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Обычный японский (кана)
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Описание:
japanese, kana, hiragana, katakana. Словарь для МЕГАлингвы.
Автор:
Binah
Создан:
19 июня 2026 в 11:06
Публичный:
Нет
Тип словаря:
Тексты
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Содержание:
1 わたしはそのひとをつねにせんせいとよんでいた。だからここでもただせんせいとかくだけでほんみょうはうちあけない。これはせけんをはばかるえんりょというよりも、そのかたがわたしにとってしぜんだからである。わたしはそのひとのきおくをよびおこすごとに、すぐ「せんせい」といいたくなる。ふでをとってもこころもちはおなじことである.
2 よそよそしいあたまもじなどはとてもつかうきにならない。わたしがせんせいとしりあいになったのはかまくらである。そのときわたしはまだわかわかしいしょせいであった。しょちゅうきゅうかをりようしてかいすいよくにいったともだちからぜひこいというはがきをうけとったので、わたしはたしょうのかねをくめんして、でかけることにした.
3 わたしはかねのくめんにに、みっかをついやした。ところがわたしがかまくらについてみっかとたたないうちに、わたしをよびよせたともだちは、きゅうにくにもとからかえれというでんぽうをうけとった。でんぽうにはははがびょうきだからとことわってあったけれどもともだちはそれをしんじなかった。ともだちはかねてからくにもとにいるおやたちにすすむまないけっこんをしいられていた.
4 かれはげんだいのしゅうかんからいうとけっこんするにはあまりとしがわかすぎた。それにかんじんのとうにんがきにはいらなかった。それでなつやすみにとうぜんかえるべきところを、わざとさけてとうきょうのちかくであそんでいたのである。かれはでんぽうをわたしにみせてどうしようとそうだんをした。わたしにはどうしていいかわからなかった.
5 けれどもじっさいかれのははがびょうきであるとすればかれはもとよりかえるべきはずであった。それでかれはとうとうかえることになった。せっかくきたわたしはひとりとりのこされた。がっこうのじゅぎょうがはじまるにはまだおおいたにっすうがあるのでかまくらにおってもよし、かえってもよいというきょうぐうにいたわたしは、とうぶんもとのやどにとまるかくごをした.
6 ともだちはちゅうごくのあるしさんかのむすこでかねにふじゆうのないおとこであったけれども、がっこうががっこうなのとねんがねんなので、せいかつのていどはわたしとそうかわりもしなかった。したがってひとりぼっちになったわたしはべつにかっこうなやどをさがすめんどうももたなかったのである。やどはかまくらでもへんぴなほうがくにあった.
7 たまつきだのアイスクリームだのというハイカラなものにはながいなわてをひとつこさなければてがとどかなかった。くるまでいってもにじゅうせんはとられた。けれどもこじんのべっそうはそこここにいくつでもたてられていた。それにうみへはごくちかいのでかいすいよくをやるにはしごくべんりなちいをしめていた。わたしはまいにちかいへはいりにでかけた.
8 ふるいくすぶりかえったわらぶきのあいだをとおりぬけていそへおりると、このへんにこれほどのとかいじんしゅがすんでいるかとおもうほど、ひしょにきたおとこやおんなですなのうえがうごいていた。あるときはうみのなかがせんとうのようにくろいあたまでごちゃごちゃしていることもあった。わたしはじつにせんせいをこのざっとうのあいだにみつけだしたのである.
9 そのときかいがんにはがかりちゃやがにけんあった。わたしはふとしたきかいからそのいっけんのほうにいきなれていた。はせへんにおおきなべっそうをかまえているひととちがって、かくじにせんゆうのきがえばをこしらえていないここいらのひしょきゃくには、ぜひともこうしたきょうどうきがえしょといったふうなものがひつようなのであった.
10 かれらはここでちゃをのみ、ここできゅうそくするそとに、ここでかいすいぎをせんたくさせたり、ここでしおはゆいからだをきよめたり、ここへぼうしやかさをあずけたりするのである。かいすいぎをもたないわたしにももちものをぬすまれるおそれはあったので、わたしはうみへはいるたびにそのちゃやへいっさいをぬぎすてることにしていた。わたしはそのときはんたいにぬれたからだをふうにふかしてみずからあがってきた.
11 ふたりのあいだにはめをさえぎるいくたのくろいあたまがうごいていた。とくべつのじじょうのないかぎり、わたしはついにせんせいをみのがしたかもしれなかった。それほどはまべがこんざつし、それほどわたしのあたまがほうまんであったにもかかわらず、わたしがすぐせんせいをみつけだしたのは、せんせいがひとりのせいようじんをつれていたからである.
12 そのせいようじんのすぐれてしろいひふのいろが、がかりちゃやへはいるやいなや、すぐわたしのちゅういをひいた。じゅんすいのにほんのゆかたをきていたかれは、それをしょうぎのうえにすぽりとほうりだしたまま、うでぐみをしてうみのほうをむいてたっていた。かれはわれわれのはくさるまたひとつのそとなにものもはだにつけていなかった.
13 わたしにはそれがだいいちふしぎだった。わたしはそのふつかまえにゆいがはままでいって、すなのうえにしゃがみながら、ながいあいだせいようじんのうみへはいるようすをながめていた。おんなはことさらにくをかくしがちであった。たいていはあたまにごむせいのずきんをかぶって、えびちゃやこんやあいのいろをなみまにうかしていた。そのひとがすなわちせんせいであった.
14 わたしはたんにこうきしんのために、ならんではまべをおりていくふたりのうしろすがたをみまもっていた。するとかれらはまなおになみのなかにあしをふみこんだ。そうしてとおあさのいそちかくにわいわいさわいでいるたにんずうのあいだをとおりぬけて、ひかくてきひろびろしたところへくると、ふたりともおよぎだした。かれらのあたまがちいさくみえるまでおきのほうへむいていった.
15 それからひきかえしてまたいちちょくせんにはまべまでもどってきた。がかりちゃやへかえると、いどのみずもあびずに、すぐからだをふいてきものをきて、さっさとどこへかいってしまった。かれらのでていったあと、わたしはやはりもとのしょうぎにこしをおろしてたばこをふかしていた。そのときわたしはぽかんとしながらせんせいのことをかんがえた.
16 どうもどこかでみたことのあるかおのようにおもわれてならなかった。しかしどうしてもいつどこであったひとかおもいだせずにしまった。そのときのわたしはくったくがないというよりむしろぶりょうにくるしんでいた。それでよくじつもまたせんせいにあったじこくをみはからって、わざわざがかりちゃやまででかけてみた。するとせいようじんはこないでせんせいひとりむぎわらぼうをかぶってやってきた.
17 せんせいはめがねをとってだいのうえにおいて、すぐてぬぐいであたまをつつんで、すたすたはまをおりていった。せんせいがきのうのようにさわがしいよっかくのなかをとおりぬけて、ひとりでおよぎだしたとき、わたしはきゅうにそのあとがおいかけたくなった。わたしはあさいみずをあたまのうえまでとべかしてそうとうのふかさのところまできて、そこからせんせいをもくひょうにぬきてをきった.
18 するとせんせいはきのうとちがって、いっしゅのこせんをえがいて、みょうなほうこうからきしのほうへかえりはじめた。それでわたしのもくてきはついにたっせられなかった。わたしがりくへあがってしずくのたれるてをふりながらがかりちゃやにはいると、せんせいはもうちゃんときものをきていれちがいにそとへでていった。わたしはつぎのひもおなじじこくにはまへいってせんせいのかおをみた.
19 そのつぎのひにもまたおなじことをくりかえした。けれどもものをいいかけるきかいも、あいさつをするばあいも、ふたりのあいだにはおこらなかった。そのうえせんせいのたいどはむしろひしゃこうてきであった。いっていのじこくにちょうぜんとしてきて、またちょうぜんとかえっていった。しゅういがいくらにぎやかでも、それにはほとんどちゅういをはらうようすがみえなかった.
20 さいしょいっしょにきたせいようじんはそのごまるですがたをみせなかった。せんせいはいつでもひとりであった。あるときせんせいがれいのとおりさっさとうみからあがってきて、いつものばしょにぬぎすてたゆかたをきようとすると、どうしたわけか、そのゆかたにすながいっぱいついていた。せんせいはそれをおとすために、うしろむきになって、ゆかたをにさんどふった.
21 するときもののしたにおいてあっためがねがいたのすきまからしたへおちた。せんせいはしろがすりのうえへへこおびをしめてから、めがねのなくなったのにきがついたとみえて、きゅうにそこいらをさがしはじめた。わたしはすぐこしかけのしたへくびとてをつッこんでめがねをひろいだした。せんせいはありがとうといって、それをわたしのてからうけとった.
22 つぎのひわたしはせんせいのあとにつづいてうみへとびこんだ。そうしてせんせいといっしょのほうがくにおよいでいった。にちょうほどおきへでると、せんせいはうしろをふりかえってわたしにはなしかけた。ひろいあおいうみのひょうめんにういているものは、そのきんじょにわたしらふたりよりそとになかった。そうしてつよいたいようのひかりが、めのとどくかぎりみずとやまとをてらしていた.
23 わたしはじゆうとかんきにみちたきんにくをうごかしてうみのなかでおどりくるった。せんせいはまたぱたりとてあしのうんどうをやめてあおむけになったままろうのうえにねた。わたしもそのまねをした。あおぞらのいろがぎらぎらとめをいるようにつうれつないろをわたしのかおになげつけた。「ゆかいですね」とわたしはおおきなこえをだした.
24 しばらくしてうみのなかでおきあがるようにしせいをあらためたせんせいは、「もうかえりませんか」といってわたしをうながした。ひかくてきつよいたいしつをもったわたしは、もっとうみのなかであそんでいたかった。しかしせんせいからさそわれたとき、わたしはすぐ「ええかえりましょう」とこころよくこたえた。そうしてふたりでまたもとのみちをはまべへひきかえした.
25 わたしはこれからせんせいとこんいになった。しかしせんせいがどこにいるかはまだしらなかった。それからなかふつかおいてちょうどみっかめのごごだったとおもう。せんせいとがかりちゃやでであったとき、せんせいはとつぜんわたしにむかって、「きみはまだだいぶながくここにいるつもりですか」ときいた。かんがえのないわたしはこういうといにこたえるだけのよういをあたまのなかにたくわえていなかった.
26 それで「どうだかわかりません」とこたえた。しかしにやにやわらっているせんせいのかおをみたとき、わたしはきゅうにきまりがわるくなった。「せんせいは?」とききかえさずにはいられなかった。これがわたしのくちをでたせんせいということばのはじまりである。わたしはそのばんせんせいのやどをたずねた。そこにすんでいるひとのせんせいのかぞくでないこともわかった.
27 わたしがせんせいせんせいとよびかけるので、せんせいはにがわらいをした。わたしはそれがねんちょうしゃにたいするわたしのくちぐせだといってべんかいした。わたしはこのあいだのせいようじんのことをきいてみた。わたしはさいごにせんせいにむかって、どこかでせんせいをみたようにおもうけれども、どうしてもおもいだせないといった.
28 わかいわたしはそのときあんにあいてもわたしとおなじようなかんじをもっていはしまいかとうたがった。そうしてはらのなかでせんせいのへんじをよきしてかかった。ところがせんせいはしばらくちんぎんしたあとで、「どうもきみのかおにはみおぼえがありませんね。ひとちがいじゃないですか」といったのでわたしはへんにいっしゅのしつぼうをかんじた.
29 わたしはつきのすえにとうきょうへかえった。せんせいのひしょちをひきあげたのはそれよりずっとまえであった。わたしはせんせいとわかれるときに、「これからおりおりおたくへうかがってもよろしござんすか」ときいた。せんせいはたんかんにただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。それでこのものたりないへんじがすこしわたしのじしんをいためた.
30 わたしはこういうことでよくせんせいからしつぼうさせられた。せんせいはそれにきがついているようでもあり、またまったくきがつかないようでもあった。わたしはまたけいびなしつぼうをくりかえしながら、それがためにせんせいからはなれていくきにはなれなかった。むしろそれとははんたいで、ふあんにわななかされるたびに、もっとまえへすすみたくなった.
31 もっとまえへすすめば、わたしのよきするあるものが、いつかめのまえにまんぞくにあらわれてくるだろうとおもった。わたしはわかかった。けれどもすべてのにんげんにたいして、わかいちがこうすなおにはたらこうとはおもわなかった。わたしはなぜせんせいにたいしてだけこんなこころもちがおこるのかわからなかった。それがせんせいのなくなったきょうになって、はじめてわかってきた.
32 せんせいははじめからわたしをきらっていたのではなかったのである。せんせいがわたしにしめしたときどきのそっけないあいさつやれいたんにみえるどうさは、わたしをとおざけようとするふかいのひょうげんではなかったのである。いたましいせんせいは、じぶんにちかづこうとするにんげんに、ちかづくほどのかちのないものだからよせというけいこくをあたえたのである.
33 たのなつかしみにおうじないせんせいは、たをけいべつするまえに、まずじぶんをけいべつしていたものとみえる。わたしはむろんせんせいをたずねるつもりでとうきょうへかえってきた。かえってからじゅぎょうのはじまるまでにはまだにしゅうかんのにっすうがあるので、そのうちにいっどいっておこうとおもった。しかしかえってふつかさんにちとたつうちに、かまくらにいたときのきぶんがだんだんうすくなってきた.
34 そうしてそのうえにいろどられるだいとかいのくうきが、きおくのふっかつにともなうつよいしげきとともに、こくわたしのこころをそめつけた。わたしはおうらいでがくせいのかおをみるたびにあたらしいがくねんにたいするきぼうときんちょうとをかんじた。わたしはしばらくせんせいのことをわすれた。じゅぎょうがはじまって、いちカげつばかりするとわたしのこころに、またいっしゅのたるみができてきた.
35 わたしはなにだかぶそくなかおをしておうらいをあるきはじめた。ものほしそうにじぶんのへやのなかをみまわした。わたしのあたまにはふたたびせんせいのかおがういてでた。わたしはまたせんせいにあいたくなった。はじめてせんせいのたくをたずねたとき、せんせいはるすであった。にどめにいったのはつぎのにちようだとおぼえている.
36 はれたそらがみにしみこむようにかんぜられるよいびよりであった。そのひもせんせいはるすであった。かまくらにいたとき、わたしはせんせいじしんのくちから、いつでもたいていたくにいるということをきいた。むしろがいしゅつきらいだということもきいた。にどきてにどともあえなかったわたしは、そのことばをおもいだして、りゆうもないふまんをどこかにかんじた.
37 わたしはすぐげんかんさきをさらなかった。げじょのかおをみてすこしちゅうちょしてそこにたっていた。このぜんめいしをとりついだきおくのあるげじょは、わたしをまたしておいてまたうちへはいった。するとおくさんらしいひとがかわってでてきた。うつくしいおくさんであった。わたしはそのひとからていやすしにせんせいのでさきをおしえられた.
38 せんせいはれいげつそのひになるとぞうしがやのぼちにあるあるほとけへはなをたむけにいくしゅうかんなのだそうである。「たったいまでたばかりで、じゅうぶんになるか、ならないかでございます」とおくさんはきのどくそうにいってくれた。わたしはえしゃくしてそとへでた。にぎやかなまちのほうへいっちょうほどあるくと、わたしもさんぽがてらぞうしがやへいってみるきになった.
39 せんせいにあえるかあえないかというこうきしんもうごいた。それですぐかかとをまわらした。わたしはぼちのてまえにあるなえばたけのひだりがわからはいって、りょうほうにかえでをうえつけたひろいみちをおくのほうへすすんでいった。するとそのはしくれにみえるちゃみせのなかからせんせいらしいひとがふいとでてきた。わたしはそのひとのめがねのえんがひにひかるまでちかくよっていった.
40 そうしてだしぬけに「せんせい」とおおきなこえをかけた。せんせいはとつぜんたちどまってわたしのかおをみた。「どうして....、どうして....」せんせいはおなじことばをにぺんくりかえした。そのことばはしんかんとしたひるのなかにいようなちょうしをもってくりかえされた。わたしはきゅうになにともこたえられなくなった.
41 「わたしのあとをつけてきたのですか。どうして....」せんせいのたいどはむしろおちついていた。こえはむしろしずんでいた。けれどもそのひょうじょうのなかにははんぜんいえないようないっしゅのくもりがあった。わたしはわたしがどうしてここへきたかをせんせいにはなした。「だれのはかへまいりにいったか、つまがそのひとのなをいいましたか」.
42 「いいえ、そんなことはなにもおっしゃいません」「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、はじめてあったあなたに。いうひつようがないんだから」せんせいはようやくとくしんしたらしいようすであった。しかしわたしにはそのいみがまるでわからなかった。せんせいとわたしはとおりへでようとしてはかのあいだをぬけた.
43 いざべらなになにのはかだの、しんぼくロギンのはかだのというかたわらに、いっさいしゅじょうしつうふつせいとかいたとうばなどがたててあった。ぜんけんこうしなになにというのもあった。わたしはやすとくつよしとえりつけたちいさいはかのまえで、「これはなにとよむんでしょう」とせんせいにきいた。「アンドレとでもよませるつもりでしょうね」.
44 といってせんせいはくしょうした。せんせいはこれらのぼひょうがあらわすひとしゅじゅのようしきにたいして、わたしほどにこっけいもアイロニーもみとめてないらしかった。わたしがまるいはかいしだのほそながいみかげのいしぶみだのをさして、しきりにかれこれいいたがるのを、はじめのうちはだまってきいていたが、しまいに「あなたはしというじじつをまだまじめにかんがえたことがありませんね」.
45 といった。わたしはだまった。せんせいもそれぎりなにともいわなくなった。ぼちのくぎりめに、おおきなぎんなんがいっぽんそらをかくすようにたっていた。そのしたへきたとき、せんせいはたかいこずえをみあげて、「もうすこしすると、きれいですよ。このきがすっかりこうようして、ここいらのじめんはきんいろのらくようでうまるようになります」.
46 といった。せんせいはつきにいっどずつはかならずこのきのしたをとおるのであった。むこうのほうででこぼこのじめんをならしてしんぼちをつくっているおとこが、くわのてをやすめてわたしたちをみていた。わたしたちはそこからひだりへきれてすぐかいどうへでた。これからどこへいくというもくてきのないわたしは、ただせんせいのあるくほうへあるいていった.
47 せんせいはいつもよりくちかずをきかなかった。それでもわたしはさほどのきゅうくつをかんじなかったので、ぶらぶらいっしょにあるいていった。「すぐおたくへおかえりですか」「ええべつによるところもありませんから」ふたりはまただまってみなみのほうへさかをおりた。「せんせいのおたくのぼちはあすこにあるんですか」とわたしがまたくちをききだした.
48 「いいえ」「どなたのおはかがあるんですか。――ごしんるいのおはかですか」「いいえ」せんせいはこれいがいになにもこたえなかった。わたしもそのはなしはそれぎりにしてきりあげた。するといちちょうほどあるいたあとで、せんせいがふいにそこへもどってきた。「あすこにはわたしのともだちのはかがあるんです」「おともだちのおはかへまいつきおまいりをなさるんですか」.
49 「そうです」せんせいはそのひこれいがいをかたらなかった。わたしはそれからときどきせんせいをほうもんするようになった。いくたびにせんせいはざいたくであった。せんせいにあうどすうがかさなるにつれて、わたしはますますしげくせんせいのげんかんへあしをはこんだ。けれどもせんせいのわたしにたいするたいどははじめてあいさつをしたときも、こんいになったそのあとも、あまりかわりはなかった.
50 せんせいはいつもしずかであった。あるときはしずかすぎてさびしいくらいであった。わたしはさいしょからせんせいにはちかづきがたいふしぎがあるようにおもっていた。それでいて、どうしてもちかづかなければいられないというかんじが、どこかにつよくはたらいた。こういうかんじをせんせいにたいしてもっていたものは、おおくのひとのうちであるいはわたしだけかもしれない.
51 しかしそのわたしだけにはこのちょっかんがあとになってじじつのうえにしょうこたてられたのだから、わたしはわかわかしいといわれても、ばかげているとわらわれても、それをみこしたじぶんのちょっかくをとにかくたのもしくまたうれしくおもっている。いまいったとおりせんせいはしじゅうしずかであった。おちついていた。けれどもときとしてへんなくもりがそのかおをよこぎることがあった.
52 まどにくろいとりかげがさすように。さすかとおもうと、すぐきえるにはきえたが。わたしがはじめてそのくもりをせんせいのみけんにみとめたのは、ぞうしがやのぼちで、ふいにせんせいをよびかけたときであった。わたしはそのいようのしゅんかんに、いままでこころよくながれていたしんぞうのちょうりゅうをちょっとにぶらせた。しかしそれはたんにいちじのけったいにすぎなかった.
53 わたしのこころはごぷんとたたないうちにへいそのだんりょくをかいふくした。わたしはそれぎりくらそうなこのくものかげをわすれてしまった。ゆくりなくまたそれをおもいださせられたのは、こはるのつきるにまのないあるばんのことであった。せんせいとはなしていたわたしは、ふとせんせいがわざわざちゅういしてくれたぎんなんのたいじゅをめのまえにおもいうかべた.
54 かんじょうしてみると、せんせいがまいつきれいとしてぼさんにいくひが、それからちょうどみっかめにあたっていた。そのみっかめはわたしのかぎょうがひるでおえるらくなひであった。わたしはせんせいにむかってこういった。「せんせいぞうしがやのぎんなんはもうちってしまったでしょうか」「まだそらぼうずにはならないでしょう」せんせいはそうこたえながらわたしのかおをみまもった.
55 そうしてそこからしばしめをはなさなかった。わたしはすぐいった。「こんどおはかまいりにいらっしゃるときにおとものをしてもよろしござんすか。わたしはせんせいといっしょにあすこいらがさんぽしてみたい」「わたしははかまいりにいくんで、さんぽにいくんじゃないですよ」「しかしついでにさんぽをなすったらちょうどいいじゃありませんか」.
56 せんせいはなにともこたえなかった。しばらくしてから、「わたしのはほんとうのはかまいりだけなんだから」といって、どこまでもぼさんとさんぽをきりはなそうとするふうにみえた。わたしといきたくないこうじつだかなにだか、わたしにはそのときのせんせいが、いかにもこどもらしくてへんにおもわれた。わたしはなおとさきへでるきになった.
57 「じゃおはかまいりでもいいからいっしょにつれていってください。わたしもおはかまいりをしますから」じっさいわたしにはぼさんとさんぽとのくべつがほとんどむいみのようにおもわれたのである。するとせんせいのまゆがちょっとくもった。めのうちにもいようのひかりがでた。それはめいわくともけんおともいふともかたづけられないかすかなふあんらしいものであった.
58 わたしはたちまちぞうしがやで「せんせい」とよびかけたときのきおくをつよくおもいおこした。ふたつのひょうじょうはまったくおなじだったのである。「わたしは」とせんせいがいった。「わたしはあなたにはなすことのできないあるりゆうがあって、たといっしょにあすこへはかまいりにはいきたくないのです。じぶんのつまさえまだつれていったことがないのです」.
59 わたしはふしぎにおもった。しかしわたしはせんせいをけんきゅうするきでそのたくへでいりをするのではなかった。わたしはただそのままにしてうちすぎた。いまかんがえるとそのときのわたしのたいどは、わたしのせいかつのうちでむしろとうとむべきもののひとつであった。わたしはまったくそのためにせんせいとにんげんらしいあたたかいこうさいができたのだとおもう.
60 もしわたしのこうきしんがいくぶんでもせんせいのこころにむかって、けんきゅうてきにはたらきかけたなら、ふたりのあいだをつなぐどうじょうのいとは、なにのようしゃもなくそのときふつりときれてしまったろう。わかいわたしはまったくじぶんのたいどをじかくしていなかった。それだからとうといのかもしれないが、もしまちがえてうらへでたとしたら、どんなけっかがふたりのなかにおちてきたろう.
61 わたしはそうぞうしてもぞっとする。せんせいはそれでなくても、つめたいめでけんきゅうされるのをたえずおそれていたのである。わたしはつきににどもしくはさんどずつかならずせんせいのたくへいくようになった。わたしのあしがだんだんしげくなったときのあるひ、せんせいはとつぜんわたしにむかってきいた。「あなたはなにでそうたびたびわたしのようなもののたくへやってくるのですか」.
62 「なにでといって、そんなとくべつないみはありません。――しかしおじゃまなんですか」「じゃまだとはいいません」なるほどめいわくというようすは、せんせいのどこにもみえなかった。わたしはせんせいのこうさいのはんいのきわめてせまいことをしっていた。せんせいのもとのどうきゅうせいなどで、そのころとうきょうにいるものはほとんどふたりかさんにんしかないということもしっていた.
63 せんせいとどうきょうのがくせいなどにはときたまざしきでどうざするばあいもあったが、かれらのいずれもはみんなわたしほどせんせいにしたしみをもっていないようにみうけられた。「わたしはさびしいにんげんです」とせんせいがいった。「だからあなたのきてくださることをよろこんでいます。だからなぜそうたびたびくるのかといってきいたのです」.
64 「そりゃまたなぜです」わたしがこうききかえしたとき、せんせいはなにともこたえなかった。ただわたしのかおをみて「あなたはいくさいですか」といった。このもんどうはわたしにとってすこぶるふとくようりょうのものであったが、わたしはそのときそこまでおさずにかえってしまった。しかもそれからよっかとたたないうちにまたせんせいをほうもんした.
65 せんせいはざしきへでるやいなやわらいだした。「またきましたね」といった。「ええきました」といってじぶんもわらった。わたしはそとのひとからこういわれたらきっとしゃくにさわったろうとおもう。しかしせんせいにこういわれたときは、まるではんたいであった。しゃくにさわらないばかりでなくかえってゆかいだった。「わたしはさびしいにんげんです」.
66 とせんせいはそのばんまたこのあいだのことばをくりかえした。「わたしはさびしいにんげんですが、ことによるとあなたもさびしいにんげんじゃないですか。わたしはさびしくってもとしをとっているから、うごかずにいられるが、わかいあなたはそうはいかないのでしょう。うごけるだけうごきたいのでしょう。うごいてなにかにぶつかりたいのでしょう....」.
67 「わたしはちっともさびしくはありません」「わかいうちほどさびしいものはありません。そんならなぜあなたはそうたびたびわたしのたくへくるのですか」ここでもこのあいだのことばがまたせんせいのくちからくりかえされた。「あなたはわたしにあってもおそらくまださびしいきがどこかでしているでしょう。わたしにはあなたのためにそのさびしさをねもとからひきぬいてあげるだけのちからがないんだから.
68 あなたはそとのほうをむいていまにてをひろげなければならなくなります。いまにわたしのたくのほうへはあしがむかなくなります」せんせいはこういってさびしいわらいかたをした。さいわいにしてせんせいのよげんはじつげんされずにすんだ。けいけんのないとうじのわたしは、このよげんのなかにふくまれているめいはくないぎさえりょうかいしえなかった.
69 わたしはいぜんとしてせんせいにあいにいった。そのうちいつのあいだにかせんせいのしょくたくでめしをくうようになった。しぜんのけっかおくさんともくちをきかなければならないようになった。ふつうのにんげんとしてわたしはおんなにたいしてれいたんではなかった。それがみなもとのいんかどうかはぎもんだが、わたしのきょうみはおうらいでであうしりもしないおんなにむかっておおくはたらくだけであった.
70 せんせいのおくさんにはそのぜんげんかんであったとき、うつくしいといういんしょうをうけた。それからあうたんびにおなじいんしょうをうけないことはなかった。しかしそれいがいにわたしはこれといってとくにおくさんについてかたるべきなにものももたないようなきがした。これはおくさんにとくしょくがないというよりも、とくしょくをしめすきかいがこなかったのだとかいしゃくするほうがせいとうかもしれない.
71 しかしわたしはいつでもせんせいにふぞくしたいちぶぶんのようなこころもちでおくさんにたいしていた。おくさんもじぶんのおっとのところへくるしょせいだからというこういで、わたしをぐうしていたらしい。だからちゅうかんにたつせんせいをとりのぞければ、つまりふたりはばらばらになっていた。それではじめてしりあいになったときのおくさんについては、ただうつくしいというそとになにのかんじものこっていない.
72 あるときわたしはせんせいのたくでさけをのまされた。そのときおくさんがでてきてかたわらでしゃくをしてくれた。せんせいはいつもよりゆかいそうにみえた。おくさんに「おまえもひとつおあがり」といって、じぶんののみほしたさかずきをさした。おくさんは「わたしは....」とじたいしかけたあと、めいわくそうにそれをうけとった.
73 おくさんはきれいなまゆをよせて、わたしのはんぶんばかりついであげたさかずきを、くちびるのさきへもっていった。おくさんとせんせいのあいだにしたのようなかいわがはじまった。「めずらしいこと。わたしにのめとおっしゃったことはめったにないのにね」「おまえはきらいだからさ。しかしまれにはのむといいよ。よいこころもちになるよ」.
74 「ちっともならないわ。くるしいぎりで。でもあなたはたいへんごゆかいそうね、すこしごしゅをめしあがると」「じによるとたいへんゆかいになる。しかしいつでもというわけにはいかない」「こんやはいかがです」「こんやはよいこころもちだね」「これからまいばんすこしずつめしあがるとよろしござんすよ」「そうはいかない」.
75 「めしあがってくださいよ。そのかたがさびしくなくってよいから」せんせいのたくはふうふとげじょだけであった。いくたびにたいていはひそりとしていた。たかいわらいごえなどのきこえるためしはまるでなかった。あるときはたくのなかにいるものはせんせいとわたしだけのようなきがした。「こどもでもあるとよいんですがね」とおくさんはわたしのほうをむいていった.
76 わたしは「そうですな」とこたえた。しかしわたしのこころにはなにのどうじょうもおこらなかった。こどもをもったことのないそのときのわたしは、こどもをたださばえいもののようにかんがえていた。「ひとりもらってやろうか」とせんせいがいった。「もらえッこじゃ、ねえあなた」とおくさんはまたわたしのほうをむいた。「こどもはいつまでたったってできっこないよ」.
77 とせんせいがいった。おくさんはだまっていた。「なぜです」とわたしがかわりにきいたときせんせいは「てんばつだからさ」といってたかくわらった。わたしのしるかぎりせんせいとおくさんとは、なかのよいふうふのいちついであった。(おくさんのなはしずかといった)。せんせいは「おいしずか」といつでもふすまのほうをふりむいた.
78 そのよびかたがわたしにはやさしくきこえた。へんじをしてでてくるおくさんのようすもはなはだすなおであった。ときたまごちそうになって、おくさんがせきへあらわれるばあいなどには、このかんけいがいっそうあきらかにふたりのあいだにえがきだされるようであった。せんせいはときどきおくさんをつれて、おんがくかいだのしばいだのにいった.
79 それからふうふづれでいちしゅうかんいないのりょこうをしたことも、わたしのきおくによると、にさんどいじょうあった。わたしははこねからもらったえはがきをまだもっている。にっこうへいったときはこうようのはをいっまいふうじこめたゆうびんももらった。とうじのわたしのめにうつったせんせいとおくさんのあいだがらはまずこんなものであった.
80 そのうちにたったひとつのれいがいがあった。あるひわたしがいつものとおり、せんせいのげんかんからあんないをたのもうとすると、ざしきのほうでだれかのはなしごえがした。よくきくと、それがじんじょうのだんわでなくって、どうもげんさからいらしかった。せんせいのたくはげんかんのつぎがすぐざしきになっているので、こうしのまえにたっていたわたしのみみにそのげんさからいのちょうしだけはほぼわかった.
81 そうしてそのうちのひとりがせんせいだということも、ときどきたかまってくるおとこのほうのこえでわかった。あいてはせんせいよりもひくいおとなので、だれだかはんぜんしなかったが、どうもおくさんらしくかんぜられた。ないているようでもあった。わたしはどうしたものだろうとおもってげんかんさきでまよったが、すぐけっしんをしてそのままげしゅくへかえった.
82 みょうにふあんなこころもちがわたしをおそってきた。わたしはしょもつをよんでものみこむのうりょくをうしなってしまった。やくいちじかんばかりするとせんせいがまどのしたへきてわたしのなをよんだ。わたしはおどろいてまどをあけた。せんせいはさんぽしようといって、したからわたしをさそった。せんこくたいのあいだへつつんだままのとけいをだしてみると、もうはちじすぎであった.
83 わたしはかえったなりまだはかまをつけていた。わたしはそれなりすぐひょうへでた。そのばんわたしはせんせいといっしょにびーるをのんだ。せんせいはがんらいしゅりょうにとぼしいひとであった。あるていどまでのんで、それでよえなければ、ようまでのんでみるというぼうけんのできないひとであった。「きょうはだめです」といってせんせいはくしょうした.
84 「ゆかいになれませんか」とわたしはきのどくそうにきいた。わたしのはらのなかにはしじゅうせんこくのことがひきっかかっていた。さかなのほねがのどにささったときのように、わたしはくるしんだ。うちあけてみようかとかんがえたり、よしたほうがよかろうかとおもいなおしたりするどうようが、みょうにわたしのようすをそわそわさせた.
85 「きみ、こんやはどうかしていますね」とせんせいのほうからいいだした。「じつはわたしもすこしへんなのですよ。きみにわかりますか」わたしはなにのこたえもしえなかった。「じつはせんこくつまとすこしけんかをしてね。それでくだらないしんけいをこうふんさせてしまったんです」とせんせいがまたいった。「どうして....」.
86 わたしにはけんかということばがくちへでてこなかった。「つまがわたしをごかいするのです。それをごかいだといってきかせてもしょうちしないのです。ついはらをたてたのです」「どんなにせんせいをごかいなさるんですか」せんせいはわたしのこのといにこたえようとはしなかった。「つまがかんがえているようなにんげんなら、わたしだってこんなにくるしんでいやしない」.
87 せんせいがどんなにくるしんでいるか、これもわたしにはそうぞうのおよばないもんだいであった。ふたりがかえるときあるきながらのちんもくがいちちょうもにちょうもつづいた。そのあとでとつぜんせんせいがくちをききだした。「わるいことをした。おこってでたからつまはさぞしんぱいをしているだろう。かんがえるとおんなはかわいそうなものですね.
88 わたしのつまなどはわたしよりそとにまるでたよりにするものがないんだから」せんせいのことばはちょっとそこでとぎれたが、べつにわたしのへんじをきたいするようすもなく、すぐそのつづきへうつっていった。「そういうと、おっとのほうはいかにもしんじょうぶのようですこしこっけいだが。きみ、わたしはきみのめにどううつりますかね.
89 つよいひとにみえますか、よわいひとにみえますか」「ちゅういにみえます」とわたしはこたえた。このこたえはせんせいにとってすこしあんがいらしかった。せんせいはまたくちをとじて、むごんであるきだした。せんせいのたくへかえるにはわたしのげしゅくのついそばをとおるのがじゅんろであった。わたしはそこまできて、まがりかどでわかれるのがせんせいにすまないようなきがした.
90 「ついでにおたくのまえまでおともなえしましょうか」といった。せんせいはたちまちてでわたしをさえぎった。「もうおそいからはやくかえりたまえ。わたしもはやくかえってやるんだから、さいくんのために」せんせいがさいごにつけくわえた「さいくんのために」ということばはみょうにそのときのわたしのこころをあたたかにした.
91 わたしはそのことばのために、かえってからあんしんしてねることができた。わたしはそのあともながいあいだこの「さいくんのために」ということばをわすれなかった。せんせいとおくさんのあいだにおこったはらんが、たいしたものでないことはこれでもわかった。それがまためったにおこるげんしょうでなかったことも、そのあとたえずでいりをしてきたわたしにはほぼすいさつができた.
92 それどころかせんせいはあるときこんなかんそうすらわたしにもらした。「わたしはよのなかでおんなというものをたったひとりしかしらない。つまいがいのおんなはほとんどおんなとしてわたしにうったえないのです。つまのほうでも、わたしをてんかにただひとりしかないおとことおもってくれています。そういういみからいって、わたしたちはもっともこうふくにうまれたにんげんのいちついであるべきはずです」.
93 わたしはいまぜんごのいきがかりをわすれてしまったから、せんせいがなにのためにこんなじはくをわたしにしてきかせたのか、はんぜんいうことができない。けれどもせんせいのたいどのまじめであったのと、ちょうしのしずんでいたのとは、いまだにきおくにのこっている。そのときただわたしのみみにいようにひびいたのは、「もっともこうふくにうまれたにんげんのいちついであるべきはずです」.
94 というさいごのいっくであった。せんせいはなぜこうふくなにんげんといいきらないで、あるべきはずであるとことわったのか。わたしにはそれだけがふしんであった。ことにそこへいっしゅのちからをいれたせんせいのごきがふしんであった。せんせいはじじつはたしてこうふくなのだろうか、またこうふくであるべきはずでありながら、それほどこうふくでないのだろうか.
95 わたしはこころのなかでうたぐらざるをえなかった。けれどもそのうたがいはいちじかぎりどこかへほうむられてしまった。わたしはそのうちせんせいのるすにいって、おくさんとふたりさしむかいではなしをするきかいにであった。せんせいはそのひよこはまをしゅっぱんするきせんにのってがいこくへいくべきゆうじんをしんばしへおくりにいってるすであった.
96 よこはまからふねにのるひとが、あさはちじはんのきしゃでしんばしをたつのはそのころのしゅうかんであった。わたしはあるしょもつについてせんせいにはなしてもらうひつようがあったので、あらかじめせんせいのしょうだくをえたとおり、やくそくのくじにほうもんした。せんせいのしんばしいきはぜんじつわざわざこくべつにきたゆうじんにたいするれいぎとしてそのひとつぜんたったできごとであった.
97 せんせいはすぐかえるからるすでもわたしにまっているようにといいのこしていった。それでわたしはざしきへあがって、せんせいをまつま、おくさんとはなしをした。そのときのわたしはすでにだいがくせいであった。はじめてせんせいのたくへきたころからみるとずっとせいじんしたきでいた。おくさんともだいぶこんいになったあとであった.
98 わたしはおくさんにたいしてなにのきゅうくつもかんじなかった。さしむかいでいろいろのはなしをした。しかしそれはとくしょくのないただのだんわだから、いまではまるでわすれてしまった。そのうちでたったひとつわたしのみみにとまったものがある。しかしそれをはなすまえに、ちょっとことわっておきたいことがある。せんせいはだいがくしゅっしんであった.
99 これははじめからわたしにしれていた。しかしせんせいのなにもしないであそんでいるということは、とうきょうへかえってすこしたってからはじめてわかった。わたしはそのときどうしてあそんでいられるのかとおもった。せんせいはまるでせけんになまえをしられていないひとであった。それをわたしはつねにおしいことだといった。せんせいはまた「わたしのようなものがよのなかへでて、くちをきいてはすまない」.
100 とこたえるぎりで、とりあわなかった。わたしにはそのこたえがけんそんすぎてかえってせけんをれいひょうするようにもきこえた。じっさいせんせいはときどきむかしのどうきゅうせいでいまちょめいになっているだれかれをとらえて、ひどくむえんりょなひひょうをくわえることがあった。それでわたしはろこつにそのむじゅんをあげてうんぬんしてみた.
101 わたしのせいしんははんこうのいみというよりも、せけんがせんせいをしらないでへいきでいるのがざんねんだったからである。そのときせんせいはしずんだちょうしで、「どうしてもわたしはせけんにむかってはたらきかけるしかくのないおとこだからしかたがありません」といった。せんせいのかおにはふかいいっしゅのひょうじょうがありありときざまれた.
102 わたしにはそれがしつぼうだか、ふへいだか、ひあいだか、わからなかったけれども、なにしろにのくのつげないほどにつよいものだったので、わたしはそれぎりなにもいうゆうきがでなかった。わたしがおくさんとはなしているあいだに、もんだいがしぜんせんせいのことからそこへおちてきた。「せんせいはなぜああやって、たくでかんがえたりべんきょうしたりなさるだけで、よのなかへでてしごとをなさらないんでしょう」.
103 「あのひとはだめですよ。そういうことがきらいなんですから」「つまりくだらないことだとさとっていらっしゃるんでしょうか」「さとるのさとらないのって、――そりゃおんなだからわたくしにはわかりませんけれど、おそらくそんないみじゃないでしょう。やっぱりなにかやりたいのでしょう。それでいてできないんです。だからきのどくですわ」.
104 「しかしせんせいはけんこうからいって、べつにどこもわるいところはないようじゃありませんか」「じょうぶですとも。なんにもじびょうはありません」「それでなぜかつどうができないんでしょう」「それがわからないのよ、あなた。それがわかるくらいならわたしだって、こんなにしんぱいしやしません。わからないからきのどくでたまらないんです」.
105 おくさんのごきにはひじょうにどうじょうがあった。それでもくちもとだけにはびしょうがみえた。そとがわからいえば、わたしのほうがむしろまじめだった。わたしはむずかしいかおをしてだまっていた。するとおくさんがきゅうにおもいだしたようにまたくちをひらいた。「わかいときはあんなひとじゃなかったんですよ。わかいときはまるでちがっていました.
106 それがまったくかわってしまったんです」「わかいときっていつごろですか」とわたしがきいた。「しょせいじだいよ」「しょせいじだいからせんせいをしっていらっしゃったんですか」おくさんはきゅうにうすあかいかおをした。おくさんはとうきょうのひとであった。それはかつてせんせいからもおくさんじしんからもきいてしっていた.
107 おくさんは「ほんとういうとあいのこなんですよ」といった。おくさんのちちおやはたしかとっとりかどこかのでであるのに、おかあさんのほうはまだえどといったじぶんのいちがやでうまれたおんななので、おくさんはじょうだんはんぶんそういったのである。ところがせんせいはまったくほうがくちがいのにいがたけんじんであった。わたしはときによると、それをぜんいにかいしゃくしてもみた.
108 ねんぱいのせんせいのことだから、なまめかしいかいそうなどをわかいものにきかせるのはわざとつつしんでいるのだろうとおもった。じによると、またそれをわるくもとった。せんせいにかぎらず、おくさんにかぎらず、ふたりともわたしにくらべると、いちじだいまえのいんしゅうのうちにせいじんしたために、そういうえんっぽいもんだいになると、しょうじきにじぶんをかいほうするだけのゆうきがないのだろうとかんがえた.
109 もっともどちらもすいそくにすぎなかった。そうしてどちらのすいそくのうらにも、ふたりのけっこんのおくによこたわるはなやかなロマンスのそんざいをかていしていた。わたしのかていははたしてあやまらなかった。けれどもわたしはただこいのはんめんだけをそうぞうにえがきえたにすぎなかった。せんせいはうつくしいれんあいのうらに、おそろしいひげきをもっていた.
110 そうしてそのひげきのどんなにせんせいにとってみむごなものであるかはあいてのおくさんにまるでしれていなかった。おくさんはいまでもそれをしらずにいる。せんせいはそれをおくさんにかくしてしんだ。せんせいはおくさんのこうふくをはかいするまえに、まずじぶんのせいめいをはかいしてしまった。わたしはいまこのひげきについてなにごともかたらない.
111 そのひげきのためにむしろうまれでたともいえるふたりのれんあいについては、せんこくいったとおりであった。ふたりともわたしにはほとんどなんもはなしてくれなかった。おくさんはつつしみのために、せんせいはまたそれいじょうのふかいりゆうのために。ただひとつわたしのきおくにのこっていることがある。あるはやりじぶんにわたしはせんせいといっしょにうえのへいった.
112 そうしてそこでうつくしいいちたいのだんじょをみた。かれらはむつまじそうによりそってはなのしたをあるいていた。ばしょがばしょなので、はなよりもそちらをむいてめを峙だてているひとがたくさんあった。「しんこんのふうふのようだね」とせんせいがいった。「なかがよさそうですね」とわたしがこたえた。せんせいはくしょうさえしなかった.
113 ふたりのだんじょをしせんのそとにおくようなほうがくへあしをむけた。それからわたしにこうきいた。「きみはこいをしたことがありますか」わたしはないとこたえた。「こいをしたくはありませんか」わたしはこたえなかった。「したくないことはないでしょう」「ええ」「きみはいまあのおとことおんなをみて、れいひょうしましたね.
114 あのれいひょうのうちにはきみがこいをもとめながらあいてをえられないというふかいのこえがまじわっていましょう」「そんなふうにきこえましたか」「きこえました。こいのまんぞくをあじわっているひとはもっとあたたかいこえをだすものです。しかし....しかしきみ、こいはざいあくですよ。わかっていますか」わたしはきゅうにおどろかされた.
115 なにともへんじをしなかった。われわれはぐんしゅうのなかにいた。ぐんしゅうはいずれもうれしそうなかおをしていた。そこをとおりぬけて、はなもひともみえないもりのなかへくるまでは、おなじもんだいをくちにするきかいがなかった。「こいはざいあくですか」とわたしがそのときとつぜんきいた。「ざいあくです。たしかに」とこたえたときのせんせいのごきはまえとおなじようにつよかった.
116 「なぜですか」「なぜだかいまにわかります。いまにじゃない、もうわかっているはずです。あなたのこころはとっくのむかしからすでにこいでうごいているじゃありませんか」わたしはいちおうじぶんのむねのなかをしらべてみた。けれどもそこはあんがいにくうきょであった。おもいあたるようなものはなんにもなかった。「わたしのむねのなかにこれというもくてきぶつはひとつもありません.
117 わたしはせんせいになにもかくしてはいないつもりです」「もくてきぶつがないからうごくのです。あればおちつけるだろうとおもってうごきたくなるのです」「いまそれほどうごいちゃいません」「あなたはものたりないけっかわたしのところにうごいてきたじゃありませんか」「それはそうかもしれません。しかしそれはこいとはちがいます」.
118 「こいにのぼるかいだんなんです。いせいとだきあうじゅんじょとして、まずどうせいのわたしのところへうごいてきたのです」「わたしにはふたつのものがまったくせいしつをことにしているようにおもわれます」「いやおなじです。わたしはおとことしてどうしてもあなたにまんぞくをあたえられないにんげんなのです。それから、あるとくべつのじじょうがあって、なおさらあなたにまんぞくをあたえられないでいるのです.
119 わたしはじっさいおきのどくにおもっています。あなたがわたしからよそへうごいていくのはしかたがない。わたしはむしろそれをきぼうしているのです。しかし....」わたしはへんにかなしくなった。「わたしがせんせいからはなれていくようにおおもいになればしかたがありませんが、わたしにそんなきのたったことはまだありません」.
120 せんせいはわたしのことばにみみをかさなかった。「しかしきをつけないといけない。こいはざいあくなんだから。わたしのところではまんぞくがえられないかわりにきけんもないが、――きみ、くろいながいかみでしばられたときのこころもちをしっていますか」わたしはそうぞうでしっていた。しかしじじつとしてはしらなかった。いずれにしてもせんせいのいうざいあくといういみはもうろうとしてよくわからなかった.
121 そのうえわたしはすこしふゆかいになった。「せんせい、ざいあくといういみをもっとはんぜんいってきかしてください。それでなければこのもんだいをここできりあげてください。わたしじしんにざいあくといういみがはんぜんわかるまで」「わるいことをした。わたしはあなたにしんじつをはなしているきでいた。ところがじっさいは、あなたをしょうりょしていたのだ.
122 わたしはわるいことをした」せんせいとわたしとははくぶつかんのうらからうぐいすけいのほうがくにしずかなほちょうであるいていった。かきのすきまからひろいにわのいちぶにしげるくまざさがゆうすいにみえた。「きみはわたしがなぜまいつきぞうしがやのぼちにうまっているゆうじんのはかへまいるのかしっていますか」せんせいのこのといはまったくとつぜんであった.
123 しかもせんせいはわたしがこのといにたいしてこたえられないということもよくしょうちしていた。わたしはしばらくへんじをしなかった。するとせんせいははじめてきがついたようにこういった。「またわるいことをいった。しょうりょせるのがわるいとおもって、せつめいしようとすると、そのせつめいがまたあなたをあせせるようなけっかになる.
124 どうもしかたがない。このもんだいはこれでとめましょう。とにかくこいはざいあくですよ、よござんすか。そうしてしんせいなものですよ」わたしにはせんせいのはなしがますますわからなくなった。しかしせんせいはそれぎりこいをくちにしなかった。ねんのわかいわたしはややともするといちずになりやすかった。すくなくともせんせいのめにはそううつっていたらしい.
125 わたしにはがっこうのこうぎよりもせんせいのだんわのほうがゆうえきなのであった。きょうじゅのいけんよりもせんせいのしそうのほうがありがたいのであった。とどのつまりをいえば、きょうだんにたってわたしをしどうしてくれるえらいひとびとよりもただひとりをまもっておおくをかたらないせんせいのほうがえらくみえたのであった。「あんまりのぼせちゃいけません」.
126 とせんせいがいった。「さめたけっかとしてそうおもうんです」とこたえたときのわたしにはじゅうぶんのじしんがあった。そのじしんをせんせいはゆるがってくれなかった。「あなたはねつにうかされているのです。ねつがさめるといやになります。わたしはいまのあなたからそれほどにおもわれるのを、くるしくかんじています。「わたしはそれほどけいはくにおもわれているんですか.
127 それほどふしんようなんですか」「わたしはおきのどくにおもうのです」「きのどくだがしんようされないとおっしゃるんですか」せんせいはめいわくそうににわのほうをむいた。そのにわに、このあいだまでおもそうなあかいつよいいろをぽたぽたてんじていたつばきのはなはもうひとつもみえなかった。せんせいはざしきからこのつばきのはなをよくながめるくせがあった.
128 「しんようしないって、とくにあなたをしんようしないんじゃない。にんげんぜんたいをしんようしないんです」そのときいけがきのむこうできんぎょうりらしいこえがした。そのそとにはなにのきこえるものもなかった。おおどおりからにちょうもふかくおれこんだこうじはぞんがいしずかであった。いえのなかはいつものとおりひっそりしていた.
129 わたしはつぎのまにおくさんのいることをしっていた。だまってはりしごとかなにかしているおくさんのみみにわたしのはなしごえがきこえるということもしっていた。しかしわたしはまったくそれをわすれてしまった。「じゃおくさんもしんようなさらないんですか」とせんせいにきいた。せんせいはすこしふあんなかおをした。そうしてちょくせつのこたえをさけた.
130 「わたしはわたしじしんさえしんようしていないのです。つまりじぶんでじぶんがしんようできないから、ひともしんようできないようになっているのです。じぶんをのろうよりそとにしかたがないのです」「そうむずかしくかんがえれば、だれだってたしかなものはないでしょう」「いやかんがえたんじゃない。やったんです。やったあとでおどろいたんです.
131 そうしてひじょうにこわくなったんです」わたしはもうすこしさきまでおなじみちをたどっていきたかった。するとふすまのかげで「あなた、あなた」というおくさんのこえがにどきこえた。せんせいはにどめに「なにだい」といった。おくさんは「ちょっと」とせんせいをつぎのまへよんだ。ふたりのあいだにどんなようじがおこったのか、わたしにはわからなかった.
132 それをそうぞうするよゆうをあたえないほどはやくせんせいはまたざしきへかえってきた。「とにかくあまりわたしをしんようしてはいけませんよ。いまにこうかいするから。そうしてじぶんがあざむかれたへんぽうに、ざんこくなふくしゅうをするようになるものだから」「そりゃどういういみですか」わたしはみらいのぶじょくをうけないために、いまのそんけいをしりぞけたいとおもうのです.
133 わたしはいまよりいっそうさびしいみらいのわたしをがまんするかわりに、さびしいいまのわたしをがまんしたいのです。じゆうとどくりつとおのれとにみちたげんだいにうまれたわれわれは、そのぎせいとしてみんなこのさびしみをあじわわなくてはならないでしょう」わたしはこういうかくごをもっているせんせいにたいして、いうべきことばをしらなかった.
134 そのあとわたしはおくさんのかおをみるたびにきになった。せんせいはおくさんにたいしてもしじゅうこういうたいどにでるのだろうか。もしそうだとすれば、おくさんはそれでまんぞくなのだろうか。おくさんのようすはまんぞくともふまんぞくともきわめようがなかった。わたしはそれほどちかくおくさんにせっしょくするきかいがなかったから.
135 それからおくさんはわたしにあうたびにじんじょうであったから。さいごにせんせいのいるせきでなければわたしとおくさんとはめったにかおをあわせなかったから。わたしのぎわくはまだそのうえにもあった。せんせいのにんげんにたいするこのかくごはどこからくるのだろうか。ただつめたいめでじぶんをないせいしたりげんだいをかんさつしたりしたけっかなのだろうか.
136 せんせいはすわってかんがえるしつのひとであった。せんせいのあたまさえあれば、こういうたいどはすわってよのなかをかんがえていてもしぜんとでてくるものだろうか。わたしにはそうばかりとはおもえなかった。せんせいのかくごはいきたかくごらしかった。ひにやけてれいきゃくしきったせきぞうかおくのりんかくとはちがっていた。わたしのめにえいずるせんせいはたしかにしそうかであった.
137 けれどもそのしそうかのまとめあげたしゅぎのうらには、つよいじじつがおりこまれているらしかった。じぶんときりはなされたたにんのじじつでなくって、じぶんじしんがつうせつにあじわったじじつ、ちがあつくなったりみゃくがとまったりするほどのじじつが、たたみこまれているらしかった。これはわたしのむねですいそくするがものはない.
138 せんせいじしんすでにそうだとこくはくしていた。ただそのこくはくがくものたけのようであった。わたしのあたまのうえにしょうたいのしれないおそろしいものをおおいかぶせた。そうしてなぜそれがおそろしいかわたしにもわからなかった。こくはくはぼうとしていた。それでいてあきらかにわたしのしんけいをふるわせた。(むろんせんせいとおくさんとのあいだにおこった).
139 せんせいがかつてこいはざいあくだといったことからてらしあわせてみると、たしょうそれがてがかりにもなった。しかしせんせいはげんにおくさんをあいしているとわたしにつげた。するとふたりのこいからこんなえんせいにちかいかくごがでようはずがなかった。「かつてはそのひとのまえにひざまずいたというきおくが、こんどはそのひとのあたまのうえにあしをのせさせようとする」.
140 といったせんせいのことばは、げんだいいっぱんのだれかれについてもちいられるべきで、せんせいとおくさんのあいだにはあてはまらないもののようでもあった。ぞうしがやにあるだれだかわからないひとのはか、――これもわたしのきおくにときどきうごいた。わたしはそれがせんせいとふかいえんこのあるはかだということをしっていた。けれどもわたしにとってそのはかはまったくしんだものであった.
141 ふたりのあいだにあるいのちのとびらをあけるかぎにはならなかった。むしろふたりのあいだにたって、じゆうのおうらいをさまたげるまもののようであった。そうこうしているうちに、わたしはまたおくさんとさしむかいではなしをしなければならないじきがきた。そのころはひのなじっていくせわしないあきに、だれもちゅういをひかれるはだざむのきせつであった.
142 せんせいのふきんでとうなんにかかったものがさんよんにちつづいてでた。とうなんはいずれもよいのくちであった。たいしたものをもっていかれたいえはほとんどなかったけれども、はいられたところではかならずなんかとられた。おくさんはぎみをわるくした。そこへせんせいがあるばんいえをあけなければならないじじょうができてきた.
143 せんせいとどうきょうのゆうじんでちほうのびょういんにほうしょくしているものがじょうきょうしたため、せんせいはそとのにさんめいとともに、あるところでそのゆうじんにめしをくわせなければならなくなった。せんせいはわけをはなして、わたしにかえってくるあいだまでのるすばんをたのんだ。わたしはすぐひきうけた。「じかんにおくれるとわるいって、ついいましがたでかけました」.
144 といったおくさんは、わたしをせんせいのしょさいへあんないした。しょさいにはようつくえといすのそとに、たくさんのしょもつがうつくしいせがわをならべて、がらすこしにでんとうのひかりでてらされていた。おくさんはひばちのまえにしいたざふとんのうえへわたしをすわらせて、「ちっとそこいらにあるほんでもよんでいてください」とことわってでていった.
145 わたしはちょうどしゅじんのかえりをまちうけるきゃくのようなきがしてすまなかった。わたしはかしこまったままたばこをのんでいた。おくさんがちゃのまでなにかげじょにはなしているこえがきこえた。しょさいはちゃのまのえんがわをつきあたっておれまがったかどにあるので、むねのいちからいうと、ざしきよりもかえってかけはなれたしずかさをりょうしていた.
146 ひとしきりでおくさんのはなしごえがやむと、あとはしんとした。わたしはどろぼうをまちうけるようなこころもちで、じっとしながらきをどこかにくばった。さんじゅうぷんほどすると、おくさんがまたしょさいのいりぐちへかおをだした。「おや」といって、かるくおどろいたときのめをわたしにむけた。そうしてきゃくにきたひとのようにしかつめらしくひかえているわたしをおかしそうにみた.
147 「それじゃきゅうくつでしょう」「いえ、きゅうくつじゃありません」「でもたいくつでしょう」「いいえ。どろぼうがくるかとおもってきんちょうしているからたいくつでもありません」おくさんはてにこうちゃちゃわんをもったまま、わらいながらそこにたっていた。「ここはすみっこだからばんをするにはよくありませんね」とわたしがいった.
148 「じゃしつれいですがもっとまんなかへでてきてちょうだい。ごたいくつだろうとおもって、おちゃをいれてもってきたんですが、ちゃのまでよろしければあちらであげますから」わたしはおくさんのあとにおいてしょさいをでた。ちゃのまにはきれいなながひばちにてつびんがなっていた。わたしはそこでちゃとかしのごちそうになった。おくさんはねられないといけないといって、ちゃわんにてをふれなかった.
149 「せんせいはやっぱりときどきこんなかいへおでかけになるんですか」「いいえめったにでたことはありません。ちかごろはだんだんじんのかおをみるのがきらいになるようです」こういったおくさんのようすに、べつだんこまったものだというふうもみえなかったので、わたしはついだいたんになった。「それじゃおくさんだけがれいがいなんですか」.
150 「いいえわたしもきらわれているひとりなんです」「そりゃうそです」とわたしがいった。「おくさんじしんうそとしりながらそうおっしゃるんでしょう」「なぜ」「わたしにいわせると、おくさんがすきになったからせけんがきらいになるんですもの」「あなたはがくもんをするかただけあって、なかなかおじょうずね。からっぽなりくつをつかいこなすことが.
151 よのなかがきらいになったから、わたしまでもきらいになったんだともいわれるじゃありませんか。それとどうなじりくつで」「りょうほうともいわれることはいわれますが、このばあいはわたしのほうがただしいのです」「ぎろんはいやよ。よくおとこのほうはぎろんだけなさるのね、おもしろそうに。そらのさかずきでよくあああきずにけんしゅうができるとおもいますわ」.
152 おくさんのことばはすこしていたかった。しかしそのことばのみみさわりからいうと、けっしてもうれつなものではなかった。じぶんにずのうのあることをあいてにみとめさせて、そこにいっしゅのほこりをみいだすほどにおくさんはげんだいてきでなかった。おくさんはそれよりもっとそこのほうにしずんだこころをだいじにしているらしくみえた.
153 わたしはまだそのあとにいうべきことをもっていた。けれどもおくさんからいたずらにぎろんをしかけるおとこのようにとられてはこまるとおもってえんりょした。おくさんはのみほしたこうちゃちゃわんのそこをのぞいてだまっているわたしをそらさないように、「もういっぱいあげましょうか」ときいた。わたしはすぐちゃわんをおくさんのてにわたした.
154 「いくつ? ひとつ? ふたッつ?」みょうなものでかくさとうをつまみあげたおくさんは、わたしのかおをみて、ちゃわんのなかへいれるさとうのかずをきいた。おくさんのたいどはわたしにこびるというほどではなかったけれども、せんこくのつよいことばをつとめてうちけそうとするあいきょうにみちていた。わたしはだまってちゃをのんだ.
155 のんでしまってもだまっていた。「あなたたいへんだまりこんじまったのね」とおくさんがいった。「なにかいうとまたぎろんをしかけるなんて、しかりつけられそうですから」とわたしはこたえた。「まさか」とおくさんがふたたびいった。ふたりはそれをいとぐちにまたはなしをはじめた。そうしてまたふたりにきょうつうなきょうみのあるせんせいをもんだいにした.
156 「おくさん、せんこくのつづきをもうすこしいわせてくださいませんか。おくさんにはうつろなりくつときこえるかもしれませんが、わたしはそんなうわのそらでいってることじゃないんだから」「じゃおっしゃい」「いまおくさんがきゅうにいなくなったとしたら、せんせいはげんざいのとおりでいきていられるでしょうか」「そりゃわからないわ、あなた.
157 そんなこと、せんせいにきいてみるよりそとにしかたがないじゃありませんか。わたしのところへもってくるもんだいじゃないわ」「おくさん、わたしはまじめですよ。だからにげちゃいけません。しょうじきにこたえなくっちゃ」「しょうじきよ。しょうじきにいってわたしにはわからないのよ」「じゃおくさんはせんせいをどのくらいあいしていらっしゃるんですか.
158 これはせんせいにきくよりむしろおくさんにうかがっていいしつもんですから、あなたにうかがいます」「なにもそんなことをひらきなおってきかなくってもいいじゃありませんか」「まじめくさってきくがものはない。わかりきってるとおっしゃるんですか」「まあそうよ」「そのくらいせんせいにちゅうじつなあなたがきゅうにいなくなったら、せんせいはどうなるんでしょう.
159 よのなかのどっちをむいてもおもしろそうでないせんせいは、あなたがきゅうにいなくなったらあとでどうなるでしょう。せんせいからみてじゃない。あなたからみてですよ。あなたからみて、せんせいはこうふくになるでしょうか、ふこうになるでしょうか」「そりゃわたしからみればわかっています。(せんせいはそうおもっていないかもしれませんが).
160 せんせいはわたしをはなれればふこうになるだけです。あるいはいきていられないかもしれませんよ。そういうと、おのれぼけになるようですが、わたしはこんせんせいをにんげんとしてできるだけこうふくにしているんだとしんじていますわ。どんなひとがあってもわたしほどせんせいをこうふくにできるものはないとまでおもいこんでいますわ.
161 それだからこうしておちついていられるんです」「そのしんねんがせんせいのこころによくうつるはずだとわたしはおもいますが」「それはべつもんだいですわ」「やっぱりせんせいからきらわれているとおっしゃるんですか」「わたしはきらわれてるとはおもいません。きらわれるわけがないんですもの。しかしせんせいはせけんがきらいなんでしょう.
162 せけんというよりちかごろではにんげんがきらいになっているんでしょう。だからそのにんげんのひとりとして、わたしもすかれるはずがないじゃありませんか」おくさんのきらわれているといういみがやっとわたしにのみこめた。わたしはおくさんのりかいりょくにかんしんした。おくさんのたいどがきゅうしきのにほんのおんならしくないところもわたしのちゅういにいっしゅのしげきをあたえた.
163 それでおくさんはそのころはやりはじめたいわゆるあたらしいことばなどはほとんどつかわなかった。わたしはおんなというものにふかいこうさいをしたけいけんのないうかつなせいねんであった。おとことしてのわたしは、いせいにたいするほんのうから、どうけいのもくてきぶつとしてつねにおんなをゆめみていた。だからじっさいのおんなのまえへでると、わたしのかんじょうがとつぜんかわることがときどきあった.
164 わたしはじぶんのまえにあらわれたおんなのためにひきつけられるかわりに、そのばにのぞんでかえってへんなはんぱつりょくをかんじた。おくさんにたいしたわたしにはそんなきがまるででなかった。ふつうだんじょのあいだによこたわるしそうのふへいきんというかんがえもほとんどおこらなかった。わたしはおくさんのおんなであるということをわすれた.
165 わたしはただせいじつなるせんせいのひひょうかおよびどうじょうかとしておくさんをながめた。「おくさん、わたしがこのまえなぜせんせいがせけんてきにもっとかつどうなさらないのだろうといって、あなたにきいたときに、あなたはおっしゃったことがありますね。もとはああじゃなかったんだって」「ええいいました。じっさいあんなじゃなかったんですもの」.
166 「どんなだったんですか」「あなたのきぼうなさるような、またわたしのきぼうするようなたのもしいひとだったんです」「それがどうしてきゅうにへんかなすったんですか」「きゅうにじゃありません、だんだんああなってきたのよ」「おくさんはそのかんしじゅうせんせいといっしょにいらしったんでしょう」「むろんいましたわ。ふうふですもの」.
167 「じゃせんせいがそうかわっていかれるみなもとのもとがちゃんとわかるべきはずですがね」「それだからこまるのよ。あなたからそういわれるとじつにつらいんですが、わたしにはどうかんがえても、かんがえようがないんですもの。わたしはいままでなんぺんあのひとに、どうぞうちあけてくださいってたのんでみたかわかりゃしません」「せんせいはなにとおっしゃるんですか」.
168 「なんにもいうことはない、なんにもしんぱいすることはない、おれはこういうせいしつになったんだからというだけで、とりあってくれないんです」わたしはだまっていた。おくさんもことばをとぎらした。げじょへやにいるげじょはことりともおとをさせなかった。わたしはまるでどろぼうのことをわすれてしまった。「あなたはわたしにせきにんがあるんだとおもってやしませんか」.
169 ととつぜんおくさんがきいた。「いいえ」とわたしがこたえた。「どうぞかくさずにいってください。そうおもわれるのはみをきられるよりつらいんだから」とおくさんがまたいった。「これでもわたしはせんせいのためにできるだけのことはしているつもりなんです」「そりゃせんせいもそうみとめていられるんだから、だいじょうぶです.
170 ごあんしんなさい、わたしがほしょうします」おくさんはひばちのはいをかきならした。それからみずちゅうのみずをてつびんにさした。てつびんはたちまちなりをしずめた。「わたしはとうとうしんぼうしきれなくなって、せんせいにききました。そういわれると、わたしかなしくなってしようがないんです、なみだがでてなおのことじぶんのわるいところがききたくなるんです」.
171 おくさんはめのなかになみだをいっぱいためた。はじめわたしはりかいのあるじょせいとしておくさんにたいしていた。わたしがそのきではなしているうちに、おくさんのようすがしだいにかわってきた。おくさんはわたしのずのうにうったえるかわりに、わたしのしんぞうをうごかしはじめた。じぶんとおっとのあいだにはなにのとぐろまりもない、またないはずであるのに、やはりなんかある.
172 それだのにめをあけてみきわめようとすると、やはりなんにもない。おくさんのくにするようてんはここにあった。おくさんはさいしょよのなかをみるせんせいのめがえんせいてきだから、そのけっかとしてじぶんもきらわれているのだとだんげんした。そうだんげんしておきながら、ちっともそこにおちついていられなかった。そこをわると、かえってそのぎゃくをかんがえていた.
173 せんせいはじぶんをきらうけっか、とうとうよのなかまでいやになったのだろうとすいそくしていた。けれどもどうほねをおっても、そのすいそくをつきとめてじじつとすることができなかった。せんせいのたいどはどこまでもおっとらしかった。しんせつでやさしかった。「あなたどうおもって?」ときいた。「わたしからああなったのか、それともあなたのいうじんせいかんとかなにとかいうものから、ああなったのか.
174 かくさずいってちょうだい」わたしはなにもかくすきはなかった。けれどもわたしのしらないあるものがそこにそんざいしているとすれば、わたしのこたえがなにであろうと、それがおくさんをまんぞくさせるはずがなかった。そうしてわたしはそこにわたしのしらないあるものがあるとしんじていた。「わたしにはわかりません」おくさんはよきのはずれたときにみるあわれなひょうじょうをそのとっさにあらわした.
175 わたしはすぐわたしのことばをつぎたした。「しかしせんせいがおくさんをきらっていらっしゃらないことだけはほしょうします。わたしはせんせいじしんのくちからきいたとおりをおくさんにつたえるだけです。せんせいはうそをはかないかたでしょう」おくさんはなにともこたえなかった。しばらくしてからこういった。「じつはわたしすこしおもいあたることがあるんですけれども....」.
176 「せんせいがああいうふうになったみなもとのもとについてですか」「ええ。もしそれがみなもとのもとだとすれば、わたしのせきにんだけはなくなるんだから、それだけでもわたしたいへんらくになれるんですが、....」「どんなことですか」おくさんはいいしぶってひざのうえにおいたじぶんのてをながめていた。「あなたはんだんしてくだすって.
177 いうから」「わたしにできるはんだんならやります」「みんなはいえないのよ。みんないうとしかられるから。しかられないところだけよ」わたしはきんちょうしてだえきをのみこんだ。「せんせいがまだだいがくにいるじぶん、たいへんなかのよいおともだちがひとりあったのよ。そのかたがちょうどそつぎょうするすこしまえにしんだんです.
178 きゅうにしんだんです」おくさんはわたしのみみにしごくようなちいさなこえで、「じつはへんししたんです」といった。それは「どうして」とききかえさずにはいられないようないいかたであった。「それっきりしかいえないのよ。けれどもそのことがあってからあとなんです。せんせいのせいしつがだんだんかわってきたのは。なぜそのかたがしんだのか、わたしにはわからないの.
179 せんせいにもおそらくわかっていないでしょう。けれどもそれからせんせいがかわってきたとおもえば、そうおもわれないこともないのよ」「そのひとのはかですか、ぞうしがやにあるのは」「それもいわないことになってるからいいません。しかしにんげんはしんゆうをひとりなくしただけで、そんなにへんかできるものでしょうか。わたしはそれがしりたくってたまらないんです.
180 だからそこをひとつあなたにはんだんしていただきたいとおもうの」わたしのはんだんはむしろひていのほうにかたむいていた。わたしはわたしのつらまえたじじつのゆるすかぎり、おくさんをなぐさめようとした。おくさんもまたできるだけわたしによってなぐさめられたそうにみえた。それでふたりはおなじもんだいをいつまでもはなしあった.
181 けれどもわたしはもともとことのだいこんをつかんでいなかった。おくさんのふあんもじつはそこにただよううすいくもににたぎわくからでてきていた。じけんのしんそうになると、おくさんじしんにもおおくはしれていなかった。しれているところでもみなはわたしにはなすことができなかった。したがってなぐさめるわたしも、なぐさめられるおくさんも、ともになみにういて、ゆらゆらしていた.
182 ゆらゆらしながら、おくさんはどこまでもてをだして、おぼつかないわたしのはんだんにすがりつこうとした。じゅうじころになってせんせいのくつのおとがげんかんにきこえたとき、おくさんはきゅうにいままでのすべてをわすれたように、まえにすわっているわたしをそっちのけにしてたちあがった。そうしてこうしをひらけるせんせいをほとんどであいあたまにむかえた.
183 わたしはとりのこされながら、あとからおくさんにおいていった。げじょだけはかりねでもしていたとみえて、ついにでてこなかった。せんせいはむしろきげんがよかった。しかしおくさんのちょうしはさらによかった。いましがたおくさんのうつくしいめのうちにたまったなみだのひかりと、それからくろいまゆげのねによせられたはちのじをきおくしていたわたしは、そのへんかをいじょうなものとしてちゅういふかくながめた.
184 もしそれがいつわりでなかったならば、(じっさいそれはいつわりとはおもえなかったが)、いままでのおくさんのうったえはかんしょうをもてあそぶためにとくにわたしをあいてにこしらえた、いたずらなじょせいのゆうぎととれないこともなかった。もっともそのときのわたしにはおくさんをそれほどひひょうてきにみるきはおこらなかった。わたしはおくさんのたいどのきゅうにかがやいてきたのをみて、むしろあんしんした.
185 これならばそうしんぱいするひつようもなかったんだとかんがえなおした。せんせいはわらいながら「どうもごくろうさま、どろぼうはきませんでしたか」とわたしにきいた。それから「こないんではりあいがぬけやしませんか」といった。かえるとき、おくさんは「どうもおきのどくさま」とえしゃくした。おくさんはそういいながら、せんこくだしたせいようかしののこりを、かみにつつんでわたしのてにもたせた.
186 わたしはそれをたもとへいれて、ひとどおりのすくないよさむのこうじをきょくせつしてにぎやかなまちのほうへいそいだ。わたしはそのばんのことをきおくのうちから抽きばついてここへくわしくかいた。これはかくだけのひつようがあるからかいたのだが、じつをいうと、おくさんにかしをもらってかえるときのきぶんでは、それほどとうやのかいわをおもくみていなかった.
187 わたしはそのよくじつごはんをくいにがっこうからかえってきて、さくやつくえのうえにのせておいたかしのつつみをみると、すぐそのなかからチョコレートをぬったとびいろのカステラをだしてほおばった。そうしてそれをくうときに、ひっきょうこのかしをわたしにくれたふたりのだんじょは、こうふくないちたいとしてよのなかにそんざいしているのだとじかくしつつあじわった.
188 あきがくれてふゆがくるまでかくべつのこともなかった。わたしはせんせいのたくへではいりをするついでに、いふくのあらいはりやしたてかたなどをおくさんにたのんだ。それまでじゅばんというものをきたことのないわたしが、シャツのうえにくろいえりのかかったものをかさねるようになったのはこのときからであった。「こりゃておりね.
189 こんなちのよいきものはいままでぬったことがないわ。そのかわりぬいわるいのよそりゃあ。まるではりがたたないんですもの。おかげではりをにぽんおりましたわ」こんなくじょうをいうときですら、おくさんはべつにめんどうくさいというかおをしなかった。ふゆがきたとき、わたしはぐうぜんこくへかえらなければならないことになった.
190 わたしのははからうけとったてがみのなかに、ちちのびょうきのけいかがおもしろくないようすをかいて、いまがいまというしんぱいもあるまいが、としがとしだから、できるならつごうしてかえってきてくれとたのむようにつけたしてあった。ちちはかねてからじんぞうをやんでいた。ちゅうねんいごのひとにしばしばみるとおり、ちちのこのやまいはまんせいであった.
191 そのかわりようじんさえしていればきゅうへんのないものととうにんもかぞくのものもしんじてうたがわなかった。げんにちちはようじょうのおかげひとつで、きょうまでどうかこうかしのいできたようにきゃくがくるとふいちょうしていた。そのちちが、ははのしょしんによると、にわへでてなにかしているきにとつぜんめまいがしてひきッぐりかえった.
192 かないのものはけいしょうののういっけつとおもいちがえて、すぐそのてあてをした。あとでいしゃからどうもそうではないらしい、やはりじびょうのけっかだろうというはんだんをえて、はじめてそっとうとじんぞうびょうとをむすびつけてかんがえるようになったのである。ふゆやすみがくるにはまだすこしまがあった。そのたびにいっしゅのこころぐるしさをなめたわたしは、とうとうかえるけっしんをした.
193 くにからりょひをおくらせるてすうとじかんをはぶくため、わたしはいとまごいかたがたせんせいのところへいって、いるだけのかねをいちじたてかえてもらうことにした。せんせいはすこしかぜのぎみで、ざしきへでるのがおっくうだといって、わたしをそのしょさいにとおした。しょさいのがらすとからふゆにはいってまれにみるようななつかしいわらかなにっこうがつくえがけのうえにしゃしていた.
194 せんせいはこのひあたりのよいへやのなかへおおきなひばちをおいて、ごとくのうえにかけたかなだらいからたちあがるゆげで、こきゅうのくるしくなるのをふせいでいた。「たいびょうはよいが、ちょっとしたかぜなどはかえっていやなものですね」といったせんせいは、くしょうしながらわたしのかおをみた。せんせいはびょうきというびょうきをしたことのないひとであった.
195 せんせいのことばをきいたわたしはわらいたくなった。「わたしはかぜぐらいならがまんしますが、それいじょうのびょうきはまっぴらです。せんせいだっておなじことでしょう。こころみにやってごらんになるとよくわかります」「そうかね。わたしはびょうきになるくらいなら、しびょうにかかりたいとおもってる」わたしはせんせいのいうことにかくべつちゅういをはらわなかった.
196 すぐははのてがみのはなしをして、かねのむしんをもうしでた。「そりゃこまるでしょう。そのくらいならいまてもとにあるはずだからもっていきたまえ」せんせいはおくさんをよんで、ひつようのきんがくをわたしのまえにならべさせてくれた。それをおくのちゃだんすかなにかのちゅうしゅつからだしてきたおくさんは、しろいはんしのうえへていやすしにかさねて、「そりゃごしんぱいですね」.
197 といった。「なんぺんもそっとうしたんですか」とせんせいがきいた。「てがみにはなにともかいてありませんが。――そんなになんどもひきッぐりかえるものですか」「ええ」せんせいのおくさんのははおやというひともわたしのちちとおなじびょうきでなくなったのだということがはじめてわたしにわかった。「どうせむずかしいんでしょう」.
198 とわたしがいった。「そうさね。わたしがかわられればかわってあげてもいいが。――おうきはあるんですか」「どうですか、なにともかいてないから、おおかたないんでしょう」「はきけさえこなければまだだいじょうぶですよ」とおくさんがいった。わたしはそのばんのきしゃでとうきょうをたった。ちちのびょうきはおもったほどわるくはなかった.
199 それでもついたときは、ゆかのうえにあぐらをかいて、「みんながしんぱいするから、まあがまんしてこうじっとしている。なにもうおきてもよいのさ」といった。しかしそのよくじつからはははがとめるのもきかずに、とうとうゆかをあげさせてしまった。はははぶしょうむしょうにふとおりのふとんをたたみながら「おとうさんはおまえがかえってきたので、きゅうにきがつよくおなりなんだよ」.
200 といった。わたしにはちちのきょどうがさしてきょせいをはっているようにもおもえなかった。わたしのあにはあるしょくをおびてとおいきゅうしゅうにいた。これはまんいちのことがあるばあいでなければ、よういにふぼのかおをみるじゆうのきかないおとこであった。いもうとはたこくへとついだ。これもきゅうばのまにあうように、おいそれとよびよせられるおんなではなかった.
201 きょうだいさんにんのうちで、いちばんべんりなのはやはりしょせいをしているわたしだけであった。そのわたしがははのいいづけとおりがっこうのかぎょうをほうりだして、やすみまえにかえってきたということが、ちちにはおおきなまんぞくであった。「これしきのびょうきにがっこうをやすませてはきのどくだ。おかあさんがあまりぎょうさんなてがみをかくものだからいけない」.
202 ちちはくちではこういった。こういったばかりでなく、いままでしいていたゆかをあげさせて、いつものようなげんきをしめした。「あんまりかるはずみをしてまたぎゃくまわすといけませんよ」わたしのこのちゅういをちちはゆかいそうにしかしきわめてかるくうけた。「なにだいじょうぶ、これでいつものようにようじんさえしていれば」じっさいちちはだいじょうぶらしかった.
203 いえのなかをじゆうにおうらいして、いきもきれなければ、めまいもかんじなかった。ただかおいろだけはふつうのひとよりもたいへんわるかったが、これはまたいまはじまったしょうじょうでもないので、わたしたちはかくべつそれをきにとめなかった。わたしはせんせいにてがみをかいておんしゃくのれいをのべた。しょうがつじょうきょうするときにじさんするからそれまでまってくれるようにとことわった.
204 そうしてちちのびょうじょうのおもったほどけんあくでないこと、このぶんならとうぶんあんしんなこと、めまいもおうきもかいむなことなどをかきつらねた。さいごにせんせいのかぜについてもひとことのみまいをつけくわえた。わたしはせんせいのかぜをじっさいかるくみていたので。わたしはそのてがみをだすときにけっしてせんせいのへんじをよきしていなかった.
205 だしたあとでちちやははとせんせいのうわさなどをしながら、はるかにせんせいのしょさいをそうぞうした。「こんどとうきょうへいくときにはしいたけでももっていっておあげ」「ええ、しかしせんせいがほしたしいたけなぞをくうかしら」「うまくはないが、べつにきらいなひともないだろう」わたしにはしいたけとせんせいをむすびつけてかんがえるのがへんであった.
206 せんせいのへんじがきたとき、わたしはちょっとおどろかされた。ことにそのないようがとくべつのようけんをふくんでいなかったとき、おどろかされた。せんせいはただしんせつずくで、へんじをかいてくれたんだとわたしはおもった。そうおもうと、そのかんたんないっぽんのてがみがわたしにはたいそうなよろこびになった。もっともこれはわたしがせんせいからうけとっただいいちのてがみにはそういなかったが.
207 だいいちというとわたしとせんせいのあいだにしょしんのおうふくがたびたびあったようにおもわれるが、じじつはけっしてそうでないことをちょっとことわっておきたい。わたしはせんせいのせいぜんにたったにつうのてがみしかもらっていない。そのいっつうはいまいうこのかんたんなへんしょで、あとのいっつうはせんせいのしぬまえとくにわたしあてでかいたたいへんながいものである.
208 ちちはびょうきのせいしつとして、うんどうをつつしまなければならないので、ゆかをあげてからも、ほとんどこがいへはでなかった。いちどてんきのごくおだやかなひのごごにわへおりたことがあるが、そのときはまんいちをきづかって、わたしがひきそうようにそばについていた。わたしがしんぱいしてじぶんのかたへてをかけさせようとしても、ちちはわらっておうじなかった.
209 わたしはたいくつなちちのあいてとしてよくしょうごばんにむかった。ふたりともぶしょうなせいしつなので、こたつにあたったまま、ばんをやぐらのうえへのせて、こまをうごかすたびに、わざわざてをかけふとんのしたからだすようなことをした。ときどきもちごまをなくして、つぎのしょうぶのくるまでそうほうともしらずにいたりした。ぶしょうしゃにはもってこいだ.
210 もういちばんやろう」ちちはかったときはかならずもういちばんやろうといった。そのくせまけたときにも、もういちばんやろうといった。ようするに、かってもまけても、こたつにあたって、しょうごをさしたがるおとこであった。わたしはかねやきょうしゃをにぎったこぶしをあたまのうえへのばして、ときどきおもいきったあくびをした.
211 わたしはとうきょうのことをかんがえた。そうしてみなぎるしんぞうのちしおのおくに、かつどうかつどうとうちつづけるこどうをきいた。ふしぎにもそのこどうのおとが、あるびみょうないしきじょうたいから、せんせいのちからでつよめられているようにかんじた。わたしはこころのうちで、ちちとせんせいとをひかくしてみた。たにみとめられるというてんからいえばどっちもれいであった.
212 それでいて、このしょうごをさしたがるちちは、たんなるごらくのあいてとしてもわたしにはものたりなかった。かつてゆうきょうのためにおうらいをしたおぼえのないせんせいは、かんらくのこうさいからでるしたしみいじょうに、いつかわたしのあたまにえいきょうをあたえていた。ただあたまというのはあまりにひややかすぎるから、わたしはむねといいなおしたい.
213 にくのなかにせんせいのちからがくいこんでいるといっても、ちのなかにせんせいのいのちがながれているといっても、そのときのわたしにはすこしもこちょうでないようにおもわれた。わたしはちちがわたしのほんとうのちちであり、せんせいはまたいうまでもなく、あかのたにんであるというめいはくなじじつを、ことさらにめのまえにならべてみて、はじめておおきなしんりでもはっけんしたかのごとくにおどろいた.
214 わたしがのつそつしだすとぜんごして、ちちやははのめにもいままでめずらしかったわたしがだんだんちんぷになってきた。わたしもたいざいちゅうにそのとうげをとおりこした。そのうえわたしはくにへかえるたびに、ちちにもははにもわからないへんなところをとうきょうからもってかえった。むろんわたしはそれをかくしていた。わたしはついおもしろくなくなった.
215 はやくとうきょうへかえりたくなった。ちちのびょうきはさいわいげんじょういじのままで、すこしもわるいほうへすすむもようはみえなかった。ねんのためにわざわざとおくからそうとうのいしゃをまねいたりして、しんちょうにしんさつしてもらってもやはりわたしのしっているいがいにいじょうはみとめられなかった。わたしはふゆやすみのつきるすこしまえにくにをたつことにした.
216 たつといいだすと、にんじょうはみょうなもので、ちちもははもはんたいした。「もうかえるのかい、まだはやいじゃないか」とははがいった。「まだよん、いつかいてもまにあうんだろう」とちちがいった。わたしはじぶんのきわめたしゅったつのひをうごかさなかった。とうきょうへかえってみると、まつかざりはいつかとりはらわれていた.
217 まちはさむいかぜのふくにまかせて、どこをみてもこれというほどのしょうがつめいたけいきはなかった。わたしはさっそくせんせいのうちへかねをかえしにいった。れいのしいたけもついでにもっていった。ただだすのはすこしへんだから、ははがこれをさしあげてくれといいましたとわざわざことわっておくさんのまえへおいた。しいたけはあたらしいかしおりにいれてあった.
218 ていやすしにれいをのべたおくさんは、つぎのまへたつとき、そのおりをもってみて、かるいのにおどろかされたのか、「こりゃなんのごかし」ときいた。おくさんはこんいになると、こんなところにきわめてたんぱくなこどもらしいこころをみせた。ふたりともちちのびょうきについて、いろいろがかりねんのといをくりかえしてくれたなかに、せんせいはこんなことをいった.
219 「なるほどようだいをきくと、いまがいまどうということもないようですが、びょうきがびょうきだからよほどきをつけないといけません」せんせいはじんぞうのやまいについてわたしのしらないことをおおくしっていた。「じぶんでびょうきにかかっていながら、きがつかないでへいきでいるのがあのやまいのとくしょくです。なにしろそばにねていたさいくんがかんびょうをするひまもなんにもないくらいなんですからね.
220 よなかにちょっとくるしいといって、さいくんをおこしたぎり、よくるあさはもうしんでいたんです。しかもさいくんはおっとがねているとばかりおもってたんだっていうんだから」いままでらくてんてきにかたむいていたわたしはきゅうにふあんになった。「わたしのちちもそんなになるでしょうか。ならんともいえないですね」「いしゃはなにというのです」.
221 「いしゃはとうていなおらないというんです。けれどもとうぶんのところしんぱいはあるまいともいうんです」「それじゃよいでしょう。いしゃがそういうなら。わたしのいまはなしたのはきがつかずにいたひとのことで、しかもそれがずいぶんらんぼうなぐんじんなんだから」わたしはややあんしんした。わたしのへんかをじっとみていたせんせいは、それからこうつけたした.
222 「しかしにんげんはけんこうにしろびょうきにしろ、どっちにしてももろいものですね。いつどんなことでどんなしにようをしないともかぎらないから」「せんせいもそんなことをかんがえておでですか」「いくらじょうぶのわたしでも、まんざらかんがえないこともありません」せんせいのくちもとにはびしょうのかげがみえた。「よくころりとしぬひとがあるじゃありませんか.
223 しぜんに。それからあっとおもうまにしぬひともあるでしょう。ふしぜんなぼうりょくで」「ふしぜんなぼうりょくってなにですか」「なにだかそれはわたしにもわからないが、じさつするひとはみんなふしぜんなぼうりょくをつかうんでしょう」「するところされるのも、やはりふしぜんなぼうりょくのおかげですね」「ころされるかたはちっともかんがえていなかった.
224 なるほどそういえばそうだ」そのひはそれでかえった。かえってからもちちのびょうきはそれほどくにならなかった。せんせいのいったしぜんにしぬとか、ふしぜんのぼうりょくでしぬとかいうことばも、そのばかぎりのあさいいんしょうをあたえただけで、あとはなにらのこだわりをわたしのあたまにのこさなかった。わたしにはただとしがあらたまったらおおいにやろうというけっしんだけがあった.
225 わたしはそのけっしんでやりだした。そうしてたちまちうごけなくなった。いままでおおきなもんだいをそらにえがいて、ほねぐみだけはほぼできあがっているくらいにかんがえていたわたしは、あたまをおさえてなやみはじめた。わたしはそれからろんぶんのもんだいをちいさくした。わたしのせんたくしたもんだいはせんせいのせんもんとえんこのちかいものであった.
226 わたしがかつてそのせんたくについてせんせいのいけんをたずねたとき、せんせいはよいでしょうといった。ろうばいしたぎみのわたしは、さっそくせんせいのところへでかけて、わたしのよまなければならないさんこうしょをきいた。せんせいはじぶんのしっているかぎりのちしきを、こころよくわたしにあたえてくれたうえに、ひつようのしょもつを、にさんさつかそうといった.
227 しかしせんせいはこのてんについてふんでもわたしをしどうするにんにあたろうとしなかった。「ちかごろはあんまりしょもつをよまないから、あたらしいことはしりませんよ。がっこうのせんせいにきいたほうがいいでしょう」わたしはろんぶんをよそにして、そぞろにくちをひらいた。「せんせいはなぜもとのようにしょもつにきょうみをもちえないんですか」.
228 「なぜというわけもありませんが。....つまりいくらほんをよんでもそれほどえらくならないとおもうせいでしょう。それから....」「それから、まだあるんですか」まあはやくいえばおいこんだのです」せんせいのことばはむしろへいせいであった。せけんにせなかをむけたひとのにがみをおびていなかっただけに、わたしにはそれほどのてごたえもなかった.
229 わたしはせんせいをおいこんだともおもわないかわりに、えらいともかんしんせずにかえった。それからのわたしはほとんどろんぶんにたたられたせいしんびょうしゃのようにめをあかくしてくるしんだ。わたしはいちねんまえにそつぎょうしたともだちについて、いろいろようすをきいてみたりした。そのうちのひとりはしめきりのひにくるまでじむしょへかけつけてようやくまにあわせたといった.
230 たのひとりはごじをじゅうごぷんほどおくらしてもっていったため、あやうくはねつけられようとしたところを、しゅにんきょうじゅのこういでやっとじゅりしてもらったといった。わたしはふあんをかんずるとともにどきょうをすえた。まいにちつくえのまえでせいこんのつづくかぎりはたらいた。でなければ、うすぐらいしょこにはいって、たかいほんだなのあちらこちらをみまわした.
231 わたしのめはこうじかがこっとうでもほりだすときのようにせひょうしのきんもじをあさった。うめがさくにつけてさむいかぜはだんだんむきをみなみへかえていった。それがひとじきりたつと、さくらのうわさがちらほらわたしのみみにきこえだした。それでもわたしはばしゃばのようにしょうめんばかりみて、ろんぶんにむちうたれた。わたしはすぐせんせいのいえへいった.
232 からたちのかきがくろずんだえだのうえに、もえるようなめをふいていたり、ざくろのかれたみきから、つやつやしいちゃかっしょくのはが、やわらかそうににっこうをうつしていたりするのが、みちみちわたしのめをひきつけた。わたしはうまれてはじめてそんなものをみるようなめずらしさをおぼえた。せんせいはうれしそうなわたしのかおをみて、「もうろんぶんはかたづいたんですか、けっこうですね」.
233 といった。わたしは「おかげでようやくすみました。もうなんにもすることはありません」といった。じっさいそのときのわたしは、じぶんのなすべきすべてのしごとがすでにけつりょうして、これからさきはいばってあそんでいてもかまわないようなはれやかなこころもちでいた。わたしはかきあげたじぶんのろんぶんにたいしてじゅうぶんのじしんとまんぞくをもっていた.
234 わたしはせんせいのまえで、しきりにそのないようをちょうちょうした。せんせいはいつものちょうしで、「なるほど」とか、「そうですか」とかいってくれたが、それいじょうのひひょうはすこしもくわえなかった。わたしはものたりないというよりも、いささかひょうしぬけのぎみであった。それでもそのひわたしのきりょくは、いんじゅんらしくみえるせんせいのたいどにぎゃくしゅうをこころみるほどにいきいきしていた.
235 わたしはあおくよみがえろうとするおおきなしぜんのなかに、せんせいをさそいだそうとした。「せんせいどこかへさんぽしましょう。そとへでるとたいへんよいこころもちです」「どこへ」わたしはどこでもかまわなかった。ただせんせいをつれてこうがいへでたかった。いちじかんのあと、せんせいとわたしはもくてきどおりしをはなれて、むらともまちともくべつのつかないしずかなところをずつもなくあるいた.
236 わたしはかなめのかきからわかいやわらかいはを※(「てへん+おじね」、だい3すいじゅん1-84-77)ぎとってしばふえをならした。あるかごしまじんをともだちにもって、そのひとのまねをしつつしぜんにならいおぼえたわたしは、このしばふえというものをならすことがじょうずであった。わたしがとくいにそれをふきつづけると、せんせいはしらんかおをしてよそをむいてあるいた.
237 やがてわかばにとざされたように蓊欝したこだかいひとかまえのしたにほそいみちがあけた。もんのはしらにうちつけたひょうさつになになにえんとあるので、そのこじんのていたくでないことがすぐしれた。せんせいはだらだらのぼりになっているいりぐちをながめて、「はいってみようか」といった。わたしはすぐ「うえきやですね」とこたえた.
238 うえこみのなかをひとうねりしておくへのぼるとひだりがわにいえがあった。あけはなったしょうじのうちはがらんとしてひとのかげもみえなかった。ただのきさきにすえたおおきなはちのなかにかってあるきんぎょがうごいていた。「しずかだね。ことわらずにはいってもかまわないだろうか」「かまわないでしょう」ふたりはまたおくのほうへすすんだ.
239 しかしそこにもひとかげはみえなかった。つつじがもえるようにさきみだれていた。せんせいはそのうちでかばいろのたけのたかいのをさして、「これはきりしまでしょう」といった。しゃくやくもじゅうつぼあまりいちめんにうえつけられていたが、まだきせつがこないのではなをつけているのはいっぽんもなかった。このしゃくやくはたけのそばにあるふるびたえんだいのようなもののうえにせんせいはだいのじなりにねた.
240 わたしはそのあまったはしのほうにこしをおろしてたばこをふかした。せんせいはあおいすきとおるようなそらをみていた。わたしはわたしをつつむわかばのいろにこころをうばわれていた。そのわかばのいろをよくよくながめると、いちいちちがっていた。おなじふうのきでもおなじいろをえだにつけているものはひとつもなかった。ほそいすぎなえのいただきになげかぶせてあったせんせいのぼうしがかぜにふかれておちた.
241 わたしはすぐそのぼうしをとりあげた。ところどころについているあかつちをつめでひきながらせんせいをよんだ。「せんせいぼうしがおちました」「ありがとう」からだをはんぶんおこしてそれをうけとったせんせいは、おきるともねるともかたづかないそのしせいのままで、へんなことをわたしにきいた。「とつぜんだが、きみのいえにはざいさんがよっぽどあるんですか」.
242 「あるというほどありゃしません」「まあどのくらいあるのかね。しつれいのようだが」「どのくらいって、やまとでんじがすこしあるぎりで、かねなんかまるでないんでしょう」せんせいがわたしのいえのけいざいについて、といらしいといをかけたのはこれがはじめてであった。わたしのほうはまだせんせいのくらしむきにかんして、なにもきいたことがなかった.
243 せんせいとしりあいになったはじめ、わたしはせんせいがどうしてあそんでいられるかをうたがった。そのあともこのうたがいはたえずわたしのむねをさらなかった。しかしわたしはそんなろこつなもんだいをせんせいのまえにもちだすのをぶしつけとばかりおもっていつでもひかえていた。わかばのいろでつかれためをやすませていたわたしのこころは、ぐうぜんまたそのうたがいにふれた.
244 「せんせいはどうなんです。どのくらいのざいさんをもっていらっしゃるんですか」「わたしはざいさんかとみえますか」せんせいはへいぜいからむしろしっそなふくそうをしていた。それにかないはしょうにんずうであった。したがってじゅうたくもけっしてひろくはなかった。けれどもそのせいかつのぶっしつてきにゆたかなことは、うちわにはいりこまないわたしのめにさえあきらかであった.
245 ようするにせんせいのくらしはぜいたくといえないまでも、あたじけなくきりつめたむだんりょくせいのものではなかった。「そうでしょう」とわたしがいった。「そりゃそのくらいのかねはあるさ、けれどもけっしてざいさんかじゃありません。ざいさんかならもっとおおきないえでもつくるさ」それがすむと、こんどはステッキをつきさすようにまなおにたてた.
246 「これでももとはざいさんかなんだがなあ」せんせいのことばははんぶんひとりごとのようであった。それですぐあとにおいていきそこなったわたしは、ついだまっていた。「これでももとはざいさんかなんですよ、きみ」といいなおしたせんせいは、つぎにわたしのかおをみてびしょうした。わたしはそれでもなにともこたえなかった。むしろふちょうほうでこたえられなかったのである.
247 するとせんせいがまたもんだいをほかへうつした。「あなたのおとうさんのびょうきはそのあとどうなりました」わたしはちちのびょうきについてしょうがついごなんにもしらなかった。つきづきこくからおくってくれるかわせとともにくるかんたんなてがみは、れいのとおりちちのしゅせきであったが、びょうきのうったえはそのうちにほとんどみあたらなかった.
248 そのうえしょたいもたしかであった。このしゅのびょうにんにみるふるえがすこしもふでのはこびをみだしていなかった。「なにともいってきませんが、もうよいんでしょう」「よければけっこうだが、――びょうしょうがびょうしょうなんだからね」「やっぱりだめですかね。でもとうぶんはもちあってるんでしょう。なにともいってきませんよ」.
249 「そうですか」わたしはせんせいがわたしのうちのざいさんをきいたり、わたしのちちのびょうきをたずねたりするのを、ふつうのだんわ――むねにうかんだままをそのとおりぐちにする、ふつうのだんわとおもってきいていた。ところがせんせいのことばのそこにはりょうほうをむすびつけるおおきないみがあった。せんせいじしんのけいけんをもたないわたしはむろんそこにきがつくはずがなかった.
250 「きみのうちにざいさんがあるなら、いまのうちによくしまつをつけてもらっておかないといけないとおもうがね、よけいなおせわだけれども。きみのおとうさんがたっしゃなうちに、もらうものはちゃんともらっておくようにしたらどうですか。まんいちのことがあったあとで、いちばんめんどうのおこるのはざいさんのもんだいだから」「ええ」.
251 わたしはせんせいのことばにたいしたちゅういをはらわなかった。わたしのかていでそんなしんぱいをしているものは、わたしにかぎらず、ちちにしろははにしろ、ひとりもないとわたしはしんじていた。そのうえせんせいのいうことの、せんせいとして、あまりにじっさいてきなのにわたしはすこしおどろかされた。しかしそこはねんちょうしゃにたいするへいぜいのけいいがわたしをむくちにした.
252 「あなたのおとうさんがなくなられるのを、いまからよそうしてかかるようなことばづかいをするのがきにさわったらゆるしてくれたまえ。しかしにんげんはしぬものだからね。どんなにたっしゃなものでも、いつしぬかわからないものだからね」せんせいのこうきはめずらしくにがにがしかった。「そんなことをちっともきにかけちゃいません」.
253 とわたしはべんかいした。「きみのきょうだいはなんにんでしたかね」とせんせいがきいた。せんせいはそのうえにわたしのかぞくのにんずうをきいたり、しんるいのうむをたずねたり、おじやおばのようすをといなどした。そうしてさいごにこういった。「みんなよいひとですか」「べつにわるいにんげんというほどのものもいないようです.
254 たいていいなかものですから」「いなかものはなぜわるくないんですか」わたしはこのついきゅうにくるしんだ。しかしせんせいはわたしにへんじをかんがえさせるよゆうさえあたえなかった。「いなかものはとかいのものより、かえってわるいくらいなものです。それから、きみはいま、きみのしんせきなぞのなかに、これといって、わるいにんげんはいないようだといいましたね.
255 しかしわるいにんげんといういっしゅのにんげんがよのなかにあるときみはおもっているんですか。そんないがたにいれたようなあくにんはよのなかにあるはずがありませんよ。へいぜいはみんなぜんにんなんです。すくなくともみんなふつうのにんげんなんです。それが、いざというまぎわに、きゅうにあくにんにかわるんだからおそろしいのです.
256 だからゆだんができないんです」せんせいのいうことは、ここできれるようすもなかった。わたしはまたここでなにかいおうとした。するとうしろのほうでいぬがきゅうにほえだした。せんせいもわたしもおどろいてうしろをふりかえった。えんだいのよこからこうぶへかけてうえつけてあるすぎなえのそばに、くまざさがさんつぼほどちをかくすようにしげってはえていた.
257 いぬはそのかおとせをくまざさのうえにあらわして、さかんにほえたてた。そこへじゅうぐらいのこどもがちけてきていぬをしかりつけた。こどもはきしょうのついたくろいぼうしをかぶったまませんせいのまえへまわってれいをした。「おじさん、はいってくるとき、いえにだれもいなかったかい」ときいた。「だれもいなかったよ」「ねえさんやおっかさんがかってのほうにいたのに」.
258 「そうか、いたのかい」「ああ。おじさん、きょうはって、ことわってはいってくるとよかったのに」せんせいはくしょうした。かいちゅうからがまぐちをだして、ごせんのはくどうをこどものてににぎらせた。「おっかさんにそういっとくれ。すこしここでやすましてくださいって」こどもはれいりそうなめにわらいをみなぎらして、うなずいてみせた.
259 「いませっこうちょうになってるところなんだよ」こどもはこうことわって、つつじのあいだをしたのほうへかけおりていった。いぬもしっぽをたかくまいてこどものあとをおいかけた。しばらくするとおなじくらいのねんかっこうのこどもがにさんにん、これもせっこうちょうのおりていったほうへかけていった。せんせいのきにするざいさんうんぬんのがかりねんはそのときのわたしにはまったくなかった.
260 わたしのせいしつとして、またわたしのきょうぐうからいって、そのときのわたしには、そんなりがいのねんにあたまをなやますよちがなかったのである。かんがえるとこれはわたしがまだせけんにでないためでもあり、またじっさいそのばにのぞまないためでもあったろうが、とにかくわかいわたしにはなぜかきんのもんだいがとおくのほうにみえた.
261 せんせいのはなしのうちでただひとつそこまでききたかったのは、にんげんがいざというまぎわに、だれでもあくにんになるということばのいみであった。たんなることばとしては、これだけでもわたしにわからないことはなかった。しかしわたしはこのくについてもっとしりたかった。いぬとこどもがさったあと、ひろいわかばのそのはふたたびゆえのしずかさにかえった.
262 そうしてわれわれはちんもくにとざされたひとのようにしばらくうごかずにいた。うるわしいそらのいろがそのときしだいにひかりをうしなってきた。めのまえにあるきはたいがいふうであったが、そのえだにしたたるようにふいたかるいみどりのわかばが、だんだんくらくなっていくようにおもわれた。とおいおうらいをにぐるまをひいていくひびきがごろごろときこえた.
263 わたしはそれをむらのおとこがうえきかなにかをのせてえんにちへでもでかけるものとそうぞうした。せんせいはそのおとをきくと、きゅうにめいそうからこそくをふきかえしたひとのようにたちあがった。「もう、そろそろかえりましょう。おおいたひがながくなったようだが、やっぱりこうあんかんとしているうちには、いつのあいだにかくれていくんだね」.
264 せんせいのせなかには、さっきえんだいのうえにあおむきにねたあとがいっぱいついていた。わたしはりょうてでそれをはらいおとした。「ありがとう。あぶらがこびりついてやしませんか」「きれいにおちました」「このはおりはついこのあいだこしらえたばかりなんだよ。だからむやみによごしてかえると、つまにしかられるからね。ありがとう」.
265 ふたりはまただらだらさかのちゅうとにあるいえのまえへきた。はいるときにはだれもいるけしきのみえなかったえんに、おかみさんが、じゅうごろくのむすめをあいてに、いとまきへいとをまきつけていた。ふたりはおおきなきんぎょはちのよこから、「どうもおじゃまをしました」とあいさつした。おかみさんは「いいえおかまいもうしもいたしませんで」.
266 とれいをかえしたあと、せんこくこどもにやったはくどうのれいをのべた。かどぐちをでてにさんちょうきたとき、わたしはついにせんせいにむかってくちをきった。「さきほどせんせいのいわれた、にんげんはだれでもいざというまぎわにあくにんになるんだといういみですね。あれはどういういみですか」「いみといって、ふかいいみもありません.
267 ――つまりじじつなんですよ。りくつじゃないんだ」「じじつでさしつかえありませんが、わたしのうかがいたいのは、いざというまぎわといういみなんです。いったいどんなばあいをさすのですか」せんせいはわらいだした。あたかもじきのすぎたいま、もうねっしんにせつめいするはりあいがないといったふうに。「きんさきみ。かねをみると、どんなくんしでもすぐあくにんになるのさ」.
268 わたしにはせんせいのへんじがあまりにへいぼんすぎてなじらなかった。せんせいがちょうしにのらないごとく、わたしもひょうしぬけのぎみであった。わたしはすましてさっさとあるきだした。いきおいせんせいはすこしおくれがちになった。せんせいはあとから「おいおい」とこえをかけた。「そらみたまえ」「なにをですか」「きみのきぶんだって、わたしのへんじひとつですぐかわるじゃないか」.
269 まちあわせるためにふりむいてたちどまったわたしのかおをみて、せんせいはこういった。そのときのわたしははらのなかでせんせいをにくらしくおもった。かたをならべてあるきだしてからも、じぶんのききたいことをわざときかずにいた。しかしせんせいのほうでは、それにきがついていたのか、いないのか、まるでわたしのたいどにこだわるようすをみせなかった.
270 いつものとおりちんもくがちにおちつきはらったほちょうをすましてはこんでいくので、わたしはすこしごうはらになった。なにとかいってひとつせんせいをやっつけてみたくなってきた。「せんせい」「なにですか」「せんせいはさっきすこしこうふんなさいましたね。あのうえきやのにわでやすんでいるときに。せんせいはすぐへんじをしなかった.
271 わたしはそれをてごたえのあったようにもおもった。またまとがはずれたようにもかんじた。しかたがないからあとはいわないことにした。するとせんせいがいきなりみちのはしへよっていった。そうしてきれいにかりこんだいけがきのもとで、すそをまくってしょうべんをした。わたしはせんせいがようをたすあいだぼんやりそこにたっていた.
272 「やあしっけい」せんせいはこういってまたあるきだした。わたしはとうとうせんせいをやりこめることをだんねんした。わたしたちのとおるみちはだんだんにぎやかになった。いままでちらほらとみえたひろいはたけのしゃめんやへいちが、まったくめにはいらないようにさゆうのいえなみがそろってきた。しちゅうからかえるだばがしきりなくすれちがっていった.
273 こんなものにしじゅうきをとられがちなわたしは、さっきまでむねのなかにあったもんだいをどこかへふりおとしてしまった。せんせいがとつぜんそこへあともどりをしたとき、わたしはじっさいそれをわすれていた。「わたしはせんこくそんなにこうふんしたようにみえたんですか」「そんなにというほどでもありませんが、すこし....」「いやみえてもかまわない.
274 じっさいこうふんするんだから。わたしはざいさんのことをいうときっとこうふんするんです。きみにはどうみえるかしらないが、わたしはこれでたいへんしゅうねんふかいおとこなんだから。ひとからうけたくつじょくやそんがいは、じゅうねんたってもにじゅうねんたってもわすれやしないんだから」せんせいのことばはもとよりもなおこうふんしていた.
275 しかしわたしのおどろいたのは、けっしてそのちょうしではなかった。むしろせんせいのことばがわたしのみみにうったえるいみそのものであった。せんせいのくちからこんなじはくをきくのは、いかなわたしにもまったくのいがいにそういなかった。わたしはせんせいのせいしつのとくしょくとして、こんなしゅうちゃくりょくをいまだかつてそうぞうしたことさえなかった.
276 わたしはせんせいをもっとよわいひととしんじていた。そうしてそのよわくてたかいところに、わたしのなつかしみのねをおいていた。いちじのきぶんでせんせいにちょっとたてをついてみようとしたわたしは、このことばのまえにちいさくなった。せんせいはこういった。「わたしはたにあざむかれたのです。しかもちのつづいたしんせきのものからあざむかれたのです.
277 わたしはけっしてそれをわすれないのです。わたしのちちのまえにはぜんにんであったらしいかれらは、ちちのしぬやいなやゆるしがたいふとくぎかんにかわったのです。わたしはかれらからうけたくつじょくとそんがいをこどものときからきょうまでせおわされている。おそらくしぬまでせおわされとおしでしょう。わたしはしぬまでそれをわすれることができないんだから.
278 しかしわたしはまだふくしゅうをしずにいる。かんがえるとわたしはこじんにたいするふくしゅういじょうのことをげんにやっているんだ。わたしはかれらをにくむばかりじゃない、かれらがだいひょうしているにんげんというものを、いっぱんににくむことをおぼえたのだ。わたしはそれでたくさんだとおもう」わたしはいせきのことばさえくちへだせなかった.
279 そのひのだんわもついにこれぎりではってんせずにしまった。わたしはむしろせんせいのたいどにいしゅくして、さきへすすむきがおこらなかったのである。ふたりはしのはずれからでんしゃにのったが、しゃないではほとんどくちをきかなかった。でんしゃをおりるとまもなくわかれなければならなかった。わかれるときのせんせいは、またかわっていた.
280 つねよりははれやかなちょうしで、「これからろくがつまではいちばんきらくなときですね。ことによるとしょうがいでいちばんきらくかもしれない。せいだしてあそびたまえ」といった。わたしはわらってぼうしをぬった。そのときわたしはせんせいのかおをみて、せんせいははたしてこころのどこで、いっぱんのにんげんをにくんでいるのだろうかとうたがった.
281 そのめ、そのくち、どこにもえんせいてきのかげはしゃしていなかった。わたしはしそうじょうのもんだいについて、おおいなるりえきをせんせいからうけたことをじはくする。しかしおなじもんだいについて、りえきをうけようとしても、うけられないことがままあったといわなければならない。せんせいのだんわはときとしてふとくようりょうにおわった.
282 そのひふたりのあいだにおこったこうがいのだんわも、このふとくようりょうのいちれいとしてわたしのむねのうらにのこった。むえんりょなわたしは、あるときついにそれをせんせいのまえにうちあけた。せんせいはわらっていた。わたしはこういった。「あたまがにぶくてようりょうをえないのはかまいませんが、ちゃんとわかってるくせに、はっきりいってくれないのはこまります」.
283 「わたしはなんにもかくしてやしません」「かくしていらっしゃいます」「あなたはわたしのしそうとかいけんとかいうものと、わたしのかことを、ごちゃごちゃにかんがえているんじゃありませんか。わたしはひんじゃくなしそうかですけれども、じぶんのあたまでまとめあげたかんがえをむやみにひとにかくしやしません。かくすひつようがないんだから.
284 けれどもわたしのかこをことごとくあなたのまえにものがたらなくてはならないとなると、それはまたべつもんだいになります」「べつもんだいとはおもわれません。せんせいのかこがうみだしたしそうだから、わたしはおもきをおくのです。ふたつのものをきりはなしたら、わたしにはほとんどかちのないものになります。わたしはたましいのふきこまれていないにんぎょうをあたえられただけで、まんぞくはできないのです」.
285 せんせいはあきれたといったふうに、わたしのかおをみた。まきたばこをもっていたそのてがすこしふるえた。「あなたはだいたんだ」「ただまじめなんです。まじめにじんせいからきょうくんをうけたいのです」「わたしのかこを訐いてもですか」訐くということばが、とつぜんおそろしいひびきをもって、わたしのみみをうった。せんせいのかおはあおかった.
286 「あなたはほんとうにまじめなんですか」とせんせいがねんをおした。「わたしはかこのいんがで、ひとをうたぐりつけている。だからじつはあなたもうたがっている。しかしどうもあなただけはうたぐりたくない。あなたはうたぐるにはあまりにたんじゅんすぎるようだ。わたしはしぬまえにたったひとりでよいから、たをしんようしてしにたいとおもっている.
287 あなたはそのたったひとりになれますか。なってくれますか。あなたははらのそこからまじめですか」「もしわたしのいのちがまじめなものなら、わたしのいまいったこともまじめです」わたしのこえはふるえた。「よろしい」とせんせいがいった。「はなしましょう。わたしのかこをのこらず、あなたにはなしてあげましょう。そのかわり.....
288 いやそれはかまわない。しかしわたしのかこはあなたにとってそれほどゆうえきでないかもしれませんよ。きかないほうがぞうかもしれませんよ。それから、――いまははなせないんだから、そのつもりでいてください。てきとうのじきがこなくっちゃはなさないんだから」わたしはげしゅくへかえってからもいっしゅのあっぱくをかんじた.
289 わたしのろんぶんはじぶんがひょうかしていたほどに、きょうじゅのめにはよくみえなかったらしい。それでもわたしはよていとおりきゅうだいした。そつぎょうしきのひ、わたしはかびくさくなったふるいふゆふくをこうりのなかからだしてきた。しきじょうにならぶと、どれもこれもみなあつそうなかおばかりであった。わたしはかぜのとおらないあつらしゃのしたにみっぷうされたじぶんのからだをもてあました.
290 しばらくたっているうちにてにもったハンケチがぐしょぐしょになった。わたしはしきがすむとすぐかえってらたいになった。げしゅくのにかいのまどをあけて、えんめがねのようにぐるぐるまいたそつぎょうしょうしょのあなから、みえるだけのよのなかをみわたした。それからそのそつぎょうしょうしょをつくえのうえにほうりだした。そうしてだいのじなりになって、へやのまんなかにねそべった.
291 わたしはねながらじぶんのかこをかえりみた。またじぶんのみらいをそうぞうした。するとそのあいだにたってひとくぎりをつけているこのそつぎょうしょうしょなるものが、いみのあるような、またいみのないようなへんなかみにおもわれた。わたしはそのばんせんせいのいえへごちそうにまねかれていった。しょくたくはやくそくとおりざしきのふちちかくにすえられてあった.
292 もようのおりだされたあついのりのかたいたくぬのがうつくしくかつきよらかにでんとうのひかりをいかえしていた。せんせいのうちでめしをくうと、きっとこのせいようりょうりてんにみるようなしろいリンネルのうえに、はしやちゃわんがおかれた。そうしてそれがかならずせんたくしたてのまっしろなものにかぎられていた。「カラやカフスとおなじことさ.
293 よごれたのをもちいるくらいなら、いっそうはじめからいろのついたものをつかうがいい。しらければじゅんぱくでなくっちゃ」こういわれてみると、なるほどせんせいはけっぺきであった。しょさいなどもじつにせいぜんとかたづいていた。むとんちゃくなわたしには、せんせいのそういうとくしょくがおりおりいちじるしくめにとまった。「せんせいはかんしょうですね」.
294 とかつておくさんにつげたとき、おくさんは「でもきものなどは、それほどきにしないようですよ」とこたえたことがあった。それをそばにきいていたせんせいは、「ほんとうをいうと、わたしはせいしんてきにかんしょうなんです。それでしじゅうくるしいんです。かんがえるとじつにばかばかしいしょうぶんだ」といってわらった。おくさんにもよくつうじないらしかった.
295 そのばんわたしはせんせいとむかいあわせに、れいのしろいたくぬののまえにすわった。おくさんはふたりをさゆうにおいて、ひとりにわのほうをしょうめんにしてせきをしめた。「おめでとう」といって、せんせいがわたしのためにさかずきをあげてくれた。わたしはこのさかずきにたいしてそれほどうれしいきをおこさなかった。せんせいはわらってさかずきをあげた.
296 わたしはそのわらいのうちに、ちっともいじのわるいアイロニーをみとめなかった。どうじにめでたいというしんじょうもくみとることができなかった。せんせいのわらいは、「せけんはこんなばあいによくおめでとうといいたがるものですね」とわたしにものがたっていた。おくさんはわたしに「けっこうね。さぞおとうさんやおかあさんはおよろこびでしょう」.
297 といってくれた。わたしはとつぜんびょうきのちちのことをかんがえた。はやくあのそつぎょうしょうしょをもっていってみせてやろうとおもった。「せんせいのそつぎょうしょうしょはどうしました」とわたしがきいた。「どうしたかね。――まだどこかにしまってあったかね」とせんせいがおくさんにきいた。「ええ、たしかしまってあるはずですが」.
298 そつぎょうしょうしょのありかはふたりともよくしらなかった。めしになったとき、おくさんはそばにすわっているげじょをつぎへたたせて、じぶんできゅうじのやくをつとめた。これがおもてだたないきゃくにたいするせんせいのいえのしきたりらしかった。はじめのいちにかいはわたしもきゅうくつをかんじたが、どすうのかさなるにつけ、ちゃわんをおくさんのまえへだすのが、なにでもなくなった.
299 「おちゃ? ごはん? ずいぶんよくたべるのね」おくさんのほうでもおもいきってえんりょのないことをいうことがあった。しかしそのひは、じこうがじこうなので、そんなにからかわれるほどしょくよくがすすまなかった。「もうおしまい。あなたちかごろたいへんしょうしょくになったのね」「しょうしょくになったんじゃありません.
300 あついんでくわれないんです」おくさんはげじょをよんでしょくたくをかたづけさせたあとへ、あらためてアイスクリームとみずかしをはこばせた。「これはたくでこしらえたのよ」ようのないおくさんには、てせいのアイスクリームをきゃくにふるまうだけのよゆうがあるとみえた。わたしはそれをに体かえてもらった。「きみもいよいよそつぎょうしたが、これからなにをするきですか」.
301 とせんせいがきいた。せんせいははんぶんえんがわのほうへせきをずらして、しきいさいでせなかをしょうじに靠たせていた。わたしにはただそつぎょうしたというじかくがあるだけで、これからなにをしようというもくてきもなかった。へんじにためらっているわたしをみたとき、おくさんは「きょうし?」ときいた。それにもこたえずにいると、こんどは、「じゃおやくにん?」.
302 とまたきかれた。わたしもせんせいもわらいだした。「ほんとういうと、まだなんをするかんがえもないんです。じつはしょくぎょうというものについて、まったくかんがえたことがないくらいなんですから。だいちどれがよいか、どれがわるいか、じぶんがやってみたうえでないとわからないんだから、せんたくにこまるわけだとおもいます」.
303 「それもそうね。けれどもあなたはひっきょうざいさんがあるからそんなのんきなことをいっていられるのよ。これがこまるひとでごらんなさい。なかなかあなたのようにおちついちゃいられないから」わたしのともだちにはそつぎょうしないまえから、ちゅうがくきょうしのくちをさがしているひとがあった。わたしははらのなかでおくさんのいうじじつをみとめた.
304 しかしこういった。「すこしせんせいにかぶれたんでしょう」「ろくなかぶれかたをしてくださらないのね」せんせいはくしょうした。「かぶれてもかまわないから、そのかわりこのあいだいったとおり、おとうさんのいきてるうちに、そうとうのざいさんをわけてもらっておおきなさい。それでないとけっしてゆだんはならない」それはつよいばかりでなく、むしろすごいことばであった.
305 けれどもじじつをしらないわたしにはどうじにてっていしないことばでもあった。「おくさん、おたくのざいさんはよッぽどあるんですか」「なにだってそんなことをおききになるの」「せんせいにきいてもおしえてくださらないから」おくさんはわらいながらせんせいのかおをみた。「おしえてあげるほどないからでしょう」せんせいはにわのほうをむいて、すましてたばこをふかしていた.
306 あいてはしぜんおくさんでなければならなかった。「どのくらいってほどありゃしませんわ。まあこうしてどうかこうかくらしてゆかれるだけよ、あなた。――そりゃどうでもよいとして、あなたはこれからなにかなさらなくっちゃほんとうにいけませんよ。せんせいのようにごろごろばかりしていちゃ....」「ごろごろばかりしていやしないさ」.
307 せんせいはちょっとかおだけむけなおして、おくさんのことばをひていした。わたしはそのよるじゅうじすぎにせんせいのいえをじした。にさんにちうちにきこくするはずになっていたので、ざをたつまえにわたしはちょっといとまごいのことばをのべた。「またとうぶんおめにかかれませんから」「くがつにはでていらっしゃるんでしょうね」.
308 わたしはもうそつぎょうしたのだから、かならずくがつにでてくるひつようもなかった。しかしあついもりのはちがつをとうきょうまできておくろうともかんがえていなかった。わたしにはいちをもとめるためのきちょうなじかんというものがなかった。「まあくがつころになるでしょう」「じゃずいぶんごきげんよう。わたしたちもこのなつはことによるとどこかへいくかもしれないのよ.
309 ずいぶんあつそうだから。いったらまたえはがきでもおくってあげましょう」「どちらのけんとうです。もしいらっしゃるとすれば」せんせいはこのもんどうをにやにやわらってきいていた。「なにまだいくともいかないともきわめていやしないんです」せきをたとうとしたとき、せんせいはきゅうにわたしをつらまえて、「じにおとうさんのびょうきはどうなんです」.
310 ときいた。わたしはちちのけんこうについてほとんどしるところがなかった。なにともいってこないいじょう、わるくはないのだろうくらいにかんがえていた。「そんなにたやすくかんがえられるびょうきじゃありませんよ。にょうどくしょうがでると、もうだめなんだから」にょうどくしょうということばもいみもわたしにはわからなかった.
311 このまえのふゆやすみにくにでいしゃとかいけんしたときに、わたしはそんなじゅつごをまるできかなかった。「ほんとうにだいじにしておあげなさいよ」とおくさんもいった。「どくがのうへまわるようになると、もうそれっきりよ、あなた。わらいごとじゃないわ」むけいけんなわたしはぎみをわるがりながらも、にやにやしていた。「そうおもいきりよくかんがえれば、それまでですけれども」.
312 おくさんはむかしおなじびょうきでしんだというじぶんのおかあさんのことでもおもいだしたのか、しずんだちょうしでこういったなりしたをむいた。わたしもちちのうんめいがほんとうにきのどくになった。するとせんせいがとつぜんおくさんのほうをむいた。「せい、おまえはおれよりさきへしぬだろうかね」「なぜ」「なぜでもない、ただきいてみるのさ.
313 それともおのれのほうがおまえよりまえにかたづくかな。たいていせけんじゃだんながさきで、さいくんがあとへのこるのがあたりまえのようになってるね」「そうきまったわけでもないわ。けれどもおとこのほうはどうしても、そらねんがうえでしょう」「だからさきへしぬというりくつなのかね。するとおのれもおまえよりさきにあのよへいかなくっちゃならないことになるね」.
314 「あなたはとくべつよ」「そうかね」「だってじょうぶなんですもの。ほとんどわずらったれいがないじゃありませんか。そりゃどうしたってわたしのほうがさきだわ」「さきかな」「え、きっとさきよ」せんせいはわたしのかおをみた。わたしはわらった。「しかしもしおれのほうがさきへいくとするね。そうしたらおまえどうする」.
315 「どうするって....」おくさんはそこでくちごもった。せんせいのしにたいするそうぞうてきなひあいが、ちょっとおくさんのむねをおそったらしかった。けれどもふたたびかおをあげたときは、もうきぶんをかえていた。「どうするって、しかたがないわ、ねえあなた。ろうしょうふていっていうくらいだから」おくさんはことさらにわたしのほうをみてしょうだんらしくこういった.
316 わたしはたてかけたこしをまたおろして、はなしのくぎりのつくまでふたりのあいてになっていた。「きみはどうおもいます」とせんせいがきいた。せんせいがさきへしぬか、おくさんがはやくなくなるか、もとよりわたしにはんだんのつくべきもんだいではなかった。わたしはただわらっていた。「じゅみょうはわかりませんね。わたしにも」.
317 「こればかりはほんとうにじゅみょうですからね。うまれたときにちゃんときまったねんすうをもらってくるんだからしかたがないわ。せんせいのおとうさんやおかあさんなんか、ほとんどおなじよ、あなた、なくなったのが」「なくなられたひがですか」「まさかひまでおなじじゃないけれども。でもまあおなじよ。だってつづいてなくなっちまったんですもの」.
318 このちしきはわたしにとってあたらしいものであった。わたしはふしぎにおもった。「どうしてそういちどにしなれたんですか」おくさんはわたしのといにこたえようとした。せんせいはそれをさえぎった。「そんなはなしはおよしよ。つまらないから」せんせいはてにもったうちわをわざとばたばたいわせた。そうしてまたおくさんをかえりみた.
319 「せい、おれがしんだらこのいえをおまえにやろう」おくさんはわらいだした。「ついでにじめんもくださいよ」「じめんはたのものだからしかたがない。そのかわりおれのもってるものはみんなおまえにやるよ」「どうもありがとう。けれどもよこもじのほんなんかもらってもしようがないわね」「ふるほんやにうるさ」「うればいくらぐらいになって」.
320 せんせいはいくらともいわなかった。けれどもせんせいのはなしは、よういにじぶんのしというとおいもんだいをはなれなかった。そうしてそのしはかならずおくさんのまえにおこるものとかていされていた。おくさんもさいしょのうちは、わざとたわいのないうけこたえをしているらしくみえた。それがいつのあいだにか、かんしょうてきなおんなのこころをおもくるしくした.
321 「おれがしんだら、おれがしんだらって、まあなんぺんおっしゃるの。ごしょうだからもうよいかげんにして、おれがしんだらはよしてちょうだい。えんきでもない。あなたがしんだら、なにでもあなたのおもいとおりにしてあげるから、それでいいじゃありませんか」せんせいはにわのほうをむいてわらった。しかしそれぎりおくさんのいやがることをいわなくなった.
322 わたしもあまりながくなるので、すぐせきをたった。せんせいとおくさんはげんかんまでおくってでた。「ごびょうにんをおだいじに」とおくさんがいった。「またくがつに」とせんせいがいった。わたしはあいさつをしてこうしのそとへあしをふみだした。げんかんともんのあいだにあるこんもりしたもくせいのひとかぶが、わたしのゆくてをふさぐように、やいんのうちにえだをはっていた.
323 わたしはにさんぽうごきだしながら、くろずんだはにおおわれているそのこずえをみて、きたるべきあきのはなとこうをおもいうかべた。わたしはせんせいのたくとこのもくせいとを、いぜんからこころのうちで、はなすことのできないもののように、いっしょにきおくしていた。せんせいふうふはそれぎりおくへはいったらしかった。わたしはひとりくらいおもてへでた.
324 わたしはすぐげしゅくへはもどらなかった。くにへかえるまえにととのえるかいものもあったし、ごちそうをつめたいぶくろにくつろぎをあたえるひつようもあったので、ただにぎやかなまちのほうへあるいていった。まちはまだよいのくちであった。ようじもなさそうなだんじょがぞろぞろうごくなかに、わたしはきょうわたしといっしょにそつぎょうしたなにがしにあった.
325 かれはわたしをむりやりにあるさかばへつれこんだ。わたしはそこでびーるのあわのようなかれのき※(「陷のつくり+えん」、だい3すいじゅん1-87-64)をきかされた。わたしのげしゅくへかえったのはじゅうにじすぎであった。わたしはそのよくじつもあつさをおかして、たのまれものをかいあつめてあるいた。わたしはこのひとなつをむいにすごすきはなかった.
326 くにへかえってからのにっていというようなものをあらかじめつくっておいたので、それをりこうするにひつようなしょもつもてにいれなければならなかった。わたしははんにちをまるぜんのにかいでつぶすかくごでいた。わたしはじぶんにかんけいのふかいぶもんのしょせきたなのまえにたって、すみからすみまでいっさつずつてんけんしていった.
327 かいもののうちでいちばんわたしをこまらせたのはおんなのはんえりであった。こぞうにいうと、いくらでもだしてはくれるが、さてどれをえらんでいいのか、かうだんになっては、ただまようだけであった。そのうえあたいがきわめてふていであった。やすかろうとおもってきくと、ひじょうにたかかったり、たかかろうとかんがえて、きかずにいると、かえってたいへんやすかったりした.
328 あるいはいくらくらべてみても、どこからかかくのさいがでるのかけんとうのつかないのもあった。わたしはまったくよわらせられた。そうしてこころのうちで、なぜせんせいのおくさんをわずらわさなかったかをくいた。わたしはかばんをかった。むろんわせいのかとうなしなにすぎなかったが、それでもかなぐやなどがぴかぴかしているので、いなかものをいかくかすにはじゅうぶんであった.
329 このかばんをかうということは、わたしのははのちゅうもんであった。そつぎょうしたらあたらしいかばんをかって、そのなかにいっさいのみやげものをいれてかえるようにと、わざわざてがみのなかにかいてあった。わたしはそのもんくをよんだときにわらいだした。わたしにはははのりょうけんがわからないというよりも、そのことばがいっしゅのこっけいとしてうったえたのである.
330 わたしはいとまごいをするときせんせいふうふにのべたとおり、それからみっかめのきしゃでとうきょうをたってくにへかえった。このふゆいらいちちのびょうきについてせんせいからいろいろのちゅういをうけたわたしは、いちばんしんぱいしなければならないちいにありながら、どういうものか、それがたいしてくにならなかった。わたしはむしろちちがいなくなったあとのははをそうぞうしてきのどくにおもった.
331 そのくらいだからわたしはこころのどこかで、ちちはすでになくなるべきものとかくごしていたにちがいなかった。きゅうしゅうにいるあにへやったてがみのなかにも、わたしはちちのとうていゆえのようなけんこうたいになるみこみのないことをのべた。いちどなどはしょくむのつごうもあろうが、できるならくりあわせてこのなつぐらいいちどかおだけでもみにかえったらどうだとまでかいた.
332 そのうえどしよりがふたりぎりでいなかにいるのはさだめてこころぼそいだろう、われわれもことしていかんのいたりであるというようなかんしょうてきなもんくさえつかった。わたしはじっさいこころにうかぶままをかいた。けれどもかいたあとのきぶんはかいたときとはちがっていた。わたしはそうしたむじゅんをきしゃのなかでかんがえた.
333 かんがえているうちにじぶんがじぶんにきのかわりやすいけいはくもののようにおもわれてきた。わたしはふゆかいになった。わたしはまたせんせいふうふのことをおもいうかべた。ことににさんにちぜんばんしょくによばれたときのかいわをおもいだした。「どっちがさきへしぬだろう」わたしはそのばんせんせいとおくさんのあいだにおこったぎもんをひとりくちのうちでくりかえしてみた.
334 そうしてこのぎもんにはだれもじしんをもってこたえることができないのだとおもった。しかしどっちがさきへしぬとはんぜんわかっていたならば、せんせいはどうするだろう。おくさんはどうするだろう。せんせいもおくさんも、いまのようなたいどでいるよりそとにしかたがないだろうとおもった。(しにちかづきつつあるちちをくにもとにひかえながら、このわたしがどうすることもできないように).
335 わたしはにんげんをはかないものにかんじた。にんげんのどうすることもできないもってうまれたけいはくを、はかないものにかんじた。たくへかえってあんがいにおもったのは、ちちのげんきがこのまえみたときとたいしてかわっていないことであった。「ああかえったかい。そうか、それでもそつぎょうができてまあけっこうだった。ちょっとおまち、いまかおをあらってくるから」.
336 ちちはにわへでてなにかしていたところであった。ふるいむぎわらぼうのうしろへ、ひよけのためにくくりつけたうすきたないハンケチをひらひらさせながら、いどのあるうらてのほうへまわっていった。がっこうをそつぎょうするのをふつうのにんげんとしてとうぜんのようにかんがえていたわたしは、それをよきいじょうによろこんでくれるちちのまえにきょうしゅくした.
337 「そつぎょうができてまあけっこうだ」ちちはこのことばをなんぺんもくりかえした。わたしはこころのうちでこのちちのよろこびと、そつぎょうしきのあったばんせんせいのいえのしょくたくで、「おめでとう」といわれたときのせんせいのかおつきとをひかくした。わたしはしまいにちちのむちからでるいなかくさいところにふかいをかんじだした.
338 「だいがくぐらいそつぎょうしたって、それほどけっこうでもありません。そつぎょうするものはまいとしなんびゃくにんだってあります」わたしはついにこんなくちのききようをした。するとちちがへんなかおをした。「なにもそつぎょうしたからけっこうとばかりいうんじゃない。そりゃそつぎょうはけっこうにちがいないが、おれのいうのはもうすこしいみがあるんだ.
339 それがおまえにわかっていてくれさえすれば、....」わたしはちちからそのあとをきこうとした。ちちははなしたくなさそうであったが、とうとうこういった。「つまり、おれがけっこうということになるのさ。おれはおまえのしってるとおりのびょうきだろう。きょねんのふゆおまえにあったとき、ことによるともうさんがつかよんがつぐらいなものだろうとおもっていたのさ.
340 それがどういうしあわせか、きょうまでこうしている。ききょにふじゆうなくこうしている。そこへおまえがそつぎょうしてくれた。だからうれしいのさ。せっかくたんせいしたむすこが、じぶんのいなくなったあとでそつぎょうしてくれるよりも、じょうぶなうちにがっこうをでてくれるほうがおやのみになればうれしいだろうじゃないか。しかしおれのほうからみてごらん、たちばがすこしちがっているよ.
341 つまりそつぎょうはおまえにとってより、このおれにとってけっこうなんだ。わかったかい」わたしはひとこともなかった。あやまるいじょうにきょうしゅくしてうつむいていた。ちちはへいきなうちにじぶんのしをかくごしていたものとみえる。しかもわたしのそつぎょうするまえにしぬだろうとおもいさだめていたとみえる。しょうしょはなにかにおしつぶされて、もとのかたちをうしなっていた.
342 ちちはそれをていやすしにのした。「こんなものはまいたなりてにもってくるものだ」「なかにこころでもいれるとよかったのに」とははもそばからちゅういした。ちちはしばらくそれをながめたあと、おこってとこのまのところへいって、だれのめにもすぐはいるようなしょうめんへしょうしょをおいた。いつものわたしならすぐなんとかいうはずであったが、そのときのわたしはまるでへいぜいとちがっていた.
343 ちちやははにたいしてすこしもさからうきがおこらなかった。わたしはだまってちちのためすがままにまかせておいた。いったんへきのついたとりのこしのしょうしょは、なかなかちちのじゆうにならなかった。てきとうないちにおかれるやいなや、すぐおのれにしぜんないきおいをえてたおれようとした。わたしはははをかげへよんでちちのびょうじょうをたずねた.
344 「おとうさんはあんなにげんきそうににわへでたりなにかしているが、あれでいいんですか」「もうなにともないようだよ。おおかたよくおなりなんだろう」はははあんがいへいきであった。とかいからかけへだたったもりやたのなかにすんでいるおんなのつねとして、はははこういうことにかけてはまるでむちしきであった。「でもいしゃはあのときとうていむずかしいってせんこくしたじゃありませんか」.
345 「だからにんげんのからだほどふしぎなものはないとおもうんだよ。あれほどおいしゃがておもくいったものが、いままでしゃんしゃんしているんだからね。おかあさんもはじめのうちはしんぱいして、なるべくうごかさないようにとおもってたんだがね。それ、あのきしょうだろう。ようじょうはしなさるけれども、ごうじょうでねえ。「もうだいじょうぶ、おかあさんがあんまりぎょうさんすぎるからいけないんだ」.
346 といったそのときのことばをかんがえてみると、まんざらははばかりせめるきにもなれなかった。「しかしかたわらでもすこしはちゅういしなくっちゃ」といおうとしたわたしは、とうとうえんりょしてなんにもくちへださなかった。ただちちのやまいのせいしつについて、わたしのしるかぎりをおしえるようにはなしてきかせた。しかしそのだいぶぶんはせんせいとせんせいのおくさんからえたざいりょうにすぎなかった.
347 はははべつにかんどうしたようすもみせなかった。ただ「へえ、やっぱりおなじびょうきでね。おきのどくだね。いくつでおなくなりかえ、そのかたは」などときいた。わたしはしかたがないから、ははをそのままにしておいてちょくせつちちにむかった。ちちはわたしのちゅういをははよりはまじめにきいてくれた。「もっともだ。おまえのいうとおりだ.
348 けれども、おのれのからだはひっきょうおのれのからだで、そのおのれのからだについてのようじょうほうは、たねんのけいけんじょう、おのれがいちばんよくこころえているはずだからね」といった。それをきいたはははくしょうした。「それごらんな」といった。「でも、あれでおとうさんはじぶんでちゃんとかくごだけはしているんですよ.
349 こんどわたしがそつぎょうしてかえったのをたいへんよろこんでいるのも、まったくそのためなんです。いきてるうちにそつぎょうはできまいとおもったのが、たっしゃなうちにめんじょうをもってきたから、それがうれしいんだって、おとうさんはじぶんでそういっていましたぜ」「そりゃ、おまえ、くちでこそそうおいいだけれどもね。おなかのなかではまだだいじょうぶだとおもっておでのだよ」.
350 「そうでしょうか」「まだまだじゅうねんもにじゅうねんもいきるきでおでのだよ。もっともときどきはわたしにもこころぼそいようなことをおいいだがね。おれもこのぶんじゃもうながいこともあるまいよ、おれがしんだら、おまえはどうする、ひとりでこのいえにいるきかなんて」わたしはきゅうにちちがいなくなってははひとりがとりのこされたときの、ふるいひろいいなかやをそうぞうしてみた.
351 このいえからちちひとりをひきさったあとは、そのままでたちいくだろうか。あにはどうするだろうか。はははなにというだろうか。そうかんがえるわたしはまたここのつちをはなれて、とうきょうできらくにくらしていけるだろうか。わたしはははをめのまえにおいて、せんせいのちゅうい――ちちのじょうぶでいるうちに、わけてもらうものは、わけてもらっておけというちゅういを、ぐうぜんおもいだした.
352 「なにね、じぶんでしぬしぬっていうひとにしんだためしはないんだからあんしんだよ。おとうさんなんぞも、しぬしぬっていいながら、これからさきまだなんねんいきなさるかわかるまいよ。それよりかだまってるじょうぶのひとのほうがけんのんさ」わたしはりくつからでたともとうけいからきたともしれない、このちんぷなようなははのことばをもくぜんときいていた.
353 わたしのためにあかいめしをたいてきゃくをするというそうだんがちちとははのあいだにおこった。わたしはかえったとうじつから、あるいはこんなことになるだろうとおもって、こころのうちであんにそれをおそれていた。わたしはすぐことわった。「あんまりぎょうさんなことはよしてください」わたしはいなかのきゃくがきらいだった。わたしはこどものときからかれらのせきにじするのをこころぐるしくかんじていた.
354 ましてじぶんのためにかれらがくるとなると、わたしのくつうはいっそうはなはだしいようにそうぞうされた。しかしわたしはちちやははのてまえ、あんなやひなひとをあつめてさわぐのはよせともいいかねた。それでわたしはただあまりぎょうさんだからとばかりしゅちょうした。「ぎょうさんぎょうさんとおいいだが、ちっともぎょうさんじゃないよ.
355 しょうがいににどとあることじゃないんだからね、おきゃくぐらいするのはあたりまえだよ。そうえんりょをおためでない」はははわたしがだいがくをそつぎょうしたのを、ちょうどよめでももらったとおなじていどに、おもくみているらしかった。「よばなくってもいいが、よばないとまたなんとかいうから」これはちちのことばであった。ちちはかれらのかげぐちをきにしていた.
356 じっさいかれらはこんなばあいに、じぶんたちのよきとおりにならないと、すぐなんとかいいたがるひとびとであった。「とうきょうとちがっていなかはさばえいからね」ちちはこうもいった。「おとうさんのかおもあるんだから」とははがまたつけくわえた。わたしはわれをはるわけにもいかなかった。どうでもふたりのつごうのよいようにしたらとおもいだした.
357 「つまりわたしのためなら、よしてくださいというだけなんです。かげでなにかいわれるのがいやだからというごしゅいなら、そりゃまたべつです。あなたがたにふりえきなことをわたしがしいてしゅちょうしたってしかたがありません」「そうりくつをいわれるとこまる」ちちはにがいかおをした。はははこうなるとおんなだけにしどろもどろなことをいった.
358 そのかわりくちかずからいうと、ちちとわたしをふたりよせてもなかなかかなうどころではなかった。「がくもんをさせるとにんげんがとかくりくつっぽくなっていけない」ちちはただこれだけしかいわなかった。しかしわたしはこのかんたんないっくのうちに、ちちがへいぜいからわたしにたいしてもっているふへいのぜんたいをみた。わたしはこのおだやかなちちのまえにこだわらないあたまをさげた.
359 わたしはちちとそうだんのうえしょうたいのひどりをきわめた。そのひどりのまだこないうちに、あるおおきなことがおこった。それはめいじてんのうのごびょうきのほうちであった。しんぶんしですぐにほんじゅうへしれわたったこのじけんは、いっけんのいなかやのうちにたしょうのきょくせつをへてようやくまとまろうとしたわたしのそつぎょういわいを、ごみのごとくにふきはらった.
360 「まあ、ごえんりょもうしたほうがよかろう」めがねをかけてしんぶんをみていたちちはこういった。ちちはだまってじぶんのびょうきのこともかんがえているらしかった。わたしはついこのあいだのそつぎょうしきにれいねんのとおりだいがくへぎょうこうになったへいかをおもいだしたりした。こぜいなにんずうにはひろすぎるふるいいえがひっそりしているなかに、わたしはこうりをといてしょもつをひもときはじめた.
361 なぜかわたしはきがおちつかなかった。あのめめめくるるしいとうきょうのげしゅくのにかいで、とおくはしるでんしゃのおとをみみにしながら、ぺーじをいっまいいちまいにまくっていくほうが、きにはりがあってこころもちよくべんきょうができた。わたしはややともするとつくえにもたれてかりねをした。じにはわざわざまくらさえだしてほんしきにひるねをどんぼることもあった.
362 めがさめると、せみのこえをきいた。うつつからつづいているようなそのこえは、きゅうにやかましくみみのそこをかきみだした。わたしはじっとそれをききながら、ときにかなしいおもいをむねにいだいた。わたしはふでをとってともだちのだれかれにみじかいはがきまたはながいてがみをかいた。そのともだちのあるものはとうきょうにのこっていた.
363 あるものはとおいこきょうにかえっていた。へんじのくるのも、おんしんのとどかないのもあった。わたしはもとよりせんせいをわすれなかった。げんこうしへこまじでさんまいばかりくにへかえってからいごのじぶんというようなものをだいもくにしてかきつづったのをおくることにした。わたしはそれをふうじるとき、せんせいははたしてまだとうきょうにいるだろうかとうたがった.
364 せんせいがおくさんといっしょにたくをあけるばあいには、ごじゅうかっこうのきりさげのおんなのひとがどこからかきて、るすばんをするのがれいになっていた。わたしがかつてせんせいにあのひとはなにですかとたずねたら、せんせいはなにとみえますかとききかえした。わたしはそのひとをせんせいのしんるいとおもいちがえていた。せんせいは「わたしにはしんるいはありませんよ」.
365 とこたえた。せんせいのきょうりにいるぞくきあいのひとびとと、せんせいはいっこうおんしんのとりやりをしていなかった。わたしのぎもんにしたそのるすばんのおんなのひとは、せんせいとはえんのないおくさんのほうのしんせきであった。わたしはせんせいにゆうびんをだすとき、ふとはばのほそいおびをらくにうしろでむすんでいるそのひとのすがたをおもいだした.
366 もしせんせいふうふがどこかへひしょにでもおこなったあとへこのゆうびんがとどいたら、あのきりさげのおばあさんは、それをすぐてんちさきへおくってくれるだけのきてんとしんせつがあるだろうかなどとかんがえた。そのくせそのてがみのうちにはこれというほどのひつようのこともかいてないのを、わたしはよくしょうちしていた。ただわたしはさびしかった.
367 そうしてせんせいからへんじのくるのをよきしてかかった。しかしそのへんじはついにこなかった。ちちはこのまえのふゆにかえってきたときほどしょうぎをさしたがらなくなった。しょうぎばんはほこりのたまったまま、とこのまのすみにかたよせられてあった。ことにへいかのごびょうきいごちちはじっとかんがえこんでいるようにみえた.
368 まいにちしんぶんのくるのをまちうけて、じぶんがいちばんさきへよんだ。それからそのよみがらをわざわざわたしのいるところへもってきてくれた。「おいごらん、きょうもてんしさまのことがくわしくでている」ちちはへいかのことを、つねにてんしさまといっていた。「もったいないはなしだが、てんしさまのごびょうきも、おとうさんのとまあにたものだろうな」.
369 こういうちちのかおにはふかいがかりねんのくもりがかかっていた。こういわれるわたしのむねにはまたちちがいつたおれるかわからないというしんぱいがひらめいた。「しかしだいじょうぶだろう。おれのようなくだらないものでも、まだこうしていられるくらいだから」ちちはじぶんのたっしゃなほしょうをじぶんであたえながら、いまにもおのれにおちかかってきそうなきけんをよかんしているらしかった.
370 「おとうさんはほんとうにびょうきをこわがってるんですよ。おかあさんのおっしゃるように、じゅうねんもにじゅうねんもいきるきじゃなさそうですぜ」はははわたしのことばをきいてとうわくそうなかおをした。「ちょっとまたしょうぎでもさすようにすすめてごらんな」わたしはとこのまからしょうぎばんをとりおろして、ほこりをふいた.
371 ちちのげんきはしだいにおとろえていった。わたしをおどろかせたハンケチつきのふるいむぎわらぼうしがしぜんとかんきゃくされるようになった。わたしはくろいすすけたたなのうえにのっているそのぼうしをながめるたびに、ちちにたいしてきのどくなおもいをした。ちちがいぜんのように、かるがるとうごくまは、もうすこしつつしんでくれたらとしんぱいした.
372 ちちがじっとすわりこむようになると、やはりもとのほうがたっしゃだったのだというきがおこった。わたしはちちのけんこうについてよくははとはなしあった。「まったくきのせいだよ」とははがいった。ははのあたまはへいかのやまいとちちのやまいとをむすびつけてかんがえていた。わたしにはそうばかりともおもえなかった。「きじゃない.
373 ほんとうにからだがわるかないんでしょうか。どうもきぶんよりけんこうのほうがわるくなっていくらしい」わたしはこういって、こころのうちでまたとおくからそうとうのいしゃでもよんで、ひとつみせようかしらとしあんした。「ことしのなつはおまえもなじらなかろう。せっかくそつぎょうしたのに、おいわいもしてあげることができず、おとうさんのからだもあのとおりだし.
374 それにてんしさまのごびょうきで。――いっそのこと、かえるすぐにおきゃくでもよぶほうがよかったんだよ」わたしがかえったのはしちがつのご、むいかで、ちちやははがわたしのそつぎょうをいわうためにきゃくをよぼうといいだしたのは、それからいちしゅうかんごであった。そうしていよいよときわめたひはそれからまたいちしゅうかんのあまりもさきになっていた.
375 じかんにそくばくをゆるさないゆうちょうないなかにかえったわたしは、おかげでこのもしくないしゃこうじょうのくつうからすくわれたもおなじことであったが、わたしをりかいしないはははすこしもそこにきがついていないらしかった。ほうぎょのほうちがつたえられたとき、ちちはそのしんぶんをてにして、「ああ、ああ」といった。「ああ、ああ、てんしさまもとうとうおかくれになる.
376 おのれも....」ちちはそのあとをいわなかった。わたしはくろいうすものをかうためにまちへでた。それではたざおのたまをつつんで、それではたざおのさきへさんすんはばのひらひらをつけて、もんのとびらのよこからななめにおうらいへさしだした。はたもくろいひらひらも、かぜのないくうきのなかにだらりとさがった。わたしのたくのふるいもんのやねはわらでふいてあった.
377 あめやかぜにうたれたりまたふかれたりしたそのわらのいろはとくにへんしょくして、うすくはいいろをおびたうえに、ところどころのでこぼこさえめについた。わたしはひとりもんのそとへでて、くろいひらひらと、しろいめりんすのちと、ちのなかにそめだしたあかいひのまるのいろとをながめた。それがうすぎたねないやねのわらにうつるのもながめた.
378 わたしはかつてせんせいから「あなたのたくのかまえはどんなていさいですか。わたしのきょうりのかたとはだいぶおもむきがちがっていますかね」ときかれたことをおもいだした。わたしはじぶんのうまれたこのふるいいえを、せんせいにみせたくもあった。またせんせいにみせるのがはずかしくもあった。わたしはまたひとりいえのなかへはいった.
379 じぶんのつくえのおいてあるところへきて、しんぶんをよみながら、とおいとうきょうのありさまをそうぞうした。わたしのそうぞうはにほんいちのおおきなとが、どんなにくらいなかでどんなにうごいているだろうかのがめんにあつめられた。わたしはそのくろいなりにうごかなければしまつのつかなくなったとかいの、ふあんでざわざわしているなかに、いってんのとうかのごとくにせんせいのいえをみた.
380 わたしはそのときこのとうかがおとのしないうずのなかに、しぜんとまきこまれていることにきがつかなかった。しばらくすれば、そのひもまたふっときえてしまうべきうんめいを、めのまえにひかえているのだとはもとよりきがつかなかった。わたしはこんどのじけんについてせんせいにてがみをかこうかとおもって、ふでをとりかけた。わたしはそれをじゅうぎょうばかりかいてやめた.
381 かいたところはすんずんにひきさいてくずかごへなげこんだ。(せんせいにあててそういうことをかいてもしかたがないともおもったし、ぜんれいにちょうしてみると、とてもへんじをくれそうになかったから)。わたしはさびしかった。それでてがみをかくのであった。そうしてへんじがくればいいとおもうのであった。はちがつのなかばごろになって、わたしはあるほうゆうからてがみをうけとった.
382 そのなかにちほうのちゅうがくきょういんのくちがあるがいかないかとかいてあった。このほうゆうはけいざいのひつようじょう、じぶんでそんないちをさがしまわるおとこであった。このくちもはじめはじぶんのところへかかってきたのだが、もっとよいちほうへそうだんができたので、あまったほうをわたしにゆずるきで、わざわざしらせてきてくれたのであった.
383 わたしはすぐへんじをだしてことわった。しりあいのなかには、ずいぶんほねをおって、きょうしのしょくにありつきたがっているものがあるから、そのほうへまわしてやったらよかろうとかいた。わたしはへんじをだしたあとで、ちちとははにそのはなしをした。ふたりともわたしのことわったことにいぞんはないようであった。「そんなところへいかないでも、まだよいくちがあるだろう」.
384 こういってくれるうらに、わたしはふたりがわたしにたいしてもっているかぶんなきぼうをよんだ。うかつなちちやははは、ふそうとうなちいとしゅうにゅうとをそつぎょうしたてのわたしからきたいしているらしかったのである。「そうとうのくちって、ちかごろじゃそんなうまいくちはなかなかあるものじゃありません。「しかしそつぎょうしたいじょうは、すくなくともどくりつしてやっていってくれなくっちゃこっちもこまる.
385 ひとからあなたのところのごじなんは、だいがくをそつぎょうなすってなにをしておでですかときかれたときにへんじができないようじゃ、おれもかたみがせまいから」ちちはじゅうめんをつくった。ちちのかんがえは、ふるくすみなれたきょうりからそとへでることをしらなかった。わたしのほうでも、じっさいそういうにんげんのようなきもちをおりおりおこした.
386 わたしはあからさまにじぶんのかんがえをうちあけるには、あまりにきょりのけんかくのはなはだしいちちとははのまえにもくぜんとしていた。「おまえのよくせんせいせんせいというかたにでもおねがいしたらいいじゃないか。こんなときこそ」はははこうよりそとにせんせいをかいしゃくすることができなかった。そつぎょうしたから、ちいのしゅうせんをしてやろうというひとではなかった.
387 「そのせんせいはなにをしているのかい」とちちがきいた。「なんにもしていないんです」とわたしがこたえた。わたしはとくのむかしからせんせいのなにもしていないということをちちにもははにもつげたつもりでいた。そうしてちちはたしかにそれをきおくしているはずであった。「なにもしていないというのは、またどういうわけかね.
388 おまえがそれほどそんけいするくらいなひとならなんかやっていそうなものだがね」ちちはこういって、わたしをふうした。ちちのかんがえでは、やくにたつものはよのなかへでてみんなそうとうのちいをえてはたらいている。ひっきょうやくざだからあそんでいるのだとけつろんしているらしかった。「おれのようなにんげんだって、げっきゅうこそもらっちゃいないが、これでもあそんでばかりいるんじゃない」.
389 ちちはこうもいった。わたしはそれでもまだだまっていた。「おまえのいうようなえらいかたなら、きっとなんかくちをさがしてくださるよ。たのんでごらんなのかい」とははがきいた。「いいえ」とわたしはこたえた。「じゃしかたがないじゃないか。なぜたのまないんだい。てがみでもいいからおだしな」「ええ」わたしはせいへんじをしてせきをたった.
390 ちちはあきらかにじぶんのびょうきをおそれていた。しかしいしゃのくるたびにさばえいしつもんをかけてあいてをこまらすしつでもなかった。いしゃのほうでもまたえんりょしてなにともいわなかった。ちちはしごのことをかんがえているらしかった。すくなくともじぶんがいなくなったあとのわがやをそうぞうしてみるらしかった。「こどもにがくもんをさせるのも、よしあしだね.
391 せっかくしゅぎょうをさせると、そのこどもはけっしてたくへかえってこない。これじゃてもなくおやこをかくりするためにがくもんさせるようなものだ」がくもんをしたけっかあにはいまおんごくにいた。きょういくをうけたいんがで、わたしはまたとうきょうにすむかくごをかたくした。こういうこをそだてたちちのぐちはもとよりふごうりではなかった.
392 えいねんすみふるしたいなかやのなかに、たったひとりとりのこされそうなははをえがきだすちちのそうぞうはもとよりさびしいにちがいなかった。わがやはうごかすことのできないものとちちはしんじきっていた。そのなかにすむははもまたいのちのあるあいだは、うごかすことのできないものとしんじていた。それだのに、とうきょうでよいちいをもとめろといって、わたしをつよいたがるちちのあたまにはむじゅんがあった.
393 わたしはそのむじゅんをおかしくおもったとどうじに、そのおかげでまたとうきょうへでられるのをよろこんだ。わたしはちちやははのてまえ、このちいをできるだけのどりょくでもとめつつあるごとくによそおおわなくてはならなかった。わたしはせんせいにてがみをかいて、いえのじじょうをくわしくのべた。もしじぶんのちからでできることがあったらなんでもするからしゅうせんしてくれとたのんだ.
394 わたしはせんせいがわたしのいらいにとりあうまいとおもいながらこのてがみをかいた。またとりあうつもりでも、せけんのせまいせんせいとしてはどうすることもできまいとおもいながらこのてがみをかいた。しかしわたしはせんせいからこのてがみにたいするへんじがきっとくるだろうとおもってかいた。わたしはそれをふうじてだすまえにははにむかっていった.
395 「せんせいにてがみをかきましたよ。あなたのおっしゃったとおり。ちょっとよんでごらんなさい」はははわたしのそうぞうしたごとくそれをよまなかった。「そうかい、それじゃはやくおだし。そんなことはほかがきをつけないでも、じぶんではやくやるものだよ」はははわたしをまだこどものようにおもっていた。わたしもじっさいこどものようなかんじがした.
396 「しかしてがみじゃようはたりませんよ。どうせ、くがつにでもなって、わたしがとうきょうへでてからでなくっちゃ」「そりゃそうかもしれないけれども、またひょっとして、どんなよいくちがないともかぎらないんだから、はやくたのんでおくにこしたことはないよ」「ええ。とにかくへんじはくるにきまってますから、そうしたらまたおはなししましょう」.
397 わたしはこんなことにかけてきちょうめんなせんせいをしんじていた。わたしはせんせいのへんじのくるのをこころまちにまった。けれどもわたしのよきはついにはずれた。せんせいからはいちしゅうかんたってもなにのおんしんもなかった。「おおかたどこかへひしょにでもいっているんでしょう」わたしはははにむかっていいわけらしいことばをつかわなければならなかった.
398 そうしてそのことばはははにたいするいいわけばかりでなく、じぶんのこころにたいするいいわけでもあった。わたしはつよいてもなにかのじじょうをかていしてせんせいのたいどをべんごしなければふあんになった。わたしはときどきちちのびょうきをわすれた。いっそはやくとうきょうへでてしまおうかとおもったりした。そのちちじしんもおのれのびょうきをわすれることがあった.
399 みらいをしんぱいしながら、みらいにたいするところおけはいっこうとらなかった。わたしはついにせんせいのちゅうこくとおりざいさんぶんぱいのことをちちにいいだすきかいをえずにすぎた。くがつはじめになって、わたしはいよいよまたとうきょうへでようとした。わたしはちちにむかってとうぶんいままでとおりがくしをおくってくれるようにとたのんだ.
400 「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃるとおりのちいがえられるものじゃないですから」わたしはちちのきぼうするちいをえるためにとうきょうへいくようなことをいった。「むろんくちのみつかるまででよいですから」ともいった。わたしはこころのうちで、そのくちはとうていわたしのあたまのうえにおちてこないとおもっていた.
401 けれどもじじょうにうといちちはまたあくまでもそのはんたいをしんじていた。「そりゃわずかのあいだのことだろうから、どうにかつごうしてやろう。そのかわりながくはいけないよ。そうとうのちいをえしだいどくりつしなくっちゃ。がんらいがっこうをでたいじょう、でたあくるひからたのせわになんぞなるものじゃないんだから。ちちはこのそとにもまだいろいろのこごとをいった.
402 そのなかには、「むかしのおやはこにくわせてもらったのに、いまのおやはこにくわれるだけだ」などということばがあった。それらをわたしはただだまってきいていた。こごとがひととおりすんだとおもったとき、わたしはしずかにせきをたとうとした。ちちはいついくかとわたしにたずねた。わたしにははやいだけがよかった。「おかあさんにひをみてもらいなさい」.
403 「そうしましょう」そのときのわたしはちちのまえにぞんがいおとなしかった。わたしはなるべくちちのきげんにさからわずに、いなかをでようとした。ちちはまたわたしをひきとめた。「おまえがとうきょうへいくとたくはまたさびしくなる。なにしろおのれとおかあさんだけなんだからね。そのおれもからださえたっしゃならいいが、このようすじゃいつきゅうにどんなことがないともいえないよ」.
404 わたしはできるだけちちをなぐさめて、じぶんのつくえをおいてあるところへかえった。わたしはとりちらしたしょもつのあいだにすわって、こころぼそそうなちちのたいどとことばとを、いくどかくりかえしながめた。わたしはそのときまたせみのこえをきいた。そのこえはこのあいだじゅうきいたのとちがって、つくつくぼうしのこえであった.
405 わたしはなつきょうりにかえって、にえつくようなせみのこえのなかにじっとすわっていると、へんにかなしいこころもちになることがしばしばあった。わたしのあいしゅうはいつもこのむしのはげしいおととともに、こころのそこにしみこむようにかんぜられた。わたしはそんなときにはいつもうごかずに、ひとりでひとりをみつめていた。わたしのあいしゅうはこのなつきせいしたいごしだいにじょうちょうをかえてきた.
406 あぶらぜみのこえがつくつくぼうしのこえにかわるごとくに、わたしをとりまくひとのうんめいが、おおきなりんねのうちに、そろそろうごいているようにおもわれた。わたしはさびしそうなちちのたいどとことばをくりかえしながら、てがみをだしてもへんじをよこさないせんせいのことをまたおもいうかべた。わたしはほとんどちちのすべてもしりつくしていた.
407 もしちちをはなれるとすれば、じょうあいのうえにおやこのこころのこりがあるだけであった。せんせいのおおくはまだわたしにわかっていなかった。はなすとやくそくされたそのひとのかこもまだきくきかいをえずにいた。ようするにせんせいはわたしにとってうすぐらかった。わたしはぜひともそこをとおりこして、あかるいところまでいかなければきがすまなかった.
408 せんせいとかんけいのたえるのはわたしにとっておおいなくつうであった。わたしはははにひをみてもらって、とうきょうへたつひどりをきわめた。わたしがいよいよたとうというまぎわになって、(たしかふつかまえのゆうがたのことであったとおもうが、)ちちはまたとつぜんひっくりかえった。わたしはそのときしょもつやいるいをつめたこうりをからげていた.
409 ちちはふろへはいったところであった。ちちのせなかをながしにいったははがおおきなこえをだしてわたしをよんだ。わたしはらたいのままははにうしろからいだかれているちちをみた。それでもざしきへつれてもどったとき、ちちはもうだいじょうぶだといった。ねんのためにまくらもとにすわって、そおちてぬぐいでちちのあたまをひやしていたわたしは、くじころになってようやくかたちばかりのやしょくをすました.
410 よくじつになるとちちはおもったよりげんきがよかった。とめるのもきかずにあるいてべんじょへいったりした。「もうだいじょうぶ」ちちはきょねんのくれたおれたときにわたしにむかっていったとおなじことばをまたくりかえした。そのときははたしてくちでいったとおりまあだいじょうぶであった。わたしはこんどもあるいはそうなるかもしれないとおもった.
411 しかしいしゃはただようじんがかんようだとちゅういするだけで、ねんをおしてもはんぜんしたことをはなしてくれなかった。わたしはふあんのために、しゅったつのひがきてもついにとうきょうへたつきがおこらなかった。「もうすこしようすをみてからにしましょうか」とわたしはははにそうだんした。「そうしておくれ」とははがたのんだ.
412 はははちちがにわへでたりせどへおりたりするげんきをみているあいだだけはへいきでいるくせに、こんなことがおこるとまたひつよういじょうにしんぱいしたりきをもんだりした。「おまえはきょうとうきょうへいくはずじゃなかったか」とちちがきいた。「ええ、すこしのばしました」とわたしがこたえた。「おれのためにかい」とちちがききかえした.
413 わたしはちょっとちゅうちょした。そうだといえば、ちちのびょうきのおもいのをうらがきするようなものであった。わたしはちちのしんけいをかびんにしたくなかった。しかしちちはわたしのこころをよくみぬいているらしかった。「きのどくだね」といって、にわのほうをむいた。わたしはじぶんのへやにはいって、そこにほうりだされたこうりをながめた.
414 こうりはいつもちだしてもさしつかえないように、かたくくくられたままであった。わたしはぼんやりそのまえにたって、またなわをとこうかとかんがえた。わたしはすわったままこしをうかしたときのおちつかないきぶんで、またさんよっかをすごした。するとちちがまたそっとうした。いしゃはぜったいにあんがをめいじた。「どうしたものだろうね」.
415 とははがちちにきこえないようなちいさなこえでわたしにいった。ははのかおはいかにもこころぼそそうであった。わたしはあにといもうとにでんぽうをうつよういをした。けれどもねているちちにはほとんどなんのくもんもなかった。はなしをするところなどをみると、かぜでもひいたときとまったくおなじことであった。そのうえしょくよくはふだんよりもすすんだ.
416 そばのものが、ちゅういしてもよういにいうことをきかなかった。「どうせしぬんだから、うまいものでもくってしななくっちゃ」わたしにはうまいものというちちのことばがこっけいにもひさんにもきこえた。ちちはうまいものをくちにいれられるみやこにはすんでいなかったのである。よるにはいってかきもちなどをやいてもらってぼりぼりかんだ.
417 「どうしてこうかわくのかね。やっぱりこころにじょうぶのところがあるのかもしれないよ」はははしつぼうしていいところにかえってたのみをおいた。そのくせびょうきのときにしかつかわないかわくというむかしふうのことばを、なにでもたべたがるいみにもちいていた。おじがみまいにきたとき、ちちはいつまでもひきとめてかえさなかった.
418 さびしいからもっといてくれというのがおもなりゆうであったが、ははやわたしが、たべたいだけものをたべさせないというふへいをうったえるのも、そのもくてきのひとつであったらしい。ちちのびょうきはおなじようなじょうたいでいちしゅうかんいじょうつづいた。わたしはそのあいだにながいてがみをきゅうしゅうにいるにいあてでだした.
419 いもうとへはははからださせた。わたしははらのなかで、おそらくこれがちちのけんこうにかんしてふたりへやるさいごのおんしんだろうとおもった。それでりょうほうへいよいよというばあいにはでんぽうをうつからでてこいといういみをかきこめた。あにはいそがしいしょくにいた。いもうとはにんしんちゅうであった。だからちちのきけんがめのまえにせまらないうちによびよせるじゆうはきかなかった.
420 といって、せっかくつごうしてきたにはきたが、まにあわなかったといわれるのもつらかった。わたしはでんぽうをかけるじきについて、ひとのしらないせきにんをかんじた。「そうはんぜんりしたことになるとわたしにもわかりません。しかしきけんはいつくるかわからないということだけはしょうちしていてください」ていしゃじょうのあるまちからむかえたいしゃはわたしにこういった.
421 わたしはははとそうだんして、そのいしゃのしゅうせんで、まちのびょういんからかんごふをひとりたのむことにした。ちちはまくらもとへきてあいさつするしろいふくをきたおんなをみてへんなかおをした。ちちはしびょうにかかっていることをとうからじかくしていた。それでいて、がんぜんにせまりつつあるしそのものにはきがつかなかった.
422 「いまになおったらもういっぺんとうきょうへあそびにいってみよう。にんげんはいつしぬかわからないからな。なにでもやりたいことは、いきてるうちにやっておくにかぎる」はははしかたなしに「そのときはわたしもいっしょにつれていっていただきましょう」などとちょうしをあわせていた。ときとするとまたひじょうにさびしがった.
423 「おれがしんだら、どうかおかあさんをだいじにしてやってくれ」わたしはこの「おれがしんだら」ということばにいっしゅのきおくをもっていた。とうきょうをたつとき、せんせいがおくさんにむかってなんぺんもそれをくりかえしたのは、わたしがそつぎょうしたひのばんのことであった。わたしはわらいをおびたせんせいのかおと、えんきでもないとみみをふさいだおくさんのようすとをおもいだした.
424 あのときの「おれがしんだら」はたんじゅんなかていであった。いまわたしがきくのはいつおこるかわからないじじつであった。わたしはせんせいにたいするおくさんのたいどをまなぶことができなかった。しかしくちのさきではなにとかちちをまぎらさなければならなかった。「そんなよわいことをおっしゃっちゃいけませんよ。いまになおったらとうきょうへあそびにいらっしゃるはずじゃありませんか.
425 おかあさんといっしょに。こんどいらっしゃるときっとびっくりしますよ、かわっているんで。でんしゃのあたらしいせんろだけでもたいへんふえていますからね。でんしゃがとおるようになればしぜんまちなみもかわるし、そのうえにしくかいせいもあるし、とうきょうがじっとしているときは、まあにろくじちゅういちぷんもないといっていいくらいです」.
426 わたしはしかたがないからいわないでいいことまでしゃべった。ちちはまた、まんぞくらしくそれをきいていた。びょうにんがあるのでしぜんかのでいりもおおくなった。きんじょにいるしんるいなどは、ふつかにひとりぐらいのわりでかわるがわるみまいにきた。なかにはひかくてきとおくにいてへいぜいそえんなものもあった。「どうかとおもったら、このようすじゃだいじょうぶだ.
427 はなしもじゆうだし、だいちかおがちっともやせていないじゃないか」などといってかえるものがあった。わたしのかえったとうじはひっそりしすぎるほどしずかであったかていが、こんなことでだんだんざわざわしはじめた。そのなかにうごかずにいるちちのびょうきは、ただおもしろくないほうへうつっていくばかりであった。わたしはははやおじとそうだんして、とうとうあにといもうとにでんぽうをうった.
428 あにからはすぐいくというへんじがきた。いもうとのおっとからもたつというほうちがあった。いもうとはこのまえかいにんしたときにりゅうざんしたので、こんどこそはくせにならないようにだいじをとらせるつもりだと、かねていいこしたそのおっとは、いもうとのかわりにじぶんででてくるかもしれなかった。こうしたおちつきのないあいだにも、わたしはまだしずかにすわるよゆうをもっていた.
429 たまにはしょもつをあけてじっぺーじもつづけざまによむじかんさえでてきた。いったんかたくくくられたわたしのこうりは、いつのあいだにかとかれてしまった。わたしはいるにまかせて、そのなかからいろいろなものをとりだした。わたしはとうきょうをたつとき、こころのうちできわめた、このなつじゅうのにっかをかえりみた。わたしのやったことはこのにっかのさんがいちにもたらなかった.
430 わたしはいままでもこういうふゆかいをなんどとなくかさねてきた。しかしこのなつほどおもったとおりしごとのはこばないれいもすくなかった。これがひとのよのつねだろうとおもいながらもわたしはいやなきもちにおさえつけられた。わたしはこのふかいのうらにすわりながら、いっぽうにちちのびょうきをかんがえた。ちちのしんだあとのことをそうぞうした.
431 そうしてそれとどうじに、せんせいのことをいっぽうにおもいうかべた。わたしはこのふかいなこころもちのりょうたんにちい、きょういく、せいかくのぜんぜんことなったふたりのおもかげをながめた。わたしがちちのまくらもとをはなれて、ひとりとりみだしたしょもつのなかにうでぐみをしているところへははがかおをだした。「すこしひるねむりでもおしよ.
432 おまえもさぞくたびれるだろう」はははわたしのきぶんをりょうかいしていなかった。わたしもははからそれをよきするほどのこどもでもなかった。わたしはたんかんにれいをのべた。はははまだへやのいりぐちにたっていた。「おとうさんは?」とわたしがきいた。「いまよくねておでだよ」とははがこたえた。はははとつぜんはいってきてわたしのそばにすわった.
433 「せんせいからまだなんともいってこないかい」ときいた。はははそのときのわたしのことばをしんじていた。そのときのわたしはせんせいからきっとへんじがあるとははにほしょうした。しかしちちやははのきぼうするようなへんじがくるとは、そのときのわたしもまるできたいしなかった。わたしはこころえがあってははをあざむいたとおなじけっかにおちいった.
434 「もういっぺんてがみをだしてごらんな」とははがいった。やくにたたないてがみをなんつうかこうと、それがははのいあんになるなら、てすうをいとうようなわたしではなかった。けれどもこういうようけんでせんせいにせまるのはわたしのくつうであった。わたしはちちにしかられたり、ははのきげんをそんじたりするよりも、せんせいからみさげられるのをはるかにおそれていた.
435 あのいらいにたいしていままでへんじのもらえないのも、あるいはそうしたわけからじゃないかしらというじゃすいもあった。「てがみをかくのはわけはないですが、こういうことはゆうびんじゃとてもらちはあきませんよ。どうしてもじぶんでとうきょうへでて、じかにたのんでまわらなくっちゃ」「だっておとうさんがあのようすじゃ、おまえ、いつとうきょうへでられるかわからないじゃないか」.
436 「だからでやしません。なおるともなおらないともかたづかないうちは、ちゃんとこうしているつもりです」「そりゃわかりきったはなしだね。いまにもむずかしいというだいびょうにんをはなちらかしておいて、だれがかってにとうきょうへなんかいけるものかね」わたしははじめこころのなかで、なにもしらないははをあわれんだ。そのとき「じつはね」.
437 とははがいいだした。「じつはおとうさんのいきておでのうちに、おまえのくちがきまったらさぞあんしんなさるだろうとおもうんだがね。このようすじゃ、とてもまにあわないかもしれないけれども、それにしても、まだああやってくちもたしかならきもたしかなんだから、ああしておでのうちによろこばしてあげるようにおやこうこうをおしな」.
438 あわれなわたしはおやこうこうのできないきょうぐうにいた。わたしはついにいっこうのてがみもせんせいにださなかった。あにがかえってきたとき、ちちはねながらしんぶんをよんでいた。ちちはへいぜいからなにをおいてもしんぶんだけにはめをとおすしゅうかんであったが、ゆかについてからは、たいくつのためなおさらそれをよみたがった.
439 ははもわたしもつよいてははんたいせずに、なるべくびょうにんのおもいとおりにさせておいた。「そういうげんきならけっこうなものだ。よっぽどわるいかとおもってきたら、たいへんよいようじゃありませんか」あにはこんなことをいいながらちちとはなしをした。そのにぎやかすぎるちょうしがわたしにはかえってふちょうわにきこえた.
440 それでもちちのまえをはずしてわたしとさしむかいになったときは、むしろしずんでいた。「しんぶんなんかよましちゃいけなかないか」「わたしもそうおもうんだけれども、よまないとしょうちしないんだから、しようがない」あにはわたしのべんかいをだまってきいていた。やがて、「よくわかるのかな」といった。「そりゃたしかです.
441 わたしはさっきにじゅうぷんばかりまくらもとにすわっていろいろはなしてみたが、ちょうしのくるったところはすこしもないです。あのようすじゃことによるとまだなかなかもつかもしれませんよ」あにとぜんごしてついたいもうとのおっとのいけんは、われわれよりもよほどらっかんてきであった。ちちはかれにむかっていもうとのことをあれこれとたずねていた.
442 「からだがからだだからむやみにきしゃになんぞのってゆれないほうがいい。むりをしてみまいにこられたりすると、かえってこっちがしんぱいだから」といっていた。「なにいまになおったらあかんぼうのかおでもみに、ひさしぶりにこっちからでかけるからさしつかえない」ともいっていた。のぎたいしょうのしんだときも、ちちはいちばんさきにしんぶんでそれをしった.
443 「たいへんだたいへんだ」といった。なにごともしらないわたしたちはこのとつぜんなことばにおどろかされた。「あのときはいよいよあたまがへんになったのかとおもって、ひやりとした」とあとであにがわたしにいった。「わたしもじつはおどろきました」といもうとのおっともどうかんらしいことばつきであった。そのころのしんぶんはじっさいいなかものにはひごとにまちうけられるようなきじばかりあった.
444 わたしはちちのまくらもとにすわってていやすしにそれをよんだ。よむじかんのないときは、そっとじぶんのへやへもってきて、のこらずめをとおした。わたしのめはながいあいだ、ぐんぷくをきたのぎたいしょうと、それからかんじょみたようなふくそうをしたそのふじんのすがたをわすれることができなかった。ようふくをきたひとをみるといぬがほえるようなところでは、いっつうのでんぽうすらだいじけんであった.
445 それをうけとったははは、はたしておどろいたようなようすをして、わざわざわたしをひとのいないところへよびだした。「なにだい」といって、わたしのふうをひらくのをそばにたってまっていた。でんぽうにはちょっとあいたいがこられるかといういみがかんたんにかいてあった。わたしはくびをかたむけた。「きっとおたのもうしておいたくちのことだよ」.
446 とははがすいだんしてくれた。わたしもあるいはそうかもしれないとおもった。しかしそれにしてはすこしへんだともかんがえた。とにかくあにやいもうとのおっとまでよびよせたわたしが、ちちのびょうきをうちつかって、とうきょうへいくわけにはいかなかった。わたしはははとそうだんして、いかれないというへんでんをうつことにした.
447 できるだけかんりゃくなことばでちちのびょうきのきとくにおちいりつつあるむねもつけくわえたが、それでもきがすまなかったから、いさいてがみとして、こまかいじじょうをそのひのうちにみとめてゆうびんでだした。たのんだいちのこととばかりしんじきったははは、「ほんとうにまのわるいときはしかたのないものだね」といってざんねんそうなかおをした.
448 わたしのかいたてがみはかなりながいものであった。ははもわたしもこんどこそせんせいからなにとかいってくるだろうとかんがえていた。するとてがみをだしてふつかめにまたでんぽうがわたしあてでとどいた。それにはこないでもよろしいというもんくだけしかなかった。わたしはそれをははにみせた。「おおかたてがみでなにとかいってきてくださるつもりだろうよ」.
449 はははどこまでもせんせいがわたしのためにいしょくのくちをしゅうせんしてくれるものとばかりかいしゃくしているらしかった。わたしもあるいはそうかともかんがえたが、せんせいのへいぜいからおしてみると、どうもへんにおもわれた。「せんせいがくちをさがしてくれる」。これはありえべからざることのようにわたしにはみえた。わたしはははにむかってこんなわかりきったことをいった.
450 はははまたもっともらしくしあんしながら「そうだね」とこたえた。わたしのてがみをよまないまえに、せんせいがこのでんぽうをうったということが、せんせいをかいしゃくするうえにおいて、なにのやくにもたたないのはしれているのに。そのひはちょうどしゅじいがまちからいんちょうをつれてくるはずになっていたので、ははとわたしはそれぎりこのじけんについてはなしをするきかいがなかった.
451 ふたりのいしゃはたちあいのうえ、びょうにんにかんちょうなどをしてかえっていった。ちちはいしゃからあんがをめいぜられていらい、りょうべんともねたままほかのてでしまつしてもらっていた。けっぺきなちちは、さいしょのあいだこそはなはだしくそれをいみきらったが、からだがきかないので、やむをえずいやいやゆかのうえでようをたした.
452 それがびょうきのかげんであたまがだんだんにぶくなるのかなにだか、ひをへるにしたがって、ぶしょうなはいせつをいとしないようになった。たまにはふとんやしきふをよごして、そばのものがまゆをよせるのに、とうにんはかえってへいきでいたりした。もっともにょうのりょうはびょうきのせいしつとして、きわめてすくなくなった。いしゃはそれをくにした.
453 しょくよくもしだいにおとろえた。たまになんかほしがっても、したがほしがるだけで、のどからしたへはごくすくねしかとおらなかった。すきなしんぶんもてにとるきりょくがなくなった。まくらのそばにあるろうがんきょうは、いつまでもくろいさやにおさめられたままであった。といって、どんよりしためをつくるさんのほうにむけた。「つくるさんよくきてくれた.
454 つくるさんはじょうぶでうらやましいね。おのれはもうだめだ」「そんなことはないよ。おまえなんかこどもはふたりともだいがくをそつぎょうするし、すこしぐらいびょうきになったって、もうしぶんはないんだ。おれをごらんよ。かかあにはしなれるしさ、こどもはなしさ。ただこうしていきているだけのことだよ。たっしゃだってなにのたのしみもないじゃないか」.
455 かんちょうをしたのはつくるさんがきてからにさんにちあとのことであった。ちちはいしゃのおかげでたいへんらくになったといってよろこんだ。すこしじぶんのじゅみょうにたいするどきょうができたというふうにきげんがなおった。そばにいるわたしはむずがゆいこころもちがしたが、ははのことばをさえぎるわけにもゆかないので、だまってきいていた.
456 びょうにんはうれしそうなかおをした。「そりゃけっこうです」といもうとのおっともいった。「なにのくちだかまだわからないのか」とあにがきいた。わたしはいまさらそれをひていするゆうきをうしなった。じぶんにもなにともわけのわからないあいまいなへんじをして、わざとせきをたった。ちちのびょうきはさいごのいちげきをまつまぎわまですすんできて、そこでしばらくちゅうちょするようにみえた.
457 いえのものはうんめいのせんこくが、きょうくだるか、きょうくだるかとおもって、まいよゆかにはいった。ちちはそばのものをつらくするほどのくつうをどこにもかんじていなかった。そのてんになるとかんびょうはむしろらくであった。ようじんのために、だれかひとりぐらいずつかわるがわるおきてはいたが、あとのものはそうとうのじかんにかくじのねどこへひきとってさしつかえなかった.
458 なにかのひょうしでねむれなかったとき、びょうにんのうなるようなこえをかすかにきいたとおもいあやまったわたしは、いっぺんはんやにゆかをぬけだして、ねんのためちちのまくらもとまでいってみたことがあった。そのよるはははがおきているばんにあたっていた。しかしそのはははちちのよこにひじをまげてまくらとしたなりねいっていた.
459 ちちもふかいねむりのうらにそっとおかれたひとのようにしずかにしていた。わたしはしのびあしでまたじぶんのねどこへかえった。わたしはあにといっしょのかやのなかにねた。いもうとのおっとだけは、きゃくあつかいをうけているせいか、ひとりはなれたざしきにはいってやすんだ。「せきさんもきのどくだね。ああいくかもひっぱられてかえれなくっちゃあ」.
460 せきというのはそのひとのみょうじであった。「しかしそんないそがしいからだでもないんだから、ああしてとまっていてくれるんでしょう。せきさんよりもにいさんのほうがこまるでしょう、こうながくなっちゃ」「こまってもしかたがない。そとのこととちがうからな」あにとゆかをならべてねるわたしは、こんなねものがたりをした。どうせたすからないものならばというかんがえもあった.
461 われわれはことしておやのしぬのをまっているようなものであった。しかしことしてのわれわれはそれをことばのうえにあらわすのをはばかった。そうしておたがいにおたがいがどんなことをおもっているかをよくりかいしあっていた。「おとうさんは、まだなおるきでいるようだな」とあにがわたしにいった。じっさいあにのいうとおりにみえるところもないではなかった.
462 きんじょのものがみまいにくると、ちちはかならずあうといってしょうちしなかった。あえばきっと、わたしのそつぎょういわいによぶことができなかったのをざんねんがった。そのかわりじぶんのびょうきがなおったらというようなこともときどきつけくわえた。「おまえのそつぎょういわいはやめになってけっこうだ。おれのときにはよわったからね」.
463 とあにはわたしのきおくをつつッついた。わたしはアルコールにあおられたそのときのらんざつなありさまをおもいだしてくしょうした。のむものやくうものをしいてまわるちちのたいども、にがにがしくわたしのめにうつった。わたしたちはそれほどなかのよいきょうだいではなかった。ちいさいうちはよくけんかをして、としのすくないわたしのほうがいつでもなかされた.
464 がっこうへはいってからのせんもんのそういも、まったくせいかくのそういからでていた。だいがくにいるじぶんのわたしは、ことにせんせいにせっしょくしたわたしは、とおくからあにをながめて、つねにどうぶつてきだとおもっていた。わたしはながくあににあわなかったので、またかけへだたったとおくにいたので、ときからいってもきょりからいっても、あにはいつでもわたしにはちかくなかったのである.
465 それでもひさしぶりにこうおちあってみると、きょうだいのやさしいこころもちがどこからかしぜんにわいてでた。ばあいがばあいなのもそのおおきなみなもともとになっていた。ふたりにきょうつうなちち、そのちちのしのうとしているまくらもとで、あにとわたしはあくしゅしたのであった。「おまえこれからどうする」とあにはきいた。わたしはまたまったくけんとうのちがったしつもんをあににかけた.
466 「いったいかのざいさんはどうなってるんだろう」「おれはしらない。おとうさんはまだなんともいわないから。しかしざいさんっていったところでかねとしてはたかのしれたものだろう」はははまたははでせんせいのへんじのくるのをくにしていた。「まだてがみはこないかい」とわたしをせめた。「せんせいせんせいというのはいったいだれのことだい」.
467 とあにがきいた。「こないだはなしたじゃないか」とわたしはこたえた。わたしはじぶんでしつもんをしておきながら、すぐたのせつめいをわすれてしまうあににたいしてふかいのねんをおこした。「きいたことはきいたけれども」あにはひっきょうきいてもわからないというのであった。わたしからみればなにもむりにせんせいをあににりかいしてもらうひつようはなかった.
468 けれどもはらはたった。またれいのあにらしいところがでてきたとおもった。せんせいせんせいとわたしがそんけいするいじょう、そのひとはかならずちょめいのしでなくてはならないようにあにはかんがえていた。すくなくともだいがくのきょうじゅぐらいだろうとすいさつしていた。めいもないひと、なにもしていないひと、それがどこにかちをもっているだろう.
469 あにのはらはこのてんにおいて、ちちとまったくおなじものであった。けれどもちちがなにもできないからあそんでいるのだとそくだんするのにひきかえて、あにはなにかやれるのうりょくがあるのに、ぶらぶらしているのはなじらんにんげんにかぎるといったかぜのくちぶりをもらした。「イゴイストはいけないね。なにもしないでいきていようというのはおうちゃくなりょうけんだからね.
470 ひとはじぶんのもっているさいのうをできるだけはたらかせなくっちゃうそだ」わたしはあににむかって、じぶんのつかっているイゴイストということばのいみがよくわかるかとききかえしてやりたかった。「それでもそのひとのおかげでちいができればまあけっこうだ。おとうさんもよろこんでるようじゃないか」あにはあとからこんなことをいった.
471 せんせいからめいりょうなてがみのこないいじょう、わたしはそうしんずることもできず、またそうくちにだすゆうきもなかった。それをははのはやのみこみでみんなにそうふいちょうしてしまったいまとなってみると、わたしはきゅうにそれをうちけすわけにいかなくなった。わたしはははにさいそくされるまでもなく、せんせいのてがみをまちうけた.
472 そうしてそのてがみに、どうかみんなのかんがえているようないしょくのくちのことがかいてあればいいがとねんじた。ちちがへんなきいろいものもえずいたとき、わたしはかつてせんせいとおくさんからきかされたきけんをおもいだした。「ああしてながくねているんだからいもわるくなるはずだね」といったははのかおをみて、なにもしらないそのひとのまえになみだぐんだ.
473 あにとわたしがちゃのまでおちあったとき、あには「きいたか」といった。それはいしゃがかえりぎわにあににむかっていったことをきいたかといういみであった。わたしにはせつめいをまたないでもそのいみがよくわかっていた。「おまえここへかえってきて、たくのことをかんりするきがないか」とあにがわたしをかえりみた。わたしはなにともこたえなかった.
474 「おかあさんひとりじゃ、どうすることもできないだろう」とあにがまたいった。あにはわたしをつちのにおいをかいでくちていってもおしくないようにみていた。「ほんをよむだけなら、いなかでもじゅうぶんできるし、それにはたらくひつようもなくなるし、ちょうどいいだろう」「にいさんがかえってくるのがじゅんですね」とわたしがいった.
475 「おれにそんなことができるものか」とあにはひとくちにしりぞけた。あにのはらのなかには、よのなかでこれからしごとをしようというきがみちみちていた。「おまえがいやなら、まあおじさんにでもせわをたのむんだが、それにしてもおかあさんはどっちかでひきとらなくっちゃなるまい」「おかあさんがここをうごくかうごかないかがすでにおおきなぎもんですよ」.
476 きょうだいはまだちちのしなないまえから、ちちのしんだあとについて、こんなふうにかたりあった。ちちはときどき囈語をいうようになった。「のぎたいしょうにすまない。じつにめんぼくしだいがない。いえわたしもすぐおあとから」こんなことばをひょいひょいだした。はははぎみをわるがった。なるべくみんなをまくらもとへあつめておきたがった.
477 きのたしかなときはしきりにさびしがるびょうにんにもそれがきぼうらしくみえた。ことにへやのなかをみまわしてははのかげがみえないと、ちちはかならず「おひかりは」ときいた。きかないでも、めがそれをものがたっていた。わたしはよくおこってははをよびにいった。「なにかごようですか」そうかとおもうと、まるでかけはなれたはなしをした.
478 とつぜん「おひかりおまえにもいろいろせわになったね」などとやさしいことばをだすときもあった。はははそういうことばのまえにきっとなみだぐんだ。そうしたあとではまたきっとじょうぶであったむかしのちちをそのたいしょうとしておもいだすらしかった。「あんなあわれっぽいことをおいいだがね、あれでもとはずいぶんひどかったんだよ」.
479 はははちちのためにほうきでせなかをどやされたときのことなどをはなした。いままでなんぺんもそれをきかされたわたしとあには、いつもとはまるでちがったきぶんで、ははのことばをちちのきねんのようにみみへうけいれた。ちちはじぶんのめのまえにうすぐらくうつるしのかげをながめながら、まだゆいごんらしいものをくちにださなかった.
480 「いまのうちなんかきいておくひつようはないかな」とあにがわたしのかおをみた。「そうだなあ」とわたしはこたえた。わたしはこちらからすすんでそんなことをもちだすのもびょうにんのためによしあしだとかんがえていた。ふたりはけっしかねてついにおじにそうだんをかけた。おじもくびをかたむけた。はなしはとうとうぐずぐずになってしまった.
481 そのうちにこんすいがきた。れいのとおりなにもしらないははは、それをただのねむりとおもいちがえてかえってよろこんだ。「まあああしてらくにねられれば、そばにいるものもたすかります」といった。ちちはじじがんをあけて、だれはどうしたなどととつぜんきいた。そのだれはついせんこくまでそこにすわっていたひとのなにかぎられていた.
482 ちちのいしきにはくらいところとあかるいところとできて、そのあかるいところだけが、やみをぬうしろいいとのように、あるきょりをおいてれんぞくするようにみえた。ははがこんすいじょうたいをふつうのねむりととりちがえたのもむりはなかった。そのうちしたがだんだんもつれてきた。なにかいいだしてもしりがふめいりょうにおわるために、ようりょうをえないでしまうことがおおくあった.
483 そのくせはなしはじめるときは、きとくのびょうにんとはおもわれないほど、つよいこえをだした。われわれはもとよりふだんいじょうにちょうしをはりあげて、みみもとへくちをよせるようにしなければならなかった。「あたまをひやすとよいこころもちですか」「うん」わたしはかんごふをあいてに、ちちのみずまくらをとりかえて、それからあたらしいこおりをいれたひょうのうをあたまのうえへのせた.
484 がさがさにわられてとがりきったこおりのはへんが、のうのなかでおちつくあいだ、わたしはちちのはげあがったがくのそとでそれをやわらかにおさえていた。そのときあにがろうかづたいにはいってきて、いっつうのゆうびんをむごんのままわたしのてにわたした。あいたほうのひだりてをだして、そのゆうびんをうけとったわたしはすぐふしんをおこした.
485 それはふつうのてがみにくらべるとよほどめかたのおもいものであった。なみのじょうぶくろにもいれてなかった。またなみのじょうぶくろにいれられべきぶんりょうでもなかった。はんしでつつんで、ふうじめをていやすしにのりではりつけてあった。わたしはそれをあにのてからうけとったとき、すぐそのかきとめであることにきがついた.
486 うらをかえしてみるとそこにせんせいのながつつしんだじでかいてあった。てのはなせないわたしは、すぐふうをきるわけにいかないので、ちょっとそれをふところにさしこんだ。そのひはびょうにんのできがことにわるいようにみえた。わたしがかわやへいこうとしてせきをたったとき、ろうかでいきあったあには「どこへいく」とばんぺいのようなくちょうですいかした.
487 「どうもようすがすこしへんだからなるべくそばにいるようにしなくっちゃいけないよ」とちゅういした。わたしもそうおもっていた。かいちゅうしたてがみはそのままにしてまたびょうしつへかえった。ちちはめをあけて、そこにならんでいるひとのなまえをははにたずねた。ははがあれはだれ、これはだれといちいちせつめいしてやると、ちちはそのたびにうなずいた.
488 うなずかないときは、ははがこえをはりあげて、なになにさんです、わかりましたかとねんをおした。「どうもいろいろおせわになります」ちちはこういった。そうしてまたこんすいじょうたいにおちいった。まくらべをとりまいているひとはむごんのまましばらくびょうにんのようすをみつめていた。やがてそのなかのひとりがたってつぎのまへでた.
489 するとまたひとりたった。わたしもさんにんめにとうとうせきをはずして、じぶんのへやへきた。わたしにはせんこくふところへいれたゆうびんぶつのなかをあけてみようというもくてきがあった。それはびょうにんのまくらもとでもよういにできるしょさにはちがいなかった。しかしかかれたもののぶんりょうがあまりにおおすぎるので、ひといきにそこでよみとおすわけにはいかなかった.
490 わたしはとくべつのじかんをぬすんでそれにあてた。わたしはせんいのつよいつつみがみをひきかくようにさきやぶった。なかからでたものは、じゅうおうにひいたけのなかへぎょうぎよくかいたげんこうさまのものであった。そうしてふうじるべんぎのために、よっつおりにたたまれてあった。わたしはくせのついたせいようしを、ぎゃくにおりかえしてよみやすいようにひらたくした.
491 わたしのこころはこのたりょうのかみといんきが、わたしになにごとをかたるのだろうかとおもっておどろいた。わたしはどうじにびょうしつのことがきにかかった。わたしがこのかきものをよみはじめて、よみおわらないまえに、ちちはきっとどうかなる、すくなくとも、わたしはあにからかははからか、それでなければおじからか、よばれるにきまっているというよかくがあった.
492 わたしはおちついてせんせいのかいたものをよむきになれなかった。わたしはそわそわしながらたださいしょのいちぺーじをよんだ。そのぺーじはしたのようにつづられていた。「あなたからかこをといただされたとき、こたえることのできなかったゆうきのないわたしは、いまあなたのまえに、それをめいはくにものがたるじゆうをえたとしんじます.
493 しかしそのじゆうはあなたのじょうきょうをまっているうちにはまたうしなわれてしまうせけんてきのじゆうにすぎないのであります。したがって、それをりようできるときにりようしなければ、わたしのかこをあなたのあたまにかんせつのけいけんとしておしえてあげるきかいをえいきゅうにいっするようになります。そうすると、あのときあれほどかたくやくそくしたことばがまるでうそになります.
494 わたしはやむをえず、くちでいうべきところを、ふででもうしあげることにしました」わたしはそこまでよんで、はじめてこのながいものがなにのためにかかれたのか、そのりゆうをあきらかにしることができた。わたしのいしょくのくち、そんなものについてせんせいがてがみをよこすきづかいはないと、わたしはしょてからしんじていた。せんせいはなぜわたしのじょうきょうするまでまっていられないだろう.
495 「じゆうがきたからはなす。しかしそのじゆうはまたえいきゅうにうしなわれなければならない」わたしはこころのうちでこうくりかえしながら、そのいみをしるにくるしんだ。わたしはとつぜんふあんにおそわれた。わたしはつづいてあとをよもうとした。そのときびょうしつのほうから、わたしをよぶおおきなあにのこえがきこえた。わたしはまたおどろいてたちのぼった.
496 ろうかをちけぬけるようにしてみんなのいるかたへいった。わたしはいよいよちちのうえにさいごのしゅんかんがきたのだとかくごした。びょうしつにはいつのあいだにかいしゃがきていた。なるべくびょうにんをらくにするというしゅいからまたかんちょうをこころみるところであった。かんごふはさくやのつかれをやすめるためにべっしつでねていた.
497 なれないあにはおこってまごまごしていた。わたしのかおをみると、「ちょっとてをおかし」といったまま、じぶんはせきについた。わたしはあににかわって、あぶらがみをちちのしりのしたにあてがったりした。ちちのようすはすこしくつろいできた。さんじゅうぷんほどまくらもとにすわっていたいしゃは、かんちょうのけっかをみとめたうえ、またくるといって、かえっていった.
498 かえりぎわに、もしものごとがあったらいつでもよんでくれるようにわざわざことわっていた。わたしはいまにもへんがありそうなびょうしつをしりぞいてまたせんせいのてがみをよもうとした。しかしわたしはすこしもかんくりしたきぶんになれなかった。つくえのまえにすわるやいなや、またあにからおおきなこえでよばれそうでならなかった.
499 そうしてこんどよばれれば、それがさいごだといういふがわたしのてをふるわした。わたしはせんせいのてがみをただむいみにぺーじだけへげくっていった。わたしのめはきちょうめんにわくのなかにはめられたじかくをみた。けれどもそれをよむよゆうはなかった。ひろいよみにするよゆうすらおぼつかなかった。そのときふとけつまつにちかいいっくがわたしのめにはいった.
500 「このてがみがあなたのてにおちるころには、わたしはもうこのよにはいないでしょう。とくにしんでいるでしょう」わたしははっとおもった。いままでざわざわとうごいていたわたしのむねがいちどにぎょうけつしたようにかんじた。わたしはまたぎゃくにぺーじをはぐりかえした。そうしていっまいにいっくぐらいずつのわりでとうによんでいった.
501 わたしはとっさのあいだに、わたしのしらなければならないことをしろうとして、ちらちらするもじを、めでさしとおそうとこころみた。そのときわたしのしろうとするのは、ただせんせいのあんぴだけであった。せんせいのかこ、かつてせんせいがわたしにはなそうとやくそくしたうすぐらいそのかこ、そんなものはわたしにとって、まったくむようであった.
502 わたしはとうまにぺーじをはぐりながら、わたしにひつようなちしきをよういにあたえてくれないこのながいてがみをじれったそうにたたんだ。わたしはまたちちのようすをみにびょうしつのとぐちまでいった。びょうにんのまくらべはぞんがいしずかであった。たよりなさそうにつかれたかおをしてそこにすわっているははをてまねきぎして、「どうですかようすは」.
503 ときいた。ははは「いますこしもちあってるようだよ」とこたえた。わたしはちちのめのまえへかおをだして、「どうです、かんちょうしてすこしはこころもちがよくなりましたか」とたずねた。ちちはうなずいた。ちちははっきり「ありがとう」といった。ちちのせいしんはぞんがいもうろうとしていなかった。わたしはまたびょうしつをしりぞいてじぶんのへやにかえった.
504 そこでとけいをみながら、きしゃのはっちゃくひょうをしらべた。わたしはとつぜんたっておびをしめなおして、たもとのなかへせんせいのてがみをなげこんだ。それからかってぐちからひょうへでた。わたしはむちゅうでいしゃのいえへかけこんだ。わたしはいしゃからちちがもうにさんにちたもつだろうか、そこのところをはんぜんきこうとした.
505 ちゅうしゃでもなにでもして、たもたしてくれとたのもうとした。いしゃはあいにくるすであった。わたしにはじっとしてかれのかえるのをまちうけるじかんがなかった。こころのおちつきもなかった。わたしはすぐくるまをていしゃじょうへいそがせた。わたしはていしゃじょうのかべへしへんをあてがって、そのうえからえんぴつでははとあにあてでてがみをかいた.
506 てがみはごくかんたんなものであったが、ことわらないではしるよりまだましだろうとおもって、それをいそいでたくへとどけるようにしゃふにたのんだ。そうしておもいきったいきおいでとうきょういきのきしゃにとびのってしまった。わたしはごうごうなるさんとうれっしゃのなかで、またたもとからせんせいのてがみをだして、ようやくはじめからしまいまでめをとおした.
507 「....わたしはこのなつあなたからにさんどてがみをうけとりました。とうきょうでそうとうのちいをえたいからよろしくたのむとかいてあったのは、たしかにどめにてにはいったものときおくしています。わたしはそれをよんだときなんとかしたいとおもったのです。すくなくともへんじをあげなければすまんとはかんがえたのです。しかしそれはもんだいではありません.
508 じつをいうと、わたしはこのじぶんをどうすればよいのかとおもいわずらっていたところなのです。このままにんげんのなかにとりのこされたミイラのようにそんざいしていこうか、それとも....そのじぶんのわたしは「それとも」ということばをこころのうちでくりかえすたびにぞっとしました。ちあしでぜっぺきのはしまできて、きゅうにそこのみえないたにをのぞきこんだひとのように.
509 わたしはひきょうでした。そうしておおくのひきょうなひととおなじていどにおいてはんもんしたのです。いかんながら、そのときのわたしには、あなたというものがほとんどそんざいしていなかったといってもこちょうではありません。いっぽすすめていうと、あなたのちい、あなたのここうのし、そんなものはわたしにとってまるでむいみなのでした.
510 どうでもかまわなかったのです。わたしはそれどころのさわぎでなかったのです。わたしはじょうさしへあなたのてがみをさしたなり、いぜんとしてうでぐみをしてかんがえこんでいました。たくにそうおうのざいさんがあるものが、なにをくるしんで、そつぎょうするかしないのに、ちいちいといってもがきまわるのか。わたしはむしろにがにがしいきぶんで、とおくにいるあなたにこんないちべつをあたえただけでした.
511 わたしはへんじをあげなければすまないあなたにたいして、いいわけのためにこんなことをうちあけるのです。あなたをいからすためにわざとぶしつけなことばをろうするのではありません。わたしのほんいはあとをごらんになればよくわかることとしんじます。とにかくわたしはなにとかあいさつすべきところをだまっていたのですから、わたしはこのたいまんのつみをあなたのまえにしゃしたいとおもいます.
512 そのあとわたしはあなたにでんぽうをうちました。ゆうたいにいえば、あのときわたしはちょっとあなたにあいたかったのです。それからあなたのきぼうとおりわたしのかこをあなたのためにものがたりたかったのです。あなたはへんでんをかけて、いまとうきょうへはでられないとことわってきましたが、わたしはしつぼうしてながらくあのでんぽうをながめていました.
513 あなたもでんぽうだけではきがすまなかったとみえて、またあとからながいてがみをよこしてくれたので、あなたのしゅっきょうできないじじょうがよくわかりました。わたしはあなたをしつれいなおとこだともなにともおもうわけがありません。あなたのだいじなおとうさんのびょうきをそっちのけにして、なにであなたがたくをあけられるものですか.
514 そのおとうさんのせいしをわすれているようなわたしのたいどこそふつごうです。――わたしはじっさいあのでんぽうをうつときに、あなたのおとうさんのことをわすれていたのです。そのくせあなたがとうきょうにいるころには、なんしょうだからよくちゅういしなくってはいけないと、あれほどちゅうこくしたのはわたしですのに。わたしはこういうむじゅんなにんげんなのです.
515 あるいはわたしののうずいよりも、わたしのかこがわたしをあっぱくするけっかこんなむじゅんなにんげんにわたしをへんかさせるのかもしれません。わたしはこのてんにおいてもじゅうぶんわたしのわれをみとめています。あなたにゆるしてもらわなくてはなりません。あなたのてがみ、――あなたからきたさいごのてがみ――をよんだとき、わたしはわるいことをしたとおもいました.
516 それでそのいみのへんじをだそうかとかんがえて、ふでをとりかけましたが、いっこうもかかずにやめました。どうせかくなら、このてがみをかいてあげたかったから、そうしてこのてがみをかくにはまだじきがすこしはやすぎたから、やめにしたのです。わたしがただくるにおよばないというかんたんなでんぽうをふたたびうったのは、それがためです.
517 「わたしはそれからこのてがみをかきだしました。へいぜいひつをもちつけないわたしには、じぶんのおもうように、じけんなりしそうなりがはこばないのがおもいくつうでした。わたしはもうすこしで、あなたにたいするわたしのこのぎむをほうてきするところでした。しかしいくらよそうとおもってふでをおいても、なんにもなりませんでした.
518 わたしはいちじかんたたないうちにまたかきたくなりました。あなたからみたら、これがぎむのすいこうをおもんずるわたしのせいかくのようにおもわれるかもしれません。わたしもそれはいなみません。わたしはあなたのしっているとおり、ほとんどせけんとこうしょうのないこどくなにんげんですから、ぎむというほどのぎむは、じぶんのさゆうぜんごをみまわしても、どのほうがくにもねをはっておりません.
519 こいかしぜんか、わたしはそれをできるだけきりつめたせいかつをしていたのです。けれどもわたしはぎむにれいたんだからこうなったのではありません。むしろえいびんすぎてしげきにたえるだけのせいりょくがないから、ごらんのようにしょうきょくてきなつきひをおくることになったのです。だからいったんやくそくしたいじょう、それをはたさないのは、たいへんいやなこころもちです.
520 わたしはあなたにたいしてこのいやなこころもちをさけるためにでも、おいたふでをまたとりあげなければならないのです。そのうえわたしはかきたいのです。ぎむはべつとしてわたしのかこをかきたいのです。わたしのかこはわたしだけのけいけんだから、わたしだけのしょゆうといってもさしつかえないでしょう。それをひとにあたえないでしぬのは、おしいともいわれるでしょう.
521 わたしにもたしょうそんなこころもちがあります。ただしうけいれることのできないひとにあたえるくらいなら、わたしはむしろわたしのけいけんをわたしのせいめいとともにほうむったほうがいいとおもいます。じっさいここにあなたというひとりのおとこがそんざいしていないならば、わたしのかこはついにわたしのかこで、かんせつにもたにんのちしきにはならないですんだでしょう.
522 わたしはなんぜんまんといるにほんじんのうちで、ただあなただけに、わたしのかこをものがたりたいのです。あなたはまじめだから。あなたはまじめにじんせいそのものからいきたきょうくんをえたいといったから。わたしはくらいじんせいのかげをえんりょなくあなたのあたまのうえになげかけてあげます。しかしおそれてはいけません。わたしのくらいというのは、もとよりりんりてきにくらいのです.
523 わたしはりんりてきにうまれたおとこです。またりんりてきにそだてられたおとこです。そのりんりじょうのかんがえは、いまのわかいひととだいぶちがったところがあるかもしれません。しかしどうまちがっても、わたしじしんのものです。まにあわせにかりたそんりょうぎではありません。だからこれからはったつしようというあなたにはいくぶんかさんこうになるだろうとおもうのです.
524 あなたはげんだいのしそうもんだいについて、よくわたしにぎろんをむけたことをきおくしているでしょう。わたしのそれにたいするたいどもよくわかっているでしょう。わたしはあなたのいけんをけいべつまでしなかったけれども、けっしてそんけいをはらいうるていどにはなれなかった。あなたのかんがえにはなにらのはいけいもなかったし、あなたはじぶんのかこをもつにはあまりにわかすぎたからです.
525 わたしはときどきわらった。あなたはものたりなそうなかおをちょいちょいわたしにみせた。そのごくあなたはわたしのかこをえまきもののように、あなたのまえにてんかいしてくれとせまった。わたしはそのときこころのうちで、はじめてあなたをそんけいした。あなたがむえんりょにわたしのはらのなかから、あるいきたものをつかまえようというけっしんをみせたからです.
526 わたしのしんぞうをたちわって、あたたかくながれるちしおをすすろうとしたからです。そのときわたしはまだいきていた。しぬのがいやであった。それでたじつをやくして、あなたのようきゅうをしりぞけてしまった。わたしはいまじぶんでじぶんのしんぞうをやぶって、そのちをあなたのかおにあびせかけようとしているのです。「わたしがりょうしんをなくしたのは、まだわたしのにじっさいにならないじぶんでした.
527 いつかつまがあなたにはなしていたようにもきおくしていますが、ふたりはおなじびょうきでしんだのです。しかもつまがあなたにふしんをおこさせたとおり、ほとんどどうじといっていいくらいに、ぜんごしてしんだのです。じつをいうと、ちちのびょうきはおそるべきちょうちふすでした。それがそばにいてかんごをしたははにでんせんしたのです.
528 わたしはふたりのあいだにできたたったひとりのおとこのこでした。たくにはそうとうのざいさんがあったので、むしろおうようにそだてられました。わたしはじぶんのかこをかえりみて、あのときりょうしんがしなずにいてくれたなら、すくなくともちちかははかどっちか、かたほうでよいからいきていてくれたなら、わたしはあのおうようなきぶんをいままでもちつづけることができたろうにとおもいます.
529 わたしはふたりのあとにぼうぜんとしてとりのこされました。わたしにはちしきもなく、けいけんもなく、またぶんべつもありませんでした。ちちのしぬとき、はははそばにいることができませんでした。ははのしぬとき、ははにはちちのしんだことさえまだしらせてなかったのです。はははただおじにばんじをたのんでいました。そこにいあわせたわたしをゆびさすようにして、「このこをどうぞなんぷん」.
530 といいました。わたしはそのまえからりょうしんのきょかをえて、とうきょうへでるはずになっていましたので、はははそれもついでにいうつもりらしかったのです。それで「とうきょうへ」とだけつけくわえましたら、おじがすぐあとをひきとって、「よろしいけっしてしんぱいしないがいい」とこたえました。はははつよいねつにこらえうるたいしつのおんななんでしたろうか、おじは「しっかりしたものだ」.
531 といって、わたしにむかってははのことをほめていました。しかしこれがはたしてははのゆいごんであったのかどうだか、いまかんがえるとわからないのです。はははむろんちちのかかったびょうきのおそるべきなまえをしっていたのです。そうして、じぶんがそれにでんせんしていたこともしょうちしていたのです。だから....しかしそんなことはもんだいではありません.
532 ただこういうふうにものをときほどいてみたり、またぐるぐるまわしてながめたりするくせは、もうそのじぶんから、わたしにはちゃんとそなわっていたのです。それはあなたにもはじめからおことわりしておかなければならないとおもいますが、そのじつれいとしてはとうめんのもんだいにたいしたかんけいのないこんなきじゅつが、かえってやくにだちはしないかとかんがえます.
533 あなたのほうでもまあそのつもりでよんでください。このしょうぶんがりんりてきにこじんのこういやらどうさのうえにおよんで、わたしはこうらいますますほかのとくぎしんをうたがうようになったのだろうとおもうのです。それがわたしのはんもんやくのうにむかって、せっきょくてきにおおきなちからをそえているのはたしかですからおぼえていてください.
534 はなしがほんすじをはずれると、わかりわるくなりますからまたあとへひきかえしましょう。これでもわたしはこのながいてがみをかくのに、わたしとおなじちいにおかれたほかのひととくらべたら、あるいはたしょうおちついていやしないかとおもっているのです。よのなかがねむるときこえだすあのでんしゃのひびきももうとだえました。なにもしらないつまはつぎのへやでむじゃきにすやすやねいっています.
535 わたしがふでをとると、いちじいっかくができあがりつつペンのさきでなっています。わたしはむしろおちついたきぶんでかみにむかっているのです。ふなれのためにペンがよこへはずれるかもしれませんが、あたまがのうらんしてふでがしどろにはしるのではないようにおもいます。「とにかくたったひとりとりのこされたわたしは、ははのいいづけとおり、このおじをたよるよりそとにみちはなかったのです.
536 おじはまたいっさいをひきうけてすべてのせわをしてくれました。そうしてわたしをわたしのきぼうするとうきょうへでられるようにとりはからってくれました。わたしはとうきょうへきてこうとうがっこうへはいりました。そのときのこうとうがっこうのせいとはいまよりもよほどさつばつでそやでした。わたしのしったものに、よなかしょくにんとけんかをして、あいてのあたまへげたできずをおわせたのがありました.
537 それがさけをのんだあげくのことなので、むちゅうになぐりあいをしているあいだに、がっこうのせいぼうをとうとうむこうのものにとられてしまったのです。ところがそのぼうしのうらにはとうにんのなまえがちゃんと、ひしがたのしろいきれのうえにかいてあったのです。それでことがめんどうになって、そのおとこはもうすこしでけいさつからがっこうへしょうかいされるところでした.
538 しかしともだちがいろいろとほねをおって、ついにひょうさたにせずにすむようにしてやりました。こんならんぼうなこういを、じょうひんないまのくうきのなかにそだったあなたがたにきかせたら、さだめてばかばかしいかんじをおこすでしょう。わたしもじっさいばかばかしくおもいます。しかしかれらはいまのがくせいにないいっしゅしつぼくなてんをそのかわりにもっていたのです.
539 とうじわたしのつきづきおじからもらっていたかねは、あなたがいま、おとうさんからおくってもらうがくしにくらべるとはるかにすくないものでした。(むろんぶっかもちがいましょうが)。それでいてわたしはすこしのぶそくもかんじませんでした。のみならずすうあるどうきゅうせいのうちで、けいざいのてんにかけては、けっしてひとをうらやましがるあわれなきょうぐうにいたわけではないのです.
540 いまからかいこすると、むしろひとにうらやましがられるかただったのでしょう。というのは、わたしはつきづききまったそうきんのそとに、しょせきひ、(わたしはそのじぶんからしょもつをかうことがすきでした)、およびりんじのひようを、よくおじからせいきゅうして、ずんずんそれをじぶんのおもうようにしょうひすることができたのですから.
541 なにもしらないわたしは、おじをしんじていたばかりでなく、つねにかんしゃのこころをもって、おじをありがたいもののようにそんけいしていました。おじはじぎょうかでした。けんかいぎいんにもなりました。そのかんけいからでもありましょう、せいとうにもえんこがあったようにきおくしています。ちちはせんぞからゆずられたいさんをだいじにまもっていくとくじついっぽうのおとこでした.
542 たのしみには、ちゃだのはなだのをやりました。それからししゅうなどをよむこともすきでした。しょがこっとうといったかぜのものにも、おおくのしゅみをもっているようすでした。いえはいなかにありましたけれども、にりばかりへだたったし、――そのしにはおじがすんでいたのです、――そのしからときどきどうぐやがかけものだの、こうろだのをもって、わざわざちちにみせにきました.
543 ちちはひとくちにいうと、まあマン・オフ・ミーンズとでもひょうしたらよいのでしょう。ひかくてきじょうひんなしこうをもったいなかしんしだったのです。だからきしょうからいうと、かったつなおじとはよほどのけんかくがありました。それでいてふたりはまたみょうになかがよかったのです。ちちはよくおじをひょうして、じぶんよりもはるかにはたらきのあるたのもしいひとのようにいっていました.
544 じぶんのように、おやからざいさんをゆずられたものは、どうしてもこゆうのざいかんがにぶる、つまりよのなかとたたかうひつようがないからいけないのだともいっていました。このことばはははもききました。わたしもききました。ちちはむしろわたしのこころえになるつもりで、それをいったらしくおもわれます。「おまえもよくおぼえているがいい」.
545 とちちはそのときわざわざわたしのかおをみたのです。だからわたしはまだそれをわすれずにいます。このくらいわたしのちちからしんようされたり、ほめられたりしていたおじを、わたしがどうしてうたがうことができるでしょう。わたしにはただでさえほこりになるべきおじでした。ちちやははがなくなって、ばんじそのひとのせわにならなければならないわたしには、もうたんなるほこりではなかったのです.
546 わたしのそんざいにひつようなにんげんになっていたのです。「わたしがなつやすみをりようしてはじめてくにへかえったとき、りょうしんのしにことわえたわたしのじゅうきょには、あたらしいしゅじんとして、おじふうふがいれかわってすんでいました。これはわたしがとうきょうへでるまえからのやくそくでした。たったひとりとりのこされたわたしがいえにいないいじょう、そうでもするよりそとにしかたがなかったのです.
547 おじはそのころしにあるいろいろなかいしゃにかんけいしていたようです。ぎょうむのつごうからいえば、いままでのきょたくにねおきするほうが、にりもへだたったわたしのいえにうつるよりはるかにべんりだといってわらいました。これはわたしのふぼがなくなったあと、どうやしきをしまつして、わたしがとうきょうへでるかというそうだんのとき、おじのくちをもれたことばであります.
548 やすみがくればかえらなくてはならないというきぶんは、いくらとうきょうをこいしがってでてきたわたしにも、ちからづよくあったのです。わたしはねっしんにべんきょうし、ゆかいにあそんだあと、やすみにはかえれるとおもうそのこきょうのいえをよくゆめにみました。わたしのるすのあいだ、おじはどんなふうにりょうほうのあいだをいききしていたかしりません.
549 わたしのついたときは、かぞくのものが、みんなひとついえのうちにあつまっていました。がっこうへでるこどもなどはへいぜいおそらくしのほうにいたのでしょうが、これもきゅうかのためにいなかへあそびはんぶんといったかくでひきとられていました。みんなわたしのかおをみてよろこびました。わたしはまたちちやははのいたときより、かえってにぎやかでようきになったいえのようすをみてうれしがりました.
550 おじはもとわたしのへやになっていたひとまをせんりょうしているいちばんめのおとこのこをおいだして、わたしをそこへいれました。ざしきのかずもすくなくないのだから、わたしはほかのへやでかまわないとじたいしたのですけれども、おじはおまえのたくだからといって、ききませんでした。それはぜんごでちょうどさんよんかいもくりかえされたでしょう.
551 わたしもはじめはただそのとつぜんなのにおどろいただけでした。にどめにははんぜんことわりました。さんどめにはこっちからとうとうそのりゆうをはんもんしなければならなくなりました。かれらのしゅいはたんかんでした。はやくよめをもらってここのいえへかえってきて、なくなったちちのあとをそうぞくしろというだけなのです。ことにいなかのじじょうをしっているわたしには、よくわかります.
552 わたしもぜったいにそれをきらってはいなかったのでしょう。しかしとうきょうへしゅぎょうにでたばかりのわたしには、それがとおめがねでものをみるように、はるかさきのきょりにのぞまれるだけでした。わたしはおじのきぼうにしょうだくをあたえないで、ついにまたわたしのいえをさりました。「わたしはえんだんのことをそれなりわすれてしまいました.
553 わたしのしゅういをとりまいているせいねんのかおをみると、せたいじみたものはひとりもいません。みんなじゆうです、そうしてことごとくたんどくらしくおもわれたのです。こういうきらくなひとのなかにも、りめんにはいりこんだら、あるいはかていのじじょうによぎなくされて、すでにつまをむかえていたものがあったかもしれませんが、こどもらしいわたしはそこにきがつきませんでした.
554 それからそういうとくべつのきょうぐうにおかれたひとのほうでも、しへんにきがねをして、なるべくはしょせいにえんのとおいそんなうちわのはなしはしないようにつつしんでいたのでしょう。あとからかんがえると、わたしじしんがすでにその体だったのですが、わたしはそれさえわからずに、ただこどもらしくゆかいにしゅうがくのみちをあるいていきました.
555 がくねんのおわりに、わたしはまたこうりをからげて、おやのはかのあるいなかへかえってきました。そうしてきょねんとおなじように、ふぼのいたわがやのなかで、またおじふうふとそのこどものかわらないかおをみました。わたしはふたたびそこでこきょうのにおいをかぎました。そのにおいはわたしにとっていぜんとしてなつかしいものでありました.
556 いちがくねんのたんちょうをやぶるへんかとしてもありがたいものにちがいなかったのです。しかしこのじぶんをそだてあげたとおなじようなにおいのなかで、わたしはまたとつぜんけっこんもんだいをおじからはなのさきへつきつけられました。おじのいうところは、きょねんのかんゆうをふたたびくりかえしたのみです。りゆうもきょねんとおなじでした.
557 ただこのまえすすめられたときには、なにらのもくてきぶつがなかったのに、こんどはちゃんとかんじんのとうにんをつかまえていたので、わたしはなおこまらせられたのです。そのとうにんというのはおじのむすめすなわちわたしのじゅうまいにあたるおんなでした。そのおんなをもらってくれれば、おたがいのためにべんぎである、ちちもぞんじょうちゅうそんなことをはなしていた、とおじがいうのです.
558 わたしもそうすればべんぎだとはおもいました。ちちがおじにそういうふうなはなしをしたというのもありえべきこととかんがえました。しかしそれはわたしがおじにいわれて、はじめてきがついたので、いわれないまえから、さとっていたことがらではないのです。だからわたしはおどろきました。おどろいたけれども、おじのきぼうにむりのないところも、それがためによくわかりました.
559 わたしはうかつなのでしょうか。あるいはそうなのかもしれませんが、おそらくそのじゅうまいにむとんちゃくであったのが、おもなみなもともとになっているのでしょう。わたしはこどものうちからしにいるおじのいえへしじゅうあそびにいきました。ただいくばかりでなく、よくそこにとまりました。そうしてこのじゅうまいとはそのじぶんからしたしかったのです.
560 あなたもごしょうちでしょう、きょうだいのあいだにこいのせいりつしたれいのないのを。わたしはこのこうにんされたじじつをかってにふえんしているかもしれないが、しじゅうせっしょくしてしたしくなりすぎただんじょのあいだには、こいにひつようなしげきのおこるせいしんなかんじがうしなわれてしまうようにかんがえています。わたしはどうかんがえなおしても、このじゅうまいをつまにするきにはなれませんでした.
561 おじはもしわたしがしゅちょうするなら、わたしのそつぎょうまでけっこんをのばしてもいいといいました。けれどもぜんはいそげということわざもあるから、できるならいまのうちにしゅうげんのさかずきだけはすませておきたいともいいました。とうにんにのぞみのないわたしにはどっちにしたっておなじことです。わたしはまたことわりました.
562 おじはいやなかおをしました。じゅうまいはなきました。わたしにそわれないからかなしいのではありません。けっこんのもうしこみをきょぜつされたのが、おんなとしてつらかったからです。わたしがじゅうまいをあいしていないごとく、じゅうまいもわたしをあいしていないことは、わたしによくしれていました。わたしはまたとうきょうへでました.
563 「わたしがさんどめにきこくしたのは、それからまたいちねんたったなつのとりつけでした。わたしはいつでもがくねんしけんのすむのをまちかねてとうきょうをにげました。わたしにはこきょうがそれほどなつかしかったからです。あなたにもおぼえがあるでしょう、うまれたところはくうきのいろがちがいます、とちのにおいもかくべつです、ちちやははのきおくもこかにただよっています.
564 いちねんのうちで、しちはちのにがつをそのなかにつつまれて、あなにはいったへびのようにじっとしているのは、わたしにとってなによりもあたたかいよいこころもちだったのです。たんじゅんなわたしはじゅうまいとのけっこんもんだいについて、さほどあたまをいためるひつようがないとおもっていました。いやなものはことわる、ことわってさえしまえばあとにはなにものこらない、わたしはこうしんじていたのです.
565 だからおじのきぼうとおりにいしをまげなかったにもかかわらず、わたしはむしろへいきでした。かこいちねんのあいだいまだかつてそんなことにくったくしたおぼえもなく、あいかわらずのげんきでくにへかえったのです。ところがかえってみるとおじのたいどがちがっています。もとのようによいかおをしてわたしをじぶんのふところにだこうとしません.
566 それでもおうようにそだったわたしは、かえってよん、いつかのあいだはきがつかずにいました。ただなんかのきかいにふとへんにおもいだしたのです。するとみょうなのは、おじばかりではないのです。おばもみょうなのです。じゅうまいもみょうなのです。わたしのしょうぶんとしてかんがえずにはいられなくなりました。どうしてわたしのこころもちがこうかわったのだろう.
567 いやどうしてむこうがこうかわったのだろう。わたしはとつぜんしんだちちやははが、にぶいわたしのめをあらって、きゅうによのなかがはんぜんみえるようにしてくれたのではないかとうたがいました。わたしはちちやははがこのよにいなくなったあとでも、いたときとおなじようにわたしをあいしてくれるものと、どこかこころのおくでしんじていたのです.
568 もっともそのころでもわたしはけっしてりにくらいしつではありませんでした。しかしせんぞからゆずられためいしんのかたまりも、つよいちからでわたしのちのなかにひそんでいたのです。いまでもひそんでいるでしょう。わたしはたったひとりやまへいって、ふぼのはかのまえにひざまずきました。はんはあいとうのいみ、はんはかんしゃのこころもちでひざまずいたのです.
569 そうしてわたしのみらいのこうふくが、このつめたいいしのしたによこたわるかれらのてにまだにぎられてでもいるようなきぶんで、わたしのうんめいをまもるべくかれらにいのりました。あなたはわらうかもしれない。わたしもわらわれてもしかたがないとおもいます。しかしわたしはそうしたにんげんだったのです。わたしのせかいはてのひらをひるがえすようにかわりました.
570 もっともこれはわたしにとってはじめてのけいけんではなかったのです。わたしがじゅうろくしちのときでしたろう、はじめてよのなかにうつくしいものがあるというじじつをはっけんしたときには、いちどにはっとおどろきました。なんぺんもじぶんのめをうたがって、なんぺんもじぶんのめをすりました。そうしてこころのなかでああうつくしいとさけびました.
571 じゅうろくしちといえば、おとこでもおんなでも、ぞくにいういろけのつくころです。いろけのついたわたしはよのなかにあるうつくしいもののだいひょうしゃとして、はじめておんなをみることができたのです。いままでそのそんざいにすこしもきのつかなかったいせいにたいして、もうもくのめがたちまちひらいたのです。それいらいわたしのてんちはまったくあたらしいものとなりました.
572 わたしがおじのたいどにこころづいたのも、まったくこれとおなじなんでしょう。がぜんとしてこころづいたのです。なにのよかんもじゅんびもなく、ふいにきたのです。ふいにかれとかれのかぞくが、いままでとはまるでべつもののようにわたしのめにうつったのです。わたしはおどろきました。そうしてこのままにしておいては、じぶんのいきさきがどうなるかわからないというきになりました.
573 「わたしはいままでおじまかせにしておいたいえのざいさんについて、くわしいちしきをえなければ、しんだふぼにたいしてすまないというきをおこしたのです。おじはいそがしいからだだとじしょうするごとく、まいばんおなじところにねとまりはしていませんでした。ふつかいえへかえるとみっかはしのほうでくらすといったふうに、りょうほうのあいだをおうらいして、そのひそのひをおちつきのないかおですごしていました.
574 そうしていそがしいということばをくちぐせのようにつかいました。なにのうたがいもおこらないときは、わたしもじっさいにいそがしいのだろうとおもっていたのです。それから、いそがしがらなくてはとうせいりゅうでないのだろうと、ひにくにもかいしゃくしていたのです。わたしはよういにおじをつかまえるきかいをえませんでした。わたしはおじがしのほうにめかけをもっているといううわさをききました.
575 わたしはそのうわさをむかしちゅうがくのどうきゅうせいであったあるともだちからきいたのです。めかけをおくぐらいのことは、このおじとしてすこしもあやしむにたらないのですが、ちちのいきているうちに、そんなひょうばんをみみにいれたおぼえのないわたしはおどろきました。ともだちはそのそとにもいろいろおじについてのうわさをかたってきかせました.
576 いちじじぎょうでしっぱいしかかっていたようにほかからおもわれていたのに、このにさんねんらいまたきゅうにもりかえしてきたというのも、そのひとつでした。しかもわたしのぎわくをつよくぞめつけたもののひとつでした。わたしはとうとうおじとだんぱんをひらきました。おじはどこまでもわたしをこどもあつかいにしようとします。わたしはまたはじめからさいぎのめでおじにたいしています.
577 おだやかにかいけつのつくはずはなかったのです。いかんながらわたしはいまそのだんぱんのてんまつをくわしくここにかくことのできないほどさきをいそいでいます。じつをいうと、わたしはこれよりいじょうに、もっとだいじなものをひかえているのです。わたしのペンははやくからそこへたどりつきたがっているのを、やっとのことでおさえつけているくらいです.
578 あなたにあってしずかにはなすきかいをえいきゅうにうしなったわたしは、ふでをとるじゅつになれないばかりでなく、とうといじかんをおしむといういみからして、かきたいこともはぶかなければなりません。あなたはまだおぼえているでしょう、わたしがいつかあなたに、つくりつけのあくにんがよのなかにいるものではないといったことを。あのときあなたはわたしにこうふんしているとちゅういしてくれました.
579 そうしてどんなばあいに、ぜんにんがあくにんにへんかするのかとたずねました。わたしがただひとくちきんとこたえたとき、あなたはふまんなかおをしました。わたしはあなたのふまんなかおをよくきおくしています。わたしはいまあなたのまえにうちあけるが、わたしはあのときこのおじのことをかんがえていたのです。けれどもわたしにはあれがいきたこたえでした.
580 げんにわたしはこうふんしていたではありませんか。わたしはひややかなあたまであたらしいことをくちにするよりも、ねっしたしたでへいぼんなせつをのべるほうがいきているとしんじています。ちのちからでからだがうごくからです。ことばがくうきにはどうをつたえるばかりでなく、もっとつよいものにもっとつよくはたらきかけることができるからです.
581 「ひとくちでいうと、おじはわたしのざいさんをごまかしたのです。ことはわたしがとうきょうへでているさんねんのあいだにたやすくおこなわれたのです。すべてをおじまかせにしてへいきでいたわたしは、せけんてきにいえばほんとうのばかでした。せけんてきいじょうのけんちからひょうすれば、あるいはじゅんなるとうといおとことでもいえましょうか.
582 わたしはそのときのおのれをかえりみて、なぜもっとひとがわるくうまれてこなかったかとおもうと、しょうじきすぎたじぶんがくやしくってたまりません。しかしまたどうかして、もういちどああいううまれたままのすがたにたちかえっていきてみたいというこころもちもおこるのです。きおくしてください、あなたのしっているわたしはごみによごれたあとのわたしです.
583 きたなくなったねんすうのおおいものをせんぱいとよぶならば、わたしはたしかにあなたよりせんぱいでしょう。もしわたしがおじのきぼうとおりおじのむすめとけっこんしたならば、そのけっかはぶっしつてきにわたしにとってゆうりなものでしたろうか。これはかんがえるまでもないこととおもいます。おじはさくりゃくでむすめをわたしにおしつけようとしたのです.
584 こういてきにりょうけのべんぎをはかるというよりも、ずっとげびたりがいしんにかられて、けっこんもんだいをわたしにむけたのです。わたしはじゅうまいをあいしていないだけで、きらってはいなかったのですが、あとからかんがえてみると、それをことわったのがわたしにはたしょうのゆかいになるとおもいます。しかしそれはほとんどもんだいとするにたりないささいなことがらです.
585 ことにかんけいのないあなたにいわせたら、さぞばかげたいじにみえるでしょう。わたしとおじのあいだにほかのしんせきのものがはいりました。そのしんせきのものもわたしはまるでしんようしていませんでした。しんようしないばかりでなく、むしろてきししていました。わたしはおじがわたしをあざむいたとさとるとともに、たのものもかならずじぶんをあざむくにちがいないとおもいつめました.
586 ちちがあれだけほめぬいていたおじですらこうだから、たのものはというのがわたしのろんりでした。それでもかれらはわたしのために、わたしのしょゆうにかかるいっさいのものをまとめてくれました。それはきんがくにみつもると、わたしのよきよりはるかにすくないものでした。わたしとしてはだまってそれをうけとるか、でなければおじをあいてとってこうさたにするか、ふたつのほうほうしかなかったのです.
587 わたしはいきどおりました。またまよいました。そしょうにするとらくちゃくまでにながいじかんのかかることもおそれました。わたしはしゅぎょうちゅうのからだですから、がくせいとしてたいせつなじかんをうばわれるのはひじょうのくつうだともかんがえました。わたしはしあんのけっか、しにおるちゅうがくのきゅうゆうにたのんで、わたしのうけとったものを、すべてかねのかたちにかえようとしました.
588 きゅうゆうはよしたほうがとくだといってちゅうこくしてくれましたが、わたしはききませんでした。わたしはながくこきょうをはなれるけっしんをそのときにおこしたのです。おじのかおをみまいとこころのうちでちかったのです。わたしはくにをたつまえに、またちちとははのはかへまいりました。わたしはそれぎりそのはかをみたことがありません.
589 もうえいきゅうにみるきかいもこないでしょう。わたしのきゅうゆうはわたしのことばとおりにとりはからってくれました。もっともそれはわたしがとうきょうへついてからよほどたったあとのことです。いなかではたちなどをうろうとしたってよういにはうれませんし、いざとなるとあしもとをみてふみたおされるおそれがあるので、わたしのうけとったきんがくは、じかにくらべるとよほどすくないものでした.
590 じはくすると、わたしのざいさんはじぶんがふところにしていえをでたじゃっかんのこうさいと、あとからこのゆうじんにおくってもらったかねだけなのです。おやのいさんとしてはもとよりひじょうにへっていたにそういありません。しかもわたしがせっきょくてきにへらしたのでないから、なおこころもちがわるかったのです。けれどもがくせいとしてせいかつするにはそれでじゅうぶんいじょうでした.
591 じつをいうとわたしはそれからでるりしのはんぶんもつかえませんでした。このよゆうあるわたしのがくせいせいかつがわたしをおもいもよらないきょうぐうにおとしいれたのです。「かねにふじゆうのないわたしは、そうぞうしいげしゅくをでて、あたらしくいちこをかまえてみようかというきになったのです。わたしはそのくさのなかにたって、なにごころなくむこうのがけをながめました.
592 いまでもわるいけしきではありませんが、そのころはまたずっとあのにしがわのおもむきがちがっていました。みわたすかぎりみどりがいちめんにふかくしげっているだけでも、しんけいがやすまります。わたしはふとここいらにてきとうなたくはないだろうかとおもいました。それですぐそうげんをよこぎって、ほそいとおりをきたのほうへすすんでいきました.
593 いまだによいまちになりきれないで、がたぴししているあのへんのいえなみは、そのじぶんのことですからずいぶんきたならしいものでした。わたしはろつぎをぬけたり、よこちょうをまがったり、ぐるぐるあるきまわりました。しまいにだかしやのかみさんに、ここいらにこぢんまりしたかしやはないかとたずねてみました。かみさんは「そうですね」.
594 といって、しょうじくびをかしげていましたが、「かしかはちょいと....」とまったくおもいあたらないふうでした。わたしはのぞみのないものとあきらめてかえりかけました。するとかみさんがまた、「しろうとげしゅくじゃいけませんか」ときくのです。わたしはちょっときがかわりました。それからそのだかしやのみせにこしをかけて、かみさんにくわしいことをおしえてもらいました.
595 それはあるぐんじんのかぞく、というよりもむしろいぞく、のすんでいるいえでした。しゅじんはなにでもにっしんせんそうのときかなにかにしんだのだとかみさんがいいました。わたしはかみさんから、そのいえにはみぼうじんとひとりむすめとげじょよりそとにいないのだということをたしかめました。わたしはかんせいでしごくよかろうとこころのなかにおもいました.
596 けれどもそんなかぞくのうちに、わたしのようなものが、とつぜんいったところで、そせいのしれないしょせいさんというめいしょうのもとに、すぐきょぜつされはしまいかというがかりねんもありました。わたしはよそうかともかんがえました。しかしわたしはしょせいとしてそんなにみぐるしいふくそうはしていませんでした。それからだいがくのせいぼうをかぶっていました.
597 あなたはわらうでしょう、だいがくのせいぼうがどうしたんだといって。けれどもそのころのだいがくせいはいまとちがって、だいぶせけんにしんようのあったものです。わたしはそのばあいこのしかくなぼうしにいっしゅのじしんをみいだしたくらいです。そうしてだかしやのかみさんにおそわったとおり、しょうかいもなにもなしにそのぐんじんのいぞくのいえをたずねました.
598 わたしはみぼうじんにあってらいいをつげました。みぼうじんはわたしのみもとやらがっこうやらせんもんやらについていろいろしつもんしました。そうしてこれならだいじょうぶだというところをどこかににぎったのでしょう、いつでもひっこしてきてさしつかえないというあいさつをそくざにあたえてくれました。みぼうじんはただしいひとでした、またはんぜんしたひとでした.
599 わたしはぐんじんのさいくんというものはみんなこんなものかとおもってかんぷくしました。かんぷくもしたが、おどろきもしました。このきしょうでどこがさびしいのだろうとうたがいもしました。「わたしはさっそくそのいえへひきうつりました。わたしはさいしょきたときにみぼうじんとはなしをしたざしきをかりたのです。そこはたくちゅうでいちばんよいへやでした.
600 ほんごうへんにこうとうげしゅくといったかぜのいえがぽつぽつたてられたじぶんのことですから、わたしはしょせいとしてせんりょうしうるもっともよいあいだのようすをこころえていました。わたしのあたらしくしゅじんとなったへやは、それらよりもずっとりっぱでした。うつったとうざは、がくせいとしてのわたしにはすぎるくらいにおもわれたのです.
601 へやのひろさははちじょうでした。ゆかのよこにちがいだながあって、えんとはんたいのがわにはひとまのおしいれがついていました。まどはひとつもなかったのですが、そのかわりみなみむきのえんにあかるいひがよくさしました。わたしはうつったひに、そのへやのゆかにいけられたはなと、そのよこにたてかけられたごとをみました。どっちもわたしのきにはいりませんでした.
602 わたしはしやしょやせんちゃを嗜なむちちのかたわらでそだったので、とうめいたしゅみをこどものうちからもっていました。そのためでもありましょうか、こういうなまめかしいそうしょくをいつのあいだにかけいべつするくせがついていたのです。わたしのちちがぞんじょうちゅうにあつめたどうぐるいは、れいのおじのためにめちゃめちゃにされてしまったのですが、それでもたしょうはのこっていました.
603 わたしはくにをたつときそれをちゅうがくのきゅうゆうにあずかってもらいました。それからそのなかでおもしろそうなものをしごぷくはだかにしてこうりのそこへいれてきました。わたしはうつるやいなや、それをとりだしてゆかへかけてたのしむつもりでいたのです。ところがいまいったごとといけばなをみたので、きゅうにゆうきがなくなってしまいました.
604 あとからきいてはじめてこのはながわたしにたいするごちそうにいけられたのだということをしったとき、わたしはこころのうちでくしょうしました。もっともごとはまえからそこにあったのですから、これはおきどころがないため、やむをえずそのままにたてかけてあったのでしょう。こんなはなしをすると、しぜんそのうらにわかいおんなのかげがあなたのあたまをかすめてとおるでしょう.
605 うつったわたしにも、うつらないはじめからそういうこうきしんがすでにうごいていたのです。こうしたじゃきがよびてきにわたしのしぜんをそこなったためか、またはわたしがまだひとなれなかったためか、わたしははじめてそこのおじょうさんにあったとき、へどもどしたあいさつをしました。そのかわりおじょうさんのほうでもあかいかおをしました.
606 わたしはそれまでみぼうじんのふうさいやたいどからおして、このおじょうさんのすべてをそうぞうしていたのです。しかしそのそうぞうはおじょうさんにとってあまりゆうりなものではありませんでした。ぐんじんのさいくんだからああなのだろう、そのさいくんのむすめだからこうだろうといったじゅんじょで、わたしのすいそくはだんだんのびていきました.
607 ところがそのすいそくが、おじょうさんのかおをみたしゅんかんに、ことごとくうちけされました。そうしてわたしのあたまのなかへいままでそうぞうもおよばなかったいせいのにおいがあたらしくはいってきました。わたしはそれからゆかのしょうめんにいけてあるはながいやでなくなりました。おなじゆかにたてかけてあるごともじゃまにならなくなりました.
608 そのはなはまたきそくただしくしおれるころになるといけかえられるのです。ごともたびたびかぎのてにおれまがったすじかいのへやにはこびさられるのです。わたしはじぶんのいまでつくえのうえにほおづえをつきながら、そのごとのおとをきいていました。わたしにはそのごとがじょうずなのかへたなのかよくわからないのです。まあいけばなのていどぐらいなものだろうとおもいました.
609 はなならわたしにもよくわかるのですが、おじょうさんはけっしてうまいほうではなかったのです。それでもおくめんなくいろいろのはながわたしのゆかをかざってくれました。もっともかつほうはいつみてもおなじことでした。それからかびんもついぞかわったれいがありませんでした。しかしかたほうのおんがくになるとはなよりももっとへんでした.
610 ぽつんぽつんいとをならすだけで、いっこうにくせいをきかせないのです。うたわないのではありませんが、まるでないしょはなしでもするようにちいさなこえしかださないのです。しかもしかられるとまったくでなくなるのです。わたしはよろこんでこのへたないけばなをながめては、まずそうなごとのおとにみみをかたむけました。「わたしのきぶんはくにをたつときすでにえんせいてきになっていました.
611 たはたよりにならないものだというかんねんが、そのときほねのなかまでしみこんでしまったようにおもわれたのです。わたしはわたしのてきしするおじだのおばだの、そのほかのしんせきだのを、あたかもじんるいのだいひょうしゃのごとくかんがえだしました。きしゃへのってさえとなりのもののようすを、それとなくちゅういしはじめました.
612 たまにむこうからはなしかけられでもすると、なおのことけいかいをくわえたくなりました。わたしのこころはちんうつでした。なまりをのんだようにおもくるしくなることがときどきありました。それでいてわたしのしんけいは、いまいったごとくにするどくとがってしまったのです。わたしがとうきょうへきてげしゅくをでようとしたのも、これがおおきなみなもともとになっているようにおもわれます.
613 かねにふじゆうがなければこそ、いちこをかまえてみるきにもなったのだといえばそれまでですが、もとのとおりのわたしならば、たといかいちゅうによゆうができても、このんでそんなめんどうなまねはしなかったでしょう。わたしはこいしかわへひきうつってからも、とうぶんこのきんちょうしたきぶんにくつろぎをあたえることができませんでした.
614 わたしはじぶんでじぶんがはずかしいほど、きょときょとしゅういをみまわしていました。ふしぎにもよくはたらくのはあたまとめだけで、くちのほうはそれとはんたいに、だんだんうごかなくなってきました。わたしはいえのもののようすをねこのようによくかんさつしながら、だまってつくえのまえにすわっていました。あなたはさだめてへんにおもうでしょう.
615 そのわたしがそこのおじょうさんをどうしてよくよゆうをもっているか。そのおじょうさんのへたないけばなを、どうしてうれしがってながめるよゆうがあるか。おなじくへたなそのひとのごとをどうしてよろこんできくよゆうがあるか。そうしつもんされたとき、わたしはただりょうほうともじじつであったのだから、じじつとしてあなたにおしえてあげるというよりそとにしかたがないのです.
616 かいしゃくはあたまのあるあなたにまかせるとして、わたしはただひとことつけたしておきましょう。わたしはかねにたいしてじんるいをうたがったけれども、あいにたいしては、まだじんるいをうたがわなかったのです。だからほかからみるとへんなものでも、またじぶんでかんがえてみて、むじゅんしたものでも、わたしのむねのなかではへいきでりょうりつしていたのです.
617 わたしはみぼうじんのことをつねにおくさんといっていましたから、これからみぼうじんとよばずにおくさんといいます。おくさんはわたしをしずかなひと、おとなしいおとことひょうしました。それからべんきょうかだともほめてくれました。けれどもわたしのふあんなめつきや、きょときょとしたようすについては、なにごともくちへだしませんでした.
618 きがつかなかったのか、えんりょしていたのか、どっちだかよくわかりませんが、なにしろそこにはまるでちゅういをはらっていないらしくみえました。それのみならず、あるばあいにわたしをおうようなかただといって、さもそんけいしたらしいくちのききかたをしたことがあります。そのときしょうじきなわたしはすこしかおをあからめて、むこうのことばをひていしました.
619 するとおくさんは「あなたはじぶんできがつかないから、そうおっしゃるんです」とまじめにせつめいしてくれました。おくさんははじめわたしのようなしょせいをたくへおくつもりではなかったらしいのです。どこかのやくしょへつとめるひとかなにかにましんましじきをかすりょうけんで、きんじょのものにしゅうせんをたのんでいたらしいのです.
620 ほうきゅうがゆたかでなくって、やむをえずしろうとやにげしゅくするくらいのひとだからというかんがえが、それでまえかたからおくさんのあたまのどこかにはいっていたのでしょう。おくさんはじぶんのむねにえがいたそのそうぞうのおきゃくとわたしとをひかくして、こっちのほうをおうようだといってほめるのです。「おくさんのこのたいどがしぜんわたしのきぶんにえいきょうしてきました.
621 しばらくするうちに、わたしのめはもとほどきょろつかなくなりました。じぶんのこころがじぶんのすわっているところに、ちゃんとおちついているようなきにもなれました。ようするにおくさんはじめやのものが、ひがんだわたしのめやうたがいぶかいわたしのようすに、てんからとりあわなかったのが、わたしにおおきなこうふくをあたえたのでしょう.
622 わたしのしんけいはあいてからてりかえしてくるはんしゃのないためにだんだんしずまりました。おくさんはこころえのあるひとでしたから、わざとわたしをそんなふうにとりあつかってくれたものともおもわれますし、またじぶんでこうげんするごとく、じっさいわたしをおうようだとかんさつしていたのかもしれません。わたしのこころがしずまるとともに、わたしはだんだんかぞくのものとせっきんしてきました.
623 おくさんともおじょうさんともしょうだんをいうようになりました。ちゃをいれたからといってむこうのへやへよばれるひもありました。またわたしのほうでかしをかってきて、ふたりをこっちへまねいたりするばんもありました。わたしはきゅうにこうさいのくいきがふえたようにかんじました。それがためにたいせつなべんきょうのじかんをつぶされることもなんどとなくありました.
624 ふしぎにも、そのぼうがいがわたしにはいっこうじゃまにならなかったのです。おくさんはもとよりひまじんでした。おじょうさんはがっこうへいくうえに、はなだのごとだのをならっているんだから、さだめていそがしかろうとおもうと、それがまたあんがいなもので、いくらでもじかんによゆうをもっているようにみえました。それでさんにんはかおさえみるといっしょにあつまって、せけんはなしをしながらあそんだのです.
625 わたしをよびにくるのは、たいていおじょうさんでした。おじょうさんはえんがわをちょっかくにまがって、わたしのへやのまえにたつこともありますし、ちゃのまをぬけて、つぎのへやのふすまのかげからすがたをみせることもありました。おじょうさんは、そこへきてちょっととまります。それからきっとわたしのなをよんで、「ごべんきょう?」.
626 とききます。わたしはたいていむずかしいしょもつをつくえのまえにあけて、それをみつめていましたから、かたわらでみたらさぞべんきょうかのようにみえたのでしょう。しかしじっさいをいうと、それほどねっしんにしょもつをけんきゅうしてはいなかったのです。ぺーじのうえにめはつけていながら、おじょうさんのよびにくるのをまっているくらいなものでした.
627 まっていてこないと、しかたがないからわたしのほうでたちあがるのです。そうしてむこうのへやのまえへいって、こっちから「ごべんきょうですか」ときくのです。おじょうさんのへやはちゃのまとつづいたろくじょうでした。おくさんはそのちゃのまにいることもあるし、またおじょうさんのへやにいることもありました。わたしがそとからこえをかけると、「おはいんなさい」.
628 とこたえるのはきっとおくさんでした。おじょうさんはそこにいてもめったにへんじをしたことがありませんでした。ときたまおじょうさんひとりで、ようがあってわたしのへやへはいったついでに、そこにすわってはなしこむようなばあいもそのうちにでてきました。そういうときには、わたしのこころがみょうにふあんにおかされてくるのです.
629 よくわかるようにふるまってみせるこんせきさえあきらかでした。わたしはそのよるじゅうじすぎにせんせいのいえをじした。にさんにちうちにきこくするはずになっていたので、ざをたつまえにわたしはちょっといとまごいのことばをのべた。「またとうぶんおめにかかれませんから」「くがつにはでていらっしゃるんでしょうね」わたしはもうそつぎょうしたのだから、かならずくがつにでてくるひつようもなかった.
630 しかしあついもりのはちがつをとうきょうまできておくろうともかんがえていなかった。わたしにはいちをもとめるためのきちょうなじかんというものがなかった。「まあくがつころになるでしょう」「じゃずいぶんごきげんよう。わたしたちもこのなつはことによるとどこかへいくかもしれないのよ。ずいぶんあつそうだから。いったらまたえはがきでもおくってあげましょう」.
631 「どちらのけんとうです。もしいらっしゃるとすれば」せんせいはこのもんどうをにやにやわらってきいていた。「なにまだいくともいかないともきわめていやしないんです」せきをたとうとしたとき、せんせいはきゅうにわたしをつらまえて、「じにおとうさんのびょうきはどうなんです」ときいた。わたしはちちのけんこうについてほとんどしるところがなかった.
632 なにともいってこないいじょう、わるくはないのだろうくらいにかんがえていた。「そんなにたやすくかんがえられるびょうきじゃありませんよ。にょうどくしょうがでると、もうだめなんだから」にょうどくしょうということばもいみもわたしにはわからなかった。このまえのふゆやすみにくにでいしゃとかいけんしたときに、わたしはそんなじゅつごをまるできかなかった.
633 「ほんとうにだいじにしておあげなさいよ」とおくさんもいった。「どくがのうへまわるようになると、もうそれっきりよ、あなた。わらいごとじゃないわ」むけいけんなわたしはぎみをわるがりながらも、にやにやしていた。「どうせたすからないびょうきだそうですから、いくらしんぱいしたってしかたがありません」「そうおもいきりよくかんがえれば、それまでですけれども」.
634 おくさんはむかしおなじびょうきでしんだというじぶんのおかあさんのことでもおもいだしたのか、しずんだちょうしでこういったなりしたをむいた。わたしもちちのうんめいがほんとうにきのどくになった。するとせんせいがとつぜんおくさんのほうをむいた。「せい、おまえはおれよりさきへしぬだろうかね」「なぜ」「なぜでもない、ただきいてみるのさ.
635 それともおのれのほうがおまえよりまえにかたづくかな。たいていせけんじゃだんながさきで、さいくんがあとへのこるのがあたりまえのようになってるね」「そうきまったわけでもないわ。けれどもおとこのほうはどうしても、そらねんがうえでしょう」「だからさきへしぬというりくつなのかね。するとおのれもおまえよりさきにあのよへいかなくっちゃならないことになるね」.
636 「あなたはとくべつよ」「そうかね」「だってじょうぶなんですもの。ほとんどわずらったれいがないじゃありませんか。そりゃどうしたってわたしのほうがさきだわ」「さきかな」「え、きっとさきよ」せんせいはわたしのかおをみた。わたしはわらった。「しかしもしおれのほうがさきへいくとするね。そうしたらおまえどうする」.
637 「どうするって....」おくさんはそこでくちごもった。せんせいのしにたいするそうぞうてきなひあいが、ちょっとおくさんのむねをおそったらしかった。けれどもふたたびかおをあげたときは、もうきぶんをかえていた。「どうするって、しかたがないわ、ねえあなた。ろうしょうふていっていうくらいだから」おくさんはことさらにわたしのほうをみてしょうだんらしくこういった.
638 わたしはたてかけたこしをまたおろして、はなしのくぎりのつくまでふたりのあいてになっていた。「きみはどうおもいます」とせんせいがきいた。せんせいがさきへしぬか、おくさんがはやくなくなるか、もとよりわたしにはんだんのつくべきもんだいではなかった。わたしはただわらっていた。「じゅみょうはわかりませんね。わたしにも」.
639 「こればかりはほんとうにじゅみょうですからね。うまれたときにちゃんときまったねんすうをもらってくるんだからしかたがないわ。せんせいのおとうさんやおかあさんなんか、ほとんどおなじよ、あなた、なくなったのが」「なくなられたひがですか」「まさかひまでおなじじゃないけれども。でもまあおなじよ。だってつづいてなくなっちまったんですもの」.
640 このちしきはわたしにとってあたらしいものであった。わたしはふしぎにおもった。「どうしてそういちどにしなれたんですか」おくさんはわたしのといにこたえようとした。せんせいはそれをさえぎった。「そんなはなしはおよしよ。つまらないから」せんせいはてにもったうちわをわざとばたばたいわせた。そうしてまたおくさんをかえりみた.
641 「せい、おれがしんだらこのいえをおまえにやろう」おくさんはわらいだした。「ついでにじめんもくださいよ」「じめんはたのものだからしかたがない。そのかわりおれのもってるものはみんなおまえにやるよ」「どうもありがとう。けれどもよこもじのほんなんかもらってもしようがないわね」「ふるほんやにうるさ」「うればいくらぐらいになって」.
642 せんせいはいくらともいわなかった。けれどもせんせいのはなしは、よういにじぶんのしというとおいもんだいをはなれなかった。そうしてそのしはかならずおくさんのまえにおこるものとかていされていた。おくさんもさいしょのうちは、わざとたわいのないうけこたえをしているらしくみえた。それがいつのあいだにか、かんしょうてきなおんなのこころをおもくるしくした.
643 「おれがしんだら、おれがしんだらって、まあなんぺんおっしゃるの。ごしょうだからもうよいかげんにして、おれがしんだらはよしてちょうだい。えんきでもない。あなたがしんだら、なにでもあなたのおもいとおりにしてあげるから、それでいいじゃありませんか」せんせいはにわのほうをむいてわらった。しかしそれぎりおくさんのいやがることをいわなくなった.
644 わたしもあまりながくなるので、すぐせきをたった。せんせいとおくさんはげんかんまでおくってでた。「ごびょうにんをおだいじに」とおくさんがいった。「またくがつに」とせんせいがいった。わたしはあいさつをしてこうしのそとへあしをふみだした。げんかんともんのあいだにあるこんもりしたもくせいのひとかぶが、わたしのゆくてをふさぐように、やいんのうちにえだをはっていた.
645 わたしはにさんぽうごきだしながら、くろずんだはにおおわれているそのこずえをみて、きたるべきあきのはなとこうをおもいうかべた。わたしはせんせいのたくとこのもくせいとを、いぜんからこころのうちで、はなすことのできないもののように、いっしょにきおくしていた。せんせいふうふはそれぎりおくへはいったらしかった。わたしはひとりくらいおもてへでた.
646 わたしはすぐげしゅくへはもどらなかった。くにへかえるまえにととのえるかいものもあったし、ごちそうをつめたいぶくろにくつろぎをあたえるひつようもあったので、ただにぎやかなまちのほうへあるいていった。まちはまだよいのくちであった。ようじもなさそうなだんじょがぞろぞろうごくなかに、わたしはきょうわたしといっしょにそつぎょうしたなにがしにあった.
647 かれはわたしをむりやりにあるさかばへつれこんだ。わたしはそこでびーるのあわのようなかれのき※(「陷のつくり+えん」、だい3すいじゅん1-87-64)をきかされた。わたしのげしゅくへかえったのはじゅうにじすぎであった。わたしはそのよくじつもあつさをおかして、たのまれものをかいあつめてあるいた。わたしはこのひとなつをむいにすごすきはなかった.
648 くにへかえってからのにっていというようなものをあらかじめつくっておいたので、それをりこうするにひつようなしょもつもてにいれなければならなかった。わたしははんにちをまるぜんのにかいでつぶすかくごでいた。わたしはじぶんにかんけいのふかいぶもんのしょせきたなのまえにたって、すみからすみまでいっさつずつてんけんしていった.
649 かいもののうちでいちばんわたしをこまらせたのはおんなのはんえりであった。こぞうにいうと、いくらでもだしてはくれるが、さてどれをえらんでいいのか、かうだんになっては、ただまようだけであった。そのうえあたいがきわめてふていであった。やすかろうとおもってきくと、ひじょうにたかかったり、たかかろうとかんがえて、きかずにいると、かえってたいへんやすかったりした.
650 あるいはいくらくらべてみても、どこからかかくのさいがでるのかけんとうのつかないのもあった。わたしはまったくよわらせられた。そうしてこころのうちで、なぜせんせいのおくさんをわずらわさなかったかをくいた。わたしはかばんをかった。むろんわせいのかとうなしなにすぎなかったが、それでもかなぐやなどがぴかぴかしているので、いなかものをいかくかすにはじゅうぶんであった.
651 このかばんをかうということは、わたしのははのちゅうもんであった。そつぎょうしたらあたらしいかばんをかって、そのなかにいっさいのみやげものをいれてかえるようにと、わざわざてがみのなかにかいてあった。わたしはそのもんくをよんだときにわらいだした。わたしにはははのりょうけんがわからないというよりも、そのことばがいっしゅのこっけいとしてうったえたのである.
652 わたしはいとまごいをするときせんせいふうふにのべたとおり、それからみっかめのきしゃでとうきょうをたってくにへかえった。このふゆいらいちちのびょうきについてせんせいからいろいろのちゅういをうけたわたしは、いちばんしんぱいしなければならないちいにありながら、どういうものか、それがたいしてくにならなかった。わたしはむしろちちがいなくなったあとのははをそうぞうしてきのどくにおもった.
653 そのくらいだからわたしはこころのどこかで、ちちはすでになくなるべきものとかくごしていたにちがいなかった。きゅうしゅうにいるあにへやったてがみのなかにも、わたしはちちのとうていゆえのようなけんこうたいになるみこみのないことをのべた。いちどなどはしょくむのつごうもあろうが、できるならくりあわせてこのなつぐらいいちどかおだけでもみにかえったらどうだとまでかいた.
654 そのうえどしよりがふたりぎりでいなかにいるのはさだめてこころぼそいだろう、われわれもことしていかんのいたりであるというようなかんしょうてきなもんくさえつかった。わたしはじっさいこころにうかぶままをかいた。けれどもかいたあとのきぶんはかいたときとはちがっていた。わたしはそうしたむじゅんをきしゃのなかでかんがえた.
655 かんがえているうちにじぶんがじぶんにきのかわりやすいけいはくもののようにおもわれてきた。わたしはふゆかいになった。わたしはまたせんせいふうふのことをおもいうかべた。ことににさんにちぜんばんしょくによばれたときのかいわをおもいだした。「どっちがさきへしぬだろう」わたしはそのばんせんせいとおくさんのあいだにおこったぎもんをひとりくちのうちでくりかえしてみた.
656 そうしてこのぎもんにはだれもじしんをもってこたえることができないのだとおもった。しかしどっちがさきへしぬとはんぜんわかっていたならば、せんせいはどうするだろう。おくさんはどうするだろう。せんせいもおくさんも、いまのようなたいどでいるよりそとにしかたがないだろうとおもった。(しにちかづきつつあるちちをくにもとにひかえながら、このわたしがどうすることもできないように).
657 わたしはにんげんをはかないものにかんじた。にんげんのどうすることもできないもってうまれたけいはくを、はかないものにかんじた。たくへかえってあんがいにおもったのは、ちちのげんきがこのまえみたときとたいしてかわっていないことであった。「ああかえったかい。そうか、それでもそつぎょうができてまあけっこうだった。ちょっとおまち、いまかおをあらってくるから」.
658 ちちはにわへでてなにかしていたところであった。ふるいむぎわらぼうのうしろへ、ひよけのためにくくりつけたうすきたないハンケチをひらひらさせながら、いどのあるうらてのほうへまわっていった。がっこうをそつぎょうするのをふつうのにんげんとしてとうぜんのようにかんがえていたわたしは、それをよきいじょうによろこんでくれるちちのまえにきょうしゅくした.
659 「そつぎょうができてまあけっこうだ」ちちはこのことばをなんぺんもくりかえした。わたしはこころのうちでこのちちのよろこびと、そつぎょうしきのあったばんせんせいのいえのしょくたくで、「おめでとう」といわれたときのせんせいのかおつきとをひかくした。わたしはしまいにちちのむちからでるいなかくさいところにふかいをかんじだした.
660 「だいがくぐらいそつぎょうしたって、それほどけっこうでもありません。そつぎょうするものはまいとしなんびゃくにんだってあります」わたしはついにこんなくちのききようをした。するとちちがへんなかおをした。「なにもそつぎょうしたからけっこうとばかりいうんじゃない。そりゃそつぎょうはけっこうにちがいないが、おれのいうのはもうすこしいみがあるんだ.
661 それがおまえにわかっていてくれさえすれば、....」わたしはちちからそのあとをきこうとした。ちちははなしたくなさそうであったが、とうとうこういった。「つまり、おれがけっこうということになるのさ。おれはおまえのしってるとおりのびょうきだろう。きょねんのふゆおまえにあったとき、ことによるともうさんがつかよんがつぐらいなものだろうとおもっていたのさ.
662 それがどういうしあわせか、きょうまでこうしている。ききょにふじゆうなくこうしている。そこへおまえがそつぎょうしてくれた。だからうれしいのさ。せっかくたんせいしたむすこが、じぶんのいなくなったあとでそつぎょうしてくれるよりも、じょうぶなうちにがっこうをでてくれるほうがおやのみになればうれしいだろうじゃないか。しかしおれのほうからみてごらん、たちばがすこしちがっているよ.
663 つまりそつぎょうはおまえにとってより、このおれにとってけっこうなんだ。わかったかい」わたしはひとこともなかった。あやまるいじょうにきょうしゅくしてうつむいていた。ちちはへいきなうちにじぶんのしをかくごしていたものとみえる。しかもわたしのそつぎょうするまえにしぬだろうとおもいさだめていたとみえる。しょうしょはなにかにおしつぶされて、もとのかたちをうしなっていた.
664 ちちはそれをていやすしにのした。「こんなものはまいたなりてにもってくるものだ」「なかにこころでもいれるとよかったのに」とははもそばからちゅういした。ちちはしばらくそれをながめたあと、おこってとこのまのところへいって、だれのめにもすぐはいるようなしょうめんへしょうしょをおいた。いつものわたしならすぐなんとかいうはずであったが、そのときのわたしはまるでへいぜいとちがっていた.
665 ちちやははにたいしてすこしもさからうきがおこらなかった。わたしはだまってちちのためすがままにまかせておいた。いったんへきのついたとりのこしのしょうしょは、なかなかちちのじゆうにならなかった。てきとうないちにおかれるやいなや、すぐおのれにしぜんないきおいをえてたおれようとした。わたしはははをかげへよんでちちのびょうじょうをたずねた.
666 「おとうさんはあんなにげんきそうににわへでたりなにかしているが、あれでいいんですか」「もうなにともないようだよ。おおかたよくおなりなんだろう」はははあんがいへいきであった。とかいからかけへだたったもりやたのなかにすんでいるおんなのつねとして、はははこういうことにかけてはまるでむちしきであった。「でもいしゃはあのときとうていむずかしいってせんこくしたじゃありませんか」.
667 「だからにんげんのからだほどふしぎなものはないとおもうんだよ。あれほどおいしゃがておもくいったものが、いままでしゃんしゃんしているんだからね。おかあさんもはじめのうちはしんぱいして、なるべくうごかさないようにとおもってたんだがね。それ、あのきしょうだろう。ようじょうはしなさるけれども、ごうじょうでねえ。「もうだいじょうぶ、おかあさんがあんまりぎょうさんすぎるからいけないんだ」.
668 といったそのときのことばをかんがえてみると、まんざらははばかりせめるきにもなれなかった。「しかしかたわらでもすこしはちゅういしなくっちゃ」といおうとしたわたしは、とうとうえんりょしてなんにもくちへださなかった。ただちちのやまいのせいしつについて、わたしのしるかぎりをおしえるようにはなしてきかせた。しかしそのだいぶぶんはせんせいとせんせいのおくさんからえたざいりょうにすぎなかった.
669 はははべつにかんどうしたようすもみせなかった。ただ「へえ、やっぱりおなじびょうきでね。おきのどくだね。いくつでおなくなりかえ、そのかたは」などときいた。わたしはしかたがないから、ははをそのままにしておいてちょくせつちちにむかった。ちちはわたしのちゅういをははよりはまじめにきいてくれた。「もっともだ。おまえのいうとおりだ.
670 けれども、おのれのからだはひっきょうおのれのからだで、そのおのれのからだについてのようじょうほうは、たねんのけいけんじょう、おのれがいちばんよくこころえているはずだからね」といった。それをきいたはははくしょうした。「それごらんな」といった。「でも、あれでおとうさんはじぶんでちゃんとかくごだけはしているんですよ.
671 こんどわたしがそつぎょうしてかえったのをたいへんよろこんでいるのも、まったくそのためなんです。いきてるうちにそつぎょうはできまいとおもったのが、たっしゃなうちにめんじょうをもってきたから、それがうれしいんだって、おとうさんはじぶんでそういっていましたぜ」「そりゃ、おまえ、くちでこそそうおいいだけれどもね。おなかのなかではまだだいじょうぶだとおもっておでのだよ」.
672 「そうでしょうか」「まだまだじゅうねんもにじゅうねんもいきるきでおでのだよ。もっともときどきはわたしにもこころぼそいようなことをおいいだがね。おれもこのぶんじゃもうながいこともあるまいよ、おれがしんだら、おまえはどうする、ひとりでこのいえにいるきかなんて」わたしはきゅうにちちがいなくなってははひとりがとりのこされたときの、ふるいひろいいなかやをそうぞうしてみた.
673 このいえからちちひとりをひきさったあとは、そのままでたちいくだろうか。あにはどうするだろうか。はははなにというだろうか。そうかんがえるわたしはまたここのつちをはなれて、とうきょうできらくにくらしていけるだろうか。わたしはははをめのまえにおいて、せんせいのちゅうい――ちちのじょうぶでいるうちに、わけてもらうものは、わけてもらっておけというちゅういを、ぐうぜんおもいだした.
674 「なにね、じぶんでしぬしぬっていうひとにしんだためしはないんだからあんしんだよ。おとうさんなんぞも、しぬしぬっていいながら、これからさきまだなんねんいきなさるかわかるまいよ。それよりかだまってるじょうぶのひとのほうがけんのんさ」わたしはりくつからでたともとうけいからきたともしれない、このちんぷなようなははのことばをもくぜんときいていた.
675 わたしのためにあかいめしをたいてきゃくをするというそうだんがちちとははのあいだにおこった。わたしはかえったとうじつから、あるいはこんなことになるだろうとおもって、こころのうちであんにそれをおそれていた。わたしはすぐことわった。「あんまりぎょうさんなことはよしてください」わたしはいなかのきゃくがきらいだった。わたしはこどものときからかれらのせきにじするのをこころぐるしくかんじていた.
676 ましてじぶんのためにかれらがくるとなると、わたしのくつうはいっそうはなはだしいようにそうぞうされた。しかしわたしはちちやははのてまえ、あんなやひなひとをあつめてさわぐのはよせともいいかねた。それでわたしはただあまりぎょうさんだからとばかりしゅちょうした。「ぎょうさんぎょうさんとおいいだが、ちっともぎょうさんじゃないよ.
677 しょうがいににどとあることじゃないんだからね、おきゃくぐらいするのはあたりまえだよ。そうえんりょをおためでない」はははわたしがだいがくをそつぎょうしたのを、ちょうどよめでももらったとおなじていどに、おもくみているらしかった。「よばなくってもいいが、よばないとまたなんとかいうから」これはちちのことばであった。ちちはかれらのかげぐちをきにしていた.
678 じっさいかれらはこんなばあいに、じぶんたちのよきとおりにならないと、すぐなんとかいいたがるひとびとであった。「とうきょうとちがっていなかはさばえいからね」ちちはこうもいった。「おとうさんのかおもあるんだから」とははがまたつけくわえた。わたしはわれをはるわけにもいかなかった。どうでもふたりのつごうのよいようにしたらとおもいだした.
679 「つまりわたしのためなら、よしてくださいというだけなんです。かげでなにかいわれるのがいやだからというごしゅいなら、そりゃまたべつです。あなたがたにふりえきなことをわたしがしいてしゅちょうしたってしかたがありません」「そうりくつをいわれるとこまる」ちちはにがいかおをした。はははこうなるとおんなだけにしどろもどろなことをいった.
680 そのかわりくちかずからいうと、ちちとわたしをふたりよせてもなかなかかなうどころではなかった。「がくもんをさせるとにんげんがとかくりくつっぽくなっていけない」ちちはただこれだけしかいわなかった。しかしわたしはこのかんたんないっくのうちに、ちちがへいぜいからわたしにたいしてもっているふへいのぜんたいをみた。わたしはこのおだやかなちちのまえにこだわらないあたまをさげた.
681 わたしはちちとそうだんのうえしょうたいのひどりをきわめた。そのひどりのまだこないうちに、あるおおきなことがおこった。それはめいじてんのうのごびょうきのほうちであった。しんぶんしですぐにほんじゅうへしれわたったこのじけんは、いっけんのいなかやのうちにたしょうのきょくせつをへてようやくまとまろうとしたわたしのそつぎょういわいを、ごみのごとくにふきはらった.
682 「まあ、ごえんりょもうしたほうがよかろう」めがねをかけてしんぶんをみていたちちはこういった。ちちはだまってじぶんのびょうきのこともかんがえているらしかった。わたしはついこのあいだのそつぎょうしきにれいねんのとおりだいがくへぎょうこうになったへいかをおもいだしたりした。こぜいなにんずうにはひろすぎるふるいいえがひっそりしているなかに、わたしはこうりをといてしょもつをひもときはじめた.
683 なぜかわたしはきがおちつかなかった。あのめめめくるるしいとうきょうのげしゅくのにかいで、とおくはしるでんしゃのおとをみみにしながら、ぺーじをいっまいいちまいにまくっていくほうが、きにはりがあってこころもちよくべんきょうができた。わたしはややともするとつくえにもたれてかりねをした。じにはわざわざまくらさえだしてほんしきにひるねをどんぼることもあった.
684 めがさめると、せみのこえをきいた。うつつからつづいているようなそのこえは、きゅうにやかましくみみのそこをかきみだした。わたしはじっとそれをききながら、ときにかなしいおもいをむねにいだいた。わたしはふでをとってともだちのだれかれにみじかいはがきまたはながいてがみをかいた。そのともだちのあるものはとうきょうにのこっていた.
685 あるものはとおいこきょうにかえっていた。へんじのくるのも、おんしんのとどかないのもあった。わたしはもとよりせんせいをわすれなかった。げんこうしへこまじでさんまいばかりくにへかえってからいごのじぶんというようなものをだいもくにしてかきつづったのをおくることにした。わたしはそれをふうじるとき、せんせいははたしてまだとうきょうにいるだろうかとうたがった.
686 せんせいがおくさんといっしょにたくをあけるばあいには、ごじゅうかっこうのきりさげのおんなのひとがどこからかきて、るすばんをするのがれいになっていた。わたしがかつてせんせいにあのひとはなにですかとたずねたら、せんせいはなにとみえますかとききかえした。わたしはそのひとをせんせいのしんるいとおもいちがえていた。せんせいは「わたしにはしんるいはありませんよ」.
687 とこたえた。せんせいのきょうりにいるぞくきあいのひとびとと、せんせいはいっこうおんしんのとりやりをしていなかった。わたしのぎもんにしたそのるすばんのおんなのひとは、せんせいとはえんのないおくさんのほうのしんせきであった。わたしはせんせいにゆうびんをだすとき、ふとはばのほそいおびをらくにうしろでむすんでいるそのひとのすがたをおもいだした.
688 もしせんせいふうふがどこかへひしょにでもおこなったあとへこのゆうびんがとどいたら、あのきりさげのおばあさんは、それをすぐてんちさきへおくってくれるだけのきてんとしんせつがあるだろうかなどとかんがえた。そのくせそのてがみのうちにはこれというほどのひつようのこともかいてないのを、わたしはよくしょうちしていた。ただわたしはさびしかった.
689 そうしてせんせいからへんじのくるのをよきしてかかった。しかしそのへんじはついにこなかった。ちちはこのまえのふゆにかえってきたときほどしょうぎをさしたがらなくなった。しょうぎばんはほこりのたまったまま、とこのまのすみにかたよせられてあった。ことにへいかのごびょうきいごちちはじっとかんがえこんでいるようにみえた.
690 まいにちしんぶんのくるのをまちうけて、じぶんがいちばんさきへよんだ。それからそのよみがらをわざわざわたしのいるところへもってきてくれた。「おいごらん、きょうもてんしさまのことがくわしくでている」ちちはへいかのことを、つねにてんしさまといっていた。「もったいないはなしだが、てんしさまのごびょうきも、おとうさんのとまあにたものだろうな」.
691 こういうちちのかおにはふかいがかりねんのくもりがかかっていた。こういわれるわたしのむねにはまたちちがいつたおれるかわからないというしんぱいがひらめいた。「しかしだいじょうぶだろう。おれのようなくだらないものでも、まだこうしていられるくらいだから」ちちはじぶんのたっしゃなほしょうをじぶんであたえながら、いまにもおのれにおちかかってきそうなきけんをよかんしているらしかった.
692 「おとうさんはほんとうにびょうきをこわがってるんですよ。おかあさんのおっしゃるように、じゅうねんもにじゅうねんもいきるきじゃなさそうですぜ」はははわたしのことばをきいてとうわくそうなかおをした。「ちょっとまたしょうぎでもさすようにすすめてごらんな」わたしはとこのまからしょうぎばんをとりおろして、ほこりをふいた.
693 ちちのげんきはしだいにおとろえていった。わたしをおどろかせたハンケチつきのふるいむぎわらぼうしがしぜんとかんきゃくされるようになった。わたしはくろいすすけたたなのうえにのっているそのぼうしをながめるたびに、ちちにたいしてきのどくなおもいをした。ちちがいぜんのように、かるがるとうごくまは、もうすこしつつしんでくれたらとしんぱいした.
694 ちちがじっとすわりこむようになると、やはりもとのほうがたっしゃだったのだというきがおこった。わたしはちちのけんこうについてよくははとはなしあった。「まったくきのせいだよ」とははがいった。ははのあたまはへいかのやまいとちちのやまいとをむすびつけてかんがえていた。わたしにはそうばかりともおもえなかった。「きじゃない.
695 ほんとうにからだがわるかないんでしょうか。どうもきぶんよりけんこうのほうがわるくなっていくらしい」わたしはこういって、こころのうちでまたとおくからそうとうのいしゃでもよんで、ひとつみせようかしらとしあんした。「ことしのなつはおまえもなじらなかろう。せっかくそつぎょうしたのに、おいわいもしてあげることができず、おとうさんのからだもあのとおりだし.
696 それにてんしさまのごびょうきで。――いっそのこと、かえるすぐにおきゃくでもよぶほうがよかったんだよ」わたしがかえったのはしちがつのご、むいかで、ちちやははがわたしのそつぎょうをいわうためにきゃくをよぼうといいだしたのは、それからいちしゅうかんごであった。そうしていよいよときわめたひはそれからまたいちしゅうかんのあまりもさきになっていた.
697 じかんにそくばくをゆるさないゆうちょうないなかにかえったわたしは、おかげでこのもしくないしゃこうじょうのくつうからすくわれたもおなじことであったが、わたしをりかいしないはははすこしもそこにきがついていないらしかった。ほうぎょのほうちがつたえられたとき、ちちはそのしんぶんをてにして、「ああ、ああ」といった。「ああ、ああ、てんしさまもとうとうおかくれになる.
698 おのれも....」ちちはそのあとをいわなかった。わたしはくろいうすものをかうためにまちへでた。それではたざおのたまをつつんで、それではたざおのさきへさんすんはばのひらひらをつけて、もんのとびらのよこからななめにおうらいへさしだした。はたもくろいひらひらも、かぜのないくうきのなかにだらりとさがった。わたしのたくのふるいもんのやねはわらでふいてあった.
699 あめやかぜにうたれたりまたふかれたりしたそのわらのいろはとくにへんしょくして、うすくはいいろをおびたうえに、ところどころのでこぼこさえめについた。わたしはひとりもんのそとへでて、くろいひらひらと、しろいめりんすのちと、ちのなかにそめだしたあかいひのまるのいろとをながめた。それがうすぎたねないやねのわらにうつるのもながめた.
700 わたしはかつてせんせいから「あなたのたくのかまえはどんなていさいですか。わたしのきょうりのかたとはだいぶおもむきがちがっていますかね」ときかれたことをおもいだした。わたしはじぶんのうまれたこのふるいいえを、せんせいにみせたくもあった。またせんせいにみせるのがはずかしくもあった。わたしはまたひとりいえのなかへはいった.
701 じぶんのつくえのおいてあるところへきて、しんぶんをよみながら、とおいとうきょうのありさまをそうぞうした。わたしのそうぞうはにほんいちのおおきなとが、どんなにくらいなかでどんなにうごいているだろうかのがめんにあつめられた。わたしはそのくろいなりにうごかなければしまつのつかなくなったとかいの、ふあんでざわざわしているなかに、いってんのとうかのごとくにせんせいのいえをみた.
702 わたしはそのときこのとうかがおとのしないうずのなかに、しぜんとまきこまれていることにきがつかなかった。しばらくすれば、そのひもまたふっときえてしまうべきうんめいを、めのまえにひかえているのだとはもとよりきがつかなかった。わたしはこんどのじけんについてせんせいにてがみをかこうかとおもって、ふでをとりかけた。わたしはそれをじゅうぎょうばかりかいてやめた.
703 かいたところはすんずんにひきさいてくずかごへなげこんだ。(せんせいにあててそういうことをかいてもしかたがないともおもったし、ぜんれいにちょうしてみると、とてもへんじをくれそうになかったから)。わたしはさびしかった。それでてがみをかくのであった。そうしてへんじがくればいいとおもうのであった。はちがつのなかばごろになって、わたしはあるほうゆうからてがみをうけとった.
704 そのなかにちほうのちゅうがくきょういんのくちがあるがいかないかとかいてあった。このほうゆうはけいざいのひつようじょう、じぶんでそんないちをさがしまわるおとこであった。このくちもはじめはじぶんのところへかかってきたのだが、もっとよいちほうへそうだんができたので、あまったほうをわたしにゆずるきで、わざわざしらせてきてくれたのであった.
705 わたしはすぐへんじをだしてことわった。しりあいのなかには、ずいぶんほねをおって、きょうしのしょくにありつきたがっているものがあるから、そのほうへまわしてやったらよかろうとかいた。わたしはへんじをだしたあとで、ちちとははにそのはなしをした。ふたりともわたしのことわったことにいぞんはないようであった。「そんなところへいかないでも、まだよいくちがあるだろう」.
706 こういってくれるうらに、わたしはふたりがわたしにたいしてもっているかぶんなきぼうをよんだ。うかつなちちやははは、ふそうとうなちいとしゅうにゅうとをそつぎょうしたてのわたしからきたいしているらしかったのである。「そうとうのくちって、ちかごろじゃそんなうまいくちはなかなかあるものじゃありません。「しかしそつぎょうしたいじょうは、すくなくともどくりつしてやっていってくれなくっちゃこっちもこまる.
707 ひとからあなたのところのごじなんは、だいがくをそつぎょうなすってなにをしておでですかときかれたときにへんじができないようじゃ、おれもかたみがせまいから」ちちはじゅうめんをつくった。ちちのかんがえは、ふるくすみなれたきょうりからそとへでることをしらなかった。わたしのほうでも、じっさいそういうにんげんのようなきもちをおりおりおこした.
708 わたしはあからさまにじぶんのかんがえをうちあけるには、あまりにきょりのけんかくのはなはだしいちちとははのまえにもくぜんとしていた。「おまえのよくせんせいせんせいというかたにでもおねがいしたらいいじゃないか。こんなときこそ」はははこうよりそとにせんせいをかいしゃくすることができなかった。そつぎょうしたから、ちいのしゅうせんをしてやろうというひとではなかった.
709 「そのせんせいはなにをしているのかい」とちちがきいた。「なんにもしていないんです」とわたしがこたえた。わたしはとくのむかしからせんせいのなにもしていないということをちちにもははにもつげたつもりでいた。そうしてちちはたしかにそれをきおくしているはずであった。「なにもしていないというのは、またどういうわけかね.
710 おまえがそれほどそんけいするくらいなひとならなんかやっていそうなものだがね」ちちはこういって、わたしをふうした。ちちのかんがえでは、やくにたつものはよのなかへでてみんなそうとうのちいをえてはたらいている。ひっきょうやくざだからあそんでいるのだとけつろんしているらしかった。「おれのようなにんげんだって、げっきゅうこそもらっちゃいないが、これでもあそんでばかりいるんじゃない」.
711 ちちはこうもいった。わたしはそれでもまだだまっていた。「おまえのいうようなえらいかたなら、きっとなんかくちをさがしてくださるよ。たのんでごらんなのかい」とははがきいた。「いいえ」とわたしはこたえた。「じゃしかたがないじゃないか。なぜたのまないんだい。てがみでもいいからおだしな」「ええ」わたしはせいへんじをしてせきをたった.
712 ちちはあきらかにじぶんのびょうきをおそれていた。しかしいしゃのくるたびにさばえいしつもんをかけてあいてをこまらすしつでもなかった。いしゃのほうでもまたえんりょしてなにともいわなかった。ちちはしごのことをかんがえているらしかった。すくなくともじぶんがいなくなったあとのわがやをそうぞうしてみるらしかった。「こどもにがくもんをさせるのも、よしあしだね.
713 せっかくしゅぎょうをさせると、そのこどもはけっしてたくへかえってこない。これじゃてもなくおやこをかくりするためにがくもんさせるようなものだ」がくもんをしたけっかあにはいまおんごくにいた。きょういくをうけたいんがで、わたしはまたとうきょうにすむかくごをかたくした。こういうこをそだてたちちのぐちはもとよりふごうりではなかった.
714 えいねんすみふるしたいなかやのなかに、たったひとりとりのこされそうなははをえがきだすちちのそうぞうはもとよりさびしいにちがいなかった。わがやはうごかすことのできないものとちちはしんじきっていた。そのなかにすむははもまたいのちのあるあいだは、うごかすことのできないものとしんじていた。それだのに、とうきょうでよいちいをもとめろといって、わたしをつよいたがるちちのあたまにはむじゅんがあった.
715 わたしはそのむじゅんをおかしくおもったとどうじに、そのおかげでまたとうきょうへでられるのをよろこんだ。わたしはちちやははのてまえ、このちいをできるだけのどりょくでもとめつつあるごとくによそおおわなくてはならなかった。わたしはせんせいにてがみをかいて、いえのじじょうをくわしくのべた。もしじぶんのちからでできることがあったらなんでもするからしゅうせんしてくれとたのんだ.
716 わたしはせんせいがわたしのいらいにとりあうまいとおもいながらこのてがみをかいた。またとりあうつもりでも、せけんのせまいせんせいとしてはどうすることもできまいとおもいながらこのてがみをかいた。しかしわたしはせんせいからこのてがみにたいするへんじがきっとくるだろうとおもってかいた。わたしはそれをふうじてだすまえにははにむかっていった.
717 「せんせいにてがみをかきましたよ。あなたのおっしゃったとおり。ちょっとよんでごらんなさい」はははわたしのそうぞうしたごとくそれをよまなかった。「そうかい、それじゃはやくおだし。そんなことはほかがきをつけないでも、じぶんではやくやるものだよ」はははわたしをまだこどものようにおもっていた。わたしもじっさいこどものようなかんじがした.
718 「しかしてがみじゃようはたりませんよ。どうせ、くがつにでもなって、わたしがとうきょうへでてからでなくっちゃ」「そりゃそうかもしれないけれども、またひょっとして、どんなよいくちがないともかぎらないんだから、はやくたのんでおくにこしたことはないよ」「ええ。とにかくへんじはくるにきまってますから、そうしたらまたおはなししましょう」.
719 わたしはこんなことにかけてきちょうめんなせんせいをしんじていた。わたしはせんせいのへんじのくるのをこころまちにまった。けれどもわたしのよきはついにはずれた。せんせいからはいちしゅうかんたってもなにのおんしんもなかった。「おおかたどこかへひしょにでもいっているんでしょう」わたしはははにむかっていいわけらしいことばをつかわなければならなかった.
720 そうしてそのことばはははにたいするいいわけばかりでなく、じぶんのこころにたいするいいわけでもあった。わたしはつよいてもなにかのじじょうをかていしてせんせいのたいどをべんごしなければふあんになった。わたしはときどきちちのびょうきをわすれた。いっそはやくとうきょうへでてしまおうかとおもったりした。そのちちじしんもおのれのびょうきをわすれることがあった.
721 みらいをしんぱいしながら、みらいにたいするところおけはいっこうとらなかった。わたしはついにせんせいのちゅうこくとおりざいさんぶんぱいのことをちちにいいだすきかいをえずにすぎた。くがつはじめになって、わたしはいよいよまたとうきょうへでようとした。わたしはちちにむかってとうぶんいままでとおりがくしをおくってくれるようにとたのんだ.
722 「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃるとおりのちいがえられるものじゃないですから」わたしはちちのきぼうするちいをえるためにとうきょうへいくようなことをいった。「むろんくちのみつかるまででよいですから」ともいった。わたしはこころのうちで、そのくちはとうていわたしのあたまのうえにおちてこないとおもっていた.
723 けれどもじじょうにうといちちはまたあくまでもそのはんたいをしんじていた。「そりゃわずかのあいだのことだろうから、どうにかつごうしてやろう。そのかわりながくはいけないよ。そうとうのちいをえしだいどくりつしなくっちゃ。がんらいがっこうをでたいじょう、でたあくるひからたのせわになんぞなるものじゃないんだから。ちちはこのそとにもまだいろいろのこごとをいった.
724 そのなかには、「むかしのおやはこにくわせてもらったのに、いまのおやはこにくわれるだけだ」などということばがあった。それらをわたしはただだまってきいていた。こごとがひととおりすんだとおもったとき、わたしはしずかにせきをたとうとした。ちちはいついくかとわたしにたずねた。わたしにははやいだけがよかった。「おかあさんにひをみてもらいなさい」.
725 「そうしましょう」そのときのわたしはちちのまえにぞんがいおとなしかった。わたしはなるべくちちのきげんにさからわずに、いなかをでようとした。ちちはまたわたしをひきとめた。「おまえがとうきょうへいくとたくはまたさびしくなる。なにしろおのれとおかあさんだけなんだからね。そのおれもからださえたっしゃならいいが、このようすじゃいつきゅうにどんなことがないともいえないよ」.
726 わたしはできるだけちちをなぐさめて、じぶんのつくえをおいてあるところへかえった。わたしはとりちらしたしょもつのあいだにすわって、こころぼそそうなちちのたいどとことばとを、いくどかくりかえしながめた。わたしはそのときまたせみのこえをきいた。そのこえはこのあいだじゅうきいたのとちがって、つくつくぼうしのこえであった.
727 わたしはなつきょうりにかえって、にえつくようなせみのこえのなかにじっとすわっていると、へんにかなしいこころもちになることがしばしばあった。わたしのあいしゅうはいつもこのむしのはげしいおととともに、こころのそこにしみこむようにかんぜられた。わたしはそんなときにはいつもうごかずに、ひとりでひとりをみつめていた。わたしのあいしゅうはこのなつきせいしたいごしだいにじょうちょうをかえてきた.
728 あぶらぜみのこえがつくつくぼうしのこえにかわるごとくに、わたしをとりまくひとのうんめいが、おおきなりんねのうちに、そろそろうごいているようにおもわれた。わたしはさびしそうなちちのたいどとことばをくりかえしながら、てがみをだしてもへんじをよこさないせんせいのことをまたおもいうかべた。わたしはほとんどちちのすべてもしりつくしていた.
729 もしちちをはなれるとすれば、じょうあいのうえにおやこのこころのこりがあるだけであった。せんせいのおおくはまだわたしにわかっていなかった。はなすとやくそくされたそのひとのかこもまだきくきかいをえずにいた。ようするにせんせいはわたしにとってうすぐらかった。わたしはぜひともそこをとおりこして、あかるいところまでいかなければきがすまなかった.
730 せんせいとかんけいのたえるのはわたしにとっておおいなくつうであった。わたしはははにひをみてもらって、とうきょうへたつひどりをきわめた。わたしがいよいよたとうというまぎわになって、(たしかふつかまえのゆうがたのことであったとおもうが、)ちちはまたとつぜんひっくりかえった。わたしはそのときしょもつやいるいをつめたこうりをからげていた.
731 ちちはふろへはいったところであった。ちちのせなかをながしにいったははがおおきなこえをだしてわたしをよんだ。わたしはらたいのままははにうしろからいだかれているちちをみた。それでもざしきへつれてもどったとき、ちちはもうだいじょうぶだといった。ねんのためにまくらもとにすわって、そおちてぬぐいでちちのあたまをひやしていたわたしは、くじころになってようやくかたちばかりのやしょくをすました.
732 よくじつになるとちちはおもったよりげんきがよかった。とめるのもきかずにあるいてべんじょへいったりした。「もうだいじょうぶ」ちちはきょねんのくれたおれたときにわたしにむかっていったとおなじことばをまたくりかえした。そのときははたしてくちでいったとおりまあだいじょうぶであった。わたしはこんどもあるいはそうなるかもしれないとおもった.
733 しかしいしゃはただようじんがかんようだとちゅういするだけで、ねんをおしてもはんぜんしたことをはなしてくれなかった。わたしはふあんのために、しゅったつのひがきてもついにとうきょうへたつきがおこらなかった。「もうすこしようすをみてからにしましょうか」とわたしはははにそうだんした。「そうしておくれ」とははがたのんだ.
734 はははちちがにわへでたりせどへおりたりするげんきをみているあいだだけはへいきでいるくせに、こんなことがおこるとまたひつよういじょうにしんぱいしたりきをもんだりした。「おまえはきょうとうきょうへいくはずじゃなかったか」とちちがきいた。「ええ、すこしのばしました」とわたしがこたえた。「おれのためにかい」とちちがききかえした.
735 わたしはちょっとちゅうちょした。そうだといえば、ちちのびょうきのおもいのをうらがきするようなものであった。わたしはちちのしんけいをかびんにしたくなかった。しかしちちはわたしのこころをよくみぬいているらしかった。「きのどくだね」といって、にわのほうをむいた。わたしはじぶんのへやにはいって、そこにほうりだされたこうりをながめた.
736 こうりはいつもちだしてもさしつかえないように、かたくくくられたままであった。わたしはぼんやりそのまえにたって、またなわをとこうかとかんがえた。わたしはすわったままこしをうかしたときのおちつかないきぶんで、またさんよっかをすごした。するとちちがまたそっとうした。いしゃはぜったいにあんがをめいじた。「どうしたものだろうね」.
737 とははがちちにきこえないようなちいさなこえでわたしにいった。ははのかおはいかにもこころぼそそうであった。わたしはあにといもうとにでんぽうをうつよういをした。けれどもねているちちにはほとんどなんのくもんもなかった。はなしをするところなどをみると、かぜでもひいたときとまったくおなじことであった。そのうえしょくよくはふだんよりもすすんだ.
738 そばのものが、ちゅういしてもよういにいうことをきかなかった。「どうせしぬんだから、うまいものでもくってしななくっちゃ」わたしにはうまいものというちちのことばがこっけいにもひさんにもきこえた。ちちはうまいものをくちにいれられるみやこにはすんでいなかったのである。よるにはいってかきもちなどをやいてもらってぼりぼりかんだ.
739 「どうしてこうかわくのかね。やっぱりこころにじょうぶのところがあるのかもしれないよ」はははしつぼうしていいところにかえってたのみをおいた。そのくせびょうきのときにしかつかわないかわくというむかしふうのことばを、なにでもたべたがるいみにもちいていた。おじがみまいにきたとき、ちちはいつまでもひきとめてかえさなかった.
740 さびしいからもっといてくれというのがおもなりゆうであったが、ははやわたしが、たべたいだけものをたべさせないというふへいをうったえるのも、そのもくてきのひとつであったらしい。ちちのびょうきはおなじようなじょうたいでいちしゅうかんいじょうつづいた。わたしはそのあいだにながいてがみをきゅうしゅうにいるにいあてでだした.
741 いもうとへはははからださせた。わたしははらのなかで、おそらくこれがちちのけんこうにかんしてふたりへやるさいごのおんしんだろうとおもった。それでりょうほうへいよいよというばあいにはでんぽうをうつからでてこいといういみをかきこめた。あにはいそがしいしょくにいた。いもうとはにんしんちゅうであった。だからちちのきけんがめのまえにせまらないうちによびよせるじゆうはきかなかった.
742 といって、せっかくつごうしてきたにはきたが、まにあわなかったといわれるのもつらかった。わたしはでんぽうをかけるじきについて、ひとのしらないせきにんをかんじた。「そうはんぜんりしたことになるとわたしにもわかりません。しかしきけんはいつくるかわからないということだけはしょうちしていてください」ていしゃじょうのあるまちからむかえたいしゃはわたしにこういった.
743 わたしはははとそうだんして、そのいしゃのしゅうせんで、まちのびょういんからかんごふをひとりたのむことにした。ちちはまくらもとへきてあいさつするしろいふくをきたおんなをみてへんなかおをした。ちちはしびょうにかかっていることをとうからじかくしていた。それでいて、がんぜんにせまりつつあるしそのものにはきがつかなかった.
744 「いまになおったらもういっぺんとうきょうへあそびにいってみよう。にんげんはいつしぬかわからないからな。なにでもやりたいことは、いきてるうちにやっておくにかぎる」はははしかたなしに「そのときはわたしもいっしょにつれていっていただきましょう」などとちょうしをあわせていた。ときとするとまたひじょうにさびしがった.
745 「おれがしんだら、どうかおかあさんをだいじにしてやってくれ」わたしはこの「おれがしんだら」ということばにいっしゅのきおくをもっていた。とうきょうをたつとき、せんせいがおくさんにむかってなんぺんもそれをくりかえしたのは、わたしがそつぎょうしたひのばんのことであった。わたしはわらいをおびたせんせいのかおと、えんきでもないとみみをふさいだおくさんのようすとをおもいだした.
746 あのときの「おれがしんだら」はたんじゅんなかていであった。いまわたしがきくのはいつおこるかわからないじじつであった。わたしはせんせいにたいするおくさんのたいどをまなぶことができなかった。しかしくちのさきではなにとかちちをまぎらさなければならなかった。「そんなよわいことをおっしゃっちゃいけませんよ。いまになおったらとうきょうへあそびにいらっしゃるはずじゃありませんか.
747 おかあさんといっしょに。こんどいらっしゃるときっとびっくりしますよ、かわっているんで。でんしゃのあたらしいせんろだけでもたいへんふえていますからね。でんしゃがとおるようになればしぜんまちなみもかわるし、そのうえにしくかいせいもあるし、とうきょうがじっとしているときは、まあにろくじちゅういちぷんもないといっていいくらいです」.
748 わたしはしかたがないからいわないでいいことまでしゃべった。ちちはまた、まんぞくらしくそれをきいていた。びょうにんがあるのでしぜんかのでいりもおおくなった。きんじょにいるしんるいなどは、ふつかにひとりぐらいのわりでかわるがわるみまいにきた。なかにはひかくてきとおくにいてへいぜいそえんなものもあった。「どうかとおもったら、このようすじゃだいじょうぶだ.
749 はなしもじゆうだし、だいちかおがちっともやせていないじゃないか」などといってかえるものがあった。わたしのかえったとうじはひっそりしすぎるほどしずかであったかていが、こんなことでだんだんざわざわしはじめた。そのなかにうごかずにいるちちのびょうきは、ただおもしろくないほうへうつっていくばかりであった。わたしはははやおじとそうだんして、とうとうあにといもうとにでんぽうをうった.
750 あにからはすぐいくというへんじがきた。いもうとのおっとからもたつというほうちがあった。いもうとはこのまえかいにんしたときにりゅうざんしたので、こんどこそはくせにならないようにだいじをとらせるつもりだと、かねていいこしたそのおっとは、いもうとのかわりにじぶんででてくるかもしれなかった。こうしたおちつきのないあいだにも、わたしはまだしずかにすわるよゆうをもっていた.
751 たまにはしょもつをあけてじっぺーじもつづけざまによむじかんさえでてきた。いったんかたくくくられたわたしのこうりは、いつのあいだにかとかれてしまった。わたしはいるにまかせて、そのなかからいろいろなものをとりだした。わたしはとうきょうをたつとき、こころのうちできわめた、このなつじゅうのにっかをかえりみた。わたしのやったことはこのにっかのさんがいちにもたらなかった.
752 わたしはいままでもこういうふゆかいをなんどとなくかさねてきた。しかしこのなつほどおもったとおりしごとのはこばないれいもすくなかった。これがひとのよのつねだろうとおもいながらもわたしはいやなきもちにおさえつけられた。わたしはこのふかいのうらにすわりながら、いっぽうにちちのびょうきをかんがえた。ちちのしんだあとのことをそうぞうした.
753 そうしてそれとどうじに、せんせいのことをいっぽうにおもいうかべた。わたしはこのふかいなこころもちのりょうたんにちい、きょういく、せいかくのぜんぜんことなったふたりのおもかげをながめた。わたしがちちのまくらもとをはなれて、ひとりとりみだしたしょもつのなかにうでぐみをしているところへははがかおをだした。「すこしひるねむりでもおしよ.
754 おまえもさぞくたびれるだろう」はははわたしのきぶんをりょうかいしていなかった。わたしもははからそれをよきするほどのこどもでもなかった。わたしはたんかんにれいをのべた。はははまだへやのいりぐちにたっていた。「おとうさんは?」とわたしがきいた。「いまよくねておでだよ」とははがこたえた。はははとつぜんはいってきてわたしのそばにすわった.
755 「せんせいからまだなんともいってこないかい」ときいた。はははそのときのわたしのことばをしんじていた。そのときのわたしはせんせいからきっとへんじがあるとははにほしょうした。しかしちちやははのきぼうするようなへんじがくるとは、そのときのわたしもまるできたいしなかった。わたしはこころえがあってははをあざむいたとおなじけっかにおちいった.
756 「もういっぺんてがみをだしてごらんな」とははがいった。やくにたたないてがみをなんつうかこうと、それがははのいあんになるなら、てすうをいとうようなわたしではなかった。けれどもこういうようけんでせんせいにせまるのはわたしのくつうであった。わたしはちちにしかられたり、ははのきげんをそんじたりするよりも、せんせいからみさげられるのをはるかにおそれていた.
757 あのいらいにたいしていままでへんじのもらえないのも、あるいはそうしたわけからじゃないかしらというじゃすいもあった。「てがみをかくのはわけはないですが、こういうことはゆうびんじゃとてもらちはあきませんよ。どうしてもじぶんでとうきょうへでて、じかにたのんでまわらなくっちゃ」「だっておとうさんがあのようすじゃ、おまえ、いつとうきょうへでられるかわからないじゃないか」.
758 「だからでやしません。なおるともなおらないともかたづかないうちは、ちゃんとこうしているつもりです」「そりゃわかりきったはなしだね。いまにもむずかしいというだいびょうにんをはなちらかしておいて、だれがかってにとうきょうへなんかいけるものかね」わたしははじめこころのなかで、なにもしらないははをあわれんだ。そのとき「じつはね」.
759 とははがいいだした。「じつはおとうさんのいきておでのうちに、おまえのくちがきまったらさぞあんしんなさるだろうとおもうんだがね。このようすじゃ、とてもまにあわないかもしれないけれども、それにしても、まだああやってくちもたしかならきもたしかなんだから、ああしておでのうちによろこばしてあげるようにおやこうこうをおしな」.
760 あわれなわたしはおやこうこうのできないきょうぐうにいた。わたしはついにいっこうのてがみもせんせいにださなかった。あにがかえってきたとき、ちちはねながらしんぶんをよんでいた。ちちはへいぜいからなにをおいてもしんぶんだけにはめをとおすしゅうかんであったが、ゆかについてからは、たいくつのためなおさらそれをよみたがった.
761 ははもわたしもつよいてははんたいせずに、なるべくびょうにんのおもいとおりにさせておいた。「そういうげんきならけっこうなものだ。よっぽどわるいかとおもってきたら、たいへんよいようじゃありませんか」あにはこんなことをいいながらちちとはなしをした。そのにぎやかすぎるちょうしがわたしにはかえってふちょうわにきこえた.
762 それでもちちのまえをはずしてわたしとさしむかいになったときは、むしろしずんでいた。「しんぶんなんかよましちゃいけなかないか」「わたしもそうおもうんだけれども、よまないとしょうちしないんだから、しようがない」あにはわたしのべんかいをだまってきいていた。やがて、「よくわかるのかな」といった。「そりゃたしかです.
763 わたしはさっきにじゅうぷんばかりまくらもとにすわっていろいろはなしてみたが、ちょうしのくるったところはすこしもないです。あのようすじゃことによるとまだなかなかもつかもしれませんよ」あにとぜんごしてついたいもうとのおっとのいけんは、われわれよりもよほどらっかんてきであった。ちちはかれにむかっていもうとのことをあれこれとたずねていた.
764 「からだがからだだからむやみにきしゃになんぞのってゆれないほうがいい。むりをしてみまいにこられたりすると、かえってこっちがしんぱいだから」といっていた。「なにいまになおったらあかんぼうのかおでもみに、ひさしぶりにこっちからでかけるからさしつかえない」ともいっていた。のぎたいしょうのしんだときも、ちちはいちばんさきにしんぶんでそれをしった.
765 「たいへんだたいへんだ」といった。なにごともしらないわたしたちはこのとつぜんなことばにおどろかされた。「あのときはいよいよあたまがへんになったのかとおもって、ひやりとした」とあとであにがわたしにいった。「わたしもじつはおどろきました」といもうとのおっともどうかんらしいことばつきであった。そのころのしんぶんはじっさいいなかものにはひごとにまちうけられるようなきじばかりあった.
766 わたしはちちのまくらもとにすわってていやすしにそれをよんだ。よむじかんのないときは、そっとじぶんのへやへもってきて、のこらずめをとおした。わたしのめはながいあいだ、ぐんぷくをきたのぎたいしょうと、それからかんじょみたようなふくそうをしたそのふじんのすがたをわすれることができなかった。ようふくをきたひとをみるといぬがほえるようなところでは、いっつうのでんぽうすらだいじけんであった.
767 それをうけとったははは、はたしておどろいたようなようすをして、わざわざわたしをひとのいないところへよびだした。「なにだい」といって、わたしのふうをひらくのをそばにたってまっていた。でんぽうにはちょっとあいたいがこられるかといういみがかんたんにかいてあった。わたしはくびをかたむけた。「きっとおたのもうしておいたくちのことだよ」.
768 とははがすいだんしてくれた。わたしもあるいはそうかもしれないとおもった。しかしそれにしてはすこしへんだともかんがえた。とにかくあにやいもうとのおっとまでよびよせたわたしが、ちちのびょうきをうちつかって、とうきょうへいくわけにはいかなかった。わたしはははとそうだんして、いかれないというへんでんをうつことにした.
769 できるだけかんりゃくなことばでちちのびょうきのきとくにおちいりつつあるむねもつけくわえたが、それでもきがすまなかったから、いさいてがみとして、こまかいじじょうをそのひのうちにみとめてゆうびんでだした。たのんだいちのこととばかりしんじきったははは、「ほんとうにまのわるいときはしかたのないものだね」といってざんねんそうなかおをした.
770 わたしのかいたてがみはかなりながいものであった。ははもわたしもこんどこそせんせいからなにとかいってくるだろうとかんがえていた。するとてがみをだしてふつかめにまたでんぽうがわたしあてでとどいた。それにはこないでもよろしいというもんくだけしかなかった。わたしはそれをははにみせた。「おおかたてがみでなにとかいってきてくださるつもりだろうよ」.
771 はははどこまでもせんせいがわたしのためにいしょくのくちをしゅうせんしてくれるものとばかりかいしゃくしているらしかった。わたしもあるいはそうかともかんがえたが、せんせいのへいぜいからおしてみると、どうもへんにおもわれた。「せんせいがくちをさがしてくれる」。これはありえべからざることのようにわたしにはみえた。わたしはははにむかってこんなわかりきったことをいった.
772 はははまたもっともらしくしあんしながら「そうだね」とこたえた。わたしのてがみをよまないまえに、せんせいがこのでんぽうをうったということが、せんせいをかいしゃくするうえにおいて、なにのやくにもたたないのはしれているのに。そのひはちょうどしゅじいがまちからいんちょうをつれてくるはずになっていたので、ははとわたしはそれぎりこのじけんについてはなしをするきかいがなかった.
773 ふたりのいしゃはたちあいのうえ、びょうにんにかんちょうなどをしてかえっていった。ちちはいしゃからあんがをめいぜられていらい、りょうべんともねたままほかのてでしまつしてもらっていた。けっぺきなちちは、さいしょのあいだこそはなはだしくそれをいみきらったが、からだがきかないので、やむをえずいやいやゆかのうえでようをたした.
774 それがびょうきのかげんであたまがだんだんにぶくなるのかなにだか、ひをへるにしたがって、ぶしょうなはいせつをいとしないようになった。たまにはふとんやしきふをよごして、そばのものがまゆをよせるのに、とうにんはかえってへいきでいたりした。もっともにょうのりょうはびょうきのせいしつとして、きわめてすくなくなった。いしゃはそれをくにした.
775 しょくよくもしだいにおとろえた。たまになんかほしがっても、したがほしがるだけで、のどからしたへはごくすくねしかとおらなかった。すきなしんぶんもてにとるきりょくがなくなった。まくらのそばにあるろうがんきょうは、いつまでもくろいさやにおさめられたままであった。といって、どんよりしためをつくるさんのほうにむけた。「つくるさんよくきてくれた.
776 つくるさんはじょうぶでうらやましいね。おのれはもうだめだ」「そんなことはないよ。おまえなんかこどもはふたりともだいがくをそつぎょうするし、すこしぐらいびょうきになったって、もうしぶんはないんだ。おれをごらんよ。かかあにはしなれるしさ、こどもはなしさ。ただこうしていきているだけのことだよ。たっしゃだってなにのたのしみもないじゃないか」.
777 かんちょうをしたのはつくるさんがきてからにさんにちあとのことであった。ちちはいしゃのおかげでたいへんらくになったといってよろこんだ。すこしじぶんのじゅみょうにたいするどきょうができたというふうにきげんがなおった。そばにいるわたしはむずがゆいこころもちがしたが、ははのことばをさえぎるわけにもゆかないので、だまってきいていた.
778 びょうにんはうれしそうなかおをした。「そりゃけっこうです」といもうとのおっともいった。「なにのくちだかまだわからないのか」とあにがきいた。わたしはいまさらそれをひていするゆうきをうしなった。じぶんにもなにともわけのわからないあいまいなへんじをして、わざとせきをたった。ちちのびょうきはさいごのいちげきをまつまぎわまですすんできて、そこでしばらくちゅうちょするようにみえた.
779 いえのものはうんめいのせんこくが、きょうくだるか、きょうくだるかとおもって、まいよゆかにはいった。ちちはそばのものをつらくするほどのくつうをどこにもかんじていなかった。そのてんになるとかんびょうはむしろらくであった。ようじんのために、だれかひとりぐらいずつかわるがわるおきてはいたが、あとのものはそうとうのじかんにかくじのねどこへひきとってさしつかえなかった.
780 なにかのひょうしでねむれなかったとき、びょうにんのうなるようなこえをかすかにきいたとおもいあやまったわたしは、いっぺんはんやにゆかをぬけだして、ねんのためちちのまくらもとまでいってみたことがあった。そのよるはははがおきているばんにあたっていた。しかしそのはははちちのよこにひじをまげてまくらとしたなりねいっていた.
781 ちちもふかいねむりのうらにそっとおかれたひとのようにしずかにしていた。わたしはしのびあしでまたじぶんのねどこへかえった。わたしはあにといっしょのかやのなかにねた。いもうとのおっとだけは、きゃくあつかいをうけているせいか、ひとりはなれたざしきにはいってやすんだ。「せきさんもきのどくだね。ああいくかもひっぱられてかえれなくっちゃあ」.
782 せきというのはそのひとのみょうじであった。「しかしそんないそがしいからだでもないんだから、ああしてとまっていてくれるんでしょう。せきさんよりもにいさんのほうがこまるでしょう、こうながくなっちゃ」「こまってもしかたがない。そとのこととちがうからな」あにとゆかをならべてねるわたしは、こんなねものがたりをした。どうせたすからないものならばというかんがえもあった.
783 われわれはことしておやのしぬのをまっているようなものであった。しかしことしてのわれわれはそれをことばのうえにあらわすのをはばかった。そうしておたがいにおたがいがどんなことをおもっているかをよくりかいしあっていた。「おとうさんは、まだなおるきでいるようだな」とあにがわたしにいった。じっさいあにのいうとおりにみえるところもないではなかった.
784 きんじょのものがみまいにくると、ちちはかならずあうといってしょうちしなかった。あえばきっと、わたしのそつぎょういわいによぶことができなかったのをざんねんがった。そのかわりじぶんのびょうきがなおったらというようなこともときどきつけくわえた。「おまえのそつぎょういわいはやめになってけっこうだ。おれのときにはよわったからね」.
785 とあにはわたしのきおくをつつッついた。わたしはアルコールにあおられたそのときのらんざつなありさまをおもいだしてくしょうした。のむものやくうものをしいてまわるちちのたいども、にがにがしくわたしのめにうつった。わたしたちはそれほどなかのよいきょうだいではなかった。ちいさいうちはよくけんかをして、としのすくないわたしのほうがいつでもなかされた.
786 がっこうへはいってからのせんもんのそういも、まったくせいかくのそういからでていた。だいがくにいるじぶんのわたしは、ことにせんせいにせっしょくしたわたしは、とおくからあにをながめて、つねにどうぶつてきだとおもっていた。わたしはながくあににあわなかったので、またかけへだたったとおくにいたので、ときからいってもきょりからいっても、あにはいつでもわたしにはちかくなかったのである.
787 それでもひさしぶりにこうおちあってみると、きょうだいのやさしいこころもちがどこからかしぜんにわいてでた。ばあいがばあいなのもそのおおきなみなもともとになっていた。ふたりにきょうつうなちち、そのちちのしのうとしているまくらもとで、あにとわたしはあくしゅしたのであった。「おまえこれからどうする」とあにはきいた。わたしはまたまったくけんとうのちがったしつもんをあににかけた.
788 「いったいかのざいさんはどうなってるんだろう」「おれはしらない。おとうさんはまだなんともいわないから。しかしざいさんっていったところでかねとしてはたかのしれたものだろう」はははまたははでせんせいのへんじのくるのをくにしていた。「まだてがみはこないかい」とわたしをせめた。「せんせいせんせいというのはいったいだれのことだい」.
789 とあにがきいた。「こないだはなしたじゃないか」とわたしはこたえた。わたしはじぶんでしつもんをしておきながら、すぐたのせつめいをわすれてしまうあににたいしてふかいのねんをおこした。「きいたことはきいたけれども」あにはひっきょうきいてもわからないというのであった。わたしからみればなにもむりにせんせいをあににりかいしてもらうひつようはなかった.
790 けれどもはらはたった。またれいのあにらしいところがでてきたとおもった。せんせいせんせいとわたしがそんけいするいじょう、そのひとはかならずちょめいのしでなくてはならないようにあにはかんがえていた。すくなくともだいがくのきょうじゅぐらいだろうとすいさつしていた。めいもないひと、なにもしていないひと、それがどこにかちをもっているだろう.
791 あにのはらはこのてんにおいて、ちちとまったくおなじものであった。けれどもちちがなにもできないからあそんでいるのだとそくだんするのにひきかえて、あにはなにかやれるのうりょくがあるのに、ぶらぶらしているのはなじらんにんげんにかぎるといったかぜのくちぶりをもらした。「イゴイストはいけないね。なにもしないでいきていようというのはおうちゃくなりょうけんだからね.
792 ひとはじぶんのもっているさいのうをできるだけはたらかせなくっちゃうそだ」わたしはあににむかって、じぶんのつかっているイゴイストということばのいみがよくわかるかとききかえしてやりたかった。「それでもそのひとのおかげでちいができればまあけっこうだ。おとうさんもよろこんでるようじゃないか」あにはあとからこんなことをいった.
793 せんせいからめいりょうなてがみのこないいじょう、わたしはそうしんずることもできず、またそうくちにだすゆうきもなかった。それをははのはやのみこみでみんなにそうふいちょうしてしまったいまとなってみると、わたしはきゅうにそれをうちけすわけにいかなくなった。わたしはははにさいそくされるまでもなく、せんせいのてがみをまちうけた.
794 そうしてそのてがみに、どうかみんなのかんがえているようないしょくのくちのことがかいてあればいいがとねんじた。ちちがへんなきいろいものもえずいたとき、わたしはかつてせんせいとおくさんからきかされたきけんをおもいだした。「ああしてながくねているんだからいもわるくなるはずだね」といったははのかおをみて、なにもしらないそのひとのまえになみだぐんだ.
795 あにとわたしがちゃのまでおちあったとき、あには「きいたか」といった。それはいしゃがかえりぎわにあににむかっていったことをきいたかといういみであった。わたしにはせつめいをまたないでもそのいみがよくわかっていた。「おまえここへかえってきて、たくのことをかんりするきがないか」とあにがわたしをかえりみた。わたしはなにともこたえなかった.
796 「おかあさんひとりじゃ、どうすることもできないだろう」とあにがまたいった。あにはわたしをつちのにおいをかいでくちていってもおしくないようにみていた。「ほんをよむだけなら、いなかでもじゅうぶんできるし、それにはたらくひつようもなくなるし、ちょうどいいだろう」「にいさんがかえってくるのがじゅんですね」とわたしがいった.
797 「おれにそんなことができるものか」とあにはひとくちにしりぞけた。あにのはらのなかには、よのなかでこれからしごとをしようというきがみちみちていた。「おまえがいやなら、まあおじさんにでもせわをたのむんだが、それにしてもおかあさんはどっちかでひきとらなくっちゃなるまい」「おかあさんがここをうごくかうごかないかがすでにおおきなぎもんですよ」.
798 きょうだいはまだちちのしなないまえから、ちちのしんだあとについて、こんなふうにかたりあった。ちちはときどき囈語をいうようになった。「のぎたいしょうにすまない。じつにめんぼくしだいがない。いえわたしもすぐおあとから」こんなことばをひょいひょいだした。はははぎみをわるがった。なるべくみんなをまくらもとへあつめておきたがった.
799 きのたしかなときはしきりにさびしがるびょうにんにもそれがきぼうらしくみえた。ことにへやのなかをみまわしてははのかげがみえないと、ちちはかならず「おひかりは」ときいた。きかないでも、めがそれをものがたっていた。わたしはよくおこってははをよびにいった。「なにかごようですか」そうかとおもうと、まるでかけはなれたはなしをした.
800 とつぜん「おひかりおまえにもいろいろせわになったね」などとやさしいことばをだすときもあった。はははそういうことばのまえにきっとなみだぐんだ。そうしたあとではまたきっとじょうぶであったむかしのちちをそのたいしょうとしておもいだすらしかった。「あんなあわれっぽいことをおいいだがね、あれでもとはずいぶんひどかったんだよ」.
801 はははちちのためにほうきでせなかをどやされたときのことなどをはなした。いままでなんぺんもそれをきかされたわたしとあには、いつもとはまるでちがったきぶんで、ははのことばをちちのきねんのようにみみへうけいれた。ちちはじぶんのめのまえにうすぐらくうつるしのかげをながめながら、まだゆいごんらしいものをくちにださなかった.
802 「いまのうちなんかきいておくひつようはないかな」とあにがわたしのかおをみた。「そうだなあ」とわたしはこたえた。わたしはこちらからすすんでそんなことをもちだすのもびょうにんのためによしあしだとかんがえていた。ふたりはけっしかねてついにおじにそうだんをかけた。おじもくびをかたむけた。はなしはとうとうぐずぐずになってしまった.
803 そのうちにこんすいがきた。れいのとおりなにもしらないははは、それをただのねむりとおもいちがえてかえってよろこんだ。「まあああしてらくにねられれば、そばにいるものもたすかります」といった。ちちはじじがんをあけて、だれはどうしたなどととつぜんきいた。そのだれはついせんこくまでそこにすわっていたひとのなにかぎられていた.
804 ちちのいしきにはくらいところとあかるいところとできて、そのあかるいところだけが、やみをぬうしろいいとのように、あるきょりをおいてれんぞくするようにみえた。ははがこんすいじょうたいをふつうのねむりととりちがえたのもむりはなかった。そのうちしたがだんだんもつれてきた。なにかいいだしてもしりがふめいりょうにおわるために、ようりょうをえないでしまうことがおおくあった.
805 そのくせはなしはじめるときは、きとくのびょうにんとはおもわれないほど、つよいこえをだした。われわれはもとよりふだんいじょうにちょうしをはりあげて、みみもとへくちをよせるようにしなければならなかった。「あたまをひやすとよいこころもちですか」「うん」わたしはかんごふをあいてに、ちちのみずまくらをとりかえて、それからあたらしいこおりをいれたひょうのうをあたまのうえへのせた.
806 がさがさにわられてとがりきったこおりのはへんが、のうのなかでおちつくあいだ、わたしはちちのはげあがったがくのそとでそれをやわらかにおさえていた。そのときあにがろうかづたいにはいってきて、いっつうのゆうびんをむごんのままわたしのてにわたした。あいたほうのひだりてをだして、そのゆうびんをうけとったわたしはすぐふしんをおこした.
807 それはふつうのてがみにくらべるとよほどめかたのおもいものであった。なみのじょうぶくろにもいれてなかった。またなみのじょうぶくろにいれられべきぶんりょうでもなかった。はんしでつつんで、ふうじめをていやすしにのりではりつけてあった。わたしはそれをあにのてからうけとったとき、すぐそのかきとめであることにきがついた.
808 うらをかえしてみるとそこにせんせいのながつつしんだじでかいてあった。てのはなせないわたしは、すぐふうをきるわけにいかないので、ちょっとそれをふところにさしこんだ。そのひはびょうにんのできがことにわるいようにみえた。わたしがかわやへいこうとしてせきをたったとき、ろうかでいきあったあには「どこへいく」とばんぺいのようなくちょうですいかした.
809 「どうもようすがすこしへんだからなるべくそばにいるようにしなくっちゃいけないよ」とちゅういした。わたしもそうおもっていた。かいちゅうしたてがみはそのままにしてまたびょうしつへかえった。ちちはめをあけて、そこにならんでいるひとのなまえをははにたずねた。ははがあれはだれ、これはだれといちいちせつめいしてやると、ちちはそのたびにうなずいた.
810 うなずかないときは、ははがこえをはりあげて、なになにさんです、わかりましたかとねんをおした。「どうもいろいろおせわになります」ちちはこういった。そうしてまたこんすいじょうたいにおちいった。まくらべをとりまいているひとはむごんのまましばらくびょうにんのようすをみつめていた。やがてそのなかのひとりがたってつぎのまへでた.
811 するとまたひとりたった。わたしもさんにんめにとうとうせきをはずして、じぶんのへやへきた。わたしにはせんこくふところへいれたゆうびんぶつのなかをあけてみようというもくてきがあった。それはびょうにんのまくらもとでもよういにできるしょさにはちがいなかった。しかしかかれたもののぶんりょうがあまりにおおすぎるので、ひといきにそこでよみとおすわけにはいかなかった.
812 わたしはとくべつのじかんをぬすんでそれにあてた。わたしはせんいのつよいつつみがみをひきかくようにさきやぶった。なかからでたものは、じゅうおうにひいたけのなかへぎょうぎよくかいたげんこうさまのものであった。そうしてふうじるべんぎのために、よっつおりにたたまれてあった。わたしはくせのついたせいようしを、ぎゃくにおりかえしてよみやすいようにひらたくした.
813 わたしのこころはこのたりょうのかみといんきが、わたしになにごとをかたるのだろうかとおもっておどろいた。わたしはどうじにびょうしつのことがきにかかった。わたしがこのかきものをよみはじめて、よみおわらないまえに、ちちはきっとどうかなる、すくなくとも、わたしはあにからかははからか、それでなければおじからか、よばれるにきまっているというよかくがあった.
814 わたしはおちついてせんせいのかいたものをよむきになれなかった。わたしはそわそわしながらたださいしょのいちぺーじをよんだ。そのぺーじはしたのようにつづられていた。「あなたからかこをといただされたとき、こたえることのできなかったゆうきのないわたしは、いまあなたのまえに、それをめいはくにものがたるじゆうをえたとしんじます.
815 しかしそのじゆうはあなたのじょうきょうをまっているうちにはまたうしなわれてしまうせけんてきのじゆうにすぎないのであります。したがって、それをりようできるときにりようしなければ、わたしのかこをあなたのあたまにかんせつのけいけんとしておしえてあげるきかいをえいきゅうにいっするようになります。そうすると、あのときあれほどかたくやくそくしたことばがまるでうそになります.
816 わたしはやむをえず、くちでいうべきところを、ふででもうしあげることにしました」わたしはそこまでよんで、はじめてこのながいものがなにのためにかかれたのか、そのりゆうをあきらかにしることができた。わたしのいしょくのくち、そんなものについてせんせいがてがみをよこすきづかいはないと、わたしはしょてからしんじていた。せんせいはなぜわたしのじょうきょうするまでまっていられないだろう.
817 「じゆうがきたからはなす。しかしそのじゆうはまたえいきゅうにうしなわれなければならない」わたしはこころのうちでこうくりかえしながら、そのいみをしるにくるしんだ。わたしはとつぜんふあんにおそわれた。わたしはつづいてあとをよもうとした。そのときびょうしつのほうから、わたしをよぶおおきなあにのこえがきこえた。わたしはまたおどろいてたちのぼった.
818 ろうかをちけぬけるようにしてみんなのいるかたへいった。わたしはいよいよちちのうえにさいごのしゅんかんがきたのだとかくごした。びょうしつにはいつのあいだにかいしゃがきていた。なるべくびょうにんをらくにするというしゅいからまたかんちょうをこころみるところであった。かんごふはさくやのつかれをやすめるためにべっしつでねていた.
819 なれないあにはおこってまごまごしていた。わたしのかおをみると、「ちょっとてをおかし」といったまま、じぶんはせきについた。わたしはあににかわって、あぶらがみをちちのしりのしたにあてがったりした。ちちのようすはすこしくつろいできた。さんじゅうぷんほどまくらもとにすわっていたいしゃは、かんちょうのけっかをみとめたうえ、またくるといって、かえっていった.
820 かえりぎわに、もしものごとがあったらいつでもよんでくれるようにわざわざことわっていた。わたしはいまにもへんがありそうなびょうしつをしりぞいてまたせんせいのてがみをよもうとした。しかしわたしはすこしもかんくりしたきぶんになれなかった。つくえのまえにすわるやいなや、またあにからおおきなこえでよばれそうでならなかった.
821 そうしてこんどよばれれば、それがさいごだといういふがわたしのてをふるわした。わたしはせんせいのてがみをただむいみにぺーじだけへげくっていった。わたしのめはきちょうめんにわくのなかにはめられたじかくをみた。けれどもそれをよむよゆうはなかった。ひろいよみにするよゆうすらおぼつかなかった。そのときふとけつまつにちかいいっくがわたしのめにはいった.
822 「このてがみがあなたのてにおちるころには、わたしはもうこのよにはいないでしょう。とくにしんでいるでしょう」わたしははっとおもった。いままでざわざわとうごいていたわたしのむねがいちどにぎょうけつしたようにかんじた。わたしはまたぎゃくにぺーじをはぐりかえした。そうしていっまいにいっくぐらいずつのわりでとうによんでいった.
823 わたしはとっさのあいだに、わたしのしらなければならないことをしろうとして、ちらちらするもじを、めでさしとおそうとこころみた。そのときわたしのしろうとするのは、ただせんせいのあんぴだけであった。せんせいのかこ、かつてせんせいがわたしにはなそうとやくそくしたうすぐらいそのかこ、そんなものはわたしにとって、まったくむようであった.
824 わたしはとうまにぺーじをはぐりながら、わたしにひつようなちしきをよういにあたえてくれないこのながいてがみをじれったそうにたたんだ。わたしはまたちちのようすをみにびょうしつのとぐちまでいった。びょうにんのまくらべはぞんがいしずかであった。たよりなさそうにつかれたかおをしてそこにすわっているははをてまねきぎして、「どうですかようすは」.
825 ときいた。ははは「いますこしもちあってるようだよ」とこたえた。わたしはちちのめのまえへかおをだして、「どうです、かんちょうしてすこしはこころもちがよくなりましたか」とたずねた。ちちはうなずいた。ちちははっきり「ありがとう」といった。ちちのせいしんはぞんがいもうろうとしていなかった。わたしはまたびょうしつをしりぞいてじぶんのへやにかえった.
826 そこでとけいをみながら、きしゃのはっちゃくひょうをしらべた。わたしはとつぜんたっておびをしめなおして、たもとのなかへせんせいのてがみをなげこんだ。それからかってぐちからひょうへでた。わたしはむちゅうでいしゃのいえへかけこんだ。わたしはいしゃからちちがもうにさんにちたもつだろうか、そこのところをはんぜんきこうとした.
827 ちゅうしゃでもなにでもして、たもたしてくれとたのもうとした。いしゃはあいにくるすであった。わたしにはじっとしてかれのかえるのをまちうけるじかんがなかった。こころのおちつきもなかった。わたしはすぐくるまをていしゃじょうへいそがせた。わたしはていしゃじょうのかべへしへんをあてがって、そのうえからえんぴつでははとあにあてでてがみをかいた.
828 てがみはごくかんたんなものであったが、ことわらないではしるよりまだましだろうとおもって、それをいそいでたくへとどけるようにしゃふにたのんだ。そうしておもいきったいきおいでとうきょういきのきしゃにとびのってしまった。わたしはごうごうなるさんとうれっしゃのなかで、またたもとからせんせいのてがみをだして、ようやくはじめからしまいまでめをとおした.
829 「....わたしはこのなつあなたからにさんどてがみをうけとりました。とうきょうでそうとうのちいをえたいからよろしくたのむとかいてあったのは、たしかにどめにてにはいったものときおくしています。わたしはそれをよんだときなんとかしたいとおもったのです。すくなくともへんじをあげなければすまんとはかんがえたのです。しかしそれはもんだいではありません.
830 じつをいうと、わたしはこのじぶんをどうすればよいのかとおもいわずらっていたところなのです。このままにんげんのなかにとりのこされたミイラのようにそんざいしていこうか、それとも....そのじぶんのわたしは「それとも」ということばをこころのうちでくりかえすたびにぞっとしました。ちあしでぜっぺきのはしまできて、きゅうにそこのみえないたにをのぞきこんだひとのように.
831 わたしはひきょうでした。そうしておおくのひきょうなひととおなじていどにおいてはんもんしたのです。いかんながら、そのときのわたしには、あなたというものがほとんどそんざいしていなかったといってもこちょうではありません。いっぽすすめていうと、あなたのちい、あなたのここうのし、そんなものはわたしにとってまるでむいみなのでした.
832 どうでもかまわなかったのです。わたしはそれどころのさわぎでなかったのです。わたしはじょうさしへあなたのてがみをさしたなり、いぜんとしてうでぐみをしてかんがえこんでいました。たくにそうおうのざいさんがあるものが、なにをくるしんで、そつぎょうするかしないのに、ちいちいといってもがきまわるのか。わたしはむしろにがにがしいきぶんで、とおくにいるあなたにこんないちべつをあたえただけでした.
833 わたしはへんじをあげなければすまないあなたにたいして、いいわけのためにこんなことをうちあけるのです。あなたをいからすためにわざとぶしつけなことばをろうするのではありません。わたしのほんいはあとをごらんになればよくわかることとしんじます。とにかくわたしはなにとかあいさつすべきところをだまっていたのですから、わたしはこのたいまんのつみをあなたのまえにしゃしたいとおもいます.
834 そのあとわたしはあなたにでんぽうをうちました。ゆうたいにいえば、あのときわたしはちょっとあなたにあいたかったのです。それからあなたのきぼうとおりわたしのかこをあなたのためにものがたりたかったのです。あなたはへんでんをかけて、いまとうきょうへはでられないとことわってきましたが、わたしはしつぼうしてながらくあのでんぽうをながめていました.
835 あなたもでんぽうだけではきがすまなかったとみえて、またあとからながいてがみをよこしてくれたので、あなたのしゅっきょうできないじじょうがよくわかりました。わたしはあなたをしつれいなおとこだともなにともおもうわけがありません。あなたのだいじなおとうさんのびょうきをそっちのけにして、なにであなたがたくをあけられるものですか.
836 そのおとうさんのせいしをわすれているようなわたしのたいどこそふつごうです。――わたしはじっさいあのでんぽうをうつときに、あなたのおとうさんのことをわすれていたのです。そのくせあなたがとうきょうにいるころには、なんしょうだからよくちゅういしなくってはいけないと、あれほどちゅうこくしたのはわたしですのに。わたしはこういうむじゅんなにんげんなのです.
837 あるいはわたしののうずいよりも、わたしのかこがわたしをあっぱくするけっかこんなむじゅんなにんげんにわたしをへんかさせるのかもしれません。わたしはこのてんにおいてもじゅうぶんわたしのわれをみとめています。あなたにゆるしてもらわなくてはなりません。あなたのてがみ、――あなたからきたさいごのてがみ――をよんだとき、わたしはわるいことをしたとおもいました.
838 それでそのいみのへんじをだそうかとかんがえて、ふでをとりかけましたが、いっこうもかかずにやめました。どうせかくなら、このてがみをかいてあげたかったから、そうしてこのてがみをかくにはまだじきがすこしはやすぎたから、やめにしたのです。わたしがただくるにおよばないというかんたんなでんぽうをふたたびうったのは、それがためです.
839 「わたしはそれからこのてがみをかきだしました。へいぜいひつをもちつけないわたしには、じぶんのおもうように、じけんなりしそうなりがはこばないのがおもいくつうでした。わたしはもうすこしで、あなたにたいするわたしのこのぎむをほうてきするところでした。しかしいくらよそうとおもってふでをおいても、なんにもなりませんでした.
840 わたしはいちじかんたたないうちにまたかきたくなりました。あなたからみたら、これがぎむのすいこうをおもんずるわたしのせいかくのようにおもわれるかもしれません。わたしもそれはいなみません。わたしはあなたのしっているとおり、ほとんどせけんとこうしょうのないこどくなにんげんですから、ぎむというほどのぎむは、じぶんのさゆうぜんごをみまわしても、どのほうがくにもねをはっておりません.
841 こいかしぜんか、わたしはそれをできるだけきりつめたせいかつをしていたのです。けれどもわたしはぎむにれいたんだからこうなったのではありません。むしろえいびんすぎてしげきにたえるだけのせいりょくがないから、ごらんのようにしょうきょくてきなつきひをおくることになったのです。だからいったんやくそくしたいじょう、それをはたさないのは、たいへんいやなこころもちです.
842 わたしはあなたにたいしてこのいやなこころもちをさけるためにでも、おいたふでをまたとりあげなければならないのです。そのうえわたしはかきたいのです。ぎむはべつとしてわたしのかこをかきたいのです。わたしのかこはわたしだけのけいけんだから、わたしだけのしょゆうといってもさしつかえないでしょう。それをひとにあたえないでしぬのは、おしいともいわれるでしょう.
843 わたしにもたしょうそんなこころもちがあります。ただしうけいれることのできないひとにあたえるくらいなら、わたしはむしろわたしのけいけんをわたしのせいめいとともにほうむったほうがいいとおもいます。じっさいここにあなたというひとりのおとこがそんざいしていないならば、わたしのかこはついにわたしのかこで、かんせつにもたにんのちしきにはならないですんだでしょう.
844 わたしはなんぜんまんといるにほんじんのうちで、ただあなただけに、わたしのかこをものがたりたいのです。あなたはまじめだから。あなたはまじめにじんせいそのものからいきたきょうくんをえたいといったから。わたしはくらいじんせいのかげをえんりょなくあなたのあたまのうえになげかけてあげます。しかしおそれてはいけません。わたしのくらいというのは、もとよりりんりてきにくらいのです.
845 わたしはりんりてきにうまれたおとこです。またりんりてきにそだてられたおとこです。そのりんりじょうのかんがえは、いまのわかいひととだいぶちがったところがあるかもしれません。しかしどうまちがっても、わたしじしんのものです。まにあわせにかりたそんりょうぎではありません。だからこれからはったつしようというあなたにはいくぶんかさんこうになるだろうとおもうのです.
846 あなたはげんだいのしそうもんだいについて、よくわたしにぎろんをむけたことをきおくしているでしょう。わたしのそれにたいするたいどもよくわかっているでしょう。わたしはあなたのいけんをけいべつまでしなかったけれども、けっしてそんけいをはらいうるていどにはなれなかった。あなたのかんがえにはなにらのはいけいもなかったし、あなたはじぶんのかこをもつにはあまりにわかすぎたからです.
847 わたしはときどきわらった。あなたはものたりなそうなかおをちょいちょいわたしにみせた。そのごくあなたはわたしのかこをえまきもののように、あなたのまえにてんかいしてくれとせまった。わたしはそのときこころのうちで、はじめてあなたをそんけいした。あなたがむえんりょにわたしのはらのなかから、あるいきたものをつかまえようというけっしんをみせたからです.
848 わたしのしんぞうをたちわって、あたたかくながれるちしおをすすろうとしたからです。そのときわたしはまだいきていた。しぬのがいやであった。それでたじつをやくして、あなたのようきゅうをしりぞけてしまった。わたしはいまじぶんでじぶんのしんぞうをやぶって、そのちをあなたのかおにあびせかけようとしているのです。「わたしがりょうしんをなくしたのは、まだわたしのにじっさいにならないじぶんでした.
849 いつかつまがあなたにはなしていたようにもきおくしていますが、ふたりはおなじびょうきでしんだのです。しかもつまがあなたにふしんをおこさせたとおり、ほとんどどうじといっていいくらいに、ぜんごしてしんだのです。じつをいうと、ちちのびょうきはおそるべきちょうちふすでした。それがそばにいてかんごをしたははにでんせんしたのです.
850 わたしはふたりのあいだにできたたったひとりのおとこのこでした。たくにはそうとうのざいさんがあったので、むしろおうようにそだてられました。わたしはじぶんのかこをかえりみて、あのときりょうしんがしなずにいてくれたなら、すくなくともちちかははかどっちか、かたほうでよいからいきていてくれたなら、わたしはあのおうようなきぶんをいままでもちつづけることができたろうにとおもいます.
851 わたしはふたりのあとにぼうぜんとしてとりのこされました。わたしにはちしきもなく、けいけんもなく、またぶんべつもありませんでした。ちちのしぬとき、はははそばにいることができませんでした。ははのしぬとき、ははにはちちのしんだことさえまだしらせてなかったのです。はははただおじにばんじをたのんでいました。そこにいあわせたわたしをゆびさすようにして、「このこをどうぞなんぷん」.
852 といいました。わたしはそのまえからりょうしんのきょかをえて、とうきょうへでるはずになっていましたので、はははそれもついでにいうつもりらしかったのです。それで「とうきょうへ」とだけつけくわえましたら、おじがすぐあとをひきとって、「よろしいけっしてしんぱいしないがいい」とこたえました。はははつよいねつにこらえうるたいしつのおんななんでしたろうか、おじは「しっかりしたものだ」.
853 といって、わたしにむかってははのことをほめていました。しかしこれがはたしてははのゆいごんであったのかどうだか、いまかんがえるとわからないのです。はははむろんちちのかかったびょうきのおそるべきなまえをしっていたのです。そうして、じぶんがそれにでんせんしていたこともしょうちしていたのです。だから....しかしそんなことはもんだいではありません.
854 ただこういうふうにものをときほどいてみたり、またぐるぐるまわしてながめたりするくせは、もうそのじぶんから、わたしにはちゃんとそなわっていたのです。それはあなたにもはじめからおことわりしておかなければならないとおもいますが、そのじつれいとしてはとうめんのもんだいにたいしたかんけいのないこんなきじゅつが、かえってやくにだちはしないかとかんがえます.
855 あなたのほうでもまあそのつもりでよんでください。このしょうぶんがりんりてきにこじんのこういやらどうさのうえにおよんで、わたしはこうらいますますほかのとくぎしんをうたがうようになったのだろうとおもうのです。それがわたしのはんもんやくのうにむかって、せっきょくてきにおおきなちからをそえているのはたしかですからおぼえていてください.
856 はなしがほんすじをはずれると、わかりわるくなりますからまたあとへひきかえしましょう。これでもわたしはこのながいてがみをかくのに、わたしとおなじちいにおかれたほかのひととくらべたら、あるいはたしょうおちついていやしないかとおもっているのです。よのなかがねむるときこえだすあのでんしゃのひびきももうとだえました。なにもしらないつまはつぎのへやでむじゃきにすやすやねいっています.
857 わたしがふでをとると、いちじいっかくができあがりつつペンのさきでなっています。わたしはむしろおちついたきぶんでかみにむかっているのです。ふなれのためにペンがよこへはずれるかもしれませんが、あたまがのうらんしてふでがしどろにはしるのではないようにおもいます。「とにかくたったひとりとりのこされたわたしは、ははのいいづけとおり、このおじをたよるよりそとにみちはなかったのです.
858 おじはまたいっさいをひきうけてすべてのせわをしてくれました。そうしてわたしをわたしのきぼうするとうきょうへでられるようにとりはからってくれました。わたしはとうきょうへきてこうとうがっこうへはいりました。そのときのこうとうがっこうのせいとはいまよりもよほどさつばつでそやでした。わたしのしったものに、よなかしょくにんとけんかをして、あいてのあたまへげたできずをおわせたのがありました.
859 それがさけをのんだあげくのことなので、むちゅうになぐりあいをしているあいだに、がっこうのせいぼうをとうとうむこうのものにとられてしまったのです。ところがそのぼうしのうらにはとうにんのなまえがちゃんと、ひしがたのしろいきれのうえにかいてあったのです。それでことがめんどうになって、そのおとこはもうすこしでけいさつからがっこうへしょうかいされるところでした.
860 しかしともだちがいろいろとほねをおって、ついにひょうさたにせずにすむようにしてやりました。こんならんぼうなこういを、じょうひんないまのくうきのなかにそだったあなたがたにきかせたら、さだめてばかばかしいかんじをおこすでしょう。わたしもじっさいばかばかしくおもいます。しかしかれらはいまのがくせいにないいっしゅしつぼくなてんをそのかわりにもっていたのです.
861 とうじわたしのつきづきおじからもらっていたかねは、あなたがいま、おとうさんからおくってもらうがくしにくらべるとはるかにすくないものでした。(むろんぶっかもちがいましょうが)。それでいてわたしはすこしのぶそくもかんじませんでした。のみならずすうあるどうきゅうせいのうちで、けいざいのてんにかけては、けっしてひとをうらやましがるあわれなきょうぐうにいたわけではないのです.
862 いまからかいこすると、むしろひとにうらやましがられるかただったのでしょう。というのは、わたしはつきづききまったそうきんのそとに、しょせきひ、(わたしはそのじぶんからしょもつをかうことがすきでした)、およびりんじのひようを、よくおじからせいきゅうして、ずんずんそれをじぶんのおもうようにしょうひすることができたのですから.
863 なにもしらないわたしは、おじをしんじていたばかりでなく、つねにかんしゃのこころをもって、おじをありがたいもののようにそんけいしていました。おじはじぎょうかでした。けんかいぎいんにもなりました。そのかんけいからでもありましょう、せいとうにもえんこがあったようにきおくしています。ちちはせんぞからゆずられたいさんをだいじにまもっていくとくじついっぽうのおとこでした.
864 たのしみには、ちゃだのはなだのをやりました。それからししゅうなどをよむこともすきでした。しょがこっとうといったかぜのものにも、おおくのしゅみをもっているようすでした。いえはいなかにありましたけれども、にりばかりへだたったし、――そのしにはおじがすんでいたのです、――そのしからときどきどうぐやがかけものだの、こうろだのをもって、わざわざちちにみせにきました.
865 ちちはひとくちにいうと、まあマン・オフ・ミーンズとでもひょうしたらよいのでしょう。ひかくてきじょうひんなしこうをもったいなかしんしだったのです。だからきしょうからいうと、かったつなおじとはよほどのけんかくがありました。それでいてふたりはまたみょうになかがよかったのです。ちちはよくおじをひょうして、じぶんよりもはるかにはたらきのあるたのもしいひとのようにいっていました.
866 じぶんのように、おやからざいさんをゆずられたものは、どうしてもこゆうのざいかんがにぶる、つまりよのなかとたたかうひつようがないからいけないのだともいっていました。このことばはははもききました。わたしもききました。ちちはむしろわたしのこころえになるつもりで、それをいったらしくおもわれます。「おまえもよくおぼえているがいい」.
867 とちちはそのときわざわざわたしのかおをみたのです。だからわたしはまだそれをわすれずにいます。このくらいわたしのちちからしんようされたり、ほめられたりしていたおじを、わたしがどうしてうたがうことができるでしょう。わたしにはただでさえほこりになるべきおじでした。ちちやははがなくなって、ばんじそのひとのせわにならなければならないわたしには、もうたんなるほこりではなかったのです.
868 わたしのそんざいにひつようなにんげんになっていたのです。「わたしがなつやすみをりようしてはじめてくにへかえったとき、りょうしんのしにことわえたわたしのじゅうきょには、あたらしいしゅじんとして、おじふうふがいれかわってすんでいました。これはわたしがとうきょうへでるまえからのやくそくでした。たったひとりとりのこされたわたしがいえにいないいじょう、そうでもするよりそとにしかたがなかったのです.
869 おじはそのころしにあるいろいろなかいしゃにかんけいしていたようです。ぎょうむのつごうからいえば、いままでのきょたくにねおきするほうが、にりもへだたったわたしのいえにうつるよりはるかにべんりだといってわらいました。これはわたしのふぼがなくなったあと、どうやしきをしまつして、わたしがとうきょうへでるかというそうだんのとき、おじのくちをもれたことばであります.
870 やすみがくればかえらなくてはならないというきぶんは、いくらとうきょうをこいしがってでてきたわたしにも、ちからづよくあったのです。わたしはねっしんにべんきょうし、ゆかいにあそんだあと、やすみにはかえれるとおもうそのこきょうのいえをよくゆめにみました。わたしのるすのあいだ、おじはどんなふうにりょうほうのあいだをいききしていたかしりません.
871 わたしのついたときは、かぞくのものが、みんなひとついえのうちにあつまっていました。がっこうへでるこどもなどはへいぜいおそらくしのほうにいたのでしょうが、これもきゅうかのためにいなかへあそびはんぶんといったかくでひきとられていました。みんなわたしのかおをみてよろこびました。わたしはまたちちやははのいたときより、かえってにぎやかでようきになったいえのようすをみてうれしがりました.
872 おじはもとわたしのへやになっていたひとまをせんりょうしているいちばんめのおとこのこをおいだして、わたしをそこへいれました。ざしきのかずもすくなくないのだから、わたしはほかのへやでかまわないとじたいしたのですけれども、おじはおまえのたくだからといって、ききませんでした。それはぜんごでちょうどさんよんかいもくりかえされたでしょう.
873 わたしもはじめはただそのとつぜんなのにおどろいただけでした。にどめにははんぜんことわりました。さんどめにはこっちからとうとうそのりゆうをはんもんしなければならなくなりました。かれらのしゅいはたんかんでした。はやくよめをもらってここのいえへかえってきて、なくなったちちのあとをそうぞくしろというだけなのです。ことにいなかのじじょうをしっているわたしには、よくわかります.
874 わたしもぜったいにそれをきらってはいなかったのでしょう。しかしとうきょうへしゅぎょうにでたばかりのわたしには、それがとおめがねでものをみるように、はるかさきのきょりにのぞまれるだけでした。わたしはおじのきぼうにしょうだくをあたえないで、ついにまたわたしのいえをさりました。「わたしはえんだんのことをそれなりわすれてしまいました.
875 わたしのしゅういをとりまいているせいねんのかおをみると、せたいじみたものはひとりもいません。みんなじゆうです、そうしてことごとくたんどくらしくおもわれたのです。こういうきらくなひとのなかにも、りめんにはいりこんだら、あるいはかていのじじょうによぎなくされて、すでにつまをむかえていたものがあったかもしれませんが、こどもらしいわたしはそこにきがつきませんでした.
876 それからそういうとくべつのきょうぐうにおかれたひとのほうでも、しへんにきがねをして、なるべくはしょせいにえんのとおいそんなうちわのはなしはしないようにつつしんでいたのでしょう。あとからかんがえると、わたしじしんがすでにその体だったのですが、わたしはそれさえわからずに、ただこどもらしくゆかいにしゅうがくのみちをあるいていきました.
877 がくねんのおわりに、わたしはまたこうりをからげて、おやのはかのあるいなかへかえってきました。そうしてきょねんとおなじように、ふぼのいたわがやのなかで、またおじふうふとそのこどものかわらないかおをみました。わたしはふたたびそこでこきょうのにおいをかぎました。そのにおいはわたしにとっていぜんとしてなつかしいものでありました.
878 いちがくねんのたんちょうをやぶるへんかとしてもありがたいものにちがいなかったのです。しかしこのじぶんをそだてあげたとおなじようなにおいのなかで、わたしはまたとつぜんけっこんもんだいをおじからはなのさきへつきつけられました。おじのいうところは、きょねんのかんゆうをふたたびくりかえしたのみです。りゆうもきょねんとおなじでした.
879 ただこのまえすすめられたときには、なにらのもくてきぶつがなかったのに、こんどはちゃんとかんじんのとうにんをつかまえていたので、わたしはなおこまらせられたのです。そのとうにんというのはおじのむすめすなわちわたしのじゅうまいにあたるおんなでした。そのおんなをもらってくれれば、おたがいのためにべんぎである、ちちもぞんじょうちゅうそんなことをはなしていた、とおじがいうのです.
880 わたしもそうすればべんぎだとはおもいました。ちちがおじにそういうふうなはなしをしたというのもありえべきこととかんがえました。しかしそれはわたしがおじにいわれて、はじめてきがついたので、いわれないまえから、さとっていたことがらではないのです。だからわたしはおどろきました。おどろいたけれども、おじのきぼうにむりのないところも、それがためによくわかりました.
881 わたしはうかつなのでしょうか。あるいはそうなのかもしれませんが、おそらくそのじゅうまいにむとんちゃくであったのが、おもなみなもともとになっているのでしょう。わたしはこどものうちからしにいるおじのいえへしじゅうあそびにいきました。ただいくばかりでなく、よくそこにとまりました。そうしてこのじゅうまいとはそのじぶんからしたしかったのです.
882 あなたもごしょうちでしょう、きょうだいのあいだにこいのせいりつしたれいのないのを。わたしはこのこうにんされたじじつをかってにふえんしているかもしれないが、しじゅうせっしょくしてしたしくなりすぎただんじょのあいだには、こいにひつようなしげきのおこるせいしんなかんじがうしなわれてしまうようにかんがえています。わたしはどうかんがえなおしても、このじゅうまいをつまにするきにはなれませんでした.
883 おじはもしわたしがしゅちょうするなら、わたしのそつぎょうまでけっこんをのばしてもいいといいました。けれどもぜんはいそげということわざもあるから、できるならいまのうちにしゅうげんのさかずきだけはすませておきたいともいいました。とうにんにのぞみのないわたしにはどっちにしたっておなじことです。わたしはまたことわりました.
884 おじはいやなかおをしました。じゅうまいはなきました。わたしにそわれないからかなしいのではありません。けっこんのもうしこみをきょぜつされたのが、おんなとしてつらかったからです。わたしがじゅうまいをあいしていないごとく、じゅうまいもわたしをあいしていないことは、わたしによくしれていました。わたしはまたとうきょうへでました.
885 「わたしがさんどめにきこくしたのは、それからまたいちねんたったなつのとりつけでした。わたしはいつでもがくねんしけんのすむのをまちかねてとうきょうをにげました。わたしにはこきょうがそれほどなつかしかったからです。あなたにもおぼえがあるでしょう、うまれたところはくうきのいろがちがいます、とちのにおいもかくべつです、ちちやははのきおくもこかにただよっています.
886 いちねんのうちで、しちはちのにがつをそのなかにつつまれて、あなにはいったへびのようにじっとしているのは、わたしにとってなによりもあたたかいよいこころもちだったのです。たんじゅんなわたしはじゅうまいとのけっこんもんだいについて、さほどあたまをいためるひつようがないとおもっていました。いやなものはことわる、ことわってさえしまえばあとにはなにものこらない、わたしはこうしんじていたのです.
887 だからおじのきぼうとおりにいしをまげなかったにもかかわらず、わたしはむしろへいきでした。かこいちねんのあいだいまだかつてそんなことにくったくしたおぼえもなく、あいかわらずのげんきでくにへかえったのです。ところがかえってみるとおじのたいどがちがっています。もとのようによいかおをしてわたしをじぶんのふところにだこうとしません.
888 それでもおうようにそだったわたしは、かえってよん、いつかのあいだはきがつかずにいました。ただなんかのきかいにふとへんにおもいだしたのです。するとみょうなのは、おじばかりではないのです。おばもみょうなのです。じゅうまいもみょうなのです。わたしのしょうぶんとしてかんがえずにはいられなくなりました。どうしてわたしのこころもちがこうかわったのだろう.
889 いやどうしてむこうがこうかわったのだろう。わたしはとつぜんしんだちちやははが、にぶいわたしのめをあらって、きゅうによのなかがはんぜんみえるようにしてくれたのではないかとうたがいました。わたしはちちやははがこのよにいなくなったあとでも、いたときとおなじようにわたしをあいしてくれるものと、どこかこころのおくでしんじていたのです.
890 もっともそのころでもわたしはけっしてりにくらいしつではありませんでした。しかしせんぞからゆずられためいしんのかたまりも、つよいちからでわたしのちのなかにひそんでいたのです。いまでもひそんでいるでしょう。わたしはたったひとりやまへいって、ふぼのはかのまえにひざまずきました。はんはあいとうのいみ、はんはかんしゃのこころもちでひざまずいたのです.
891 そうしてわたしのみらいのこうふくが、このつめたいいしのしたによこたわるかれらのてにまだにぎられてでもいるようなきぶんで、わたしのうんめいをまもるべくかれらにいのりました。あなたはわらうかもしれない。わたしもわらわれてもしかたがないとおもいます。しかしわたしはそうしたにんげんだったのです。わたしのせかいはてのひらをひるがえすようにかわりました.
892 もっともこれはわたしにとってはじめてのけいけんではなかったのです。わたしがじゅうろくしちのときでしたろう、はじめてよのなかにうつくしいものがあるというじじつをはっけんしたときには、いちどにはっとおどろきました。なんぺんもじぶんのめをうたがって、なんぺんもじぶんのめをすりました。そうしてこころのなかでああうつくしいとさけびました.
893 じゅうろくしちといえば、おとこでもおんなでも、ぞくにいういろけのつくころです。いろけのついたわたしはよのなかにあるうつくしいもののだいひょうしゃとして、はじめておんなをみることができたのです。いままでそのそんざいにすこしもきのつかなかったいせいにたいして、もうもくのめがたちまちひらいたのです。それいらいわたしのてんちはまったくあたらしいものとなりました.
894 わたしがおじのたいどにこころづいたのも、まったくこれとおなじなんでしょう。がぜんとしてこころづいたのです。なにのよかんもじゅんびもなく、ふいにきたのです。ふいにかれとかれのかぞくが、いままでとはまるでべつもののようにわたしのめにうつったのです。わたしはおどろきました。そうしてこのままにしておいては、じぶんのいきさきがどうなるかわからないというきになりました.
895 「わたしはいままでおじまかせにしておいたいえのざいさんについて、くわしいちしきをえなければ、しんだふぼにたいしてすまないというきをおこしたのです。おじはいそがしいからだだとじしょうするごとく、まいばんおなじところにねとまりはしていませんでした。ふつかいえへかえるとみっかはしのほうでくらすといったふうに、りょうほうのあいだをおうらいして、そのひそのひをおちつきのないかおですごしていました.
896 そうしていそがしいということばをくちぐせのようにつかいました。なにのうたがいもおこらないときは、わたしもじっさいにいそがしいのだろうとおもっていたのです。それから、いそがしがらなくてはとうせいりゅうでないのだろうと、ひにくにもかいしゃくしていたのです。わたしはよういにおじをつかまえるきかいをえませんでした。わたしはおじがしのほうにめかけをもっているといううわさをききました.
897 わたしはそのうわさをむかしちゅうがくのどうきゅうせいであったあるともだちからきいたのです。めかけをおくぐらいのことは、このおじとしてすこしもあやしむにたらないのですが、ちちのいきているうちに、そんなひょうばんをみみにいれたおぼえのないわたしはおどろきました。ともだちはそのそとにもいろいろおじについてのうわさをかたってきかせました.
898 いちじじぎょうでしっぱいしかかっていたようにほかからおもわれていたのに、このにさんねんらいまたきゅうにもりかえしてきたというのも、そのひとつでした。しかもわたしのぎわくをつよくぞめつけたもののひとつでした。わたしはとうとうおじとだんぱんをひらきました。おじはどこまでもわたしをこどもあつかいにしようとします。わたしはまたはじめからさいぎのめでおじにたいしています.
899 おだやかにかいけつのつくはずはなかったのです。いかんながらわたしはいまそのだんぱんのてんまつをくわしくここにかくことのできないほどさきをいそいでいます。じつをいうと、わたしはこれよりいじょうに、もっとだいじなものをひかえているのです。わたしのペンははやくからそこへたどりつきたがっているのを、やっとのことでおさえつけているくらいです.
900 あなたにあってしずかにはなすきかいをえいきゅうにうしなったわたしは、ふでをとるじゅつになれないばかりでなく、とうといじかんをおしむといういみからして、かきたいこともはぶかなければなりません。あなたはまだおぼえているでしょう、わたしがいつかあなたに、つくりつけのあくにんがよのなかにいるものではないといったことを。あのときあなたはわたしにこうふんしているとちゅういしてくれました.
901 そうしてどんなばあいに、ぜんにんがあくにんにへんかするのかとたずねました。わたしがただひとくちきんとこたえたとき、あなたはふまんなかおをしました。わたしはあなたのふまんなかおをよくきおくしています。わたしはいまあなたのまえにうちあけるが、わたしはあのときこのおじのことをかんがえていたのです。けれどもわたしにはあれがいきたこたえでした.
902 げんにわたしはこうふんしていたではありませんか。わたしはひややかなあたまであたらしいことをくちにするよりも、ねっしたしたでへいぼんなせつをのべるほうがいきているとしんじています。ちのちからでからだがうごくからです。ことばがくうきにはどうをつたえるばかりでなく、もっとつよいものにもっとつよくはたらきかけることができるからです.
903 「ひとくちでいうと、おじはわたしのざいさんをごまかしたのです。ことはわたしがとうきょうへでているさんねんのあいだにたやすくおこなわれたのです。すべてをおじまかせにしてへいきでいたわたしは、せけんてきにいえばほんとうのばかでした。せけんてきいじょうのけんちからひょうすれば、あるいはじゅんなるとうといおとことでもいえましょうか.
904 わたしはそのときのおのれをかえりみて、なぜもっとひとがわるくうまれてこなかったかとおもうと、しょうじきすぎたじぶんがくやしくってたまりません。しかしまたどうかして、もういちどああいううまれたままのすがたにたちかえっていきてみたいというこころもちもおこるのです。きおくしてください、あなたのしっているわたしはごみによごれたあとのわたしです.
905 きたなくなったねんすうのおおいものをせんぱいとよぶならば、わたしはたしかにあなたよりせんぱいでしょう。もしわたしがおじのきぼうとおりおじのむすめとけっこんしたならば、そのけっかはぶっしつてきにわたしにとってゆうりなものでしたろうか。これはかんがえるまでもないこととおもいます。おじはさくりゃくでむすめをわたしにおしつけようとしたのです.
906 こういてきにりょうけのべんぎをはかるというよりも、ずっとげびたりがいしんにかられて、けっこんもんだいをわたしにむけたのです。わたしはじゅうまいをあいしていないだけで、きらってはいなかったのですが、あとからかんがえてみると、それをことわったのがわたしにはたしょうのゆかいになるとおもいます。しかしそれはほとんどもんだいとするにたりないささいなことがらです.
907 ことにかんけいのないあなたにいわせたら、さぞばかげたいじにみえるでしょう。わたしとおじのあいだにほかのしんせきのものがはいりました。そのしんせきのものもわたしはまるでしんようしていませんでした。しんようしないばかりでなく、むしろてきししていました。わたしはおじがわたしをあざむいたとさとるとともに、たのものもかならずじぶんをあざむくにちがいないとおもいつめました.
908 ちちがあれだけほめぬいていたおじですらこうだから、たのものはというのがわたしのろんりでした。それでもかれらはわたしのために、わたしのしょゆうにかかるいっさいのものをまとめてくれました。それはきんがくにみつもると、わたしのよきよりはるかにすくないものでした。わたしとしてはだまってそれをうけとるか、でなければおじをあいてとってこうさたにするか、ふたつのほうほうしかなかったのです.
909 わたしはいきどおりました。またまよいました。そしょうにするとらくちゃくまでにながいじかんのかかることもおそれました。わたしはしゅぎょうちゅうのからだですから、がくせいとしてたいせつなじかんをうばわれるのはひじょうのくつうだともかんがえました。わたしはしあんのけっか、しにおるちゅうがくのきゅうゆうにたのんで、わたしのうけとったものを、すべてかねのかたちにかえようとしました.
910 きゅうゆうはよしたほうがとくだといってちゅうこくしてくれましたが、わたしはききませんでした。わたしはながくこきょうをはなれるけっしんをそのときにおこしたのです。おじのかおをみまいとこころのうちでちかったのです。わたしはくにをたつまえに、またちちとははのはかへまいりました。わたしはそれぎりそのはかをみたことがありません.
911 もうえいきゅうにみるきかいもこないでしょう。わたしのきゅうゆうはわたしのことばとおりにとりはからってくれました。もっともそれはわたしがとうきょうへついてからよほどたったあとのことです。いなかではたちなどをうろうとしたってよういにはうれませんし、いざとなるとあしもとをみてふみたおされるおそれがあるので、わたしのうけとったきんがくは、じかにくらべるとよほどすくないものでした.
912 じはくすると、わたしのざいさんはじぶんがふところにしていえをでたじゃっかんのこうさいと、あとからこのゆうじんにおくってもらったかねだけなのです。おやのいさんとしてはもとよりひじょうにへっていたにそういありません。しかもわたしがせっきょくてきにへらしたのでないから、なおこころもちがわるかったのです。けれどもがくせいとしてせいかつするにはそれでじゅうぶんいじょうでした.
913 じつをいうとわたしはそれからでるりしのはんぶんもつかえませんでした。このよゆうあるわたしのがくせいせいかつがわたしをおもいもよらないきょうぐうにおとしいれたのです。「かねにふじゆうのないわたしは、そうぞうしいげしゅくをでて、あたらしくいちこをかまえてみようかというきになったのです。わたしはそのくさのなかにたって、なにごころなくむこうのがけをながめました.
914 いまでもわるいけしきではありませんが、そのころはまたずっとあのにしがわのおもむきがちがっていました。みわたすかぎりみどりがいちめんにふかくしげっているだけでも、しんけいがやすまります。わたしはふとここいらにてきとうなたくはないだろうかとおもいました。それですぐそうげんをよこぎって、ほそいとおりをきたのほうへすすんでいきました.
915 いまだによいまちになりきれないで、がたぴししているあのへんのいえなみは、そのじぶんのことですからずいぶんきたならしいものでした。わたしはろつぎをぬけたり、よこちょうをまがったり、ぐるぐるあるきまわりました。しまいにだかしやのかみさんに、ここいらにこぢんまりしたかしやはないかとたずねてみました。かみさんは「そうですね」.
916 といって、しょうじくびをかしげていましたが、「かしかはちょいと....」とまったくおもいあたらないふうでした。わたしはのぞみのないものとあきらめてかえりかけました。するとかみさんがまた、「しろうとげしゅくじゃいけませんか」ときくのです。わたしはちょっときがかわりました。それからそのだかしやのみせにこしをかけて、かみさんにくわしいことをおしえてもらいました.
917 それはあるぐんじんのかぞく、というよりもむしろいぞく、のすんでいるいえでした。しゅじんはなにでもにっしんせんそうのときかなにかにしんだのだとかみさんがいいました。わたしはかみさんから、そのいえにはみぼうじんとひとりむすめとげじょよりそとにいないのだということをたしかめました。わたしはかんせいでしごくよかろうとこころのなかにおもいました.
918 けれどもそんなかぞくのうちに、わたしのようなものが、とつぜんいったところで、そせいのしれないしょせいさんというめいしょうのもとに、すぐきょぜつされはしまいかというがかりねんもありました。わたしはよそうかともかんがえました。しかしわたしはしょせいとしてそんなにみぐるしいふくそうはしていませんでした。それからだいがくのせいぼうをかぶっていました.
919 あなたはわらうでしょう、だいがくのせいぼうがどうしたんだといって。けれどもそのころのだいがくせいはいまとちがって、だいぶせけんにしんようのあったものです。わたしはそのばあいこのしかくなぼうしにいっしゅのじしんをみいだしたくらいです。そうしてだかしやのかみさんにおそわったとおり、しょうかいもなにもなしにそのぐんじんのいぞくのいえをたずねました.
920 わたしはみぼうじんにあってらいいをつげました。みぼうじんはわたしのみもとやらがっこうやらせんもんやらについていろいろしつもんしました。そうしてこれならだいじょうぶだというところをどこかににぎったのでしょう、いつでもひっこしてきてさしつかえないというあいさつをそくざにあたえてくれました。みぼうじんはただしいひとでした、またはんぜんしたひとでした.
921 わたしはぐんじんのさいくんというものはみんなこんなものかとおもってかんぷくしました。かんぷくもしたが、おどろきもしました。このきしょうでどこがさびしいのだろうとうたがいもしました。「わたしはさっそくそのいえへひきうつりました。わたしはさいしょきたときにみぼうじんとはなしをしたざしきをかりたのです。そこはたくちゅうでいちばんよいへやでした.
922 ほんごうへんにこうとうげしゅくといったかぜのいえがぽつぽつたてられたじぶんのことですから、わたしはしょせいとしてせんりょうしうるもっともよいあいだのようすをこころえていました。わたしのあたらしくしゅじんとなったへやは、それらよりもずっとりっぱでした。うつったとうざは、がくせいとしてのわたしにはすぎるくらいにおもわれたのです.
923 へやのひろさははちじょうでした。ゆかのよこにちがいだながあって、えんとはんたいのがわにはひとまのおしいれがついていました。まどはひとつもなかったのですが、そのかわりみなみむきのえんにあかるいひがよくさしました。わたしはうつったひに、そのへやのゆかにいけられたはなと、そのよこにたてかけられたごとをみました。どっちもわたしのきにはいりませんでした.
924 わたしはしやしょやせんちゃを嗜なむちちのかたわらでそだったので、とうめいたしゅみをこどものうちからもっていました。そのためでもありましょうか、こういうなまめかしいそうしょくをいつのあいだにかけいべつするくせがついていたのです。わたしのちちがぞんじょうちゅうにあつめたどうぐるいは、れいのおじのためにめちゃめちゃにされてしまったのですが、それでもたしょうはのこっていました.
925 わたしはくにをたつときそれをちゅうがくのきゅうゆうにあずかってもらいました。それからそのなかでおもしろそうなものをしごぷくはだかにしてこうりのそこへいれてきました。わたしはうつるやいなや、それをとりだしてゆかへかけてたのしむつもりでいたのです。ところがいまいったごとといけばなをみたので、きゅうにゆうきがなくなってしまいました.
926 あとからきいてはじめてこのはながわたしにたいするごちそうにいけられたのだということをしったとき、わたしはこころのうちでくしょうしました。もっともごとはまえからそこにあったのですから、これはおきどころがないため、やむをえずそのままにたてかけてあったのでしょう。こんなはなしをすると、しぜんそのうらにわかいおんなのかげがあなたのあたまをかすめてとおるでしょう.
927 うつったわたしにも、うつらないはじめからそういうこうきしんがすでにうごいていたのです。こうしたじゃきがよびてきにわたしのしぜんをそこなったためか、またはわたしがまだひとなれなかったためか、わたしははじめてそこのおじょうさんにあったとき、へどもどしたあいさつをしました。そのかわりおじょうさんのほうでもあかいかおをしました.
928 わたしはそれまでみぼうじんのふうさいやたいどからおして、このおじょうさんのすべてをそうぞうしていたのです。しかしそのそうぞうはおじょうさんにとってあまりゆうりなものではありませんでした。ぐんじんのさいくんだからああなのだろう、そのさいくんのむすめだからこうだろうといったじゅんじょで、わたしのすいそくはだんだんのびていきました.
929 ところがそのすいそくが、おじょうさんのかおをみたしゅんかんに、ことごとくうちけされました。そうしてわたしのあたまのなかへいままでそうぞうもおよばなかったいせいのにおいがあたらしくはいってきました。わたしはそれからゆかのしょうめんにいけてあるはながいやでなくなりました。おなじゆかにたてかけてあるごともじゃまにならなくなりました.
930 そのはなはまたきそくただしくしおれるころになるといけかえられるのです。ごともたびたびかぎのてにおれまがったすじかいのへやにはこびさられるのです。わたしはじぶんのいまでつくえのうえにほおづえをつきながら、そのごとのおとをきいていました。わたしにはそのごとがじょうずなのかへたなのかよくわからないのです。まあいけばなのていどぐらいなものだろうとおもいました.
931 はなならわたしにもよくわかるのですが、おじょうさんはけっしてうまいほうではなかったのです。それでもおくめんなくいろいろのはながわたしのゆかをかざってくれました。もっともかつほうはいつみてもおなじことでした。それからかびんもついぞかわったれいがありませんでした。しかしかたほうのおんがくになるとはなよりももっとへんでした.
932 ぽつんぽつんいとをならすだけで、いっこうにくせいをきかせないのです。うたわないのではありませんが、まるでないしょはなしでもするようにちいさなこえしかださないのです。しかもしかられるとまったくでなくなるのです。わたしはよろこんでこのへたないけばなをながめては、まずそうなごとのおとにみみをかたむけました。「わたしのきぶんはくにをたつときすでにえんせいてきになっていました.
933 たはたよりにならないものだというかんねんが、そのときほねのなかまでしみこんでしまったようにおもわれたのです。わたしはわたしのてきしするおじだのおばだの、そのほかのしんせきだのを、あたかもじんるいのだいひょうしゃのごとくかんがえだしました。きしゃへのってさえとなりのもののようすを、それとなくちゅういしはじめました.
934 たまにむこうからはなしかけられでもすると、なおのことけいかいをくわえたくなりました。わたしのこころはちんうつでした。なまりをのんだようにおもくるしくなることがときどきありました。それでいてわたしのしんけいは、いまいったごとくにするどくとがってしまったのです。わたしがとうきょうへきてげしゅくをでようとしたのも、これがおおきなみなもともとになっているようにおもわれます.
935 かねにふじゆうがなければこそ、いちこをかまえてみるきにもなったのだといえばそれまでですが、もとのとおりのわたしならば、たといかいちゅうによゆうができても、このんでそんなめんどうなまねはしなかったでしょう。わたしはこいしかわへひきうつってからも、とうぶんこのきんちょうしたきぶんにくつろぎをあたえることができませんでした.
936 わたしはじぶんでじぶんがはずかしいほど、きょときょとしゅういをみまわしていました。ふしぎにもよくはたらくのはあたまとめだけで、くちのほうはそれとはんたいに、だんだんうごかなくなってきました。わたしはいえのもののようすをねこのようによくかんさつしながら、だまってつくえのまえにすわっていました。あなたはさだめてへんにおもうでしょう.
937 そのわたしがそこのおじょうさんをどうしてよくよゆうをもっているか。そのおじょうさんのへたないけばなを、どうしてうれしがってながめるよゆうがあるか。おなじくへたなそのひとのごとをどうしてよろこんできくよゆうがあるか。そうしつもんされたとき、わたしはただりょうほうともじじつであったのだから、じじつとしてあなたにおしえてあげるというよりそとにしかたがないのです.
938 かいしゃくはあたまのあるあなたにまかせるとして、わたしはただひとことつけたしておきましょう。わたしはかねにたいしてじんるいをうたがったけれども、あいにたいしては、まだじんるいをうたがわなかったのです。だからほかからみるとへんなものでも、またじぶんでかんがえてみて、むじゅんしたものでも、わたしのむねのなかではへいきでりょうりつしていたのです.
939 わたしはみぼうじんのことをつねにおくさんといっていましたから、これからみぼうじんとよばずにおくさんといいます。おくさんはわたしをしずかなひと、おとなしいおとことひょうしました。それからべんきょうかだともほめてくれました。けれどもわたしのふあんなめつきや、きょときょとしたようすについては、なにごともくちへだしませんでした.
940 きがつかなかったのか、えんりょしていたのか、どっちだかよくわかりませんが、なにしろそこにはまるでちゅういをはらっていないらしくみえました。それのみならず、あるばあいにわたしをおうようなかただといって、さもそんけいしたらしいくちのききかたをしたことがあります。そのときしょうじきなわたしはすこしかおをあからめて、むこうのことばをひていしました.
941 するとおくさんは「あなたはじぶんできがつかないから、そうおっしゃるんです」とまじめにせつめいしてくれました。おくさんははじめわたしのようなしょせいをたくへおくつもりではなかったらしいのです。どこかのやくしょへつとめるひとかなにかにましんましじきをかすりょうけんで、きんじょのものにしゅうせんをたのんでいたらしいのです.
942 ほうきゅうがゆたかでなくって、やむをえずしろうとやにげしゅくするくらいのひとだからというかんがえが、それでまえかたからおくさんのあたまのどこかにはいっていたのでしょう。おくさんはじぶんのむねにえがいたそのそうぞうのおきゃくとわたしとをひかくして、こっちのほうをおうようだといってほめるのです。「おくさんのこのたいどがしぜんわたしのきぶんにえいきょうしてきました.
943 しばらくするうちに、わたしのめはもとほどきょろつかなくなりました。じぶんのこころがじぶんのすわっているところに、ちゃんとおちついているようなきにもなれました。ようするにおくさんはじめやのものが、ひがんだわたしのめやうたがいぶかいわたしのようすに、てんからとりあわなかったのが、わたしにおおきなこうふくをあたえたのでしょう.
944 わたしのしんけいはあいてからてりかえしてくるはんしゃのないためにだんだんしずまりました。おくさんはこころえのあるひとでしたから、わざとわたしをそんなふうにとりあつかってくれたものともおもわれますし、またじぶんでこうげんするごとく、じっさいわたしをおうようだとかんさつしていたのかもしれません。わたしのこころがしずまるとともに、わたしはだんだんかぞくのものとせっきんしてきました.
945 おくさんともおじょうさんともしょうだんをいうようになりました。ちゃをいれたからといってむこうのへやへよばれるひもありました。またわたしのほうでかしをかってきて、ふたりをこっちへまねいたりするばんもありました。わたしはきゅうにこうさいのくいきがふえたようにかんじました。それがためにたいせつなべんきょうのじかんをつぶされることもなんどとなくありました.
946 ふしぎにも、そのぼうがいがわたしにはいっこうじゃまにならなかったのです。おくさんはもとよりひまじんでした。おじょうさんはがっこうへいくうえに、はなだのごとだのをならっているんだから、さだめていそがしかろうとおもうと、それがまたあんがいなもので、いくらでもじかんによゆうをもっているようにみえました。それでさんにんはかおさえみるといっしょにあつまって、せけんはなしをしながらあそんだのです.
947 わたしをよびにくるのは、たいていおじょうさんでした。おじょうさんはえんがわをちょっかくにまがって、わたしのへやのまえにたつこともありますし、ちゃのまをぬけて、つぎのへやのふすまのかげからすがたをみせることもありました。おじょうさんは、そこへきてちょっととまります。それからきっとわたしのなをよんで、「ごべんきょう?」.
948 とききます。わたしはたいていむずかしいしょもつをつくえのまえにあけて、それをみつめていましたから、かたわらでみたらさぞべんきょうかのようにみえたのでしょう。しかしじっさいをいうと、それほどねっしんにしょもつをけんきゅうしてはいなかったのです。ぺーじのうえにめはつけていながら、おじょうさんのよびにくるのをまっているくらいなものでした.
949 まっていてこないと、しかたがないからわたしのほうでたちあがるのです。そうしてむこうのへやのまえへいって、こっちから「ごべんきょうですか」ときくのです。おじょうさんのへやはちゃのまとつづいたろくじょうでした。おくさんはそのちゃのまにいることもあるし、またおじょうさんのへやにいることもありました。わたしがそとからこえをかけると、「おはいんなさい」.
950 とこたえるのはきっとおくさんでした。おじょうさんはそこにいてもめったにへんじをしたことがありませんでした。ときたまおじょうさんひとりで、ようがあってわたしのへやへはいったついでに、そこにすわってはなしこむようなばあいもそのうちにでてきました。そういうときには、わたしのこころがみょうにふあんにおかされてくるのです.
951 よくわかるようにふるまってみせるこんせきさえあきらかでした。そのなかにしったひとをひとりももたないわたしも、こういうにぎやかなけしきのなかに裹まれて、すなのうえにねそべってみたり、ひざがしらをなみにうたしてそこいらをはねまわるのはゆかいであった。わたしがそのがかりちゃやでせんせいをみたときは、せんせいがちょうどきものをぬいでこれからうみへはいろうとするところであった.
952 わたしのしりをおろしたところはすこしこだかいおかのうえで、そのすぐそばがホテルのうらぐちになっていたので、わたしのじっとしているあいだに、おおいたおおくのおとこがしおをあびにでてきたが、いずれもどうとうでとまたはだしていなかった。そういうありさまをもくげきしたばかりのわたしのめには、さるまたひとつですましてみんなのまえにたっているこのせいようじんがいかにもめずらしくみえた.
953 かれはやがてじぶんのそばをかえりみて、そこにこごんでいるにほんじんに、ひとことふたことなにかいった。そのにほんじんはすなのうえにおちたてぬぐいをひろいあげているところであったが、それをとりあげるやいなや、すぐあたまをつつんで、うみのほうへあるきだした。やどといってもふつうのりょかんとちがって、ひろいてらのけいだいにあるべっそうのようなたてものであった.
954 せんせいはかれのふうがわりのところや、もうかまくらにいないことや、いろいろのはなしをしたすえ、にほんじんにさえあまりこうさいをもたないのに、そういうがいこくじんとちかづきになったのはふしぎだといったりした。そのじぶんのわたしはせんせいとよほどこんいになったつもりでいたので、せんせいからもうすこしこかなことばをよきしてかかったのである.
955 にんげんをあいしうるひと、あいせずにはいられないひと、それでいてじぶんのふところにはいろうとするものを、てをひろげてだきしめることのできないひと、――これがせんせいであった。けれどもとしのわかいわたしのいままでけいかしてきたきょうぐうからいって、わたしはほとんどこうさいらしいこうさいをおんなにむすんだことがなかった.
956 かていのいちいんとしてくらしたことのないわたしのことだから、ふかいしょうそくはむろんわからなかったけれども、ざしきでわたしとたいざしているとき、せんせいはなにかのついでに、げじょをよばないで、おくさんをよぶことがあった。だからせんせいのがくもんやしそうについては、せんせいとみつせつのかんけいをもっているわたしよりそとにけいいをはらうもののあるべきはずがなかった.
957 だからおくさんがもしせんせいのしょせいじだいをしっているとすれば、きょうりのかんけいからでないことはあきらかであった。しかしうすあかいかおをしたおくさんはそれよりいじょうのはなしをしたくないようだったので、わたしのほうでもふかくはきかずにおいた。しかしこれからさきのあなたにおこるべきへんかをよそうしてみると、なおくるしくなります」.
958 「かつてはそのひとのひざのまえにひざまずいたというきおくが、こんどはそのひとのあたまのうえにあしをのせさせようとするのです。わたしはせんせいのこのじんせいかんのきてんに、あるきょうれつなれんあいじけんをかていしてみた。せんせいのせいかつにちかづきつつありながら、ちかづくことのできないわたしは、せんせいのあたまのなかにあるいのちのだんぺんとして、そのはかをわたしのあたまのなかにもうけいれた.
959 わたしのいったのはまだひのつくかつかないくれがたであったが、きちょうめんなせんせいはもうたくにいなかった。けれどもそれはなつかしいはるのくもをながめるようなこころもちで、ただばくぜんとゆめみていたにすぎなかった。うたがいのかたまりをそのひそのひのじょうあいでつつんで、そっとむねのおくにしまっておいたおくさんは、そのばんそのつつみのなかをわたしのまえであけてみせた.
960 そのちょうしはいそがしいところをひまをつぶさせてきのどくだというよりも、せっかくきたのにどろぼうがはいらなくってきのどくだというじょうだんのようにきこえた。こどものないおくさんは、そういうせわをやくのがかえってたいくつしのぎになって、けっくしんたいのくすりだぐらいのことをいっていた。わたしはがっきのおわりまでまっていてもさしつかえあるまいとおもっていちにちふつかそのままにしておいた.
961 するとそのいちにちふつかのあいだに、ちちのねているようすだの、ははのしんぱいしているかおだのがじじがんにうかんだ。それをははがはいのなかからみつけだして、ひばしではさみあげるというこっけいもあった。「ごだとばんがたかすぎるうえに、あしがついているから、こたつのうえではうてないが、そこへくるとしょうごばんはいいね、こうしてらくにさせるから.
962 はじめのうちはめずらしいので、このいんきょじみたごらくがわたしにもそうとうのきょうみをあたえたが、すこしじじつがたつにつれて、わかいわたしのきりょくはそのくらいなしげきでまんぞくできなくなった。りょうほうともせけんからみれば、いきているかしんでいるかわからないほどおとなしいおとこであった。けれどももともとみについているものだから、だすまいとおもっても、いつかそれがちちやははのめにとまった.
963 わたしのしったあるしかんは、とうとうそれでやられたが、まったくうそのようなしにかたをしたんですよ。わたしはいままでいくどかてをつけようとしてはてをひっこめたそつぎょうろんぶんを、いよいよほんしきにかきはじめなければならないとおもいだした。そのとしのろくがつにそつぎょうするはずのわたしは、ぜひともこのろんぶんをせいきどおりよんがついっぱいにかきあげてしまわなければならなかった.
964 にさん、よんとゆびをおってあまるじじつをかんじょうしてみたとき、わたしはすこしじぶんのどきょうをうたがった。たのものはよほどまえからざいりょうをあつめたり、ノートをためたりして、よそめにもいそがしそうにみえるのに、わたしだけはまだなんにもてをつけずにいた。わたしはついによがつのげじゅんがきて、やっとよていとおりのものをかきあげるまで、せんせいのしきいをまたがなかった.
965 わたしのじゆうになったのは、やえざくらのちったえだにいつしかあおいはがかすむようにのびはじめるしょかのきせつであった。わたしはかごをぬけだしたことりのこころをもって、ひろいてんちをひとめにみわたしながら、じゆうにはばたきをした。このときせんせいはおきあがって、えんだいのうえにあぐらをかいていたが、こういいおわると、たけのつえのさきでじめんのうえへえんのようなものをえがきはじめた.
966 せんせいのだんわは、このいぬとこどものために、けつまつまでしんこうすることができなくなったので、わたしはついにそのようりょうをえないでしまった。わたしはせんせいのこうふんしたのをめったにみたことがないんですが、きょうはめずらしいところをはいけんしたようなきがします」わたしはいまわたしのまえにすわっているのが、ひとりのざいにんであって、ふだんからそんけいしているせんせいでないようなきがした.
967 これはもしそつぎょうしたらそのひのばんさんはよそでくわずに、せんせいのしょくたくですますというまえからのやくそくであった。せいしんてきにかんしょうといういみは、ぞくにいうしんけいしつといういみか、またはりんりてきにけっぺきだといういみか、わたしにはわからなかった。けれどもせんせいのいいかたもけっしてわたしのうれしさをそそるうき々したちょうしをおびていなかった.
968 わたしはせんせいといっしょに、こうがいのうえきやのひろいにわのおくではなした、あのつつじのさいているごがつのはじめをおもいだした。あのときかえりみちに、せんせいがこうふんしたごきで、わたしにものがたったつよいことばを、ふたたびみみのそこでくりかえした。「でもどのくらいあったらせんせいのようにしていられるか、たくへかえってひとつちちにだんぱんするときのさんこうにしますからきかしてください」.
969 「どうせたすからないびょうきだそうですから、いくらしんぱいしたってしかたがありません」わたしがぐうぜんそのきのまえにたって、ふたたびこのたくのげんかんをまたぐべきつぎのあきにおもいをはせたとき、いままでこうしのあいだからしゃしていたげんかんのでんとうがふっときえた。てがみでちゅうもんをうけたときはなにでもないようにかんがえていたのが、いざとなるとたいへんおっくうにかんぜられた.
970 わたしはでんしゃのなかであせをふきながら、たのじかんとてすうにきのどくというかんねんをまるでもっていないいなかものをにくらしくおもった。わたしにはくちでいわってくれながら、はらのそこでけなしているせんせいのほうが、それほどにもないものをめずらしそうにうれしがるちちよりも、かえってこうしょうにみえた。ちちはそのよるまたきをかえて、きゃくをよぶならなんにちにするかとわたしのつごうをきいた.
971 つごうのよいもわるいもなしにただぶらぶらふるいいえのなかにねおきしているわたしに、こんなといをかけるのは、ちちのほうがおれてでたのとおなじことであった。ことににいさんとわたしとはせんもんもちがうし、じだいもちがうんだから、ふたりをおなじようにかんがえられちゃすこしこまります」そのせんせいはわたしにくにへかえったらちちのいきているうちにはやくざいさんをわけてもらえとすすめるひとであった.
972 じぶんがしんだあと、このこどくなははを、たったひとりがらんどうのわがやにとりのこすのもまたはなはだしいふあんであった。いまのわかいものは、かねをつかうみちだけこころえていて、かねをとるほうはまったくかんがえていないようだね」せんせいとちちとは、まるではんたいのいんしょうをわたしにあたえるてんにおいて、ひかくのうえにも、れんそうのうえにも、いっしょにわたしのあたまにのぼりやすかった.
973 しかしははがなぜこんなもんだいをこのざわざわしたさいにもちだしたのかりかいできなかった。わたしがちちのびょうきをよそに、しずかにすわったりしょけんしたりするよゆうのあるごとくに、ははもめのまえのびょうにんをわすれて、そとのことをかんがえるだけ、むねにくうちがあるのかしらとうたがった。あにはちちのりかいりょくがびょうきのために、へいぜいよりはよっぽどにぶっているようにかんさつしたらしい.
974 ひつうなかぜがいなかのすみまでふいてきて、ねむたそうなきやくさをふるわせているさいちゅうに、とつぜんわたしはいっつうのでんぽうをせんせいからうけとった。「とにかくわたしのてがみはまだむこうへついていないはずだから、このでんぽうはそのまえにだしたものにちがいないですね」あにのあたまにもわたしのむねにも、ちちはどうせたすからないというかんがえがあった.
975 わたしはしにひんしているちちのてまえ、そのちちにいくぶんでもあんしんさせてやりたいといのりつつあるははのてまえ、はたらかなければにんげんでないようにいうあにのてまえ、そのたいもうとのおっとだのおじだのおばだののてまえ、わたしのちっともとんちゃくしていないことに、しんけいをなやまさなければならなかった。しかしじはくすると、わたしはあなたのいらいにたいして、まるでどりょくをしなかったのです.
976 ごしょうちのとおり、こうさいくいきのせまいというよりも、よのなかにたったひとりでくらしているといったほうがてきせつなくらいのわたしには、そういうどりょくをあえてするよちがまったくないのです。くらいものをじっとみつめて、そのなかからあなたのさんこうになるものをおつかみなさい。わたしのこどうがとまったとき、あなたのむねにあたらしいいのちがやどることができるならまんぞくです.
977 はははそれをさとっていたか、またはそばのもののいうごとく、じっさいちちはかいふくきにむいつつあるものとしんじていたか、それはわかりません。けれどもじぶんはきっとこのびょうきでいのちをとられるとまでしんじていたかどうか、そこになるとうたがうよちはまだいくらでもあるだろうとおもわれるのです。いえはきゅうかになってかえりさえすれば、それでいいものとわたしはかんがえていました.
978 ちちのあとをそうぞくする、それにはよめがひつようだからもらう、りょうほうともりくつとしてはひととおりきこえます。こうをかぎうるのは、こうをたきだしたしゅんかんにかぎるごとく、さけをあじわうのは、さけをのみはじめたせつなにあるごとく、こいのしょうどうにもこういうきわどいいちてんが、じかんのうえにそんざいしているとしかおもわれないのです.
979 いちどへいきでそこをとおりぬけたら、なれればなれるほど、したしみがますだけで、こいのしんけいはだんだんまひしてくるだけです。ちゅうがっこうをでて、これからとうきょうのこうとうしょうぎょうへはいるつもりだといって、てがみでそのようすをききあわせたりしたおじのおとこのこまでみょうなのです。おおくのぜんにんがいざというばあいにとつぜんあくにんになるのだからゆだんしてはいけないといったことを.
980 ふつうのものがかねをみてきゅうにあくにんになるれいとして、よのなかにしんようするにたるものがそんざいしえないれいとして、ぞうおとともにわたしはこのおじをかんがえていたのです。わたしのこたえは、しそうかいのおくへつきすすんでいこうとするあなたにとってものたりなかったかもしれません、ちんぷだったかもしれません。あにのあたまにもわたしのむねにも、ちちはどうせたすからないというかんがえがあった.
981 わたしはしにひんしているちちのてまえ、そのちちにいくぶんでもあんしんさせてやりたいといのりつつあるははのてまえ、はたらかなければにんげんでないようにいうあにのてまえ、そのたいもうとのおっとだのおじだのおばだののてまえ、わたしのちっともとんちゃくしていないことに、しんけいをなやまさなければならなかった。しかしじはくすると、わたしはあなたのいらいにたいして、まるでどりょくをしなかったのです.
982 ごしょうちのとおり、こうさいくいきのせまいというよりも、よのなかにたったひとりでくらしているといったほうがてきせつなくらいのわたしには、そういうどりょくをあえてするよちがまったくないのです。くらいものをじっとみつめて、そのなかからあなたのさんこうになるものをおつかみなさい。わたしのこどうがとまったとき、あなたのむねにあたらしいいのちがやどることができるならまんぞくです.
983 はははそれをさとっていたか、またはそばのもののいうごとく、じっさいちちはかいふくきにむいつつあるものとしんじていたか、それはわかりません。けれどもじぶんはきっとこのびょうきでいのちをとられるとまでしんじていたかどうか、そこになるとうたがうよちはまだいくらでもあるだろうとおもわれるのです。いえはきゅうかになってかえりさえすれば、それでいいものとわたしはかんがえていました.
984 ちちのあとをそうぞくする、それにはよめがひつようだからもらう、りょうほうともりくつとしてはひととおりきこえます。こうをかぎうるのは、こうをたきだしたしゅんかんにかぎるごとく、さけをあじわうのは、さけをのみはじめたせつなにあるごとく、こいのしょうどうにもこういうきわどいいちてんが、じかんのうえにそんざいしているとしかおもわれないのです.
985 いちどへいきでそこをとおりぬけたら、なれればなれるほど、したしみがますだけで、こいのしんけいはだんだんまひしてくるだけです。ちゅうがっこうをでて、これからとうきょうのこうとうしょうぎょうへはいるつもりだといって、てがみでそのようすをききあわせたりしたおじのおとこのこまでみょうなのです。おおくのぜんにんがいざというばあいにとつぜんあくにんになるのだからゆだんしてはいけないといったことを。

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