その日その時までバルドル商傭兵団は都合の良い狩場を手に入れたとホクホク顔であった。 |
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今までは砂漠を進みつつ、現れる自動機械を倒すしかなかったが、この悪魔の塔と呼ばれる所の近辺に陣取っていれば、自動機械のパーツを手に入れることが出来る。 |
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しかも自動機械の種類は多種多様で際限無く出現するので、彼等の商売にはうってつけだ 現在は各都市で大規模襲撃後のためパーツ等は飽和状態だが、時期を見て手持ちを放出すれば良いだけだ。 |
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ありふれたモノは捨てても良いと言えるくらいにはパーツが充実している 幹部たちが儲けのための取捨選択会議をしようとした時であったその車輌が陣地へ飛び込んで来たのは。 |
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それは荷台に屋台を載せたトレーラーであった 隊長格が周辺の警備を担当している者たちに、仕事の怠慢を怒鳴ろうとした 女性に心を奪われる男たちの中でも古参の者が、仲間を制し前へ出る。 |
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「なんだお前たちは!」と闖入者へ誰何すいかを飛ばす それに応えたのは停車した車輌から降りた、背の曲がった小柄な老人であった 「これはこれは、お初にお目にかかります」 恭しくお辞儀をした老人の姿に傭兵たちは顔をしかめた。 |
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怯えて後ずさる者もいる 無論その姿が異様だったためである 身形の良いスーツを着てはいるが、この世界ではまず居ない見た目だ 小柄で細身ながら腕が異様に長い。 |
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骨ばった4本の指には鋭い爪を備えている 顔は逆三角形でニヤリと嗤う口元には鋭い牙が見え隠れしていた瘤のような出来物の浮かぶ鷲鼻には片モノクルが掛り、ギョロっとした瞳が不気味さを増している。 |
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頭皮には毛がなく、左右に伸び、先の垂れる耳が異様さを際立たせていた もう人間ではなく異形というモノが流暢に言葉を話している時点で普通じゃない。 |
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傭兵側の代表として前に出た者も尻込みしているような状態だ それでも逃げ出したりしないのは老人の背後にズラリと並ぶ美女たちにある 期待してもいいのかと思う下心が、彼等のハンターとしての危険感知を鈍くさせていた。 |
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だいたい商人は脳内算盤を弾けば良いだろうが、有り余った欲望を抱える男たちには、ロクに娯楽もない所に延々と留まることなど拷問にも等しい 「無作法で申し訳ありません。 |
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音に聞こえたバルドル商傭兵団の皆様であれば開店前の宣伝として充分なサービスを提供できるかと思いましてな」 「あ、ああ……店というのは……?」 異形の老人の背後では荷台上の屋台の準備が着々と進んでいた。 |
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折り畳みのテーブルや椅子を広げ、酒の入った小樽やグラスを準備している 「見ての通り、酒と女ですな男が良ければそちらもおりますが その背後で野生の本能に支配されていた男たちは、綱を解かれた野犬のように美女たちに群がった。 |
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その場で女たちに酌をしてもらう者など極わずか ほとんどは車輌の陰や、騎兵のコクピットへ連れ込み早速男女の営みを始めていた 酒池肉林まさにそれである。 |
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だが彼等の中にはこれが巧すぎる話だと疑う者は居ても、目の前にぶら下げられた御馳走に躊躇する者は居なかった その様子を遠く離れた崖の上から、ニヤニヤ笑いで満足そうに見詰める男がいた。 |
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あまりの機嫌の良さにタップダンスでも踊りそうな躍動感を浮かべている 「フッフッフ食っとる食っとる罠とは知らずに呑気に貪むさぼっておるわ」 独り悦に入って高笑いをしているのは勿論オプスである。 |
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黒いマントでもあれば、悪の将軍のようだ そこから少し離れた場所では呆れた顔のケーナとビビりまくるファングの姿もある 召喚魔法で美男美女が呼び出せるなんて、この世界の者は思いもしないだろう。 |
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数時間後、ズラリと並ぶ商傭兵団の面々全員眼が虚ろで頬がコケ、口元はにやけた笑みを浮かべてフラフラと突っ立っている その背後には満足した笑顔でサキュバスとインキュバスたちが、各々おのおの自由な姿勢でその様子を眺めていた。 |
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オプスは商傭兵団へ従属魔法催眠を掛け終えて頷く 「よしよし今後貴様らは此処に居るファングのためにその組織力を尽くすのだ」 「って俺ぇっ!?」 すっとんきょうな叫び声を上げて驚くファングに全ての視線が集中した。 |
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その半分以上はイっちゃってる眼ではあったが、あまりの異常さにファングが1歩退しりぞいたくらいである言ってることは聞く側に匹敵してだいぶおかしい。 |
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「第2項目として組織を維持する以外での設備投資費は認めよう贅沢費に当たる利益が出た場合は全てファングへ送ることだ」 もはやただの一方的な搾取命令でしかなかった。 |
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宛先は別人ではあるが 「いやいや、何で俺の財源みたいな扱いになってんだよありえねえって」 「何言ってんの私たちが居なくなったら、ファング一人ぼっちになっちゃうんだよ。 |
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今のうちに財源を確保しておけば老後も安泰でしょ」 「お前も酷いこと言ってるって分かってるか?」 駄目だコイツら人の話聞いてくれねえ、とファングにはもうお手上げである。 |
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彼には魔法云々に対抗する手段がないので、流されるままでしかない サキュバスたちも込みでバルドル商傭兵団に娼館経営を組み込んでやるようだ早々消滅することにはならないだろう。 |
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塔前よりバルドル娼館傭兵団を追い払ったオプスは、彼等のトレーラー群が彼方へ消えていったのを確認してから表情を切り替えた朝まで二人で呑み明かしたファングには解らないだろうが。 |
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「リュノフは何処まで手伝えるの?」 「リュノフはね~、ひめさまをてつだうの! みかどにもそういわれたんだよぉ~」 「話が微妙に通じてないわね」 「みかど」という響きには懐かしさを感じる。 |
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ここに来て何か隠す部分を感じなくなっているようだ 悪魔の塔と現地人に呼ばれる機動エレベーターの前にまでやってくると、内部で何かが蠢く気配が伝わってくる。 |
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それはその場にいる3人にも感じ取れていた 「さてさてちょっと突っついてくるかな」 ケーナは耳のアクセサリーから外した如意棒を引き延ばし、手元でひと振りして準備体操代わりに振り回す。 |
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オプスにはいつのまにか出現した大剣が背負われ、足元には無詠唱で現れた雷精霊の獅子がグルグルと唸っている その為に夜など光の届かない所では全く役に立たない。 |
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山のようなバッテリーを積めばなんとか動くが、それでも稼働時間は長くはないだろう 最悪、何処ぞの決戦兵器みたいに、電力供給の出来るバックアップ車輌と長いコードで繋ぐしか道はない。 |
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「んじゃ、ちょっと中を探ってくるんで、ファングさんは留守番よろしくね~」 「戦艦のバックアップが出来るくらいまで下がっておれよ 振り向いたオプスと唖然とするアテネスの近くに、その黄色い物体は空に放物線を描いてから落ちた。 |
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自分たちは先も後もないクソみたいな世界を呪い、悪魔を喚び出すという呪法を試しただけなのに…… もうフィクションとしか言えないような本から得られた法陣を描き、書かれた内容に従い生け贄となる女性たちを市内より攫い集めた。 |
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蝋燭を無数に立て香を焚き、雰囲気に呑まれながら支離滅裂な呪文を唱えて終わるはずだったのだ モコモコと気色悪い動きで地面をガリガリとかじっていて、逆側の頭の口からはさらさらと砂金が吐き出されていた。 |
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